インフラ整備は誰のため

 息子たちと共に、1年振りで今治沖の大三島へ行って参りました。
 
 今から36年前、新田高校に入学したばかりの自分は、迎えに来た姉と共に松山観光港から水中翼船に乗り、大三島の宮浦港に降り立ちます。
 当時、自分は、父親と二人で暮らしていたのですが、これをきっかけに高校を中退し、父親の元を離れ、母親が営むスナックの裏で、パラサイトな生活を送ることになったのです。
 
 半年程遊び呆けた後、姉の嫁ぎ先である小さな工務店で、大工の見習いに成ります。
 日給、一日2,000円。
 CDではなくレコードの時代ですが、シングルが600円、LPが2,500円だったと記憶しています。
 渡辺真知子「かもめが飛んだ日」、杏里「オリビアを聴きながら」がヒットしていました。

 島に住み始めて2年が経過した頃、大三島・伯方島間にしまなみ海道初のアーチ橋、大三島大橋が開通。
 全線開通は、それから20年後のことです。

 当時は、橋梁工事のために、夥(おびただ)しい数の工事関係者が島に流入し、町も活気がありました。
 港から大山祇神社を結ぶ参道には、土産物店や飲食店が軒を連ねます。 
 母が営むスナックも、連日フルセットの大盛況でした。

 島の住人は、19:00の最終便が終わると原則、島から出ることはできません。
 出産や急病の際も、不安に晒されます。
 四国本島と地続きになる・・・しまなみ海道は、島民にとってまさに希望の光だった訳です。
 
 さて、悲願であった全線開通から15年。
 今の島の状況はどうかというと・・・。
 
 6,500人居た人口は半減。
 10軒以上あった飲み屋はゼロ。
 商店街は、シャッター街。
 唯一、神社界隈だけが、辛うじてピンスポットで賑わいを残しています。

 前職の会社で、「松山から最も遠い場所」を論議したことが思い出されます。
 結果、高知県の中村市(現:四万十市)が認定されました(笑)。 
 東京も札幌も、二時間あれば着きますが、中村は4~5時間かかります。
 そして、その不便の極みの中村市は意外にも、飲み屋が多く、地元の店がそれなりに活況を呈しているのです。
 
 橋や道路ができれば、地域の人々は今治や尾道へ、買い物やレジャーに挙って出かけます。
 地域の消費が外へ流出してしまう訳です。
 陸の孤島のような地理的状況であれば、否が応でも地域内で消費がされ、強制的な地産池消が促進されます。
 
 インフラ整備が地域のため・・・という考え方が、いかに間違いかという生きた事例と言えるでしょう。
 町は死んでいますが・・・。
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プロフィール

Hideo Matsuoka

Author:Hideo Matsuoka
・生年月日 昭和37年10月30日

・好きな言葉 
今日は残された人生の最初の一日

・信条「先憂後楽」

・尊敬する人 
稲盛和夫 西川広一 松下幸之助

・資格 ①宅地建物取引士
    ②建築2級施工管理技士
    ③マンション管理業務主任者
    ④防火管理者
    ⑤少額短期保険募集人
    ⑥損害保険募集人
    ⑦損害保険商品専門総合
    ⑧不動産キャリアパーソン
・趣味
 劇団AUGAHANCE初代代表
 主に脚本・演出を担当

・経歴 
 中卒後、大工・石工と職人道を歩む
 平成2年 
 ㈱中岡組 (ジョーコーポレーション)入社
 マンション担当役員→常務執行役→管理会社代表を歴任
 平成21年 ㈱NYホーム起業

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