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義理人情の踏み絵

 田中角栄は、高等小学校卒の学歴ながら、一国の総理大臣にまで登り詰めました。
 ロッキード事件で晩節を汚したものの、今でも昭和の偉大な政治家として多くの人から信奉されています。

 通産大臣を務めていた時のエピソードは、田中角栄の人たらしたる所以です。

 関係者の訃報が入る。
 ところがその日は、通産省として最も大切な産業構造審議会の開催日。
 
 角栄 : 「おい、今日は誰かの葬式が無かったかね。」 
 秘書 : 「はい、確かにございますが、今日の産構審は通産相としてお葬式よりも重要な行事ですから、そちらを優先致しました。」

 角栄は、感情を抑えながら、静かな声でゆっくりと語った。

 「これが葬式でなくて結婚式だったなら君の判断は正しい。
  俺も何も言わない。
  新郎新婦に、また日を改めて会いに行き祝意を伝えればそれで問題はない。
  だが、葬式は別だ。
  亡くなった人との最後の別れの機会だ。
  二度目はない。
  今日、審議会があって駄目なら、何故昨日、お通夜の日程を組まなかったのか。」

 言葉通りに角栄は、敵対する党派の通夜にも出向き、読経が終わった後も、目を瞑ってずっと座っていたと言います。
 先日、某知人の御身内の訃報に接し、通夜も葬儀も都合がつかず、弔電と香典を手向けさせて頂きました。
 改めてそれは、判断の誤りであったかもしれません。

 生前のお付き合いの深さや、関係性もありましょう。
 それでも葬儀は、義理人情の踏み絵です。
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個々人のクレド

 顧客サービスのベンチマークとして著名な「リッツカールトンホテル」は、全スタッフが「クレド」と呼ばれる名刺大のカードを所持しています。
 また、朝礼等でクレドに基づく実践事例を発表し、画に描いた餅に成らない様な工夫も凝らされています。

 クレド(Credo)とは・・・
 企業全体の従業員が心がける信条や行動指針のこと。
  ラテン語で志・約束・信条を表す言葉で、企業理念などとは少し違う意味合いになる。

 さて、アマチュアスポーツの世界では、独裁政権下における歪みが取り沙汰されています。
 ボクシング協会、体操協会、テコンドー協会・・・。
 枚挙に暇がありません。

 大切なのは、お客様ファースト&アスリート(会員)ファースト。
 いわずもがなの当たり前です。
 
 しかし、長期政権による権力の集中は、知らず知らず天動説に陥りがちです。
 スポーツだけに限らず、業界団体も国家も同じでしょう。

 本来、ガバナンスの役割を果たす責務を負っている筈の理事も、いつの間にか感覚が麻痺し、長いものに巻かれ、権力に阿(おもね)る様になる。
 そこで貫かれるべきは、個々人のクレドでしょう。
 事なかれ主義も結構ですが、事が起きているにも関わらず、見て見ぬふりを決め込むのは怠慢に過ぎません。

幸か不幸か

 幸か不幸か、貧困な幼少期を過ごしました。

 父が結核を患い、小6から中3の四年間については、生活保護を受給。
 家は風呂無し、共同トイレの木造貸家。
 冷蔵庫の中に玉ねぎが一個しか無かったこともありますし、雨合羽が買えず、自転車で帰宅中びしょ濡れになったりもしました。

 学校では、集金日に校納金を納めます。
 母子家庭等の生活弱者も、同様に一旦納めますが、月に一度返金する形で免除されていました。

 該当する数名の生徒が担任の先生から呼ばれて、封筒を受け取ります。
 従って、「ああ、彼(彼女)も同じ境遇なんだな。」と判ります。
 
 先日、42年振りの再会を果たした友人もその内の一人。
 彼は、職場恋愛により20歳で結婚しました。
 夕飯の時に、食卓に並ぶ三品のおかずを見て、「贅沢だな」と感じたそうです。
 自分も、その気持ちが良く判ります。
 
 当時、おかずは一品のみがレギュラー。
 卵かけ御飯や、大根おろしを白米にぶっかけるだけの時もあります。
 カレーは、何週間に一度かの贅沢品でした。

 自分は、良く言えば倹約家ですし、悪く言えばケチです。
 その理由は、やはり生まれ育った環境でしょう。 

 しかし、当たり前の基準が低いことで、少々のことは不満に感じません。
 見過ごしそうな、何でもないような事象にも感謝できます。 
 
 冒頭で、「幸か不幸か」と切り出しました。
 57歳を目前に控えた今、それが幸いであったことを確信しています。

心が決めること

 某社で社員面談を実施しています。
 その個人差たるや、まるで別の会社を見るようです。
 当然ながら、全員が同じ会社、同じ社長、同じ就業規則に基づいて仕事をしています。

