マイナス転じてプラス

 弊社は、男性と伍して働く、女性陣の活躍によって支えられてきました。
 中には、結婚して、子育てをしながら務められている方も含んでいます。
 
 妻として、母として、営業職として、主婦業と仕事の両立は大変です。
 仕事を終えてからの買い物、炊事、洗濯、掃除等々、苦労は想像に難くありません。
 また、営業である以上、土日祝日は原則仕事ですから、可愛い盛りのお子様との時間も捻出し辛い筈です。

 こうして列挙しますと、マイナス面だけが浮き彫りになりますが、彼女の素晴らしいところは言い訳や愚痴を決して口にしないこと。
 常に笑顔で前向きな姿勢に、勇気付けられます。
 先日返って来た「big smile」アンケートハガキも、彼女への称賛の言葉が溢れていました。

 「小さな子供がいるので、気に成ることが(あるのですが)、沢山教えて頂けて嬉しかったです。」
 「子供にも親切にして頂いて、嬉しかったです。」
 「今回の物件選びには、出産後の問題があったのですが、その悩みにも答えて頂き参考になりました。」

 これらは、寧ろ「主婦」だからこそ、「母親」だからこそ共感できた、或いは説得力を持った事象と言えるでしょう。
 一見ネガティヴに思えることも、時としてポジティヴに転じるのです。
 
 自身に照らし、何事も上手くいかない時、それを環境や状況のせいにしてはならない。
 自己責任で受け止め、前向きに対処すべきである。
 またもや部下から教えられ、自省・自戒しました。 

 スイッチを前向きにするか否か、心一つの置き所です。
スポンサーサイト

叱責は口頭で賞賛は文章で

 この言葉も、これまでに何度かお伝えしてきました。
 
 『叱責(怒り)は口頭で、賞賛(喜び)は文章で』

 ソチ五輪、金メダルなら2000万円、銀メダルなら1000万円、銅メダルなら600万円。
 しかも、その半額は社長のポケットマネー。
 高額な報奨金が話題となった、日本電産「永守重信」社長の言葉です。

 小学生が通知表を貰うとします。
 成績は振るわず5段階でALL2でした。
 ところが、考察欄には次の様に書かれています。

 「思いやりをもって、転校生等にも優しく接することができました」
 「生き物係として、強い責任感でウサギの世話をしてくれました」

 こんな風に褒められると、本人も親も、それはそれは嬉しく感じるものです。
 そして、何度も何度も繰り返し開いてみます。
 文章での賞賛は、たった一回で何度も褒める効果があるのです。
 では、叱責や怒りの感情を文章で送るとどうでしょう。

1.相手は、何度も何度も読み返し、怒りや失望が増幅します
2.思いつくままに出たものと違い、それは武装された言葉です
3.文章は一方通行で、相手に反駁の余地を与えません

 そういう自分も、よく間違いを犯します。
 しかし、51歳にも成ると流石に気づく場面もあり、感情的な言葉に接すると、「改めてお話しましょう」と仕切り直す様になりました。

 過激な言葉は、心を突き刺す鋭利な刃物。
 その点を弁え、慎重に取扱いましょう。

井川意高「熔ける」

 大王製紙前会長「井川意高」氏の回顧録「熔ける」を読みました。
 創業家経営者である前会長が、僅か一年半程の期間に、100億円超もの大金を子会社から不正に引き出し、カジノにつぎ込んだショッキングな事件は、記憶に新しいところです。
 まだ読んでいない方にネタばれしないよう、章タイトルのみ列記します。
 
・序章「灼熱」しゃくねつ
・一章「極限」きょくげん
・二章「追憶」ついおく
・三章「邁進」まいしん
・四章「君臨」くんりん
・五章「疼き」うずき
・六章「放熱」ほうねつ
・七章「熔解」ようかい
・八章「灰燻」かいじん
・終章「下獄」げごく

 「追憶」すれば一時は、学業や本業に「邁進」し、上場企業のTOPとして「君臨」した時期もあったけれど、若い頃ギャンブルに目覚めた「放熱」の記憶が次第に熱を帯び、やがてカジノという名の「灼熱」地獄の中で、「極限」に追い込まれ、遂に「熔解」し、「灰燼」となり、「下獄」(囚われ)の身となった・・・ということです。

 一つだけ、前文から抜けている第五章「疼き」は、
 「女優の誰それと関係があると報道されたが、実際は逢ったこともない」・・・とか、
 「アイドルタレントの誰それは、何度も食事したけれど性格が良い」・・・とか、
 芸能界の、下らない交友録が綴られているだけでした。

 反省や懺悔のために書き下ろしたにしては、弁(わきま)えが足らないと思ったのは私だけでしょうか。 
 出版社の販促意図に乗せられたとしても、これこそ蛇足です。

 若い頃から後継者としての帝王学を学び、東京大学法学部にストレートで合格したエリート中のエリートですが、勉強ができることと、頭の良さは別物なのかもしれません。

 何れにしても創業家は、たった一人の放蕩息子の過ちによって、70年間受け継いできた上場企業の暖簾を手放す事態に成りました。
 
 人は易きに流され、魔が差す生き物。
 人を信じても人のやることは信じないこと、
 そして罪つくりをつくらせない内部統制を確立すること、
 企業を永続させるための経営者の責任と使命を、思い知らされたリアルな一冊です。
 
 

福沢諭吉の心訓

 業界で駆け出しの頃、右も左も判らない私を、手取り足取り教えて頂いた地元賃貸管理大手の会社があります。
 その会社の社長の挨拶を拝見しますと、「Big」よりも「Good」を目指すと書かれていました。 
 独自の和訳で、「巨大」よりも「一流」という意味のようです。

 我が社は後発で、歴史も規模も業績も、先述の会社とは比べ物になりません。
 また、決して対抗するつもりも更々無いのですが、先日の拙文で「良い会社」よりも「立派な会社」を目指すと書きました。
 英文にするならば、「Good」よりも「Excellent」と成ります。
 言うのはタダでしょう。
 
 さて、日本の最高額紙幣の肖像は、言わずと知れた福沢諭吉氏です。
 しかし、慶応義塾の創設者であること以外に、人物像を深く知る人は少ないかもしれません。 
 その福沢諭吉氏が生前残した「心訓」の中にも、「立派」という表現がされています。

『 心訓 』
・世の中で一番楽しく立派なことは、一生涯を貫く仕事を持つことです
・世の中で一番みじめなことは、人間として教養のないことです
・世の中で一番寂しいことは、する仕事のないことです
・世の中で一番醜いことは、他人の生活をうらやむことです
・世の中で一番偉いことは、人のために奉仕し、決して恩にきせないことです
・世の中で一番美しいことは、総てのものに愛情を持つことです
・世の中で一番悲しいことは、嘘をつくことです

 これは、人としていかに生きるべきか?を説く7ヶ条です。
 また始まった、そんな道徳論は聞き飽きたと思う方も居るでしょう。
 そんな僧侶の様な考え方は、寧ろ人間らしくないと感じるかもしれません。

 その通りです。 
 人は皆、自分が可愛く、身勝手で、我儘で、欲深い生きもの。
 だから奇麗事は必要ないのではなく、だからこそ立派に生きたいと思う心が大切だと思うのです。

セコムしてますか

 松山南店の警備保障は、業界最大手のセコムです。
 設定時間外は、キー解除したとしても電話で一報を入れないと、セコムから連絡があり、そこでつながらないと緊急出動の対象となります。

 4年前の開店当初は、21:00~6:30が夜間設定時間でした。
 近年、自分の出社時間が少しずつ早くなり、毎日の様にセコムに電話する事態に陥ります。

松岡:「おはようございます。NYホームの松岡です。このまま仕事します。」
セコム:「かしこまりました。わざわざご連絡ありがとうございます。」
 
 そこで3年前、設定時間を22:00~5:30に変更して貰いました。
 ところが、加齢と共に自分の早起きが更に加速し、5:00前後の出社がレギュラーとなったことから、やはり毎日の様にセコムに電話してしまう訳です。

 先日、堪りかねてセコムから「毎日電話頂くのがお手間なら、設定時間変更致しましょうか?」
 再びの変更の打診です。

 結果、22:00~4:30に成りました。
 変更後、まだ一度もセコムに電話する機会はありません。

 『人間は、目標を定めると、それに近付こうとする動物』

 いえいえ、セコムの方とお話しすることは、決して目標では無いので・・・。
 早起きも早朝出社も、ここが限界です。

TOPに必要な三つの力

 先日の中小企業家同友会松山例会「株式会社大栄電気工業」大野栄一社長の報告は、まさにこれぞ同友会精神と思える珠玉の言葉で溢れていました。
 特に、「TOPに求められる三つの力」のお話しは、目から鱗の大きな気付きです。

1. 構想する力
2. 普通を知る力
3. 現状を知る力

 「自分の会社をどういう会社にしたいのか?」
 会社のヴィジョンを思い描く力・・・これが「構想する力」です。
 会社は、社長の創造(想像)力以上には成らない、と言われます。

 水夫(従業員)を乗せた船(会社)の船長(社長)は、どの港を目指すのか決めなければなりません。
 それは苫小牧なのか、ハワイなのか、サンフランシスコなのか・・・。
 水夫もまた、その目標によって船を選ぶ権利があります。

 しかし、構想するだけでは、単なる夢物語。
 経営は、そこからが肝心です。

 まずは、自社の現状を知る。
 そして、他社、業界、エリアにおける標準(普通)を知る。
 何れも、売上、集客、サービス内容、社員の技量、社長の器も含め、あらゆる角度からの分析です。

 「普通」に比べて「現状」が劣っているならば、それは「問題」。
 恐らく、このままでは生き残ることができません。

 「普通」に比べて「現状」が勝っているけれど、「構想」までには至って無いとすればそれは「課題」。
 現状に甘んじることなく、更なる精進が求められるのです。
 
 今の我が社を冷静に分析するならば、「問題」も「課題」も山積しています。
 それは極めて健全な姿。
 一番ダメなのは、「問題」に気付かず、「課題」が見当たらないことです。

10年後の自分への進言

 今から10年前の、実にお恥ずかしい話を吐露します。
 その当時自分は、前職の会社の社員教育・研修担当役員です。
 あるお客様に「とても良いから」と薦められ、セミナーの御招待を受けて受講しました。

 ところが、一番前の席で聞いているにも関わらず、講師の話が入ってきません。
 いや、耳には入って来ているのですが、いわゆる腑に落ちないのです。
 尊敬するお客様が、是非にと薦めて頂いているのですから、きっと良い内容なのでしょう。
 にも関わらず、素直に受け止められない自分に、例えようも無い苛立ちと歯がゆさを覚えていました。

 それから月日が流れ、デジャヴの体現です。
 先日のDVD視聴後の感想やレポートに、複数名から全く同じ声が返ってきました。

・ 講師の話は間違ってはいないけれど・・・
・ 確かに講師の話術は長けているけれど・・・

 要は、「すんなりとは入ってこなかった」という感想です。
 10年前、自分にセミナーを薦めて下さった方と、今の自分が被ります。
 従って、こうした正直な感想を持つ社員の気持ちは、痛いほど判るのです。
 正しい話に共感できない理由は幾つかあるでしょう。

1. 講師の話が饒舌過ぎてリアリティに欠ける(芝居じみている)
2. そんなことは知っている・判っている(不遜・傲慢)
3. 受講者が心のコップを伏せている(斜に構えている)
4. 受講者の実体験が不足している(頭では判っても心が否定)   
 
 あれから10年。
 前職の会社の破綻、初めての失業、再起をかけた起業・・・、それなりの経験を重ねてきました。
 今だからこそ、理解できることもあります。
 この会社の最年長者として、社員の皆様にアドバイスできることは、実にシンプルです。 

 『良いと思えることは、少しでも取り入れて、前向きに考える』

 きっとその方が健全ですし、成長が促されますし、人間性も磨かれるでしょう。
 「今日の言葉」では一貫して、我が社の理念や方針に基づく、社員に求める価値観を発信してきました。
 そしてこれからも、発信し続けて参ります。
 10年後の自分と同じ様に、いつか気付く日が来ると信じて・・・。

良い会社と立派な会社

 先日のブログで、「百匹目の猿現象」を題材に、「立派な会社」を目指すと書きました。
 そう、我が社が目指しているのは「良い会社」ではなく、「立派な会社」です。
 では、「良い会社」と「立派な会社」の違いは何でしょう。

 まずもって「良い会社」の定義は、部分的です。

 ・ 売上の良い会社
 ・ メンテナンスの良い会社
 ・ 商品の良い会社
 ・ 顧客サービスの良い会社・・・

 「〇〇の分野において」という表現で、良い「会社」は成立します。
  一方、「立派な会社」は、総合的・網羅的です。
 
 決算内容も、財務内容も、成長性も、顧客満足度も、帰属意識も、社会貢献も・・・。
 いわゆる、「or」(いずれか)ではなく、「and」(いずれも)の考え方です。

 過去、「big smileバッジ(お客様満足指標)よりも、目の前の売上・利益が大事」といった論議もありました。
 そもそも、「お客様満足」と「売上・利益」を別物として捉え、天秤に乗せ、重さを比べること自体がナンセンスです。

 お客様が満足頂ければ、その対価として売上・利益をもたらす。
 タイムリーに売上・利益が上がらなかったとしても、満足さえベースにあれば、将来必ず紹介やリピートにつながる。
 だから、「サービスが先・利益が後」という順番が正解。
 そういう意味において、「お客様満足」と「売上・利益」は一心同体・表裏一体・一体不可分と言えるでしょう。

 また、経営方針に掲げた「お客様の喜びを自らの喜びとする」を実現するためには、知識を身に付け、資格を取り、能力を高め、提案に自信を持つ・・・こうしたスキルアップが不可欠です。
 しかしその一方で、「優しさ」「思いやり」「感謝」といった、人間性の向上抜きには語れません。
 これも、「or」(いずれか)ではなく、「and」(いずれも)です。

 ゴールは遥か遠く先ですが、「立派な会社」を目指すと公言し、諦めない限り到達できると信じています。

百匹目の猿現象

 「船井総合研究所」創業者、船井幸雄氏が永眠されました。
 出版した著書は400冊を超え、全国の小売業を中心に、熱狂的な信奉者を持つコンサルタントです。
 私自身も、セミナーや著書から、多くの貴重な教えを授かりました。

 故人の本分は経営コンサルタントですが、「百匹目の猿現象」を提唱したことでも知られます。

『百匹目の猿現象』
 ライアル・ワトソンが唱えた、疑似科学に分類される生物学の現象。
 前もって申し上げると、この理論は創作・仮説であり、事実ではありません。
 
「宮崎県串間市の幸島に棲息する猿の一頭がイモを洗って食べる様になった。
 他の猿もそれを真似、イモを洗って食べはじめる。
 同じ行動を取る猿の数が増え、群れ全体に拡がっていく。
 すると、場所を隔てた大分県高崎山の猿の群れでも、突然この行動が見られるようになった。」

 このように「ある行動や考えが一定数を超えると、これが接触のない同類の仲間にも伝播する」現象を指します。
 一定数は変動的ながら、ワトソンは閾値(いきち)を仮に百と定め、『百匹目の猿現象』と名付けた訳です。

 船井氏は生前、『いい世の中をつくりたい』という思いを共有する仲間が集まれば、社会や世界をもっと良い方向へ変えていくことができる」というビジョンの元、そう考える人数が一定数を超えると「一気に世界中に広がる」と考えていました。

 私の思いも同じです。 
 先日、全社員に求めたレポートに目を通しますと、大いに共感する方、部分的に共感する方、苦手だと吐露する方、反発を覚える方、難解だとする方・・・、受け止め方は様々。
 勿論、この受け止め方をして、現時点で評価するつもりはありません。

 それでも将来的には、立派な考え方を共通の価値観として、立派な会社を創りたいと考えています。
 TOPや社員が一つひとつ経験と勉強を重ね、半歩ずつ一歩ずつ理解が進み、共感者が一定数を超えるまで、このブログも続けるつもりです。 

たまごが先かニワトリが先か

 会社を興してから、4年半が過ぎました。

 第一号店大洲駅前店の開店から、僅か1年2ヶ月で4店舗をOPENさせ、今のインフラを整備した訳です。
 一部前職時代の部下も来てくれましたが、原則、社員も寄せ集め。
 会社の方向性や考え方に、心服共感して集まった同志ではありません。

 理念やヴィジョンの啓発が、何よりも大切であることは知っています。
 しかし、目先の利益の追求や、体制の維持ばかりに気をとられ、当初は疎かになっていました。
 また、今日のメシの食えない状況で、崇高な理念を説くことに躊躇した不甲斐なさもあります。

 たまごが先か、ニワトリが先か。
 何のために仕事をするのか?という目的意識や、会社や個人の存在意義をすっ飛ばし、ただ単に数字を追いかけるだけという場当たり的な毎日。
 無能な社長に愛想を尽かし、社員が次々と辞めていきます。

 そこで、改めて理念経営の重要性に気付きました。
 月一回店長と共に参加する「中小企業家同友会」も、終わった後の懇親会も、隔週で開催する「早朝店長会」も、月初の月間目標面談も、毎年全社員で実施する「SWOT分析」も、4ヶ月毎の評価面談も、隔月の「全社会議」も、入社時導入研修も、毎日の「今日の言葉」配信も、全て創業時にはありません。
 その何れもが、大義としては、理念を浸透させるために作られた仕組みです。

 最近では、一方通行に終わらせないため、「今日の言葉」に返信を求める様に成りました。
 その内容は、理解・納得・共感・呼応するものだけではなく、時に否定・批判・拒絶・誤解もあります。
 そしてそれは、寧ろ望んでいることです。

 社員からの指摘によって、自分の至らなさに気付かされることがあります。
 誤った受け止め方は、諭すこともできますし、面談によって解消することもできます。
 双方向でこそ、コミュニケーションと言えるでしょう。

 『他人の子なら見て見ぬフリもできるが、我が子と思えば引っ叩いてでも矯正する』

 TOPには、非情にも似た大善の導きが求められます。

縁をつなぐ黄金律

 新たな形態のビジネスの入口に立ちました。
 今後どういう展開に成るのかは読めませんが、これもまた、縁と縁とが結びつき、手繰り寄せられた機会です。

 事業主の方は、前職時代の7年前、自分が主幹していたリーダー養成スクールに志願して来られた生徒でした。
 生徒とは言っても、立派な社会的な地位のある方で、世間からは先生と呼ばれる職種の方です。
 
 偏見かもしれませんが、一般的に先生職の方には、プライドの高い印象があります。
 しかしこの方は、奢(おご)りも昂(たか)ぶりも一切なく、素直で前向きで、学ぼうとする真摯な姿勢に溢れ、常に柔和で穏やかで、周囲をやる気にさせるエネルギーに満ちた人物です。

 前職の会社を去って後、暫く距離が空いていましたが、その糸を再び結んで下さったのは同業者の社長。
 6年前、某金融機関部長の肝入りで、某デベロッパーの完成在庫物件売却を依頼された際、二人三脚で販売し、何とか目処をつけた時からのお付き合いに成ります。

 目先の欲得で右往左往し、他社へのライバル心剥き出しに、排他的な態度で臨むギスギスした業者が多い中にあって、いつも笑顔で丁寧に対応頂き、無理なお願いも快く、懐深く受け入れて貰える稀少な存在です。

 数年の時を経て、一つのプロジェクトに三者が向き合うことなど、誰が予想したでしょう。
 つくづく、縁の大切さを思い知らされます。

 間違いなく言えるのは、三者の何れかが不誠実であったり、利己主義に走っていたならば、決して繋ぎ得なかった縁です。

 「他人にしてもらいたいと思うような行為をせよ」

 これは、道徳や倫理や哲学の中で語られる黄金律ですが、世界の宗教が同じ意を説いています。

◆ イエス・キリスト 「人にして貰いたいと思うことは何でも、あなた方も人にしなさい」
◆ 孔子 「己の欲せざるところ、他に施すことなかれ」
◆ ユダヤ教 「あなたにとって好ましくないことをあなたの隣人に対してするな」
◆ ヒンドゥー教 「人が他人からしてもらいたくないと思ういかなることも他人にしてはいけない」
◆ イスラム教 「自分が人から危害を受けたくなければ、誰にも危害を加えないことである」

 お客様に対しても、家族に対しても、同僚に対しても、友達に対しても、この黄金律は有効です。

自分の選択の結果

 高校二年の次男が、部活を辞めたいと言い出しました。
 というよりも、この2~3ヶ月間、ずっと同じ話を聞かされ続けています。
 どうやら、顧問の先生との折り合いが悪いようです。
 
 家内は続けさせたいようですが、私は至ってドライ。
 「辞めるなら辞める。 
  辞めないのなら、泣き事を言わずに一所懸命続ける。
  やる気の無いまま、愚痴を言いつつ、中途半端に続けるのが一番駄目。」

 将来、社会人と成り、上司・先輩との折り合いを理由に辞めるとしたら、履歴書は何枚有っても足りないでしょう。
 引き留めないのはもう一つ、ここで書けない理由があるからですが、それでも原則、自己責任のスタンスで臨んでいます。
 ところが、そこからまた一しきり、彼の愚痴は続くのです。 

 「元々、入りたく無かったのに、無理やり入れさせられた。」
 「退部の意思を伝えたのに、説得され、受け入れてくれない。」

 この自主性・主体性の無さ、他責言葉のオンパレード・・・嘆かわしい限りです。

 「無理やり入れさせられたとか、退部を受け入れられないとか言っても、拉致監禁された訳ではないだろう。
 最終的には自分の意思で入部し、活動してきた。
 今の状況は、他人のせいじゃない。
 いかなる不平も不満も、すべては自分の選択の結果。
 自分の選択は、自分で責任を取るしかない。」
 
 決して誰のものでもない、今歩いているのは自分自身の人生なのですから。
 結果はどうあれ、この子育ても自己責任です。

働くことの真の意味

 最近はまっているDVDを、「これこそ会社の価値観そのもの」として、全社員に視聴とレポート提出を求めたところ、様々な受け止め方がフィードバックされてきます。
 決して強がりではなく、これは大変望ましいことです。
 売上や利益ではなく、働くことの目的や、生命そのものの意義といった、深淵なテーマに一石を投じた以上、波風がたって当然ですし、波紋は大きければ大きいほど議論も活性化します。

 くれぐれも勘違いして頂きたくないのは、特殊な考え方を押し付けようとしているのではないということ。
 かつて道徳で学んだ、或いは学ぶべき内容が殆どです。
 本来は、小学校や中学校の過程で、もっともっと時間を割いて、教育しておくべきことでしょう。
 学校が、知識の詰め込みを優先し、大切なことを教えていないのであれば、会社で教える以外ありません。

 誰しも、人生経験をある程度積んできますと、知らず知らずの内に気付きも生まれます。
 二人の女性社員のレポートから、仕事観や人生観の大切なファクターを教えられました。

【 Aさん 】
 30歳を超えてからの再就職。
 家事、育児、仕事、どれをとっても完璧になんてこなせません。
 ですが、子供の成長と、自分のこれからを考えると、「〇〇君のママ」だけの人生にとんでもない不安と、胸の中にぽっかり空いたなにかを感じたのです。
 家庭を犠牲にして、自分のやりたいことを勝手にやっているだけだといわれることもありますが、今、仕事をしていることにとても誇りを持っています。

【 Bさん 】
 わたしは、仕事をするなら誰でもできて、すぐに替えのきく業務より、自分にしかできない、そして頼りにされる仕事がしたいです。
 「自分にしかできない」は会社的にはよくないですが・・・
 2年前に入院した時は、入社して間もなかったので業務の電話は一切ありませんでした。
 気にしないでゆっくり休んでと言ってもらいました。
 体を休めるためにはとてもありがたいことですが、少しさみしくも感じました。
 もっと頼りにされる存在になりたいと思いました。
 必要とされることは、その分責任もありますしプレッシャーになることもあるかもしれませんが、2年前の状態より今のほうが何倍も楽しく仕事ができています。

 働くことの真の意味に気付き、共有できる同志を、誇りに思わずにはいられません。

年間献血12回宣言

 通算36回目の献血に行ってきました。
 微力ながら、自分にできる範囲の、小さな小さな善行です。

 200ml、400mlの場合、次回献血は12週間後(女性16週間後)と成ります。
 尚且つ、年間1,200ml(女性800ml)のしばりもあるため、年3回しかできません。
 お役立ち回数を増やそうと、二年前に成分献血に切り替えました。
 
 成分献血は、抜いた血から必要な血漿・血小板を取り除いた後に戻し入れるため、身体への負担が少なくて済みます。
 従って、インターバルは僅か二週間、年間最大12回まで可能です。

 ところが・・・。
 昨年一年間の献血回数は僅か3回。
 これでは、成分献血にした意味がありません。

 忙しさにかまけて・・・という言い訳も、どこまで本音でしょう。
 行こうと思えば、行けた筈です。
 
 過去を振り返れば、東日本大震災やフィリピン台風被害といった大きな災害が起こると、「何かしらお役立ちを」という意識が高まります。

 もう一つ大事なのは目標管理です。
 「人間は、目標を持つと、そこに近付こうとする動物」
 そこでここに、毎月一回、年間12回献血の目標を定めました。

 ☓年間12回献血しタイ  
 〇年間12回献血しマス

 タイよりマスで皆様に宣言したことで、ほぼ達成したも同じです。 

出航前の最終案内

 会社は営利を追求する組織です。
 その点において、宗教団体やNPOとは一線を画します。
 但し、組織の目的や方向性を明確にし、共感する人を集める点において、宗教的な側面は否めません。
 
 私は、無宗教・無信心を公言しています。
 勿論、先祖があり、お墓がある以上、属する宗教・宗派は明確です。
 それでも、クリスマスにケーキを食べ、初詣は神社で柏手を打って神頼みし、節分には歳の数だけ豆を食べる訳で、少なくとも信心深い人間ではありません。

 基本的に日本人は、私と同じフレキシブルな考え方が支配的です。
 悪く言えば「一貫性が無い」「節操が無い」、良く言えば「こだわりが無い」「柔軟性がある」と言えます。

 世の中の紛争の8割は宗教紛争・・・正義・大義を錦の御旗に掲げ、排他的・攻撃的な態度で臨む、信心深い国や民族と比較すれば、日本の受け入れの寛容さは実に平和的です。

 一方で企業は、同業他社とは異なる、独自の方向性を見出す必要があります。
 いわゆる、差別化、存在意義、アイデンティティです。
 
 我が社は経営理念・経営方針を明示し、その理念・方針に沿ったヴィジョンや戦略を打ち出しています。
 その部分については、「人それぞれ色々な考え方があるから」といった個人の自由で忽(ゆるが)せにはできません。
 いつも申し上げる通り、ハワイ行きの船に乗りながら、「私は別府に行きたい」という主張を持つことは互いに不幸です。

 今回、一枚のDVDを各店舗に配布しました。
 全社員、視聴頂き、店舗内でディスカッションし、レポートの提出を指示しています。
 ここまで求める理由は、この内容こそが、弊社の求める価値観そのものだから。
 
 直ちに共感頂けなくても、考え方の正しさを理解し、納得する方向で努力して頂く必要があります。
 「この船の行き先は〇〇です。お乗り間違いの無いようお気をつけ下さい。」
 出航前の最終案内です。

システムとは何ぞや

 システムという言葉は一般語として普及しています。
 しかし、改めて「システムとは何ぞや?」と聞かれると答えに詰まります。
 辞書を紐解きますと・・・。

 『個々の要素が相互に影響しあいながら、全体として機能するまとまりや仕組みのこと。』

 という具合に、ますます難解になります。
 具体的な事例の方が判り易いかもしれません。

 例えば「目標を持て」とか、「目標を意識しろ」とか声掛けすると、その時だけは目標が立てられますが、仕組みではないので、次の月には忘れられています。

① 各店舗毎に年間予算と目標を決める 
② 月初に月間目標を立てる
③ その目標を元に、上司と部下が面談して擦り合わせる
④ 月末に達成状況を確認し、課題・問題点を列挙する
⑤ 月初に月間目標を立てる

