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心が感じる幸不幸

 先日のモーニングセミナーのさわりで、父親が結核の病に倒れ、生活保護を受給していた少年期をご紹介しました。
 聴講されている方から、「いかにして克服したのか」といった趣旨の質問を受けます。
 
 「人間、上を見ても下を見てもきりがない。
 もっともっと苦労された方は沢山いる。
 従って自分の苦労なんて苦労の内ではない。
 五体満足で健康に仕事ができるだけで感謝する。」

 こう回答をさせて頂いたのですが、この言葉は少し不遜だったと反省します。
 実はもっと、的確な答えがありました。

 ここに、盲目の少女がいらっしゃったとします。
 我々は彼女に同情し、「可哀想」と思います。
 しかし、それは間違いです。
  
 仮に彼女が生まれつき、先天的に視力が無かったとしたら、それは不幸ではないでしょう。
 「見える」ことを知らずに生まれてきた彼女にとって、「見えない」ことは当たり前です。

 一方、病か事故によって後天的に視力を失ったとしたら・・・。
 きっと運命を恨むでしょうし、人生を儚(はかな)むでしょうし、自暴自棄に陥り、自ら命を断つことすら考えるかもしれません。
 それは不幸なことです。
  
 「三丁目の夕陽」という映画の中で、裕福な家に育った女の子が出てきます。
 親の事業の躓(つまづ)きによって、女の子は自動車修理工場の家庭に引き取られることに。
 その家庭では、女の子を歓待しようと、鶏肉の「すき焼き」で精一杯もてなします。
 家族は、久々の御馳走に「美味しい」と舌鼓を打ちますが、その女の子はというと、「すき焼きの肉は牛肉でしょ!」と箸を付けないのです。
 後天性がもたらす不幸の好例であります。

 つまり、生まれてこの方ずっと貧乏だった人間にとっては、貧乏自体が当たり前なので、不幸とか苦労とかは感じません。
 ただそれだけのことです。
 そういう意味で自分は、非常に恵まれていたと思います。
 
 幸不幸は、事象や状況によって決まるのではなく、自分自身の心が感じるものです。 
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拝めない仏の顔

 前職の会社が民事再生を断念し、債務整理の手続きに移行しました。
 二度目の破綻です。

 元役員という自分自身の立場を弁え、これまでは再生の是非や営みについての言及を避けてきました。
 語れば誤解される恐れもありますが、6年前の民事再生法申請時のA級戦犯として、はたまた一万株の株主として、もの申す使命・責任も有ります。

 27歳で入社してから19年間、実務だけでなく誠実、感謝、正義、思いやり、仕事観、人生観、生き甲斐、やり甲斐・・・ありとあらゆる勉強をさせて頂きました。
 それは自分の人生そのものであり、今でも腕を切れば共通のDNAが流れています。

 お客様満足、社員満足を経営の目的として真剣に追求し、取引業者を見下すこと無くビジネスパートナーと位置づけ、近隣清掃や掃除に学ぶ会等、社会貢献活動を通じ人間性の向上を奨励。
 「目の前の蠅(はえ)も追えないのに・・・。」
 内外からの批判の声もありましたが、末端社員の一人ひとりの行動にまで理念を根付かせるのは、並大抵なことではないでしょう。

 掛け値なしに、素晴らしい理念の会社でした。
 が、しかし、素晴らしい理念を持つ会社が、素晴らしい会社とは限りません。

 現実に再び、ステークホルダー(利害関係者)の期待を裏切り、御迷惑をおかけしたのは揺るぎ無い事実。
 結果は冷酷ですが、真摯に向き合い、今度こそ経営責任を明確にする必要があります。
 リ・スタートを有利に進める準備のために時間を先送りし、意図的に御迷惑の傷口を拡げる背徳があったとすれば、三度目の仏の顔は絶対に拝めないでしょう。

 そして、根幹たる理念まで踏み外すなら、往時の栄光の足跡すら貶(おとし)めることに成ります。

神頼み的な依り所

 ビスマルクいわく、
 「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」

 私は愚者・・・従って経験に学んできました。

 朝早起きをして、日経新聞や本を読みあさり、勉強会に出て、人間性を高め、真面目に、誠実に頑張ってさえいれば、必ず成功する・・・。
 誤解を恐れずに言えば、これは幻想です。

 勿論、各々のファクターは重要であって、これを否定するものではありません。
 寧ろ推奨、実践してきたつもりです。
 一連の字面として綺麗なワードは、あくまでも「必要条件」であって、それさえあれば大丈夫という「充分条件」では無いのでしょう。
 
 例えそれらを愚直に実践したとしても、つぶれる会社はあります。
 現に自分自身は、6年前、民事再生法申請のA級戦犯でした。

 本を読む時、勉強する時、人と接する時、仕事をする時・・・。
 誠実、真摯、真面目、努力を重んじつつも、神頼み的な依(よ)り所に成り下がってはいけないと思うのです。 

下痢止めは飲むな!

 なんてタイトルだ・・・。

 昨今、右を見ても左を見ても健康ブームです。
 平日日中のTV番組もCMも、めまぐるしく健康食品やサプリメントが紹介されます。
 先日耳にしたラジオ番組は、なるほどと頷ける内容でした。

【 下痢止めは飲むな! 】
 下痢というのは、身体の中に入った有害なモノを、体外に出そうとするメカニズムです。
 それなのに下痢止めを飲んでしまうと、その有害なモノが体内に留まり、一層重い事態を招く恐れがあります。

【 解熱剤は飲むな! 】
 熱は、体内に侵入してきたウィルスを死滅させようとして、自らの体温を高める働き。
 解熱剤を飲むと、一時的に熱が下がり身体は楽になりますが、有害なウィルスは更に増殖し、完治を遅らせてしまいます。

 社員教育や、社員の成長も同じです。
 勿論、致命傷を負って潰れかけている時には、手を差し伸べるべきでしょう。

 しかし、逆境や苦難や困難やクレームやトラブルは、ある意味人生のストレッチ。
 自ら対峙し、乗り越えない限り、実力も自信も芽生えませんし、免疫も抗体も育まれません。
  
 投薬や鎮痛剤無しに生きられない、薬漬けの依存症にならないように・・・。

忙しいことは幸せなこと

 昨日の出来事。

 朝一で大洲駅前店に出社し、
 売買案件の社内擦り合わせを済ませ、
 広島からお越しのお客様を喫茶店でおもてなし、
 地銀で売買物件の決済を終え、
 高速道路をかっ飛ばして松山へ移動し、
 昼食抜きで愛媛県宅建協会の常務理事会へ臨み、
 ノンストップ3時間半の会議を終え、
 松山南店に帰社し、
 売買物件の資料請求を4社に行い、
 その資料をお客様にメール送信し、
 最後の締め括りに、このブログを書いています。

 バタバタしながら、取り敢えずトラブルもなく過ごすことができました。
 今月の大きな目標もクリア。
 ささやかな達成感と充実感に満ちています。

 今から7年前の今頃は、厳しい状況の中でもがき苦しんでいました。
 どれだけ仕事をしても、心は晴れません。
 
 前向きに仕事を追いかけられる今の環境に、心から感謝します。
 仕事に恵まれるということは、忙しいということは、実に幸せなことです。

反論二度まで

 昨日は上司の立場として、部下からの提案にどう対処すべきかの心構えを書きました。
 今日は、部下の立場から描きます。

 まず、大前提として、上司の指示命令は絶対です。
 「万引きしろ」、「強盗しろ」といった、コンプライアンスに反するものは別にして、基本的に背くことはできません。
 但し、上司は万能ではないし、間違うこともあります。

 間違いだと思うなら、その裏付けを明示した上で、反論するのは寧ろ必要な勇気。
 YESマンばかりだと、上司の暴走を止められなくなります。
 但し、その反対は二度までですよ・・・というのがタイトルの真意です。

 仮に、Aマンションを会社で購入することを、社長が決断したとします。
 物件を管轄する店長は、建物の劣化状況や入居率を鑑み、気が進みません。
 「社長が決めたことだから、しょうがない。」・・・そんな社員ばかりの会社であれば、早晩破綻するでしょう。
 
 何故ダメなのかを明確にした上で、「それよりもBマンションの方が良い」と代替案を提示します。
 代替案の無いまま、重箱の隅を楊枝で突くのでは、無責任な野党と一緒です。
 
 それでも、反論は二度まで。
 プロセスでは侃々諤々の議論を交わしたとしても、最終的には社の結論を支持し、その判断を正解へと導くのが社員の務めです。

 時に、自分の意見の正当性を証明するために、失敗を望んでしまう輩が居ます。
 入居率が上がらなかったり、大きな瑕疵が判明すると・・・。

 「ほら見たことか、やっぱり社長の判断は間違いだったんだ。」
 「俺の言うことを聞いていれば良かったのに。」

 経営はクイズではないので、当てても景品は出ません。
 胸はスッとするかもしれませんが、まさしくそれは、自からの会社が傾くことを望む背任行為です。 

三度目まではダメを出せ

 大学教授であり社会心理学者でもある、渋谷昌三氏の著書「なぜこの人に部下は従うのか」に、上司としての心構えが書かれています。

 「ある若手経営者が雑誌のインタビューに答えているのを読んだことがある。
 『私は部下から上がってきた企画や提案は、一度か二度は必ず突っ返す。
 本当に会社のためになると思う良いものなら、何度でも練り直してくる筈だ。』  ~中略~

 例えば、懸案になっている計画についてアイディアを出させると、部下は取りあえず思いついたことをまとめて持ってくる。
 とことん考え抜いて、複数案の中から持ってくる訳ではない。
 だから多分、ろくなものではないとして、機械的に『これじゃダメだ』と突っ返した方が良い。
 
 そもそも人間の心理として、簡単にことが済めば、それで済ませたいと思うのが普通だ。
 苦労してまで、良いものを作ろうとは思わない。
 だから、最初の提案に期待してもムダである。

 二度目の提案も突っ返す。
 そうすると部下は、この段階で初めて『どこが悪いのだろう』と真剣に考える。
 この時、上司は具体的な指摘はしない方が良い。
 上司の側が助け船を出してしまうと、部下からの思いがけないアイディアを引き出せなくなるからだ。

 三度目は多分、練りに練ったアイディアを持ってくるだろう。
 しかし、これにもまた『ダメ』を出す。
 そうすると部下は、自分が今まで築いてきた評価が崩れるのではないかと不安感に襲われる。 ~中略~

 ここまで来ると部下は、もう必死である。
 四度目には、ありったけの知恵を絞って提案をまとめてくる筈だから、この段階でOKを出せば良い。」

 自分自身もこれまで、部下の立場としては、そういう信念に基づいた仕事をしてきたつもりです。
 一方上司としての自分は、具体的な答えを与え過ぎ、部下の発想の芽を摘んでしまっている気もします。
 しかし今日、三回のダメ出しをものともせず、反骨精神で食らいついてくるだけの気概を持った部下がどれだけいるでしょう。
 
 「否決の理由を教えてくれない。」
 「何度出してもはね返されるのは嫌がらせだ。」

 アイディアや提案の前に、辞表が出てしまうかもしれません。
 部下の性格は人様々、人育てはオーダーメイドです。

罪作りを作らない仕組み

 公演活動シーズンオフの先日、劇団の会計について話し合いが持たれました。
 劇団は任意団体であり、営利を追求する企業とは一線を画します。
 かと言って、赤字の垂れ流しでは永続できません。

 創設時から、不変の方針があります。
 「支出以上にチケット収入を稼ぐ。
 チケット収入の範囲で支出を抑える。」
 この原理原則を守り続けてきたからこそ、20年以上の長きに渡って活動が続けられているのです。

 さて、収支黒字の劇団には、幾許(いくばく)かの現預金があります。
 企業と違い、信頼関係がベースの任意団体では性善説が前提。
 ただ、そこに落とし穴が潜んでいます。
 万が一会計が合わない時には、不本意でも人を疑わなければなりません。

 帳簿と領収証の突き合わせ、手持ち現金の確認、会計監査・・・。
 堅苦しいようですが、こうした確認作業を定期的にしっかりと行うことで、演劇の本分に集中できます。
 通帳と印鑑とを別々の人が保管し、二人揃わないとお金が引き出せない形にするのも、重要なリスク管理です。
 
 先日、代表から、数万円の現金の入った金庫を預かりました。
 初代代表として、信頼されてのことでしょう。
 勿論、自分も、たかが数万円で今の立場を失う様な真似をするつもりはありません。

 それでも、給料日前の小遣いがピンチの時、目の前に気軽に使える現金があったとしたら・・・。
 「給料が入るまでの数日だけ、1万円だけ」と、悪気なく流用。
 その流用が恒常化して、徐々に金額が膨らむ。
 やがて、返すに返せなくなり、流用が横領に・・・。

 貧すれば鈍する・・・そして人は魔が差す生き物です。
 仮に、毎週集まった際、金庫の中身を複数の目で確認すると決められていれば、その罪は起こり得なかったでしょう。
 
 自分はこれまで、長年経営に携わる中、多くの部下を罪人にしてしまいました。
 ひょっとして、横領が発覚したかつての部下は、加害者ではなく被害者かもしれないのです。

 人は信頼しても、人のやることを信頼してはいけません。

営業=恋愛論

 営業には様々なスタイルがありますが、ヒアリングを重要とする点は共通で、疑問の余地がありません。
 営業という枠で説明すると難解に聞こえるかもしれませんが、営業=恋愛とすれば実に判り易くなります。

 あなた自身が、小栗旬クンみたいなナイスガイなら釈迦に説法です。
 こちらがアクションを起こさずとも、沢山の異性が言い寄ってくれるでしょう。
 そうでないなら、頑張るしかありません。

 合コンや婚活パーティーに積極的に参加し、人に会えば紹介を依頼するのは常道です。
 出会いの場でアピールし過ぎると、自己顕示欲の強い出しゃばりと思われてしまうので、気に入った異性の元にさりげなく近づき、気を引くベく自尊心をくすぐる褒め言葉の一つも投げかけたりします。
 好意を抱かれずとも、「話し易い感じの良い人」と思って貰えれば第一段階はOKです。

 次に、相手に興味があるならば、全てを知りたいと思うでしょう。
 職業、年齢、出身地、出身校、かつての部活、趣味、嗜好、好きなアーティスト、好きなタレント、感動した映画、家は親元か一人暮らしか、休みの日は何しているのか、そもそも休みって何曜日なのか等々。
 そうした多方面のヒアリングの中で、つけ入る隙を伺い、気が合う合わないを見極め、共通のポイントを炙(あぶ)り出し、話を盛り上げようと画策します。

 何よりも、恋人が居るのか?居ないのか?
 居なければ俄(にわ)かにチャンスが広がりますし、居たとしても諦めることはありません。
 情動的な方は略奪愛するも良いでしょうし、放っておけば自然に別れたりもします。
 その時、一番に電話やメールが来るポジションさえ確保しておけば良いのです。

 そろそろ営業に振り戻します。
 家族構成も年齢も職業も勤務先も趣味も嗜好も、現住居の不満点も、転居理由も聞かない営業マンは、「そのお客様には興味が無い」という無言のメッセージです。

 いつからお部屋を探しているのか、他社他店は何処に行ってきたのか、案内をされたのは何処の物件か、そこで決めなかった理由は何か・・・。
 うちで決めて貰おうと思うなら、知りたい筈、聞きたい筈。
 
 初来から一週間、電話の一本も入れず・・・空(す)かしっ放しに空かしておいて、「この方は見込み客です」ってそれはあり得ないでしょう。
 先方から、「是非契約させて下さい」という懇願の電話が、かかってくるまで焦らして待つ高等戦術なら恐れ入ります。

素晴らしき不動産業

 紆余曲折の土地取引も、大団円を迎えることができました。

 同級生の営む物販業は、少子高齢化の波を避けられない業態。
 跡取りも無いため、数年前からフェードアウトのシナリオを書いていたようです。

 具体的な相談を受けたのは3年前、
 敷地の一部を、隣人に売却する取引に携わらせて貰いました。
 その購入者も同級生です。

 次なる不動産の処分は、簡単ではありません。
 先代の頃、口頭契約で土地を貸し、賃借人は住宅を建て登記しています。
 賃借人が住み続ける限り、土地は自由にならないため、一般の方に勧められる物件ではないでしょう。

 賃借人に直接「買って頂けないか」と持ちかけるも、御高齢のため頓挫。
 その後、2年間は膠着状態が続きます。

 昨年末、売主様は遂に廃業を決意。
 自宅も含む敷地全体を売却することになり、アクションを起こしました。
 
 当初、意外にもすぐに購入者希望者が現れ、トントン拍子に進みます。
 ところが、好事魔多しの教えの通り、何と契約の二日前にドタキャン。
 振り出しに戻ります。

 事態を打開すべく、複数の同業者に持ちかけたところ、かつての部下が優良な購入希望者を見つけてくれました。
 しかし、先述した賃借人との間で、賃貸借契約書を明文化することが条件です。
 
① 譲渡、相続、継承、転貸の何れも不可
② 契約終了後の建物の解体は借主負担
③ 一代のみの限定契約

 言葉にすればたった三行の条文ながら、借主にとっては決定的に不利な内容。
 説明し、理解頂き、納得の上で署名押印頂くのは、かなり難易度の高い折衝です。
 それでも、この書面が取り付けられなければ、全ては水泡と化します。

 何度も足を運び、真摯に御説明させて頂いたことで、何とか最後のハードルをクリア。
 そして迎えた昨日の決済。
 取引終了後、金融機関の応接室で談笑しつつ、万感の思いを噛み締めていました。

 勿論、ボランティアではないので、しっかり報酬は頂きます。
 業者としての誇りと使命感を賭け、対価に見合った、もしくはそれ以上のお役立ちで応える。
 改めて、不動産業は素晴らしき仕事です。
プロフィール

Hideo Matsuoka

Author:Hideo Matsuoka
・生年月日 昭和37年10月30日

・好きな言葉 
今日は残された人生の最初の一日

・信条「先憂後楽」

・資格 ①宅地建物取引士
    ②建築2級施工管理技士
    ③マンション管理業務主任者
    ④防火管理者
    ⑤少額短期保険募集人
    ⑥損害保険募集人
    ⑦損害保険商品専門総合
    ⑧不動産キャリアパーソン

・経歴 
 雄新中卒業 → 新田高校中退
 大工・石工と約十年職人道を歩む
 平成2年 
 ㈱中岡組 (ジョーコーポレーション)入社
 マンション担当役員→常務執行役→管理会社代表を歴任
 平成21年 ㈱NYホーム起業
 令和2年 ㈱南洋建設 代表兼任
 令和4年 ㈱たんぽぽ不動産起業

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