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本分と一分

 組織運営において、スタッフとラインとのパワーバランスはとても重要です。

 現場力が強く成ると、法律も規則も蔑ろにされて、リスクが拡大する。
 営業が強過ぎたが故、コンプライアンス違反に歯止めがかからなかった某金融機関や、某アパートサブリースメーカーも同じです。

 一方で、管理本部の力が強過ぎると、現場が抑えつけられて、稼ぐ力が削がれる。
 中小企業の父と言われた故一倉定氏は、自著でこう表現しています。
 「営業が肩で風を切って歩く会社は健全である」

 そうした功罪両面を理解しながらも、企業が成長を目指す上で、現場力の拡大は不可欠です。
 精緻な人事評価の仕組みも、充実した研修制度も、行き届いた福利厚生も、すべては社員が成長し、やり甲斐を感じ、現場で力を発揮して貰うための御膳立てという、本分を忘れてはいけません。

 「本分(ほんぶん)」とは、人が本来尽くすべき務めのこと。
 方や、一身の面目、一人前の人間としての名誉を「一分(いちぶん)」と言います。

 評論家に終わらない、というのが、自分なりの管理スタッフとしての一分です。 
 実務家である現場の社員は、地を這い泥を嘗めながら、成果を掴み取ろうと必死でもがいています。
 手を汚さないスタッフがそれを、客観的に見て、上から目線であれが駄目だ、これが駄目だと言うのは簡単です。

 人に指示する以上、いざとなれば自らが乗り込んで、共に泥の中に手を突っ込むだけの覚悟が必要でしょう。
 本分と一分と。
 双方備えざる者は、管理スタッフとしての資格がありません。
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正常性バイアスってなぁーに?

 トップダウンなのか、ボトムアップなのか、という問い掛けを行うと、大半の方がボトムアップを支持します。
 社員の声に耳を傾け、希望や要望に応える経営は、理想に思えます。
 今年行った研修の大きな狙いも、「トップダウン」から「ボトムアップ」へでした。

 しかし、「ボトムアップ」の大前提は、平常時・正常時であることです。
 例えば、戦時下の殺すか殺されるかという局面において、大将が末端の兵隊の意見を聞き、調整することなど無いでしょう。

 同様に、会社の業績が振るわず、存亡の危機を迎えたとすれば、トップダウンの大鉈(なた)が振るわれるべきです。
 人間は、現状維持を心地よく思い、変化を嫌う生き物なので、ボトムアップからの変革を期待する方が間違っています。

 このように、リーダーシップは、時と場合によって使い分けられるべきものであり、どちらかが正しくてどちらかが間違っているという性格のものではありません。

 閑話休題。
 『正常性バイアス』ってなぁーに?

 社会心理学、災害心理学などで使用されている心理学用語で、自分にとって都合の悪い情報を無視したり、過小評価したりしてしまう人の特性のこと。
 例) 天災等で危機が迫っているにも関わらず、何の裏付けもなく「自分は大丈夫だろう」と高を括って逃げ遅れるケース。

 そんなことも知らずに、「トップダウンを強いられた」とか何とかボヤいている人のいかに多いことか。
 今こそ総ての日本国民に問います。

 危機的な状況にありながら、危機とも思わず、危機から抜け出すための行動を起こせないあなた。
 あなたは何も知らぬまま明日から生きていくおつもりですか?

土を耕し種を蒔く

 経営計画を策定するに当たっての、ポイントを列記します。

 一昨年まで作成していたのは、「事業計画書」。
 今期からの繰り越しを踏まえ、来期の損益計算書作りがメインでした。
 事業計画書は、短期の利益の最大化が目的。
 その場合、収穫ばかりが優先され、採用や教育や投資といった、未来への種蒔きが疎かに成りがちです。

 昨年は内容を一新し、「経営計画書」と名称も改めました。
 理念・方針に始まり、十年後のあるべき姿、五ヶ年の中期計画、来期損益計算書、それを達成するための重点目標とブレークダウンしていきます。

 更に今年は、社員の参画意識と納得性を高めるべく、4~5月にジュニアボード的な研修を実施。
 経営計画策定のための、土壌は耕されました。

 今月、経営計画策定のための解説本をお渡しします。
 6月中旬 「経営計画策定研修会」 → 個別折衝
 7月中旬 一次〆切 → 個別折衝
 7月下旬 「経営計画書」完成
 8月初旬 「経営計画発表会」

 トップダウンからボトムアップへ
 強制目標から納得目標へ
 やらされ感からやり甲斐へ

 期末までの二ヶ月間は、今期の総仕上げであると同時に、収穫をもたらす種蒔きの時期でもあります。

執行役員制の是非

 かつて、サラリーマンの究極のゴールは取締役と言われてきました。
 最近では、その風潮にも陰りが見えます。

 まずもって、取締役とは何でしょう。
 『取締役』 株式会社で業務執行に関する意思決定を行う者。

 法人の登記簿に名前が記載される取締役には、二通りあります。
 通常の取締役と、使用人兼務役員です。

 取締役は、就任時に一旦会社を退職します。
 報酬も原則、一年契約の年棒制で、株主総会で決められた報酬を毎月貰うことになります。
 失業保険も賞与もありません。

 一方で兼務役員は、文字通り使用人を兼ねていますので、社員としての身分が残ります。
 賞与も出ますし、退職時の失業保険、退職金も対象となります。

 近年、「執行役員制度」を導入する企業が増えてきました。
 「業務執行を意思決定」する取締役と、実際に「業務を執行する」者を分けようとする流れからです。
 
 半分役員、半分社員という立場にある兼務役員の場合、執行役員とした方が実態に則しています。
 また、抜擢された役員も、取締役としての法的責任リスクに晒されずに済みます。
 従って、我がグループにおける取締役は原則、「会長」「社長」「専務」「常務」等の役付役員のみです。

 来期に向けて、責任と権限の委譲がより加速するものと思われます。
 やる気とポテンシャルを有した若手人材を執行役員に登用し、より活性化する組織を目指して頂きたいものです。

甘さが招く失態

 グループ会社が新しい事業に取り組むにあたり、その採算性、成就性を確認するために、役員プレゼンが実施されます。
 新事業を目論むグループ会社の役員が資料を整え、資本家を含む経営管理スタッフに対しプレゼンする訳です。

 案件は、昨日今日出てきた話ではありません。
 担当スタッフとグループ会社の役員が、何度も折衝を重ねた上で上申されます。
 従って自分も、事業の概要については把握していました。

 本番では、何も知らない体で質問を繰り出します。
 ところが、その質問に対する回答は極めて要領を得ません。
 目が泳ぎ始め、右往左往する役員陣。
 見るに見かねて、管理スタッフが助け舟を出す体たらくです。

 そのフォローも手伝って、事業提案は無事可決。
 しかし、事後の反省会を踏まえ、その判断は間違っていた気がします。
 鬼と言われようとも、苦言を呈して、一旦突き返すべきでした。

 管理スタッフがアイディアを提供したとしても、稟議を手助けしたとしても、計画を実践するのはその会社です。
 事業の成否は、決定後の後天的な努力によって八割方決まります。

 そして、成功時の手柄も失敗時の責任も、何れも会社の役員が負うべきもの。
 であるならば、当事者は腹を括り、覚悟を決めて臨んで貰う必要があります。

 そうした覚悟の定まらぬまま、甘い裁量で事業化を承認したとすれば、それは我々の失態です。
 今後は、自省と自戒を踏まえ、より厳しい姿勢で臨みたいと思います。

先憂後楽の歓送迎会

 先日、大街道周辺で、職場の歓送迎会がありました。
 主賓は関わり深い方であったので、自ら幹事を買って出たのですが、それが間違いの始まりです。

 参加者全12名。
 主賓2名分を残る10名で負担する都合上、価格重視と成らざるを得ません。
 ネットで相当数検索しますが、週末が故に条件が厳しい。

 そんな中、コース料理9品+二時間飲み放題で、税別2,980円の店がヒットします。
 しかも、6名以上で一人分無料。
 
 これなら、税込一人3,600円で納まります。
 おまけにこのお店は、一世を風靡したTV番組「料理の鉄人」で、道場六三郎のライバル関係にあったK氏が監修とある。
 
 有名料理人監修とあれば、味も期待せずにはいられません。
 ところがこの後、現実の厳しさを思い知らされます。
 
 ・ 席がぎゅうぎゅう詰めでまったく身動きつかない
 ・ 一番奥の人は、手前の5人が一度出ないとトイレに行けない
 ・ 室内の照明が切れていて、ラウンジよりも暗い
 ・ いきなりスタッフが飲み物をこぼして、廊下が水浸し
 ・ 先清算を申し出るも、レジが立ち上がってないとかで10分待たされる
 ・ 準備が出来たとしてレジでカードを出すと、また10分待たされる
 ・ 定刻開催したにも関わらず、最初の飲み物を、また10分待たされる
 ・ 乾杯のビールが温い
 ・ 料理の提供も押し並べて遅く、量が圧倒的に少ない
 ・ 和食料理人K氏監修なのに、料理が多国籍というかカラオケボックスというか

 枝豆、フライドポテト、やみつき風キャベツ、チキンステーキ、水餃子、炒飯・・・

 しかし、やまない雨は無いし、明けない夜も無い。
 その後に行った店に持ち込んだ、路上販売のタコ焼きがすこぶる美味しかった。
 まさに先憂後楽。
 
 もう二度と幹事を任されることは無いでしょう。
 皆さん、誠に申し訳ありませんでした。

再考ミッション:後編

 分業するとしたら、どこの店舗から営業を一人抜くのか、もしくは採用するのか。
 営業を抜いた店舗は、業務が回るのか。
 採用した場合、増えた人件費以上に売上は積み増せるのか。

 それ以上に懸念されるのは、網羅的な視点を持つ社員が少なくなり、お客様との意思疎通が図れなくなることです。
 
 オーナー様  「管理担当者には、何度も言っていたのに!」
 管理担当  「仲介営業が、こんな入居者を入れたから、俺が怒られたじゃないか!」
 入居者 「そんな条件、まったく聞いていません!」
 仲介担当 「管理担当の態度が悪かったから、オーナー様も入居者もカンカンだ!」
 
 各々が他責に終始し、セクショナリズムの壁が立ちはだかります。
 お客様は、誰に言ったら良いのか判らず、戸惑うばかりです。
 方や一貫体制であれば、総てを自己責任で受け止めざるを得ません。

 組織拡大に欠かせない管理者育成の観点からすると、それが近道です。
 また、一部分だけを請け負うよりも、全体像を見渡せた方が、仕事の本質を掴むと共に、やり甲斐にも気づき易くなります。
 そういう意味で我が社は、新人営業マンであっても、見ているのは管理職や経営者と同じ景色です。

 『地域で一番親切な不動産会社を目指し、中立・公正かつ思いやりのある、ワンストップサービスを心掛けます』

 「親切」「思いやり」といったワードは、理念としてはやや泥臭く聞こえるかもしれません。
 しかしながら、それこそがNY「らしさ」です。
 経営者の愚かさ故、具体的に明文化されていなかった価値観が、社員個々人の十年間の営みから導かれ、このミッションに結実しました。
 まだ見ぬ未来は、このミッションに基づいて切り拓いて参ります。     完

再考ミッション:前編

 ミッションについて、ジャック・ウェルチは、こう言っています。

 「ミッションをつくるのは経営トップの責任だ。 
 ミッション策定は、最終的な責任を取る立場にある人にしかできない。
 誰かに移譲してやらせることは不可能だし、やるべきではない。
 ミッションは、会社のリーダーシップを明らかにする。
 ミッションは、リーダーシップの試金石である。」

 この教えの通り、今の経営理念は、創業時に自分が考えたものです。
 一方でウェルチは、効果的なミッションステートメントをこう表現しています。

 「私たちはこのビジネスで、どうやって勝とうとしているのか?」
 
 換言すれば、後発の中小零細企業が、先行する大手に追い付き追い越すための、差別化された独自性、価値観は何かです。
 そういう観点からすると、今の経営理念は実態なき美辞麗句だったのかもしれません。

 地場大手と我が社の違いは何か改めて考えると、分業制か一貫体制かという部分でしょう。
 賃貸仲介・管理は、煩雑な仕事です。
 
 お客様からのメール返信をしようと思っていたら、滞納督促の入居者から電話がかかってくる。
 PCに向かい物件入力していたら、飛び込みの来店がある。
 明日の契約書を作成していたら、管理物件の水漏れクレームがあり、現場に急行する。

 管理担当がいてくれたら。
 入力担当がいてくれたら。
 督促担当がいてくれたら。
 
 これは、仲介営業の偽らざる本音です。
 確かに、分業して仲介に専念すれば、もっと契約が増やせるという仮説は道理。
 ところが、変化によって得られるのは、メリットだけではありません。           つづく

問題と課題

 問題と課題は、似て非なるものです。
 
 まずは、その人、その店舗、その部門、その会社にとっての「標準」を定めます。
 次に、「理想」を設定します。
 最後に「現状」を掴みます。

 標準と現状とのギャップ = 問題
 理想と現状とのギャップ = 課題

 現状が標準に至っていないとすれば、それは問題ですから直ちに是正する必要があります。
 勿論、コンプライアンスもここに含まれるでしょう。

 一方、理想の高さに比例して、課題は山積します。 
 但し、焦りは禁物です。

 例えば、社風や文化を変えていくのは、一朝一夕には叶いません。
 理想像とのギャップを嘆いたり、悩んだりすると、自分自身がしんどくなります。
 昨日よりも今日、今日よりも明日と、少しずつ改善していく部分に着目すれば、随分気持ちは楽です。

 山登りをする時は、誰しも辛いもの。
 たまに立ち止まって後ろを振り返ると、「ここまで上がってきたか」という実感が湧いて、更なる高峰を目指すモチベーションに成ります。
 
 どれだけ重たい荷物でも、今日一日なら背負っていける。

 一日一日の営みの先に、理想があることを信じて頑張りましょう。

社風という名の風

 小職が、グループの仕事を始めて、間もなく2年が経過します。
 社員の声に耳を傾け、幾つかの改革を実施してきました。
 その一つが、完全週休二日制の導入です。

 それまでは、隔週週休二日で、土曜日は午前中のみの出勤でした。
 祖業である建設コンサルタントにおいて、基幹業務は公共事業が中心であり、土曜日は役所もお休み。
 それでも隔週土曜日半日出勤としていたのは、社内コミュニケーションの充実が狙いです。

 業務に追われる平日は、皆が顔を合わせる機会も殆どありません。
 土曜日の朝は、全社員が会議室に集まり、二週に一度の朝礼。
 その後、各部門に戻っての部会。
 そこで、会社の決定事項を周知したり、トップが訓示することで、社員は迷いなく業務に邁進できました。

 「土曜日に半日だけ出社するのは非効率。」
 「土曜日を全休にしても、生産性は変わらない。」
 「年間休日数を同業他社並みにしないと、優秀な人材が集まらない。」

 様々な理由から、完全週休二日に移行した訳です。
 先日の研修を受講した幹部の一人が、レポートにこう書いていました。

 『研修など行わず、日々の業務に追われて、会議等を行う機会もなかなか取れない。
 そうした状況の中唯一、隔週で会議の場を取れる出勤土曜日の必要性に気付けなかったことを、今更ながら思う。』

 NYホームにおいても創業期から、隔月の第三水曜の定休日を出勤日として、全社会議を開催していました。
 社員目線では、定休日が出勤となるため、すこぶる評判が悪い。
 代休で対処するように指示しても、取り難いという不満が聞こえてくる。
 社員の声に屈した訳でもないのですが、やがて撤廃し、毎月一回20分の全社朝礼に代替することに成りました。

 しかし今度は、別角度の意見が出てきます。
 「短時間では、一方的な連絡しかできない。」
 「もっと社員の声をぶつける機会を持ちたい。」

 結果的に時間は巻き戻され、全社会議は復活することになりました。
 結果は同じでも、社員から起きた自燃的な発案であることに価値があります。
 
 トップダウンからボトムアップへ。

 まさに今、社風という名の風が吹き始めています。

リスクを恐れるなかれ

 昨今、失言についての報道が引きも切りません。
 自民党が、失言対策のマニュアルを配布したことも、輪をかけてニュースに成りました。

 「東京五輪に向けて期待していたのに、(白血病で療養とは)残念だ。」
 「大震災は、まだ東北だから良かったようなものの、もっと東京に近ければ(経済損失は)大変なことだった。」
 「世の中に、セクハラ罪という犯罪は無い。」
 「LGBTのカップルは、子供を作らない。 つまり生産性が無い。」
 「北方領土を戦争によって取り戻すことを、どの様にお考えか? 戦争しないと取り戻せない。」

 中には、単に語彙が不足しているだけの、稚拙な失言もあるでしょう。
 一方で、思っていても言葉にしてはならない内容について、ついつい口が滑る方もいらっしゃいます。

 今の世の中は、そうしたミスを、決して見逃してはくれません。
 全体の流れはともかくとして、心の琴線に響く文字や音声だけが切り取られ、ネットやTVで拡散されていきます。
 炎上を受け、謝罪・撤回で火消しに躍起となっても、時既に遅し。
 
 我々は一般人ですから、基本的に大炎上とは無縁です。
 しかし、毎日の様に拙文を綴っておりますと、稀に社内外から苦言を頂くことがあります。
 反省させられることも、修正することもあります。

 炎上を恐れるなら、発信しないに越したことはありません。
 しかし、波風絶たない、当たり障りの無い、無難な言葉しか発しない経営者は如何なものでしょう。

 リスクを恐れるなかれ。
 自らの考えや信念を発信せずして、信用も信頼も、共鳴も共感もあり得ないと考えます。 

出来レース上等

 「勝利の経営塾 2019」を受講された、ある受講生の事後レポートの一節をご紹介します。

 「今回、事前にワークシートを提出したにも関わらず、当日ディスカッションをしながら再度白紙から書き直す作業を疑問に思っていました。
 しかし、目的・内容・出来栄え・幾らで・何日で、という指針に沿って各項目を考えていくことで、当初のシートは甘く、ありふれた、無難な内容でしかなく、そこに目標達成の意欲や、行動に移していく覚悟が見えないものであることに気付きました。
 数量化し、具体的に記入しようと強く意識することで、本当に出来るのか? その数字は適正か? 自分の役割は何か? 何ができていて何ができていないのか? 何をしなければならないのか? ・・・。
 自分と向き合う良い機会に成りました。」

 一般的に人は、自分のやるべきことには気付いています。
 しかし、目標を数値化したり、行動計画を具体化したり、それを明文化することを嫌います。
 何故ならそれは、苦難を伴うやりたくないことであり、証拠を残したく無いと予防線を張るからです。

 成人病を克服するには、ダイエットする必要がある。
 そのためには、食事制限と運動をしなければならない。
 しかし、運動はしんどいし、食べることもやめられない・・・。

 そこで一念発起、「年内に10kg痩せる」と目標・期限を定め、「一日2,000kca厳守+毎朝早歩き30分」という行動計画を実行できた人だけが健康を手にすることができます。

 経営も同様です。
 例えば建設会社の課題として、安全管理の不徹底があるとしましょう。
 「社員と協力業者の意識改革のため、年一回8月に安全大会を実施する。」
 「現場の実態を確認するため、半期に一度安全パトロールを実施する。」

 本気で考えれば、こうした具体的な行動計画が出てきます。
 明文化することで覚悟が定まり、失念することもありません。
 
 グループディスカッションの同士やコーディネーターは、その会社やその人のことを真剣に考えてアドバイスします。
 それを素直に取り入れ、やるべきことを明確に記述した方を評価し、表彰させて頂きました。
 自らがやるべきことをシートに書き、皆の前で発表し、表彰を受けるということは、証拠と言質を残した様なものであり、まさに研修の狙い通りとも言えます。
 
 虚無的な人からするとそれは、「まんまと出来レースの罠に嵌められた」と映るかもしれませんが、そんな声に耳を傾ける必要はありません。  
 例えカメの如き緩慢な歩みであっても、一歩一歩の行動だけが、成果に近付く唯一無比の方法です。
 受講者総ての、本気の改革と、これからの行動に期待しています。

どっちもどっち

 コミュニケーションが上手くいっていない、と自覚する会社は少なからずあります。
 ヒアリングしてみると・・・。

上司 : うちの部下は、報連相が成ってない! こちらが「あれどうなった?」と聞いて、やっと報告する体たらくだ。
部下 : うちの上司は、部下に関心がない! クレーム応対で疲弊していても、何日か経ってから「あれどうなった?」って。

 どう思われますか。
 そう、どっちもどっちでしょう。

 ビジネスマンである限り、上司に業務報告を行うのは当然の義務。
 言われなくても報告しなければなりませんし、「あれどうなった?」と言われた時点で失格です。 
 一方で上司が、人望を集めようとするならば、部下に関心を持つ必要があります。

 相互に他人のせいにする他責主義では、どこまでいっても平行線。
 改善の糸口さえみつかりません。
 
 さて、部下の教育も上司の責任です。
 待ちの姿勢ではなく、「あれどうなった?」と声掛けを行う。
 そして、「言われる前に、しっかり報告しろよ!」と諭す。
 
 性格と過去は変えられませんが、行動と未来は変えられます。

絶対NGの研修人選

 研修を終えて、ひとつ伝え忘れたことがあります。
 それは、研修を受けさせる社員の人選についてです。

 絶対NGなのは、退職が決まっている社員。
 「そんなことは常識だろう」と思われるかもしれません。
 しかし、嘆かわしくも、その「まさか」が散見されるのが実態です。

 改めて言うならば、教育・研修は未来投資。
 投資はリターンを期待するのが前提。

 投資とは言いながら、社員にとっても有難迷惑で、心中では勘弁して欲しいと思っていることでしょう。
 辞め行く社員を教育する愚行は、お互いにとって非生産的です。  

ワクワクの第一歩

 4月から計四回行ってきた「勝利の経営塾2019」が、終了しました。
 
 今更ながら、会社はつぶれるものです。
 企業の寿命30年説の根拠は、創業者が経営に携わることのできる期間にあります。

 仮に40歳で起業して、30年が経過すると、創業者は70歳。
 どんな強者でも、気力、体力共に衰えてきます。
 
 後継者は一般的に、創業者の様なパッションもバイタリティも有しません。
 そうした中で企業を永続させようとするならば、組織の在り方を変える必要があります。

 ワンマン型 から 全員参画型へ。
 トップダウン から ボトムアップへ。
 強制目標 から 納得目標へ。
 性悪説 から 性善説へ。

 そのためには、説明責任、コミュニケーション、権限移譲が不可欠です。
 また、経営計画策定に際しても、社員を巻き込むことが求められます。

 今回の研修は、研修のための研修ではなく、経営計画策定の前哨戦でした。
 経営陣と社員とが、真剣に対峙し、時間をかけ、激論を交わし、魂のこもった計画を構築頂きたいと思います。
 
