僕のお父さん

 小学生の時僕はイジメられていた。
 無視されたり叩かれたり・・・
 死にたいとは思わなかったけど、学校に行くのはとても辛かった。
 イジメをするのは一部のクラスメートだけだったけど、他の子たちは自分もイジメられるのが怖くて、誰も助けてはくれなった。

 ある日授業で「自分のお父さん」の事について作文を書く授業があった。
 先生は「なんでもいいんだよ。遊びにいった事とか、お父さんの仕事の事とかでいい。」と言っていた。
 けど、僕はなかなか書く事ができなかった。 
 クラスの子達はみんな楽しそうに書いている中、
 僕一人教室のなかでひとりぼっちだった。

 結果から言うと、作文は書いた。
 書いたのだが「自分のお父さん」というテーマとは違う事を書いた。
 あとで先生に怒られるかも・・・
 またこれがきっかけでイジメられるのかなと子供心にとても不安だった。
 でもそれしか書けなかった。

 作文は授業の終わりと同時に集められ、先生は「来週、発表会をします。」と言った。
 先生はそのまま教室を後にした。
 その後は頭を叩かれてイジメられているふだんの僕がいた。

 「じゃあ今日は発表会をしてもらいます。」
 今日は作文の発表会の日。
 ただひたすら「僕の作文は選ばれませんように」ただ祈って下を向いているだけだった。

 発表会は順調に進み、あと10分で授業も終わるところまで来ていた。
 僕は少し安心していたのだが、その期待は無駄だった。

 「では、最後に〇〇君に読んでもらいます」
 頭の中は真っ白だった。
 「あの、先生・・・僕はお父さんの事書いてないです。」

 クラス中から非難の声が上がった。
 「バカじゃねえの?廊下に立ってろよオマエ」
 いろいろな声が飛び交ったが、非難の意見はみんな一緒だった。
 もうどこにも逃げられなかった。

 「静かにしなさいっ!」
 突然の大声に教室は静まり返った。
 「先生はどうしても読んでもらいたいの。だからみんな聞いてください」
 「さあ読んでください」
 いわれるままに僕は作文を読んだ。
 
 『僕のお父さん。僕のお父さんはいません。幼稚園の時に車にはねられて死んだからです。
 だからお父さんと遊んだのもどこかへ行った事もあまりありません。
 それにお父さんの事もあまりおぼえていないです。
 写真があるのでみましたがおぼえていないです。
 だからおばあちゃんとお母さんのことをかきます。
 
 お母さんは昼間しごとにいってお父さんののかわりに働いています。
 朝はやくから夜おそくまでいつも働いています。
 いつもつかれたといってますが甘いおかしやたいやきを買ってきてくれるのでとてもだいすきです。
 
 おばあちゃんはげんきで通学路のとちゅうまでいつもいっしょに歩いてきてくれます。
 ごはんはみんなおばあちゃんが作ってくれてとてもおいしいです。
 お母さんが働いているので父兄参観の時にはおばあちゃんが来てくれます。
 
 みんなは「おまえの母ちゃんババァなんだ」とからかってくるのではずかしったけど
 でもとてもやさしいいいおばあちゃんです。
 だからお父さんがいなくても僕はあまりさびしくありません。
 お母さんとおばあちゃんがいてくれるからです。

 お母さんは「お父さんがいなくてゴメンね」と言ったりするので、早く僕が大人になって仕事をしてうちの家族のお父さん代わりになって、お母さんとおばあちゃんの生活を楽にしてあげたいと思います。
 だからおばあちゃんには「長生きしてね」といつもいっていて、お母さんにはいつも肩をもんであげています。
 二人とも泣いたりするのですこしこまるけど、そんなお母さんとおばあちゃんが僕は大好きです。』

 一気に僕はしゃべった。
 先生には死んだお父さんのことを書けばいいのにと言われると思ったし、クラスの子達からはおまえお父さんがいないのか?もしかして捨て子だったんじゃねえか?とまたイジメられるのかなと思ったりしていた。

 顔をあげる事もできなかった僕は救いを求めるように先生の顔を見てみた。
 先生は立ったまま泣いていた・・・
 先生だけではなかった。他の子たちもみんな泣いていた。
 僕が始めて好きになった初恋の子は、机にうつぶして泣いていた。
 イジメていた子たちもみんな泣いていた。

 でも僕にはなぜみんな泣いているのか分からずにいた。
 どうして?
 お父さんがいないからお母さんとおばあちゃんの事を仕方なく書いたのに。
 どうしてみんな泣いているのだろう?

 「〇〇君・・・」
 「はい・・・」
 「先生は人の心が分からないダメな先生でした。ゴメンなさい。世の中には親御さんのいない子もいるのにね。そういう子たちの事も頭になくてお父さんの事を書いてだなんて・・・。
 あなたの事も知らなかったとはいえ本当にごめんなさいっ。」

 先生は顔を覆ったまま泣き崩れていた。
 それがその日起こった出来事だった。

 次の日からなぜかイジメられなくなった。
 相変わらず口悪くからかったりはされたけど殴られる事はなく、イジメのリーダー格の子に遊びに連れていってもらえるようになった。
 先生はその後の家庭訪問でその日の出来事をおばあちゃんに話して謝っていた。
 作文の事は僕は話もしていなかったので少し怒られたけど話を聞いた母も、今は亡くなったばあちゃんも、うれし泣きみたいなくちゃくちゃの顔で叱ってくれた。

 僕も立派な、人に誇れるような仕事はしていないけど、家族のおかげで一人前の大人の男にはなれたとは思う。
 大人になった今でもその時の事はなぜか覚えいるし、ふと思い出したりもする。

 ~ 敬愛するマルブン真鍋社長のブログより転載 ~
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医学無用のマネジメント

 株式会社玄米酵素社長「岩崎輝明」氏は、「食と健康」のエキスパートです。
 岩崎先生は、病気の殆どは食生活によって改善できると言い切ります。

 日本が世界に誇る長寿国たる一つの理由は、野菜と魚中心の日本食が健康に適っているからです。
 しかし、そんな日本も近年欧米化が進み、生活習慣病が蔓延しています。
 中でも、三つの「白い食材」が、健康を阻害するのだそうです。

