庶民感覚からの乖離

 東京都知事が公用車で、週末毎、神奈川の別邸へと往来していたことが報じられています。
 海外出張時の経費が、余りにも高額であったことも、再度クローズアップされました。
 
 私如きが、この件に関しての是非を問うつもりはありません。
 要職にある方は、移動・出張持の疲労を最小限に留め、戦略的な思考に充てて貰うべきだとも思います。

 自分は、社長職に就いて8年、それ以前の役員時代も含めると十数年、いわゆるエグゼクティヴを務めています。
 その間、出張時の経費は極力抑えるように心掛けてきました。

 原則、飛行機はエコノミー、JRは自由席、フェリーは二等席です。
 エージェントが気を利かせ、サービスでつけてくれた場合のみ、広島行きの高速船で2Fスーパーシートに座れます。

 十年ほど前、御盆期間中の新山口行き新幹線自由席車両に乗車し、品川から京都まで座れなかったこともありました。 
 これは、やり過ぎですが・・・。

 そう言えば、飛行機ビジネスクラス搭乗の経験が一度だけあります。
 航空会社がオーバーブッキングして、変更を”お願い”された、怪我の功名です。

 今でも、タクシーを使うのは年1~2回。
 高速道路利用も、年間3万㎞走行する中で、僅かに数回程度です。

 こうした習慣は、経費削減の意識の高さというより、生来の貧乏性に起因しています。
 言わば「勿体ない病」です。
 
 是非はともかく、TOPの経済観念が庶民感覚からずれてくると判断を誤ります。
 要職に就くのであれば、そこを忘れてはいけません。
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個人情報とは何か

 先日、松山市役所職員の対応が素晴らしかったことを拙文で取り上げました。
 本日は、O市役所職員の対応を取り上げます。
 
 月末に控えた売買契約の重要事項説明書を作成するに当たり、引込水道管の口径を問い合わせた際のやりとりです。

担当 : 判りました。 では所有者御本人にお知らせすることになります。

松岡 : いや、何故そうなるんですか?

担当 : 個人情報ですから。

松岡 : いやいや、水道管の口径が何ミリかは、個人情報ではないでしょう。

担当 : いえ、個人情報です。

松岡 : いやいやいや、個人情報の定義は「特定の個人を識別することができるもの」ですよ。
     水道管の口径が13ミリだろうと20ミリだろうと、個人は識別できないでしょう。

担当 : いえ、私どもとしては・・・。

松岡 : 私どもじゃなくて、水道管の口径は個人情報なんですか?

担当 : ともかく、私どもとしてはですね・・・。

松岡 : 質問に答えて下さい。 水道管の口径は個人情報なんですか?

担当 : はい、私どもとしては個人情報だと認識しています。

松岡 : 判りました。 上司に代わって下さい。

 電話を代わった係長は、個人情報で無いことを認めたものの、
 「担当は4月に代わったばかりで不慣れだったもので。」
 「誰しも間違いはあるでしょう。」
 と、担当者擁護から開き直りに転じ、全く謝罪する気がありません。

 「糠(ぬか)に釘」というか「暖簾(のれん)に腕押し」というか、「馬耳東風(ばじとうふう)」というか・・・。
 途中で腹を立てるのも馬鹿馬鹿しくなってしまいました。

 さて、これを他山の石として戒めなければならないのは、「個人情報」という言葉の乱用です。
 我々も仕事柄、管理物件入居者についての問い合わせを受けることがあります。
 例えば警察の方が来店されて、身分を証明するものの提示があれば協力も惜しみません。
 
 一方で、個人情報保護を盾に、お断りすることも少なからずあります。
 しかし、グローバルな基準からすると、日本人の個人情報の捉え方は明らかに過敏です。

 果たして個人情報とは?
 最低限、その言葉の定義を理解してから使いたいものです。

今だけ、ここだけ、あなただけ

 CS(顧客満足)を深堀すればするほど、真のCSは「贔屓の引き倒し」だと判ります。
 そのポイントは2点です。

1. お客様を選別する
 万人が満足するサービス提供を目指すなら、結果的に誰も満足してくれません。
 「リッツカールトンホテル」は「紳士・淑女」を、サウスウエスト航空は「社員第一主義に共感して下さる顧客」を、各々ターゲットとしているように、お客様を選別し絞り込むことによって、ハイレベルな顧客満足を追求しています。

 それには、「弊社の経営方針を理解できない方は利用して頂かなくても結構」と言い切れるだけの、ぶれない対応が不可欠です。
 勿論、お客様を選別する以前に、社員も選別されます。
 CSは、目の前の顧客に平身低頭したり、迎合したりすることではありません。

2. 今だけ、ここだけ、あなただけ
 先述した「万人が満足するサービス提供」とは、「いつでも、どこでも、誰にでも」。
 追求すれば追求する程、総花的になり、当たり前になり、感動は薄まります。

 例えば、「牛丼50円引きセール」等は、その典型でしょう。
 安さにひかれ足を運んだとしても、万人共通の当たり前のサービスからは感動は生まれません。 
 別の牛丼店が値下げをすれば、そのお客様はそちらへたなびきます。
 バーゲンハンター、もしくは甘い実だけを摘み取るチェリーピッカーと言われる人種です。

 これが、「会員限定」「学生限定」「女性限定」となると、少し意味合いは違ってきます。
 サービスを受ける範囲が狭められる程、優越感は増し、店舗への帰属性・・・いわゆる御得意様意識が高まる筈です。

 「いつでも、どこでも、誰にでも」から、「今だけ、ここだけ、貴方だけ」へ。
 標準化やマニュアルでは決して実現し得ない、感動のパーソナルサービスを追求していきましょう。
 お客様の喜びを自らの喜びとする社員が活き活きと働く職場環境は、そこから創造されます。

CIS~顧客感動満足~

 エイブルでは、CS(顧客満足)を更に発展させて、CIS(顧客感動満足)を目指しています。
 同様に、ES(社員満足)も、EIS(社員感動満足)と位置付けています。
 では「満足」と「感動満足」の違いは何でしょう。

 そもそも、「感動」が無ければ「満足」はありません。
 何故なら、「満足」度の公式は、実績/期待(期待値分の実績)だからです。

 例えば、友人からカレーの美味しい店を教えて貰うとします。
 「何より、食欲をそそる香りが違う。
 口に含めば、スパイシーでコクがあって・・・。
 俺的には日本一美味しいから、是非食べてみて。」

