元旦は4月1日

 いよいよ今年も残すところ今日一日だけとなりました。
 光陰矢の如しとは良く言ったものです。
 少しだけ一年を振り返ってみます。

 実質四年目となる第5期(H24年8月~H25年7月)決算は、おかげさまで史上最高益。
 先行投資の過去三年が悪過ぎただけですが、何はともあれ、曲がりなりにも最高益は最高益です。
 少なくとも、過去の種蒔きが奏功し、やっと芽が出て、花が咲き、実がつくところまできたと言えるでしょう。

 そこで迎えた第6期も5か月が経過し、月間目標達成は3勝2敗で、何とか勝ち越せました。
 店舗毎にはバラつきがあるものの、受注・売上はほぼ予定通りに進んでいます。
 管理戸数も順調に増えつつありますし、必ずしも悪くない数字です。

 但し、満足している訳ではありません。
 TOPが満足した段階で企業の成長は止まる・・・だから、いかにパフォーマンスを上げようとも、絶対に満足はしないのですが、そんな高尚な次元ではなく、目前の改善領域が多大に広範に山積しています。
 
 後発の会社として、未熟さを痛感させられた一年でした。
 一方、多大で広範で山積する改善領域を、成長シロという言葉に置き換えれば、我が社は可能性の宝庫です。
 若手社員が経験に伴って習熟し、幹部社員がリーダーシップを高め、管理ストックが増大し、知名度が上がり、信用が蓄積されていけば、飛躍的に良い会社となる可能性を秘めています。 
 
 年が明ければ、社運を賭けた繁忙期に突入。
 今期業績も、会社の未来も、賞与も昇給も、雇用の拡大も、総てはこの3ヶ月間にかかっているといっても過言ではありません。

 賃貸仲介業にとって元旦は1月1日ではなく4月1日。
 自らの努力で機会を掴み、未来を拓きましょう!

 今年一年の御愛読ありがとうございました。
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営業なら営業しよう

 仕事納めの29日、某店のランクアップを実施しました。
 己の管理不行き届きが浮き彫りとなる結果に、力足らずを痛感した次第です。
 
 現場に任せきりの中で、余りにも淡泊な営業が目立ちます。
 過去にも同じ様な指摘を何度も繰り返していますが、またしてもデジャヴの展開でした。

1.電話をかけたけれどつながらない 
 実際に何回かけたのか?と訊ねると、せいぜい2~3回。
 たったそれだけの追客で、脈無しと諦めてしまいます。 
 電話は、つながるまでかけるのが大前提です。

2.来店から二週間、追客らしい追客をしていない
 どれだけ熱いお客様の気持ちも、時間が経過する程に冷めてしまいます。
 二週間も放置すれば、他決していない方が不自然です。
 二週間後に与える千金のアドバイスなど、一文にも値しません。

3.決定権者である御主人に来店頂けない
 いわずもがな、決定権者とお話しできなければ商談は進みません。
 その御主人に来店頂くために、最善を尽くしたでしょうか?

 平成21年9月に大洲駅前店をOPENした当時、社員は私と滝井店長と女性社員の三名だけです。
 当然、社長の私自身も接客応対・御案内します。 
 同年12月、松山南店開店までの2~3ヶ月という短い期間ながら、接客した全員に対し、当日中に手紙を投函しました。

 確かに賃貸仲介営業で、手紙を出す人は稀少です。
 だからこそ、値打ちがあります。
 誠意は必ず伝わります。
 営業マンから丁寧な手紙を貰えば、電話も取ろうと思うでしょうし、来店しようと思うでしょうし、同じ条件ならこの人から買いたいと思うでしょう。

 一日10組新規接客をして見込客が溢れているので優先順位の高い順から捌いている・・・とか、新規来店・成約率が7割超えていると言うのなら、こんな苦言を呈しません。
 
 数える程しか接客していなくて、決定率も5割を切っている営業マンにとって、目の前のお客様の追客以上に、重要な仕事など無いのです。

 営業として給料を貰うのであれば、営業をして下さい。
 私は営業管理で給料を貰う立場として、来年以降ランクアップに心血を注ぎたいと思います。

滑稽な生還劇

 毎年1度は風邪でダウンします。
 今年は、懸案山積みの年の瀬押し迫ったタイミングでしたので堪えました。

 風邪の症状が出たら、ゆっくり休むのが一番です。
 しかし、なかなか休めない時の対処法は以下の通り。

1、半身浴10分間
2、全身浴1分間
3、足湯10分間
 
 水分を摂りながら、2~3セット繰り返すと、夥しい発汗と共に熱も引いていきます。
 過去何度もこれで切り抜けてきました。

 昨夜も、これをワンセットやった段階で、コップを取ろうとして洗面所に一歩足を踏み出した瞬間、滑って転んで悶絶状態。

 たまたま、家族は出かけていて一人です。
 携帯電話も近くにありません。
 遠のいて行く意識、全身から溢れ出す脂汗。

 幸いにも、暫く安静にしていたら意識も戻ってきたので、こうしてブログを書いています。
 冗談抜きで、生まれて初めて死を意識しました。

 健康は全てに優先する。
 どうぞ滑稽な私の生還劇を反面教師として下さい。

短命な檻の中の象

 クレストデジタルズの渡部社長から、素晴らしい言葉を学びました。
 
 「選択は今日の自分を明日なりたい自分に変える唯一の手段。」 シーナ・アインガー著「選択の科学」より

【 あらすじ 】
 動物園の動物は、野生の動物より、はるかに食糧、衛生状態の面で恵まれているにも関わらず、寿命は圧倒的に短い。
 例えば、野生のアフリカ象の寿命は56歳だが、動物園のそれは僅かに17歳。
 動物園の動物には、過剰な毛づくろいや、意味もない往復運動などの神経症状をみせる動物が多い。
 その理由は、野生の時のような「選択」ができないからだ。

 人間も同じ。
 英国の20歳から64歳の公務員男性1万人を追跡調査して、様々な職業階層と健康状態の比較を行う。
 調査前には、「モーレツ上司が心臓発作をおこして40代でポックリいく」という予想が支配的であったものの、それとは真逆の結果となった。
 即ち、職業階層が高ければ高いほど、寿命は長い。
 これは、職業階層の高さと仕事に対する自己決定権の度合いが直接相関していたことに起因している。

 なるほど、実に面白い(by ガリレオ)。
 安全・安心・安定を当たり前と思う、自分で選択しない檻の中の動物は、生きる価値そのものを見い出せません。

 加えて、命の危険に晒されること、家族や社員を守る責任、それらのストレスやプレッシャーに苛(さいな)まれることが、使命感に火を灯し、生きるためのエネルギーが燃え上がるのでしょう。

 自ら選択して生きることが、充実した人生の鍵です。
 指示待ち人間に終わることなく、自主性、主体性、自立性、自燃性を開発して下さい。

餅の数よりも大事なこと

 ついこの前、年が明けたと思っていたら、気がつくと今年も余すところ僅か数日。
 本当に時の流れは早いものです。

 さて、年末は気持ちが浮つき、ついつい消化試合になってしまいます。
 目標も達成してもいないのに、やるべきことができていないのに、正月に食べる餅の数を計算するのは愚の骨頂。
 大掃除ではありませんが、今年の宿題は今年の内に済ませましょう。

 かく言う私も、少し追い詰められています。 
 年末の御挨拶も年賀状も完了していません。

 年末に飛び込んだ不幸事が、スケジュールを大きく狂わせました。
 更に、管理委託契約と大型の売買契約も、年内に予定しています。
 言わずもがな、これは嬉しい悲鳴。

 忙しい・・・、自分にしかできない・・・、裏を返せばそれは、個々人の存在価値です。
 ゆとりがある・・・、誰にでもできる・・・、こんな状況では仕事のやり甲斐も生き甲斐もないでしょう。
 仮にそうなら近未来、正月休みどころか、ずっと休みが続きます。

 以下は、各店長へのお願いです。
 今年と今月の目標をもう一度確認し、社員の方と共有し、やり残したことは年内に必ずやり切って下さい。
 加えて、仕事初めの1月4日には、ロケットスタートが切れる様に、精緻な計画を積み上げましょう。

 年が暮れようと、明けようと、過去の実績も、今期の目標も、これからの課題も変わりません。

お客様に対する畏敬の念

 反省と自戒の念を込めて、以下の文章を綴ります。
 
 以前、松山南店にお越しのカップルのお客様の男性が、サンドウィッチマンの伊達さんに酷似していました。
 お帰りの後、担当した社員と二人で互いに「そっくりだなあ」と共感。
 その後も、「あのサンドウィッチマンどうなった?」という感じでやり取りします。

 恥ずかしながら、これは単なる悪ふざけです。
 お客様に畏敬の念があるならば、入居者やオーナー様に対して、呼び捨てにしたり、あだ名で呼ぶ筈がありません。
 「お客様の前では、しっかり敬称をつける」としても、不遜な心根は見透かされてしまいます。

 また日常業務の中で、オーナー様や入居者様から無理難題を申し付けられたり、手間がかかることを要求される場面もあるでしょう。
 そうした時、感情の動物である人間は、ついつい立腹したり、乱暴な言葉が口をつくもの。 
 しかし、そこで感情を抑制し、言葉を呑みこむのが、我が社の求める人材像です。

 何故なら、我々が給料を頂けるのは、お客様あってこそ。
 この原理原則を忘れてはなりません。

 勿論、コンプライアンスに反することや、会社の方針を歪めることを求められる方は例外です。
・ 法定点検や貸主負担の修繕を求めた際、「お金がかかるから」という理由で受け入れないオーナー様
・ 生活保護や母子家庭保護を搾取しようとして、家賃操作を要求したり、偽装離婚する夫婦 

 仮にそんな方がいたとすれば、どれだけ売上が落ちてたとしても、お客様にすべきではないでしょう。
 しかし、お店に来られるお客様の大部分は、誠実な方ばかり。
 少々のわがままや優柔不断を理由に、お客様を選別しようとするのは、営業サイドの傲慢さ以外の何ものでもありません。
 
 「big smile」運動を通じ、お客様の声を経営の羅針盤とすることは我が社の方針ですが、ここで声が聞けるのは契約頂いた方のみ。
 未契約の方が、どうして選ばれなかったか、或いは他決してしまったか、その心理を先読みして戒められる、謙虚で誠実な営業を目指して下さい。
 私自身も、先述の様な不遜な心根を、省み戒め改めます。
 これも、会社の忽(ゆるが)せにできない方針の一つです。

ひとつ船に乗る運命共同体

 先般、同年代の親戚から、勤務先の厳しい実態を聞かされました。
 彼の勤務先は、その業界の中でもナンバー1メーカーの販社であり、親会社も上場企業です。
 中途で就職を決めた際、自他共に「良いところに就職できた」と喜んでいました。

 ところが今年、希望退職が実施されたと言います。
 希望退職とは、業績が厳しくなった際、人件費削減を目的に、中高年を対象として退職希望者を募る方法です。
 手を挙げた人には、通常の退職金以外に、退職加算一時金が支払われます。

 退職まで残り数年であれば、踏ん切りも容易でしょう。
 一方、定年まで10年、20年余した方にとってみれば、苦渋の決断となります。

・ 多額の住宅ローンが残っている
・ 子供が高校・大学に通っている

 こうした現実の中で、安定的・継続的な給与収入を途絶えさせるのはリスキーです。
 また、40〜50代の再就職の難しさは、身に染みています。
 だからこそ、将来不安を抱えつつ、しがみついてでもその会社に残る選択をせざるを得ないのです。

 会社に残ったら残ったで、現場は削減された人員の分まで、多くの仕事をこなす必要があります。
 人が減ったからといって、売上を落とすことはできません。
 進むも地獄、引き返すも地獄です。
 
 撤退、規模縮小、人員削減・・・。
 業績不振の責任が経営者にあったとしても、しわ寄せから逃れることはできません。
 何故ならば、経営者も幹部も社員も、ひとつ同じ船に乗っているからです。
 皮肉なことに業績好調時よりも業績不振時の方が、沈む時は一緒の運命共同体なのだという自覚が高まります。

 経営者は、そうならないためにヴィジョンを打ち出し、戦略を練り、実行レベルにまで落とし込む。
 従業員は、そうさせないためにお客様の声を反映させ、戦術・戦技を磨き、成果を残して行く。
 そして、万が一の事態に備えて、「よそでメシの食える人材」を目指す。

 「資格を取れ!」「営業力を上げろ!」「スピーディーに追客しろ!」「数字にこだわれ!」
 日々のこうした厳しい声がけは、会社だけでなく、社員の家族と生活を守るためなのです。

諸行無常の響きあり

 葬儀というのは実に慌ただしいものです。

・ 主治医から死亡の確認があると、すぐに通夜、葬儀の段取り。
・ その日の内に寝台車に乗せ、自宅にて遺体を安置。
・ 翌日、各地から次々と帰省する親類縁者の接待。
・ 通夜の準備を終え、弔問客をお迎え。
・ 葬儀当日は早朝から、納棺士(おくりびと)による旅立ちの衣装への着替え。
・ 自宅からの御見送り。
・ 葬儀場において葬儀ならびに告別式の実施。
・ 棺(ひつぎ)と共に火葬場へ移動。
・ 待ち時間を利用して別室で会食。
・ 火葬終了後、骨拾い。
・ 再び葬儀場へ移動し、納骨および初七日の法要。

 遺族にとって、悲しみに暮れる暇も無いことを、改めて実感しました。
 まるで悲しみを紛らわすため、多くのやるべきことが定められているかのようです。

 長年共に歩み、喜びも悲しみも分かち合ってきた最愛の伴侶を失くした義母は、これから大きな家で一人過ごすことになります。 
 本当の寂しさや悲しさが押し寄せるのは、この慌ただしさが収まり、親類縁者が去り、一人過ごす静けさの中かもしれません。

 私も、実父、実姉に続き義父を失いました。
 つくづく、人生とは常ならず・・・諸行無常です。
 限りある残りの人生を精一杯生き切ることが、この世に命を残した我々の務めであることを再認識しています。

故人の演出した再会

 義父の通夜、葬儀で連休を頂きました。
 今年、末期ガンが発覚し、年を越せるかどうかという見立てだったため覚悟はしていましたが、退院後、普通に日常生活を送っていたため、このまま快復するのでは、という淡い期待があったのも事実です。

 19日に容態が急変し、救急車で運ばれ、親類縁者が呼び寄せられます。
 初孫として可愛がって貰った我が家の長男も、広島から急遽帰省。
 普段はフェリーを利用しますが、今回ばかりはスーパージェットです。

 観光港まで迎えに行き、急いで車を走らせます。
 途中、容態が悪化し、何度も電話が鳴りました。
 受話器の向こう側の義父に、「爺ちゃん。もうすぐ着くから…」と必死で語りかける長男。

 病院に着いて階段を駆け上がり、病室のドアを開けると、沢山の管に繋がれた義父が虫の息で闘っていました。

 長男が手を握り、「爺ちゃん」と呼び掛けると、確かに目を開けて頷きます。
 それから1時間後、「トイレの神様」の歌詞さながら、待っていてくれたかのように静かに息を引き取りました。

 久々に集った親類縁者。
 誰かが呟きます。
 「前会ったのも葬儀だった。
  こんなことでもないと会うことがない。」

 悲しいかな、これが現実です。
 ある意味、故人が身を呈して再会の機会を演出してくれるのかもしれません。

 この場を借りて、御厚情、御会葬頂いた方に御礼申し上げます。
 ありがとうございました。

文明的or文化的産業

 先日の中小企業家同友会12月例会、報告者は駒澤大学経済学部教授の吉田敬一教授です。
 演題は、「持続可能な地域経済を支える同友会型企業の役割」。

■ 文明型産業 (車・時計・パソコン・携帯電話等々の商品)
 ・生きるための必需品ではない
 ・生活を豊かにするための商品
 ・大量生産・大量販売に対応できる大企業が主体
 ・ニーズは万国共通

■ 文化的産業 (衣食住に関わる商品)
 ・生きるための必需品
 ・生活そのものを支える商品
 ・小ロットでの製造・販売に対応する中小企業が主体
 ・エリア属性・民族的特性が高い
 
 これほどまで具体的かつ明確に、中小企業の役割と存在意義を説いた分析があったでしょうか。
 ナショナルチェーンの台頭によって、地場中小企業が次々と淘汰される御時世ですが、それは弱肉強食の摂理に基づく不可抗力ではなく、中小企業の側がその本分を見失ってしまったからなのです。

 量販店と競って、赤札のスーパードライを店頭前に山積みする田舎の酒屋・・・。
 牛丼チェーンと競って、安売りの弁当を売ろうとする飲食店・・・。
 東京の分譲マンションのトレンドを真似る、地方のデベロッパー・・・。

 こうした事例は多々見聞きしますが、決して成功することはありません。
 それは、地域のニーズを読み誤っているか、大企業の土俵での無謀な戦いに臨んだからなのです。
 
 文化的産業の三大要素「衣食住」の一つ、住まいに関わる我々は、いかにして地域のニーズを掴み、呼応すべきなのか。
 ひいては、地域におけるNYホームの存在意義は何なのか。
 年末そして繁忙期に向けて、実に大きな宿題を頂きました。

社会人としての酒席

 12月全社会議の後、忘年会を実施しました。
 一次会から二次会へ、これまでにない熱狂的な盛り上がりを見せたことは間違いありません。

 久米店の大野店長の言葉を借りて言うならば、「あの熱さがあるなら大丈夫」。
 確かに、間近に迫った繁忙期や、今後の成長・発展に期待の持てる一夜だったと言えるでしょう。
 それを踏まえた上で、これからにつなげるために、幾つかの課題を列挙しておきます。

① 忘年会は原則参加
 忘年会は、年間スケジュールで定められた会社の公的行事です。
 冠婚葬祭、体調不良等のやむを得ない事情を除き、必須参加と認識して下さい。

② 無礼講は無い
 上司やお客様が口にしようとも、社内外含め、社会人の飲み会に無礼講はありません。
 上司や先輩が偉ぶるという意味ではなく、礼節を失しないのも常識。
 お世話に成った先輩や、普段会えない役職者に、お酌して回るのも当然の務めです。

③ 飲み過ぎ注意
 飲み過ぎて、途中の記憶が抜けてしまった方がいらっしゃいます。
 その間、ハメを外し過ぎた場面もありました。
 幸いにも、大きな問題に発展することはなかったのですが、これはあくまでも結果オーライです。
 事件が起きた際、「酒を飲んで覚えていない」という言い訳は通用しません。
 それだけで、一生を棒に振ることだってあります。

 最近の傾向として、社内の飲み会に参加したがらない若者が増えているようです。
 その大きな理由は、「先輩や上司に気を使わないといけないので面白くない」。
 気持ちは判ります。

 しかし、学生ならいざ知らず、社会人なのですから周囲に気を使うのは当然でしょう。
 その違いを教えるのも、会社の責任です。 
 
 先述した通り、社内の公的行事である忘年会は、ある意味仕事の一環。 
 NYホームの看板を背負って開催している以上、周囲もそういう眼で見ています。
 何かがあれば、個人も会社も信用を失うことに成りかねません。
 
 社会がルールや規律の中で成り立っているのと同様に、酒席であっても節度は必要です。
 目指すべき立派な会社の立派な社員に相応しい、節度ある飲み会を心掛けましょう。

キラキラワード撲滅

 巷(ちまた)では、「キラキラワード」なるものが流行っているそうです。

 「キラキラワード」とは、「小さな労力で大きな成果を手に入れたい」「楽してお金儲けしたい」といった言葉を並べて「射幸心」を煽るコピーのことを指します。
 ゆとり教育で育ってきた現代の若者には、拙文の様な説教臭い言葉よりも、こうした「夢」のあるフレーズの方が胸に響くようです。
 
 確かに、近年のベストセラーの中にも、こうしたキラキラワードを帯に並べて、若者の心をガッチリと掴んでいるものも少なくありません。
 ただこれは、「夢」というよりも、現実と大きく乖離した「夢物語」です。
 キラキラワードの一例を列挙します。

①「無理しない方が良い♪」
②「頑張らない方が上手くいく♪」
③「楽しいと思える仕事を見つけろ♪」
④「心の底からやりたいと思うことだけをやれ♪」

 騙されてはいけません。
 まるっきり間違っています。
 こんな脳天気思考で人生が拓けるなら世も末。
 ある意味、この逆こそ王道です。

① 無理をしましょう。
  固い筋肉を伸ばすストレッチの如く、無理をして鍛えていく内、無理が無理では無くなります。
  それが成長です。
 
② 頑張りましょう。
  世の中上手くいかないことだらけです。
  だからこそ頑張って、僅かなりとも上手くいくように進めます。
  それが人生です。 

③ 仕事が本当に楽しいだけなら、社員に給料なんて出しません。
  遊園地の様に入園料を頂きます。
  白馬に乗った王子みたいに、いつかどこかで天職に巡り合えると信じている若者よ!
  そんな気持ちで天職を待ってたら、転職ばかり繰り返して何ひとつできないクズ人間になるぞ!
  目の前の仕事に徹底して取り組んでこそ、それが天職になるのです。

④ やりたくない仕事でも、やるべきことなら、やらねばならん!
  それが仕事だ!

