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組織依存との決別

 前略

 いよいよ、最終出勤日と成りました。

 

 平成21年、前職の会社の破綻を受け、グループの会長に拾って頂いてから13年。

 これまでは、何から何まで組織に支えられてきました。

 電話は誰かが取ってくれる。

 社会保険料や厚生年金の手続きは総務がやってくれる。

 月次決算は経理がやってくれる。

 資金繰りは財務がやってくれる。

 毎月25日に給料は振り込まれる・・・。

 

 そんな組織に対する依存とも、今日限りに決別。

 明日からは、何もかも自己責任です。 

 ほんの少しの自信と、その何十倍もの不安を抱えながら、自分なりの新たな道を歩んで参ります。


 末筆ながら・・・

 自分の様な愚鈍な人間を信用して、経営を任せて頂いた会長。

 身勝手でわがままな上司に、ついてきて下さった社員の皆様。

 お引き立て頂いたお客様、グループ会社、協力業者の皆様。

 総てのステークホルダーに対して、この場を借りて御礼申し上げます。

 本当に、本当に、ありがとうございました。
 

 グループの益々のご繁栄と、皆様方のご清祥を心より祈念申し上げます。

                                草々


2022年3月31日

                              松岡秀夫

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事後の百手<事前の一手

 健康診断を受診しました。
 3月末で退職する自分は自己負担です。

 ある方からは、「これだけ健康なのに必要ですか」とのお声も頂きました。
 確かに、還暦前の同年代と比べれば、元気な方かもしれません。

 月一回のペースで行っている成分献血時の血液検査も、ここ2年程異常なし。
 血圧も低からず、高からず。
 コロナ禍で用心するからか、風邪を引くこともない。
 体重も、ここ20年で最も絞れています。

 自営業と会社員との大きな違いの一つは、好むと好まざるとに関わらず、強制的に健康診断を受けられることでしょう。
 かつての同僚の一人は、長年勤めた会社を退職された後、それから2~3年で癌を発症し、そのまま早逝しました。
 健康診断を受診していれば、救えた命だったかもと考えます。

 仮に、幾らお金が有ったとしても、身体を壊せば元も子もありません。
 美味しいものも食べられませんし、お洒落も意味が無くなります。
 
 事後の百手よりも、事前の一手。
 反省はあっても後悔の無い人生。

 後悔を残したく無いのであれば、事前の一手だけは尽くしたいものです。  

果たされない約束

 先日、地元紙の訃報欄を見て驚きました。
 小学校時代の同級生の名前がそこにあります。
 同姓同名、年齢も同じ。
 確認して貰ったところ、やはり本人だったようです。

 自分は昔から、仲の良い遊び友達は一つ二つ年上の方でした。
 懇意にしていたのは、二つ上の彼のお兄さんです。
 小学校高学年の頃、近所のよしみで、彼の家にはよく遊びに行きました。
 親御さんの御厚意で、一緒に松山のデパートに連れて行って貰ったこともあります。
 
 小学以来40年間、全く関りは無かったのですが、数年前、自身が営んでいる塾の賃貸契約に絡んで偶然弊社に来店。
 部下が接客する中で自分の存在を認識するに至り、電話でひとしきり旧交を懐かしみます。
 
 「今度、松山で飯でも食おう。」

 しかし、その約束は遂に果たされないままでした。
 享年59歳。
 余りにも若過ぎる死です。

 人はこの世に命を授かった瞬間に、洩れなく不治の病にかかっています。
 致死率100%、治癒率0%・・・それが「生」生きるということです。
 その終幕がいつか、誰も判りません。

 ウクライナで砲弾の犠牲と成った人も、突然の事故や自然災害で命を落とした人も、よもや明日が訪れないとは考えもしなかったでしょう。
 だからこそです。

 夜眠りに落ちる瞬間に死んで、朝目覚めた時に新たな命が吹き込まれる。
 一日一生の想いで、今日一日を悔いなく生き抜く。
 それが、生あるものの務めでしょう。
 無為な時間を過ごす程、人生は長くありません。

