アーケード街衰退の訳

 久々に宇和島のアーケード街「きさいやロード」を闊歩しました。
 前職の会社で分譲マンションを販売した際、チラシを持って営業して以来、20年振りです。

 開いている店や、人通りが少なかったのは、水曜定休が理由とのこと。
 それでも、貸店舗の看板が数多く散見されます。
 以前に比較して衰退しているのは間違いないでしょう。

 宇和島だけでなく、八幡浜でも大洲でも、地方のアーケード街は例外なく苦戦しています。
 その理由はというと。

1. 車社会の到来
  昭和の時代の庶民にとっては、バスや電車に乗って商店街を訪れ、買い物をするのが至福の時でした。
  必需品を購入するだけでなく、一つのレジャーであった訳です。
  マイカーが生活の足となった今、郊外型のショッピングモールに取って代わられたのも仕方ありません。

2. ネットショップの台頭 
  かつては、店頭で実際に目で見て、手で触れて、気に入って購入するのが当たり前でした。
  ネットショップなら、出かけなくても、居ながらにして、安価で、良質な商品を、手軽に、迅速に手に入れることができます。
  実際に、今やネットで買えないものはありません。

3. 重荷となったアーケード
  雨天や荒天時にも、安心して買い物ができるアーケードは、高度成長期の豊かさを示すシンボルでした。
  それが今や足かせとなっています。
  間口の広さに応じて割り当てられる、アーケードの維持管理費が経営を圧迫するのです。
  しかも、退店が増えれば増えるほど、踏ん張っている店の負担を重くします。
  商店街によっては、アーケードを撤去する動きもありますが、それにも大きな費用がかかります。

4. 環境変化への対応力
  商店街の中には、昔ながらの店が数多くあります。
  かばん屋さん、呉服屋さん、帽子屋さん、文具屋さん、仏具屋さん・・・。
  暖簾を守り続ける姿勢は素晴らしいと思いますし、昭和レトロな雰囲気は情緒があります。
  しかし、現代の消費者が求める、魅力的な商品があるとは感じません。
  ダーウィンの進化論を引用するまでもなく、環境変化に対応できなければ生き残れないのです。
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プロフィール

Hideo Matsuoka

Author:Hideo Matsuoka
・生年月日 昭和37年10月30日

・好きな言葉 
今日は残された人生の最初の一日

・信条「先憂後楽」

・尊敬する人 
稲盛和夫 西川広一 松下幸之助

・資格 ①宅地建物取引士
    ②建築2級施工管理技士
    ③マンション管理業務主任者
    ④防火管理者
    ⑤少額短期保険募集人
    ⑥損害保険募集人
    ⑦損害保険商品専門総合
    ⑧不動産キャリアパーソン
・趣味
 劇団AUGAHANCE初代代表
 主に脚本・演出を担当

・経歴 
 中卒後、大工・石工と職人道を歩む
 平成2年 
 ㈱中岡組 (ジョーコーポレーション)入社
 マンション担当役員→常務執行役→管理会社代表を歴任
 平成21年 ㈱NYホーム起業

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