地上の楽園の末路

 SNSを通じて教えて貰った、実に興味深いニュースです。

 『オーストラリアとハワイの間、太平洋の南西部にある品川区ほどの面積(21平方km)しかない小島にあるナウル共和国。
 そこに住む人々は古来、漁業と農業に従事して貧しくもつつましく生きる“地上の楽園”でした。

 1888年にドイツの植民地になってまもなく、この島全体がリン鉱石でできていることが判明します。
 当時、大変貴重な肥料となるリン鉱石の採掘が始まりました。
 
 やがて第二次世界大戦を経て、1968年にようやく独立を果たすと、それに伴ってリン鉱石採掘による莫大な収入がラウル国民に還元されるようになります。
 その結果、1980年代には国民1人当たりのGNP(国民総生産)は日本の約2倍、アメリカ合衆国の約1.5倍という、世界でもトップレベルの金満国家に生まれ変わりました。
 医療費もタダ、学費もタダ、水道・光熱費はもちろん税金までタダ。
 そのうえ生活費まで支給され、新婚には一軒家まで進呈され、リン鉱石採掘などの労働すらもすべて外国人労働者に任せっきり。
 国民はほぼ公務員(10%)と無職(90%)だけとなり、「毎日が日曜日」という“夢のような時代”が30年ほど続きます。
 そうした生活が30年にも及んだため、肉体が蝕(むしば)まれて、全国民の90%が肥満、30%が糖尿病という「世界一の肥満&糖尿病大国」になりました。
 
 そればかりか、精神まで蝕まれて、勤労意欲が消え失せ、そもそも「食べるためには働くのが当たり前」という認識すらなくなっていきます。
 既に20年も前から資源(リン鉱石)が枯渇するだろうと予測されていながら、ナウルの人々は何ひとつ対策も立てず、努力もせず、ただ日々を自堕落に生きていくことしかできない民族となっていったのでした。
 
 しかし、ナウルの“ほんとうの悲劇”は、肥満でもなければ糖尿病でもなく、ましてや勤労意欲が失われたことでもありません。
 さきほど“地獄の一丁目”という表現を使いましたが、文字通り、彼らのほんとうの悲劇はここから。
 一番の問題は、もはや二度と「“古き佳きナウル”に戻ることができなくなった」という事実です。
 
 いざ資源が枯渇したとき、彼らが考えたことは「嗚呼、夢は終わった。我々はふたたび額に汗して働こう」ではありませんでした。
 既に精神が蝕まれ切っていた彼らが考えたことは、「どうやったらこれからも働かずに食っていけるだろうか?」でした。
 もはや“末期症状”といってよいでしょう。
 
 そこで彼らがまず取った行動は、国ごとマネーロンダリングの魔窟となり、世界中の汚れたカネで荒稼ぎすること。
 それがアメリカの怒りを買って継続不可能となると、今度はパスポートを濫発してテロリストの片棒を担いで裏金を稼ぐ。
 それもアメリカから圧力がかかると、今度は舌先三寸でオーストラリアから、中国から、台湾から、日本から資金援助を引き出す。
 ほとんど“ならず者国家”と成り下がった惨状ですが、それでも彼らは決して働こうとはしません。
 
 ナウル人が額に汗して働くことはこれからもないのだろうと、筆者は思います。
 ナウルが亡びる日まで・・・。』

 敗戦後の焼け野原から、世界トップレベルの経済大国までの高度成長を支えたのは、日本人の勤勉さが故ですが、資源に恵まれない地理的な条件がバックボーンにあったからこそ。
 そんな日本の、貧困な家庭に育ったことに、改めて感謝すべきかもしれません。
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

プロフィール

Hideo Matsuoka

Author:Hideo Matsuoka
・生年月日 昭和37年10月30日

・好きな言葉 
今日は残された人生の最初の一日

・信条「先憂後楽」

・尊敬する人 
稲盛和夫 西川広一 松下幸之助

・資格 ①宅地建物取引士
    ②建築2級施工管理技士
    ③マンション管理業務主任者
    ④防火管理者
    ⑤少額短期保険募集人
    ⑥損害保険募集人
    ⑦損害保険商品専門総合
    ⑧不動産キャリアパーソン
・趣味
 劇団AUGAHANCE初代代表
 主に脚本・演出を担当

・経歴 
 中卒後、大工・石工と職人道を歩む
 平成2年 
 ㈱中岡組 (ジョーコーポレーション)入社
 マンション担当役員→常務執行役→管理会社代表を歴任
 平成21年 ㈱NYホーム起業

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR