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執行役員とは

 以前、我がグループの役員は、取締役のみでした。
 取締役は、経営陣の一人として登記される存在です。
 一年前、執行役員制度を導入しましたが、その趣旨についての説明は、丁寧さを欠いていたと反省しています。

 執行役員は、文字通り業務執行を行います。
 取締役は、その執行役員を管理監督する役割となります。
 これではまさしく、利益相反。
 例えは良くありませんが、警察と泥棒を同じ人がやっている様なものです。

 実際問題、我がグループの役員は、その殆どがラインを受け持つ兼務役員(使用人役員)。
 つまり、半分は従業者、半分は役員という立場です。
 従って、報酬体系も年俸ではなく、通常の月給と、業績を反映した賞与が支給されます。

 即ち、事実上、執行役員としての役割を担っています。
 そこで、実態に則した組織とするため、昨年から執行役員制度を導入しました。
 取締役を執行役員に改めるのは、こうした合理的な理由によるものであり、決して降格的な意味合いではありません。

 世の中には、次期取締役候補的な位置づけで、格落ち役員的な見方をする会社もありますが、それは誤解。
 あくまでも役割と責任の違いです。
 
 登記上の役員となれば、株主代表訴訟等、法的責任も重くなります。
 執行役員への移行は本人にとって、必ずしも不利益変更ではないのです。
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乾杯でノーサイド

 人間関係というものは複雑です。

 気の合う人もいれば、相容れない人もいる。
 仲良しのつもりでいても、突然仲違いする。
 犬猿の仲だったにも関わらず、ふとしたきっかけでわだかまりが解ける・・・。

 かつてザイアンスは、単純接触効果を説きました。
 人や物に何度も接することで、次第に警戒心が薄れて、その人や物に対して好意を抱くように成る。

 人は、美人・男前とは無関係に、見慣れた人に好感を持つものです。
 しかも、接触回数に比例して、その好感・好意は上昇します。

 先日、グループ会議に参加する社長十数名で懇親会を行いました。
 会議の席は、緊張感に包まれますし、侃々諤々の議論も交わされます。
 お互いが真剣であるが故に、険悪な雰囲気になることもあります。

 しかし、会議が終わり、懇親会に移り、乾杯すればノーサイド。
 和やかな場と成ります。
 お酒が入ることで率直に成れますし、本音で話すことができます。

 立場は違えども、皆縁あって同じグループに集う同志であることを再確認する宴でした。

教育現場と企業経営

 月曜日からの三日間、某教員の方の企業研修を受け入れました。
 
 以前であれば、企業経営と教育現場は、最も縁遠い世界であった気がします。
 学校が、学問的な知識を詰め込む所だと限定すれば、そうなのかもしれません。

 本来、職業観や人生観を形成するのは、社会に出るまでの間です。
 「自分は何がやりたいのか?」
 「自分は何ができるのか?」
 「何によって世の中に役に立てるのか?」

 そうした問いかけに答えを出すための期間が、小、中、義務教育の9年間です。
 そこで答えの出せなかった生徒が、仕方なく高校の普通科に進学します。 
 いわば就職浪人なのですが、そこに集う生徒に自覚は無く、何が普通なのか誰も疑問に感じません。
 
 さて、教員の企業研修といえば一般的に、畑違いの業務に付き合わされて退屈であったり、意味を見出せなかったりしがちでしょう。
 こちらの対応も、通常の業務や会議への同席等、本人に歩調を合わせるものではありません。
 正直、理解し辛い難易度の高い話もあったと思います。 
 
 しかし、今回の先生は、若いながらとても意欲的で、素直で、柔軟でした。
 コップが伏せられた状態ではなく、上向きですから、総てを受け入れます。

 こうした前向きな先生が、教育現場で職業観や人生観を説いて下さるなら、我が国の将来を背負って立つ若者にも期待が持てると確信した次第です。
 日本の未来に光明を見出した三日間、本当にありがとうございました。

中立公正なスタンス

 先日、「ヤマハ」のコーポレートガバナンスについて、日建新聞の記事を紹介しました。
 そこで引用した、「社長が・・・は禁句」という言葉を、少し深掘りしたいと思います。

 株主、会長、社長・・・。
 会社には必ずTOPが存在します。
 
 その人が独裁主義者であろうと、民主主義であろうと、最終的にはTOPの決定に従うべきです。
 しかし、決定事項をそのままトップダウンで伝えるだけのイエスマンでは、側近の存在価値はありません。
 一方で、TOPを悪者にして着地させるのは最悪です。
 
 TOPの言葉を受け入れるべく務め、間違いだと思えば時に押し戻す。
 自らが理解できれば、しっかりと咀嚼し、自分の言葉で現場に落とし込む。
 それでこそ、納得は得られるでしょう。 

 グループを総括する会社の経営方針には、次の文言が謳われています。
 「各企業と資本家との間に立ち、中立公正な立場で、全体最適となる提案をします。」

 これまでもそのスタイルを貫いてきたつもりですし、これからも変えるつもりはありません。

リーダーとしての謙虚さ

 各国の思惑が交錯し、共同宣言が見出せないG7について、日経新聞の見出しは踊ります。
 「G7覆う自国第一主義」

 トランプ大統領就任以降、アメリカは世界のリーダーとしての役割を放棄したようです。
 追従するかの様に、各国も自国ファーストに舵を切りました。
 米中貿易摩擦も、日韓関係も、その象徴的な流れです。