 この会社は、元々別の二社が統合したため、ここ2~3年、目まぐるしく組織が変更されました。
 その度に、名刺が変り、アドレスが代わり、制服が変わります。
 仕方無いこととはいえ、社員は翻弄され、落ち着いて仕事ができない環境にあったことは間違いありません。
 
 在籍数年の社員は、「以前に比べたら随分良い環境に成りました。」と答え、
 近年入社した社員は、「まだまだ、気に成る点が多く目につきます。」と答えます。

 現状に満足する人は、今を良しとしますし、
 あるべき姿を高峰に掲げる人にとってみれば、目につくことや鼻に付くことや気に成ることが目立ちます。

 何故なら、個々人の中での「標準」が違っているからです。
 「現状」と「標準」との差は「問題」。
 「標準」と「理想」との差は「課題」。

 今、幸せですか?
 この質問の答えも同じでしょう。
 すべては、心が決めることです。

人脈の糸

 一般的に高校卒業後は、各自バラバラの道を歩みます。
 自分は中卒ですが・・・。

 それから45年。
 内子町においては、自営業者が多いこともあって、親しかった同級生が相当数地元に戻ってきました。
 南予には、頼母子が定着しています。

 無尽とも講ともいわれるものですが、親しい仲間で何人組かを作って、毎月決まったお金を拠出し、まとまった資金を融通し合う仕組みです。
 我々が取り組んでいるのは実に少額で、頼母子にかこつけて酒を飲む集まりといっても過言ではないでしょう。
 
 しかし、この頼母子のおかげで、同級生の連帯は強まります。
 地元の友人、知人は沢山いますが、頼母子に参画していない人間とは、何年も飲んだ記憶がありません。
 近くに居て、いつでも飲める環境にあるからこそ、縁遠くなってしまうのは皮肉なものです。

 また、松山の中学三年の時の同級生数名とも、年二回の飲み会を継続しています。
 レギュラーメンバーが5名。
 そこから派生したゲストメンバーも、延べ十名に及びます。
 先日は、42年振りの再会を果たしました。

 人脈の糸は、手繰り寄せれば近付きますし、放っておくと切れてしまいます。
 一度しかない人生であるならば、出会いと縁を大切に生きて行きたいものです。

なめたらあかん

 我がグループが、経営の羅針盤としている書は、ジャック・ウェルチ著「WINNING 勝利の経営」です。
 その中では、繰り返し「率直さ」の重要性が説かれています。

 相手が上司であったとしても、社長であったとしても、臆することなく率直に話すことは大切です。
 建設的な意見が自由闊達に交わされる社風に成れば、次々と良いアイディアが共有されるに違いありません。
 しかし、時に「率直さ」は、「不遜さ」に変換されてしまうことがあります。
 
 「率直」 自分の気持などを飾ったり隠したりすることなく、ありのままであること
 「不遜」 思い上がった態度

 例えば、上司を上司とも思わない、社長を社長とも思わない、慇懃無礼な物言いをする社員の言動。
 それは率直さではなく、単なる不遜さです。

 「畏(おそ)れながら申し上げます」
 現代社会にあっても、礼儀、礼節、忠誠に満ちた、畏敬の念前提の率直さが美徳です。

 天童よしみさんも歌っています。
 「なめたらあかん♪ なめたらあかん♪」
 くれぐれも、上司や社長をナメてはいけません。

給料の貰い先

 我々は、誰から給料を貰っているのか?

 結婚式における、お袋+給料袋+堪忍袋という3つの袋の話。
 経営における、人財→人材→人在→人罪という4つのジンザイの話。
 と同じ位のレベルで、良く耳にする、ベタな質問です。

 答えは社長からでも、経理からでもなく、お客様から。
 そう、当たり前です。

 しかし、当たり前のことが当たり前に行われない会社もあります。
 例えば・・・。
 お客様と電話で話している時に、周囲が大声で無駄話をする。
 お客様が来社された時に、座ったまま、「いらっしゃいませ」とも言わない。
 お客様と社員が応接室で商談している時に、社員間で侃々諤々口論する。
 
 自分がコンビニに入店した時に、同じ光景を目にしたらどう思うでしょう。
 少なくとも、尊重されていない、大事にされていないと感じるに違いありません。

 給料は、お客様から頂くもの。
 どうか今日からは、その認識を、当たり前に備えて頂きたいと思います。

未知の領域・無知の領域

 とある案件で、顧問の先生からレクチャーを受けました。
 凡人が普通に考えると、コンプライアンス上も、運営上も、確実にNGとなってしまう案件であります。

 まさしく、目から鱗が取れるとはこのこと。
 聞く程に、頭の中の霧が晴れていく様な、実に爽快なお話しでした。 

 知らない人間は、知っている人間の半分も知らない。
 当たり前のことながら、知識も閃きも含め、何年かけても、逆立ちしても、この解は導けなかったと確信します。

 知っていること(知識)の周囲には、知らないこと(無知)の領域があります。
 知識の領域が拡がり、輪が大きくなる程に、無知の領域も拡がります。
 矛盾・・・いえいえ、無知でいる限り、未知の領域が存在することさえ知り得ません。