 我が社は、全営業社員が上記の流れで目標管理を行っており、一つのシステムを形成しています。
 一旦システムが稼働し始めれば以後、声掛けは不要です。

 今回、仕事観のベクトル合わせのために、一枚のDVDを全社員で観ることにしました。
 セミナー等のイベントは、モチベーションを高めるのには大変有効です。
 但し、システム的に落とし込まないと、単なるカンフル剤に留まり、しばらくすると元の木阿弥と成ってしまいます。
 
 特に、拠点数や社員数が多くなると、システム化は必然必須です。
 それと同時に、業務をシステマチックに変革できる人材が求められます。

芋づる式幸福論:後編

 さて、「健康」「経済的な豊かさ」「信頼できる友人」「愛する家族」それだけあれば「幸福」ですか? 
 人間には、睡眠、食欲、性欲といった生きんがための本能とは別に、「他人から認められたい」という第二本能が備わっています。

 子供の頃であっても、親から、先生から、褒められれば嬉しいし、叱られたら落ち込むものです。
 大人になっても変わりません。
 仕事を通じて、お客様から感謝される、上司から褒められる・・・大袈裟に言えばそれは、この世に自分が生まれてきた価値を、客観的に確認することのできる瞬間です。

 「宝くじが当たったら仕事を辞める」
 こういう方が多いと聞きます。
 自分も、昔はそう思っていました。
 
 しかし、こうして「幸福」の意味を掘り下げていきますと、何か違う気がします。
 経済的に充分な蓄えを持って、芸能界をリタイアした島田紳助さんは、果たして今「幸福」でしょうか?

 【 三人の石工 】
 ある村で、石積みの教会を創るために働いていた三人の石工に訊ねた。
 「貴方は何故、石を積んでいるのですか?」
 A:「そりゃ、食べるためさ。」
 B:「見りゃ判るだろ。教会を創っているのさ。」
 C:「村人達の、心の安らぎの場所を創っているのさ。」
 
 仕事を、食べんがための手段と捉えるのでは、人生の殆どの時間が苦役です。
 一方、仕事にやり甲斐を見出すことができれば、人生の殆どの時間に感謝できます。

 お店に来られたお客様のニーズに叶ったお部屋を紹介し、お役立ちによって感謝され、適正な報酬を頂き、会社に貢献し、経験と共に技量が向上し、利益の還元として賞与・昇給につながり、経済的にも潤い、家族も笑顔で暮らせる。
 働くということは、「幸福」のファクターを芋づる式で手に入れることができる、素晴らしい営みなのです。 完

芋づる式幸福論:前編

 某店舗を巡回した際、二名の社員に訊ねます。

 「貴方にとって幸せとは何ですか?」

 余談ですがその昔、明石家さんまさんがCMで、「幸せってなんだっけ?」と繰り返し歌っていました。

 最初に出た答えが「経済的な豊かさ」。
 勿論、それも幸福の1要素です。
 今日のパンが無い空腹な状態で、幸福感は得られません。
 
 確かに、今の世の中、お金で解決できることが多いのも事実でしょう。
 「他には?」と、重ねて訊くと答えに詰まります。
 
 実は、お金よりもっと、もっと、優先順位の高い大切な要素があります。
 「何はともあれお金はある」といった様に、総てが揃わなくてもそれなりに幸福感を感じられることもあるでしょう。
 ところが、これだけは絶対に欠くことができません。

 答えは「健康」。
 「幸福」の条件として「健康」というキーワードが即答できないのは、言うまでも無くその人が「健康」だからです。
 「私は健康ではない」と社員が反駁し、「いや健康なのだ」と私が返します。

 冷気に晒された透き通る空気に浮かぶ、1月の鮮やかな景色を目で見ることができて、
 道端に咲く一輪の美しい花を、手に取り、匂いを嗅ぐことができて、
 望む所へと自分を運んでくれる、二本の脚があって、
 旬の食べ物を口に運び、咀嚼し、栄養とし、「ああ美味しい」と言葉で表現できる・・・。
 
 少なくとも五体満足で、普通に仕事や生活ができている状態は健康です。
 事故で脚を失くし、車椅子で生活している人は、「歩ける」ことに「幸福」の価値を感じるでしょう。
 糖尿病を患い、食事制限を余儀なくされている人は、「食べられる」ことがいかに「幸福」であるか知っています。

 人は皆、当たり前に成っていることに対して感謝を感じません。
 そして、その当たり前を失った時、初めて有難味に気付きます。

 神社に行って神頼みをする際、健康を願うのも、今抱えている持病の「悪化」や、それ以上の「大病」や「怪我」といったものに対する恐れや不安を払拭するために、願掛けする意味合いが強く、今与えられている「健康」への感謝は、意外に希薄です。

 例えば、一生遊んで暮らせるだけの蓄財があって、気の許せる友達が居て、愛する家族に囲まれていたとしても、「健康」を損なっていたら台無しでしょう。  つづく

与えたものは自分に還る

 Y田社長からお借りしたDVD「幸せな人生を送るために知っておきたい5つの法則」からです。

【 人に与えたものは必ず自分に還る 】
 親切も意地悪も共通に、これは人類不変の法則です。
 例えば、10個のみかんを、3人の子供に「皆で分けなさい」と言って渡します。

 まず3個ずつ分けて、残りの一個を三等分するのが一般的でしょう。
 三等分の大きさが不揃いになれば、公平を期してジャンケンで決めるかもしれません。
 
 考え方を変え、自分がまず2個取って、残りを4個ずつ二人に分け与えたとしましょう。
 自分が損する選択ですが、きっと二人からは感謝されます。

 これを繰り返しているとやがて、「いつもお前は2個しか取らないから、今日は俺の1個やるわ。」と二人が言い出し、自分のみかんは4個に成ります。
 こうして、与えたものは必ず自分に還るのです。

 ところが、この法則に規則性はありません。
 Aさんに施したから必ずAさんから還るとは限らず、ひょっとするとBさんから還ってくるかもしれない。
 今日施したから明日還ってくるというものでもなく、1年後、5年後、或いは10年後かもしれない。
 人に与えた親切や意地悪は、直接的にリターンしないため、余りピンと来ないのです。
 
 アメリカという国は世界の盟主として、紛争や侵略があると軍事力の制裁を加えます。
 圧倒的な力によって抑え込むやり方で、果たして世界は平和になったでしょうか?
 紛争も侵略も後を絶たず、大国はテロの報復に怯(おび)え続けています。

 やはり、与えたものは必ず自分に還るのです。
 ここで大切なのは、見返りを求めないこと。
 そして、一度や二度ではなく、常に与え続けることが肝要です。

 来店されたお客様の条件が厳しい、或いは他社と天秤にかけられている等の理由で、冷やかしに見えたり、成就する可能性が低いと判断した際、ついつい適当に扱ってしまうことがあります。
 
