意図しない損失と搾取

 税制改正を前にして、消費税の「いろは」を再確認しておきたいと思います。

1. 駐車料・テナント賃料は課税されるが、家賃(土地代金)は免税
 ※ 賃料100,000円のテナントであれば、本来は95,238円+消費税4,762円(5%)

2. 二年前の課税取引額1000万円以上の大家様は課税されるが、以下の大家様物件は免税
 ※ 結果的に、個人大家様は殆ど免税
 ※ 法人大家様(課税業者)の駐車料5,000円だとすれば、本来は4,762円+消費税238円(5%)

3. 家賃と駐車料込みで50,000円という契約であれば免税
 
 これまでの概念に加え、今般の税制改正が成されるという前提で、次の考え方が加わります。

4. 平成26年4/1以降、消費税は5%から8%に増額される
 ※ 先述した5,000円の駐車料は、4,762円+消費税381円(8%)=5,143円と成ります

5. 平成25年9/30までに締結された契約は、請負同様に、次回更新まで5%とする経過措置あり
 ※ 平成26年4/1施行されたとしても、次回更新契約(自動更新含む)までは5,000円のままとする

6. 契約時に税抜である旨と、税制改正に伴う変動の可能性を、特約に明記しておく
 ※ 「賃料=△△円に消費税相当額を加えた額。
   税制改正により消費税に変動があった場合、上記消費税相当額は変動後の税率を適用した金額とする。」 

 今回、17年振りの税制改正ということもあり、社員の殆どは、消費税5%が常識となっています。
 それが故に、課税か非課税か、内税か外税か、という意識そのものが希薄化している感も否めません。
 
 ここで正しい知識を備えておかないと、増税分の3%を損してしまったり、意図せずしてお客様から搾取してしまうこともあるでしょう。
 プロとして、最低限必要な知識です。
スポンサーサイト

反論二度迄

 会社では、様々な会議を行います。
 改めて、会議の目的とは何でしょうか?

 ① 情報の共有
 ② 説明責任
 ③ 方針の徹底
 ④ 叡智の結集
 ⑤ 判断力のトレーニング・・・

 TOPが決めた方針が常に正しく、それをメールで送っただけで、すぐに徹底できるのならば会議は要りません。
 と同時に、管理職も不要になりますが・・・。
 また、そうした方針を、「決まったことだから・・・」「社長の言い出したことなので・・・」と伝えるだけの、メッセンジャー管理職でもいけません。
 
 会議の席では、上司であろうと社長であろうと臆することなく、軋轢を恐れず、自分の中で咀嚼・消化できるまで、侃々諤々議論するのが管理職の役割です。
 そうしないと、自店、自部署に持ち帰った際に、部下を納得させることはできないでしょう。

 以前、「反論二度迄」という、ビジネスマンの心得を教わりました。
 言わずもがな、会社の決定事項や方針は、全体最適で定められます。
 時と場合によってその全体最適は、部分不適となってしまう恐れもあるのです。

 「長いものには巻かれろ」とばかり言葉を呑み込み、自店に戻ってから不平・不満・愚痴を部下に吐露したのでは、組織そのものが崩壊してしまいます。
 だからこそ、不都合があるのなら、オフィシャルな会議の場でしっかりと意見すべきです。
 内容次第では、結論が改められる可能性もあるし、押し切られたとしても、現場の声を訴えることができます。

 但し、そうしたやり取りも二度迄。
 短期ではなく長期、部分ではなく全体という、総合的な観点から下された最終的な判断には、そのメリット・デメリットを受け止め、部下を納得させる側に回るのが大人の組織人なのであります。

高入居率の落とし穴

 創業から丸4年が経過し、管理物件も少しずつ増えています。
 昨年まで入居率は87%前後で推移していましたが、先日90%台に乗せました。
 これも、店長以下、社員の皆様の頑張りの賜物と感謝致します。
  
 とはいえ、まだまだ満足できるレベルではないでしょう。
 9割の入居に慢心するのではなく、1割の改善領域にフォーカスして、更に尽力していく覚悟です。

 さて、ここまで前振りしておきながら、私自身は入居率そのものを、然程重視していません。
 何故かと言うと、「入居率を上げろ!」と社長が旗を振ったとしたら、大きな弊害が予想されます。

① 特定の低入居率物件をお荷物と認識するようになる
② 低入居率の物件を、営業しなくなってしまう

 入居率100%を実現するのは極めて簡単。
 率を上げる方法は二つ、分子を増やすか、分母を減らすか。 
 入居率100%の物件だけを残して他を解約する、そして入居率100%の物件だけをお引き受けすれば、はい100%です。

 空室管理も対策提案も不要に成ります。
 滑稽と思われるかもしれませんが、社員は評価される方向へと誘導されるものです。

 更に、入居率だけを注視すると経営の判断を誤ります。
 例えば、全10戸の物件で、入居率90%の1戸空きと、入居率70%の3戸空きを比較すれば、明らかに後者の方が問題です。
 しかし、次の比較ではどうでしょう。

 A棟 : 入居率90% 残り1戸の空室期間は約一年
 B棟 : 入居率70% 空室3戸は先月末退去

 こうして時間軸を加味し、稼働率という観点で見れば立場は逆転します。 
 先日、入居率はまずまずだが、空室期間が長期化している、懸案物件の提案書作成を社員に命じました。
 
 究極的には、オーナー様に成らない限り、オーナー様の痛みや苦しみは理解できません。
 それでも、オーナー様の気持ちに寄り添おうとする社員の集まりで有って欲しいと願っています。 

反面教師登壇

 所属している「愛媛県宅地建物取引業協会」から依頼を受けて、宇和島のN社長と共に「不動産開業支援セミナー」の体験発表を行いました。
 新規会員獲得キャンペーンの一環として協会が主催する、初の試みです。

 当初、依頼された時には、軽い気持ちでした。
 というのも、アベノミクスどこ吹く風の、不景気極まりない四国の市場で、新規開業を検討される方は限られているだろうと、すっかり見くびっていたからです。
 
 「ひょっとして、参加者ゼロなんてこともあるんじゃね」
 仲間内では自嘲気味に語っていたのに、蓋を開けてみれば参加者30名という大盛況。
 参考見学で、県外の協会の方もゲスト参加されるなど、活況を呈しました。
 中には、お世話になっているオーナー様や、かつての部下の姿も・・・。

 進行役の方から社交辞令として頂いた、「素晴らしい実績で成功されている」というお言葉も、有難いというよりは恥ずかしさが先立ちます。 
 
 「成功体験ではなく、失敗ばかりのご紹介です。
 どうか、反面教師としてお役立て下さい。」
 と現下に否定させて頂きました。 

 いつもながら、抽象論と精神論の綯い交ぜで、受講者には伝わり難い話だったかもしれません。
 まあ、恋愛小説を読みあさり、恋愛映画を片っ端から観ても、恋愛の達人に成れたりはしない訳で、やってみないと判らないのが仕事というものでもあるでしょう。

 人脈と信用を大切にさえしていけば、食べるのに困るようなことにだけは成らない筈です。
 私も初心を忘れることなく、今日の出会いを大切にして、縁をつないでいきたいと思います。

金と信用を同時に得る術

 先日、長いお付き合いの社長とお話しをする中で、共通の知人である某氏の話題が出ました。
 彼は有資格者で、親の代から暖簾を引き継いだ家業を営んでいます。
 しかし、本業よりも寧ろネットワークビジネスに積極的でした。

 ネットワークビジネスとは、マルチ商法とも呼ばれ、人脈を活用して行なう販売商法の総称です。
 小売店では扱っていない商品を対象に、対面販売を原則として売っていきます。
 創始者をピラミッドの頂点(親)とし、自分の紹介で買った人(子)、その人から買った人(孫)の売上から、一定のバックが入るパターンが一般的です。

 システム上、ピラミッドの上位に近付くほど収益が期待できます。
 「紹介すればするほど儲かる」という触れ込みですが、ねずみ講と同様にその拡がりは有限です。

 かつて、「エックスワン」というブランドがあり、件の彼も傾注していました。
 このブランドは、ダイエーの子会社として立ち上げられたものです。
 20代の若者にとって、ダイエーのお墨付きは、水戸黄門の印籠の如き説得力があったに違いありません。

 しかし彼は、40代に成ってもなお、そのバブリーな夢を追い続けています。
 4年前、「話がある」というので喫茶店で待ち合わせると、ネットワークビジネス界のカリスマを紹介され、ガンの特効薬だという舞茸エキス抽出液の購入を勧められました。

 以前から一緒に仕事をしてきたブレーンの方々は、口を揃えて苦言を呈します。
 「もっと、真面目に本業をやればよかったのに・・・。」

 ベルギーダイヤモンド、豊田商事、バブルスター、円天・・・。
 合法的なものから違法なものまで、一攫千金を煽るビジネスは枚挙に暇がありません。
 その多くは、欲に目が眩んで全財産を失うか、一財産を築いて信用を失うか、その何れかの末路を辿ります。

 「楽して儲かる商売はない」
 「向こうから来る話に良い話はない」

 やはり、額に汗して働く以外に、金と信用を同時に得る術(すべ)は無いようです。 

人生という舞台の主人公

 さーくらーふーぶぅーきのー、サライーのそーらへー。
 今年もまた、24時間TVのテーマソングが流れてきました。
 この曲を聞くと、「夏も終わりだなぁ」と感じるのは私だけではないでしょう。

 この24時間TV、今年で36回目に成ります。
 草創期のパーソナリティを務めた萩本欽一さんのお話しによれば、一回きりの特番だった筈なのに、エンディングで感動したプロデューサーが、いきなり舞台に登場してレギュラー化を決めたのだそうです。

 その36年前の夏、私は記念すべき第一回の24時間TVを、今治沖の大三島で観ていました。
 深夜一時過ぎの時点で、「一部の地域を除いて放送を続けます」というテロップが入り、地元南海放送はキッチリ放送休止の一部地域だったことを記憶しています。
 高校を中退し就職もせず、母親の経営するスナックの裏にパラサイトしていた、暗黒の時代の出来事です。

 仕事もしていない自分は、今日やるべきこともなければ、責任もありません。
 生きるという能動的な意志もないままに、生かされた屍(しかばね)です。
 
 それでも人間には、「役に立ちたい」「認めて貰いたい」という欲求が備わっているもの。
 深夜営業で遅くなったため、放置されたままのテーブル上の食器やビール瓶を、一人で片付けることもありました。
 「ありがとう」の一言を貰うために・・・。
 
 自分という人間が、この世に居ても居なくても、何の影響も無いのではないか、という自問自答に対するささやかな抵抗です。

 それから年月が経ち、組織で働く人になり、それなりの社会的な責任を担う立場となります。
 数字のプレッシャーもありますし、休みに休めないことも、夜遅くまで帰れないことも、嫌な寝汗をかくこともありました。
 今でも、そんな状況は継続しています。 
 しかし、それは、力を必要とされているという意味において、己の存在価値の証明です。
 
 夏の終わりから初秋にかけて、妙な虚しさから感傷的になったりします。
 時代は変わろうとも、季節は移ろおうとも、一度きりの人生という舞台において、自分自身が主人公であることだけは変わりません。
 くれぐれも、脇役ではないのです。
 主人公として、主体的に人生を切り拓いて行きましょう。

人は城、人は石垣、人は堀

 「日本政策金融公庫」主催、「夢をかなえる創業支援セミナー」に参加して参りました。
 「創業を考えられている方」もしくは「創業間もない方」を対象としているにも関わらず、創業5年目を迎える私が参加した理由はともかく、会場の商工会議所(大手町)は沢山の参加者で埋まっています。

 税理士の先生による「創業計画の立て方」、社会保険労務士の先生による「人事労務管理の話」、その他「知って得する創業支援策」、はたまた個別相談会と充実の内容です。
 
 『経営計画は重要だが、計画通りに行くほど甘くはない。
  計画通りに行かないから不要なのではなく、方向がずれた時に気付くため、修正するために必要。
  ルートを外れた時に、正規なルートへ戻そうとするナビのようなものである。』

 確かに、計画があるからこそ、上手く行っているか否かの判断もできます。
 無ければ、それこそ闇夜に鉄砲です。

 次に、人材採用時の面接についてレクチャーがありました。

 ① 当社の志望動機
 ② 健康状態
 ③ 前職を退職した理由
 ④ 自分が絶対に他人に負けないと思う点
 ⑤ この仕事をする上で求められる能力

 特に、③の「前職を退職した理由」だけは必ず聞いて下さい、と念押しされます。
 というよりも私の場合、「前職を退職した理由」しか聞きません。
 他の質問もしますが、決め手はここです。
 常識的なヒアリング内容と思いますが、受ける側は意外と無防備だったりします。

 『実は、履歴書には書いてないのですが、前の会社の上司のパワハラが原因で、精神的に参ってしまって・・・。』

 正直というのか、赤裸々に語ってくれる方がいらっしゃいました。
 「具体的にはどういうことがあったのか」と訊ねると、至極当たり前の指導が成されているだけです。
 当の本人としては、ここぞとばかりに自らの正当性をアピールしたつもりなのでしょうけれど、受け止め方は以下の通り。 

 素直さが無い、謙虚さがない、自己責任で受け止められない、辛抱が足らない、不平・不満・愚痴・批判・・・。
 当然の結果として、様々な職場を短期間で転々とされています。
 
 「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり」

 どうせなら、価値観の合う仲間と仕事したいものです。

8,000回の悔しい想い

 イチロー選手が、通算4,000本安打を達成しました。
 米大リーグでは、タイ・カッブとピート・ローズの二人しか達成していない偉業です。

 イチロー自身も語っている様に、日米合算での記録を、単純に比較することはできないでしょう。
 かといって、「私は認めない。日本のプロ野球は3Aクラス。」というローズ氏の発言も、実に大人げない気がします。

 大リーグ入りしてから10年連続三割&200本安打を達成したことや、年間262安打という前人未到の記録を成し遂げたことから見ても、イチローが大リーグを代表するバッターであることに疑問の余地はありません。 
 さて、イチロー選手の場合、記録の達成もさることながら、それに対するコメント力が秀逸です。

「4,000のヒットを打つには、僕の数字で言うと、8,000回以上は悔しい思いをしてきているんですよね。
それと常に、自分なりに向き合ってきたことの事実はあるので、誇れるとしたらそこじゃないかと思います。」

 4,000本の成功ではなく、8,000回以上の失敗にスポットを当てているのが、実にイチローらしいではありませんか。

「これからも失敗をいっぱい重ねていって、たまに上手く行ってという繰り返しだと思うんですよね。
 バッティングとは何か、野球とは何か、ということをほんの少しでも知ることが出来る瞬間というのは、きっと上手く行かなかった時間とどう自分が対峙するかによるものだと思う。
 なかなか上手く行かないことと向き合うことはしんどいですけど、これからもそれを続けていくことだと思います。」

 世界のイチローが淡々と語る一語一語に、我々凡人はどれだけ勇気付けられることでしょう。

 上手くいかないことと向き合うことはしんどい・・・それでもその上手くいかないことと、これからも対峙し続けたいものです。

習慣が人生を変える

 人間は、良い習慣によって成功し、人生が拓けます。
 一方で、悪い習慣によって失敗し、人生が閉ざされます。
 
 公私の別を問わず、「やったら良いこと」「やらなければならないこと」「やるべきこと」は皆知っています。
 ところが、怠惰という心の悪魔に邪魔されて、習慣に成る前に途絶えてしまう方が大勢です。

 ロビン・シャーマ著「3週間続ければ一生が変わる」に、次の記述がありました。 

 『新たな習慣を身に付けるには約21日間かかります。
 でも殆どの人は、ポジティヴな生活の変化をつくりだすことを、最初の2~3日であきらめてしまいます。』

 三日坊主とは良く言ったものです。
 確かに、私も含めて多くの人は、勉強でも仕事でも、良い習慣を味方にしようと一念発起しますが、三週間続ける前に頓挫してしまいます。
 裏を返せば、最初の三週間を乗り越えられると、それを苦役とは思わなく成りますし、ここまで続けたものを途中で投げ出すのが勿体ないと考えるようになるのです。

 自分が宅建資格を取ったのは、20年程前になります。
 取り組み始めは、単に義務的なものでした。
 その内、点数が伸びてくると、自分の成長に喜びを感じる様に成ります。
 更に合格ラインが見えてくると、心境が大きく変化するのです。

 「周囲から嫌味を言われながら、来年も勉強するのはかなわん!」
 「ここまで来たからには、合格しないと勿体ない!」
 「何が何でも合格しよう!」

 ほぼ合格圏という手応えを感じてからも、手綱を弛めるどころか、一層加速します。
 今日勉強を怠ったことで、1点差で落ちたら泣くに泣けないという心理が、怠惰を赦さなくなるのです。
 試験100日前からは、一日も休むことなく、毎日4~5時間の勉強を継続。
 本試験を終えた直後過ぎったのは、合格したか否かよりも、「ああ、今日から勉強しなくて良いんだ」う空虚な思いだけでした。
 
 くれぐれも、有資格者にとって、対岸の火事の話ではありません。
 健康増進のためのストレッチ、人間性練磨のための読書、知識向上のための日経新聞購読、反響増大のための入力精査、管理取得のための物調、営業力向上のためのロープレ・・・。 
 すべての事象に、習慣化の重要性は当て嵌まります。

 『ロケット発射直後2~3分で使用する燃料は、その後に飛ぶ50万マイルの消費燃料に等しい。』

 習慣を味方にして成功を手中に納めるか、敵に回して転落の人生を歩むか、それはあなた自身が決めることです。

困難をもたらす理由

 偶数月第三水曜日、定例の全社会議が行われます。
 距離的な問題もあって、全社員が集うのは二ヶ月に一度だけです。

 非常勤取締役二名、来春入社予定の実習生二名、9月から配属予定の一名を含め全19名が一同に。
 創業丸4年が経過し、少しずつ社員も増えて参りました。
 これ以上の人数になると、松山南店で開催することは難しいかもしれません。
 嬉しい悲鳴です。

 ・第5期の振り返り。
 ・優秀社員表彰。
 ・各店長の所信表明。
 ・第6期の経営計画発表。

 今までは先行投資ということで、親のすねをかじりながらの運営でしたが、5年目を迎え、やっと一人立ちできそうなところまでやってきました。
 
 「一人は皆のため、皆は一人のため」

 創業来の考え方は、ともすれば「やってもやらなくいても同じ」という感覚を助長してしまいます。
 今期より、実務面では「独立採算」「信賞必罰」を色濃くしていくつもりです。
 「やったらやっただけ報われる」という正当な利益配分は、仕事の遣り甲斐を下支えしてくれるでしょう。

 そうしたシビアな処遇に舵を切る一方、チームワーク、思いやり、互助、感謝といった広く深い人間性に裏打ちされた社員像、企業風土を追求していきます。
 何故なら、賃貸管理業は、そうした要素が不可欠な産業だからです。
 
 目標も高く掲げました。
 今まで同様のやり方では難しいかもしれません。
 
 『困難だから、やろうとしないのではない。
 やろうとしないから、困難なのだ。』 セネカ
 
 明るい未来を目指すために、正当な利益配分を受けるために、前向きな一歩を踏み出しましょう。
 もう既に、レースは始まっています。

時間の無駄遣い

 日経新聞の春秋欄に、興味深い一節がありました。

【 労働時間を短くする動きは少なくとも半世紀前からある。
 1959年頃にキャノンが、「ゴー・ホーム・クイックリー」、
 つまりできるだけ早く仕事を終えて家に帰ろう、という社内運動を始めた。
 
 ただ当時の社長で発案者であった御手洗毅氏は、世間の反応が不満だった。
 マイホーム主義と混同されていたからだ。
 真意はメリハリをつけよということ。
 
 「責任を果たすためには時として夜を徹するもよし」
 そして懸命に努力する姿に、
 「家族も尊敬と信頼をこめて帰宅を迎えることであろう」
 
  -中略-
 
 家族との時間も仕事に集中する時間も自分で上手に作りだす。
 企業の競争が激しくなり仕事量が増えている今、時間の使い方を工夫することは昔以上に大事だ。】

 能力や経験や技術で劣っていたとしても、時間だけは平等です。
 ヤンキースのイチロー選手や、ユニクロの柳井社長の一日が、36時間という訳ではありません。

 目標を定め、優先順位を見極め、やるべきことを、しっかりと継続してきたからこその今日です。
 目標も持たず、優先順位も付けず、やるべきことに気付きながらも、手つかずだからこその今日です。

 老若男女、古今東西の区別無く、毎朝目が覚めたら24時間が口座に振り込まれます。
 お金と違うのは、今日の時間を明日に繰り越せないこと。
 無為に過ごしたならば、その時間は絶対に戻ってきません。
 時間の無駄使いは、一生の損失です。

困難は解決策を連れてくる

 先日、いつもの男女数名で、プチ同級会を開催しました。
 中学三年の時の同級会が、35年経過しても続いているという縁に感謝せずにはいられません。

 また、帰省した同級生の目的はもう一つ。
 彼の父親が経営している木造アパートの老朽化に伴い、安全性が確保できないことから、4名の入居者の立ち退きを真剣に検討されています。
 初めて会社を訪れた彼から、相談を受けました。

 木造、4.5帖一間、共同トイレ、風呂ナシという、年代物の物件。
 居住者は、長く住み続けていらっしゃる、御高齢の方ばかり。
 家賃も2万円以下と低廉・・・。  
 きっと今回のお話しがなければ、皆さん「終の棲家」と思っていたに違いありません。

 通常、「立退き」は難易度が高く、手間がかかる割に利が薄く、同業者からも敬遠されがち。
 居住権を主張されると説得するのは厄介ですし、納得頂いたとしても、定職についていない高齢者を受け入れてくれる転居先探しもひと苦労です。

 正直、一報を頂いた段階では、同級生だから無碍にもできないし、足元を見て吹っ掛ける訳にもいかないし、弱ったな・・・とネガティヴに考える自分がいました。

 しかし、困難は必ず解決策を連れてきます。
 入居率低下に苦慮する、某物件のオーナー様にご相談したところ、実に前向きな回答を頂いたのです。
 このスキームが上手くまとまれば、総てのステークホルダーにお役立ちできます。

① 立退きアパート所有者の費用負担が最小で済む
② 受入マンションのオーナー様は、空室が一挙に4室埋まる
③ 入居者様は風呂、専用トイレ、キッチンと設備が良くなり、広くなり、居住性が高まる
④ 我が社としては、管理物件の入居率が上がり、管理収入が上がる

 まさに、win-win-win-winです。
 借りたい人と貸したい人とを、相思相愛で引き合わせるマッチング・・・。
 この仕事の意義と素晴らしさを、縁の大切さと共に改めて実感した一日でした。

問題点からの代替案

 前回、ネガティヴな言葉をポジティヴな言葉に切り替える・・・といった趣旨のお話しをしました。
 こういう話をすると必ず、「長いモノに巻かれろと言うのか?」とか、「yes man(良い子)に成れと言うのか?」といった声が聞こえてきます。

 これは、まるで論点の違う話しです。
 会社に対する積極的な意見・提言は、大いに奨励・歓迎します。

 仕事に真剣に取り組めば取り組む程、問題意識が芽生える筈です。 
 仕事をしても会議の場でも、意見や提言が一切出てこない人は、圧倒的に未熟であるか、真剣さに欠けているかの何れかでしょう。

 では、意見・提言と、不平・不満・愚痴・批判との大きな差は何か?
 それは、代替案が示されるか否かです。

 例えば、国会を担う一部少数政党は、与党に対して常に批判をします。
 やることなすこと、箸の上げ下げに至るまで、全反対のスタンスです。

 確かに、与党にも悪い点はあります。
 しかし、重箱の隅を楊枝で突くことを国民は望んでいないでしょう。
 
 「そのやり方よりも、もっと良い手法がある」
 「我が党であれば、こうやって予算を捻出する」

 こうした代替案が示されなければ、単なる批判家・評論家。
 少数政党が故に、政権政党となる可能性が無いものだから、無責任に批判できるだけです。
 会社組織においても、無責任野党の声に成り下がってはいけません。

 先般、大洲駅前店で中伊さんから、お客様単価の下落について質問頂きました。
 まさに、売上目標必達に向け真剣に取り組んでいる証左。
 しかも、問題の指摘だけに留まらず、「こういうやり方はどうか?」という代替案を示されたのです。

 ◆今のままでは駄目だ(問題点の指摘) → ◇こういうやり方はどうか?(代替案の提示)
 
 この具体案は、次回全社会議に御謀りしましょう。
 市況や現状を踏まえ、実現可能な代替案を示す、ポジティヴな意見・提言を待望しています。

ポジティヴな言葉

 言葉は言霊・・・中村天風氏を始めとして、多くの先人が言葉の重要性を語っています。
 特に、部下を持つ管理職は、言葉を選んで使わなければなりません。

 何故なら言葉は、自身の潜在意識にインプリントして洗脳する力があるからです。
 ネガティヴな言葉ばかり発していると、知らず知らず自らのやる気に水を差します。
 また、毒ガスの様に、その言葉を聞いた周囲の人にも影響を及ぼします。

 例えば、余裕の無い時に言葉が上擦り、焦りを悟られたら負けです。
 攻撃的な言葉を発すると、相手は自己防衛本能によって身構えます。
 辛い時、思い悩む時、愚痴や弱音を吐こうものなら、部下も不安になるでしょう。

 「武士は食わねど高楊枝」

 貧しくて食事ができなくても、食べたばかりであるかの様に悠々と楊枝を使う。
 例え貧しくとも、気位を高く持つ。
 
 仮にも上司としての役割を期待されているのであれば、部下から見られているということを常に意識して、武士の如く腹を据え、どっしりと構えることが求められます。

 とは言っても、人間というのは過ちを犯す生きものです。
 ついつい、ネガティヴな言葉が口を吐くこともあるでしょう。
 スポーツ心理学の権威「西田文郎」氏は、こう説きます。

 「潜在意識は、最後の言葉を記憶する。
  ネガティヴな言葉が出た時は、すかさずポジティヴな言葉で塗り被せること。」

◆「ここまで暑いとやる気が出ないな・・・」 → ◇「但し、本格的な暑さは後一週間。焼肉でも食べて力をつけよう!」
◆「クレーム続きで気が滅入るな・・・」 → ◇「いや、天は越えられない逆境は与えない。これも成長へのハードルだ!」
◆「今月は受注が伸びないな・・・」 → ◇「でも、努力は裏切らない。未来を信じて、やれることから取り組もう!」

 不平、不満、愚痴、弱音、批判・・・そうしたネガティヴ言葉を多用する人の周囲には、本能的に人が寄り付かなくなります。
 心のスイッチを切り替え、人生をポジティヴな言葉で埋め尽くしましょう。

正義を語る勝者

 今年もまた終戦の日を迎えました。
 新たなる戦争が始まらない限り、日本の戦後は終わりません。
 日経新聞一面の春秋欄に、興味深い一節がありました。

【 「本モノノ空襲警報ガ初メテ鳴ッタノハ昭和19年11月1日デアル」
 内田百聞の戦時日記「東京焼盡(しょうじん)」の序文にこうある。】

 本土空襲の幕開けとして、この日初めてB29が東京に飛来したのだそうです。

【 実際に焼夷弾が雨あられと降りそそぎ始めたのは、昭和20年の2月以降である。
 銃後の国民が逃げ惑い、命を落とし、日本中の都市が炎上していったのは、それからのわずか半年ほどの間の出来事なのだ。】

 戦争の悲惨さを語り継ぐ映像等によって、繰り返しインプリントされてきた、戦後生まれの我々からすると、この事実は意外です。

【 大戦の空襲というと、何年間も続いていたイメージがある。
 しかし、敗戦の前年までは案外ノンビリ構えていたという。 】
 
 当時の大本営は、「一億総火の玉」のスローガンを掲げ、国民を鼓舞していました。
 しかし、戦況を知る唯一の手立てのラジオや新聞は、日本軍の劣勢を正確には伝えなかったようです。
 連戦連勝の楽観的な情報ばかりが流布される中、何も変わらない青い空、白い雲、明るい日差し、虫の声・・・。
 ノンビリムードが漂ったとしても、不思議ではありません。

 さて、ビジネスはさしずめ「人を殺さない戦争」。
 各店舗の店長を大将に立て、各々のエリアで同業他社と熾烈な戦いを繰り広げています。 
 一人のお客様を巡り、競り勝つこともあれば、競り負けることもある筈です。
 戦いを優勢に進めている陣営もあれば、劣勢を強いられている陣営もあります。
 
 来週に予定している第6期経営計画発表会では、各エリアでの戦況を、包み隠さずガラス張りでディスクローズすると共に、今後取り組むべき戦略・戦術を共有する予定です。

 7月末〆の史上最高益は過去の数字であって、第6期は既にスタートしています。
 お盆だからといって、ノンビリムードでいられないことは、皆さんが良くお判りでしょう。
 時代は移ろおうとも、正義を語り得るのは勝者のみです。

ハンドルのあそび

 NYホームを起業して初の夏季休暇です。
 誰もいないオフィスで、コーヒーを飲みながら、少し前に流行った本を読み返しています。
 
 「鈍感力」渡辺淳一著
【 それぞれの世界で、それなりの成功をおさめた人々は、
 才能はもちろん、その底に、必ずいい意味での「鈍感力」を秘めているものです。
 鈍感、それはまさしく本来の才能を大きく育み、花咲かせる、最大の力です。】

 一般的に「鈍感」は、褒め言葉としては使われません。
 「敏感」に比べ「鈍感」は、下等な印象すらあります。
 著者は、その「鈍感力」こそが成功の鍵だと説きました。

 まずもって、「世の中は思うようにならない」というのが前提です。
 思う様にならないものを、自助努力によってほんの少しだけ引き寄せる・・・それ以上でもそれ以下でもありません。
 人生とはそんなものと、大らかに悟るだけでも、随分気が楽になります。

 沖縄の人は、逆境に直面した時、「なんくるないさー」(なんとかなるさ)と言うそうです。
 きっと、その言葉が心の傷を癒してくれることを知っているのでしょう。
 楽天的な発想や言葉は、麻酔の様に痛みを和らげてくれるのです。
 
 くれぐれも鈍感力のススメは、「いい加減」「ことなかれ主義」「無責任」とは一線を画します。
 自分なりに考える、鈍感力のファクターは次の通りです。

 ① 受け入れる ⇔ 受け入れない
 ② 認める ⇔ 認めない
 ③ 赦(ゆる)す ⇔ 赦さない
 ④ おびえる ⇔ おびえない
 ⑤ 感謝する ⇔ 感謝しない

 鈍感力とは、ハンドルの遊びの様なもの。
 ちょっとした動きにも鋭敏に反応する、ハンドルに遊びの無い車は、決して良い乗り心地では無いでしょう。
 こうやってしたり顔で書き綴る、私自身の人と成りについては棚に上げて頂くとして・・・。

 良い意味での、鈍感力を身に付けたいものです。

会社は誰のものか

 会社は誰のものですか?
 この問いには、様々な回答が用意されています。

 教科書的な答えは、「お客様」です。
 中小企業の父「一倉定」氏が繰り返し説かれた、「会社の真の支配者はお客様である」という表現は、社員教育上、非の打ちどころが無い大義と言えるでしょう。

 敢えて夢や理想を棚に上げて、超現実的な話をさせて頂くならば、会社は株主のものです。
 上場していれば、不特定多数の株主に支えられていますから、パブリックカンパニーとして位置付けられます。
 但し、創業家が株式の過半を占めているケースも少なくありません。
 
 多くの中小企業の様に、ワンオーナーが全株式を有する場合、その一人には全権限が集中しています。
 ボールペンを買うのも、パソコンを買い替えるのも、新しい事業を起こすのも、配当額を決定するのも、社長の首を切るのも、総てオーナーの意志次第です。

 独裁だとかワンマンだとか、それがさも悪いことの様に捉えられますが、株主たる資本家が実権を握り、采配を振るうのは資本主義の原理原則。
 日本は、共産主義国家ではないのです。
 まあ、共産主義のワンマン・独裁は、更にスケールupしますけれど・・・。
 
 話を元に戻します。
 一般的には、会社が大きくなるにつれ、総てを一人で判断していくことは不可能になるため、役職者を定め、ある程度までの権限を委譲することになります。
 それでも、大きな方針や戦略について、決断するのはオーナーの役割です。 
 
 例え方針が間違っていたとしても、そこに社員が不満を持ったとしても、それが原因で会社を潰すことになったとしても、責任を取るのはオーナーです。
 それに対する社員の権利は、二つあります。

1. 上申する権利
2. 会社を辞める権利

 モノ申すことはできても、そこから先は保証の限りではありません。
 意見を受け入れてくれるかもしれないし、全く変わらないかもしれません。
 会社のためを思って意見しても、不満分子の烙印を押されて冷遇されるかもしれません。
 耳障りな提言にも関わらず、以降普通に処遇されるとすれば、突出した実力が認められているか、素晴らしく理解があるか、その両方かもしれません。

 どんな会社にでも、理不尽と思うことはありますし、会社の方針に100%従属できないこともあります。
 それでも人間である限り、我慢・辛抱よりも、方針を理解・納得して働きたいものです。
 社員たる立場と分を弁え、自分の中で消化・咀嚼する努力は必要でしょう。

 一方、納得して貰うべく、方針の正当性を説くのは管理職の仕事。
 少なくとも自分は、納得を得るための努力と時間は惜しまないつもりです。

明日はまだ見ぬ今日

 自分は小学校三年の頃、何かのきっかけで虫や蛙を殺すことに目覚めました。
 思い返すにつけ、我がことながら「精神的におかしいのではないのか?」と危うさを感じます。
 しかし、友達も一緒になって興じていましたし、それが性の目覚めであると解説する方もいらっしゃるようです。

 2年程経つと、今度は姉が読んでいた「ノストラダムスの大予言」というベストセラーに影響を受け、夜も眠れない程、死に対する恐怖が膨れ上がります。
 それをきっかけに、今まで虐待していた虫や蛙の命が急激に愛おしくなり、一時期は腕を刺す蚊を叩くことすれできなくなりました。
 酷く情緒不安定な子供だったものです。

 さて、人は誰しも死に恐れをもっています。
 だからこそ、医者から不治の病の宣告を受けて、絶望的な思いに駆られるのです。
 北尾吉孝著「人物をつくる」の中に、こういう一説があります。

【 生死のことは、これは天に任せるしかありません。
  ただ今を生きる、今を生き切る。
  これが死の恐怖や、死のすべてを超える唯一の方法だと思っています。】

 余命半年と宣告されながら、何十年も長生きする方もいらっしゃいます。
 健康そのものだった人が、脳梗塞や事故で、突然天に召されることもあります。
 
 間違い無いのは、生きとし生ける者には、必ず死が訪れるのだということ。
 東北大震災の津波で命を落とした多くの人も、明日が訪れない等と、露ほども考えていなかったでしょう。
 
 昨日は過ぎ去った今日。
 明日はまだ見ぬ今日。
 確かに生きているのは、今日、今、この瞬間だけ。

 いつ何時いかなる最後が訪れようとも、その覚悟をもって今を真剣に生き切ることを、この猛暑の盆に改めて誓いたいものです。

心の平穏を取り戻せ!

 大野店長との雑談の中で、デール・カーネギーの名著「道は開ける」の話題に成りました。
 本著は、もう一冊の代表作「人を動かす」と一対として紹介されます。

 「人を動かす」 = 人間関係の在り方
 「道は開ける」 = 悩みの克服の仕方

 世の中に良著は星の数程ありますが、この二作は、どんなに時代が移り変わろうとも読み継がれるべき、名著中の名著です。

 しかしながら、70年も前に書かれた本だけに、時代背景や比喩がしっくり来ないこともあります。
 また、和訳の表現自体が、やや難解です。
 天国のカーネギーから許可を貰うでもなく、自分なりに噛み砕いて紹介したいと思います。

【 悩みを遠ざける方法 】
 「できることがあれば、それをやる。
 できることがなければ、あとは忘れるだけだ。」
 クライスラー・コーポレーション社長 K・T・ケラー
 
 実に、シンプルで明快な回答です。
 「人事を尽くして天命を待つ」・・・日本の諺にも一脈通ずる至言といえます。
 ところが、世の中の多くの人の場合、悩みへの対峙の仕方は真逆です。

① 悩む暇があれば、存分にできることがあるのに、それに手を付けない
② 決して巻き戻すことのできない過去の言動を、いつまでも後悔する
③ 自助努力ではどうにもならないことに固執し、嘆き、憤り、絶望する
④ まだ訪れない将来のリスクを過大評価し、恐怖や怒りを増大させる

 結論 = 山より大きな猪は出ません。

 大きな壁に幻灯を投射するかのように、実態以上に不安や不満を巨大化させているのは己自身の心です。
 病は気からと申しますが、こんな精神状態では、健康な身体すら蝕(むしば)まれます。

 「できることがあれば、それをやる。
 できることがなければ、あとは忘れるだけだ。」
 心のスイッチを切り替え、平穏を取り戻しましょう!

hot motの強壮剤

 近年、賞与が生活給の一部と化す、嘆かわしい風潮があります。
 原発事故によって国からの援助を仰ぐ事実上の破綻会社が、代替が効かないことを幸いに料金値上げを強いた挙句、再生計画の中で賞与を予算計上するような、身の程知らずの愚行がまかり通る世の中です。

 改めて言うまでもなく、世の中の大多数の民間企業は、利益を上げなければ賞与も出せないし、昇給もできないし、雇用も維持できません。 

 さてさて皮肉はその位にして、賞与支給を直前に控え、評価面談を実施しています。
 半年間、一所懸命仕事をしてきた方にとって、評価プロセスは大いに気に成るところでしょう。
 そのアカウンタビリティ(説明責任)は、管理職の大事な仕事のひとつです。

◆ 定量的評価 
 ※ 受注金額・受注件数・成約率・管理取得数・BS回収数・BSバッジ数・・・
  これらは、お客様から必要とされたか否かを示す指標です。
  そもそも、この数字がなければ、支給すべき賞与の原資が無いということを認識して下さい。

◆ 定性的評価
 ※ クレーム応対・協力フォロー・正確性・情報収集・報連相・勤務姿勢・・・
 数字は必要条件であるけれど、充分条件には非ず。
 我々が目指すのは、「数字さえ上げれば良い」という会社では無いのです。
 従って、「数字にならない仕事」にもスポットを当てて、しっかりと評価します。

◆ 将来へ向けての期待
 
 前段の二つは、あくまでも結果に過ぎません。
 結果の確認は大切ですが、それ以上に重んじるべきは、将来へ向けての期待です。

 半年間の仕事振りを振り返った上で、良かった点、悪かった点を互いに確認した上で、
 評価の低い社員には、「貴方なら、もっとやれる筈だ」と叱咤激励する。
 評価の高い社員には、「ここに気を付ければ、もっと良くなる筈だ」と鼓舞する。

 熱い期待を伝播させる、hot motの強壮剤・・・それが賞与の意味であり、真の価値です。
 来期は、mot多くのありがとうを集め、mot多くの賞与を貰える様、hotに頑張りましょう!

王より飛車を可愛がる愚

 トヨタ生産方式は、生産性を極限まで高めるための仕組みとして、世界の製造業のベンチマークです。
 作業中に人が移動する動線すらも、最短距離・最短時間と成るようにポジショニングされます。
 
 例えば、ライン間の移動で2歩=1秒のロスがあるとしましょう。
 たかが一秒ですが、グループ連結従業員の累積だと、年間4000万円超の膨大なコストになります。

 1秒 ☓ 30万人 ☓ 250日 = 20,833時間
 20,833時間 ☓ 時給2,000円 = 41,666,000円

 さて先日、某店舗の業務改善会議の中で、似たような話が出ました。
 お客様からのクレームやお問い合わせ内容を記録する「連絡ノート」の運用についてです。

 「当初、連絡ノートは一冊だった。
 ただ、自席で電話を受けた際に、そのノートをわざわざ取りに行くのが手間。
 また、何処にいったか判らなくなることもある。
 従って、電話がかかってもサッと取り出し書ける様に、各々がノートを持つ様にした。」

 いわゆる、現場におけるカイゼンです。
 しかし、このカイゼンによって別の問題が発生しました。

 『店舗内・社員間での情報共有がし難い』
 
 そう、連絡ノートなるものの最大の目的は、「情報共有」です。

・ 自分が外回りする際に、「お問い合わせのお客様から電話が入れば、次の様に答えて下さい。」
・ 公休日にお客様が来られる予定があれば、「この書類をお渡しした上で、免許証のコピーを貰って下さい。」
 
 こうやって記録し、全員がこのノートを見る癖をつけていれば、速やかな対応が可能でしょう。
 共有できていなかった場合、様々な問題が予想されます。

① お客様 = お待たせしてしまう・間違った情報を教えられる
② 応対者 = 右往左往してしまう・確認の電話を入れざるを得ない
③ 担当者 = 案内・商談に水を差される・休日にゆっくり休めない

 一歩、二歩の手間を惜しんで「効率」を高めたつもりが、一番大事な「効果」を損なった訳です。
 何処へいったか分からなくなるリスクは、置き場所を定めるだけで抑止できます。

 くれぐれも、王より飛車を可愛がる愚、と成りませぬよう。

勤勉なきこりの話

 キャリア社員三名を対象に、導入研修を執り行いました。
 開催は二回目です。

 前回の三名は、業務に支障を来たさないよう朝の時間を活用し、細切れ四回の実施。
 今回は、正式配属前だったため、9:30~17:00の一日研修です。

 前職の会社では、二ヶ月に一度のスパンで、丸二日間の導入研修を行っていました。
 丸一日講師を務めるのは、実に5年振り。
 
 話の内容があっちへ飛び、こっちへ飛び、取りとめなく脱線します。
 挙句の果てには、これまで何十回喋ったか判らない「アブラハム・マズローの欲求五段階説」を失念する有り様。
 
 やはり、5年間のブランクは大きかったようです。
 研修の中でご紹介した、きこりの話しは、今の自分にピッタリ当て嵌まります。

【 ある森に、勤勉なきこりが居ました。
  夜明けから日没まで休むことなく、そのきこりは大きな鋸で、木を切り出し続けます。
 
  一心不乱に働くきこりの姿を見ていた男が、ふと気付きました。
  鋸の刃が丸くなっているではありませんか。

  男は、きこりにアドバイスします。
 「おい、その鋸の刃先が丸くなってるぞ。研いだらどうだ?」

  すると、きこりは手も休めず、目もくれずに一言。
 「俺は忙しい、そんな暇はない。」 】

 これと同様に、ロープレや宅建の勉強をしなければ一流の営業マンには成れませんし、物確・物調を怠れば反響・集客は見込めません。
 
 緊急ではないけれど重要な仕事・・・。
 刃を研がずして身体を動かしても、疲れるだけです。

人としての器を拡げる

 人間の器の大きさは、先天的に決まっているものではありません。
 この世に生を受けた時点では、皆同じでしょう。

 傑出した大人物も、歴史上の偉人も、赤ちゃんの頃は自分のことしか考えられないもの。 
 腹が空いたと泣き、おむつの具合が悪いと泣き、暑いといっては泣く、まさに自己チューの極みです。
 その赤ん坊も、成長するに従い、徐々に利他の心が備わります。

 やがて、弟や妹が誕生。
 今まで、両親や親戚からの寵愛を一身に集めてきたセンター的ポジションが、新しい命に取って変わられました。
 利己的な精神から、まず芽生えるのは嫉妬心です。

 両親の時間も、一枚のクッキーも、独り占めできない不条理に直面します。
 兄・姉としての自覚が出てくるのも、この我慢と辛抱からです。

 弟や妹に対する愛情と共に守ってあげたいとする包容力が。
 母親の家事・育児の大変さを見るにつけ、感謝や思いやりの心が芽生えてきます。
 
 やがて就職し、社会人デビューした貴方は、組織の中での赤ん坊です。
 自分のことだけで精一杯の小さな器は、水を注がれてもすぐに溢れてしまいます。
 
 一年後に入って来た後輩は、かつての弟や妹と同じです。
 自分の時間を割いてでも、後輩を育み思いやることが求められます。
 上司や先輩に守られ、同期に励まされながら、後輩を育む内、徐々に成長し、ゆとりが生まれ、器が深く大きくなっていくのです。

 上司は親、部下は子供と同じ。
 自分の都合を二の次にしてでも、部下のために尽力することも少なくありません。
 自分の体調が優れなくても、部下に悟られない様に立ち振る舞うべき場面もあるでしょう。
 部下の行動や様子を注視し、声掛けやフォローを適宜行うのも上司の役割です。

 「最近多忙で休めて無いけど、休める時にはしっかり休んで」
 「顔色が悪いようだけど大丈夫? 後はやっておくので早く上がって」
 頑張る部下は、上司からのそうした一言で救われます。

 残念ながら、こうして書き綴る自分こそが、利己的で思いやりの足りてない薄情な上司です。
 自分の愚行を棚に上げるつもりはありません。
 
 器の小ささを自覚し、戒め省みることで、少しずつでも器を拡げることができます。
 どうぞ、至らない社長を反面教師とした上で、部下を思いやることのできる上司を目指して下さい。

小学生のサッカー

 皆さんは、「小学生のサッカー」という言葉を聞いたことがありますか。
 今や小学生も、かなりレベルが上がっていて、馬鹿にできないのかもしれませんが、我々の世代は実に稚拙でした。

 取り敢えずフィールドに選手が散らばり、パスするでもなく、相手のゴールめがけ、思い切りボールを蹴る。
 ゴール前にボールが到達すると、ゴールキーパー以外の10人は、全員がそのボール目掛けて突進。
 敵のキーパーがセーブして、味方陣営まで蹴り戻されると、再び全員がそのボールを追いかけて走りだす・・・。

 こうやって、全員がただひたすらにボールを追うサッカーを、「小学生のサッカー」と揶揄します。
 戦術、作戦等は全く検討されることはなく、戦略性もゼロ。
 ポジションもフォーメーションもまったくもって無縁。

 この「小学生のサッカー」の大きな特徴は二つあります。

 ① 闇雲に走り回るため、選手が疲弊する
 ② 運動量に見合わず、失点が多く、得点が少ない

 さて、我々の行っているビジネスもチームプレーです。

 敵の検証、自戦力の分析、方針の明示、戦術の練磨、役割分担、情報の共有、フォロー、連携・・・といったファクターは欠かせません。
 効果的に得点するため、失点を最小限で留めるため、「小学生のサッカー」を卒業し、戦略性を追求していきましょう。

能力を磨くストレッチ

 我が社の店舗毎の状況を見ますと、人員が充足している店舗もあれば、不足気味の店舗もあり、様々です。
 人員は充足しているものの、個々人の経験や能力が未熟なために、業務が追いい付かないケースもあります。

 そうした際には必然的に、社員一人ひとりへの負荷が高くなるものです。
 時間的に逼迫した状況が続き、精神的にもゆとりがなくなってきます。
 
 時に溜息の出ることもあるでしょう。
 但し、実は、ここが大きなチャンスです。

 米大リーグ「トロント・ブルージェイズ」の川﨑宗則選手は、溌剌としたプレーと陽気なフォーマンスによって、一躍チームの人気者に成りました。
 そのムードメーカーとしての存在感を、ファンならずとも、監督やフロントも認めています。
 
 ところが、戦線離脱する選手の補充要因として使われるため、メジャーとマイナーを行ったり来たり。
 川﨑選手にとって、選手層の厚さは不幸なことですし、レギュラーの怪我は千載一遇のチャンスなのです。 

 役割分担された、一部分の仕事だけを専門的に集中してやれば、確かに生産性は高まるかもしれません。
 しかし、流れ作業の一部分を淡々とこなすのでは、時間の経過も遅く感じますし、遣り甲斐も見出だし難いものです。 
 また、自己の能力を超えたストレッチに挑むことで、能力は磨かれ、人は成長します。

 入社間もない社員が正社員の仕事を、一般社員が店長の仕事を、店長が役員の仕事を、役員が社長の仕事を・・・各々がワンランク上の仕事ができるようになれば、必ずや店も会社も繁栄し、個人の存在感も報酬も高まることでしょう。

グラス・シーリング

 大相撲は、言わずと知れた日本の国技です。
 但し、その国技は今、過去に無い危機に瀕しています。
 少し前に角界を揺るがせた、八百長問題ではありません。

 相撲の聖地である両国国技館には、歴代優勝力士の写真が32枚飾られています。
 ところが、その中に日本人は一人もいません。
 平成18年初場所、大関「栃東」が日本人として最後となる賜杯を受け取りました。

 幕内力士42人の内、日本人は27人のみ。
 モンゴルを筆頭に、ブルガリア、エストニア、ブラジル等、国際色豊かな構成です。

 文字通り角界の頂点に位置する横綱の地位に、日本人は不在。
 最後に就いた日本人横綱は、今から15年以上前の平成10年、三代目「若乃花」(お兄ちゃん)まで遡ります。

 果たしてこれで国技と言えるでしょうか。
 勿論、この問題からナショナリズムを醸そう等と思っている訳ではありません。
 
 原因は色々とあるでしょうが、根源的には「日本が豊かに成り過ぎた」ということでしょう。
 相撲に限らず、アメフトでも、サッカーでも、古今東西・老若男女問わず、トップアスリートが過酷な練習を耐え得るモチベーションの大きな原動力は、貧困脱出願望。

 かつての「巨人の星」の左門豊作の様に、貧乏に虐げられている家族に楽をさせたい・・・という思いが不屈の闘志を呼び起こし、不退転の努力を継続できるのです。

 豊かであることは、とても幸せなこと。
 しかし、そこに安住することで、秘めたる自分の潜在能力に気付かないまま蓋されてしまう意味においては、必ずしも歓迎できない事かもしれません。
 
 タイトルの意味は、目に見えない硝子の天井です。

上司と部下の真剣勝負

 先日の日経新聞に、「その叱責、効果ある」という表題の記事がありました。
 経営者や学識者でつくる日本生産性本部が、国内企業向けに実施した調査結果です。

 ◇ 課長職級 = 89% 叱責は部下育成に繋がる
 ◆ 一般社員 = 56% 叱られるとやる気を失う

 ◇ 課長職級 = 80% 部下を褒めている 
 ◆ 一般社員 = 51% 上司は褒めてくれる

 正直、こんなアンケートに何の意味があるのかと思いますが、上司と部下の間に温度差があるのは間違いないようです。

 昨日の道場さんの話ではありませんが、職人、会社員を問わず、昔の上司の威厳は絶対的でした。
 今であれば大問題に成るであろう、体罰やパワハラは日常茶飯事。
 自分が大工の修行をしていた時も、毎日毎日棟梁から怒られ、時には差し金や木片が飛んできます。
 理不尽だろうと、高圧的だろうと、口ごたえは一切許されず、絶対服従が原則です。

 まずお断りしておくのは、かつての徒弟制度的な関係を奨励するつもりはありません。
 但し、この記事の論調から、叱るのがダメで褒めるのが理想と受け止めるのは、余りにも短絡的です。

 今日、人権尊重の遠慮からか、労働基準法への畏れからか、部下のためを思って本気で叱れる上司が少なくなりました。
 一方、戦後最大の失政である「ゆとり教育」の温室の中で大事に育てられた、ハングリーさを知らない若者はストレス耐性が弱く、ちょっとした負荷ですぐに萎れてしまいます。
 
 「褒めて育てて貰いたい」と本気で考える部下に迎合し、自らの立場を弁えず、同じ目線の友達感覚で接することが理想と信じ込む、愚かな上司の勘違いも、けじめのつかない関係に拍車をかけてきたのです。
 何度も引用する、日本電産の永守重信社長の話を思い出してみて下さい。

 『たまたま同じエレベーターに乗り込んだ役員が名札をチラリと見て、「永守さん、良く頑張ってくれてますね。」と儀礼的に褒められても、まったく嬉しくはない。
 一方、廊下ですれ違いざま「おい永守!お前の作ったモーター、油は漏れる火花は散る、一体どうなっとんや!」と頭ごなしに怒鳴りつけられたとしても、自分の仕事をしっかり見てくれているという意味において、必ずしも嫌な気持ちはしない。』

 上司は部下の仕事をしっかりと見た上で、その部下ために、良い点は本気で褒め、悪い点は本気で叱る。
 部下は、その言葉を謙虚な気持ちで受け止め、非が有れば素直に詫び、改善すべき点は行動に移す。

 上司は上司たる責任を持って、部下は部下たる謙虚さを持って、真剣勝負で臨むことが肝要です。

一流の踏ん張り、二流の崩れグセ

 和食の鉄人「道場六三郎」さんが、月刊誌「知致」に掲載されていた、「一流と二流」という記事が大変素晴らしかったので、抜粋して紹介します。
 
 板場の世界は、典型的な徒弟制度です。
 TOPである板長の権限は絶対で、抗(あらが)うことはできません。
 
 業務量が多いため、早く準備したくても、板長が意地悪をして開店1時間前にしか板場に入れない。
 短時間で支度できる様に整理整頓や創意工夫を重ね、一日15~16時間働き詰めに働いても、「このボケ、遅いぞ」と罵声を浴びせてくる。
 折角作った料理も気に入らないとひっくり返される。
 こうした理不尽な仕打ちが、来る日も来る日も続いたのだそうです。


『 僕は子どもの頃から、辛いからといって途中で投げ出したことはない。
 それがこの時ばかりは、真剣に辞めようかと考えました。
 でも、考え直したんです。

 折角ここまで修業してきたのに、辞めてしまったらまた一から出直しでしょう。
 ここが踏ん張りどころだと思いました。

 そして「どうやっても、もうこれ以上はできん」という位までやってみることにしたんです。
 「早く、きれいに。早く、きれいに」と唱えながら、死に物狂いで仕事をこなしました。
 どんなにいびられてもへこたれない僕を見て、板長のいじめも徐々におさまっていったのです。

 あのとき頑張れたからいまの僕がある。
 もし、苦しいことから逃げ出すことを選択していたら、ズルズルと落ちるところまで落ちていたと思う。
 
 人生には「ここ一番」という踏ん張りどころが何度かある。
 どんな分野でも一流と呼ばれるのは、そういう「ここ一番」の局面で踏ん張ることのできる人だよね。
 二流は踏ん張れないから、いままで築き上げてきたものまでガラガラと崩してしまうんだ。
 人間、一度でも崩れることを許したら崩れグセがついて、次の「ここ一番」も頑張れない。』

 こうして、理不尽な仕打ちを乗り越えた人の口からは、「あの時があったから今がある」と感謝が出ます。
 一方、乗り越えることができずに、途中で挫折した人からは、不平・不満・愚痴しか出て来ません。

 現代人は、個性の尊重、豊かさ、ゆとり教育の弊害か、総じて辛抱が足らなくなってきたようです。
 辛い時、苦しい時、道場さんの言葉を思い出して下さい。
 一回り大きく成長するための、ここが踏ん張りどころなのです。

若さを閉じ込めるな!

 暫定的に今、若手社員二人を松山南店で受け入れています。
 社会人経験の少ない、無知で、未熟で、初々しくて、大いなる可能性を秘めた二人です。

 夕方の時間、たまたま彼ら二人と私だけに成りました。 
 否応なしに取った電話応対の不手際で、ちょっとしたクレームに発展。
 立腹されている相手方に、私から謝罪の連絡を入れて、取り敢えず事なきを得ました。

 失敗の責任を取るのが上司の仕事。
 貴方達は何も心配しなくても良いのです。
 しかし、失敗を恐れて電話を取らなかったり、同じ失敗を繰り返してはいけません。
 
 過ちを冒しても赦されるのが若さの特権。
 大きな声で、元気良く、真正面からぶち当たって、完膚なきまでに打ちのめされれば良いのです。
 
 もんどりうって倒れて、擦りむいて、血を出して、その痛みを心に刻むのです。
 かさぶたが癒える頃、その皮膚はもっと強くなります。
 過ちや失敗を経る毎に、成長への階段を一段上ることができるのです。

 年寄臭く、転ぶ前に怪我を恐れて、受け身を準備したり、力をセーブしてはいけません。
 無防備大いに結構。

 サミュエルウルマンは言っています。
 青春とは、人生のある期間を言うのではなく心の様相を言うのだと。
 
 若さを閉じ込めるな!
 若さを出し惜しみするな!
 
 人生の先輩から、声を大にして贈るアドバイスです。

上司としての美学

 この話、前にも紹介したことがあるかもしれません。
 
 分譲マンション事業の担当役員だった私は、夕方から福岡入りすることに成ります。
 当時は、松山⇔門司間を結ぶ高速船「シーマックス」が就航していました。

 用地担当の部下と二人で乗り込んだのですが、その日の海は大荒れです。
 瀬戸内を抜けて玄界灘へと近付くに連れ、波は高く、うねりは大きく、船は木の葉のように舞い踊ります。
 自分は、島で暮らしたこともあり、船には慣れていますが、ここまで揺れたのは最初で最後です。
 
 「ず、随分揺れますね・・・。」
 部下は船が苦手らしく、目は泳ぎ、実に落ち着きがありません。
 周囲を見渡すと、女性を中心に嬌声が飛び交っています。
 しばらくしてキャプテンから、上ずった声で船内放送がありました。
  
 「・・・ご、ご乗船中の皆さま、・・・ほ、本船は松山観光港を出発し、門司港に向かっておりますが、な、波が高く、安全運航が困難と判断したため、ま、松山へ向けて引き返します!・・・」

 このてんぱった放送が、火に油を注ぐ格好になり、船内を奈落の底に突き落とします。
 一段と船は、上へ下へ、右へ左へとダッチロールを繰り返し、悲鳴と嗚咽と泣き声が渦巻く、パニック映画さながらの修羅場と化したのです。

 数十分後、無事松山観光港へと着岸した際、期せずして船内からは拍手と歓声が巻き起こりました。
 船内は嘔吐物があちこちに散乱し、へたり込んだまま立てない人も数名いらっしゃいます。

部下 「それにしても揺れましたねぇ。 生きた心地がしませんでした。」
上司 「そうね。」
部下 「しかし、常務はずっと本を読んでらっしゃいましたね。何でそんなに冷静でいられるんですか?」
上司 「いや、あんなに揺れたら本なんか読めないよ。」
部下 「えっ?」
上司 「それより、今日中にどうしても博多入りしないといけないな。」
部下 「はい?」
上司 「広島行きのスーパージェットに乗って、そこから新幹線で博多に向かおう。」
部下 「ええぇ! また船にのるんですかぁ?!」

 このエピソードから学ぶべき事は、リーダーのあるべき姿です。
 そもそも、キャプテンからのアナウンスがエラーでした。

 「波が高いため、本船只今より松山観光港に引き返します。
 お急ぎの所、申し訳ございません。
 尚、帰路も大きく揺れることが予想されますが、安全運航には支障ございませんのでご安心下さい。」

 落ち着いた声でアナウンスされれば、乗船客の気持もかなり和らいだ筈です。
 また、上司が一緒になってうろたえれば、部下は一層不安になります。

 先日、たまたま観た「宇宙戦艦ヤマト2199」は、ヤマトが敵艦隊の総攻撃を受け、まさに撃沈寸前。
 騒然とした艦内にあって、沖田艦長だけは微動だにせず、沈黙を貫くのでした。

 部下は常に上司の背中を見ています。
 どんな厳しい状況に追い込まれようとも、うろたえない、泣き言を言わない、感情的に成らない・・・、これは上司としての美学なのです。
プロフィール

Hideo Matsuoka

Author:Hideo Matsuoka
・生年月日 昭和37年10月30日

・好きな言葉 
今日は残された人生の最初の一日

・信条「先憂後楽」

・尊敬する人 
稲盛和夫 西川広一 松下幸之助

・資格 ①宅地建物取引士
    ②建築2級施工管理技士
    ③マンション管理業務主任者
    ④防火管理者
    ⑤少額短期保険募集人
    ⑥損害保険募集人
    ⑦損害保険商品専門総合
    ⑧不動産キャリアパーソン
・趣味
 劇団AUGAHANCE初代代表
 主に脚本・演出を担当

・経歴 
 中卒後、大工・石工と職人道を歩む
 平成2年 
 ㈱中岡組 (ジョーコーポレーション)入社
 マンション担当役員→常務執行役→管理会社代表を歴任
 平成21年 ㈱NYホーム起業

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR