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自分のために仕事する

 四話に渡るイチロー特集が、やっと終わったかと思いきや、今日もまた野球関連ネタで突っ走ります。 
 
 イチローは、「チームのために・・・といった考え方は思い上がりだ。」として、「思い」の大切さを訴えました。
 同じ様なテーマを、世界の王は違う切り口でこう語っています。  

 『自分のためにやるからこそ、それがチームのためになる。
 「チームのために」なんて言うやつは言い訳するからね。

 オレは監督としても、自分のためにやってる人が結果的にチームのためになると思う。
 自分のためにやる人がね、一番、自分に厳しいですよ。
 何々のためとか言う人は、うまくいかないときの言い訳が生まれてきちゃうものだから。』

 長く会社に勤めた人がリストラに遭った時、周囲も本人も、経営者の非情さに対してこう嘆きます。
 「会社のために、ここまで頑張ってきたのに・・・。」

 王、イチローに言わせれば、この言葉を発してしまう状況こそが最大の悲劇でしょう。
 会社に依存する前提で、過去の頑張りに対する見返りやお情けを期待しているのですから。

 本来、労使の関係は50:50。
 社員は、成果や期待の代償として、会社から給与や賞与を得ます。

 加えて、会社に在籍して仕事していく程、知識や能力が身に付きます。
 会社を退職する際に、「そのスキルは、給料を貰いながら会社で身に付けたものだから置いていけ。」とは言えません。 

 今、必要な人材であるならば、決して会社も手放さない筈です。
 職業人としてのプライドをかなぐり捨てた、無様な自分を認めてしまうのが「会社のために・・・」だと自覚しましょう。

 自分のためにやることが、結果としてチーム(店舗・会社)のためになる・・・この本質が肝要です。

イチロー惑わず:結

 日経新聞記事からのイチロー特集も、今日が最終です。
 締め括りに相応しい、珠玉の言葉をノーカットでお届けます。

 「今はまだ『色紙に一言』と言われても書けない。
 大切にする姿勢や哲学はあるが、胸を張って一言残せるほどの自分ではない。
 
 偉人の言葉を引用する年輩の方がいるが、あれはダサいと思う。
 拙(つたな)い表現でも将来、自分の言葉で伝えられたらなと思う。
 
 しかし結局、言葉とは『何を言うか』ではなく『誰が言うか』に尽きる。
 その『誰が』に値する生き方をしたい。」

 言葉を重ねて解説するのが、おこがましいと感じてしまう程の迫力です。
 
 例えばイチローが色紙に、「努力」「精進」「鍛錬」といった、ありふれた言葉を書いたとします。
 それは、我々が思う語彙(ごい)とは全く違った価値観で、キラキラ輝いて見える筈です。

 「あれだけボキャブラリー豊富なイチローが、よりによって『努力』かよ!」ではなく、
 「あのイチローが改めて語る『努力』って深いよなぁ・・・」という感覚です。

 逆に、怠け癖のある、ちゃらんぽらんな人間から「やはり努力が大切だよなぁ」と言われれば、間髪入れずに「お前が言うな!」と突っ込みます。
 
 正にそれが、『何を言うか』ではなく、『誰が言うか』ということです。

 私見ですが、彼にとって、色紙に残す言葉は不要でしょう。
 何故なら、ポジティブシンキング、克己心、弛まぬ努力、フロンティアスピリット、論理的なプレゼン能力、熱いハート・・・それらの総てを包含する存在が『イチロー』だからです。
 
 沢村、金田、王、長島、野村、張本、山田、江夏・・・伝説となったプロ野球選手は数多く存在します。
 しかしながらイチローは、その名前自体が形容詞となる、最初で最後のアスリートなのかもしれません。 - 了 -

イチロー惑わず:転

 2009年ワールドベースボール・クラッシック(WBC)の決勝、韓国戦。
 延長十回2死二、三塁という絶好の場面で、これまで不振の続いていたイチローが打席に立ちました。

 「敬遠ならどんなに楽だろうと思った。
 そんなふうに思ったことは初めてだ。
 この打席で結果を出せなければ、今までの僕は全て消される、と思った。」

 日本とアメリカをまたにかけ、8年連続首位打者、年間262安打の世界記録、10年連続200安打・・・、数々の偉業を成し遂げ、安打製造機の称号を欲しいままにしてきた最強打者が吐く、魂の叫び。

 「恐怖に震え上がっていた。」
 というギリギリの精神状態で、弾き返した打球はセンター前に抜け、二連覇を決める決勝タイムリーと成ります。

 普段は、チームの状況や自分のプレーをクールに評するイチローが、試合後「やっぱり僕は持ってますね」と、無邪気な笑顔で語った姿は、背負っていた極度の緊張から解放された安堵感と、勝利の喜びから生まれたものだと、今やっと判りました。

 「野球をやりながら『命を削る』という意味を初めて知った瞬間だった。」

 当然のことながら、イチローもやはり人間。 
 そして、だからこそファンを魅了するのです。

イチロー惑わず:承

 かつて、プロレスラー長州力が、この言葉を残しました。

 「努力した者が全て報われるものではない。
  しかし、成功した者は全て努力している。」

 努力と報われの相関関係を、端的に言い表した名言です。
 さて、イチローの捉え方は、やはりイチロー流でした。

 「努力をすれば報われると、本人が思っているとしたら残念だ。
 それは、自分以外の第三者が思うこと。

 もっと言うなら本人が努力だと認識しているような努力ではなく、第三者が見ていると努力に見えるが、本人にとっては全くそうでない、という状態になくてはならない。」

 深い、実に深いコメントです。

 まずもって、努力は手段であって目的ではないというのが前提です。
 高峰を目指すのであれば、努力は当然の必要条件。
 努力しないと欲しいモノは絶対に手に入らない。
 しかしそれは、努力さえすれば良いという充分条件でもない。 

 珠玉は二行目です。
 「自分は努力した」とか「努力したから報われる」という言葉は、自ら口にするものではないということ。
 確かに、その納得も満足も確信も思いこみも、傍から見れば滑稽かもしれません。
 
 更に続く三行目と四行目は、例え第三者から「努力されていますね」と称賛されたとしても、謙虚や謙遜とは違った意味で、「まだまだです」と言い切れるストイックさを求めているのです。
 
 正真正銘の求道者(球道者)の台詞でしょう。

イチロー惑わず:起

 多くの方々が、このインタビュー記事の素晴らしさを訴えていらっしゃいました。
 2月13日付日経新聞39面に掲載された、一面特集記事です。
 
 リスペクトするイチロー関連の著書は十冊以上持っていますが、200本安打が途切れ、慣れ親しんだマリナーズから名門ヤンキースに移籍し、40歳という節目を目前に控えたこの時期の肉声は、一際イチローらしさが滲み出ています。

 「『何かのために』(戦うというの)は聞こえが良い。
 でも時に(それは)、思い上がっているようにも思える。
 
 人間関係においても言えることだが、誰かの『ために』やろうとすると厄介な問題になることがある。
 しかし、誰かを『思い』何かをすることには、見返りを求めることもなく、そこに愛情が存在しているから不幸な結果になることが少ないように思う。」

 さながら宣教師のようなコメントです。
 一般的なアスリートの場合、筋肉状態の脳味噌から繰り出される意味不明なコメントを、聞いた側が咀嚼し、推し量り、翻訳して伝えることも少なくありません。
 深い分析の元、ロジカルに整理し、熱く思いを伝えられるのがイチローたる由縁です。
 
 誰かのために・・・、何かのために・・・。
 正義感・使命感の象徴たるフレーズですが、ある意味それは恩着せがましく、自己犠牲をアピールしている様にも聞こえます。
 それが、イチローの語る「思い上がり」なのでしょう。

 キリストの教えには、エロース(性愛)、フィリア(隣人愛)、アガペー(真の愛) 、ストルゲー(家族愛)という四つの愛が存在します。

 中でも、真の愛アガペーは、不変・不朽・無償の愛として、見返りを求めません。
 まさにイチローの説く「思い」です。

 イチローが、ヤンキースの「ために」戦うのではないと言い切る様に、我々ビジネスマンも会社の「ため」或いは業界の「ため」ではなく、個々人の「思い」を大切にしたいものです。    

エキストラか主人公か

 平成二年、某菓子店の店長に就任する際の、オープニングスタッフ採用時が、面接デビューでした。
 それから二十年余りで、何人面接したことでしょう。
 数えている訳ではありませんが、確実に言えるのは、裕に千人を超えています。

 当初は、相手のことを知ることが大事だと思い、質問攻めの形式を取っていました。
 最近になって力を入れ始めたのが、夢・ヴィジョンを語ることです。

 「我々は後発の中小零細会社。
 もっと売上が大きかったり、管理戸数が多かったり、もっと安定していたり・・・立派な会社は沢山ある。

 成熟した大きな会社の中で、代替の効くエキストラの一人として働くか。
 未成熟な会社に入社し、自ら主要キャストとして舞台を成功させるか。

 たった一度の人生、命の使途(つかいみち)は自由。」
 
 今の市場からすると、会社側が入社希望者を選ぶという図式があります。
 ただ本来は、面接に臨む方も、自分にとって相応しい会社か否かを見極めるべきでしょう。

 我々会社側の人間が、相手の経歴や能力や考え方を知りたいと思うのと同じく、会社のポリシーやフィロソフィーを理解して貰う必要があります。

 就職は結婚、面接はお見合い。
 その原則論からすれば、15分や20分の面接の時間は短過ぎます。
 安易な考えや妥協によって入社することで、早期に退職してしまうケースも少なくありません。 

 一方で、「人は入れてみないと判らない」というのも真理です。
 入社後の教育・訓練によって、価値観が変わることもありますし、突然変異的に能力を発揮し始める人もいます。
 
 そうした中で導かれるのは、「企業は人なり」という結論です。
 看板も、店構えも、仕組みも、マニュアルも、資本金も・・・・それをして会社では無いでしょう。
 人が大事と思うなら、入口の面接はTOPにとってファーストプライオリティです。

 5年後10年後、会社の将来のポジションは、我々のこれからの努力によります。
 ただ確実に言えるのは、今在籍する社員のすべてが、そのサクセスストーリーに関わる創業メンバーであるということです。

東京物語そして東京家族

 山田洋次監督作品「東京家族」を、次男と共に観て参りました。
 60年前の小津安二郎監督作品「東京物語」をオマージュして創られただけあって、根底に流れるテーマは忠実にリメイクされた印象です。

 人は誰しも、父母の存在があって、この世に生を受けます。
 やがて成長し、独り立ちし、親元を離れ、運命の人と出会い、夫婦と成ります。
 夫婦の間にもまた、新しい命が誕生し家族を形成します。
 そして、人は老い、いつか死を迎えます。

 そんな家族の日常の、当たり前の営みにおける泣き笑い、悲喜交々の人生模様を、沫々(あわあわ)と描いた作品です。
 
 私は、四人家族の末っ子長男として生まれました。
 7歳、母親が家を出て三人に成ります。
 12歳、姉が就職して父と二人きりです。
 社会人と成った後、父は肺結核で入院し、4人はそれぞれ別々に・・・。

 その後、4人家族が一同に会したのは、たった二回だけです。
 一度目は、姉が胃癌の手術を受けた今治済生会病院。
 二度めは、危篤に陥った父の入院先であった東温市愛媛病院。
 いずれも病院でした。

 今は二人とも他界して、大三島に住む母と二人です。
 映画の中で実家に設定されたロケ地の大崎上島町は、大三島と同じ瀬戸内海に浮かぶ隣島であることから親近感が募ります。
 母も既に77歳。
 あと何回逢うことができるでしょう。

 今暮らす、もう一つの四人家族も二年前、長男が大学に進学し三人に、二年後には次男も続いて県外に出るものと思われます。
 
 家族の繋がりと喪失をテーマとする本作は、半世紀を生きた私自身の感性をリアルに揺さぶり、涙が止め処なく溢れました。

出逢いのキセキとキセキ

 使っている手帳は、頁毎に格言が掲載されています。
 二月第二週は、教育哲学者「森信三」氏の言葉でした。

 『人は逢うべき人に逢わされる。
 それも寸分の違いもなく、
 早過ぎもせず、
 遅過ぎもせず。』

 確かに、自らの半生を改めて振り返れば、必然を思わせる偶然の縁(えにし)に驚かされます。

 この業界へと足を踏み入れるきっかけをつくってくれた同級生、生涯の友、生涯の伴侶、起業の後押しをして下さった経営者、声掛けに呼応し共に夢を追いかける同志、業務への協力を仰げるかつての同僚、信頼して声掛け頂けるオーナー様・・・。

 勿論、笑顔の出逢いだけではありません。

 喧嘩、クレーム、裏切り、不信、誤解、怒り、失望・・・。
 様々な負の感情が去来することもあります。
 ネガティヴでもポジティヴでも関わりなく、その出会いは必要とされる縁であったと思う心が大切です。

 「袖振り合うも他生の縁」
 道の行きすがりに袖が振れ合う様な、偶然でほんのささやかな出会いに思えても、実はそれは、前世からの深い緑から招かれるもの。

 「対面同席五百生(たいめんどうせきごひゃくしょう)」 
 今日対面し同席した人とは、過去世において五百回生まれ変わってやっと実現できた、かけがえのない出会いである。

 「一期一会(いちごいちえ)」 
 あなたとこうして出会っているこの時間は、二度と巡っては来ないたった一度きりのもの。
 だから、この一瞬を大切に思い、今出来る最高のおもてなしをすべきである。
 
 こうした諺の数々は、何れも縁のキセキ(奇跡&軌跡)を訴えています。
 今日も、ひとつひとつの出逢いを大切に育んで参りましょう。

見える化のススメ

 何度も申し上げている通り、賃貸管理の業務は雑多で煩雑です。
 来店接客や追客で数字を上げつつ、滞納の取り立て、クレーム応対、退去立会、退去清算、オーナー訪問、オーナー提案、物件確認、物件調達、物件入力等々を、要領よくこなしていく必要があります。

 「来店接客が忙しいから滞納督促が出来なかった」とか、「契約業務が立て込んでいたから退去清算が遅れた」という言い訳は通用しません。

 どの店舗も、余剰人員がいる訳ではなく、必要最小限のレギュラーメンバーで運営しています。
 そんな中で業務を遂行するには、報連相による情報共有と、能力に応じた役割分担が不可欠であるということを、先般説きました。

 人間は、面倒臭いことや苦手なことから、ついつい逃げようとするものです。
 見事逃げ果(おお)せるならそれでも良いのですが、仕事は必ず追いかけてきます。
 しかも、追い付かれた時には、以前にも増して大きな問題を孕(はら)んでいます。

 例えば滞納督促。
 口座の残不足でたまたま落ちなかっただけであれば、電話一本で簡単に解決です。
 しかし、先送りしたが故に何ヶ月分も溜まってしまい回収困難、という事態も散見されます。

 こうした先送り癖を是正するための特効薬が「見える化」です。
 「月間目標に記載されている」「会議で話し合って議事録に残した」「データはパソコンの中に有る」
 これらは記録ではありますが、「見える化」されてはいません。

 今回、松山南店では、
 ①来店・追客 ②滞納督促・クレーム ③退去・清算 ④オーナー提案 ⑤物件調達
 以上、五項目の懸案事項を担当毎に色分けした付箋に書き、コルクボードに貼り付け、毎朝の朝礼時に確認することとしました。

 問題を一つやっつければ、その付箋を外します。
 やっつけなければ、ずっと残り続けます。
 失念も先送りも赦されません。

 極めてアナログな手法ですが、どんな声掛けよりも効果的です。

お金で買えるアドバンテージ

 不動産営業には、「宅地建物取引主任者資格試験」という国家資格があります。
 俗に「宅建」と言われるものです。 

 四肢択一50問で、上位15%を合格ラインとする足切りが行われます。
 例年の合格ラインは35点前後です。

 宅建には、合格率を確実に高められる秘策があります。
 その名も「宅建登録講習」。
 受講すれば、46~50問の最後の5問が免除され、全問正解と見なされるのです。
  
 この登録講習を、会社経由で申込ますと、16,000円が12,000円に割引されます。
 ということで、取りまとめして申込むことになっていたのですが、松岡まさかの失念。

 申し込んだ方が、あと一点とか二点で落ちた日にゃ、顔向けできません。
 真っ青になって専門学校の担当者に問い合わせると、「6月にも7月にも講習があります」ということで、取り敢えず安堵しました。

 さて、自らのミスは棚に上げ、今回講習に申し込まれた方は僅か1名だけ。
 他の方は、自力合格に自信満々なのでしょうか?

 実際に登録講習を受けて試験に臨むのは、全体の1割程度。
 本試験は、毎年24万人前後が受験して、4万人弱の方が合格証を手にします。
 
 後1点に泣く人が6,000人。
 後2点に泣く人が6,000人。
 後3点に泣く人が6,000人・・・。

 「あの時、登録講習さえ受けてればなぁ・・・」 

 後悔の涙にくれる人が、毎年一万人以上はいらっしゃるのです。
 
 僅かのお金と時間で買える大きなアドバンテージ。
 あと一点に泣きたくなければ、受けない手はありません。
プロフィール

Hideo Matsuoka

Author:Hideo Matsuoka
・生年月日 昭和37年10月30日

・好きな言葉 
今日は残された人生の最初の一日

・信条「先憂後楽」

・資格 ①宅地建物取引士
    ②建築2級施工管理技士
    ③マンション管理業務主任者
    ④防火管理者
    ⑤少額短期保険募集人
    ⑥損害保険募集人
    ⑦損害保険商品専門総合
    ⑧不動産キャリアパーソン

・経歴 
 雄新中卒業 → 新田高校中退
 大工・石工と約十年職人道を歩む
 平成2年 
 ㈱中岡組 (ジョーコーポレーション)入社
 マンション担当役員→常務執行役→管理会社代表を歴任
 平成21年 ㈱NYホーム起業
 令和2年 ㈱南洋建設 代表兼任
 令和4年 ㈱たんぽぽ不動産起業

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