命運を分けた鍵

 九州からのお客様をお迎えし、旧交を温めることができました。
 
 十年ほど前、営業のコンサルタントが共通であったことをきっかけに知り合った方です。
 当時の立場は、共に地方のデベロッパーの常務として、元気印企業の牽引役。
 四国・九州とエリアは違えども、国盗りゲームの様にエリアを拡げ、情報交換やビジネスでの連携を図る良きビジネスパートナーでした。
 
 ・ 営業主体で急成長してきた
 ・ 会長が発言力を持っている
 ・ 共に同族出身ではない・・・

 等々、立場が共通な部分もあり、出会った瞬間から運命的なシンパシーを感じたものです。
 何よりも、人として尊敬できる方でした。

 ところが、2008年のリーマンショックを機に潮目が大きく変わります。
 バブル再来の如く、全国のデベロッパーは次々と破綻しました。
 そして遂に、前職の会社も民事再生法申請。

 先の会社も、厳しさという意味では共通でした。
 社運を賭けた200戸規模のPJを二つ同時に立ち上げたものの、一つは激烈な近隣問題が勃発して工事がストップ。
 もう一つは、JVを組んだ相手先企業が破綻。
 そして、追い打ちをかける様に襲ってきたリーマンショック。

 万事休す、とは正にこのことです。
 しかし、この会社はここを凌ぎ、今日更なる成長を遂げています。
 二社の命運を分けた鍵は、一体何だったのか。
 ありきたりですが、「ピンチをチャンスに変えた」と言えるでしょう。

 リーマン後は金融機関もネガティヴになり、各デベロッパーの新規PJ資金は軒並み凍結されました。
 ここも例外ではありません。

 ところが皮肉にも、大きな危機であった筈の二大PJによって、この会社だけは売る商品が確保されていたのです。
 一時的に消費マインドは冷え込み、市場は縮小したものの、他社が崩れていく中、奇跡的に残存者利益を手にすることができました。

 勿論、経営幹部の強いリーダーシップ、全社一丸となって乗り切ろうとするチームワーク、お客様満足を目指す姿勢等々が、社風・文化として根付いており、ここぞという場面で発揮されたからこそのミラクルでしょう。
 
 お互いに歳を重ね、立場も、状況も、風貌も変わりゆく中、同じ価値観を持って生涯お付き合い頂ける同志に感謝致します。
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プロフィール

Hideo Matsuoka

Author:Hideo Matsuoka
・生年月日 昭和37年10月30日

・好きな言葉 
今日は残された人生の最初の一日

・信条「先憂後楽」

・尊敬する人 
稲盛和夫 西川広一 松下幸之助

・資格 ①宅地建物取引士
    ②建築2級施工管理技士
    ③マンション管理業務主任者
    ④防火管理者
    ⑤少額短期保険募集人
    ⑥損害保険募集人
    ⑦損害保険商品専門総合
    ⑧不動産キャリアパーソン
・趣味
 劇団AUGAHANCE初代代表
 主に脚本・演出を担当

・経歴 
 中卒後、大工・石工と職人道を歩む
 平成2年 
 ㈱中岡組 (ジョーコーポレーション)入社
 マンション担当役員→常務執行役→管理会社代表を歴任
 平成21年 ㈱NYホーム起業

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