 ついついエキサイトして、口語体と文語体が入り混じった、はちゃめちゃな文章になってしまいました。
 しかし、ここだけは譲れません。
 キラキラワードは、人間をスポイルするための麻薬の様なものです。

罰当たりな営業マン

 営業職のトレーニング手法の一つに、「ロールプレイング」・・・通称ロープレがあります。
 同僚二人が、お客様役と営業マン役に分かれて、疑似商談をする訳です。

【 ロールプレイング 】
 『現実に起こる場面を想定して、複数の人がそれぞれ役を演じ、疑似体験を通じて、ある事柄が実際に起こったときに適切に対応できるようにする学習方法』

 今時の世代は、ロールプレイングと言えば「RPG」を連想する方の方が多いかもしれません。
 
【 ロールプレイングゲーム RPG 】
 参加者が各自に割り当てられたキャラクター(プレイヤーキャラクター)を操作し、一般にはお互いに協力しあい、架空の状況下にて与えられる試練(冒険、難題、探索、戦闘など)を乗り越えて、目的の達成を目指すゲームの一種。

 さて、先日行われた全社会議で、ネオR1選手権が開催されました。
 半年以内に入社した3名の営業マンを対象として、物件提案前のヒアリングがどれ位スムーズに、抜けなく行えるかの優劣を競うものです。
 実演した若手社員のみならず、それを見守った先輩や上司も、今後の課題が浮き彫りになったと思います。

 かのイチロー選手が、子供の頃から現在に至るまで、毎日休むことなく練習を継続している話は有名です。
 実はただ一度だけ、練習せずに試合に臨んだことがあるとのこと。
 その試合は、オリックス在籍時代のオールスターゲームです。

 公式戦でないこともあり、「練習せずに試合に臨んだとしたら、どうなるか?」というテーマを持った実験でした。 
 結果は四打数三安打の猛打賞。
 
 しかし、この後の気持ちの切り替えこそがイチローのイチロー足る所以(ゆえん)です。
 「自分の中では、バッティングの感覚がいつもと違っていた。
 たまたまヒットは打てたけれど、やはり練習しないと駄目だなと思った訳です。」

 一般人ならば、「練習しなくても打てるじゃないか。」と慢心し、高を括り、怠惰に流れるでしょう。
 
 世界のイチローですら、打席に立つ前には必ず、素振りをしてからバッターボックスに立ちます。
 無知で未熟な凡人営業マンが、ロープレもせずに接客することが、いかに罰当たりな行為であるか。
 少なくとも今日からは、心を入れ替え、精進して頂くことを期待しています。

感情に言葉を乗せる

 坂東玉三郎さんと言えば、御存じ歌舞伎界のスーパースターです。
 今から十数年前、内子座での舞台を観賞したことがあります。
 
 身のこなし、表情、足の運び・・・無駄な動きは一つもなく、その妖艶さに魅了されました。
 やはり一流の方は違います。
 
 さて、その坂東玉三郎さんが映画監督を務めた際、キャストにこう要求したそうです。

『言葉に感情を乗せるのではない。
 感情に言葉を乗せるのだ。』

 なるほど・・・呻るしかありません。
 役者は、ベテランになればなるほど自分の技量を過信し、言葉に感情を乗せようとします。

 確かに上手い台詞回しではあるけれど、もう一つ観客の心を動かせない。
 一方、経験も技量も未熟な役者から繰り出される、朴訥とした台詞に感動を覚えることもあります。

 我々の仕事も同じです。
 営業マンは、年期を積めば積むほどに、こなれた営業トークを繰り出すことができます。
 理論も知識も正しいにも関わらず、何故かお客様には響かないこともあるでしょう。

 緊張しながら、詰まりながら、噛みながら、汗を拭き拭き一所懸命説明をする新米営業マンに、軍配が上がることもあります。
 
 「お客様にとって住み心地の良い住宅を提供したい。」

 こうした強い想いが先にあり、感情を言葉に乗せて説明するからです。
 勿論、熟練したトークや技量をもったベテランに、そうした想いが備われば鬼に金棒でしょう。
 幾ら経験を積んだとしても、決して忘れてはならない初心です。

百万の理論よりも一つの実践

 いつもお世話になっている、ギノー味噌の田中社長と会食させて頂きました。
 田中jrも交え、テーマは社員教育です。

 「掃除に学ぶ会」や「中小企業家同友会」に、積極的に参加されている会社ですので、さぞかし社員研修の仕組みも確立されているのだろうとお尋ねすると、集合研修は無に等しいとのこと。
 その理由について、田中社長ご自身が的確に分析されています。
 
 「我が社には、長年培ってきた味噌作りの伝統とノウハウがある。
 例え人間教育が行き届かなくても、商品は生産・販売されてしまう。」

 だからこそ、プライオリティが上がり難い・・・。
 不動産業と比較すれば明快です。

 我々の仕事はフィービジネスであり、モノを売るのと同じ位の比重で、人間性を買って貰っています。
 つまり、社員教育や理念の浸透によって、人間性を磨かなければ、売れるものも売れず、商売そのものが立ち行かなくなってしまうのです。

 その点、ギノー味噌さんは、伝統・ノウハウ・販路という、先祖代々積み上げてきた蓄積があります。
 極論するなら、製造工程さえ間違えなければ、誠実な人間が作る味噌も、邪悪な人間が作る味噌も、同じクオリティに仕上がる訳です。
 
 とはいえ、田中社長が社員教育を怠っているとは思いません。
 「掃除に学ぶ会」に参加した社員の皆様が、汗をかきながら素手で便器を磨くことで、同時に心の垢を落とします。
 販促イベントに社員を送りこむことで、営業の労苦や、買って頂くことへの感謝を実感します。
 また、社長自らが率先垂範して県外へ乗り込み、新規開拓の成果をあげてきます。

 これらは、どんな名著よりも雄弁に、理念や方針やリーダーシップを伝えてくれるでしょう。
 本だけ読んで、知識ばかりが膨らんでも、実際に手・足・口が動かなければ意味を成しません。
 
 田中社長は謙虚に、社員教育の改善点を未来志向で語られています。
 しかしながら自分はこの日、テーマの逸れたところで大きな気付きを与えられました。
 百万の理論よりも、一つの実践が肝要です。

One for All , All for One

 例えば、自分の母親がコンビニを経営していたとしましょう。
 カップコーヒーが飲みたくなった時、近くにmacがあったとして、少しくらいなら遠回りしてでも、その母親の店を訪ねます。
 自分の友達や、会社の同僚にも、「うちの母親の店なので、良かったら利用してやって。」と積極的に薦める筈です。
 これは、特別でも何でもない、ごく普通のこと。

 では、グループや系列の会社を利用するという行為はどうか。
 比べてみれば先の理屈と何ら変わらない筈なのに、意外と徹底されません。
 その理由は、何処にあるのでしょうか?