 適当に対応すれば適当な態度で還される。
 丁寧に対応すれば丁寧な態度で還される。
 還ってくるのは、その人じゃなく他の人からかもしれませんし、すぐではなく3年後かもしれません。
 
 何れにしても長期軸で見ると、人に与えたものは必ず自分に還ってきます。
 そう信じて、善行を与え続けていきましょう。

人生の縮図としてのゴルフ

 昨日に続いて、東川先生の本からご紹介します。

【 人はなぜゴルフをするのか? 】
Ⅰ 「動機付け」
 ① 気分が爽快である
 ② 健康のため
 ③ 仕事上のお付き合い
 ④ ストレス解消

Ⅱ 「目標の明確さ」
 ① 目に見える(具体的で明確)ピン
 ② 容易ではないが、さりとて不可能ではないパー
 ③ スコアー表と自分のスコアーとの対比(進捗)
 ④ 自分とメンバーとのスコアーの対比(競争)
 ⑤ OBというペナルティ
 ⑥ 決められた明確なルール

Ⅲ 「ゲームの完結性」
 スタートからグリーンまで完全に責任を持たされ、最終ホールまで自分の腕次第

Ⅳ 「フィードバック」
 各ショット毎、ホール毎、成績が数字で示され、9番ホールと18番ホールでのフィードバックがある

Ⅴ 「多様な技術を駆使できる」
 ① ホールによって異なるコンディション
 ② クラブの種類
 ③ 易しいところ(フェアウェイ)と難しいところ(ラフ・バンカー)
 ④ トラブル(林・池・OB)

Ⅵ 「任される判断」
 ① 距離の判断
 ② グリーンを読む
 ③ クラブを選ぶ
 ④ スタンスを決める

 確かに、セルフマネジメントそのものです。
 そして、変化に富んでいて、上手くいかないからこそ面白い。
 百発百中でホールインワンできるゴルフなど、誰もやらないでしょう。
 これは人生の縮図かもしれません。

自由と無軌道の穿き違え

 日本合理化協会から出版されている、東川鷹年著「社員がワクワクして仕事をする仕組み」は、15,750円という高価な本ですが、読み方・使い方次第ではそれ以上に効果の上がる良著です。

 『上から押しつけられた計画では社員は決してワクワクしないし、喜ばない。
 そしてそういうものは、結果として上手くいった例しはない。
 だから、社員の「自分がやりたいからやる」という意思と実行の上に成り立っていることが重要なのである。』

 ここでもやはり、自主・自立・自燃の重要性が確認できます。
 しかし、目標や仕組みといったものは、会社の掲げたヴィジョンや戦略に基づいてブレイクダウンされるため、得てして、やらされ感で受け止められがちです。

 『仕組みやシステムというと、規則でがんじがらめにされると感じる人が多いが、実際は全く逆である。
 仕組みやシステムがあるからこそ、社員は任された範囲内において、自分の判断でのびのびと仕事ができて、力を十分に発揮できるのである。』

 ゲームでも、スポーツでも、時間やルールが明確だからこそ、楽しめます。
 自由と無軌道を穿き違えてはいけません。
 
 『人というのは、押しつけや強制、命令、威圧、説教、懲罰、ノルマ、拘束などのやり方では上手く動かない。
 但し、時には必要な場合もある。
 しかし、そういう場合はその根底に、「この人を本当に育てたい」「感動を与えたい」という信念が無ければ、人は育たないのである。』
 
 いつも、「慣性の法則」の話をします。

 「大きな鉄球が地面にめり込んでいる。
 押しても引いてもビクともしない。
 しかし、粘り強く押し続けていると、少しずつ動き出す。
 一度転がり始めると、最初加えた十分の一程度の力でも、転がすことができる。
 やがて、力を加えなくても、自重によってゴロゴロと転がっていくのだ。』

 組織が未熟な内は、大きな力で押すことも必要。
 今は、社員に対する愛情と、後押しが必要な時期だと思うのです。

着火剤としての管理職

 4月中旬に宅建模試を行うという先日の拙文に対し、社内外からご意見を賜りました。

1.「賃貸仲介業で繁忙期明けの試験は難しいのではないか?」
 おっしゃる通りです。
 繁忙期明けの試験ということは、繁忙期中に勉強する必要があります。
 確かに大変でしょう。
 
 出社すると早朝から、息つく暇も無く、次から次にお客様が押し寄せ、閉店後ブラインドを下ろしてから、契約書作成等の事務処理をこなし、気がつけば日付が変わっていて・・・。
 さて、我が社の繁忙期に、こんな日が何日ありますか。

 「難しい」は「不可能」と同義語ではありません。 

2.「4月にピークを持っていくと息切れしてしまうのではないか?」
 おっしゃる通りです。
 オリンピック等のスポーツ競技であれば、大会本番に照準を合わせて、調整する必要があります。

 しかし、知識レベルは疲れません。
 4月の段階で30点以上のレベルになれば、慢心するのではなく、「勿体ないから必ず今年合格しよう」と心に誓う筈です。

 加えて、会社としての模試もそこで終わらせるつもりはなく、試験日まで継続します。

3.「資格試験の合格・不合格は個人の問題ではないか?」
 おっしゃる通りです。
 馬の首に縄をつけて、水飲み場まで連れていくことはできても、水を呑むかどうかは本人の意思。
 しかし、部下のためを思うなら、せめて水飲み場までは連れていこうじゃありませんか。

 人間は三通りに分かれます。
 ① 20% 自燃性人材 放っておいても自ら燃える
 ② 70% 可燃性人材 火をつけて貰えれば燃える
 ③ 10% 不燃性人材 いかに着火しても燃えない

 ①の自燃性人間は、放っておいたら良し。
 ③の不燃性は辞めて貰うべき。

 過去の経験からしても、懸命に声掛けすることで、一見不燃性かと思うような人材にすら、火が付いて次々燃え上がっていきました。
 私も含めて管理職は、大多数の70%に、いかにして火を点けるかが仕事です。

初競りに学ぶ経済学

 ネットや新聞で、既にご存じのニュースかと思います。

 築地市場で行われるマグロ初競りの高騰に、遂に終止符が打たれました。

2007年 寿司三昧   413万円
2008年 板前寿司   607万円
2009年 板前寿司   963万円
2010年 板前寿司   1628万円
2011年 板前寿司   3249万円
2012年 寿司三昧   5649万円
2013年 寿司三昧 1億5540万円
2014年 寿司三味   736万円

 20分の1に下がったとは言いますが、過去の流れを踏まえると、熱が覚めたと見るべきでしょう。
 初競りを除く通常の価格は200万円程度らしいので、今年の価格でも3倍以上のご祝儀相場ではあります。

 ちなみに、高級サクランボとして名高い「佐藤錦」の初競り価格は一箱120,000円。
 これも通常価格の10倍以上です。

 さて近年価格を吊り上げた要因は、落札を競った「寿司三昧」と「板前寿司」との意地の張り合いですが、宣伝広告費として割り切れば、原価割れの出血大サービスで提供したとしても、損はしてないのかもしれません。

 「フジTV]「日本TV」等の全国ネットTVで、ゴールデンタイムに15秒のスポットCMを流せば、一本約300万円。
 「読売新聞」「朝日新聞」等の全国紙に広告掲載した場合も、一段(一面は15段)単価は200~300万円。
 TVのニュースで繰り返し流され、新聞紙面に記事として取り上げられる経済効果を換算すれば、1億円でも安い筈です。
 
 それにしても、落胆したのは漁師さんでしょう。
 去年の場合は、宝くじに当たったようなものです。

 マグロだけでなく、不動産も同様に、欲しい人が沢山いると価格は価値を超えて吊り上がります。
 乱高下するマネーゲームに翻弄されるのではなく、真の価値を見極められるプロを目指しましょう。

エルトゥールル号遭難

 正直、私はこの話を知りませんでした。 

【 エルトゥールル号遭難 】
『トルコの木造船エルトゥールル号は、1890年横浜港に到着する。
 皇帝親書を明治天皇に奉呈し、オスマン帝国最初の親善訪日使節団として歓迎を受けた。

 しかし、艦の損傷や消耗は蓄積し続け、資金不足に伴う物資不足が限界に達していた上、多くの乗員がコレラに見舞われる。
 遠洋航海に耐えないエルトゥールルの消耗ぶりをみた日本側が、台風の時期をやり過ごすように勧告したものの、その制止を振り切って帰路についた。
 そしてその帰路、遭難事故は起こる。

 9月16日21時頃、折からの台風による強風にあおられ紀伊大島の樫野崎に連なる岩礁に激突、座礁したエルトゥールルは、機関部に浸水して水蒸気爆発を起こし22時半ごろに沈没、司令官オスマン・パシャをはじめとする600名以上が海へ投げ出された。

 樫野埼灯台下に流れ着いた生存者の内、約10名が数十メートルの断崖を這い登って灯台に辿り着く。
 大島村の住民たちは、総出で救助と生存者の介抱に当たる。
 寒さに凍える遭難者の衣服を脱がし、自らも裸になって体温で温めるという献身ぶりであった。

 この時、台風により出漁できず食料の蓄えも僅かだったにも関わらず、住民は浴衣などの衣類、卵やサツマイモ、更に非常用のニワトリすら供出するなど生存者たちの救護に努めた。
 この結果、救出された69名は無事生還することができた。』

【 イラン・イラク戦争 間一髪の脱出劇 】
『それから95年後。
 1985年に勃発したイラン・イラク戦争の際、イラクの独裁者「サダム・フセイン」が、イラン領空の全航空機を攻撃対象とする発表をしたために、テヘランにいた在留邦人250名が帰国できず孤立する恐れとなった。
 
 法律の足枷によって、海外に自衛隊機を派遣できなかった日本の代わりに、在留邦人を救い出すべくトルコ政府はトルコ航空機2機をイランに派遣。
 結果、在留邦人は文字通り間一髪でイランから脱出することができた。』
 
 当時の駐日トルコ大使「ネジアティ・ウトカン」氏は、次のコメントを残している。

 「95年前のエルトゥールル号の事故に際し、日本人がして下さった献身的な救助活動を、今もトルコの人達は忘れていません。
 トルコでは子供たちでさえ、道徳の教科書からエルトゥールル号のことを知っています。
 それを知らないのは、日本人だけです。」

貴重かつ浪費し易いモノ

 社内向けの告知です。
 4月16日(水)は定例の全社会議ですが、午前中の会議に引き続き13:00~15:00宅建模擬試験を行います。
 対象者は、無資格営業全員です。

 アルバイト採用の二名について、繁忙期明けに正社員登用を賭けた試験を実施することは既に周知済み。 
 今回は、その試験と兼ねて、無資格者向けに宅建模試を実施します。
 合格ラインは30点です。

 過去数年を振り返ってみますと、宅建合格者は数えるほどしか出ていません。
 昨年は全滅です。

 10月の試験が終わった直後は傷心し、来年の雪辱を誓うものの、勉強を始めるのは繁忙期が終わってから。
 エンジンが温まる前に本試験に突入して撃沈・・・このパターンを繰り返してきました。
 
 そこで今回は、その締切を4月に前倒しすることで、全員合格を目指します。
 4月時点で30点レベルまで到達していれば、残り半年で35点は余裕です。

 同僚であるバイト二名は、正社員登用を賭けて必死に勉強してきます。
 立場も同じ無資格者であれば、30点クリアを求められて当然でしょう。
 
『時間ほど浪費しやすいものはなく、時間ほど貴重なものはない。
 これが無ければ我々は、この世で何事もできないのだから。』 ウィリアム・ペン

 明確な期限と、明確な目標が、皆さんの今やるべきことを明確にしました。
 当日までの時間を有効に活用下さい。

有難味を忘れるな

 正月休み明けは、足が重いものです。 
 久々に会う親戚や同級生と土産話に花を咲かせ、おせち料理や年越し蕎麦に舌鼓を打つ。
 年末年始のTVも、特別番組ばかり。
 そんな環境で一週間近くもまったりと過ごせば、仕事モードに切り替えるのには時間がかかります。

 20代後半の2~3年、某菓子店の店長をしていました。
 正直この頃は、年末年始が億劫で堪りません。

 まず10月の声を聞きますと、X'masケーキの予約商戦に突入します。
 12月24日は、一年で一番売上の上がる書き入れ時。
 朝から晩まで戦争の様な忙しさです。

 X'masが終わると、店内のディスプレイを正月仕様に改め、進物の箱詰め包装。
 12月31日大晦日は、「家族で甘いものを食べながら紅白を」と考える方が多く、ケーキを中心に良く売れます。
 当時は元旦だけお休みを頂いていましたが、今ならそうはいかないでしょう。

 1月2日の初売りも、年賀や帰省のお土産を求めるお客様がごった返します。
 正月が終わると節分、節分が終わるとバレンタインデー、バレンタインデーが終わるとホワイトデー、ホワイトデーが終わると雛祭り(旧暦)、雛祭りが終わると端午の節句・・・。
 催事が一巡すると、既に半年終わっていた・・・これが菓子店の実態です。

 季節を先取りするというよりも、季節に追いかけられている様な気がして、慌ただしい日々でした。
 沢山のお客様に来て頂ける有難い事象も、そのこと自体が当たり前と思えば、感謝の念を忘れます。
 
 「お客様はもういいから、少し休ませてくれ」という不謹慎な気持ちも芽生えますし、「低単価のお客様」や「次につながる冷やかし」をお客様と思えなくなってしまうのです。

 一方、閑散期や売上の落ちている時には、何とかお客様に来て頂きたいと切望します。
 こうして矛盾に満ち、不遜で傲慢なのが、人間の本質かもしれません。

 1月、2月、3月、徐々にお客様が増えてきます。
 有難味が薄れそうになる時、思い出して下さい。
 我々は、お客様に生かされているのだということを。

切符なき旅

 月間目標という目標管理のフォーマットは、前職時代とほぼ同じものを使っています。

1.上段 「先月迄の目標の進捗」(遅れているのか、進んでいるのか)
2.上段 「今月の目標」(具体的な数値による定量的な目標)
3.左欄 「細分化した目標」
4.右欄 「目標達成のための具体的な手段」