① 白ご飯
② 白パン
③ 白砂糖

 豊かさにつれ、柔らかさや食感や味覚を追求する余り、ビタミンや食物繊維やミネラルを豊富に含んだ、栄養価の高い胚芽を玄米から取り除いたことが問題だと言います。
 岩崎先生の主張のエッセンスを、かいつまんでご紹介しましょう。

・ 西洋医学が必要なのは、外科治療等の緊急性のあることだけ
・ いかなる内臓疾患も、西洋医学では治せない
・ 長生きしたければ、薬を飲まないこと
・ ガンは自分の生活習慣が、体内に育てた「おでき」
 
 かつて学んだ、発熱と解熱剤の関係にも類似しています。

 体内に蔓延る、悪性のウィルスを駆逐するために、体温を高めようとする働きが発熱です。
 自分の身体が一所懸命戦っている時に、解熱剤を投与して治癒する筈がありません。
 一時的に熱が下がり楽になったとしても、ウィルスにも住み心地の良い環境を提供してしまうのです。

 企業も同じでしょう。 
 業績の良い店舗は、過去の生活習慣が健全で正しかったからです。
 業績の悪い店舗が、カンフル剤よろしく浮利を得て、その場しのぎの数字を計上したとしても、抜本的な経営改善には結びつきません。

 それはあたかも、暴飲暴食の不摂生で体調を崩しながら生活習慣を省みず、改めようともせず、不運な災いと勘違いしている愚者のようなものなのです。

わたしたちを美しくする花

 思風塾全国大会に参加して参りました。
 感性論哲学者「芳村思風」先生、株式会社玄米酵素社長「岩崎輝明」先生、日本BE研究所所長「行徳哲男」先生という、マニア垂涎の豪華なコラボです。

 一般の方は、大上段に振りかぶって「哲学」などと申しますと、難解なことを想像して敬遠されてしまいます。
 まして、沢山の熱狂的な支持者が師の元に集う「感性セミナー」となれば、何かしらカルト教団的な誹りも免れません。

 そもそも、「宗教」と「哲学」は、何がどう違うのか?
 愛媛思風塾会長のマルブン真鍋社長が、思風先生の言葉を借りて、次の様に説かれました。

 ◆ 宗教 = 依存するもの
 ◆ 哲学 = 自ら答えを出すもの

 実に明快です。(初心者には却って難しくなったかもしれませんが・・・。)
 思風先生の紹介された、郷土の詩人「坂村真民」さんの詩をお読み下さい。
 
『かなしみは みんな書いてはならない
 かなしみは みんな話してはならない
 かなしみは わたしたちを強くする根
 かなしみは わたしたちを支えている幹
 かなしみは わたしたちを美しくする花
 かなしみは いつも枯らしてはならない』

 悲しみや苦しみは、私達を成長させるために天が与えた大いなる機会です。
 天は決して、乗り越えられない逆境を与えません。
 
 歴史は、それを証明してくれます。
 広島・長崎の原爆被爆も、阪神淡路大震災も、多くの悲しみや苦しみを伴いました。
 しかし、先人はそうした逆境を乗り越え、見事に復興を果たしたじゃありませんか。(行徳節)
 東北・東日本も、必ず乗り越えられる筈です。
 
 悲しみは、拒んだり、嘆いたり、逃げようとしてはいけません。
 真正面から対峙し、しっかりと受け止め、どっぷりと身を沈め、そこから立ち上がるものです。
 
 逃げても・・・逃げたつもりでも、悲しみは消える訳ではなく、乗り越えられない弱点をついて、再び目の前に立ちはだかります。
 「かなしみは、わたしたちを美しくする花」なのです。 

希薄にならない気軽さ

 本格的にfacebookを始めて一年以上が経過します。
 改めて痛感するのが、「人は認めて貰いたい生きもの」なのだということ。
 
 書き込みに対して、「いいね」の集まりが悪いと、不安になったりします。
 コメントが書きこまれてくると、率直に嬉しく思います。
 一つの記事からレスがつながると、同志的な連帯が感じられます。

 内容とは無関係のコメントだと、少し寂しくなります。
 メッセージを添えた上でリクエストを送っても、なしのつぶてだとひどくへこみます。

 そう思うからこそ、親しくさせて頂いている方の記事やブログには、できるだけ真剣に目を通し、心を込めて「いいね」を押す様に心掛けているつもりです。

 風邪を引いて寝込んでいらっしゃるとか、怪我をされたとか、納得のいく結果が出せないとか、ネガティヴな内容であれば、「いいね」を押すことを躊躇し、代わりにエールの言葉を贈ります。
 今や、「いいね」が「good」や「nice」だけに留まらず、「読みました」という痕跡を残す意味合いとして認知されていたとしてもです。

 早朝真っ暗な誰もいないオフィスで徒然に書きこんでおりますと、すかさず「いいね」やコメントが返って来て、「こんな時間でも一人じゃない」という温もりに勇気付けられる場面も少なくありません。

 今286名の方とつながっていますが、これが1,000人、2,000人と増大していきますと、恐らくそうしたきめ細やかなフォローは難しくなる筈です。 
 人脈は財産とはいいながら、その価値は数だけでは計れないでしょう。

 ヴァーチャルが故、手軽なコミュニケーションツールとして普及したfacebook。
 人と人との心の交流が目的であるならば、気軽ではあっても希薄に成らない様にしたいものです。

笑顔を運ぶプロデューサー

 中小企業家同友会:松山第三支部10月例会に、松山エリアの三店長と共に参加致しました。
 発表者は、水産加工品を扱う「有限会社 南国」の今井裕香取締役営業部長です。
 