僕の前に道はない

 実に、落ち着きのない人生を送ってきました。

 中学卒業後、新田高校に進学したものの、経済的理由により2週間で中退。
 半年間のパラサイト生活を経て、大工に弟子入り。
 3年持たずして、親方から大工を見限られ、親戚の石材店に弟子入り。
 8年間務めた石工から、前職の会社へと転職。
 そこから歩み始めたビジネスマン人生も、波乱の連続です。

 1990年 FC店の店長として「ハタダ大洲店」OPEN
 1991年 「ハタダ内子店」OPEN
 1992年 取締役として「モーメント」(現アメニティー・ハウス)創設
 1993年 不動産事業部に異動
 1995年 分譲マンションPJリーダーに就任
 2000年 分譲マンション管理会社設立
 2008年 ジョー・アメニティ(現アメニティーハウス)代表就任
 2009年 親会社の民事再生法申請を受け、退職後NYホームを起業
 2010年 1年2ヶ月で4店舗OPEN
 2019年 グループ総括経営企画室長に就任
 2020年 南洋建設代表就任
 
 こうして振り返りますと、常に新たな組織を創造してきました。

 「僕の前に道はない。
  僕の後ろに道は出来る。」 高村光太郎
 
 そして今春、雇われ社長を卒業し、新たな自営の道を歩みます。
 どうやら神様から、「まだまだ落ち着くには早い」と諭されているようです。

諍いの火種と行く末

 四国エリア宅建協会の集まりで、徳島からお越しの某社長と、朝食をご一緒しました。
 この方とは、一件のお取引きをきっかけに、長くお付き合いさせて頂いています。
 SNSで交流していますと御無沙汰な気がしませんが、リアルな再会は数年振りに成ります。
 
 さて、3年前の10月から約一年間、愛媛県宅建協会が迷走したことは周知の通りです。
 法律、定款、規則を尽(ことごと)く違(たが)える無軌道な運営は、会員vs協会の争訟にも発展しました。
 その敗訴をきっかけに、パワーバランスが正義に傾き執行部体制が一新。
 表向き平穏を装う、現状につながっています。

 とはいえ、諍(いさか)いの炎は、決して消えた訳ではありません。
 野党は勿論、与党も一枚岩という訳ではなく、今も尚、水面下に燻(くす)ぶった火種はあります。
 遅かれ早かれ、何かをきっかけに首をもたげてくる筈です。
 実際に歴史は繰り返されてきました。

 業界の未来を見据えた、ビジョンや戦略や政策に関する前向きな議論なら大いに結構。
 侃々諤々、口角泡飛ばし、大いに激論を交わすべきでしょう。
 
 振り返りますと、過去の諍いの大部分は、派閥の論理の成れの果ての下らない政争です。
 仮想敵の重箱の隅を突いて失策、失政にフォーカスする愚かな役員達。
 派閥の仲間で日毎、夜毎に集い結束を固め、理論武装した上で正当性を見出しているだけに厄介です。

 この政争に加担できるのは、些末な事象に膨大な時間と情熱を費やせるだけ、私怨や私憤に燃え上がる人か、公憤に駆り立てられた使命感の人か、その何れかでしょう。
 残念ながら、後者の人はごく一部です。

 即ち、本来業界をリードすべき、仕事に精を出す人格者は、そこにエネルギーを注げません。
 皮肉なことに、協会のために一所懸命やればやるほど、敵を増やし、批判に晒され、虚しさを覚える。
 自分もそうでした。
 結果として、本来役員に相応しくない資質の方達が派閥でマジョリティーを握り、協会を私物化してしまう訳です。

 愛媛のみならず、徳島でも同様の事象が繰り返されてきました。
 自分はこの3月末、一時的に会員資格を喪失することをきっかけに、4期8年務めた役員を退きます。
 暫くは外野から、客観的な目で行く末を見守りたいと思います。