① そこで買うメリットが明確でない
② 薦められた時に断り難い
③ 公私を区別したい

 まず組織内で、グループを利用した際のメリットが浸透してないとすれば、お店側の説明責任の問題です。
 我々も謙虚に反省し、繁忙期前の1月には、グループ各社向けの説明機会を持ちたいと思います。

 少なくとも、同じ条件ならば身内にお金を使うべきです。
 身内で回せば、グループ外にお金が流出することもなく、将来的に恩恵に預かることもできます。

 仮に、「他店で買う方が値段交渉できる」とすれば、その条件を買う側が振り戻し、値段を合わせて貰えるか否かの確認をすれば良いでしょう。
 店舗は、その指値に対応出来るよう、企業努力を進める必要があります。
 身内の交渉すら競り負けてしまう様では、その店の市場での生き残りは危ういからです。

 一方、利用したくてもできない場合もあります。
 まず、その店舗では取り扱いしていない商品なら致し方ありません。 
 我々に、「サウジアラビアの採油権を購入したい」とお声掛け頂いても、「申し訳ありません」とお断りするしかない訳です。  
 或いは、配偶者の身内がグループと同業種というケースもあるでしょう。
 
 さて、最後に掲げた「公私を区別したい」・・・これだけは容認できません。
 その会社に就職し、組織の一員として働くのであれば、最低限の帰属意識は要求されます。

 「One for All , All for One」 一人は皆のため、皆は一人のため

 個人主義を論じる前に、会社組織は助け合い支え合い、互助の精神で戦うチーム戦であるという原則を理解して下さい。
 

モノを買う時の人間性

 日頃からお世話になっている会長のお声掛けにより、懇意な方だけ4名の忘年会にご招待頂きました。
 賃貸物件5棟の管理を任されているだけでなく、創業以来毎年、幾つかの物件取引に関わらせて頂く、正にロイヤルカスタマーです。
 
 時に、売り買いの意思のまとまった後、「仲に入ってくれ」と指名されます。
 「濡れ手に粟(あわ)」とはこのことでしょう。
 今も、大小幾つかの、現在進行形の宿題を頂いています。

 忘年会だけでなく、花見、観月会等、節目節目で呼んで頂きますが、毎回御馳走になってばかりです。
 この日も、時価10,000円の伊勢海老の御造りを始めとした海の幸山の幸に舌鼓を打った後、二次会、三次会と誘われました。

 本来であれば、利益を頂いている我々が接待しなければならない立場でありながら、逆転の構図です。
 それどころか、年に1~2回はプレゼントを頂きます。
 前回はネクタイ、今回は「寒くなったから」と手袋でした。
 更に、会長はこう言われます。

「土地を買うのに尽力して貰ったから。」

 管理料や仲介料を正規に支払っているにも関わらず、更に御礼を言って頂ける訳です。
 もはや、足を向けては眠れません。
 以前、こういう言葉を教わりました。

「人間性はモノを買う時に表れる」

 モノを売る・・・即ちセールスの立場であれば、当然に礼儀正しく低姿勢です。
 買って貰ったとなれば、どんな傲慢な人間も頭を下げ、御礼も言うでしょう。
 ところが、モノを買う立場になると、別人の如く豹変する人が居ます。

 ぞんざいな口のきき方であったり、不遜な態度であったり、いわゆる「買ってやる」という上から目線の見下す態度。
 時には相手に、理不尽な見返りを要求することもあります。
 
 そんなスタンスですから、御礼の言葉など出る筈もありません。
 哀しいかな、それが人間の本質です。

 会長からの御厚情に報いるべく、これからのお役立ちを誓うと共に、人としての在り方を教えられました。
 そしてその気付きこそが、フィーよりも御馳走よりも大切で有益な学びなのです。 
 あらためて、ありがとうございました。   

目隠しして象に触れる

 先日、二名の社員が共通の知人の、ある方とお会いしました。
 私は初対面ですが、社員からある程度話を聞いていたため、少しだけ先入観があった点は否めません。

 ところが、実際にお会いしてみると、まるで真逆です。
 翌日、その二名の社員に、自分の受けた印象をお話しすると、目を丸くされました。
 話せば話す程食い違い、「ひょっとしたら勘違いで、別の人物の話をしているのではないか?」とすら疑う程です。

 私の経験上、こうしたケースは珍しいと思います。
 「あの人は、こういう人ですよね」という所見は、大概合致するものです。
 理由を探してみました。

① 二名の社員が接していた2~3年前から、何らかの理由によりその人が変わった
② 二名の社員に接する時と、自分に接する時とで、対処の仕方が違う
③ 二名の社員と私とでは、ものの見方や受け止め方が違う
  
 ある程度話し込んだので、人を見て付き合う上辺なら見透かせます。
 であるとしたら、①か③です。
 ①なら、それが人間の成長の可能性と言えるでしょう。

『目隠しをして象を触ってみよう。
 脚を触れば、ゴツゴツした固い壁と信じて疑わない。
 尻尾を触れば、荒々しいロープだ。
 鼻先を触れば、奇妙な生き物だと思うだろう。』

 しかし、紛れもなくこの物体は象です。
 噂話や人伝の話が、いかに当てにならないかを示す好例でしょう。
 人も物件も現場も、自からが直に接し、目で見て耳で聞き手で触れて確認することの重要性がここにあります。

毎日風呂に入る理由

 何度も申し上げておりますが、私はとても短気な人間です。
 ちょっとしたことで、すぐ腹が立ちます。
 
 加えて、謝罪することも大変苦手です。
 結果、人間関係を拗(こじ)らせてしまうことも多々あります。

 おまけに、自分を正当化させるのが得意です。
 ああでもない、こうでもない、と理屈を並べ立て、いかに自分が間違っていないかを立証します。
 しかし、例え百万言を費やしても、心が晴れることはありません。

 「口論は誰にでもできるけれど、双方とも決して勝てない奇妙なゲームだ。」 ベンジャミン・フランクリン

 まさに、その通り。
 こうした言葉に出会う度、省み戒めることで、若い頃に比べれば少しは丸くなったつもりです。
 ところが先日、同級生がこう言っていました。

「若い頃は、親から或いは先輩から、毎日毎日、叱られて叱られて過ごしていた。
 最近では、立場もあって自分を叱る人が殆ど居ない。
 すると、以前と違って我慢や辛抱が効かなくなった。」

 社長という職種は、基本的に社内で居る限り、直接的に叱られることはまずありません。
 そうした環境下では、自然と独裁者的な傲慢さが首をもたげてきます。
 家庭や社会での人間関係も、心のスイッチをそのままに臨むと、大きな過ちにつながってしまいます。

 当然ながら、外部にいらっしゃるお客様は、社長に対しても遠慮なく、苦言や叱責を寄せられます。
 プロダクトアウトで自己崩壊しないためにも、お客様の声に耳を傾けることは必須です。
 また、研修や読書を通じ、身勝手な自己を客観視して、軌道修正することも欠かせません。

「社員教育は風呂に入る様なもの。 
 昨日入ったからといって、今日入らないでも良い訳ではない。」

 ただでさえ不遜な自分自身の心の垢(あか)を落とすため、毎日こうした拙文を綴っています。

居眠りさせない研修

 宅地建物取引主任者法定講習プログラムを、受講してきました。
 これは、不動産業の免許である宅建主任者証の5年毎の更新時に受講が義務付けされているものです。

 9時20分の受付開始から16時40分の主任者証交付まで、丸一日缶詰。
 正直、時間が経つのが酷く長く感じました。

 ついうとうとして、はっと我に返り、隣を見ると机に突っ伏して爆睡です。

 勿論、最大の原因は自身の心掛けにあります。
 折角与えられた機会なので、しっかり学ぼうと前向きであれば時の経つのもあっという間でしょう。
 
 そうした自責は棚に上げ、どうすれば受講者を退屈させることなく、参画意識をたかめられるか科学したいと思います。
 
1 講師が原稿を読む → 受講者にアイコンタクトを取りながら活きた言葉で語りかける
2 講師が一方的に話す → 油断させない様に適宜、ランダムに指名して質問する
3 受講しただけで更新できる → 受講後レポートを求める or 試験を行う

 特に3の手法は有効です。
 不合格なら追試、もしくは免許剥奪となれば居眠りする余裕はありません。
 一字一句聞き逃すまいとメモを取るでしょう。

 いかなる研修であっても他山の石とすることができます。
 

真っ白な乾いたスポンジ

 来春入社予定のK野さんと、三ヶ月の試用期間を終えたI丸さんに、入社導入研修を行いました。
 今では欠かせない、自分の大切な仕事の一つです。 

 13:00~17:30の半日コースであったため、「マズローの五段階欲求」も「満杯の壷」も無しの短縮ヴァージョン。
 それで喉がガラガラになるのですから、随分とやわな講師です。
 以前は、丸二日立ちっ放しの喋りっ放しだったのに・・・。

 さて、今回の研修を通じ改めて感じたのは、二人とも真っ白な乾いたスポンジだということ。
 何色にでも染まる純粋さが素晴らしい。

 講義中は真っすぐ目を見て、頷きながら、素直に耳を傾けてくれます。
 質問に対しても、知ったかぶりせず、判らないことは判らないとハッキリ意思表示します。
 つくづく若さは財産です。

 これから先、辛いことも、悲しいことも、楽しいことも、嬉しいことも、恥ずかしいことも、泣きたいことも、沢山、沢山あるでしょう。
 その秘められた無限の可能性を羨ましく思います。
  
 東急の創業者である五島慶太も、経営の神様と言われた松下幸之助も生前、異口同音に語っていました。
 「もし貴方の若さを譲ってくれるなら、私の全財産を投げ打っても良い。」

 いやいや、51歳で老けこんではいけません。
 私自身、まだまだこれからです。

 「今日は残された人生の最初の一日」

 NYホームの草創期を支える創業メンバーとして、共に楽しんでいきましょう!
 

賞与は後払い賃金:後編

 弊社は、起業して5年目を迎えています。
 過去の決算状況を見ると、右肩上がりで確実に業績を伸ばしてきてはいますが、必ずしも安定的に利益を計上している訳ではありません。

 それでも、支給条件を満たす社員に対しては、幾許かの賞与を支給し続けてきました。
 先述の内容とは明らかに齟齬がある訳ですが、そこには明確な理由が存在します。

 新規出店に代表される先行投資は、戦略的かつ健全な赤字部門と位置付けてきたからです。
 軌道に乗るまでの一定期間は、社員の方々の努力とは離れたところで不採算を余儀なくされます。
 その責任まで社員に負わすことはできない、という判断です。

 しかし、各店舗ともに出店から丸3年以上が経過し、自己責任の運営が求められる時期が到来しました。
 「安定的に利益計上できる」「損益分岐まであと一歩」・・・店舗毎の状況は様々です。
 
 社員の皆さんの頑張りがそこまで違うとは思いませんが、結果を受けた評価は、シビアかつドライである必要があります。  
 これまでの様に、会社や部門が黒字でも赤字でも、個人成績が良くても悪くても、それなりの賞与が支給されるということになれば、頑張りもそれなりになってしまうからです。

 『給与は先払い賃金
 賞与は後払い賃金』

 この原則論に従い、信賞必罰で向き合いますと、非情な結果も止むを得ません。
 但し、この当たり前の決着を覆し、賞与に後払い的要素を組みこむ考え方もあります。
 それが、近未来への期待です。

 「今は出遅れているけれど、必ず挽回します!」

 社員の立場からすると、こうした言葉で力強く宣言できるか。
 経営者からすると、この言葉を受け止めて信じることができるか。

 賞与の額以上に大事なテーマがそこにあります。  完

賞与は後払い賃金:前編

 賞与の査定時期です。
 過去4ヶ月の成果について、自己評価、上司評価を積み上げ、最終的に幾ら支給するのか?という、詰めの段階を迎えています。

 一般論で申し上げますと、賞与とは利益の還元。
 公務員や一部大企業では、「賞与年間〇ヶ月」といった格好で、生活給として保証されるケースもありますが、中小企業では稀有でしょう。
 利益を原資とする以上、無い袖は振れません。
 会社(店舗・部門)として利益が出なければ、賞与は当然にゼロです。

 また、月々の給料には個人差があります。
 それは、経験・能力・資格・実績・役責・・・といったファクターに応じて、「この位はやってくれるだろう」、という期待値を示すものです。
 一方で賞与は、期待に対する実績に応じて支給するものであり、そのギャップが賞与額に反映されます。

 例えば、月々30万円の固定給を貰っている中堅社員が、月平均60万円のフィーを稼いだとしましょう。
 広告宣伝費や販売促進費や水道光熱費や通信費といった、会社として必要な販管費を差し引いて考えると、60万円位は稼いで当然と見なされます。
 会社としてはお釣りが出ないため、賞与はゼロです。

 次に、月々20万円の固定給を貰っている若手社員が、先の中堅と同じく月平均60万円のフィーを稼いだとします。
 すると月々の報酬が低廉な分、費用対効果の生産性は中堅社員よりも高くなる訳です。
 そのお釣りの分だけ、賞与として還元できます。

 もっと噛み砕いて言うならば、会社が利益を上げる前提で、個々人にスポットを当て、「給料は高いけれど、それ以上にやってくれた」「給料は低いけれど、思いの外活躍してくれた」というケースが、賞与の支給対象です。

 この大原則を、まずは理解頂いた上で、更に掘り下げたいと思います。   つづく

最低限のコミュニケーション

 お歳暮の季節です。
 賃貸物件の管理をお任せ頂いているオーナー様や、今年売買で取引させて頂いたお客様の元へ、年末のご挨拶を兼ねてお伺いしています。

 基本は店長に委ねていますが、兼任している南店だけは自分の役割です。
 先日は、内子 → 宇和島 → 保内 → 大洲と南予一円を巡回しました。

 県外居住の方は別にして、直接手渡しが原則です。
 宅配便でお送りするやり方もあります。
 きっとその方が、効率は良いはずです。
 しかし、効果はどうでしょう。 

 誤解を恐れずに言えば、問題の多い物件は、比例してオーナー様との接触機会も増えます。 
・ 空室が多い、或いは長期化している時の提案
・ 老朽化によって手直しが必要な場合の相談
・ 家賃滞納について、督促・回収の報告・連絡・相談・・・

 これらは、必ずしも望ましいことではありませんが、こういう場面こそ我々管理会社の手腕が試され、存在価値が高まります。 
 必然的にコミュニケーションも密になるので、信頼構築につながります。

 一方、ソフトもハードも問題が無く、常時満室という理想の経営をされているオーナー様の場合、年に一度も会わないケースも珍しくありません。
 それが故に、管理会社との信頼関係も、存在価値も希薄化してしまいます。
 事故も火災も無ければ、損害保険の有難味に気付かないのと同じです。
 
 半期に一度、お顔を拝見してお話しすることは、管理会社にとって最低限の務めだと思います。

偉大なる赦せる人

 先日、FNS音楽祭で、音楽プロデューサーの小室哲哉さんとシンガーの華原朋美さんが、15年振りに共演されました。
 御存じの通り二人は、かつての恋人同志です。

 華原さんは、心身衰弱から一度は芸能界をフェードアウトしています。
 小室さんは、自らの楽曲の著作権売却に絡む5億円の詐欺事件の容疑者として、懲役3年執行猶予5年の判決を受けました。
 互いに大きな十字架を背負いながら、こうして再びスポットの当たる場所で共演できることは素晴らしいことですし、それが音楽の力なのでしょう。
 
 1990年代、日本中を小室サウンドが席巻していました。
 安室奈美恵、TRF、篠原涼子、grobe、華原朋美、hitomi・・・。
 こうした名立たるアーティストに提供した楽曲は、次々とヒットチャートを独占。
 小室ファミリーと呼ばれ、社会現象にも成りました。

 そのブレーク前夜から、二人三脚で歩んだのが、エイベックスレコードの松浦社長です。
 当時のエイベックスは、「インディーズ大手」といった位置付けであり、基盤はまだまだ脆弱でした。
 小室サウンドの隆盛に比例し、次第に会社もメジャー化していきます。

 好事魔多し。
 年収20億円、個人資産100億円とも言われた小室氏は、自宅にスタジオを作り、世界各国に別荘を持ち、高級外車を何台も所有し、移動には専用のチャーター機を用いる等、文字通り湯水の如く散財し、次第に自分を見失ってしまうのです。

 やがて、お膝元のエイベックスに対しても、理不尽な要求を突き付けるようになります。
 堪りかねた松浦社長は、看板スターを失うリスクを承知しながらも決別を決意。
 盟友は袂を分かち、ライバル関係に成りました。

 小室氏が去った後のエイベックスは、浜崎あゆみ、倖田來未といったスターを次々と輩出します。
 一方小室氏は、日本でのブームが終焉。
 起死回生のために企てた世界進出の頓挫で苦境に陥り、先の事件に手を染めてしまうのです。 
 逮捕され、実刑判決は免れないとされた小室氏に保釈金を手当てし、弁護側の証人として陳述したのは、誰あろう松浦社長でした。 

 「刑務所に入ると社会から断絶され、プロデューサーとしては致命的になる。
 小室被告がいなければ今のエイベックスはなく、浜崎あゆみも倖田來未もいなかった。」

 松浦社長は、個人的に借入金・慰謝料・遅延損害金の合わせて6億数千万円もの大金を掻き集め、小室氏に成り代わり被害者に弁済を果たしています。

 恥ずかしながら、自分が松浦社長の立場なら、「天罰だ。ざまあ見ろ。」と嘲(あざけ)り笑ったに違いありません。
 赦(ゆる)すことのできる、赦せる人は実に偉大です。

企業は人なり

 先日、同業者の役員の方と会食させて頂きました。
 facebookや電話でのやり取りは頻繁にさせて頂いており、お付き合い自体も長いのですが、リアルにお会いするのは初めてです。

 「初めてなのに初めての気がしない」
 これは近年散見される、SNSならではの効用でもあります。

 さて、初対面が故、最初はお互い緊張の面持ちでしたが、程なく打ち解け、気がつくと3時間半に及ぶ濃密な時間を過ごすことができました。
 
 「企業は人なり」
 だからこそ、企業において社員教育は重要です。
 しかし、その一番大事なファクターをファーストプライオリティ(最優先)と考える会社は、そう多くありません。

・ 社員教育は、アウトソーシング(外注)等、人任せでは成り立たない
・ 経営幹部は、TOPの思いを受け止め、社員に向けて平易な言葉で語り継ぐ語り部たれ
・ 外部研修も、時には必要だがカンフル剤に過ぎない
・ 外部研修の、ノウハウを内製化し、熱い想いを込め、ルーティンに落とし込むことが肝要
・ 不祥事等は、起こした社員を責めるだけでなく、教育の至らなさを自覚すべきである
・ 社会貢献は、偽善を唱えて行動しない評論家よりも、行動を起こす実務家を目指す
・ 社内の啓発もさることながら、自社の枠を超え、エリアや業界の地位向上に目を向ける
・ 経営理念は、折に触れて繰り返し繰り返し訴え、社風・文化にまで昇華させるもの

 3時間半の殆どが、こうしたディープな内容でした。
 その方の会社について、これまで見聞きしてきたイメージも、良い意味で大きく覆された気がします。 
 
 固く握手をして店を出た後、実に清々しい気持ちで夜の街を歩いて帰ることができました。
 出会いに感謝。
 ありがとうございます。

判断を誤らせる怠惰

 昨日に続き、松下幸之助翁の言葉からです。

『一つの部署が上手くいくかどうかは、会社の力にもよるが、その部署の長個人の力によるところが大きい。
 実際に、不振の部署の責任者を代えると、見違えるように成る場合もあった。
 
 適材適所に人を配置するということは、口で言うのは易しいが、実はなかなか難しい問題である。
 「この人はどうかな」と多少不安であっても、「今のところこの人しかいない」と任せたところ、成功することも少なくない。
 
 人間の能力は、60%位は見通せるけれども、残りの40%はやってみなければ判らぬものである。』

 弊社も創業5年目を迎えていますが、店長だけに限らず、各々のポジションに就いている其々の社員に、最初から適性や能力が備わっていた訳ではありません。

 「どちらかといえば管理職(営業職・事務職)には不向き」という方も、責任感や使命感や期待感に支えられ、精進・努力を積み重ねられ、不退転の覚悟で臨まれたからこそ、今日その役責に相応しい仕事ができているのです。

 そうした人事が上手くいかなかった時に、周囲は「ミスキャストだ」とか「荷が重過ぎた」とか評論しますが、それはあくまでも結果論。
 後出しジャンケンなら、何とでも言えます。

 幸之助翁の言葉を持ちだすまでもなく、判断の是非を決める最大の要素は、判断後の後天的な努力に因るところが多大です。
 裏を返せば、今の貴方自身の努力や怠惰が、過去の判断を正しくも、誤らせもします。  

トップダウンorボトムアップ

 私を昔から知る方は、よく判られていると思うのですが、前職時代の自分は基本的にトップダウン型の人間です。
 システム化やマニュアル化を奨励する会社でしたので、業務プロセスや営業トークも型決めし、それに従うことを是としていました。

 新しい血が次々入ってくる成長企業で、組織の拡大と共に分業制が推進されたこともあり、標準化が不可欠だったのです。
 決して、規格化、標準化、システム化、マニュアル化を否定するつもりはありません。
 但し、その充実度合いは、規模や状況によってフレキシブルであるべきでしょう。
 今は、会社の規模相応に、身の丈に合った、自由度の高い、ボトムアップの社風を目指しています。

 松下幸之助さんが、「物の見方、考え方」という著書の中でこう語っています。

『上に立つ人が、自分の地位や年齢の高さによって人が動くものと認識し、総てを命令によって行おうとするけれど、これは必ずしも上手なやり方ではない。
 いや、憂うべき策である。
 こうしたことが繰り返されると、部下は自主的、自発的な創意を出す機会が無くなり、命令に従ってさえいれば良いという習性ができてしまうからだ。』

 まさにその通り。
 目標を達成するための、手法や道筋は各店長の手腕に委ね、自らの強みを活かせる個店主義をベースにしたいと考えています。
 勿論、経営理念・経営方針・重点戦略といった、忽(ゆるが)せにできないものについては絶対的にトップダウンです。

 しかし、どちらに軸足を置いても捉え方次第です。
 トップダウン色が強まると・・・「ガチガチで身動きがつかない」「全体主義だ」
 ボトムアップ色が強まると・・・「何も教えてくれない」「放任主義だ」
 
 まずもって社長である私自身が、賃貸仲介管理業の現場経験が薄いため、教えようと思っても充分に教えられません。
 寧ろ、現場の皆さんの方が経験も知識も豊富であったりします。

 上から押し付けられるのではなく、現場の方々の生きた経験を基にして、自らの手で仕組みを作り、PDCAを回していけるのが理想。
 自主的・主体的・自燃的に、仕事を楽しむ人であって欲しいものです。 

人生の糧と成る三行詩

 日頃、思いつくままに、長々と駄文を綴っています。
 出典は判りませんが、僅か三行21文字からなる言葉に出会いました。

『朝は希望で起き
 昼は努力に生き
 夜は感謝で眠る』

 何と、簡潔かつ深い教えでしょう。
 一日一日を生き抜く上で、これ以上の言葉は見当たりません。

 更に短く、僅か一行4文字で、生涯の在り方を示唆する言葉があります。

『一日一生』
 
 人は皆、夜眠りに落ちる時に死ぬ。
 そして翌朝、運良く目覚めることができれば、新しい命が吹き込まれる。
 こうして一日を、一生涯の如く凝縮して生き続けるならば、さぞかし悔いの無い人生が送れることでしょう。

 おっと、今日もまただらだらと説明が長くなってしまいました。
 希望に目覚めた朝の訪れです。 

喉の渇いたカラス

 11月は全社目標達成できました。
 但し、各店舗毎にはバラつきがあります。
 我が社の経営方針の5番目は、次の通りです。

「できない理由を排除し、どうすればできるかの可能性を追求するポジティヴ集団を目指します」

 毎朝朝礼で唱和していますが、なかなか定着しません。
 言い訳として、できない理由を探す方が楽だからです。
 一つの寓話を御紹介します。

『カラスは、喉がカラカラに乾いていた。
 見渡している内、水が半分ほど入ったビンを発見。
 
 これこれと思い地上に降り立ち、そのビンにくちばしを突っ込んでみたが残念、水面まで届かない。
 ビンを倒すことも考えたが、それでは肝心な水がこぼれてしまう。
 揺らしても、傾けても、水を飲むことは叶わない。
 
 カラスは羽ばたき、その場を離れた。
 諦めたのかと思われたその時、カラスはビンの口に入るだけの小石を咥えて舞い戻ってくる。

 その小石をビンの中に落とし、また羽ばたいては小石を咥えてきた。
 小石が入った分だけ、次第に水面が上がってくる。
 その作業を繰り返す内、カラスは遂に水を飲むことができた。』
 
 入居者が入らない理由。
 物調ができない理由。
 売上が上がらない理由。
 集客が増えない理由。
 決定率が低い理由・・・。

 できない理由は、百でも千でも挙げられます。
 しかし、それは何の生産性ももたらしません。
 カラスに倣い、どうしたらできるかを思考回路に備えましょう。
プロフィール

Hideo Matsuoka

Author:Hideo Matsuoka
・生年月日 昭和37年10月30日

・好きな言葉 
今日は残された人生の最初の一日

・信条「先憂後楽」

・尊敬する人 
稲盛和夫 西川広一 松下幸之助

・資格 ①宅地建物取引士
    ②建築2級施工管理技士
    ③マンション管理業務主任者
    ④防火管理者
    ⑤少額短期保険募集人
    ⑥損害保険募集人
    ⑦損害保険商品専門総合
    ⑧不動産キャリアパーソン
・趣味
 劇団AUGAHANCE初代代表
 主に脚本・演出を担当

・経歴 
 中卒後、大工・石工と職人道を歩む
 平成2年 
 ㈱中岡組 (ジョーコーポレーション)入社
 マンション担当役員→常務執行役→管理会社代表を歴任
 平成21年 ㈱NYホーム起業

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