 「外食を軒並み食べ歩き、グルメブロガーとしても知られる彼のお勧めなら間違いないだろう。」
 この時点で、期待のハードルが思いっきり上がります。
 いざ食してみると、「確かに美味いのは美味いが、そこまでじゃないな・・・。」
 この場合、分母の期待が高過ぎて、実績が追いつかず、感動に至りません。

 実際、20~30年前であれば、美味い店は限られていました。
 最近では、ラーメン屋でも、居酒屋でも、とにかく美味い店が増えています。

 豊かで、モノ余りな世の中において、舌の肥えたお客様を納得させるために、食材の吟味や味付けを創意工夫し、競争を勝ち抜いてきたお店だからでしょう。
 裏を返せば、それなりの味、それなりのもてなし、それなりの価格で勝負する外食店は、下りエスカレーターに運ばれ、静かに退場していったに違いないのです。

 これからは、ちょっとやそっとでは満足できない、ハイレベルなお客様の声に耳をそばだて、懐に飛び込み、心の琴線を奏で、期待を超える感動をもたらすことのできる企業のみが生き残ります。      

打てど響かぬ梨の礫

 お客様(オーナー様)から電話を受けた際、営業が接客中だと、
 「只今、接客中なので、終わり次第おかけ直し致します。」とお答えし、メモを残すのが一般的な対応です。
 一般的ですが、ここに落とし穴があります。
 
 待っているお客様にすれば、せいぜい30分程度の認識でしょう。
 長い時には、接客が一時間以上かかり、そのまま案内に出て、帰社後も商談に成り、2~3時間に及ぶことも珍しくありません。
 
 電話を受けた人は、メモを残して業務終了という意識になってはいないでしょうか?
 電話を待っているお客様からするとそれは、打てど響かぬ梨の礫(なしのつぶて)です。
 昨年来、松山南店では、何度かこうしたクレームが入っています。

 当初は、「目の前のお客様との板挟みなのだからしょうがない」とすら思っていました。
 しかし、改めて冷静に振り返れば、それは不遜な考えです。
 
 再発防止策として、以下の手順を提案します。

1. 「申し訳ございません、只今〇〇は接客中です。
  商談が長引くかもしれませんので、内容をお伺いしても宜しいでしょうか?
  できることであれば、代わって対処させて頂きます。」
  
2. どうしても〇〇さんでないといけない場合。
  「かしこまりました。
  長くなりそうなので、途中キリがついた段階で、一度御連絡差し上げる様に申し伝えます。」
  その後、商談中の同僚にメモを通す。
  目の前のお客様は、その状況を見ていますから、ある程度理解して下さいます。

 メモを残して終わりではなく、解決を見届けるまでが電話取り次ぎの仕事です。
 そして、一人の力ではどうにもできないことを、全員でフォローするのが組織力。
 失敗を糧にして、よりよいサービス提供につなげていきましょう。

下りエスカレーター

 昭和20年、日本の人口は約7000万人。
 それから40年程で、1億2000万人を突破しました。

 戦後焼け野原から、 貧困、困窮を乗り越え、急速に豊かになり、鮮やかな復興を遂げた高度成長期。
 品質が劣悪でも、味が不味くても、お客様を蔑(ないがし)ろにしても、モノさえあれば売れていく時代でした。
 例えればそれは、昇りエスカレーター。
 乗っかってさえいれば、自然と上の階へと導かれます。

 ところが今は、そしてこれからはどうでしょう。
 世の中にモノは溢れ、収入は次第に減っていきます。
 抜群の品質、飛びきりの美味しさ、突出したサービス・・・。
 そうした差別化の要素だけでなく、お客様が値ごろ感を抱かなければ、モノは売れていきません。

 クオリティ(品質) × プライス(価格) = バリュー(価値)

 加えて、既に頭打ちとなった人口は、これから50年かけて7000万人に戻ると言われています。
 毎年100万人ずつ減少・・・さながら「今年は香川」「来年は徳島」・・・と、年に一県ずつ減っていく様なイメージです。

 確実に人口は減少、市場は縮小。
 お客様の絶対数が減るのですから、多額な宣伝広告費を投下しても、これまでの様な反響は期待できないでしょう。
 まさに下りエスカレーター・・・即ち、今までと同じやり方や、少々の努力は通用せず、後退を余儀なくされます。

 だから、目の前のお客様を大切にして、ファンを増やし、リピートや紹介を貰う以外に、成長・発展の術はありません。
 これこそ、お客様満足が大事だと言われる、決定的な理由です。

一意専心:後編

 本日は、足下の悪い中、総会参加頂きまして、ありがとうございます。
 また、大洲市長の清水様、県議会議員の岡田様におかれましては、御多忙な時間を割いて御参会頂き感謝申し上げます。
 今日の今日まで、用意した原稿を読み上げようと思って準備しておりましたが、昨今の状況を鑑み、まったく違う話をしたいと思います。

 皆様御承知の通り、九州では今、熊本大震災の被害に苛まれています。
 多くの尊い命が失われたことにつきまして、哀悼の誠を捧げます。
 また、九州全域に渡って、数多くの被災者がいらっしゃる訳です。

 同じエイブルの看板を掲げる熊本県の熊本地所様は、県内に9店舗を展開しています。
 やはり、被災により休業を余儀なくされていましたが、内8店は一昨日から営業を再開されたそうです。
 スタッフもまた、家族や自宅が被災し、大変な状況下にありながら、一早くOPENさせたのは、自宅を失って困窮している方々にお役立ちをせんがためです。
 営業再開の日、トータル38組の方が来店され、その内32組の方は被災者でした。
 
 我々のエリアでも、多くの方々が、震災への恐怖を新たにしています。
 ある管理物件の入居者から、
 「もし、四国で大地震が起こったら、私たちの命は大丈夫なのか?」という問い合わせが入りました。

 そのマンションは古いものの、昭和56年以降の新耐震基準の物件です。
 「絶対大丈夫ということは言い切れないものの、一つの事実をお話しします。
 阪神淡路大震災で直下型地震に見舞われた際、神戸市内には1,400棟の分譲マンションがありました。
 全壊したのは5% 70棟です。
 その内、実に69棟までが旧耐震基準。
 残りの一棟は、手抜き工事で有名な地場工務店でした。
 即ち、新耐震基準であれば、命を守る器に成り得たという実証記録なのです。」

 今回の震災でも、多くの建物が倒壊し、住人の方が圧死しています。
 そして、その殆どが、旧耐震基準であったそうです。

 我々は皆、土地・建物を扱うことを生業としています。
 こうした歴史的な背景を踏まえ、プロとしての使命感を持ち、責任ある仕事を行って参りましょう。

 甚だ意は尽くせませんが、御挨拶に代えさせて頂きます。
 本日は誠にありがとうございます。

 再び大役を仰せつかりましたが、一意専心の覚悟で務めたいと思います。   以上

一意専心:前編

 大洲宅建協会の総会が開催されました。
 
 「過去二年間、充分な働きもない中で、会長再任の御指名を賜りましたことは汗顔の至りでございます。
 今後は、これまでの反省を踏まえ、倍旧の努力を致す所存ですので、御指導御鞭撻の程宜しくお願い致します。

 さて、数年前の愛媛県宅建協会の公益社団法人移行を受け、県下各支部は、難しい運営を強いられて参りました。
 組織的には任意団体としての位置付けに留まり、経済的にも非常に厳しいやり繰りを余儀なくされています。
 一部に、その存在意義すら問う声があるのも事実です。
 しかし、県本部と各会員様との橋渡し役として、地域行政や外部団体の窓口として、なによりも地域活性化の担い手として、宅建協会は必要不可欠な存在と確信致します。

 今日は、年に一度の総会の場でございますので、会員の皆様から忌憚のない意見を拝聴できれば幸いです。
 意は尽くせませんが、挨拶に代えさせて頂きます。」

 以上、事前に原稿を書いて準備していました。
 しかし、当日になって急遽、思うところがあり、まったく違う内容をお話しすることになったのです。    つづく 

栄光に近道なし

 4月第三水曜日は、定例の全社会議。
 エイブル本社からSV(スーパーバイザー)二名をお招きし、繁盛期の振り返りと研修を行いました。

 社員の戸惑いの理由は三つです。
 1. 今、どこにいるのか判らない
 2. これから、どこに向かおうとしているのか判らない
 3. そこへ、どうやって行けば良いか判らない

 自分の伝えたかったことと、SVの講義の内容は上手く噛み合い、
 「今、どこに居るのか」
 「これから、どこへ向かおうとしているのか」
 「そこへ、どうやって行くのか」
 それぞれの答えを導く結果に成りました。

 研修カリキュラムは基本的な事柄であり、受講した社員にとっては「聞いたことがある」「知っている」内容だったかもしれません。
 しかし、習得レベルには段階があります。

 ① 聞いたことがある
 ② 内容をしっかりと理解している
 ③ 実行したことがある
 ④ ルーティンとして定着している

 「何度も聞いている話を今さら・・・」
 「目から鱗(うろこ)が落ちる様な話を期待していたのに・・・」
 もし、そんな考えが過ったとすれば、あなたは不遜な人です。
 
 「栄光に近道なし」  元阪急ブレーブス投手 山田久志

 ビジネスも同じ。
 成功への道程は、基本的な事柄を、地道に継続する以外にないのです。
 奇策もウルトラCもありません。 

コンビニ=仲介店

 賃貸仲介業の概念をお話しする際、判り易くするためコンビニを例示します。

 地元資本「コンビニ・エヒメ」のカップ麺の棚は、「カップヌードル」「どん兵衛」「ラ王」とナショナルブランドの定番商品ばかり。
 わざわざそこに行かなくても、他のコンビニで手に入るし、スーパーならもっと安く買えます。
 賃貸仲介で言えば、ハウスメーカーの商品や、他社管理物件がそれに当たります。

 一方、セブン・イレブンはというと、地域の名店とコラボした「博多だるま」「中華蕎麦とみ田」等、オリジナリティ溢れるプライベートブランドばかり。
 そこに行かないと買えないプレミア感が、購買意欲をそそります。
 賃貸仲介で言えば、手垢の付いていない一般物件といったところでしょうか。
 新商品(新築)なら、更に魅力的です。

 商品棚の豊富感は重要です。
 スカスカの棚では、美味しいものも不味く見えてしまいます。
 しかし、何処にでもあるような定番商品を山積みにしていたのでは、多様化したニーズに対応できません。
 
 繁盛期前の閑散期は、この仕入が肝です。
 地域の名店(一般物件オーナーの元)に足を運び、商品開発の提案と擦り合わせに尽力します。
 
 「もっと生麺に近付けられないか」・・・「和室を洋室にできないか」
 「具材をもっと増やせないか」・・・「設備(シャンプードレッサー)を追加できないか」
 「価格をもう少し抑えられないか」・・・「家賃をもう少し抑えられないか」・・・

 こうした地道な交渉努力によって、お客様(入居者様)の望む商品が出来上がり、支持され、名店(オーナー様)サイドも満足し、コンビニ(仲介店)自体も繁盛します。
 まさにwin-win-win。
 
 賃貸仲介業を、複雑で難しい業界と勘違いする向きもありますが、それは間違い。
 コンビニ等の物販業と何ら変わりません。

ある農夫の一日

 店長会で、繁盛期の振り返りを行いました。
 ヒアリングした状況は、まさにこのことです。

【 ある農夫の一日 】
 『ある農夫が、朝早く起きて畑を耕そうとした。
 ところがトラクターの燃料が切れていたので近くまで買いに行ってきた。
 途中でブタの餌をやっていないことを思い出して納屋に餌を取りに行った。
 すると、ジャガイモが発芽しているのを発見した。
 これはいけないと思い、ジャガイモの芽をとっているうちに暖炉の薪が無くなっていることを思い出して薪小屋へ足を運んだ。
 薪を持って母屋へ向かっていると、ニワトリの様子が変である。
 どうも病気にかかったらしい。
 とりあえず応急処置を施して、薪を持って母屋にたどり着いた頃、日がトップリ暮れていた。
 農夫はヤレヤレ何かとせわしい一日であったと思いながら、一番大切な畑を耕すことができなかったことに気がついたのは床に入ってからであった。』

 出典は定かではありませんが、これほど的を射た表現も無いでしょう。
 毎日毎日、朝から晩まで忙しく動き回り、仕事をした気に成っている。
 ところが、よくよく振り返ってみれば、肝心の目的はさっぱり果たせてない。
 いわゆる、手段の目的化です。
 
 対岸の火事ではありません。
 他山の石として戒めましょう。

我々にできること

 サッカー日本代表MFの本田圭佑選手が4月16日、次のブログをupしました。

 「皆さん、僕にできることは微力で何もありませんが、日本人としてイタリアからただただ気にしてます。
 心配してます。 応援してます。
 多くの日本中の人々が皆さんのことを考えてます。
 皆さんは決して1人ではありません。
 いつも我々が気にしているということをここで伝えさせてください。
 一方、様々な分野で自粛のニュースを目にしますが、僕は間違っていると思います。
 こういう時だからこそ、各々に与えられた役割を行動に移すことが求められているんじゃないでしょうか。
 それなのに多くの場合は、被災者に寄り添うというよりも、
 「商品が売れなくなる」 「批判をされるから」
 と言う理由で、自粛しているのならそれはありえない。
 本当に被災者らのことを思うなら、自粛どころか積極的にやるべきで、それを通じて何ができるかを考えたほうが良いんじゃないでしょうか。」

 実に明快、本当にその通りです。
 ホリエモンも、バラエティー番組の自粛を批判しています。
 表現の違いこそあれ思いは同じでしょう。

 東日本東北大震災の折も、自粛という名の元に外食を控えたり、イベントを中止する動きが相次ぎました。
 しかし、被災地でない場所に住む我々は、しっかりと地に足を着けた経済活動を続けるべきです。

 経済を回せば、会社に利益が残り、雇用が拡大します。
 そうすることにより、法人税や所得税が納税され、間接的に救援の手を差し伸べることができます。
 
 現地のボランティアスタッフで汗したり、寄付を行う直接的な支援に比べ、実感は湧き難いかもしれません。
 しかし、寧ろ前者の方が効果的だったりもします。
 我々にできることから、積極的に考えましょう。

後悔先に立たず

 先日、日本男子ソフトボール西日本リーグ開幕シリーズの応援で、尾道に遠征した際のお話しです。
 熱戦の余韻を受け、バスに乗り込み帰路につきます。

 自分は、SNSを通じて、「高速道路通行止め」「国道11号大渋滞」の情報を掴んでいました。
 今治来島SAで休憩する直前、隣の席の方と「運転手に教えて海岸線回りを奨めようか」という話までしていたのです。
 
 ところが、実行に移しませんでした。
 何故かと言うと・・・。
 
 ・ 通行表示板等で、当然に認識しているだろう
 ・ 交通会社だから、会社から情報が行っているかも
 ・ プロのドライバーだから、総合的に判断するだろう
 ・ そうこうしている内に、通行止めが解除されるかもしれない

 「だろう」と「かも」が幾重にもこだまします。
 「素人が知ったかぶりして口を挟むのは良くない」
 「海岸線が混んでいたら、自分の責任になる」

 様々な思いが去来します。
 ところが、この判断が致命的なエラーだったのです。
 
 車は今治市内を抜け、往路と同じ高速道路に進入。
 そして、当たり前の様に小松インターで下されます。
 向かった先の国道11号線は大渋滞。

 そこで、バスは渋滞を避け、大きく迂回して今治に戻る選択をします。
 尾道を15時過ぎに出て、松山に到着したのは20時前。
 通常の倍を要しました。

 返す返す、「あの時、ドライバーに進言していれば・・・」。
 後悔、先に立たずです。

 知っていることと、実行できていることは違います。
 実行しなければ、知らないのも一緒。
 大袈裟な様ですが、仕事や人生における、貴重な教訓と言えるでしょう。

一体感に満ちた観戦

 ソフトボール日本男子西日本リーグ開幕シリーズの応援に行って参りました。
 日本最高レベルの選手たちのプレーは、何度見ても見応えがあります。

 二試合目の「ダイワアクト」戦は、左腕同士の息詰まる投手戦です。
 オーストラリア代表の剛腕、助っ人外人「アンドリュー・カークパトリック」。
 対する「愛媛ウエスト」は、昨シーズン7勝を挙げ、驚異の防御率1.24を誇る、絶対エース「客野卓也」。
 
 アンドリューの調子は絶好調で、ウエストは序盤、三振の山を築きます。
 そのアンドリューに2ランを打たれ劣勢に。
 終盤6回、庄司が、流れを引き戻すホームランを放ち、追撃の狼煙。
 そして最終7回表、前田のタイムリー三塁打が飛び出し、土壇場で遂に同点。
 その裏を客野が締めて、延長戦突入・・・。

 ソフトボールの場合、延長戦は、各チームがノーアウト二塁から始める「タイブレーク」に成ります。
 8回表、ウエストは見事に勝ち越し。
 ところがその裏、またしてもアンドリューの痛打を浴び同点とされます。
 
 延長9回裏、外野からバックホームの際どいタッチプレーがセーフとコールされ、遂にゲームセット。
 結果はともかく、一進一退の攻防に手に汗握る白熱した好ゲームでした。
 
 相手チームに合わせた選手起用
 チャンスやピンチの際の戦術判断
 ここ一番の集中力を生む、常日頃の鍛錬・・・

 一挙手一投足から、あらゆる要素が垣間見えます。
 重ねて、今回から大太鼓や鳴り物が用意され、息を合わせた応援を展開。
 選手と応援団との、一体感を共有できたのも素晴らしかった。
 
 先週の皆さん、悲願のリーグ制覇に向け、これからも頑張って下さい。
 我々は、頂いた感動を胸に、今日からの仕事に励みたいと思います。

最大最良の弔い

 どうして神は、才能ある方を早々に召されるのでしょう。
 本当に、本当に惜しい方を亡くしました。

 海千山千、玉石混交の業界にあって、一際、清廉で誠実で親分肌で、筋の通った方です。
 決して群れることはなく、諸問題に対して是々非々で判断のできる人でもありました。
 本来であれば、協会のTOPを担うに相応しい器です。
 
 実際、そうした役割を担っていた時期もあります。
 しかし、数年前に病魔に侵され、第一線から退かざるを得なくなったのです。

 人前では決して弱みを見せることなく、笑顔で振舞う姿が、順調な回復を思わせます。
 だからこそ、混迷する中で、再び担ごうとする動きも一部にありました。
 
 「いつ来てもおかしくない。 寧ろ御迎えが来ないのが不思議なくらいな状態。」
 紡ぎ出した言葉から、普段の笑顔とは裏腹な、深刻な体調が見え隠れします。

 皮肉にも、立候補されていた理事選当選の一報が先日届きました。
 残念ながらそれを一日待たずして、吉報は訃報に塗り潰されたのです。 

 通夜の会場は、故人の人柄と功績を偲ぶ多くの参列者で埋め尽くされていました。
 故人の遺志を受け継ぎ、協会運営を誠実に公正に導くことが、残された我々にとって最大最良の弔いになるものと確信しています。
 合掌・・・。

役割としての会長

 二年前から、大洲宅建協会の会長を務めています。
 親会の愛媛県宅建協会は公益社団法人ですが、大洲の協会は任意団体に過ぎません。
 つまり、「免許を受けたら必ず所属しなければならない」という強制的なものではなく、文字通り任意の集いです。