 知れば知る程に、知らないことが増えてくる。
 だからこそ仕事は面白いのです。

是々非々を貫く

 総ての判断は是々非々であるべきです。

 是々非々とは。
 良いことは良い、悪いことは悪いと公平な立場で判断すること。

 とは言いながら人の判断は、様々な主観によって左右されます。

 <好きか、嫌いか>
 「あの人の言っていることは正しいけれど、嫌いなので・・・。」

 <やりたいか、やりたくないか>
 「確かに正しいかもしれないけれど、やりたくない。」

 <損か、得か>
 「幾ら正しくても、損をしてしまう判断には同調できない。」

 また、軋轢を恐れ、事なかれ主義で流されることもあるでしょう。
 しかし、曲がりなりにも役員の立場にある方が、それではいけません。

 仮に、是々非々を貫くことによって組織から浮き上がり、孤高の存在となったとしても、信条に従って生きるのが美学です。
 例え、愚かであったとしても・・・。

一尺先にある鉱脈

 宅建士試験にまつわる、時間についてです。

・ 受験勉強の時間は、退屈でとても長い
・ 受験を決めてから、試験日までの時間は、光陰矢の如し
・ 試験会場に着席してから、試験開始までの数分間は異様に長い
・ 試験時間の二時間は大変短く、寧ろ足らない
・ 試験を応援し、見守る側の二時間は、とても長い
・ 試験終了後、解答速報が出るまでの数時間はあっと言う間
・ 不合格に終わって、次年度受験までの一年間は、とても早い
・ 合格してから、取引士証を手にするまでは一日千秋の思い
・ 初めて一人で行う、重要事項説明の時間はとても長い
・ 取引士証を手にしても、一人前には程遠い・・・

 一年は365日、一ヶ月は30日前後、一週間は7日、一日は24時間・・・。
 古今東西、老若男女、時は共通。
 しかし、その時間の感じ方は様々です。

 そして、受験だけに関わらず、時間を味方につけた者が勝利します。
 宅建は短期集中の暗記試験。
 半年前からの400時間学習で、大抵の人は合格できる筈です。
 
 裏返しに、仮に200時間を10年継続して、トータル2,000時間では、あと一歩及ばないのも宅建です。
 成功はあと一尺掘れ。
 来年こそは、一尺先にある鉱脈を掘り当てられんことを祈念しています。

審判の日

 金木犀の甘い香が漂うこの時期は、毎年心が浮足立ちます。
 そう、不動産業者にとって年に一度のイベント、「宅地建物取引士資格試験」です。

 自分も四半世紀前に、洗礼を受けました。
 中卒の自分が、15年振りにテキストとノートに向き合った一年間の審判の日。

 寝ても覚めても宅建一色・・・いや夢にも出てきます。
 受験開始の振鈴が成っても、手が震え、気が焦り、問題が解けないまま、刻々と時間だけが去っていく・・・。
 不吉な夢にうなされて目覚めたりもしました。

 そうした不安を払拭するために、連日4~5時間の勉強を重ねます。
 「ここまでやったのだから悔いはない。」
 「もう、来年受けることない。」
 悔いなくやり切った思いから、当日は清々しい気持ちで試験に臨めました。
 
 今思い返しても、この時の努力と、成果があってこその今日です。
 名刺に「宅地建物取引士」と入ることで、社会に認められ、自分に自信が持てる。
 12月の発表時に、同じ思いが共有できることを祈念しています。

良い意味の公私混同

 いつも申し上げております通り、利益を上げる法則は以下の通りです。

 収入を最大化する
 支出を最小化する

 単純ですが、企業経営の中ではなかなか難しい。 
 自分の財布から出す個人支出の場合は、相見積もりを取ったり、チラシの価格を比べたりして、一円でも安く買おうとするものでしょう。
 ところが、会社の経費となると丼勘定になったりします。

 例えば、定価8,000円の物品購入。
 相見積もりを取り、6,500円の最安値をつけたA社で購入しようと、必要性を上司に願い出て、許可を貰います。
 
 そこからが腕の見せ所。
 A社に再交渉します。
 「5,000円なら今すぐ発注できるのですが・・・。」

 断られてもダメ元。
 かかるコストは電話代のみ、かかる労力は口を動かすだけ。
 通れば儲けもの。
 しかも、経費 - 経費 = 純利益となります。

 個人の財布と会社の財布との価値観が同じになる、良い意味での公私混同ができれば、経営者として一人前です。

新50代問題

 日経ビジネスに、「トヨタも悩む新50代問題」という特集記事がありました。 
 いわずもがな、私もバリバリの50代です。
 
 20代は汗をかき、30代は知恵を出し、40代は経験を活かす。
 年功序列・終身雇用からなる、典型的な日本型のビジネスモデルです。
 
 50代の皆様の入社は、高度成長期からバブルという、日本経済最高潮の頃。
 一般的には部長や役員というイメージでしょうか。
 今までの功績によって、それなりのポストに就き、給料も高くなっている筈です。
 