 アメリカワシントン州のカレッジ卒業後、英会話講師に従事していましたが4年前御両親から呼び戻され、後継者として組織改革に着手されました。
 「生粋の日本人」の御両親は、「生粋のアメリカ人」である今井部長に改革の志を委ね、時に厳しく時に温かく見守ってくれるそうです。

 いかに卓越した技術や歴史があったとしても、環境変化に対応できない企業は滅びます。
 転機となったのは、「家業から企業へ」「卸からメーカーへ」という大きな決断でした。
 不退転の覚悟で組織を確立し、オリジナル商品を開発し、販路を拡大してきたことで今日があります。

 人間は、基本的に保守的な生きものです。
 易々とは変化を受け入れることができません。
 古参社員との摩擦、軋轢、主力社員の離反・・・。
 ある意味、改革につきものの一連の事象を、今井部長は謙虚に自己責任で受け止められていました。

 「正しいと信じてがみしゃらに突っ走ったけれど、後ろを振り返ると社員がついてきていない・・・。」

 私も含めて、グループ討議に参加した経営者の殆どが、過去の経験に照らして自省させられます。
 「何故変化しなければならないか?」「変化によって得られるメリットは何か?」「そのために必要な行動は何か?」・・・こうした説明責任はTOPに課せられた義務です。
 そのために、経営者と社員との膝詰めのコミュニケーションは欠かせません。

 「農水産物の加工・販売を通じて世界の食卓に笑顔を運ぶプロデューサーとして社会に貢献することを使命とします」

 今井さんの会社が素晴らしいのは、理念と戦略と商品と組織が一貫性をもってブレていない点。
 対して我が社の理念や方針は創業時に自分が作ったものですが、その真意が組織の指先まで行き届いているかどうか甚だ疑問です。
 改めるか否かは別として、四人の店長も交え、今一度その内容を精査し、再考すべきだと確信しました。

改善領域の思し召し

 ある店舗の雑談に耳を傾けていると、社内の様々な問題が活発に論議されていました。
 会議では貝の様に口をつぐむ方も、そうした席では、俄かに積極的になる理由は何でしょう。

 ① 時間的に制約があるから気が引ける
 ② 皆が注目される中で間違った意見を言うのが恐い
 ③ 極めて私的な意見であることを自覚している
 ④ 言い出しっぺに振られ責任を負いたくない
 ⑤ 誰かを批判する内容なので摩擦を恐れて・・・

 様々な理由から、オフィシャルな場での消極人間も、会議終了後の雑談では積極人間に変貌します。
 前回触れた通り、たかが雑談はされど雑談であり、決して看過できません。
 何故ならそれは、現場の本音であり、そこに経営改善の種が潜んでいるからです。

 但し、ともすれば雑談は、誹謗・中傷・不平・不満・愚痴だけで終わってしまいます。
 だからこそ、リーダーの役割が重要です。
 
 「この人のこういう所が駄目だ」
 「あの店のこれがいけない」 
 こうした誹謗・中傷・不平・不満・愚痴は、称賛や賛辞に比べて、面白おかしく盛り上がります。
 勿論ネガティヴ発言です。
 
 そこで、リーダーが「後ろ向きなことを言うな!」と一括したのでは、ネガティヴはおろか本音も一切聞けなくなります。
 封じられた本音は、管理職不在の場で陰口として横行し、組織は内部から腐っていくのです。

 一連のネガティヴ発言は、「そこを改めれば良くなる」という改善領域の思し召し。 
 社員からの「この会社(店・人)のここが駄目」という発言や、オーナー様や入居者様からのクレームには、絶望ならぬ希望を見出だすことができます。

 「この人のこういう所が駄目・・・だから、そこを改めればもっと良く成る」
 「あの店のこれが至らない・・・だから、上手くいっている店の真似をすれば更に良く成る」
 
 そもそも、組織内には問題点があって当然。
 仮に、取り組みや人材がパーフェクトであれば、それ以上の伸びシロが無いということに成ってしまいます。
 雑談を取りまとめ、ネガティヴからポジティヴへと導くのも、リーダーの重要な仕事です。

雑談から生まれる改善

 南予での商談に、松山久米店の大野店長同行で行って参りました。
 移動の車中は、サシで話せる希少な機会です。
 組織論や人事について、1対1でないと話せない内容を、じっくりと話込みます。

 帰路、大洲駅前店に立ち寄りました。
 同じ会社とは言いながら、大野店長は初めてです。
 メールや電話と比べ、フェィストゥフェイスは円滑で本音のコミュニケーションが図れます。

 中伊さんや西さんも交え、最初は雑談ばかり。
 しかし、特に方向修正するでもなく、やがて仕事の話へと発展しました。

 原理原則で言うならば、就業時間中の雑談は本来タブー。 
 給料を貰っている以上、会話や対話は仕事の話で埋め尽くされるべきです。
 ブログも仕事に関連した内容でなければならないし、facebookも就業時間中はNGでしょう。

 前職での言動を知る方々にしてみれば、松岡という人間は、こうした労務管理に厳しい人間だと思っているに違いありません。
 自己分析しても、どちらかというと堅苦しい部類の人間です。

 自分で言うのもなんですが、この会社を預かるようになってから、幾許か融通が効くように成りました。
 それは、トップダウンの管理型でガチガチに縛るのではなく、自主的・自燃的な発想がボトムアップで持ち上がる、自由闊達な風土を是とするからです。

 勿論、ある程度の節度は求めます。
 数字も上がってない、達成のための行動も起こせて無い、改善のための手も打ててない・・・そうした状況下で、馬鹿話に終始するのは論外です。
 
 朝礼や会議といったオフィシャルな場では話し難い本音が雑談の中から生まれ、上司を交えて精査され収斂され、経営改善へと反映されることを期待しています。

パスポート偽造計画

 重い話が続きましたので、今日はライトにまとめます。
 先日、松山南店でまったりと過ごしていた午後の1コマです。

岡M:「社長、ランパスって知ってますか?」

松岡:「らんぱす?」

岡M:「ランチパスポート。一冊買ったら松山の数十店舗のランチが500円で食べられるパスです。」

石D:「ああ、あれいいですよね♪」

岡M:「中には1,280円のビュッフェランチが500円になる店もあります。」

松岡:「へぇーっ、ずいぶんお得じゃん。」

和D:「それって、共同で一冊買ったら、持ち回りで使えるんじゃないの?」

岡M:「いやいや、本物のパスポートみたいに写真を貼る様になってますから、本人以外使えませんよ。」

 すると、何かしらの企みを内に秘めた重い声が・・・。

石D:「あのーっ、その写真って・・・。」

 石Dさんの思惑を読みとった私は、すかさずカットイン!

松岡:「ひょっとして、写真を張り替えて、使いまわそうってこと!」

石D:「社長! 何言ってるんですか! そんな訳ないでしょう!」

松岡:「そ、そうよね。ごめんごめん。誠実さが大事だって教育してるのに、偽造ってこたぁないよね。ふぅ・・・。」

石D:「・・・その写真って、何人まで写れるのかなって?」

一同:「!!!」

 この石Dさん、善(?)は急げとばかり早速書店へ行き、販売員と間違えられながらも、何とかランパスをゲットしました。
 果たして、どんな写真を貼るつもりでしょう。

あなたは本気で勉強したか

 昨日に引き続き、宅地建物取引主任者資格試験についてです。
 この試験は、一般的に難易度が高いとされていますが、私は非常に簡単な試験だと思います。

 ① 論文や図面を書く必要が無い
 ② 4肢択一マークシート方式
 ③ 年齢制限が無い
 ④ 合格率は15%前後

 一級建築士や弁護士や医師免許の様に、合格までに何年か要す、難易度の高い資格に比べれば、楽なものです。
 それが証拠にこの資格は、チャレンジ1年目の合格率が最も高く、2年→3年と年数を重ねる程に低く成ります。
 つまり、直前半年の短期集中で詰め込んでしっかり学習すれば、必ず通る資格なのです。

 私は、落ちた人に慰めの言葉をかけようとは思いません。
 何故なら、落ちた理由は怠惰以外の何ものでもないからです。

 前職も含めて、これまで数多くの部下が宅建に挑んでいます。
 中には、話をすれば理解力が乏しく、文章を書かせれば意味不明といった、まるで試験向きで無いと思われる社員もいました。
 
 しかし、不退転の覚悟とは偉いものです。
 朝も昼も夜もなく、明けても暮れても、寝ても覚めても、わき目も振らず、一心不乱に、四六時中、勉強に取り組むことで、そうした社員が次々と奇跡を起こします。
 いや、それは奇跡や偶然やラッキーではなく、必然です。

 勿論、何度もチャレンジした末に合格する方もいらっしゃいました。
 そうした方が合格後、異口同音に洩らすのは次の言葉です。

 「今年は本気で勉強した。」

 即ち、過去は本気で無かった訳です。
 「自分なりに一所懸命やった」と憤慨する声は否定しません。
 その通り、「自分なり」には勉強されたのでしょう。
 ただ合格に至るまではやらなかった・・・それだけです。 

 難しい筈の宅建は、毎年13~14歳の中学生が合格しています。
 この仕事を生業(なりわい)とし、必要性に迫られるプロが落ちるのは、甚だお恥ずかしい限りです。

 悔しければ、その想いを1年後にぶつけて下さい。
 もう既に、来年へ向けた「自分との戦い」は始まっています。

認められない免罪符

 不動産業者にとっての一大イベント「宅地建物取引主任者資格試験」。
 年に一度しかチャンスはありませんので、ここで合格を掴まなければ、また一年「無免許運転」を継続することになる訳です。

 当社は4店舗あり、それぞれの店長に労務管理を委ねています。
 さて、この宅建試験の日の休出の扱いはどう考えるべきでしょうか?

 宅建資格の重要性は、充分理解しています。
 しかし、言うまでもなく仕事ではありません。
 試験日は日曜日ですから、営業マンは通常出勤日。
 受験者が、「試験日は当然に休める」と考えるのは大間違いです。

 勿論、有給休暇や代休の残りも有るでしょう。
 しかし、それらの消化日は本来、会社の都合によって管理者が割り振ります。
 本人の希望は聞きますが、かきいれ時や人が不足している日程は避けるのが常識です。

 特に、無資格者の多い店舗はこの日、シフトが回りません。
 松山の店舗であれば、通常通り出勤して貰い、試験時間である13:00~15:00の前後合わせ4時間程抜けて、また戻って来るのが一般的です。
  
 但し、例外もあります。
 不断の努力によって、合格ギリギリのレベルに達していて、「後悔したくないので、最後まで悪足掻きさせて下さい。必ず合格します。」という力強い言葉が、本人から聞けるのであれば話は別でしょう。

 前職の会社では、本試験直前に模試を行い、「30点に達しない人間には受験(休暇)を認めない」こともありました。
 本人が支払った受験料をどぶに捨てるとしてもです。
 
 我々は、仕事で成果を上げることが求められ、その多寡によって報われを手にします。
 努力しない無資格者が、特別扱いを受けては成りません。
 
 繰り返します。
 医者や弁護士が、免許を持たずして職につけないのと同じく、無資格でこの仕事に携わること自体がイレギュラーです。
 試験当日、当たり前の様に休みを与える管理者も、休む受験者も、今一度意識を改めて下さい。

ノーベル賞的婚活理論

 今年のノーベル経済学賞を受賞した、「ロイド・シャプリー」氏の対象テーマは、「安定配分理論とマーケットデザインの実証」ですが、この研究の過程で実践的に応用された、結婚相手のマッチング手法が注目されています。

【 限られた出会いの中で、最も良い結婚相手を射止めるには 】
 ※ さしずめ「プロポーズ大作戦」の「フィーリングカップル」です
① 男女それぞれ10人ずつを集める
② 最も妻にしたい女性に対して、男性全員がプロポーズする
③ 複数の男性からプロポーズを受けた女性は、その内1人を選んで受け入れる(婚約成立)
④ 一人の男性からだけプロポーズされた女性も、そのプロポーズを受け入れる(婚約成立)
⑤ 誰からもプロポーズされなかった女性は、次のラウンドを待つ
⑥ 第1希望の女性に断られた男性は、第2希望の女性にプロポーズする
⑦ 既に他の男性のプロポーズを受け入れている女性もフリーで、第2希望の女性に選択できる
⑧ 婚約成立中の女性は、次のラウンドでプロポーズしてきた相手の方が好みなら乗り換える(婚約解消&成立)
⑨ 男性の希望リストが最後の女性に至る迄、この手順を繰り返せば、最終的には全員がカップルとなる

 「当然に、全員が自分の好みのパートナーに恵まれる訳ではない。
 なぜならば、複数の男性が同じ女性を好み、複数の女性が同じ男性を好むからだ。
 それでもこの手法によれば、全員にとって最大の利益となる、カップル形成が可能である。」

 これが「アルゴリズム」と呼ばれる理論です。
 突っ込みどころは満載ですが、更に解説はこう続けます。 
 
 「このアルゴリズムは、平等性の問題を解決しない。
 男性側からプロポーズする場合、女性よりも男性にとってより好ましい結果となり、女性の側からプロポーズしていった場合にはその逆になるからだ。」

 それでもスウェーデン王立科学アカデミーは、「この演算手順(アルゴリズム)に則れば、常に安定したマッチングをもたらすことが数学的に証明された」との評価です。

 各自の好みを尊重しながら最適に組み合わせるこの理論、実はお部屋探しの入居者と大家さんの関係にも応用できます。
 「百点満点のお部屋はありませんよ」
 「第一希望が埋まってしまった場合に備えて、第二希望を決めておきましょう」 

 需要と供給が最適に組み合わされない市場原理の事象に対し、これらを補正する理論と実証で多くの社会システムの改善に貢献した・・・これがノーベル賞受賞の理由でした。
 お部屋探しと経済と婚活との相関関係が、少しだけ見えてきたでしょう。

生き残りを賭けた戦争

 先日行ったSWOT分析は、初めて経験する社員も少なくありません。
 後日寄せられた感想で、最も多かったのが、「これまでいかに、ライバルを意識していなかったか。ライバルのことを知らなかったか。身にしみて判りました。」という声でした。

 本田宗一郎の言葉を借りるまでも無く、ビジネスは食うか食われるかの戦争です。
 例えば今あなたに、招集礼状が届き、最前線の戦地に駆り出されたとしましょう。
 敵陣との距離は僅かに1㎞、一触即発の睨み合いが続いています。

 統率力を買われた貴方は、一個分隊の隊長を任され、斬り込み役として先陣を務めることとなりました。
 その時、まず何をするでしょうか。
 当然に、相手の兵力を探ります。

 戦車の数は? 型式は? 
 兵士の数は? 配置は? 
 対象は誰か? その居場所は?

 と同時に、そのデータを自分達の兵力と比較する筈です。
 強み:自分達の勝っているところは何か?
 弱み:自分達の劣っているところは何か?

 敵軍が同盟を結んでいる他国の動きも気に成ります。
 そうした情報に基づいて、自軍の強みを活かし、弱みを薄め、最も優位に戦いが進められる戦略を練る筈です。

 また、歴史的にも勝敗の行方を分けてきた、天候はどうでしょう。
 晴天が続くのか? 雨が降るのか?
 風は追い風か? 向かい風か?
 日照り続きで飢饉となり、食糧の先行きが危ういとなれば、短期決戦に持ちこむ必要があります。
 
 外的な要素は、自軍にとって機会か? それとも脅威か?
 その判断の誤りは、死を意味します。
 正確な判断を導くためにも、新鮮で正しい情報は不可欠です。

 『敵を知り、己を知れば、百戦危うからず』

 この諺を逆説的に換言するなら、『敵を知らず、己も知らねば、百戦百敗』
 一方的に敵に攻め込まれ、率いた隊は全滅、同志は犬死にです。

 繰り返しますが、SWOT分析シートの四つのマスを埋めることが目的ではありません。
 このSWOT分析を、意識改革のきっかけとして下さい。
 殺し合うことはしないまでも、企業間の生き残りを賭けた争いは、戦争そのものなのです。

5年振りの再会

 先日、盛和塾の会合が松山市で開催されたのを機に、久々の再会が実現しました。

 お一人は札幌より、土屋ホームトピアの菊地社長、
 もう一人は神戸より、トムコの土谷社長です。

 前回お会いしたのは、今から5年前に成ります。
 しかも場所は、日本から6,340㎞離れた常夏の島ハワイでした。
 そして、その前にお会いしたのが初見です。
 
 つまり、お二人とも三回目ということになります。
 過去二回お会いしただけの知人が、5年ものブランクを経て尚、互いに再会を待望し、スケジュールを調整し合い、遠く松山の地まで足を運んで頂くなどということは、異性間の一目惚れの遠距離恋愛でも滅多にお目にかかれません。

 この、時間的なブランクと物理的な距離を埋め、縁をつないでくれた糸は、紛れもなくfacebookでしょう。
 
 三人三様、ブログや近況等を毎日書き込み、その記事に対する意見や感想をコメントして行く中で互いに学び合い、共通の価値観を見出だし、ブラッシュアップすることで、知らず知らずに同志感覚が芽生えています。
 facebookを通じたヴァーチャルなキャッチボールが発展し、リアルな再会へと昇華したのです。
 
 前回お会いした時、菊地社長と自分は、互いに前の会社の常務でした。
 今は共に、代表取締役の肩書を背負っています。
 
 自分も常務の時代は、今の十倍以上の部下を抱えていましたが、TOPの孤独・悲哀・喜び・やり甲斐・責任・使命は、社長になって初めて気付くものです。
 
 この五年間の菊地社長の御苦労・御尽力のエピソードに、自分自身の5年間を重ね合わせ、一見偶然に見える必然的な共通点も浮き彫りになりました。
 
 人脈は財産・・・心から大切にしたい御縁です。

森の熊との競争

 昨日は、恒例の全社会議。
 二ヶ月に一度、定休日の午前中という貴重な時間を使い、方針の周知・徹底や、ベクトル合わせを行います。
 各店舗毎に分かれ、「SWOT分析」を行いました。

 外的要因としての、機会と脅威。
 内的要因としての、強みと弱み。
 四つのマスを埋めることが目的ではありません。

 まず、「自分達のライバルは何処なのか?」、ここをハッキリさせます。
 地域の不動産業者、総てライバルということでは無いでしょう。

 そのライバルよりも優っている所、劣っている所という基準で、自分達の強みと弱みを自覚します。
 話し合いに聞き耳を立てますと、意外な程にライバルのことが判っていない。
 いや、それどころか自社のことすら、把握できていない点も多々あります。

 フリーディスカッションは、ともすれば不平・不満・愚痴の温床に成りかねません。
 地域一番店と比較して、「あれがないから」「これがないから」「人がいないから」・・・、挙げ句の果てに「だから駄目なんだ」と結論づけてしまいます。

 「森の熊との競争」の話をご紹介しましょう。

【 AとBの男二人が森にテントを張り野宿していた。
 二人とも寝静まった頃、Aはゴソゴソという物音に目を覚ます。
 静かに身を起こし、徐(おもむろ)に靴紐を結ぼうとするその時、Bは寝たまま言葉を発した。
 B「観念しろ。 熊は足が速い。 逃げても無駄だ。」
 A「いや熊に勝つ必要は無い。 お前よりも早ければ・・・。」
 B「・・・。」 】

 ブラックジョークですが、大いに参考になります。

 「熊よりも弱い」「熊よりも遅い」「だから食われる」・・・
 その固定観念が間違っていることは、説明するまでもありません。
 熊に打ち勝つ力が身につくその日までは、強者に対して無謀な戦いを挑むのではなく、身の丈に合ったターゲットを見極め、確実に勝利するのが賢明です。

考え方が呼び寄せた運命

 このブログは、全社員にメール送付しています。
 松山北店の芳野さんから、昨日のブログ(フェンシング太田雄貴選手)に対する感想が返信されました。

 20代前半の若い社員ですが、素直な捉え方と、前向きな感想に、頼もしさすら感じた次第です。
 今日は、その芳野さんが引用されていた、マザー・テレサの文章を取り上げます。
 
『思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから
 言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから
 行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから
 習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから
 性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから』

 いつぞや教わった次の言葉も、これがモチーフかもしれません。
 
 『考え方が変われば、行動が変わる
  行動が変われば、習慣が変わる
  習慣が変われば、性格が変わる
  性格が変われば、運命が変わる』

 ポジティヴに考える、ポジティヴな言葉を使う、ポジティヴに行動する。
 常にそうした心掛けで臨めば、習慣が変わり、性格が変わり、運命が拓けます。

 「ツイてないなぁ・・・」
 「運が無い・・・」 
 「自分で自分の性格が嫌になる・・・」

 良く聞く台詞ですが、それは決してコントロール不能な問題では無いでしょう。
 運命はそもそも、自らの考え方が呼び寄せたものなのです。

練習はご飯の様なもの

 習得には、何段階かのレベルがあります。 

1 知っている
2 やったことがある
3 継続している
4 習慣化している

 例えば、腹筋や腕立て伏せといった運動が、身体のためということは皆知っています。
 大概の方は、やったこともあるでしょう。
 しかし、継続していると答えられる人は、そう多くありません。

 腹八分目もそう。
 健康に悪いことを知っていながら、運動もせず、暴飲暴食してしまう。
 
 宅建試験の勉強も同じです。
 宅建資格の重要性も、勉強の必要性も、十二分に判りながら、今日も怠惰に身をやつす。

 ロンドン五輪の団体準決勝で、最後の二秒からの逆転劇を演じたフェンシングの太田雄貴選手は、自らの才能を謙虚に分析した上でこう語っています。
 
 「他が1日5~7時間練習しているなら、自分は8時間練習すればいい」

 太田選手の凄味は、そこから先の行動です。
 「練習はご飯のようなもの。とにかく毎日やる。継続は力なり」という父親の哲学に基づき、8歳から20歳まで、実に4,270日間練習を継続しました。
 
 発熱で意識が朦朧としている中でも、布団の上で座ったまま剣を持ったというから驚きます。
 「1年を超えてくると、連続練習記録が途切れるのがもったいなくなった」
  
 風呂や食事と同じ様に、抜かすともの足りないというレベルまで達すれば、勝利は目前です。

不安定な天秤の均衡

 「仕事」と「家庭」は、いつも天秤にかけられるファクターです。
 男性であれば、奥さんや彼女から、「仕事、仕事って言うけどあなた、仕事と家庭とどっちが大事なのよ!」という台詞を、一度は投げかけられたことがあるでしょう。
 
 それは「貴方にとって右手と左足のどっちが大事か」或いは、「貴方にとって心臓と肺はどっちが大事か」と同じ位に難しい質問です。
 言って見れば「どっちも大事」ですし、一体不可分の二つの内、どちらかを取ることなどできません。
 
 経験上言わせて貰えれば、家庭内の揉め事の8割は、経済的な原因で起こります。
 いつも申し上げる通り、お金は大事です。

 旦那が仕事にあぶれ、収入が途絶え、家賃が滞り、取り立てが殺到し、今日のメシも食えない、困窮の極みに陥ったとして、
 「それでも私達は深い愛情で結ばれていてラブラブです♪」
 と言い切れる、マザーテレサの様な奥様が果たしているでしょうか。

 勿論、散財しても使いきれない程のお金持ちにも、離婚する方はいます。
 やはり経済力は、必要条件ではあるけれど、充分条件ではない様です。

 両極端な富裕層や貧困層は別にして、最大公約数に当てはまる家庭の働き手たる御主人は、一所懸命仕事をしないといけません。
 特に、体力が有り余り、知識と経験の不足している20代から30代の時期は、量をこなして質を高めるべく、がむしゃらに働くべきでしょう。

 但し、その時期には、子育てが被ってきます。
 お父さんと遊びたい盛りに、最も時間が取れないのが、ごく一般的な家庭像です。

 ある程度キャリアを積み、子供から手が離れつつある私位の年齢に成りますと、たまの休みに家で寛いでいても、家内からは「もっと仕事を」と尻を叩かれます。  
 
 「仕事」と「家庭」の天秤は、時間の量では計れません。
 仕事の合間の短い時間であっても、凝縮させて臨む思いの密度や、人生という長期的な時間軸の中でバランスを計ろうとする心掛けが、不安定な天秤を均衡させるのだと思います。

友達って何だろう

 先日、facebookで少し重たい出来事がありました。

 仔細はともかく、Aさん(公人)の記事に対して疑問を感じたBさんが、戒める目的を持って少し攻撃的なコメントを書き込み、更に同調される方も出てきて、プチ炎上してしまった的な事件です。
 ちょっと、見え辛いかもしれませんが・・・。
 
 私自身は、AさんもBさんも『友達』では無いので、本来は知る由もありません。
 Aさんは公人なので、面識程度はあります。
 懇意にしているCさんが、問題の記事をシェアされたことで、目に触れた訳です。

 コメントを読み進める内に違和感を感じ、「気持ちは理解できるけれど、論調がフェアではないのではないか」とコメントを重ねました。
 よくよく考えて見れば、相当にお節介な話しでしょう。

 そのコメントを読んだBさんから、「どこがアンフェアと感じられたのか教えて下さい」という折り返しコメントが寄せられます。
 行きがかり上、抜けられなくなった私は、Cさんのウォールを借りて論戦を繰り広げる訳にもいかず、「後ほどメッセージで」と書き残して、舞台を移しました。

 今回、改めて感じたことは、言葉の怖さです。
 Bさんの意見は何れも正論ですが、それでも批判的な言葉を文字に残すと、観る人総ての胸に突き刺さります。

 「メラビアンの法則」によれば、好意や反感といった感情も含めた情報伝達の割合は以下の通りです。
 
◆ 言語情報  7%
◆ 聴覚情報 38%
◆ 視覚情報 55%

 つまり、『文字』の羅列で伝わるのは、たった7%。
 その『文字』を『言葉』にすれば、アクセントやイントネーションが伴って38%。
 更にフェイストゥフェイスで、身振り手振りや表情を重ね合わせて、残りの55%が伝わります。
 
 何よりも、AさんとBさんは、FBでつながっている『友達』です。
 仮に『友達』の書き込みに間違いがあるとすれば、ウォール上で吊るし上げるのではなく、さりげなくメッセージで諭してあげるのが真の『友情』でしょう。
 『北風と太陽』ではありませんが、「ウォール」と「メッセージ」は上手く使い分けたいものです。
 
 facebookの『友達』って何だろう。
 大いに考えさせられる事件でした。

高くない報酬

 エイブルの看板を掲げているため、賃貸仲介・賃貸管理がメインではありますが、それに付随して派生する売買仲介のご用命も少なくありません。
  
 拙文を通じていつも、『上手くいかないのが人生』という話をしておりますが、本当に『上手くいかないのが売買』と言えます。
 少なくとも、これまでに決めた何十本の内、総てが順風満帆と言える取引は一件も無かった様です。

 大なり小なり必ず障害が現れ、それを乗り越えて初めて成就します。
 いや、ゴールを見届けられればまだしも、途中で頓挫することの方が大半です。

 ① 経費をかけて謄本や公図を取り寄せ、
 ② 現地調査、役所調査に何度も出向いて物件概要を把握し、
 ③ できるだけ高く売りたい売主の意向と、
   できるだけ安く買いたい買主の意向を汲んで、折り合える額を導き、
 ④ 正式な媒介契約書を取り交わし、
 ⑤ 購入に際して必要な資金の流れを表にして説明し、
 ⑥ 購入の意思が固まれば、融資が受けられる様に取り計らい、
 ⑦ 重要事項説明書を作成、説明し、
 ⑧ 売買契約書を取り交わし、
 ⑨ 決済へ向けた阻害要因を排除すべく尽力し、
 ⑩ 総ての条件がクリアできた段階で、
   金融機関と司法書士に依頼をかけ、無事引き渡し。

 我々が受け取る仲介手数料は、あくまでも成功報酬ですから、①~⑩のどの段階で躓いても、タダ働きになってしまいます。 
 しかも、引き渡しで仕事は終わりではありません。
 将来的なリスクにも一定の責任を負う必要がありますし、有事の際には、報酬返上だけでは済まないことも充分あり得ます。

 1000万円の取引で36万円、1億円の取引で306万円という法定報酬額は、素人目にはついつい「濡れ手で粟」と見られがちです。
 先日、あるお客様から、「この取引で◇◇万円も儲けるのか?」と言われて、久々に脳が煮沸しました。 
 
 この売主と買主は御近所同志なので、業者を外して個人取引も可能です。
 しかし、できるだけ高くと考える売主と、できるだけ安くと思う買主は、利益相反の関係ですから、この取引を通じて険悪な仲に成る恐れもありますし、それ以前に成就しないかもしれません。

 専門家のアドバイスがないために、法律を違えて、将来に禍根を残す可能性もあります。
 税制面で不利な契約を取り交わし、後々損することも有り得るでしょう。
 
 弁護士や探偵事務所は、報酬額の約半分を着手金として請求します。
 その着手金は、依頼主の目的が完遂できなくても、絶対に返還しません。
 専門知識を備えたプロが、時間を割いてコンサルし、実働が伴うのですから当然という理屈です。
 
 それに比較して、先述のお客様の台詞に象徴される様に、不動産業の社会的位置付けのいかに低いことか。
 中途半端な仕事で報酬をせしめ、安易に値引きに応じる、ブローカー的業者を蔓延らせる、我々業界の側にも問題があるでしょう。
 知識とプライドを持ち、胸を張って報酬を請求できる、コンサルティング集団を目指したいものです。