 四国中央、新居浜、西条、周桑
 松山、伊予、今治
 大洲、八幡浜、宇和島

 各地区連絡協議会は、県下10ヶ所に展開されています。
 県本部と地区を結び、地域に密着した活動を推進するためには、どうしても不可欠な存在です。

 しかし、予算は限られており、役員の活動も半ばボランティアと成らざるを得ません。
 かといって、全てがボランティアだということに成ると、手を挙げる人は居なくなってしまうでしょう。
 
 特に、この業界の殆どは、従業員1~2名の家内制事業が殆ど。
 最低限の活動を支えるために、ある程度の会費は必要です。 

 来週に総会を控え、会費徴収に対して懐疑的な方の説得に回りました。
 何とか御理解頂きましたが、当然にこれもボランティアです。

 会長職は、単なる役割であって、偉い訳ではありません。
 社長も同じです。

一番遠い存在

 バドミントンの五輪候補選手が、闇カジノに出入りしていたとして、登録抹消や出場停止の憂き目をみました。
 一部に、厳し過ぎるという声もあります。
 しかし、自分はそうは思いません。

 勿論、溺れる犬を棒で突くようなマスコミの姿勢や、無責任な一般人の誹謗・中傷には、自分自身も辟易とします。 
 人は誰しも過ちを犯す可能性があることや、人として赦す寛容さが大切であることも承知しています。
 ただ、それでも今回の問題は、頭を丸めたり、謝って済まされる性質の問題ではないでしょう。 

 謝罪会見で語った、「勝負の世界に身を置いている以上、そうしたこと(ギャンブル)に興味があった。」という言葉は、言い訳としては最低。
 ギャンブルに興味があるのなら、パチンコや競馬等、合法的に発散する方法は幾らもあった筈です。

 何といっても、薬物や闇カジノは、紛れもなく反社会勢力の資金源に成っています。
 芸人の頂点に君臨していたSさんは、暴力団幹部との付き合いが発覚したことで引退し、球界のスーパースターKさんは、薬物使用で逮捕され、社会的な制裁を受ける・・・これは当然の報いです。

 元巨人軍の名投手「桑田真澄」氏は、次の様にコメントしました。
 「スポーツマンである以上、暴力とドラッグというのは一番遠い存在であるべきだと思う。」

 後を追うアスリート達が、「厳し過ぎる」と受け止めるだけの罰則でなければ、再発防止効果が働きません。
 ましてや、今の精神状態でリオを目指したとしても、真の実力は発揮できないでしょう。
 
 今回の事件で無期限の出場停止処分を受けたM選手は年齢も若く、将来の可能性は開かれています。
 長い人生を考えれば、この躓きも必要なプロセスだった筈です。
 過ちを認め、制裁を受け入れ、四年後の東京五輪に向け、倍旧の努力によって雪辱を期すことを期待しています。

売上の深淵に潜む意味

 今現在抱えている、売買仲介の某案件についてご紹介します。

 元同僚からのご紹介で、最初は一戸建て貸家の家賃交渉の相談から。
 「できれば入居者の方に買って頂きたい。」という意向を伝えたものの、その時点では意欲を高められませんでした。

 一年後、再び売却の相談を受けます。
 意向を受け、入居者の元を訪ねましたが、最初は取りつく島もありません。
 それでも、二度、三度と足を運ぶにつれて態度が軟化し、次第に前向きな意思を示す様に成ります。

 鉄は熱い内に打てとばかり、住宅ローンの事前審査を受けるべく、地元の金融機関の担当者と訪問。
 ところが、自営業のため、申告所得が実態よりも少額で、ローンの申込基準に達しません。
 
 苦肉の策として、今後の給与を増額して貰い、来春の所得証明を以ってローンを申し込む長期戦に切り替え。
 取りあえず住宅ローンの融資実行を停止条件とする契約を交わし、一年後に決済するスキームです。
 イレギュラーですが、この点については、双方の納得を得ました。

 次に、肝心要の金額交渉が残っています。
 売主はできるだけ高い方が良いし、買主はできるだけ安い方が良い。
 そもそも、売主と買主は利益相反です。

 今回も、売り買い双方の希望額には、相当な開きがありました。
 双方幾度となく面談し、説得を繰り返し、擦り合わせの作業を進めます。
 その甲斐あって、先般やっと、手の届くところまで歩み寄ることができました。

 思い返せば、ここまで、相当な時間と労力を費やしています。
 成就した際に得られる手数料見込みは数十万円・・・勿論、この金額も決して少額ではないものの、成就しなければ全て徒労に終わります。
 実際ゴールに至らず、結果、骨折り損のくたびれ儲けに成る案件が大半です。

 ここ2、3年、収益物件市場活性化を受け、億単位の取引を何件かこなし、一撃数百万円の手数料を手にしてきました。
 誤解を恐れずに言うならば、一連のバブリーな取引と比べると、極めて効率が悪い、面倒くさい仕事です。
 しかし、営業としての喜びは、単に金額では測れません。

 苦労が多ければ多いほど、手間暇かければかけるほど、達成感は大きく膨らみます。
 最終的に、双方のお客様にお役立ちできて、笑顔を確認できれば、それこそ望外の喜びでしょう。

 「売買、貸借、何れも双方のお客様から感謝される、中立公正なサービスを提供します」
 「お客様の喜びを自らの喜びとする社員が、活き活きと働く職場環境と創造します」

 毎朝唱和する経営方針に託された、売上・利益の深淵に潜む意味を、今改めて噛み締めています。

ひと時の非日常

 繁盛期の慰労会と新入社員歓迎会と部署異動の壮行会とを兼ねた懇親会を実施しました。
 通常は居酒屋ですが、今回は業務上のお付き合いもあり、国際的なホテル(笑)で実施です。

 丸テーブルには白いテーブルクロス、そして居並ぶナイフ、フォーク、スプーン・・・。
 フォーマルな雰囲気の中では、社員もかしこまり、いつもよりも話のトーンは抑え気味でした。
 最初だけ・・・。

・ スモークサーモンとアボガドのブリニ
・ ボイロドボライユ怪味マヨ
・ 白身魚のバプール伊予柑風味
・ 揚げ茄子のパルミジャーノ
・ ごぼうのピッツア
・ ミネストローネ
・ イベリコ豚のスペアリブ バジルポテト添え
・ ピラフ
・ フルーツ

 一瞥しただけでは、ナニモノか判らない料理が次々運ばれてきます。
 期待を超える美味しさでした。
 マイホームの夢を売る我々ですから、たまにはこうした非日常的な食事に舌鼓を打ち、夢を語るゆとりも大切でしょう。

 さて、今期も残り4ヶ月。
 ややこしい問題も散見されますが、柵に捉われず、養った鋭気をバネとし、夢を現実にする行動力と実行力を発揮しましょう!

ゆとり教育世代

 県外からお越しのオーナー様と会食しました。
 このオーナー様の本職は、国立大学の教授です。
 そこで、ゆとり教育についてお訊ねしました。

 「ゆとり教育世代というものは紛れもなく存在する。
 例えば、期限の意識が弱い。
 卒論等、何月何日までと決められた提出物について全く守られない。
 期限に遅れても、特に悪びれない。
 最後は、何とかなると思っているし、誰かが何とかしてくれると思っている。」

 勿論、個人差はあるでしょうけれど、最高学府の教授が言うのですから間違いありません。
 この話を聞いて思い当たる節があります。

 今年24歳になる、ゆとり世代ど真ん中の愚息の、幼稚園の運動会に行った時のことです。
 障害走ではない、普通の徒競争。
 第三コーナーを回った頃は、先頭と最後尾の差はかなり開いていました。

 ところが、ゴール手前5mのところで、女性の先生が手を拡げて待ち受けています。
 すると、次々にその先生の胸に飛び込んでいき、最後は仲良く全員が手をつないでゴール。
 つまり、序列をつけない方針です。
 
 どれだけ遅れていても、最後は先生が何とかしてくれる。
 一等賞の優越感も、最後尾の劣等感も、称賛も慰めも、競争意識も悔しさも、雪辱を期すど根性も努力も不在。
 恐ろしいことに、そうやって教育されてきた若者たちが、これからの日本を背負って立とうとしています。

 教授のお話しも、私の論評も、あくまでも傾向であり、すべての若者を指すものではありません。

会社は誰のものか:後編

 一つ目は、柳井氏は資本家も兼ねた創業社長、鈴木氏は創業家の信頼を得たサラリーマン社長であるという点です。
 
 鈴木氏は、今回の件を踏まえ、こう語っています。
 「コンビニエンスチェーンを総反対の中で作ってきた私としては、資本と経営の分離が大事だという思いがある。」
 
 その通りです。
 ウォーレン・バフェットの様に、長期保有を前提として企業成長を支えるスタンスならともかく、転売益を目的として短期の利益を最大化することを望む資本家の思うままに経営陣が操られれば、どこかで綻びが出るのは必至。
 資本と経営は、明確に一線を画すべきでしょう。

 もう一点、社長交代劇の中に、親族の存在が影響したか否かです。
 この問題について鈴木氏は、完全否定されました。

 とはいえ、83歳という高齢を鑑み、自らの息子にバトンを渡すべく焦ったのではないかという見方は、あながち邪推とも言い切れません。
 実績が乏しいにも関わらず、異例の速さで出世街道を駆け上がってきた、鈴木氏の次男のキャリアがそれを物語っています。
 それでも決して、鈴木氏の偉大な功績は揺らぎませんが、スーパースターの引き際にしては、余りにも生々しい会見でした。
 
 ここで、鈴木氏の際立った才覚の反動とも言える、問題点が浮かび上がります。

 「いつしか、強過ぎるが故の弊害が社内に蓄積していたに違いない。
 重大な経営判断を30年間に渡って下し続け、流通の神様と称されたカリスマに対し、役員陣はみな思考停止に陥り、鈴木氏を前に委縮した。」 日経新聞

 柳井氏もしかり、鈴木氏もしかり、強烈なリーダーシップの裏返しに潜むリスクは、幹部社員の思考停止と後継者不在。
 いみじくも鈴木氏は、現社長を、こう叱責しています。

 「貴方は何一つ新しいアイディアを出していない。
 経営方針は全て私が打ち出し、貴方はそれに従ってきただけだ。」・・・

 最後に、冒頭で述べた「会社は誰のものか?」というテーマの答え。
 資本主義の原理原則からすると、会社は紛れもなく資本家のものです。
 今回も、資本家の意向が少なからず影響しました。

 しかし、最終的に重要なのは、「鈴木氏無き後の会社が、お客様から支持されるか否か?」。
 「会社は誰のものか?」の答えもそこにあります。        以上

会社は誰のものか:前編

 セブン&アイ・ホールディングスCEOの鈴木敏文氏が退任を決めました。
 マスコミの扱いの大きさが、そのまま鈴木氏の存在感を示しています。

  「セブンイレブン・ジャパン」を率い、日本にコンビニを定着させたのは、紛れもなく鈴木氏の功績です。
 また、公共料金支払い、ATM設置、ドリップコーヒー販売等々、ニーズを後追いするのではなく、先読みする眼力の持ち主でした。
 
 であるにも関わらず、「晩節を汚す」とまでは言わないまでも、花道を飾れなかった原因はどこにあるのでしょうか。
 この問題の根深さは、最終的に「会社は誰のものなのか?」という、重いテーマに行き当たります。

 まず、セブン&アイ・ホールディングスという会社は委員会設置会社です。
 委員会設置会社は、コーポレート・ガバナンス(企業統治)を高めるために導入します。
 平たく言えば、経営TOPを暴走させないための組織です。
 
 まず役員は、最前線で業務執行を行う「執行役」と、経営を監督・意思決定する「取締役」とに分かれます。
 「執行役員」等、名前だけ取り入れている会社も少なくありませんが、本質は全く違います。
 次に、取締役で構成する三つの委員会があります。 

 指名委員会
 報酬委員会
 監査委員会

 それぞれの機能は、読んで字の如しです。
 但し、決めごととして、各々の委員会の構成メンバーは、半数が社外取締役でなければなりません。
 今回の発端は、好業績を続ける「セブン・イレブン」の社長を、鈴木氏が解任しようとしたにも関わらず、指名委員会の構成メンバーである社外取締役が反対の意を表明したことにあります。

 鈴木氏自身が語っている通り、「これまで、自分の意見が通らないことはなかった。」訳です。
 それほどまでに、鈴木氏の判断は正しく、先見性があり、誰も抗えませんでした。
 
 ところが、五期連続最高益を更新し続ける社長を解任することに対し、投資ファンドも、社外取締役も、最終的には大株主である創業家もNOのカードを突きつけ、鈴木氏は退任にまで追い込まれた訳です。
 ある意味、企業統治の仕組みが、TOPの暴走を食い止めたとも取れます。

 この話を聞いて連想するのが、ユニクロを展開する「ファーストリテイリング」です。
 以前、創業者の柳井氏は、玉塚氏(現:ローソン社長)を後継者に指名し、会長に退きました。
 玉塚氏は手腕を発揮し、堅調に業績を上げていきます。

 ところが、「この程度の成長では物足りない」として突然、玉塚氏を解任。
 再び、柳井氏が社長に返り咲きました。
 独断専行の解任劇に見る類似性・・・但し、実は大きな違いが二点あります。         つづく

裁かれない罪人:後編

 以前、「裁かれない罪人」という作品を、劇団のシナリオ公募にエントリーしました。
 お蔵入り確実の駄作ですが・・・。
 罪を犯し獄中の人となった娘「なぎ」と、面会する方言丸出しの母親との、クライマックスでのやり取りです。

母親  そうそう。 
    母さんな、父さんと結婚する前、日曜日毎教会に行きよったんよ。
    さっきの公平君の手紙読んでなぁ、ヨハネの福音書 第八章「姦淫の女」って話を思い出した。
    なぎさん知っとる。

なぎ  ううん?

母親  とある町の住人達が、一人の女を引っ張り出してから広場の中央に立たせよる。
    何でか言うたら、イエスという人がどんだけ立派な人かを試すためによ。
    「この女は姦淫(かんいん)の場で捕えられました。
    モーゼは律法の中で、姦淫の罪人は石で打ち殺せ!と命じています。
    イエス様、あなたはどう思いますか?」言うてな。

なぎ  イエス様は、どう答えたの?

母親  「あなた方の過去を振り返り、一切罪のない者から、この女に石を投げつけるが良い。」

なぎ  みんなは石を投げたのかしら・・・。

母親  ところがよ、まず一人の老婆が、背を向けて立ち去る。
    それから、老いも若きも、男も女も、一人ひとりとその場を離れる。
    ほんでから遂に、その女とイエスの二人だけが残される。

なぎ  何て幸運な・・・。

母親  いんや、それは幸運でも偶然でもない。
    当たり前のことなんよ。
    石を投げる人がおったとしたら、その人は大概、善人じゃないぜ。

なぎ  善人じゃない?

母親  ほしてから最後に、イエスはこう言うた。
    「誰も居なくなったのですね。
    私もあなたを裁きません。
    どうぞ貴女もお帰りなさい。」ってな。

 勿論、私も貴方を裁きません。  完

裁かれない罪人:前編

 休日に自宅で寛いでいると、TVから飛び込んでくる話題はゴシップばかり。
 年初から、「ベッキーのゲス不倫」、「乙武洋匡氏の一夫一婦制では不満足」、「覚醒剤に溺れた清原和博氏」・・・。
 まさに枚挙に暇が無い状況です。

 昔から、スキャンダルは一般庶民の大好物でした。
 需用があるから供給があり、市場が成り立つのは必然です。

 また、著名人は、そうした風評に晒されるリスクも踏まえ、有名税込みで高額なギャラがある訳で、プライバシーを暴かれることもある程度仕方ありません。
 そうした仕組みを理解した上でも、昨今の取り上げられ方は少し過剰。
 非難や攻撃がサディスティック過ぎます。

 まず、インターネットによって情報が簡便かつ大量に発信される。
 その情報に対し、俄か評論家の個々人が意見と感想を乗せ、シェアされていく。
 この連鎖によって、情報が増幅し、当事者は全国民から袋叩きされているかのような錯覚に陥る。

 乙武さんのコメントが全てを表現しています。
 「大学3年の時に『五体不満足』が出版され、明るくさわやかなイメージが虚像で重荷となった。
 世間が期待するイメージを演じてきたが、本当の自分を分かってほしいという気持ちがプライベートで出てしまった。」

 まあ、これを言い訳としたのは失敗ですが、正直な気持ちでしょう。
 人生は、欲と理性の戦いでもあります。
 何よりも訴えたいのは、誹謗・中傷・批判する方々は、どれだけ立派な人間ですか?ということです。   つづく

大将としての役割

 諍(いさか)いは、できる限り避けるべきでしょう。
 こじれた紛争の解決を求める裁判は、ある意味最悪の手段。
 何故なら、どちらが正論を吐こうと、どちらが善良であろうと、最終的にどちらも負けになるからです。

 弁護士費用がかかり、時間がかかり、手間がかかり、社会的なイメージが損なわれる。
 つまり、勝訴しても負け・・・自分はそう思います。

 だからこそ、できる限り話し合いによって解決を求めるべきです。
 ある程度の辛抱や譲歩は許容範囲。
 それでことが収まるのであれば、懐広く受け入れた方が良いでしょう。
 
 しかし、何事にも限度があります。
 理不尽が目に余る要求には、毅然とした態度で臨まなければなりません。
 戦うべき場面で、戦うべき相手と対峙し、部下と会社を守るために立ち上がるのは、大将としての役割でもあります。

体質改善のススメ

 先日は、年に一度の健康診断でした。
 健康診断の一ヶ月前位から、ダイエットを始める傾向は変わりません。

 平成26年 70.5kg
 平成27年 67.3kg
 平成28年 66.7Kg

 体重「だけ」は確実に減っています。 
 しかし、所詮これは付け焼刃。
 体重に比例して、血糖値やコレステロールが改善されるなら良いのですが・・・。

 食事、飲酒、喫煙、運動・・・。
 こうした日々の、生活習慣の積み重ねが、一年後の診断結果に反映されます。
 
 暴飲暴食していれば当然に数値は悪くなり、節制と運動を実行していれば数値は改善されるでしょう。
 そう考えれば、業績も同じ。
 営業にも様々な数値があります。

 ・ 反響数
 ・ 来店数 → 反響来店率
 ・ 案内数 → 来店案内率
 ・ 契約数 → 来店成約率・・・

 数値からフォーカスするには、標準となる数値、目標となる数値を掴む必要があります。
 標準以下であれば「問題」、標準以上目標以下であれば「課題」。
 
 そこが判らなければ、体質改善のやりようがありません。

学歴と能力:結

【 Q4 】
 中卒や高卒の方の方には、創業経営者としてたいへんな実績を残す方がいます。
 なぜ、大卒にできないことをできるのだと思われますか?

【 Q5 】
 羽目を外すことを知らず、真面目一方で勉学に励んできた高学歴者は、大学や社会に巣立ってから遊びや怠惰を覚えます。

 低学歴者の場合、在学当時から「やんちゃ」で、そこに起因して学業から遠ざかり、低学歴に終わってしまう傾向が強いのではないでしょうか。
 その中の一部の人達は、遊びを卒業してから仕事に目覚めるので、脇目を振らない集中力が備わります。

 勿論、前項で述べた様に、詰め込み型の指示命令に従順な高学歴者に比較して、「枠に捉われない」発想の自由度も一因です。

 最後に、仕事上で躓(つまづ)いた際、学歴は「保険」になります。
 転職時の履歴書に書く高学歴は、間違いなく大きなアドバンテージです。

 一方、低学歴者は「保険」が無いので、背水の陣で臨まざるを得ません。
 その気構えの違いが、影響している気がします。

 但し、やはり個人差でしょうけれど・・・これを言ったらお仕舞いですが(笑)      完

学歴と能力:転

【 Q3 】
 なぜ、会社は(特に大きな会社)は、学歴を気にかけるのだと思われますか?

【 A3 】
 先日のネット記事で知ったのですが、「義務教育のみ受けた人間は、大卒者に比較して刑務所に入る確率が30倍以上高くなる」とか。
 勿論、様々な理由や背景がありますが、単純に高学歴の方が確率的に間違い無い人材だということに尽きるでしょう。

 方程式や因数分解をビジネスで使う必要は無いとしても、基礎的な理解力や協調性や倫理感といった、組織で求められる能力は、学歴に比例すると思います。

 中卒・国立大卒の二人の内どちらか一人を採用するとして、試験結果や面接の手応えが同じなら、自分も大卒を選びます。
 何故なら、国立大卒の人間は、受験戦争において努力を重ね、打ち勝ってきた実績があるからです。
 
 つまらない話ですが、学歴をブランドとして捉える傾向もあるでしょう。
 昨今、政治家やキャスターの、学歴詐称疑惑が話題に成っていますが、まさに象徴的な事象です。  つづく

学歴と能力:承

【 Q2 】
 「目には見えない学力」(偏差値や成績としては表れない力)についてお聞きします。
 例えば、人の話を聞き取る力、自分の考えを話したり、書いたりする力、文章を読んで理解する力、更には競争心や忍耐、集中力、協調性、規律、組織、社会への順応性など。
 入学難易度の高い大学を卒業すると、得てしてこの力が高くなる傾向があります。
  「目には見えない学力」が高いがゆえに、企業社会で一定の成果・実績を残す傾向があるのだとも思います。
 しかし一方でそれは、自分の考えや思いを実現しようとするための野心やエネルギーを奪うことになりかねません。
 「目には見えない学力」の高い人が企業に入れば、上司や役員、経営者などの指示・命令に素直に従う傾向が強い様に思います。
 これも組織人として大切なことであるのだが、好ましいことばかりとは言えないのではないでしょうか?

【 A2 】
 「目に見えない学力」は、大変興味深いお話しです。
 残念ながら、自分の周りには、入学難易度の高い大学を卒業した人間が多くないので、具体的な体感値はありませんが・・・。
 
 今の学校教育は、知識詰め込み型かつ学校・教師からの指示命令型です。
 偏差値の高い高校、大学を卒業して就職を果たす若者は、ある意味、従順さに長けた人材であるし、裏を返せば学校は、「イエスマン量産システム」のようなもの。
 
 また、会社も経営者も、「イエスマンに成るな!」と言いながら、経営者にとっては「イエスマン」の方が心地良いし、枠をはみ出す社員の芽は、ついつい摘んでしまいがちです。
 但し、これからの変化の時代を生き抜く・勝ち抜くために必要なのは、枠に捉われない、自主・自立・自燃の意思とフロンティアスピリットを兼ね備えた人材でしょう。

 日本電産の永守社長が語っています。
 「そもそも、中小企業に高学歴の優秀な人材など来る筈が無い。
 草創期を支えた幹部連中も、低学歴ばかりで大した人材は居なかった。
 当時の、入社試験は名ばかりで、マラソンを最後まで走り続けた人間や、弁当を早く食べた順に採用しただけ。」

 「目には見えない学力」を有した人材は、敷かれたレールをトレースするには適しているけれど、自らレールを敷くことは難しいのかもしれません。       つづく

学歴と能力:起

 前回に引き続き、某ビジネス誌オンライン版の取材を受けています。
 事前のアプローチとして、質問事項が届きました。
 こうした機会は、改めて考えるきっかけに成りますし、こうしてブログのストックにも成ります(笑)
 四話連続でお届けします。

【 Q1 】 
 現在の会社、前職、その前の職人のときなどを振り返り、学歴とその人の仕事ぶり(成果や実績など)の関係をどのようにご覧になりますか?
 成果・実績のほか、「仕事への姿勢」「やる気」「協調性」「規律」「理解力」などをふくめて、お感じになることをお教えください。

【 A1 】 
 まずもって、個々人の差は棚に上げ、相対的傾向としてお答えします。

 大卒の方が「大人」であることは間違いありません。
 理解力も格段に高いと思います。
 それは、単に数年間長く生きているということだけでなく、アルバイトの経験によって、一足先に社会と接している点が大きいと思います。

 反面、4年間に渡って覚えた遊びと、怠惰で自由奔放な生活が災いし、斜に構えた態度が鼻につく傾向も否めません。
 特に最近の風潮として、「一所懸命」「情熱」「努力」「使命感」といったワードを尽く「ダサい」と捉える、虚無的な学生が量産されている気がします。

 一方、中卒や高卒の方の最大の魅力は、真っ白な渇いたスポンジと評される素直さでしょう。
 前回もお答えした通り、自分は低学歴が故、逃げ道のドアが閉ざされ、目の前の仕事を貫くことができました。
 
 しかし現代は、ゆとり教育の反動と、ハングリーさの喪失から、「石にかじりついてでも」という社員は減っています。
 そういう中ででも、自主性・自立性に火を灯し、仕事観や「遣り甲斐」を伝えていくのは会社の役割、トップの務めです。
 学歴による仕事上の能力・成果は、殆ど差が無いと感じます。        つづく
プロフィール

Hideo Matsuoka

Author:Hideo Matsuoka
・生年月日 昭和37年10月30日

・好きな言葉 
今日は残された人生の最初の一日

・信条「先憂後楽」

・尊敬する人 
稲盛和夫 西川広一 松下幸之助

・資格 ①宅地建物取引士
    ②建築2級施工管理技士
    ③マンション管理業務主任者
    ④防火管理者
    ⑤少額短期保険募集人
    ⑥損害保険募集人
    ⑦損害保険商品専門総合
    ⑧不動産キャリアパーソン
・趣味
 劇団AUGAHANCE初代代表
 主に脚本・演出を担当

・経歴 
 中卒後、大工・石工と職人道を歩む
 平成2年 
 ㈱中岡組 (ジョーコーポレーション)入社
 マンション担当役員→常務執行役→管理会社代表を歴任
 平成21年 ㈱NYホーム起業

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