 日本の将来や年金制度の破綻が懸念されているものの、ここまで来れば逃げ切れる・・・。
 そう思う人も少なくありません。

 「何ができる訳ではないけれど部長はできます。」
 こうした「働かない50代」ばかりだと、トヨタの様な大企業でも養い切れないというのが、新50代問題です。
 
 人生100年と考えれば、50代はまだ折り返し地点。
 「もう50代」ではなく、「まだ50代」です。
 マハトマ・ガンジーではありませんが、明日死ぬかの様に生き永遠に生きるかの様に学び続けたいものです。

マンション クライシス

 先日の日経新聞朝刊一面に、「マンション クライシス」という記事が掲載されています。

 分譲マンションの総戸数 = 655万戸
 ※ 国民の8人に一人が住まう 
 内3割が、築30年超・・・。

 前職の会社で5,000戸超のマンションを供給してきた責任者として、他人事とは思えません。
 当時の物件も各々築15~25年が経過し、大規模修繕の周期を迎えています。
 マンションのデメリットとメリットは背中合わせです。

 デメリット=持ち家なのに、修繕積立金・管理料・駐車料が、毎月2万円前後かかる
 メリット=上記を払っていれば、将来の大規模修繕時にも臨時出費の必要がない

 ところが今、そのメリットが揺らぎつつあります。
 修繕積立金が当初計画よりも少ない = 35%
 3ヶ月以上の滞納がある = 25% 
 管理会社に使い込まれて消失したケースも散見されます。

 子育て世代の30代で分譲マンションを購入する。
 20年後、子供が巣立っていく。
 40年後、そこに住まうのは老夫婦のみ。

 年金を糧として、穏やかな老後を、終の棲家で過ごす。
 その段階で、住み続けるため、多額の臨時出費を求められるとしたら・・・。
 悲劇を生まないためにも、住民自らが立ち上がる、積極的な管理が求められます。

座して死を待つ

 グループの中で、新規事業への取り組みをジャッジする、事業企画室も兼任しています。
 過去、幾つかの新規事業が現場から起案され、承認されてきました。

 今更ながら、その事業の成り行きは見届けられていなかったようです。
 改めて振り返ってみたところ、決して芳しくありません。

 一つの事業は、立ち上げ直後の営業先で、問題点を指摘されて頓挫。
 一つの事業は、繰り返し営業するものの、全く成果に結びつかない。
 一つの事業は、一年以上経過しても、初受注に至らない・・・。

 これらは何れも、大きな先行投資を伴うものではなく、初期費用はせいぜい数十万円です。
 だから良いという訳ではありませんが、一方、だからこそ不退転の覚悟が備わらなかったとも言えます。
 新たな事業を立ち上げるのは、決して簡単ではないことが判ります。

 一方で、某社が代理店業務として始めた事業は、先行投資ゼロ円。
 三年前に、口利きのみの取次で開拓した結果、今も年間30万円弱が、ストック収入として安定的に入ってきます。

 きっかけは、情報収集と一本の電話だけです。
 「御社の営業先から教えて頂いたのですが、代理店には成れませんか?」
 「いや丁度、代理店の募集を開始しようとしていたところなんです。」
 たった30万円ですが、昨年も、今年も、来年も、安定的かつ継続的に入ってくる30万円は侮れません。

 ファーストリテイリングの柳井社長が言われる通り、企業経営は一勝九敗。
 例え九敗したとしても、一つの勝利が会社を救うこともある筈です。
 
 挑戦にはリスクを伴います。
 リスクを排除したければ、挑戦しないこと。
 しかし、挑戦をしない限り、座して死を待つばかりです。

未来へとつなぐ使命

 今回の台風19号関連で、被災された皆様には、心よりお見舞い申し上げます。
 昨年7月、西日本豪雨災害によって4.600世帯が冠水した、大洲市の復興を見届けて来た一人として、とても他人事とは思えません。
 
 まだ全容は明らかではないものの、水害の範囲と規模については、恐らく史上最大の災害であったと思われます。
 「まずは命を守る行動を」
 「数十年に一度の危険が差し迫っています」

 パニック映画の様なアナウンスが連日流れ、想定通りの被害が発生しました。
 いや、こうした告知が無ければ、被災者はもっと増えていたでしょう。

 ある意味、気象庁の緊急会見や、特別警報は、被害を最小に食い止めることができたとも言えます。
 まさに、危険予知、リスク管理です。 

 近年の天災について考えますと、災害は忘れた頃ではなく、常に必ずやってきます。
 その災害への備えは、会社の、組織の、個々人の責務。
 地球温暖化へストップをかけるのも、化石燃料にブレーキをかけるのも、未来に住みやすい環境をつなぐのも、進次郎さんではなく、我々の使命です。

失われた30年

 人は皆、自分の意に沿わないことに抗おうとするものです。
 そして、意見の異なる人達を敵対視します。

 時に、憎悪が膨らみ、相手方を陥れようとすら思います。
 高じれば、恨みつらみの諍いへと発展します。
 しかし、泥仕合の結果は、互いに傷つくだけでしょう。

 我が業界団体も、三十年前から泥仕合を繰り返してきました。
 本来、お客様の利便や、会員の繁栄を優先すべきであるにも関わらずです。

 揚げ足を取り、重箱の隅を突っつき、誹謗中傷を繰り返す。
 会合では、野次や怒号が渦巻き、大声で恫喝する。
 法律やルールや規則は二の次、三の次。

 ここ数年、やっと建設的で、前向きな議論ができる環境が整ってきたと自負しています。
 ところが先日の理事会は、デジャヴかと見間違う惨状でした。
 
 今は、理事の皆様の良心に問いかけたいと思っています。
 論じるべきは、政争ではなく政策。
 絶対に、失われた30年にしては成りません。

奇跡の出会いに感謝

 二週続けて、注文住宅の完成見学会があり、土日は出社。
 その振替休日を、先日の木曜日に頂きました。
 外食産業に勤務している次男と、たまたま休みが合ったので、久々に朝から一緒に出掛けます。
 
 北条鹿島行きの港近くにある、「シーパ」という温浴施設。
 広大な瀬戸内海を望む、パノラマオーシャンビューの露天風呂は、間違いなく愛媛一の絶景風呂です。

 温浴施設周辺にたむろしている猫と戯れ、まったりと過ごした後、ランチへ。
 先日の拙文で触れた通り、自分は滅多に昼食を摂りませんが、休日は例外です。

 某TV番組で、マルブンの真鍋社長が訪れていた、北条駅前の大人のカリー店「カルコバ」。
 プロの料理人が認めるだけあって、スパイシーで深みのある、大変美味しいカレーでした。

 さてそこで、弊社の元社員Oさんとバッタリ。
 お子さんの来春の小学校入学手続きのため、お休みを取られていたとのことです。
 あの小さかった御子息も、すっかり大きく成られました。
 聞けば彼女も初めての来店とか。

 滅多に昼食を摂らないにも関わらず、滅多に無い平日の休日に、互いに初来店の二組が、互いに地元じゃない北条駅前で出会う奇跡とは、果たしてどれほどの確率なのでしょう。
 世間の狭さと、縁の深さを痛感した瞬間です。

 また、会社を卒業した社員の方と、笑顔で話せる関係性にも、大いに感謝します。
 久々に、心地良い、快い時間を過ごすことのできた休日でした。

一日一食の理由

 自分は原則、昼食を摂りません。
 理由をよく聞かれます。

 日本人が一日三食摂り出したのは、江戸時代から。
 厳しい年貢の取り立てに追われる農家の方々は、粟や稗といった雑穀が主食。
 雑穀は腹持ちが悪く、三食食べないと体がもたないため、三食摂らざるを得なかった。
 今の栄養価の高い食事であれば、一日一食でも充分。
 
 昼抜きのきっかけとなったこの話、どうやらガセネタで、江戸時代までは一日二食であったようです。
 とはいえ、一日一食にしてから、自身の体調が良いのは間違いありません。
 その理由をネットで探ると・・・。

 食べたものが胃で消化され腸で吸収されるというプロセスには一定の時間が必要。
 食べる回数を減らすと、完全に胃が空になった空腹時間が増え、それが胃腸の休息時間となる。
 食事の回数を減らすことで、食後の眠気に襲われることも少なくなり、頭がはっきりして、体が軽くなる。

 本当にその通り。
 加えて、食材そのものの、本来の味が美味しく頂ける。
 ダイエットにも成る。
 個人的には良いことばかりです。

 あくまでも個人の感想です。
 決してお勧めはしません。

笑えない未来

 全国的に、また急速に、「働き方改革」が進行しています。
 働き手不足も相俟って、時給が上昇したり、休日が増えたり、企業側の生産性維持の苦労は尋常ではありません。

 我がグループでも、一年前から週休二日制が導入されました。
 先日のブログでもご紹介した通り、コンビニの24時間営業が聖域でなくなり、元旦休日も検討されています。
 過重残業撲滅や、ブラック企業一掃等の声掛けを聴く限り、労働者の権利拡大の流れと受け止めている人が大半でしょう。

 しかし、「働き方改革」の本質が見えてくるのはこれからです。
 今朝の地元紙を見ても、その兆候が伺えます。

 「地銀65%が職員削減」
 「そごう・西武、5店舗閉鎖、2店舗縮小」
 「セブン&アイHD グループで3,000人削減」

 安定していると思われている銀行も、優良企業と位置付けられているセブン&アイも、縮小を余儀なくされています。
 雇用は絞っても、成長の継続性を求められるのが企業の宿命です。
 
 「働き方改革」が、少ない働き手でも生産性を保とうとする改革であることに気付かなければなりません。
 「週休2日で浮かれていたら、いつの間にか週休7日に成ってしまった・・・。」
 笑えない未来が、すぐそこに迫っています。

我慢・辛抱・共生・互助

 戦後復興から高度成長期にかけては、モノがあれば売れる時代でした。
 人口も増え続け、目の前のお客様を失ったとしても、新たなお客様が現れます。

 すると、生産者都合が優先されるプロダクトアウトが常識となります。
 まさに地動説です。

 バブル崩壊と共に、人口は飽和状態となり、巷ではマーケットインが叫ばれる様になりました。
 人口減少の時代は、目の前のお客様を失うと、次はありません。
 
 限られたパイを、各社各店が挙って奪い合う、熾烈な生存競争の始まりです。
 お客様にリピート頂くべく、お客様の利便のために、お客様のご都合に合わせる。
 まさしく地動説です。
 
 30年前、愛媛にコンビニという言葉はまだ、定着していなかったと思います。
 地場ナイトショップの営業時間は、深夜2:00まででした。
 近年、コンビニは乱立状態。
 内子町にも、セブンイレブン1件、ファミリーマート2件、ローソン1件と、4件のコンビニが営業しています。

 何時でも何処でも、欲しいモノが手に入る。
 人間の飽くなき欲求を満たすために、レストランやスーパー等、365日24時間体制のお店は増えました。
 しかし今、働き手不足から、再び天動説に回帰しつつあります。

 コンビニの深夜営業の見直し。
 元旦休業の実験店舗。

 我慢、辛抱、共生、互助・・・。
 人として、それで良いのだと思います。

私心なかりしか

 毎日ブログを書いております。
 「何のために?」と問われると、その答えは難しいものです。

 単なる日記的な意味合い、癖の様なもの、自己顕示欲を満たすため・・・。
 元々は、社員の皆様に社長からのメッセージをお送りし、より良い企業風土を醸成したい、という思いが始まりです。
 成功事例の紹介、失敗事例の反省、価値観の共有・・・。
 
 2010年から3,400日継続して、十年目を迎えています。
 日々勝手なことばかり書いておりますが、思い悩むことも少なくありません。 
 
 例えば、誰かの失敗に関する事項。
 本来、「叱責は言葉で、称賛は文章で」が原則です。
  
 言葉は発した瞬間から消えて無くなりますが、文章は残ります。
 通知表の成績の悪い生徒が、「生き物係として動物に優しい心で接することができました。」という先生からの一言に感激して見返す様に、何度も褒めた様な効果を持つのが文章です。

 その逆に、文章による叱責は、言葉の何倍も堪えます。
 ブログは、理論上世界中に発信されており、不特定多数が見ることができます。
 いわば、公開処刑です。
 読む側も、決して快く思わないでしょう。

 原則を知りつつも、価値観の共有のために、どうしても書かざるを得ないこともあります。
 熟慮を重ね、一度書き上げた文章を、総て消して書き直すこともあります。
 
 誹謗中傷ではなく、問題提起であること。
 私憤ではなく、公憤であること。
 不平不満ではなく、建設的であること。
 
 「動機善なりや私心なかりしか」
 自問自答、自省自戒の毎日です。

邪念に抗う

 西郷隆盛の名言です。

 「命も要らず、名も要らず、位も要らず、という人こそ最も扱いにくい人である。
 だが、このような人こそ、人生の困難をともにすることのできる人物である。
 またこのような人こそ、国家に偉大な貢献をすることのできる人物である。」

 そう、私も含め一般的な人間は、命が惜しい、名誉が欲しい、地位も欲しい。
 一つ叶えればまた一つと、エスカレートするのも、人間のさもしい性です。

 しかし、皆が利己的に立ち振る舞うと、世の中は成り立ちません。
 奪い合えば足らず、分け合えば余るのが世の常です。

 会社であれば、こういう組織にしたいと理念を掲げる。
 個人であれば、かく生きたいとポリシーを持つ。
 
 だからといって、その通りに生きられるとは限りません。
 ただ、私欲に目が眩みつつも、少しだけ理想に近付けようとして、邪念に抗う。
 人生の羅針盤を持つ効果は、ほんの少しであったとしても、大きな意味を持つと信じています。

フランシスコの祈り

 人から攻撃を受けると傷つきます。
 怒りが芽生え、憎悪となり、やり返したいと考えます。
 そして、双方が傷つきます。

 『フランシスコの祈り』
 主よ
 あなたの平和をもたらす道具として
 私をお使い下さい
 憎しみのあるところには、愛を
 不当な扱いのあるところには、ゆるしを
 分裂のあるところには、一致を
 疑惑のあるところには、信仰を
 誤っているところには、真理を
 絶望のあるところには、希望を
 暗闇には、光を
 悲しみのあるところには、喜びを
 もっていくことができますように
 慰められることを求めるよりは、慰めることを
 理解されることよりは、理解することを
 愛されるよりは、愛することを
 求める心をお与えください
 私たちは自分を忘れ去ることによって、自分を見いだし
 赦すことによって赦され
 死ぬことによって、永遠の命をいただくのですから・・・

 常にそう考えられる、心穏やかな人でありたいものです。

利と義の別れ道

 大河ドラマにも成った「天地人」という歴史小説の中にある、直江兼続と真田幸村との会話です。

兼続
 力で人を支配し、従わせるには限りがある。
 その証拠に、織田信長を見よ。
 信長は己を中心とする権力を築き上げ、恐怖をもって人を屈服させようとした。
 が、その末路は家臣に背かれ、織田家の栄華も、砂の城のようにあっけなく崩れ去った。

幸村
 では、兼信さまは一体、何をもって人心を一つにまとめ上げたのです?

兼続 
 「義」だ。 分かれ道に立ったとき、人は何によって動くと思う?

幸村
 利のあるほうへ、人の心は自然に流れていくものだと、我が父昌幸は口癖のように申しております。

兼続 
 確かに人は、利で動くものだ。
 だが、それだけではない。
 人は時に、利を超えた志のために動くことがある。
 我らは獣ではない。 人だ。
 利を追い求めながらも、心の底では、それだけに振りまわされることをむなしいと思っている。
 不職庵様は、義の旗じるしをかかげることによって、生きることの意味を皆に問いかけたのだ。
 義を唱えることは、確かに不利だ。
 故に誰もが利に走る。
 しかし、難しいからこそ、それは光輝く。
 義を行えば、目先の利を追うだけでは得られない、真の人の信頼を勝ち取ることができる。

 今の自分の心に染み入る言葉です。

イベントの意義

 週末は、二週連続で一般住宅の見学会に参加しています。
 
 二階出窓壁のラインの効いたスタイリッシュな外観。
 リビング→キッチン→パントリー&ユーティリティーへと続く家事動線。
 11帖のルーフバルコニー・・・。

 設計士のセンスが光る、見どころ満載の見応えある作品です。
 ここに至るまでに、多くの時間と労力を要したであろうことが伝わってきます。
  
 一般のお客様だけでなく、グループ会社の社員の皆様にも、多数御来場頂きました。
 「おつかれさまです」
 「良い住宅ですね」
 「頑張って下さい」

 同僚の皆様から、一声頂くだけで、スタッフの承認の欲求は満たされ、疲れも癒されるものです。
 会議や打合せでは、侃々諤々、口角泡飛ばし議論することもあります。
 真剣に取り組むが故に、摩擦や軋轢が生じることもあります。
 そこから、誹謗中傷が拡がり、派閥形成にまで発展することもあります。

 しかし、社内や、グループ内は、敵ではありません。
 時に切磋琢磨し、時に助け合う、仲間です。
 
 完成見学会は、新規顧客へ向けた商行為であると同時に、社内やグループ内の絆を確認する意味でも、重要なイベントと言えるでしょう。
 
 一人は皆のために。
 皆は一人のために。
 
 忘れてはならない創業の精神です。

時間を巻き戻すな!

 先日行われた、某業界団体の会合。
 終了後、有志として指名を受け、ビジョン策定の打ち合わせに参画しました。

 改めて「ビジョン」とは?
 将来のある時点でどのような発展を遂げていたか、成長していたいかなどの構想や未来像。
 またそれらを文章などで描いたもの。

 実は、ビジョンを話し合う前段の展開において、これまでに経験したことのない、大きな幻滅と絶望感を味わいました。
 シナリオを描いた人、演じた人、賛同した人、沈黙を守った傍観者・・・、すべてに憤懣やるかた無い。
 しかし・・・、いや寧ろ、だからこそ、改めて「ビジョン」の必要性と重要性を再認識したのも事実です。
 
 この団体は、どうあるべきか?
 貴方には、何ができるのか?
 そして、何をすべきか?
 
 今こそ、真価が問われます。
 何が何でも、時間を巻き戻してはいけません。 

認識の温度差

 地元で影響力のあるフィクサーから、高額な金品を受け取り、その見返りとしてフィクサーの会社に仕事を発注する。
 一般的に、これを賄賂と言います。
 しかも金額は、億単位です。
 
 「返そうとすると恫喝された」
 「貰いたかった人間は一人も居ない」
 「一時的に預かっただけ」
 「今は殆ど返却している」
 「お金の出所について還流という認識は無かった」

 どう贔屓目に見ても、認識しない筈がありません。
 泥棒が、一時的に預かっていただけと言って、返したら済むのか?
 問題が発覚したから返却したのではないか?
 フィクサーが亡くなったのを良いことに、罪を被せようとしているのではないか?
 
 まさに死人に口無し。
 収賄の加害者であるにも関わらず、被害者面した会見には呆れます。

 また、収賄していた人間が重役に登用されていること。
 今回の問題を受けての処罰が、最大でも減給20%二ヶ月であること。
 
 世間との温度差があり過ぎて、風邪引きそうです。 

変化を見届ける

 前日、リーダーシップは行動であることを書きました。
 その続編として、行動とは何かを解説します。
 一言で言うならば、行動とは変化を起こすことです。
 
◆ 社内のコミュニケーションが悪い 
 ・ 懇親会を企画する
 ・ 工程会議を実施する

◆ 社内外で、言った言わないのトラブルが散見される
 ・ 複写式の打合せ記録を導入して、言葉の領収証とする
 ・ 社内連絡はメールによって行い、記録を残す

 これらは、ここ二週間程で行き当たった問題点と解決策です。
 犯人探しやモグラ叩きに奔走し、不平不満を口にしても、やり方そのものは変わりません。
 やり方を変えない限り、問題は再発します。

 問題を発見すること。
 問題を指摘すること。
 
 そこだけに留まらず、再発防止・未然防止のためにやり方を変えること。
 再発防止 = 同じ問題が二度と起こらない様にする
 未然防止 = 類似の問題が起こる可能性に先手を打つ 

 変化を見届けられて初めて行動です。

言葉の領収証:後編

 さて、こうしたトラブルが起こる理由は二つあります。
 ・ 御施主様と担当者との間の、言った言わない
 ・ 社内、担当者間での、言った言わない

 こうしたトラブルを無くすには、口頭でのやり取りを避け、書面化する必要があります。
 前職の会社では、お客様との商談時、必ず「打ち合わせ記録」を残していました。
 何の変哲もないA4サイズのノートですが、カーボン複写となっており、日付と署名蘭があります。

 ・ 追加・変更事項
 ・ 要望事項
 ・ 金額
 ・ 要望事項
 ・ 次の商談予定・・・
 
 これらを列記し、その場で立ち会った担当者および、お客様にも署名頂き、正本をお客様にお渡しし、副本を会社の控えとして持ち帰ります。
 「今日お話しした内容を確実に実行するための、いわば言葉の領収証です。」
 この言葉を不快に思うお客様はいらっしゃいません。

 そして、この「打ち合わせ記録」を会社に持ち帰り、営業・設計・工務・経理が共有します。
 これにより、言った言わないのトラブルは激減します。
  
 満足度の高いお引き渡しであれば、その家を訪れた親戚や知人に御自宅を自慢・宣伝することで、御家はモデルハウスに、御施主様は営業マンとなって頂けます。
 お客様がお客様を呼ぶ、好循環です。

 一方、不満を残したお引渡しであれば、お客様からは不平・不満・愚痴が出て、負の広告塔となります。
 その声を聴いた方は、「あの会社は止めた方が良い」と、更に拡散されるかもしれません。
 一流のハウスメーカーならともかく、中小零細なビルダーにとって、そうした口コミは致命的です。
 
 失敗が成功の礎という考え方も、一理あります。
 しかし、一生一度の住宅を建てられるお客様を実験台にはできません。
 先人の知恵に学び、真似ることは、良い会社を作る第一歩です。       完
プロフィール

Hideo Matsuoka

Author:Hideo Matsuoka
・生年月日 昭和37年10月30日

・好きな言葉 
今日は残された人生の最初の一日

・信条「先憂後楽」

・尊敬する人 
稲盛和夫 西川広一 松下幸之助

・資格 ①宅地建物取引士
    ②建築2級施工管理技士
    ③マンション管理業務主任者
    ④防火管理者
    ⑤少額短期保険募集人
    ⑥損害保険募集人
    ⑦損害保険商品専門総合
    ⑧不動産キャリアパーソン
・趣味
 劇団AUGAHANCE初代代表
 主に脚本・演出を担当

・経歴 
 中卒後、大工・石工と職人道を歩む
 平成2年 
 ㈱中岡組 (ジョーコーポレーション)入社
 マンション担当役員→常務執行役→管理会社代表を歴任
 平成21年 ㈱NYホーム起業

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