同志の絆

 退任まで、残り一週間。
 日々挨拶回りを続けています。
 普段は昼食を摂りませんが、敢えて会食をセッティングさせて頂くこともあります。
 
 昨日は宇和島を訪れました。
 今から30年以上前、不動産業駆け出しの頃は高速道路も無く、峠越えの下道を通ったものです。
 
 途中、お訪ねできない方には電話で御報告。
 先ずは「既に聞かれているかもしれませんが・・・。」と前置き。

 この時点で初耳という方もいらっしゃいます。
 NY=松岡の会社と思われている方も少なくありません。
 その場合、まずは一様に驚かれます。

 そこで、雇われ社長卒業からの独立開業という、一連の流れをご説明。
 そして、「今後ともNYホームと南洋建設を宜しくお願いします。」と頭を下げます。 
 
 総てのステークホルダーは無理としても、時間の許す限り、こうして行脚するつもりです。
 それも、円満かつ円滑な引継ぎを行うため。
 何といっても、NYホームは13年かけて自分が作ってきた会社であり、一昨年から経営を任された南洋建設も含めた約30名の社員は、松岡が去った後も営業を続けていかなければなりません。
 例えれば、家族を人質に残して、一人戦地に向かう心境です。

 同志の絆は、たった一枚の紙切れよりも深く重い。
 今はともかく、やがて判って頂けるものと確信しています。 

8つのK:後編

 19人目の社員として入社した会社は、そこから15年で約800人の陣容を抱えるまでに成長。

 上場も視野に入る程の隆盛を極めました。

 ところが好事魔多し。

 業界を震撼させた姉歯一級建築士の構造偽装問題からリーマンショックと、予期せぬ外部環境の変化が次々と会社を襲います。

 

 ・ 採用の見合わせ

 ・ マンション在庫のバルク売り

 ・ 管理会社の売却

 ・ 販管費の削減

 ・ 新規融資の凍結・・・


 業績に急ブレーキがかかり、防戦一方に追い込まれる会社。

 しかし、成功哲学の浸透した社内では、ネガティブな言葉も意図せずしてポジティブに塗り替えられます。

 「この会社は必ず生き残る」

 振り返ればそれは、希望的観測に基づく、裏付けの無い鼓舞に過ぎません。


 いわゆる「正常性バイアス」の渦中でした。

 正常性バイアスとは・・・。

 自分にとって何らかの被害が予想される状況下にあっても、それを正常な日常生活の延長上の出来事として捉えてしまい、都合の悪い情報を無視したり、「自分は大丈夫」「今回は大丈夫」「まだ大丈夫」などと過小評価するなどして、逃げ遅れの原因となること。


 ・ 中長期的な見通し

 ・ 環境変化への対応

 ・ 正確な情報分析

 ・ 厳格なリスク管理・・・

 成功哲学やポジティブシンキングの有効性は、こうしたファクターがシビアに機能してこそ活かされます。


 個人、家庭、会社の3Kに、顧客、協力業者、株主、競合会社を加えた7つのステークホルダー。

 これに環境をプラスし、8つのKとして新たな羅針盤を構築したいと思っています。   以上

8つのK:前編

 一般的に「3K」と言えば、「きつい」「きたない」「危険」の建設業界。
 若者から敬遠される職業の代名詞として定着しています。

 その建設業界に生きる、「土屋ホーム」の土屋公三会長が提唱した成功プログラムが「3KM」です。
 全国の名立たる企業が、「個人」「家庭」「会社」の三位一体となった生涯幸福設計に取り組まれています。

 自身も今から24年前、伝承者である中川理巳講師から二日間のセミナーを受講しました。
 案内を受けた段階では正直、仕事の手を止め丸二日缶詰となることに抵抗があった、というのが本音でしょう。
 しかし、このセミナーは自分の心の琴線を大きく揺さぶり、人生を変えてくれました。
 それまで、仕事も人生も狭い視野でしかなかった自分の、目に映る景色がまるで違って見えます。

 また、人に影響を与えられる「言葉」の偉大さにも感銘を受けました。
 そういう存在に成りたいと思い、「インストラクター養成講座」受講を志願。
 一ヶ月に一度東京に通う、全12回の講座にも関わらず、仕事にかまけた自分の卒業は、足掛け3年を要しました。
 