 今から23年前、稲盛和夫氏は、自著でこう述べています。

 『リーダーは、常に謙虚でなければなりません。
 権力や支配力を持つと、往々にして人間のモラルは低下し、傲岸不遜になってしまいます。
 このようなリーダーの下では、集団はたとえ一時的に成功したとしても、長い間に渡って成長発展していくことはできず、いつしかメンバー相互の協力を得られなく成ってしまうのです。
 残念なことに、今日の社会は自己中心的に成りつつあります。 
 うっかりしていると、私たちの判断基準も、こういう社会の傾向を反映しかねません。
 謙虚な気持ちを失うと、無益な非効率な対立が生じるのです。
 この対極に、「相手があるから、自分もある」という日本古来の考え方があります。
 昔の日本人は、自分は全体の一部と認識していたのです。
 この考え方は、今でも、集団の調和を保ち、協調を図ることができる唯一の考え方だと思います。
 すべての物事には二面性があることを認識し、その両面を見極めなければならないのです。』

 各国の首脳にも、各社のリーダーにも、そして自分自身にも、今こそ言い聞かせたい言葉と言えるでしょう。

ルーティンに感謝

 昨日、ブログ継続の理由と意義について書きました。
 実は他にも、重要なファクターがあります。

 一つは、心の引き出し。
 毎日毎日、思いを言葉にするには、話材となる情報が必要です。

 それは日経新聞であったり、書籍であったり、ネットニュースであったり、はたまた日常の出来事であったりします。
 毎日、一つの考えをまとめて引き出しにしまうルーティンを遂行するには、情報を得るためのアンテナを常に広げておかなければなりません。
 
 普段、何気なく聞き流してしまう様な些細なことでも、疑問や問題意識が湧いてきます。
 興味が膨らむと、一歩踏み込んで調べたりします。
 落語家の方々が、一つのお題に対して大喜利的に対応できるのも、日頃の勉強の積み重ねによって、引き出しに情報が詰まっているからこそです。

 また、もう一つの大きな効用として、心の整理整頓という意味もあります。
 人生は、殆ど自分の思う通りになりません。

 仕事をする中で、生きていく中で、様々な人と関わり、色々な出来事が錯綜します。
 思い悩むことも、煩わしく感じることも、落ち込むこともあるでしょう。
 
 心がざわつく時、一旦立ち止まり、冷静さを取り戻し、何が正しくて何が間違っていたのかを、整理する。
 反省すべき点は反省し、信念を取り戻し、建設的に未来を目指す。
 
 そういう意味で、毎日のブログはとても有効です。
 これまでにも自分は、そうやって何度救われたか判りません。
 
 己のルーティンに感謝する。
 個人的にはそれが、究極のセルフコントロール術だと思っています。

心を強くする方法

 2010年6月から続けてきたこのブログ。
 本日で、3,356回目。
 休みの日も、病める日も、親が亡くなった時にも、一年365日upし続けてきました。

 おかげさまで周囲からは、勤勉で克己心の強い人間と思われがちですが、それは全くの誤解です。
 さて、拙文でも何度か取り上げた、一人の中学教師を紹介します。


 原田隆史先生
 「究極の荒れた学校」とまで言われた大阪市立松虫中学校に赴任し、学校再生のため、「陸上部の子どもたちを2年後に日本一にする」と宣言して実現させた体育教師。
 赴任後7年の間に、陸上競技の個人種目で13回の日本一を達成するなど輝かしい実績を残し、「松虫の奇跡」と驚嘆された。

 原田先生は、生徒に目標達成のためのシートを書かせます。
 その中に、陸上の能力とは全く関係ないと思われる、親孝行についての項目がありました。
 
 風呂掃除、洗濯物干、犬の散歩・・・。
 内容は人それぞれです。

 ある時、原田先生の元に生徒の親から連絡が入ります。
 聞けば生徒は風邪を引き、熱でうなされながら「皿洗いをしないといけない」と、うわ言の様に繰り返している様子です。
 「今日は勘弁してやって良いでしょうか?」と訊ねる親に先生は、
 「どうか、やらせてやって下さい。立ち上がれなければ、寝床に皿と布巾を持って行って、拭くだけでも構いません。」とアドバイスしました。

 またある時、実力的には確実に優勝できる筈の生徒が、大会本番で実力を発揮できず惨敗します。
 試合後、生徒は泣きながら先生に詫びました。
 「先生、すみません! 自分約束破って、親の手伝い怠けてました・・・。」

 いつも申し上げております通り、自身は欲にまみれた怠惰な人間です。
 弱い人間が、心を強くするには、何か一つ休みなく継続すること。
 その教えが、自分のブログ継続の背中を押してくれています。

生き方の踏み絵

 会社の真の支配者は、資本家(株主)です。
 
 資本家には二通りの人種が居ます。
 金は出すが口は出さないタイプ。
 そして、金も口も出すタイプ。

 前者に仕える経営者は、単純に結果責任を問われます。
 後者に仕える経営者は、結果だけでなく、プロセスでの攻防を迫られます。

 基本的に、どれだけ能力のあるカリスマ経営者であっても、資本家の意に背いては生きていけません。
 しかし、だからといって側近人材が、イエスマンに成り下がるのは危険でしょう。
 それがガバナンスです。

 自分は長らく、資本家の力を借りて、経営を行ってきました。
 また、資本家に対しても、畏れることなくもの申します。 
 是々非々で判断し、受け入れるべきは受け入れ、押し戻すべきは押し戻す。
 そうした不遜な自分が、前職でも現職でも、それなりにポジショニングされている点は、これまで仕えた資本家の方々の懐の深さという意味において実に幸運でした。

 権力に抗うには、リスクを伴います。
 平たく言えば、長いモノには巻かれた方が楽です。

 それでも、「資本家の命令だから仕方ない」と、妥協するのはプライドが赦しません。
 大袈裟に言うならば、そこを曲げてしまうと、今までの自分の生き方を全否定することに成るからです。
 今、日々、刻々、生き方の踏み絵と対峙しています。

補助輪を外す時

 経営企画を兼務して二年が経過します。
 平たく言うと、儲からない仕事をてこ入れし、儲かる仕事はもっと儲かるようにするのが仕事です。

 創業間もない会社や事業は、人件費や経費の優遇措置によって、一時的に救済されることもあります。
 言わば、自転車の補助輪の役割。
 しかし、5年、10年が経過しても、なお補助輪が外せないとなると問題でしょう。

 我がグループでは、店舗や事業を細かく細分化して、その採算性をウォッチしています。
 儲かる事業には更に力点を置き、儲からない事業は閉鎖・統合を検討する。
 それが強いグループを形成するための、選別です。

 さて、共通費は、役員、総務、経理といった、どの部門(店舗)にも属さない、全社的な役割を果たす部署の経費を指します。
 この共通費の設定を各社に委ねた場合、意識的か否かはともかく、前述の補助輪が発動されがちです。

 低収益の事業(店舗)を存続させるため、共通費負担を軽くしたい。
 そのために、共通費に割り当てられるべき役員の人件費を、高収益の部署で負担する。

 こうしたお手盛りを行うと、真実の収益性が見えなくなります。
 真実が見えなければ、本来打たれるべき対策が講じられません。
 
 救済という名のもとに取り付けられた補助輪によって、自立できているかのように見えていた子供が、実は自転車に乗れない。
 それは優しさではなく、寧ろ残酷な所業と言えるでしょう。
 今こそ、心を鬼にして補助輪を外す時です。

ストレッチが成長を促す

 グループの某社は二年前、一つの方針を巡って労使対立が鮮明に成りました。
 そのことに起因して、主力メンバーが多数離脱してしまいます。
 
 野球に例えれば、主力のレギュラーが、ごっそり他チームに引き抜かれた様なもの。
 主力が抜ければ、生産性低下は免れません。
 
 業績悪化は暫く尾を引くのではないか、という危惧があったのも事実です。
 更に昨年7月、西日本豪雨災害を受け、災害復旧の業務が重なります。
 
 若手を中心とするメンバーは、文字通り不眠不休の覚悟で業務に向き合いました。
 ところが、嬉しい誤算。
 結果として、その激務が彼らの能力を引き出し、伸ばし、見事にV字回復を果たします。
 
 そもそも、誰かが抜けたらガタガタに成る・・・という体制では戦えません。
 主力が抜けたとしても、それをチャンスとして若手が台頭し、活躍して穴を埋めるのが真に強い組織でしょう。

 ストレッチが成長を促す。
 人にも、組織にも言える至言です。

社長が・・・は禁句

 8月20日付日経新聞13面に、コーポレートガバナンス(企業統治)の事例として、「ヤマハ」が紹介されています。

 ヤマハは、執行役員に主体性と責任を移譲すべく、会社法の定めによる法定機関「執行役」と改めました。
 法律上可能な権限を総て執行役に移し、一定規模のM&Aや投資についても、執行役だけで決められる仕組みとなっています。

 「指名委員会等設置会社」
 会社の中に、役員を指名する指名委員会、報酬を決定する報酬委員会、監査を司る監査委員会と三つの委員会があり、各々社外取締役を過半として、経営者の暴走を抑止する。
 取締役会は経営の監督に専念し、執行側の判断が合理的か否かを厳しくチェックする。
 
 いわゆる、「監督と執行の分離」です。
 役割と責任が分離移譲されれば、相互牽制でガバナンスが効いてきます。
 取締役会が是々非々で判断し、その議案が、たとえ社長の方針であったとしても、却下されれば通らない。
 執行役も取締役も、「社長の判断だから盲目的に従う」というような無責任な態度ではいられない。

 我が我グループも今、長年続いてきたカリスマ的なリーダーシップから脱却し、組織的なグループ運営への意向を模索しています。
 百年先まで永続するグループであるために、組織の在り方を真剣に論ずる時期かもしれません。

心の切り替えスイッチ

 トップダウンか、ボトムアップか。
 二つのリーダーシップスタイルは、両極に位置するものとして対比されます。

 しかし、必ずしもどちらかが正しくて、どちらかが間違っている訳ではありません。
 また、何れかへの統一を迫られるものでもありません。

 要は、ケースバイケースで使い分けられるべきものです。
 社員の納得性を高めるためには、ボトムアップの方が有効。
 緊急性のある場合や、経営上の大きな決断を求められるシーンでは、トップダウン以外に無いでしょう。

 こうしたフレキシブルな使い分けが、経営には必要です。
 一方で、幾ら上意下達だ、トップダウンだ、と言っても、現場の細部は現場の人間にしか判りません。
 こればかりは譲れないと思う点があれば、お畏れながらと言葉を尽くし、しっかりと押し戻すべきでしょう。

 加えて、最終的にトップダウンが発動される場合、その大義や意義を理解した上で、社員に説明責任を果たすのは中間管理職の重要な役割です。

 自己弁護の言葉は、幾らでも紡げます。
 常に心掛けたいのは、負の過去は切り捨て、未来志向で建設的に対応すること。
 ポジティブとネガティブの切り替えスイッチは、自分の心の中にあります。

国体四国ブロック予選

 弊社、市駅西店の店長が監督を務める、ソフトボールチームの応援に行ってきました。
 国体四国ブロック予選です。

 一昨年、50年振りの地元開催となった愛媛国体では、見事優勝を果たしています。
 しかし、ここを一つの節目としていたレギュラーメンバーが多数卒業し、戦力は大きくダウン。 
 全国の強豪17チームが犇(ひし)めく、男子ソフトボールTOPリーグでは、苦戦が予想されていました。

 ところが、これまで控えであった若手が、自分の出番とばかりに次々と躍動。
 チームとしての結束も強まり、第2節終了時点では、6勝2敗で同率3位。
 上位5チームによって争われる、決勝トーナメント進出が期待されています。
 
 このTOPリーグに参戦しているのは、ホンダ、トヨタ、デンソー、旭化成といった、超大手ばかり。
 また、現在首位のチームはエースの2本柱が、2位のチームは首位打者&本塁打王の主砲が、それぞれ外国人助っ人です。

 そうした中にあって、全ての選手が夕方まで仕事をして夜練習に励む、中小企業を母体とする雑草チームが、互して戦う姿は、共に働く我々に勇気を与えてくれます。
 
 さて、結果はというと・・・。
 香川戦 8対1
 高知戦 7対0
 何れもコールド勝ちの完勝でした。

 国体四国代表おめでとう!
 そして感動をありがとう!

晩夏の一日

 帰省していた長男が、東京に帰っていきました。
 この一週間は、自分が体調を崩していたため、殆ど自室で静養。
 彼も飲み会等で忙しく、殆どコミュニケーション機会がありません。

 最後の一日も、仕事が立て込んでいたため休日出社する予定でしたが、スケジュールを調整し、空港まで送って行きました。
 松山空港までの車中の一時間の会話が、唯一の親子間の会話という、少し寂しいお盆です。

 社会人として自立している長男と、自立しようと奮闘している次男。
 今から十五年前までは、彼らも子供でした。

 TVから24時間TVのテーマソングである「サライ」が流れる季節には、必ず家族で大三島へ行ったものです。
 島には母と、6歳離れた姉が居ました。
 今は、二人とも居ません。
 今日は、盆棚を片付け、河原で竹やほおずきも焼きました。
 
 諸行無常。
 人は一人で生きて、一人で死に行くもの。
  
 頭では理解しながらも、歳のせいか少し感傷にふける。
 そんな晩夏の一日が暮れていきます。

各店舗の自立

 NYホームとして起業した十年前。
 店舗は大洲駅前店のみ。
 現専務の店長と、経理兼任の営業社員、そして自分の三名体制です。

 一つの所帯ですから、会計も単純です。
 しかし、そこから僅か一年二ヶ月で4店舗体制に成りました。

 すると、社長や総務・経理スタッフの人件費といった、どの店舗にも属さない経費が発生します。
 それが共通費です。
 
 この共通費分配のルールは、様々な考え方があります。
 例えば、人頭割。
 現場の社員が10名いたら、その所属人数に合わせて経費を振るやり方です。

 同じく、店舗割という考え方もあります。
 十一年目の今年、売上割という概念で共通費ルールを見直しました。

 ルールは公平ですが、店舗の規模や状況によって、どうしても有利・不利は出てきます。
 それでも、この決められた枠組みの中で、各店舗が力を付けて、しっかりと利益を出していかない限り、会社は成長できません。
 各店舗の独立採算を目指す自立が、今年以降の大きなテーマです。

来店成約率

 営業力を計る指標の一つは、来店成約率です。
 分母は新規来店時接客数。
 分子は成約数。
 この指標は、営業マンによって天と地ほどの開きがあります。

 昨年一年間の数値を、営業キャリア別に分類すると、以下の通りです。
 70% : 十年以上のベテラン 
 61% : 五年前後のミドル
 33% : 一年目のルーキー

 市場性や運不運もありますが、こうしてみると、やはり経験値は大きなファクターと言えます。
 物件を知る、オーナー様を知る、地域を知る。
 スペシャリストとして熟練するには、時間が必要です。

 新規のお客様100人接客した時に、ベテラン社員は契約を70件決められる。
 言い方を変えれば、ベテランであっても30件は決め切らない。
 その30件を除いたとしても、ベテランなら決められる筈の37件を逃してしまうのが一年生と言えます。

 当たり前のことながら、一年生は今年二年生に成ります。
 ミドルはベテランに近付いていきます。

 あるべき姿を定め、物確で知識を付け、ロープレ等で技術を磨き、一年後にはワンランク昇格を目指して下さい。

狙いを定めて撃つ

 業界を震撼させている、レオパレスの手抜き工事問題や、スルガ銀行の貸し込み問題。
 それぞれコストダウンや営業成績における、ノルマの厳しさがトリガーだったと言われています。
 この様に、厳し過ぎるノルマは、時に理念すらも違える結果に繋がります。

 我が社にはノルマはありません。
 その代わり、当然に目標はあります。

 さて、ノルマとは何でしょう。
 ノルマは、最低限求められる強制目標。
 達成できなかった際に、何らかのペナルティが課せられるのも、ノルマの特徴です。
 ペナルティは、罰金、減給といった実損を伴うものから、嫌味、罵詈雑言、退職勧奨といった精神的プレッシャーまで様々。

 それから逃れるために、虚偽の報告をしたり、契約を捏造したり、お客様を欺いたり・・・。
 犯罪に関わる事案も散見されます。
 今は、ノルマで社員を追い込む時代ではないでしょう。

 さて、目標はあるけれどノルマは無い・・・というと、スマートに聞こえます。 
 しかし、未達成でも良いと、なめられるのも困ります。
 
 大切なのは、狙いを定めるということ。
 下手な鉄砲も数打ちゃ当たる、と闇雲に弾を打ったのではあたる筈ありません。

 スナイパーの様に、正確に照準を合わせて撃つ。
 貴方は、狙いを定めていますか。

危機管理の判断

 危機管理は、管理職の重要な仕事の一つです。
 
 例えば、自然災害時の対応。
 現在、超大型の台風10号が、中四国地方へ向けて北上を続けています。
 豊後水道を北上するルートで、愛媛最接近は明日の様です。
 
 実は本日14:00に、定例の会議を予定していました。
 強風域が広く、速度がゆっくりで、影響は前後の長時間に及ぶと予想されることから、昨日の午前中の段階で早々に延期を決定しています。

 結果論として、「開催できたのでは」と思うこともあるでしょう。
 しかし、岡山や高知から、グループ会社の社長が参加する会議です。

 会議自体は開催できたとしても、終了後、高速道路や瀬戸大橋が通行止めに成ってしまう可能性もあります。
 社長が戻れないとなると、各社は司令塔を欠いた状態で、迫りくる台風に対峙しなければなりません。

 のぼり、看板等が飛散しないかの安全点検。
 社員の自宅待機等の判断。

 これらは、管理職としての最優先事項です。
 昨年の西日本豪雨災害でも、危機管理能力は試されています。
 
 未曽有の水害となった大洲エリアにおいて、我が社の大洲駅前店は奇跡的に冠水を免れました。
 社員三名は、出勤途中の道路の冠水により、足止めを食うことに成ります。
 結果、翌日水が引いてからの出勤となり、事なきを得た訳です。

 もしこれが、冠水エリア内を通勤中に水位上昇となっていたら、社員が巻き込まれていた可能性もあります。
 まさしく平成7年の水害時が、そうでした。

 「正常性バイアス」
 自分にとって都合の悪い情報を無視したり、過小評価したりしてしまう人の特性のこと。

 管理職の皆さんは是非、「大丈夫だろう」と高を括らず、リスクに先回りした「ひょっとしたら」の判断をお願いしたいと思います。

無理が通れば

 日本国を取り巻く、不穏な動きが高まっています。

 北方領土返還について、ロシアとの交渉は暗礁に乗り上げ。
 尖閣諸島をめぐる、中国との緊張は継続中。
 北朝鮮からは、日本海へ向けて連日ミサイルが飛び交う。
 竹島の実効支配を続ける、韓国との関係は戦後最悪・・・。

 韓国の反日政策は、通常運転なので、今更騒ぎ立てることでもないでしょう。
 それより今は、長く辛抱してきた、或いは無関心であった、日本人のナショナリズムに火が点いています。
 
 そのナショナリズムを煽られているのは、あくまでも中高年が中心です。
 政治に興味の薄い若年層は、K-POPにはまり、韓国料理に舌鼓を打ち、もっともらしく「政治と文化は別問題」とインタビューに答えます。
 
 勿論、文化やスポーツと政治は一線を画すべきです。
 しかし、戦争で勝つのは、正義ではなく強者。
 強者の無理が通れば、常に道理は引っ込みます。
  
 NHKでは、ポツダム宣言受諾の日が近付くにつれて、第二次世界大戦を取り扱うTV番組が増えてきました。
 番組で戦争の悲惨さを伝える生き証人は、90代が主流です。
 彼らは、亡くなった同士を想い、涙を流し、嗚咽を漏らします。  
 
 我々、戦争を知らない子供たちにとって、戦争を考えられる稀少な機会です。
 北方領土を戦争で取り戻す論で、所属政党を追われた某議員が、NHKをぶっ壊すとか言っている政党に入党したのは実に薄っぺらな気がします。
 
 戦後74年が経過し、日本全体が平和ボケしている今、改めて戦争と平和を考えたいものです。

風邪の特効薬

 基本的に元気な方ですが、年に2~3回体調を崩します。

 一応、葛根湯を飲んではいますが、風邪薬は、熱、咳、鼻水等の症状を納める複合薬でしかないそうです。
 風邪の特効薬は、休養と睡眠と言われます。

 そういう意味でいうと、自分の風邪のタイミングはベストなのかもしれません。
 申し合わせたかのように、ゴールデンウィークや年末年始といった、長期休暇前に発症します。
 そして、連休中にゆっくり静養し、連休明けに治ります。
 
 今回も同じパターンで、金曜日の朝から体調の悪さを自覚していました。
 二時間程早引けし、土、日、月の三連休は自宅静養しています。

 夏風邪は厄介です。
 就寝時、基本的にエアコンはかけませんが、寝苦しさに扇風機をつけたり、窓を開けっぱなしにしていると、朝方寒くなって喉をやられています。
 冬なら温かくして寝ることもできますが、夏はそうもいきません。
 身体の表面は冷やしたいけれど、内側は温めて汗を出したいと、相反する中、暑い部屋で悶々としています。

 連休明けには、契約や会議が目白押しです。
 加えて、台風の動向によっては、様々な判断も求められます。

 能力以前に、健康でないと何もできません。
 この体調不良を、神から与えられた静養の時間と感謝し、しっかり充電したいと思います。

必要条件・充分条件

 世の中には、星の数ほど会社があります。
 業種も様々です。

 共通なのは、利益の公式。
 売上 - 原価 - 販管費 = 営業利益
 営業利益とは本業の儲けです。

 例えば、一棟のアパートを所有している会社が家賃収入で上げた、営業利益1000万円。
 一方で、20名の会社が一年間一所懸命仕事をした結果としての、営業利益1000万円。

 この1000万円は、お金の価値としては何ら変わりません。
 前者は雇用を生みませんが、後者は20名もの社員を雇用できています。
 社員は各々給料を貰い、所得税や住民税を納め、日々消費しています。
 
 自分達の会社の存在意義は何か?
 提供しているサービスは何か?
 他社との差別化は何か?
 どうやって勝とうとしているのか?

 社員個々人が、常にそうしたことを考え、ベクトルを合わせて臨めるとすれば、数字以上に存在意義があります。
 勿論、利益は大事。
 利益が無ければ、賞与も、昇給も、雇用の維持も、商品開発も、顧客サービスも叶わないからです。

 そういう意味で利益は、必要条件と言えるでしょう。 
 しかし、利益さえあれば良いという、充分条件ではありません。

是々非々と駆け引き

 どんな組織にも難しい上司は存在します。
 そして、どんな上司も間違うことはあります。
 それでも、上意下達の枠組みの中で、正しい方向に組織を導かなければなりません。

 長いものには巻かれろとばかり、YESマンに徹するのも一つの生き方です。
 何かにつけて反発する、組合思想的な不満分子として生きる人もいます。
 
 個人的には、権力や上下関係に左右されることなく、是々非々で対応したいと思ってきました。
 是々非々とは、良いことは良い、悪いことは悪い、と公平な立場で判断することです。

 とは言いながら、交渉事には必ず優先順位があります。
 上司の言葉や判断が、仮に間違いだったとしても、全体に影響を及ぼさない程度のものであれば受け入れる。
 或いは聞き流す。

 そうやって立ち振る舞いつつも、ここぞという時には、「お畏れながら・・・」とお伺いを立てる。
 これが駆け引きの妙です。
 微細な事象に、いちいち目くじらを立てていたのでは、周囲との信頼関係も、自らの精神も、混乱を来たてしまうでしょう。

 繰り返しますが、是々非々と駆け引きの使い分けが肝要です。

本気の稟議

 どちらの会社にも、稟議制度はあると思います。
 一般的に稟議申請は、面倒なプロセスです。

 相見積もりを取って、何とか通る様に知恵を絞り、苦心算段作文をして、書類を回す。
 労力をかけたからといって、必ずしも稟議は通りません。
 上司や経営者は、自分なりに必要か否か見極め、否決することもあります。

 その時に、どう受け止めるかが肝要です。
 「却下されたんじゃあ、仕方ない」と、ものわかり良く受け入れる方もいらっしゃいます。
 上意下達の原理原則をしっかり理解されている、従順な社員。
 
 見方を変えれば、却下されて、すんなり引き下がる稟議は、本当に必要だったのでしょうか。
 自分であれば、まず「何故、却下されたのですか?」と訊ねます。
 納得できなければ、腑に落ちるまで食い下がります。
 一方、上司を説得できるだけの材料に欠けているのだとすれば、裏付けとなる資料を準備し、費用対効果を明らかにしようとする筈です。
 
 上司は決して、一芝居打っている訳ではありません。
 しかし、一旦却下されたとしても、エビデンスを整え、熱意を持って押し戻してきたとなれば、再考の可能性は拡がります。
 我々は常に、稟議を通じて本気度合いを試されています。

百年先まで:後編

 そこで改めて、我が社の存在意義は何か、と考える必要がある。
 それがミッションだ。
 経営計画書導入時、グループ各社の状況は様々だった。

・ 会社内で額装して掲げられている内容と、計画書に書かれている文言が違っている会社。
・ 理念や方針や目標が入り乱れ、散らかっている会社。
・ 誠実、品質、卓越・・・社名だけ変えても成立しそうな、抽象的で陳腐なワードで埋め尽くされた理念。
・ そもそも、経営理念や経営方針自体、存在していない会社・・・。

 経営計画書も二年目となり、やっとウェルチの質問に向き合うことができている。
 「私たちはこのビジネスでどうやって勝とうとしているのか」

 ここが判ってないから、ろくな戦略も打ち出せないまま、ジリ貧を余儀なくされる。
 ここを目的としないから、自分の会社と勘違いして、後継者育成や承継がままならない。
 ここが明確でないから、社員と幹部と経営者と資本家との思いがバラバラで、ベクトルが合わない。

 8月に予定されている経営計画発表会では、各社社長の魂のこもったミッションとバリューを、全社員に落とし込んで頂きたい。
 総ては、百年先まで永続するグループであるために・・・。                 以上

百年先まで:前編

 我がグループは26年前に、強烈なリーダーシップのカリスマ経営者によって産声を上げた。

 そのカリスマが、業務の隅々にまで目を配り、社員を鼓舞し、仕組みを作り、M&Aを繰り返したことによって、今日十数社からなる、営業利益率10%超のコングロマリットへと成長を果たしている。
 このこと自体は素晴らしいことであり、誇らしいことでもあるが、創業者自身も気付いている通り、二代目、三代目に同じ役割は求められない。

 そこで、二年前にグループを統括する経営管理部門が誕生した。
 創業者の志と判断力を絶やさぬ様、組織的に引き継ぐためだ。

 まず着手したのは、全社統一の「経営計画書」である。
 これまでは、前期実績を受けての今期目標からなる「事業計画書」であった。

 中長期を見据えた「経営計画」と、単年度収益の最大化を狙う「事業計画」は、時に齟齬を生む。
 社員教育やシステム導入や未来投資は、短期の利益を阻害する。
 
 しかし、経営の永続性や繁栄を考えるならば、当然に必要なことだ。
 短期の利益の最大化しか見ていない、近視眼的な幹部や社員は、不動産投資や事業拡大の重要性に気付けず、挙って経営の在り方に疑問を呈した。                           つづく

歴史の輪廻

 歴史認識の拗れから、日韓関係が悪化しています。
 
 「我々は、これまで散々辛抱を重ねてきた。
 今度という今度は、我慢の限界。
 断固たる態度で臨む。」

 二国政府共に同じ感覚です。
 マスコミの扇動もあって、世論も高まりを見せています。
 これまで、ナショナリズム的には極めて冷静である日本も、慰安婦、徴用工と相次ぐ賠償問題を受け、今回ばかりは反韓世論が静まりません。

 韓国は来春の選挙を見据え、経済低迷、失業率悪化、格差社会等々、渦巻く政権批判の目を逸らす材料として、半日の旗を掲げざるを得ない事情もあります。
 ほんの少し前までの仮想敵は、北朝鮮でした。
 今は南北の距離が近付いているため、手のひら返しで日本に白羽の矢が立ちます。

 世論を味方につけるため、仮想敵を仕立て上げ、ナショナリズムを煽る手法は、韓国だけではないでしょう。
 古今東西、時の権力が使い分けてきた常套手段です。
 
 どちらが正しいか、どちらが間違っているかはともかく、この対立は、経済力の長けた国に軍配が上がります。
 国際世論に訴えたとしても、やはり国力がモノを言いますし、二国間を公正に裁く司法は存在しません。

 究極まで行き着くと、強国が抑え込もうとして、弱国が追い詰められて、戦争が勃発し、ここでも軍事力の強い国が勝利を納めます。
 結果、開戦時の事情は無視されて、強国は善、弱国は悪のレッテルが貼られます。
 理不尽であっても、それが歴史の輪廻です。 

花火で終わらせない

 週末の二日間は、新築木造アパートの完成見学会でした。
 社運を賭けてと言ったら大袈裟ですが、建築会社と我が社とがコラボした自信の商品です。
 
 道後温泉本館まで1.2㎞の好立地。
 小高い丘の上に建つ物件は、松山城、くるりん、道後平野、伊予灘まで一望できます。

 ・ 入居希望のお客様
 ・ 業者様
 ・ 建築希望のオーナー様
 ・ 近隣の住人の皆様
 ・ グループ会社の社員の方々・・・
  
 前以て実施した勉強会で告知し、この二日間に向けての誘引活動や、道後界隈へのポスティングを実施した甲斐あって、二日間は大いに賑わいました。
 また、建築を検討されている方からも、早速プラン依頼を頂いています。
 改めまして、来場の皆様、ありがとうございます。

 また、今年一番の暑さの中、準備、接客、案内頂いたスタッフ、手薄な店舗で奮闘頂いた社員の皆さんにも、感謝と労いの言葉を送ります。
 本当にご苦労様でした。

 さて、早速今日から、成果を追いかけましょう。
 それが最大の労いと報われになる筈です。
 イベントは決して、打ち上げ花火で終わらせてはなりません。

まずは予算ありき:下

 【 金利1.5% 35年 元利均等払い 】
 最上階 角住戸 100㎡ 3000万円 = 月々支払 91,855円
 最下階 中住戸  70㎡ 2000万円 = 月々支払 61,236円

 毎月9万円は払えない人が、一旦良い部屋を見てしまうと、目を奪われ、無いものねだりとなり、マイホームの夢が夢のままで終わってしまいます。
 しかし、「今の家賃よりも安い、6万円でマイホームが買える!」と判った上であれば、モデルルームを内覧する目の色が変わってくるのです。
  
 住宅展示場も似たようなものでしょう。
 A社は70坪で7000万円、B社は80坪で1億円・・・。
 庶民には手の届かない、高額なモデルハウスで夢を見させておいて、その夢の冷めない内に、一気にクロージングするのが常套手段です。

 肉屋は、豚肉コマ切れ200gを注文した際、180gを量りに乗せ、ちょっとずつ上乗せします。
 250g乗せておいて、減らされる方の気持ちを考えれば、その理由は明白です。

 肉も、マンションも、アパートも同じこと。
 買えない部屋や、収支が合わないプランを見せる行為は、購入意欲に水を差す以外の何ものでもありません。 以上

まずは予算ありき:中

 Y先生は、我々にこう諭しました。
 「買える買えないは別にして、広くて良い部屋を見せたら、欲しくなるのは当然。
 だから、すぐにお部屋を見せてはいけない。
 来場されたら、まず着座して予算を聞くこと。
 例えお客様が望んだとしても、予算の届かない部屋は見せるな。」

 まず、この時点で固定観念に凝り固まった営業は受け入れられません。
 「チラシを見て、モデルルームを見に来たお客様に見せないなんてあり得ない。
 着座して、いきなり予算の話なんかしたら引いてしまう。」

 そう、お客様の殆どは、買いに来るのではなく、将来の参考として、軽い気持ちでモデルルームを見に来られます。
 モデルルームを見れば目的達成なので、長居はしたがりません。
 「綺麗なマンションね。主人にパンフレットを見せて検討してみるわ。」
 「ありがとうございます!」
 ポンコツ営業は、こんな社交辞令をまともに受け取り、月曜日の営業会議で見込み客としてランクアップするのです。

 お客様は決して、営業マンをからかっている訳ではなく、自分の力で買えるかどうかが判らないから、マンションを高嶺の花と思い込んでいるだけです。

 予算と言っても、2000万円とか、3000万円とかではありません。
 そもそも、現金で買う訳ではないのですから。
 住宅ローンで購入する際の予算は、「月々幾ら払えるのか?」です。               つづく

まずは予算ありき:上

 昨今、かんぽ保険の不適切販売の問題がクローズアップされています。
 月額6万円で年金生活を行っている、80代の認知症の女性に対し、毎月20万円もの支払いの伴う、20件以上の保険を販売していたとか。
 ここまで来ますと、営業手法の問題ではなく、人間性をも疑わざるを得ません。

 さて、建築・不動産営業に身を投じて、約30年の年月が経ちます。
 賃貸仲介、売買仲介、住宅営業、アパート営業、分譲マンション営業・・・。
 前職の会社では、その殆どの事業をゼロから新規開拓してきたため、上司に教わることは殆どありませんでした。
 
 営業手法もすべて、独学・自己流。
 今にして思えば稚拙が故に、なかなかクロージングに至らなかったり、申込を頂いてもキャンセルが頻発する、ポンコツ営業でした。

 後日、営業テコ入れのため、営業コンサルタントのY先生を招請します。
 そこでは、今日の自身の基礎となる、様々なことを教えて頂きました。 
 営業の一丁目一番地として叩きこまれたのが、「まずは予算ありき」です。

 例えば、分譲マンションの完成見学会。
 来場されたお客様に、アンケートを記入して貰い、いきなり最上階角部屋のモデルルームをご案内。
 広々としていて、眺望も良く、豪華なオプションに目を奪われ、マイホームの夢が大きく膨らみます。
 その気になって着座して、資金計画をしてみると、とてもじゃないけれど100㎡のその部屋は買えない。
 仕方なく妥協して、低層階70㎡の部屋で仕切り直す。
 部屋の広さに比例して、マイホームの夢と希望も一緒に萎んでいく・・・。

 決断する上で、に最も大切な購入動機が下っていくのですから、クロージングには至りません。
 仮に申込に至ったとしても、後々キャンセルと成るのも道理です。                   つづく
プロフィール

Hideo Matsuoka

Author:Hideo Matsuoka
・生年月日 昭和37年10月30日

・好きな言葉 
今日は残された人生の最初の一日

・信条「先憂後楽」

・尊敬する人 
稲盛和夫 西川広一 松下幸之助

・資格 ①宅地建物取引士
    ②建築2級施工管理技士
    ③マンション管理業務主任者
    ④防火管理者
    ⑤少額短期保険募集人
    ⑥損害保険募集人
    ⑦損害保険商品専門総合
    ⑧不動産キャリアパーソン
・趣味
 劇団AUGAHANCE初代代表
 主に脚本・演出を担当

・経歴 
 中卒後、大工・石工と職人道を歩む
 平成2年 
 ㈱中岡組 (ジョーコーポレーション)入社
 マンション担当役員→常務執行役→管理会社代表を歴任
 平成21年 ㈱NYホーム起業

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