 判り易くするため、ダイエット目標に置き換えてみましょう。

1.原状71kg → 3月末目標65kg(6kg減) 先月末68kg
2.今月末までに1kg減で67kg 
3.一週間毎500g減
4.そのための具体策
 ① 21:00までに夕食を摂る
 ② 半身浴10分間
 ③ 間食を摂らない
 ④ 腕立て伏せ50回 腹筋50回
 ⑤ 一日1,800cal
 
 ここまで精緻に決めて実行すれば、成功間違いありません。
 ところが、殆どの人がダイエットを望みつつ目標を決めない・・・
 目標を決めたとしても、具体的な行動計画を立てない・・・
 行動計画を立てたとしても、それが継続できない・・・
 だから痩せないのです。

 目標を立てたからといって、それは実行を担保するものではないので、必ずしも痩せるとは限りません。
 しかし、目標を立てる、実行計画を組むことで、少なくとも痩身への切符を手にすることができます。

 仕事初めの1月4日、月間目標の擦り合わせからスタートしました。
 ところが、12月の反省が無い、更には月間目標そのものが無い。

 いわずもがな既にレースは始まっています。
 他のランナーは、次々とスタートしていくにも関わらず・・・。
 あなたは立ち止まったまま、「さてどのゴールを目指そうか?」と思案顔です。
 先行するランナーの背中は次第に小さくなっていきます。

 せめて切符を買いましょう。

人生の踏み絵

 このポピュラーな寓話は、人生を歩む上で大いに参考になります。

『 二人の男が一緒に旅をしていた。
 二人は無二の親友である。
 
 山道を歩いている時二人は、突然大きな熊に遭遇した。
 先に気付いた男は、一目散に逃げ、木に登って身を隠す。

 もう一人は逃げ場を失い、枯れ枝を手に取って闘おうとしたが、やがて観念し、地面に突っ伏して死んだフリをする。
 獰猛な熊は、荒々しく近付き、この男を鼻先でクンクン嗅ぎ回っていたが、やがて何もせずに去って行った。 
 木の上の男は、熊が去ったのを見届けてから下に降り、親友の肩を叩く。

 A「無事で良かったな」
 B「ああ」
 A「あの熊はお前に、何か囁いたのか?」
 B「不幸や災難に遭った時、力に成ってくれない友人とは旅をするな、ってさ」
 A「・・・」

 それから二人は其々、別々の道を歩んで行った。』

 友人関係だけでなく、社員であっても、家族であっても、似たようなケースはあります。
 前職の会社は、入社後十数年で十倍近くの成長を遂げ、ピークから僅か数年で民事再生法申請に至りました。

 急成長の過程では、蝶よ花よと持て囃していながら掌返す取引先や、自己保身のために裏切る同志の心変わりは、今も鮮明に覚えています。
 一方、そうした逆風下でも、誠実に対応して頂いた方の恩義は決して忘れません。 

 会社経営も、人間関係も、常に良い時ばかりではないでしょう。
 逆境、逆風の時こそ試される、人生の踏み絵です。

白黒つけろ!

 facebookにも書きましたが、ここ十数年続いている習慣があります。

① 仕事納めの翌日出社
② 仕事初めの前日出社

 この二日間でどれだけの仕事ができるかというと、恐らく判ったものです。
 どちらかというと、精神的なアドヴァンテージを得るためという理由が主かもしれません。
 電話も来客も相談もない、誰も居ないオフィスで、ラジオを聞きながら、やり残した仕事や、明日の予定に想いを巡らすのは至福の時間であります。

 明日4日の仕事初めは、朝から夕方まで、社員との目標面談のため出ずっぱりです。
 昨年の・・・というよりも、創業から五年間の最大の反省課題は、社員とのコミュニケーション不足につきます。
 
 「この位、言わずとも判るだろう」
 「今まで、何度も同じことを言ってきた」

 経営者は、総じてこうした想いが強い訳ですが、これはある意味エゴ。
 基本的に人は、言わないと判らないし、判るまで言い続けるのが経営者の務めでしょう。
 
 時に、「多分判ってない」と知っていながら、そこを詰めると決定的な溝に成ることを恐れて、腫れものに触るような場面もありました。
 社員に対しても、己に対しても、理念・方針を貫く上でも、甘さがあったと自覚しています。

 曖昧な事柄や、グレーゾーンが社内に蔓延したのでは、社風も文化も醸成できません。
 今年は、「良いことは良い」「悪いことは悪い」と白黒ハッキリさせる覚悟です。

脱 頭でっかち

 名著「武士道」を残した新渡戸稲造氏の、「自分をもっと深く掘れ!」に、次の教えが書かれています。

 『一生の迷いをたった三日で解決した人の話』
 先頃、ある友人が来てこんな話をした。
 「自分は従来から大酒豪であった。
 飲酒には弊害も多く、友人からも忠告され、書物でもしばしば目にしてきた。
 果たして飲酒は、それほどまでに有害なものなのか?
 私は様々な方面から、飲酒の利害を研究した。
 経済上、精神上、衛生上から飲酒の及ぼす諸般の影響を考え、また社会に対する飲酒の利害、更には国家の財源としての酒税など、広く各方面に渡って研究してみたが、議論はどうにでも立つ。
 善と見れば善の論が立ち、悪と見ればまた悪とも見られる。」

 その後、暫く迷ってたがある時、一念発起して禁酒を断行したところ、答えが出たのだそうです。

 「三日後には心が快晴となり、大敵に打ち勝った勝利者のような気になった。
 今まで煩悶を重ねてきた各種の問題も、何の苦もなく解決された。」

 別に禁酒のススメではありません。
 「集客力が」「営業力が」「再来率が」
 頭の中で課題が渦巻いていることでしょう。
 しかし、

 『どんな種類の疑問も、実行なしに解くことはできない』 カーライル

 今年は、脱頭でっかちで、実行の人を目指しましょう。
 
プロフィール

Hideo Matsuoka

Author:Hideo Matsuoka
・生年月日 昭和37年10月30日

・好きな言葉 
今日は残された人生の最初の一日

・信条「先憂後楽」

・尊敬する人 
稲盛和夫 西川広一 松下幸之助

・資格 ①宅地建物取引士
    ②建築2級施工管理技士
    ③マンション管理業務主任者
    ④防火管理者
    ⑤少額短期保険募集人
    ⑥損害保険募集人
    ⑦損害保険商品専門総合
    ⑧不動産キャリアパーソン
・趣味
 劇団AUGAHANCE初代代表
 主に脚本・演出を担当

・経歴 
 中卒後、大工・石工と職人道を歩む
 平成2年 
 ㈱中岡組 (ジョーコーポレーション)入社
 マンション担当役員→常務執行役→管理会社代表を歴任
 平成21年 ㈱NYホーム起業

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR