心を亡くす繁忙期

 二月は逃げる、とは良くいったもので、早くも二月最終日です。
 一月は正月休みで、二月は28日までということで、それぞれ営業日数が少なくなります。
 比例して目標も割り引いてくれれば良いのでしょうけれど、そうはいきません。

 その代わり、2~3月の繁忙期、店舗は無休。
 勿論、交代で週一休めるようには成っていますが、この時期スタッフには負担をかけます。
 
 この時期はいつも、「平準化できれば」と思うものです。
 年間総数の12分の一ずつ来店して貰えれば、ばたばたすることはありません。
 売上も安定します。
 人員配置も最小限で済みます。

 閑散期には「是非、来店して欲しい」と願い、繁忙期には「もう来て欲しくない」と思う。
 これこそが「プロダクトアウト」。
 いわゆる会社都合の考え方です。
 
 サービス業・・・いや商売の基本は、会社の都合を排除して、お客様の都合に合わせるところから始まります。
 辺鄙(へんぴ)な立地に出店し、土日を休み、営業時間を絞り、主人の愛想が悪いにも関わらず、千客万来で繁盛する、究極に美味しい料理屋であれば話しは別です。
 それでも、その店に足を運ぶだけの価値を、御客様が感じて下さるのでしょうから。

 繁忙は、御客様から求められている証し。
 社会から必要とされる、存在価値の指標が利益。
 忙しいからといって、心まで無くされませんように・・・。
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広く長い目で育てる

 愛媛県宅建協会で運営している業者間サイト「坊ちゃん」について、四国中央市の委員から次の意見を頂きました。
 「正直、松山以外のエリアの会員は、あまり関心がないと思う。
 皆さんに興味を持って貰える様に システムの効用や将来の発展性等を、丁寧に説明して頂きたい。」

 おっしゃる通りです。
 元々松山は、業者も物件も多いため、自然派生的に物件情報を融通し合う市場が形成され、紙ベースの会員間情報誌が発刊されていました。
 この会員間情報をIT化し、県下全域に拡げたのが「坊ちゃん」です。
 でありながら、御指摘の通り、松山以外のエリアでの活用はあまり進んでいません。

 理由は明白です。
 「松山以外の、地元の物件情報が少ない」

 いわば、卵が先か鶏が先かの理屈で、
 「加盟業者が少ないから物件情報が少ない」 → 「物件情報が少ないから加盟業者が増えない」・・・
 という負のスパイラル状態にあります。

 勿論、地域密着は商売の基本。
 但し、エリアに縛られた商売には限界があります。
 今や不動産業の商売の種は、エリアを超えたところに蒔かれているからです。

 例えば・・・。
 ・ 定年後の田舎暮らしを夢見る東京のお客様から、空き家バンクのサイトを見て問い合わせがあった
 ・ 宇和島の投資家の方が、松山のマンション購入を検討されている
 ・ 福岡に本社を持つ会社が、四国中央市でディスカウントショップをOPENするための借地を求めている・・・

 店舗の場所に関係なく、オールEHIME、オールJAPANで情報を受発信しない限り、商売が成り立たないのです。
 今後は、できるだけ早期に以下の改善をすすめ、より使い勝手の良いシステムにしていくつもりです。

 ・ 全国のお客様に発信するため、「坊ちゃん」からの連動で「ポータルサイト」に情報を飛ばせる仕組みにする
 ・ 媒介契約書や重要事項説明書や契約書に書式連動させることで、書類作成業務を簡便化する
 ・ 買主や借主側からの、「こんな物件は無いですか?」という「求む情報」を掲載して、マッチング機会を増やす
 ・ 分譲宅地や建売住宅や分譲マンションを供給するデベロッパーからの、発売前物件情報を先行配信する・・・
 
 皆様からの御指摘の通り、現在の「坊ちゃん」は完成形ではありません。
 まだまだ歩き始めたばかりの未熟なシステムです。
 どうかこれからの将来性に期待し、広く長い目で育てて頂くことを祈念する次第です。

諭す心根は赦すこと

 長男の性格は私に酷似しています。
 先日、二人の息子と映画を観に行った際、奇異な光景を目の当たりにしました。
 上映開始されて間もなく、一組の老夫婦が入館。
 真っ暗な館内を、御爺さんが先導し、御婆さんを誘導し、二人は手探りで席につきます。

 映画のクライマックスシーンで、響き渡る電子音。
 そう、御婆さんの携帯電話です。
 そして、予想に違(たが)わず、電話を取って会話を始めます。

 その瞬間、長男が脱兎の如く駆け寄り、鬼の形相で注意。
 御婆さんはそのまま、外に出て行き、映画が終わるまで帰ってきませんでした。
 
 エンディングロールが消えるまで見届けた長男が、お爺さんに近付き再び一言。
 それが攻撃的な内容であることは、概ね察しがつきます。
 
 近くにいらっしゃったカップルからの、「注意してくれてありがとう」という声掛けもあって、帰路の車中二人は、老夫婦のマナーの悪さを延々愚痴り続けました。
 でも、彼らの親として、同調する気にはなれません。
 
 「確かに、老夫婦のマナーが悪かったのは事実。
 見て見ぬふりをせず、毅然たる態度で注意した行いそのものは悪くない。
 問題なのは言い方、感情的にキレちゃいけない。
 諭すことと、責めることは違う。
 人は誰しも間違ったり、失敗したりするもの。
 最後、『偉そうに注意して、ごめんなさい』と頭を下げれば、もっと良かったと思う。」

 親父の説教とは違います。
 偏った正義感から、注意しないと気が済まない性格は、まるで自分の若い時を見るようです。
 彼の年齢であれば、自分もまったく同じ行動をとったかもしれません。 
 人生を半世紀以上歩み、失敗を繰り返し、己の不完全さに気付いたからこそ判り得たことがあります。

 無知が故、孫の様な若者から叱責され、二度と戻れなかった御婆さん。
 折角の映画の機会を、一人ぼっちで最後まで見届けた御爺さん。
 相手の気持ちに寄り添えば、もう少し優しくなれたでしょう。 

 諭す心根は赦(ゆる)すこと。
 「ありがとう」と「ごめんなさい」は、より良い人間関係を築くと共に、人間性をも高めてくれる妙薬です。

タラレバ正男

 五味洋治著、「父・金正日と私」~金正男独占告白~を読みました。
 出版されたのは5年前ですが、HOTな一冊です。

 99%の想いが読了後、100%の確信に至ったのが二点あります。
1. 暗殺の首謀者が誰かということ
2. 本の出版が原因の一つということ

 本文を一部抜粋してみます。

 ・ 常識的に考えて、世襲を三代続けることに同意することはできない。
 ・ 三十七年間続いた絶対権力を、二年ほど後継者教育を受けただけの若者が、どうやって受け継いでいけるか疑問だ。
 ・ 中国では、毛沢東でさえ世襲をしなかった。
 ・ 三代世襲は社会主義理念とは合わない。
 ・ (延坪島事件を受け)今回の砲撃が、弟の政治的功績に宣伝されていると指摘されているのを(インターネットで)見た。
 ・ 私は弟が民族の徳望高い指導者になるように願う。
 ・ 核保有国が外部からの圧力によって核を放棄した例はない。
 ・ 特に、北朝鮮のように地政学的に敏感な場所にある、生存危機を感じている国が核放棄するのは簡単ではない。
 ・ 独島(竹島)問題について、北朝鮮は日本を批判する時だけ、韓国と同調する。
 ・ 唯一超大国と対抗しているという自負心と、「軍事優先政治」の正当性を強調しようと、反米感情を鼓吹している。
 ・ 指導者が誰であろうと、北朝鮮の経済を改革し、住民たちが豊かに住めるようになることを希望する。

 正男氏自身、望まなかった本の出版と同時に、五味氏とのコンタクトは途絶えました。
 中国政府の庇護の元、政治的発言を避け、隠遁生活を送っていたにも関わらず、5年後マレーシアの地で生涯を閉じた訳です。

 たらればの話は意味を成さないけれど、聡明かつバランス感覚に優れた彼がTOPに立っていたとすれば、国際情勢は随分違っていたかもしれません。

サブリースの落とし穴

 昨日のブログで、大手サブリース会社の訴訟問題を取り上げました。
 今日はもう少し深堀りします。

 この問題の根っこは、会社と建築主双方が、「アパート経営」から乖離し、「投資ビジネス」に傾注した点にあります。
 本来、「アパート経営」で最も重視すべきなのは、入居者ニーズの先読みです。

 立地、設備、間取り、仕様、そして家賃。
 これらが全て、入居者ニーズとマッチするなら、満室経営は実現できます。
 そのためにはまず、安くて良い建物を建てるという、基本的な部分を押さえておかなければなりません。
 
 立地を間違えたり、家賃が高過ぎたり、間取りが悪いと、入居者がつき難い。
 結果、家賃をダンピングしなければならない。
 こうした、トライ&エラーを繰り返しつつ、改善していくことで、次第に正解に近付けられます。

 ところが、供給側もオーナー様も、投資商品として捉えているため、
 「保証賃料は幾らか?」 「利回りは何%か?」 という枝葉末節しか論じません。

 ・ 隣の音が丸聞こえの薄い壁
 ・ 雨だと使えない庇無しの洗濯物干し
 ・ ひとり暮らしにも狭すぎる6帖居室・・・

 こうした物件が、粗製乱造され続けた理由もここにあります。
 しかも、この安普請の木造アパートは、驚くほど高額でした。 
 通常の市場原理からすれば、高額&粗悪な商品は売れる訳がありません。

 知名度のあるタレントをイメージキャラとして起用し、TVCMを大量に流し、会社の信用力を高め、「〇〇年一括借り上げ」の強みを前面に押し出し、遊休土地の地主様にローラー営業をかけていく訳です。
 認識の浅い地主様なら、赤子の手を捻るようなものだったでしょう。
 
 今回の訴訟は、賃貸住宅に携わる全てのステークホルダー(利害関係者)に、アパート経営の本来の意味を問いかける事件だと思います。

人柱とする選択

 全国で相次ぐ、大手サブリースメーカーに対しての訴訟問題が報じられています。

 「一括借り上げ賃料は、十年間固定と言われていたにも関わらず、期間途中の見直しにより13%引き下げられた。
 『会社がつぶれてしまう』と言われ、やむなく減額に応じた。
 その後業績が回復したにも関わらず、家賃は戻らない。」

 一般的に、サブリースした場合の地主の表面利回り(年収÷投資額)は、良くても10%。
 先述の場合、減額により利回り部分が吹っ飛び、文字通り「やらなきゃ良かった」ケースです。

 サブリース会社は、20~30年という長期に渡って一括借り上げをします。
 仮に、家賃設定7万円の部屋を6万円で借り上げた場合、会社側は毎月1万円の儲けです。

 しかし、建物が古くなれば、家賃は下落していきます。
 当初7万円の家賃も、10年後には6万円、20年後には5万円と下がっていくのは市場の節理。
 従って、何年か毎に家賃見直しをしなければ、会社が持ちません。

 それでも、新築受注が多く取れれば、逆ざや分が薄められ、何とか維持できます。
 裏を返せば、サブリースとは、新築を受注し続けなければならない自転車操業のビジネスモデルなのです。
 
 先述の会社は数年前、建築受注が急減し、「倒産するのではないか」という噂が流れていました。
  『会社がつぶれてしまう』という会社側の説明は、あながち嘘では無かった訳です。
 
 新築を捨て、サブリース会社として奇跡の復活を遂げたこと自体は、称賛に値します。
 しかし、起死回生の切り札は、無情にも、オーナー様を人柱にする選択だった訳です。 
 
 この記事をSNSでシェアした際、古くからお付き合いのある某オーナー様から、次のコメントを頂きました。
 「そもそも、サブリースに頼らないといけない賃貸経営はどうかと思います。」

 まさに至言です。

点と線と螺旋

 賃貸住宅最大手の大東建託が、大きく変わろうとしています。
 平たく言えば、アパート建築提案、一括借り上げ、入居斡旋の三社に分社し、各々が専業するスタイルです。

 分業制には功罪あって、一概にどちらが良いとは言い切れません。
 ある程度の規模になれば、効率と専門性を追求する上で、分業はやむを得ないとも思います。

 例えば、我々の様な、賃貸仲介の店舗も、度々分業の是非が問われます。
 ① 管理
 ② 仲介
 ③ 案内
 ④ 入力
 ⑤ メンテ
 ⑥ 集金・・・

 これらを店舗のスタッフ全員で、寄ってたかってこなそうとした場合、繁雑になりがちです。
 あれもこれもと箸だけ付けた挙句、虻蜂取らずに終わることもあります。

 「一つに集中できれば、どれだけ楽なことか・・・。」
 そう考えるのは自然の成り行きです。
 但し、組織を分けるにしても、店舗内で担当分けするにしても、業務に関わる全員が食っていく必要があります。
 
 上記の中で、御客様からお金を直接頂く、プロフィット部門は、①管理料と②仲介料だけで、他はコスト部門です。
 そのコスト部門の人達も含めて、養っていけるだけの見込みがあるのであれば、分業や分担も良いでしょう。
 
 それ以上に大事なことは、業務の流れを掌握した社員の育成です。
 部分だけの「点の仕事」をこなすのでは、流れはおろか、その仕事の意味も判りません。
  
 点と点を結び線にする。
 線の端を引っ張って、らせん状に引き上げる。

 こうしたスパイラルが、社員個々のスキルや仕事観を高めてくれるものと信じています。

沈黙~サイレンス~

 二人の息子を連れて・・・いや連れられて、映画「沈黙~サイレンス~」を観に行きました。
 アカデミー監督賞受賞マーティン・スコセッシ監督の字幕作品ながら、遠藤周作原作の角川映画という異色作です。

 舞台は江戸時代初期の長崎。
 キリシタン弾圧の歴史を通じ、人間の強さと弱さ、信頼と裏切り、糾弾と赦免の対比が、リアルに描かれています。

 改めて感じるのは、人は孤独で弱い生き物だということ。
 だからこそ常に、心の拠り所を欲し、同じ価値観を持つ仲間で群れようとします。
 宗教はその一つの形です。

 一方、そこに属さない人々は、そうした偏執的な動きを恐れます。
 自らを脅かすものとして対峙し、排他的なスタンスを取ります。
 時に攻撃的にもなります。

 また、透かし見える実態無き脅威は、体制を維持する上で極めて有効です。
 政治も外交も同じでしょう。
 韓国や中国が反日教育によって国民を扇動する理由は、日本を仮想敵とすることで政権批判の矛先を逸らし、内なる結束を高めるため。
 「メキシコとの国境に壁を作る」とか、「イスラムの人間は入国させない」とか、過激な某大統領も引き締めに躍起です。

 「虐めグループに逆らったら自分が虐められるので、心ならずもシカトした。」・・・これもしかり。
 友達同士でお茶を飲みながら、その場に居ない第三者を引き合いに出し、テーブルの向いの友達に「ちょっとおかしいよねぇ♪」と賛同を求める・・・これもしかり。

 一見、何気ない言動にも、人が生まれながらにして備えた、自己保身の本能が見え隠れします。

お詫びの言葉

 大いに反省しております。
 個人的かつネガティヴな内容を、安易に取り上げてしまった点についてです。
 しかも、情報が錯綜していたため、結果的に事実とは異なる記事になってしまいました。

 間違いと気付いた段階で記事は削除したものの、一時的に目にした方や当事者や周囲の皆様にご迷惑をおかけしたことを、この場を借りてお詫びしたいと思います。
 いや、間違いか否かは、問題の本質では無いのです。 

 ある意味、不特定多数に発信されるブログは公文書。
 身近な出来事を通じ、自省や自戒や注意喚起や社員教育につながればと思い綴ってきた拙文ではありますが、毎日upする内、いつの間にか感覚が麻痺し、ボーダーラインを引き違えてしまっていたようです。
 
 こうした反省は、この件だけにとどまりません。
 過去を振り返れば、具体的な個人情報こそ伏せてはいるものの、関係者であれば類推でき得る事例も散見されます。
 そこにある心情に、もっと配慮すべきでした。

 文末になりましたが、今回ご指摘を頂いた皆様に、心より感謝申し上げます。

百年の計:後編

 最近では、お客様のために情報をOPENにし早期成約を心掛ける、健全な共同仲介思想を備えた業者が増えてきました。
 松山エリアでは、こうした流れを汲み、物件情報を冊子にまとめた、会員間情報誌が創刊されるに至ります。
 会員間情報誌は、起業間もない若手業者の方にとっても、大変有効です。

 コンビニに例えてみましょう。
 脱サラした経営者が、好立地を選定し、瀟洒な建物を建て、看板を上げ、スタッフを雇用し、開店の日を迎えた。
 ところが、棚に並べる商品が無い・・・。
 会員間情報誌は、まさしくその棚に並べる商品に成ります。
 
 この情報誌の思想を受け継ぎ、IT版として誕生したのが業者間サイト「坊ちゃん」です。
 今、この「坊ちゃん」は過渡期を迎えています。

 システムは一度作って終わりではありません。
 寧ろ、そこからが始まり。
 利用する側の利便性を高めるための、ヴァージョンアップは必須です。
 フレキシブルかつスピーディーな対応を可能とするために、組織改編も求められています。

 改善するためには、決議が要ります。
 議決権を有する理事の方々は、経験豊富なベテラン揃いです。
 であるが故に、ITに関する知識も、必要性も、問題意識も、積極的に活用している現場とは温度差があります。

 しかし、本来協会が重視すべきことは何か。
 やがて協会を背負って立つであろう若手会員の未来に、希望の灯をともすシステムとして「坊ちゃん」を継承していくことでしょう。
 今こそ、百年の計を論じる時です。

百年の計:前編

 不動産取引における報酬は、取引金額の3%(※正確には+α)と定められています。
 一億円の土地を仲介すれば300万円。
 これは、売主もしくは買主の何れか一方から頂ける上限額です。

 一般的には、売主側の業者と、買主側の業者が協力して、取引を行います。
 売主から物件を預かった業者が、併せて買主も見つければ両直取引となり、報酬は600万円に膨らみます。
 できることなら双方から手数料を貰おうと、他社に情報を流さないケースもあります。

 今から20年以上前、自分が不動産業駆け出しの頃の話です。
 購入のお客様から依頼を受け、希望エリアを回っていると、頃合いの売り物件を発見。
 看板の業者に電話してみたところ・・・。

 「うちは、他社に委ねることはしていない。」
 と言下に断られ、取りつく島もありません。

 御客様である売主が「早く売りたい」と願っていて、「買いたい」と希望する買主が居るにも関わらず、仲介業者が私利私欲のために拒むというのは不誠実、不合理、不条理です。
 こうした情報の囲い込みを図る業者は、未だにいらっしゃいます。

 不動産の価格が年々値上がりするバブルの時代ならともかく、今は時間が経てば経つほど、価格は下落します。
 タイム イズ マネー。
 単独仲介の囲い込み業者は、文字通り御客様に損失を与えているのです。     つづく  

アーケード街衰退の訳

 久々に宇和島のアーケード街「きさいやロード」を闊歩しました。
 前職の会社で分譲マンションを販売した際、チラシを持って営業して以来、20年振りです。

 開いている店や、人通りが少なかったのは、水曜定休が理由とのこと。
 それでも、貸店舗の看板が数多く散見されます。
 以前に比較して衰退しているのは間違いないでしょう。

 宇和島だけでなく、八幡浜でも大洲でも、地方のアーケード街は例外なく苦戦しています。
 その理由はというと。

1. 車社会の到来
  昭和の時代の庶民にとっては、バスや電車に乗って商店街を訪れ、買い物をするのが至福の時でした。
  必需品を購入するだけでなく、一つのレジャーであった訳です。
  マイカーが生活の足となった今、郊外型のショッピングモールに取って代わられたのも仕方ありません。

2. ネットショップの台頭 
  かつては、店頭で実際に目で見て、手で触れて、気に入って購入するのが当たり前でした。
  ネットショップなら、出かけなくても、居ながらにして、安価で、良質な商品を、手軽に、迅速に手に入れることができます。
  実際に、今やネットで買えないものはありません。

3. 重荷となったアーケード
  雨天や荒天時にも、安心して買い物ができるアーケードは、高度成長期の豊かさを示すシンボルでした。
  それが今や足かせとなっています。
  間口の広さに応じて割り当てられる、アーケードの維持管理費が経営を圧迫するのです。
  しかも、退店が増えれば増えるほど、踏ん張っている店の負担を重くします。
  商店街によっては、アーケードを撤去する動きもありますが、それにも大きな費用がかかります。

4. 環境変化への対応力
  商店街の中には、昔ながらの店が数多くあります。
  かばん屋さん、呉服屋さん、帽子屋さん、文具屋さん、仏具屋さん・・・。
  暖簾を守り続ける姿勢は素晴らしいと思いますし、昭和レトロな雰囲気は情緒があります。
  しかし、現代の消費者が求める、魅力的な商品があるとは感じません。
  ダーウィンの進化論を引用するまでもなく、環境変化に対応できなければ生き残れないのです。

実務家と評論家の違い

 先日、橋下徹さんがレギュラー出演している深夜番組で、名うての論客との舌戦が繰り広げられていました。
 文字通り政治生命を賭けた大阪都構想や、沖縄在日米軍等の問題について、論客は橋本さんの踏み込みの甘さを指摘します。
 橋下さんの議論の肝は、実務家or評論家の対比です。

 「ではあなたは、この問題について実現可能と思っているのか?
 可能だとすれば、どうやって実現していくのか?

 私は大阪府政、市政を通じ、あそこまでの仕事しかできなかった。
 裏を返せば、あそこまではやれた。

 政治家は、現実と向き合い、実際に物事を進めていかなければならない。
 部分的に切り取って、抽象的な批判をしていれば良いコメンテーターとは違う。
 
 そこまでいうのなら、あなた自身が政治家となってやってみること。
 百歩譲って、コメンテーターの立場であっても良い。
 面白おかしく世間を煽動するマスコミに同化することなく、大局観を持って正しく導くべきだ。」

 やはり実務家のコメントは、一味違います。
 
 沖縄の人々の心の痛みに寄り添うことは重要。
 「在日米軍は直ちに出て行け」と叫ぶのは簡単です。
 しかし、米軍が守ってくれなくなれば、自前の軍隊を強化しなければなりません。
 そのためには、巨額の防衛費が必要です。
 その予算をどうやって捻出するのか・・・。 

 「紛争」と「衝突」の言葉の定義について、国会審議で長時間質問する、どこかの国の野党の様に、重箱の隅を突き、責任の無い批判を論じることは誰にでもできます。
 それをどうやって解決するのかが実務家の仕事。
 ビジネスも同じでしょう。

無報酬トラップ

 弊社には、大株主がいます。
 その方の個人所有物件や、会社所有物件を御預かりすることもあります。
 つまり、キャピタリストでありクライアントでもある訳です。

 資本主義における、会社の支配者は株主。
 市場原理における、会社の支配者は顧客。
 この二つの立場を併せ持つのですから最強です。

 先日、その方から社員に向けて、「賃貸契約書」作成の依頼がありました。
 しかも、無報酬で・・・。
 
 社員は電話を保留して自分に相談します。 
 そう、大株主であろうが、会長であろうが、大統領であろうが、飛び越しでの業務指示はNGでしょう。

社員 「社長、手数料は払わない、と言われているんですけれど良いですか?」
松岡 「無報酬では責任を持てない。 小額であっても手数料は貰うべきだ。」
社員 「・・・判りました。言ってみます。それでも無報酬で、と言われたら受けても良いですか?」
松岡 「その選択肢を持った上で臨めば、交渉には必ず負ける。」
社員 「・・・。」

 社員が社長と相談しているのは、電話の向こうにも筒抜けでしょう。
 最終的に、「宅建士としての責任」をかけて押し戻し、契約書の雛型のみを提供することで着地しました。
 良くやったと思います。

 ある意味これは踏み絵です。
 「普段から仕事を与えているのだから、これぐらいサービスしろ!」
 こうしたトラップを仕掛け、あっさり引き下がるようであれば、飛んで火に入る夏の虫。

 1. 契約書の重みが判ってない
 2. 資格者としてのプライドがない
 3. 売上・利益への執念がない

 会社は、一円でも多くの利益を上げ、配当によって資本家に還元する義務を負っています。
 ただ働きを受け入れるのは、ある意味、利益相反の背信行為です。

 「ひるむことなく、毅然とした態度で、主義主張を貫き通した。
 あいつも大したものだ。」

 電話の向こうの人も、大いに感心してくれたものと確信しています。

請求書遅れの対応

 請求書の出し忘れは、誰しも経験があるものです。
 そのこと自体は、然程大きな問題でもありません。

 しかし、毎月出すべき請求書を失念し、数ヶ月後に気付いたとしたら・・・。
 毎月1万円でも、5ヶ月貯めれば5万円。
 塵も積もれば大きな金額になります。

 対法人であれば、先方の資金繰りに影響します。
 先述のケースで、何の前触れも無く、まとめて請求書を送りつけてこられたらどうでしょう。
 
A 何事も無かったかのように支払いしてくれる
B 小言を言われ、再発防止に釘をさされた上で、渋々払ってくれる
C 払わない
D 払った上で、取引停止

 基本的にAはありえません。
 そうした会社はノーチェックですから、仕事せずに請求書だけを送り付ける詐欺にも引っ掛かります。
 そんな杜撰な処理を繰り返していたら、早晩つぶれてしまうでしょう。

 かといって、Cの様に払わないのはNG。
 請求書が遅れても、請求権は消えていないのですから・・・。
 従って、数ヶ月分の請求書をまとめて受け取った場合の判断はBかD。
 
 何の説明も謝罪もなく、数ヶ月分の請求書を不躾(ぶしつけ)に送ってくるとすれば、Dの取引停止でも良いかもしれません。
 それでもBP(ビジネスパートナー)として付き合っていこうとするならば、そのBPを指導・教育するだけの広い心で対応する必要があります。
 
 叱るのも良し、顛末書を出させるのも良し。
 それはあくまでも、取引停止したくないがための愛情です。

やむにやまれぬ大和魂

 明治維新、江戸無血開城の立役者である山岡鉄舟という人物を、西郷隆盛は次の様に評しました。

 「金もいらぬ、名誉もいらぬ、命もいらぬ人は始末に負えぬが、そのような人でなければ天下の偉業は成し遂げられない。」

 では、そうした人の心を突き動かすものは何か、というと大義です。

 大義とは・・・。
 「人間として踏み行うべき最も大切な道。
 特に、国家・君主に対して国民のとるべき道をいうことが多い。」

 国家単位に限らず、企業や業界団体も、この教えは当て嵌まります。
 私利私欲や自己保身を目的とした考えに、人はなびきません。
 大義は損得とは別物です。

 時に、自らのポリシーや主義主張を曲げ、損得のために「取り入る」「阿(おもね)る人もいます。
 それは、その人の生き方ですから仕方ないでしょう。
 自分は、そうありたいとは思いませんが・・・。

 「かくすれば、かくなるものと知りながら、やむにやまれぬ大和魂」  

 29歳で亡くなった吉田松陰の気持ちが、54歳にして少しだけ判る立場に成りました。

事後の百手の終焉

 家賃滞納の督促は、管理会社の重要な業務です。
 これができないからと云う理由で、管理を委ねる大家さんも少なくありません。
 
 滞納督促は、基本的に店長を責任者としていますが、難しい案件になると社長が出て行くこともあります。
 先般、4年来の滞納案件に目処が立ちました。

 自分が乗り出した時には、既に数十万円まで膨らんでいたものです。
 本人に連絡すると、完済日時を約束するものの、尽(ことごと)く裏切られるのはお決まりのパターン。

 保証人に連絡をとっても、居留守。
 折り返しをお願いしても、梨の礫(つぶて)。
 内容証明を何通送っても、反応なし。

 仕方なく、支払督促の手続きを取ります。
 裁判所には、何度足を運んだことでしょう。
 仮執行宣言に漕ぎ着けた段階で、やっとのことで保証人と本人から、取り下げ要請が来ました。

 全員揃って事務所に来て貰い、連帯保証人の義務を説き、滞納分の分割払いの協議を終えます。
 しかし、それからも支払は滞り、その度に保証人を呼び出し、本人に呼びかけ、足かけ四年の歳月をかけてやっと完済。
 これまでの出来事が走馬灯の様に蘇り、感慨ひとしおです。
 
 本当に、多大な時間とエネルギーを要しました。
 そして、この案件からの学びは二点。

 1. どんな難しい案件も、熱意を持って行動を起こせば何とかなる
 2. 溜まったものを回収するよりも、溜めないための早期督促

 事後の百手よりも、事前の一手です。

SNSの友達は友達?

 「ライン」「ツイッター」「フェイスブック」「インスタグラム」・・・。
 遠くに居る(友達)や、近くでもなかなか接触できない(友達)が前向きに生きている近況を、スマホやパソコンで手軽に知り、コミュニケーションが図れる。
 SNSは多様化しています。

 個人的には「facebook」しか使いません。
 「LINE」は、親しい友人や家族間でのメール機能のみです。
 何故「facebook」かというと・・・。

 原則、実名登録&友人間に限られるため・・・。
 1. 情報の信用度が高い
 2. ネガティヴな投稿が少ない

 時に、否定的な書き込みを目にすることもありますが、ごく稀です。
 百歩譲って、相手のことを思っての注意であれば、メッセージで本人だけに諭せば良いでしょう。
 皆が見るタイムライン上で批判したのでは、公開裁判です。

 更に、書き込まれた側が反論し、賛成派や反対派の意見が入り乱れることもあります。
 そうしたやり取りを目にするのは、あまり気持ち良いものではありません。

 正直、「そんなに議論がしたいのならツイッターでやって下さい」と言いたい。
 何より、「そもそも貴方達は(友達)なんじゃないの?」と思う訳です。
 
 まあ、「facebook」の(友達)の中には、一度もリアルに会ったことのない人もいたりして・・・。
 私は、線引きとして、面識の無い方からの、メッセージの無いリクエストはお断りしています。
 何れにせよ、目にして心地よい、微笑ましい、なるほどと頷ける・・・そんなコミュニティにしたいものです。

責任を持ってパスをつなぐ

 半世紀以上人生を生き、四半世紀以上業界の仕事をしておりますと、それなりに人脈は拡がります。
 売買は自ら担当者としてこなすものの、賃貸については、社員に振るのが一般的です。
 
 先般、某知人から「一戸建ての住宅に入居者を斡旋して貰いたい」という、有難い依頼を受けました。
 自分が仕事を振る際は、間違いの無い様に、知り得る限りの情報をメールで送ります。
 現地確認の希望日時も聞いていたので、直接連絡する旨の指示をしていました。

 後日、別件でその依頼主と会う予定の朝。
 念のためにと思い依頼した社員に、「連絡してくれたか?」と確認したところ、返事は「まだ」。
 依頼主と会うのは、二時間後です。
 
 その場で早急に連絡する様指示をし、目の前でアポ取りの電話を見届けます。
 その甲斐あって、後ほどお会いした依頼主からも、「連絡して頂き確認して貰いました。ありがとうございます。」と丁重な御言葉を頂くことができました。
 
 仮にもし、自分が確認していなかったとしたらどうだったでしょう。
 依頼主と会った際、「松岡さん、連絡いただけていないのですが・・・。」と、信頼を裏切る結果になった筈です。
 先だってのクレーム事例を通じて、「完了を見届けるまでが管理職の仕事」と説きましたが、何とかその役割を果たすことができたとも言えます。
 
 紹介情報をいい加減に扱うと、紹介者の顔をつぶすことにも成りかねません。
 紹介を受けたら、速やかにアクションを起こし、進捗は適宜紹介者に報告し、成約に成った際には御礼を云う。
 これは人として当然のマナーです。

 会社組織の中で仕事をするということは、ラグビーも同じ。
 パスを受けたら、自らが責任をもって次につなぐ。
 最終的には、つないだボールを持ち込んでトライする。

 パスを受けたにも関わらず、そのボールを放置しているようではゲームに成りません。

病欠減給アルバイト問題

 某コンビニでアルバイトの女子高生が病欠し、代わりを探さなかったことを理由に店側から減給制裁を受けた事件について。
 自分は決して、オーナーの対応を支持するつもりはありません。
 やり方は明らかに間違っていたと思いますし、告発した女子高生の気持ちも分かります。

 ただ、この問題に対し一歩引いた上で、高所から俯瞰したマツコ・デラックスさんのコメントには、大いに共感しました。

 「労働ってそんな簡単なことじゃなくて、ブラックってよく言うけどブラックかホワイトっていう問題でもない。
 ほぼグレーでみんなやってるわけじゃない? 
 そのうやむやの中でみんながバランスを取りながら労働をしていくっていうのが社会。
 そこを全部、四角四面に労働基準法というものだけで判断をしてやったときに、はたして社会って成立するのかな?」

 例えば、制限速度40㎞の道路を41㎞で走ったら即検挙・・・。
 法律とはいえ、それが当たり前になったとすれば、果たして住み心地の良い世の中と言えるでしょうか。

 経営者の立場にある自分が、同じコメントをしたらアウトでしょう。
 かつてコンビニでバイト経験のある、経営者ではないマツコさんの発言だからこそ、言葉に力を持ちます。

 そもそも論で言えば、経営者=強者、従業者=弱者という決め付けの元、弱者救済の色濃く定められた労働基準法の矛盾に、社会はそろそろ気付くべきです。
 
 労使相互が権利と義務を主張し合い、損得だけを論じる関係性の中で、到底仕事観は育まれないし、やり甲斐は得られません。
 双方が互助の精神で支え合い、感謝と笑顔の溢れる職場環境を目指したいものです。

社会的手抜き

 悪しきクレーム対応の事例がありました。

・ 日中、トイレの排水不良のクレーム連絡が店舗に入る
・ 電話を受けた内勤のAさんが、Bさんに振る
・ Bさんが、窓口C社に対応をお願いする
・ C社はパッキン不良と見込み、電気の下請D社に対応を依頼
・ 給水不良でタンクがなかなか満水にならないのが原因とD社が確認
・ 下請D社は畑違いのため、窓口C社に差し戻し
・ C社は、専門業者のE社を手配するとFさんに連絡
・ C社が手配するものと思っていたら、翌日御客様から御怒りの電話
・ その電話を受けたGさんが、C社に連絡するものの連絡つかず・・・

 さて、ABCDEFGと、登場人物は7人。
 社員目線で言えば、「C社が悪かった」ということなのでしょう。
 しかし、自分は必ずしもそうとは思いません。
 
 登場人物の全てが、次にトスしたら、自分の役割は終わり。
 完了を見届けようとした人は誰一人居ない。
 お客様の不都合や迷惑は、全く眼中に無いのです。

 例えば女性の場合、音消しのために水を流し、用を足した後に流そうとしても、水が溜まらないので流せない。
 すると、寒いトイレの中で、ずっと佇(たたず)んでいなければなりません。

 お客様が何を求めているか、心の声に耳をそばだてようと、CIS(顧客感動満足)運動を展開しながら、今回、御客様の焦燥感や逼迫感を切実に受け止められなかったことが非常に残念です。  

 ステージで歌を唄うとしましょう。
 一人で独唱する。
 大勢で合唱する。
 前者に比較して、後者は確実に声量が小さくなるそうです。

 自分がやらなくても、誰かがやってくれるだろう。
 心理学ではこれを、「社会的手抜き」と言います。

私心なかりしか

 ここ一週間、毎日の様に業界団体の仕事に携わっています。
 先日の常務理事会は、問題山積で、午後の時間がつぶれました。

 「協会業務でメシが食えるか?」
 本音としては、「もっと本業に集中すべきだ」と呼びかける、もう一人の自分との葛藤もあります。

 狭義な意味合いからすると、協会の立場や役職や人脈が、本業に寄与する部分も否定できません。
 協会を取り巻く人脈によって、場面によっては大いに助けられています。
 
 広義・大義としては、業界の社会的地位の向上が錦の御旗でしょう。
 一般の方の中にはいまだに、不動産業者に対して、丸め込まれたり、そそのかされたり、騙されたりするイメージを持つ方もいらっしゃいます。

 いや、イメージだけでなく、私自身もそういう業者を沢山見てきました。
 宅建主任者が宅建士と名を変えた今でも、一掃されたとは言い難いのが実情です。

 だからこそ、医者や弁護士同様、宅建士を信用・信頼の代名詞にしたいと、心の底から思います。
 なによりも、業界をリードする協会の質を高めるべきです。
 
 そのためには、協会を構成する理事各々の品性を高め、人格を磨く必要があります。
 理事に名乗りを上げるからには、自らの胸に手を当てて、相応しいか否か自問自答しなければなりません。

 「動機善なりや、私心なかりしか」
 まずは己の、自省・自戒からです。

見届ける管理職

 管理職の管理とは何かというお話しです。

 指示、命令することだけでは、管理として不充分。
 大事なのは、完了を見届けることです。
 勿論、部下のレベルによっても違います。
 
 レベル4 : 管理者の意図を汲んで、言わずとも実施し、完了報告できる
 レベル3 : 指示を受ければ、速やかに実施し、完了報告できる
 レベル2 : 指示を受ければ、速やかに実施するが、報告ができない
 レベル1 : 指示を受けても実施しないし、報告もしない

 過去のメールを掘り起こし、「〇月〇日にメールで指示していただろう!」と部下を叱責する。
 良くある光景です。

 しかし、長く付き合っていれば、その部下がどのレベルの人間か判っているものでしょう。
 「こいつは恐らく、指示しただけでは、なかなか動かないだろう。」
 そう思うのであれば、「あれどうなった?」という中押しも、「やってくれたんだよね?」という駄目押しも必要です。

 まずもって、一方的な指示だけではいけません。
 〇月〇日の〇時まで、と明確な期限を切り、「承知しました。必ずやっておきます。」と相手の言葉で受託を確認しておくこと。
 
 性悪説に則った管理は、部下を信頼していない訳ではなく、御客様との約束をより重視してするからこそです。

一筋の光明

 先日行われた、某団体の委員会でのお話しです。
 数年越しに及ぶPJ(プロジェクト)は昨年、一つの事件をきっかけにして混迷しました。
 先週から今週にかけても、大きな波風が立ち、翻弄されています。
 我々は、うねりに呑み込まれまいと、軟着陸目指して奮闘中です。
 
 会議も常に波乱含みで、紛糾を余儀なくされます。
 ともすれば、内容が充分に理解できず、傍観者に終わる。
 或いは、重箱の隅を楊枝で突く、無責任な批判家。
 そうした参加者が多い中、先日の委員会ではT理事から、次の御発言を頂きました。

 「個人的に、この計画については賛成のスタンスです。
 これまでグレーゾーンであった問題も、今日の説明を聞いて納得しました。
 その上で、敢えて申し上げます。
 こうした取り組みによって、組織的な受け皿が整ったとしても、肝心のシステムの使い勝手が改善されなければ、熱心なユーザーが去っていってしまう恐れがある。
 今回の改革を機に、かねてより懸案であるヴァージョンアップに関して、迅速性を持って取り組んで頂ければ幸いです。」
 
 委員として、自らのスタンスを明確に意思表明した上で、現状の問題点を浮き彫りにし、改善の方向性を示す。
 実に建設的な意見でした。

 大袈裟では無く、業界の地位向上という大きな使命に、一筋の光明を見出した瞬間です。
 こうした前向きな考えを持った委員が過半を占める様に成れば、きっとこの団体の未来も拓けてくるでしょう。

欲張らない投資

 先日の勉強会は、主宰である宮川さん自らが登壇されました。

 一般的な投資のイメージは、ハイリスク・ハイリターン。
 一攫千金で大儲けする時もあれば、大損する時もあります。
 
 実際に、十年ほど前のリーマンショックで大損した話しや、近年のアベノミクスやトランプ相場によって大儲けした話しは、間接的によく耳にしました。
 宮川さんが推奨するのは、こうした振れ幅の大きい、リスキーな投資ではなく、タイトルの通りの「欲張らない投資」です。

 日本の今の目標は、毎年2%のインフレ誘導。
 仮に定期預金の金利を0.3%とした場合、毎年1.7%ずつ資産が目減りしてしまいます。
 自らの資産を守るために、せめて2%程度の運用益を目指そうという考え方です。 

 キャッシュや、国内債券、外国債券、国内株式、外国株式・・・。
 これらの商品を組み合わせ、為替ヘッジも取り込んで、ひとつが下がっても他で補える、安定的な運用を目指します。
 
 一つの国や一つの会社や一つの通貨だけを見ると、凸凹はあって当然です。
 しかし、相対する商品を組み合わせてバランス投資を心掛ければ、確実性が増します。

 宮川さんが最後に言われた言葉が響きました。
 「凸凹はあったとしても、長期的な傾向は必ず右肩上がりになる。
 何故なら、昨日よりも今日、今日よりも明日が豊かになるという経済成長は、人類にとって原理原則だから。
 そこを否定すれば、パソコンも携帯電話もない、江戸時代同様の生活レベルを受け入れないといけない。」

 投資とギャンブルとは別物。
 宮川さんの判り易い説明により、理解できました。

ボージョレーのコピー

 先日行われた広告研修に参加できなかったのですが、御厚意で資料を頂きました。
 今や賃貸住宅も、インターネット広告が主流。
 
 お店側は、どうにかしてユーザーに見て貰おうと、キャッチコピーに知恵を絞るわけです。
 しかし、何を謳っても良いということではなく、広告表示は法律で規制されています。

 例えば・・・。
 「松山一の眺望」「他に類を見ない抜群の環境」・・・といった表現は誇大広告で、客観的なデータの裏付けが無い限り使えません。
 「オートロック完備で安心」「石手川公園徒歩2分でペット散歩に最適」といった、具体的な内容で、魅力的に見せなければならない訳です。
 以前、TV番組で特集されていた、ボージョレー・ヌーボーのキャッチコピーは、不動産なら確実にアウトでしょう。

1998年 「10年に一度の当たり年!」
1999年 「品質は昨年よりも良い!」
2001年 「ここ10年で最高!」
2002年 「ここ10年で最高と言われた01年を上回る出来栄え!」
2003年 「100年に一度の出来!」
2005年 「ここ数年で最高!」
2006年 「昨年同様、良い出来栄え!」
2009年 「50年に一度の出来栄え!」
2010年 「2009年と同等の出来!」
2014年 「2009年の50年に一度の出来を超える味わい!」 
2015年 「今世紀で最高の出来!」

 ・・・ということで、突っ込みどころは満載。
 98<99<01<02<03<05=06<09=10<14<15
 このコピーをそのまま受け止めるならば、ボージョレー・ヌーボーの品質は、近年飛躍的に上がり続けており、えもいわれぬ味わいを醸し出している筈なのです。

 そんな中で、唯一ネガティヴなコピーが存在しています。
2012年 「ボージョレー史上最悪の不作!」
 寧ろこうなると逆に、この2012年を呑んでみたいとすら思えたりして・・・。

 消費者に誤認されないよう、正しい広告を心掛けましょう。

キリギリスの末路

 春商戦の2~3月、店舗は無休、社員は週休一日。
 年に一度のシーズンとはいえ、社員の皆様には苦労をかけます。
 
 バブルの余韻の残る平成二年、某菓子店で店長を務めていた頃の話です。
 御菓子が売れ難いとされる、7月OPENであったにも関わらず、爆発的な売れ行きで、一年目年商1億円を突破しました。
 クリスマス → 年末年始 → バレンタインデー ・・・。
 矢継ぎ早にイベントが続きます。
 
 菓子店は、12月が最も忙しいと思われがちですが、実は繁忙期は3月。
 雛祭り ・ ホワイトデー ・ 卒業 ・ 入学 ・ 就職 ・ 転勤 ・・・。
 とにかく目の回る忙しさです。

 その3月が終わった時点で、FC本部が一周年記念の創業祭企画を持ちかけてきました。
 7月OPENなので、当然に創業祭は7月だと思っていたところ、SV(スーパーバイザー)は言います。
 「5月のGW(ゴールデンウィーク)にぶつけましょう!」

 「いやいや、一周年は5月じゃないし。
 GWは、放っておいても売れるし。
 7月の暇な時の方が、準備も万全にできるし。」

 無知な店長は、恥ずかしげもなく、もっともらしい理屈をこねて、声高に反対します。
 しかし、次の方程式を突きつけられて、二の句が告げられません。

 創業祭の広告を打てば、40%売上増が見込める。
 7月の売上期待値 三日間で 50万円 → × 40% = +20万円
 GWの売上期待値 三日間で150万円 → × 40% = +60万円

 暇な時にイベントを仕掛けても、売上増は限定的。
 稼げる時にしっかり稼いでおくのが商売の鉄則、ということです。

 暇な時の落ち込みを底上げしたい・・・という店長の本音は別にあったかもしれません。
 GWくらいは販売員を休ませたい・・できれば自分も休みたい。 
 こんな浅はかな判断をしていると、早晩店はつぶれてしまうでしょう。
 望まなくても、年中GWに成ります。

 幸い、賃貸仲介業は、GWや年末年始や御盆期間中は閑散期なので、長期休暇も可能。
 その分、踏ん張りどころがあります。
 一所懸命仕事をしているアリの姿を横目に、バイオリンを弾き歌を歌って遊び呆けていたキリギリスが、冬を迎えてどうなったか?
 寓話を読み返すまでもありません。

謙虚さという隠れ蓑

 先日のブログで、カルロス・ゴーン流リーダーの条件を綴りました。
 確かに日本人は、「控えめであることを美徳とする文化」が備わっています。
 そして、そう成ったのには、歴史的な背景があります。

【 島国・侵略無し・単一民族・同一言語 】
 旧琉球やアイヌ民族も含めると、一部異論はあるかもしれませんが、大意としての話です。
 「言わずともわかる」「阿吽(あうん)の呼吸」「つうと言えばかあ」・・・。
 日本人同士であれば、コミュニケーション上、大きなすれ違いはありません。
 だからこそ、でしゃばり過ぎない謙虚さが美徳に成り得た訳です。

【 多宗教・多信心 】
 12/24にクリスマスケーキを食べ、12/31に寺で除夜の鐘を突き、1/1初詣で神社の鈴を鳴らす。
 僅か一週間でこの変わり身は、他国の宗教観では考えられません。
 悪く言えば節操が無い、良く言えば他の宗教を排除しない、受け入れの美学です。

 一方、アメリカはどうでしょう。
 様々な人種、様々な言語、様々な宗教観、様々な価値観。
 良いものは良い、悪いものは悪い、駄目なものは駄目。
 そうやって適宜言葉にして、白黒ハッキリさせておかないと、誤解が誤解を招いてしまうでしょう。
 だからこそ、個々人のプレゼン能力が鍛えられるのです。
 訴訟国家たる所以(ゆえん)も、ここにあります。

 さて、リーダーに限らず、ビジネスにおいて率直さは不可欠です。
 謙虚さを隠れ蓑(みの)に、言うべきことを言わないのはいただけません。

 ・ 摩擦や軋轢を恐れる
 ・ 責任を逃れたい
 
 こうした、邪まな理由で発言しないとすれば、それは謙虚ではなく単なる逃げです。
プロフィール

Hideo Matsuoka

Author:Hideo Matsuoka
・生年月日 昭和37年10月30日

・好きな言葉 
今日は残された人生の最初の一日

・信条「先憂後楽」

・尊敬する人 
稲盛和夫 西川広一 松下幸之助

・資格 ①宅地建物取引士
    ②建築2級施工管理技士
    ③マンション管理業務主任者
    ④防火管理者
    ⑤少額短期保険募集人
    ⑥損害保険募集人
    ⑦損害保険商品専門総合
    ⑧不動産キャリアパーソン
・趣味
 劇団AUGAHANCE初代代表
 主に脚本・演出を担当

・経歴 
 中卒後、大工・石工と職人道を歩む
 平成2年 
 ㈱中岡組 (ジョーコーポレーション)入社
 マンション担当役員→常務執行役→管理会社代表を歴任
 平成21年 ㈱NYホーム起業

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