 当時の会社は伸び盛りで、大量のキャリア社員が入社したため、二ヶ月毎に入社時導入研修が開催されます。
 新入社員も毎年数十名。
 結果的に累計数百名は、自分の「3KMセミナー」を受講した計算に成ります。
 身の程も弁えず、よくもまあ上から目線で話していたものだと、 今にして思えば赤面の至りです。

 この時期、夢を持ち目標を立てて最善を尽くせば、必ずその夢は叶うという効能に気付きました。
 職位、年収、マイカー、マイホーム・・・。
 摩訶不思議なことに、生涯幸福設計書に書いた内容が、尽く実現していくのです。

 自ら体現した人間の言葉には、説得力があります。
 その頃の会社は躍進を続け、まさしく無双状態でした。    つづく

ロシアショック

 一昨年から昨年にかけて、「アイアンショック」「ウッドショック」が建築業界を震撼させました。

 そして今年、多少落ち着くかと期待していたものの、高騰に歯止めがかかりません。
 いや、寧ろ加速しています。
 今朝の日経新聞一面に、以下見出しの文字が躍っています。

 「ロシア発建設コスト急騰」

 「ビル用鋼材13年振りの水準」

 「投資延期、工事遅れも」


 < 前年同月比 >

 H形鋼  31%up

 異形棒鋼 42%up

 熱延鋼板 39%up

 ステンレス32%up


 鋼材だけではありません。

 住宅の壁や床に使う針葉樹合板は、5ヶ月連続で最高値を更新。

 前年同月比では、実に64%upに及びます。

 合板原料単板の輸入の6割を占めるロシアが、制裁対抗策として輸出禁止に踏み切ったからです。

 まさしく「ロシアショック」と言えるでしょう。

 

 当面は、価格高騰のみならず、モノ不足により調達が難しい局面も予想されます。

 このままでいきますと、新築住宅は高嶺の花となり、文字通り夢のマイホームと化してしまうのか。

 それは早晩、中古住宅や中古ビルの流通価格高騰へと波及する筈です。

ベンチマークに学ぶ:後編

 福岡の理事職も愛媛同様、2年毎刷新されるため、事業の継続性を担保するための重要なファクターは、株式会社の社員である事務方の能力と熱意に因る所が大きいようです。

 事務方の皆さんのプレゼンを聞いていて、それを実感しました。


 勿論、組織における最終的な決定権は理事(取締役)に有ります。

しかし、理事任せで意見を言うこともできず、人事権を握られている理事の顔色を常に窺いながら仕事をせざるを得ない職場だとすれば、誇りもやり甲斐も見いだせません。


 これまで繰り返されてきた下らない政争等に惑わされることなく、理事に対しても阿ることなく是々非々で対峙できる事務方が、理事からの信任を受け、イニシアチブを握るのが理想です。


 そのためには先んじて、関連団体を含む愛媛県宅建協会の理念やビジョンの策定が急務でしょう。 

 そうして得た大義を、理事と事務方が共有するところが改革のスタートラインです。


 であるならば、事務局の皆さんこそ、ベンチマークに学ぶべきと確信しました。 以上

プロフィール

Hideo Matsuoka

Author:Hideo Matsuoka
・生年月日 昭和37年10月30日

・好きな言葉 
今日は残された人生の最初の一日

・信条「先憂後楽」

・資格 ①宅地建物取引士
    ②建築2級施工管理技士
    ③マンション管理業務主任者
    ④防火管理者
    ⑤少額短期保険募集人
    ⑥損害保険募集人
    ⑦損害保険商品専門総合
    ⑧不動産キャリアパーソン

・経歴 
 雄新中卒業 → 新田高校中退
 大工・石工と約十年職人道を歩む
 平成2年 
 ㈱中岡組 (ジョーコーポレーション)入社
 マンション担当役員→常務執行役→管理会社代表を歴任
 平成21年 ㈱NYホーム起業
 令和2年 ㈱南洋建設 代表兼任
 令和4年 ㈱たんぽぽ不動産起業

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