 そしてそれこそが、目指すべき、ワクワクする楽しい職場づくりの第一歩です。

公器による風説の流布

 5月15日付の地元紙「愛媛新聞」の一面。
 県が発表した、「肱川反乱被害想定」の数値が掲載されています。

 大洲市菅田 19.7m
 西予市野村 14.1m

 このエリアが、昨年7月の西日本豪雨によって、未曽有の水災害に見舞われたのは、記憶に新しいところです。
 当然に、地元住民の疲弊と労苦は、尋常ではありませんでした。
 「がんばろう南予!」の声掛けにより、やっと復興の兆しが見えてきたタイミングで公表されたこの残酷な数字に、人力での治水の限界を感じずにはいられません。

 想定被害の前提となる降雨量は、48時間で811㎜。
 これは、「千年に一度」と言われた西日本豪雨の約二倍に相当します。

 東日本大震災以降、国も県も自然災害の被害想定を大幅に見直しました。
 象徴的な高知県黒潮町における、南海トラフ大震災発生時の津波想定は実に34.4m。
 
 確かに、近年の異常気象は常に、人智の想定を超えています。
 しかしながら、先述の二市同様に、こうした数値を突きつけられてなお、ここに住みたいと思う人はどれだけいるでしょう。
 寧ろ国や県が、「このエリアには住むな!」と、永久避難勧告したとも取れます。
 
 万が一の災害発生時に、「だから言っていたでしょう!」と、自己保身を担保するために、薄い可能性をも周知しておこうとするハザードマップ。
 それは復興に水を差し、経済の発展を妨げる風説の流布ではないかと、遺憾の意を表明させて頂きます。

改めての連絡

 常日頃、お世話に成っている社長が、新拠点をOPENされたと聞き、11:00頃お訪ねしました。
 ところが、ドアは空いているものの、呼べど返事なし。

 一旦会社に戻り、ネット検索して電話します。
 「社長には日頃からお世話に成っております。」
 その電話は、どうやら本社に転送されたようです。 
 「承知しました。現場の人間から連絡させます。」

 5分後、着信があったものの、自分が話し中のため不通。
 すぐにかけ直すと、今度は先方が通話中。
 行き違いの後、お昼過ぎにやっとつながりました。

松岡 「いつもお世話になっております。今ならお伺いできますか?」
先方 「今丁度、業者さんと打合せしておりまして。」
松岡 「では20分後位にお伺いしましょうか?」
先方 「いや、昼食に出るかもしれませんので・・・。」
松岡 「では13:00頃にしましょうか?」
先方 「改めて連絡させて頂きますね。」

 ところが、待てど暮らせど連絡は入らず、一時間以上経過します。
 次の仕事のために、止む無く外出。
 結果的に連絡が入ったのは、14:00前でした。

 そう、私が悪かったんです。
 予約も、アポも無くいきなりお訪ねしたから。
 
 しかし・・・。
 反面教師として、教訓にしたいと思います。

手を汚さずして収穫得ず

 とかく後継者不足の取り沙汰される第一次産業ですが、近年「レンコン」が注目されています。
 特に若者の新規就農者が増えているとか。
 その理由はというと・・・。

 レンコンは高収益、かつ収穫適期が長く休暇が自由に取れるため、若者に向いた産業だから。

 とはいえレンコン農家は、決して楽な仕事ではありません。
 胸丈の胴長を着て腰まで沼に浸かり、泥だらけになって収穫するのは、かなりな重労働です。
 若者に人気というのも、裏を返せば気力・体力が無いとできない仕事という意味でもあります。

 さて、レンコンに限らず、仕事は泥臭いものです。
 泥の中に手を突っ込んで、共に苦労を分かち合わなければ、同志として認めてはくれません。
 
 「手を汚さずして収穫得ず」

 これは古今東西、揺るぎのない原理原則です。

既に始まっていた

 グループで取り組んでいる、階層別研修「勝利の経営塾 2019」もいよいよ大詰め。
 今週執り行われる、経営者編にて完結します。

 以前からグループには、翌期の業績目標を列記する事業計画書が存在していました。
 ただそれでは、年次業績に一喜一憂し、短期の利益の最大化に傾注し過ぎる傾向が否めません。
 
 1年前、理念→方針→中長期計画→短期計画とブレークダウンしていく、経営計画書に改定。
 長期的な繁栄を目指すスタイルへとシフトしました。

 同時に、経営というカテゴリーを学ぶ「勝利の経営塾」を開講。
 社員の考え方も、少しずつ変化するのを実感しています。

 しかし、研修の学びは学び、経営の実務は実務と、頭と体が分離されている違和感を感じていました。
 経営計画書にしても、経営層だけが考え、トップダウンで落とし込むスタイルのため、社員を巻き込み切れません。
 
 そこで今年から、研修のカリキュラムを「ジュニアボード」的な内容に一新しました。
 「あなたが経営者なら、どう経営するのか」
 これにより、社員は評論家から、実務家へと変わります。

 6月 「経営計画策定研修」
 6~7月 「経営計画個別折衝」
 8月 「経営計画発表会」
 
 上記は、年間スケジュールにおける、経営計画策定工程です。
 種を明かすと実は、4~5月の研修時点から、策定プログラムは始まっていました。
 経営層の皆様は、その趣旨をご理解頂くと共に、有能な社員を来期経営計画策定に巻き込むことを切望しています。

戦意喪失のファイター

 前日の拙文で、定性的・抽象的な言葉では変わらない、といった趣旨を並べました。
 研修の冒頭では、こうした教えを説きます。

 ところが、それでもなかなか、定量的・具体的な表現には変換されません。
 行動数値まで落とし込める方は稀少です。
 それが、人間の弱さでしょう。
 
 多くの人は、自からプレッシャーを背負いこみたくないと考えます。
 文字に残したくない。
 証拠を残したくない。
 
 例えば資格試験。
 「今年の宅建試験で合格しマス!」と言い切れば良いのに、「宅建資格を取りタイ!」とトーンダウンする。
 今年なのか、来年なのか、十年後なのかも判らない。

 これらは全て、失敗する自分をイメージした、先回りの言い訳です。
 「いや、取りタイと言っただけで、取るとは言ってませんよ」
 「いや、今年合格しマスとは言ってないじゃないですか?」
 
 自らの可能性を信じられず、戦う前から言い訳する、戦意喪失のファーターに勝てる道理はありません。 

実態無き美辞麗句

 一般的な組織は、目標を掲げています。
 その目標達成を阻む、障害や課題や問題は山積しています。
 それを取り除き、改善策を打ち出すのも経営者の仕事です。
 
 幾ら頭の中で考えていても、言葉や文字にしなければ伝わりません。
 だからこそ、今回の研修ではワークシートを用いました。
 ところが、「実態無き美辞麗句」のいかに多いことか。

 「不動産会社としての安定経営を目指し、ストック収入の源である管理戸数を、何が何でも増大させる。」

 もっともらしい言い回しで、勢いのある前向きな言葉が躍っています。
 頼もしく思い、期待し、「頑張ってくれよ」と背中を叩く上司もいらっしゃるかもしれません。

 しかし、いかにもやりそうでやらないのが、これら概念的な美辞麗句。
 何故やれないかと云うと、明確な数値目標も行動数字も無いからです。
 無駄な修飾語は要りません。
 
 「管理戸数を今期100戸増大させるために・・・毎日一件、自主管理のオーナー様を訪問する」
 これであれば、今日から手・足・口を動かすことができます。

 定性的 → 定量的
 抽象的 → 具体的
 言葉 → 行動
 
 評論家から、実務家への脱皮が、成長の第一歩です。

背中合わせの矛盾

 今回の研修で、一貫して訴えているワードがあります。

 『矛盾』  
 「韓非子」難一の故事から、二つの物事が食い違い、つじつまが合わないこと。
 
 昔、中国の楚の国で、矛(ほこ)と盾(たて)とを売る商人が居た。
 「この矛はどんなかたい盾をも突き通すことができ、この盾はどんな矛でも突き通すことができない。」
 自信満々に口上する商人に、聴衆の一人がこう投げ掛ける。
 「それではお前の矛で、お前の盾を突けばどうなるのか?」
 商人は絶句し、答えることができなかった・・・。

 若手社員も実は、しっかりとした問題意識を持っています。
 「もっとこうすれば良くなる」という、改善の方向性も探れます。
 しかし、背中合わせの矛盾に気付く人は、然程いらっしゃいません。

 例えば、中長期の育成計画。
 「会社の将来のために、新卒社員を採用すべきだ。」
 「社員を教育するために、マニュアルを整備し、勉強会を開催すべきだ。」
 この意見は、何れも正しい。
 
 しかし、その一方で、人件費が増える。
 ベテラン社員が現業の手を止めることで、生産性を落とす。
 賞与支給や昇給の原資が確保できない。
 不平不満が渦巻き、モチベーションが下がる。
 退職社員が続発する・・・。

 ジャック・ウェルチはこれを、「短期と長期のパラドックス」と読んでいます。
 今回の研修の最大の成果は、問題意識を持った若手社員の皆さんが、正しそうに見える前提と妥当に見える推論から、 受け入れがたい結論に至る、「矛盾」の存在に気付いたことです。
 
 経営とは矛盾との闘い。
 そして、その矛盾の壁に悩める人にエールを贈りましょう。 
 遂に貴方も、経営者の仲間入りです。

現場復帰への覚悟

 このブログは通常、翌日の日付予約で、0:00にupする様にしています。
 休日前は、何本か書き溜めておくのがパターンです。
 
 今年のゴールデンウィークは十連休だったため、ペースが乱れました。
 先日、部下から「5月9日が抜けていますよ」と指摘が・・・。
 いやはや、こんな拙文でも、気にして見てくれていることに感謝する次第です。

 さて、数日前の欠落の穴を埋める形で、密かにアップしたところで、誰も見ないと高を括って、普段言えない内容を綴りたいと思います。

 ここ2~3年の自分は、急速に仕事の幅が拡がりました。
 拡がることは良いことですが、余りにも能力を超えて広がり過ぎていると感じています。

 不動産会社の社長、グループ会社の経営管理、宅建協会関連・・・。
 身体は二つありません。
 虻蜂取らずに成らないために、断捨離も実行しています。
 中小企業家同友会、倫理法人会を退会し、更に四半世紀続けてきた劇団も休団しました。

 本音を言うと、現場の仕事に専念したいと思っています。
 そのためには、それぞれの仕事を引き継いでいく必要があります。
 
 今は、口幅ったくも、「自分じゃないと、こなせない」役割も少なくありません。
 これから、後継者を育成し、一つ一つの仕事をエンパワーメントしていき、現場復帰できるように尽力していく覚悟です。 

行政と民間の役割区分

 内子町は、人口二万人足らずの田舎町ながら、それなりに全国に名の知れたブランドです。
 「町並み」「内子座」「からり」・・・多くの魅力的な観光資源があり、マスコミにも頻繁に取り上げられます。
 
 但し、熱しやすく冷めやすく、使い捨て御免もマスコミの特性です。
 ある意味、本気で町興しをしようと思うなら、ブームに乗らないこと。
 そして、成功させるために重要なポイントが、三つあります。

1. 主体性を持つこと
 「からり」も「内子座」も、ハードとしては限界があります。
 高校の郷土芸能部、劇団の公演、コーラス同好会・・・等々、地元団体の公演や発表会。
 そこに住む人達が、主体的にこの「箱」を利用し、ソフトを楽しむからこそ活性化します。
 
2. 経済が伴うこと 
 どれだけその町が好きで、住みたいと思っていたとしても、仕事がなければ戯言です。
 夢も浪漫も趣味も大事ですが、それだけで飯は食えません。

3. 無理をしないこと
 無理のいくことは楽しくありませんし、楽しくないことは長続きしません。
 足るを知ること・・・身の丈にあった活動が肝要です。

 インターネットで結ばれた農家の方々が、入荷、販売、在庫といった末端市場の動きをリアルに知り得たことが、「からり」成功の一丁目一番地。
 安く買い叩かれる理由を知ろうともせず、農協への恨み節だけで生きてきた農家の方々が、「どういうモノなら売れるのか?」を探り始め、創意・工夫を覚え、やり甲斐に気付きました。

 しかし近年、少し綻びも見えます。
 松山に支店を出す、近隣のスーパーに卸す・・・。
 成功モデルとしてちやほやされ、ブランドに胡坐をかいている内に、その本分を見失ってしまったのではないかとすら思います。

 行政は、箱物の整備。
 民間は、箱物の活用。

 その役割を超えて、活用にまで行政が介入し過ぎてはいけません。
 使い捨てに成らない様に、時にはNOと言える勇気が必要でしょう。

過ちて改めざる

 周知の通り、4月から5月にかけて、階層別の宿泊研修を行っています。
 
 昨年の研修では、懇親会の後、施設外に飲みに出たグループが居ました。
 特に問題は発生しませんでしたが、何かあってからでは手遅れです。
 そこで今年からは、施設外への外出禁止としています。

 また、先日の研修では、ホワイトボードに「一気飲み禁止」と板書して、注意喚起しました。
 しかし、予想通りに盛り上がり、返杯や一気飲みが散見されます。
 また、部屋飲みについても、深夜に及んだそうです。
 翌朝、車で移動した方については、飲酒運転であった可能性も否定できません。

 主催者としての反省課題は、その場で注意できなかった点です。

 皆が楽しく飲んでいるにも関わらず、堅苦しい話で注意喚起するのは水を差す。
 寝食を共にする宿泊研修において、酒を酌み交わすのも学びの一環。
 それらは総て、自らの甘さを正当化させるための詭弁でしょう。

 過ちて改めざる・・・これを過ちと云う。

 残り二回の研修は、自らの立場を弁え、いかなる場面においても是々非々で臨みたいと思います。

劇団永続の要諦:後編

 とはいえ、今流行りの卒業や引退ではなく、あくまで暫くお休みを頂くだけです。
 自分は、芝居をライフワークと思っていますし、仕事に一区切りついた段階で、また復帰したいと思っています。

 さて、四半世紀続いたこの劇団を、更に50年、100年と永続させるためには、絶対に譲るべきではないポイントがあります。
 それは主体性です。

 創設時の志を回顧します。
 まずもって、公演を打とうにもお金がありません。
 当初は安直に、行政や政治家や企業に頭を下げて、スポンサーと成って貰うことを考えました。
 
 しかし、そうすると必ず、スポンサーの意向に沿った活動が求められます。
 裏を返せば、自分達のやりたくないことまで引き受けざるを得なくなります。
 単純に、それは楽しくないことです。
 そして、楽しくないことは永続しません。

 だからこそ、自力運営にこだわってきました。
 毎回の公演を黒字にする。
 パンフレットに広告掲載はしない。
 町民劇団と評されることを、是としない理由もそのこだわりが故です。

 昨年から今年にかけて、そうした潮流に流されそうな場面が幾度かありました。
 初代代表として、強く遺憾の意を表してもいます。
 大袈裟な言い方をすれば、そこを揺るがせにしたのでは、「オーガンス」では無くなるからです。
 
 主体性を持つ、身の丈に合った活動。
 
 創設時の志を受け継ぎ、こんな偏屈な男にも、帰る場所を残しておいて頂くことを祈念しています。     以上

劇団永続の要諦:前編

 旗揚げから四半世紀関わってきた、劇団活動を暫くお休みすることにしました。
 ここ2~3年は、事実上休止していたようなもので、今更の感もあります。
 ただ、中途半端な状態でフェードアウトするのは本意ではありません。
 自分なりの、けじめをつけるべきだと考えた次第です。
 
 劇団創設から4年間は、代表を務めました。
 2年目は、宅建士の資格試験に臨むため、半年ほど休養。
 前職の会社の業績が思わしくなかった際も、表立った活動は避け、自らが脚本を手掛けた作品を、敢えて客席から観劇したこともあります。

 我々はプロではありません。
 プロとアマの差は、飯が食えるか否か。
 当然ながら、あくまでも本業がファーストプライオリティです。
 同様に学生は学業が、専業主婦は家事育児が、それぞれ優先されるべきでしょう。
 
 劇団を創設した25年前、他団体の活動を退会。
 一昨年、グループの経営管理を兼任する際も、中小企業家同友会や倫理法人会を退きました。
 業界団体においても要職にあるため、様々なところで歪みが生じています。

 身体が二つ無い以上、捨てる勇気も必要です。
 今回の活動休止の決断も、その一環と言えます。

 田舎の劇団が、何故四半世紀も存続できたか?
 それは、各々が趣味の活動であることを認識し、身の丈にあった活動をしてきたからこそです。
 少しでも無理をしたり、本業に影響をもたらすようであれば、永続させることはできません。
 今回の判断は口幅ったくも、個々の劇団員の皆様へ向けた、本分を見失わないで頂きたいとのメッセージも含んでいます。  つづく

あの頃のまま

 連休序盤は隔日で出勤して、宿題に目途を付けました。
 座右の銘である、「先憂後楽」そのままに。
 さて、昨夜は、懐かしいメンバーで久々に飲みました。

 十代から二十代前半まで、職人の道を歩んでいたことは、周知の通り。
 当時は、家と職場とを行き来するだけで、世間との交わりは殆ど無く、友達も居ません。

 その頃、職場関連で知り合ったのがNです。
 彼もまた、高知の親元を離れ、愛媛で大工の修行をしていたため、年齢も境遇も近く、すぐ懇意に成りました。

 古臭い言葉ながら、20代の青春期を共に過ごしたNは、心赦せる親友。
 毎日の様に相互の家に集まり、友人のこと恋愛のこと包み隠さず打ち明け、酒を飲んでは、時に喜び合い、時に慰め合ったものです。

 披露宴の際、彼にお願いした友人代表スピーチは、朴訥とした人柄の通り、何の飾り気の無い言葉でしたが、それまでの出来事が走馬灯の様に過り、自分は涙が止まりませんでした。
 その涙の真の意味も、二人にしか判りません。

 修行を終え、高知に帰った後も、不定期に、どちらからともなく声をかけ、かつての仲間が集まります。
 声掛けは、「来んか(来ないか)?」ではなく、「帰って来んか?」。

 お互い頭には白髪が目立ち、皺も増えました。
 それでも酒を酌み交わせば、想いはいつでも、あの頃のままです。

矛盾との闘い

 先日の拙文で、分業体制と一貫体制との差異を綴りました。
 業種によって、職種によって、その判断は異なります。
 
 一般的に、分業化が進めば進むほど、セクショナリズムの壁は高くなります。
 例えば、営業と技術。
 生産性が上がらない時に、営業は技術の効率の悪さを責め、技術は営業の取ってきた仕事の質を責めます。

 各々、「自分達は一所懸命やっている」という自負心が前提です。
 当然ながら、相手の立場や細かな仕事の内容は判りません。

 二つの部門を高所から俯瞰し、課題を掴み、問題を解消し、社員をモチベートしながら統率するのが社長の役割です。
 総論賛成・各論反対という言葉があるように、部分最適は必ずしも全体最適とは成りません。

 部門としては人を減らしたくない・・・会社としては人を減らさなければならない
 部門としては合併したくない・・・会社としては合併した方が効率的だ
 部門としては撤退したくない・・・会社としては撤退せざるを得ない・・・
 
 こうした相反する課題には、いつかどこかでぶち当たります。 
 そこで、全体最適の判断を下すのが経営者の役割であり、マネジメントとは、常に矛盾との闘いです。 

感謝の平成、報恩の令和

 令和元年・・・この慣れない響きも、やがて当たり前に成って行くのでしょう。
 ゆく元号とくる元号。
 TVでは、平成を回顧する特集番組が数多くオンエアされています。

 自分にとって平成を、一言で表すと「キャリア」と成ります。
 中卒から半年間のニートを経て、2年半の大工、8年半の石工と、計11年の職人人生に転機が訪れたのは、まさしく平成元年。

 「仕事は楽しいか?」
 草ソフトボールの試合中、同級生から投げ掛けられた言葉が、自分の人生を拓きました。
 
 仕事は「生活のための手段」。
 楽しいとか、面白いといった性格のものではない。
 というよりも、仕事観とか労働観といった考え方に、触れたことも無かったのが当時の自分です。

 菓子販売店の店長、賃貸仲介管理会社の役員、分譲マンション事業の担当役員、そして賃貸仲介管理会社社長。
 子会社への出向、親会社への復帰、急成長、民事再生法申請、退職。
 一兵卒からの出直し、起業、グループにおける経営管理。

 多くの方々に助けられ、支えられ、多種多様なステージで様々な経験をさせて貰いました。
 そこで学んだ一つひとつが、血と成り肉と成り、今日の自分を形成しています。

 だからこそ、心から申し上げたい。
 ありがとう平成!

 そして、「令和」においては、受けた恩義をお返しし、報いる時代にしたいと思っています。
プロフィール

Hideo Matsuoka

Author:Hideo Matsuoka
・生年月日 昭和37年10月30日

・好きな言葉 
今日は残された人生の最初の一日

・信条「先憂後楽」

・尊敬する人 
稲盛和夫 西川広一 松下幸之助

・資格 ①宅地建物取引士
    ②建築2級施工管理技士
    ③マンション管理業務主任者
    ④防火管理者
    ⑤少額短期保険募集人
    ⑥損害保険募集人
    ⑦損害保険商品専門総合
    ⑧不動産キャリアパーソン
・趣味
 劇団AUGAHANCE初代代表
 主に脚本・演出を担当

・経歴 
 中卒後、大工・石工と職人道を歩む
 平成2年 
 ㈱中岡組 (ジョーコーポレーション)入社
 マンション担当役員→常務執行役→管理会社代表を歴任
 平成21年 ㈱NYホーム起業

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