地球規模での共存共栄

 日中国交正常化40周年の節目の年は、実に険悪なムードが漂っています。
 何度かお話している通り、北方領土も竹島も尖閣諸島も含め、領土問題には各々の国の主張があり、その是非をここで論じるつもりはありません。

 しかし、本来領土問題とは一線を画すべき、文化交流やスポーツ交流をも中止になってしまうのは、如何なものでしょう。
 しかも、その原因は全て、「尖閣国有化に踏み切った日本にある」として、抗議の意向を鮮明にしています。
 本質的には友好を望んでいる大多数の人間の意志が、政治的な意図をもって踏みにじられるのは、実に残念です。

 一方日本では、先日沖縄で行われた野外イベントのトリを、熱狂の中で韓国の「KARA」が務める等、終始平和的な対応に徹しています。
 最も、そうした日本人のスタンスに対して、一部弱腰との批判の声があるのも事実です。

 実は日本にも過去、大きな汚点があります。
 1980年に開催されたモスクワ五輪です。

 東西冷戦下における、ソ連のアフガン侵攻に抗議し、アメリカが先導するかたちで西側諸国の多くが参加をボイコットします。
 最終的な参加国数は80ヶ国・・・'84年のロサンゼルス五輪は140ヶ国ですから、スポーツと政治の関わりが鮮明となるセンセーショナルな事件でした。
 この大会のために、四年間血の滲むような努力を積み重ねてきた選手にとって、その落胆は想像に難くありません。
 そこで、選手としてのピークを終えた方もいらっしゃったことでしょう。

 切り口は違いますが、興味深いデータがあります。
 東日本大震災直後、世界のセブンイレブンでは、募金箱を設置して寄付を募りました。
 一店舗当たりの寄付金総額は以下の通りです。

 ◆ 台湾 63,892円
 ◆ 韓国    217円

 300分の1という常識を超えた数字に、反日教育の恐ろしさを垣間見ます。
 温暖化や原発事故が問題視される今だからこそ、つまらないナショナリズムを煽るのではなく、各人が地球規模の視点で共存を考えるべきでしょう。

足るを知る心:後篇

 TV番組を見ていますと、「年商200億円の社長」といった表現で、セレブ代表みたいな方が登場しますけど、幾ら年商があったとしても、利益は出てないかもしれないし、ひょっとして明日にも倒産するかもしれません。

 年収が1000万円あったとしても、20人家族なら生活は困窮の極みです。
 逆に年収180万円でも、独り身で家があって親が農家なら、住居費も食費も殆どかからず、意外と裕福だったりします。

 もっと突き詰めると、比べる基準が何処かでしょう。
 日本の死因一位は当然にガンですが、世界では飢餓です。
 アフリカのスーダンやソマリアとかの最貧国では、毎日夥(おびただ)しい数の人が餓死しています。
 そうした国に比べれば、大方の日本人は超裕福です。

 いつもお話しする様に、客観的な尺度だけでなく、各人の心の中に備えられた『当たり前ものさし』の目盛の幅によって、裕福か貧乏かは決定付けられます。

 幸福か不幸かとなると、更に難解です。
 親から財産を引き継いで、一生お金の苦労をする必要がなく、お城の様なお屋敷に住み、モデルの様なスタイルと美しい容姿を誇る人物が居たとします。
 果たして、この人は幸福でしょうか?

 それらのファクターに恵まれていたとしても、大病を患っていたとすれば不幸の極みです。
 木犀の香りに包まれながら、秋桜咲く河川沿いの道を散歩することができない。
 秋ならではの、桃や梨といった果物を味わうことができない。
 そう考えれば、健康であるだけでも、充分に幸福であるとも言えます。

 また、健康であったとしても、心許せる友達がいない。
 自分を必要としてくれる、遣り甲斐のある仕事に就けない・・・これも不幸です。

 裕福か貧乏か、不幸か幸福か、この答えは事象そのものではなく、心が決めること。
 いかなる環境下でも、足るを知ることさえできれば、胸を張って幸福だと言えるでしょう。 完

足るを知る心:前篇

 内子・松山間、約二時間の往復通勤時間は、NHKラジオが友達です。
 朝は、「ラジオ深夜便→ラジオ朝一番」、夜はニュースを中心に耳を傾けます。
 先日、実に興味深いテーマが掘り下げられていました。

『あなたはどの人生を選びますか?』
 ① 裕福で幸福
 ② 貧乏で幸福
 ③ 裕福で不幸
 ④ 貧乏で不幸

 まあ、④を選ぶ人はいないでしょう。
 普通に考えれば、①が良いに決まっています。
 ②か③かは、少し考えるかもしれませんが、それでも不幸を望む人はいないでしょう。
 基本的に、良い順番で並んでいるように思います。

 そもそも、裕福or貧乏、幸福or不幸、という境界線は何処にあるのかという、線引きが問題です。
 
 例えば、NYホームで最も裕福なのは誰か?
 確かに私は、この会社で一番高い給料を貰っています。
 但し、裕福か否かと問われると、それは違うでしょう。

 一ヵ月で自由になるお金は、独身貴族の方々に比べれば、随分と少ない筈です。
 立場上、メシをおごることもありますが、見方によれば不遜で分不相応な散財とも言えます。

 また、バランスシート的な視点では更に顕著です。
 多額の住宅ローンが圧し掛かる家計の、資産と負債を天秤にかければ、圧倒的に負債が重く成ります。
 企業であれば、銀行から見放されてしまう程の債務超過は明らかです。
 
 世間では一般的に、お金を持たざる人を貧乏と言います。
 しかし、「カップラーメンしか食えない」と月末にピーピー言っている若手社員も、路上で生活するホームレスの方も、決して債務超過ではないでしょう。
 そういう意味では、この会社の中で、社長の私が、紛れも無くダントツのボンビーキングです。    つづく

再起を期す何苦楚魂

 タイトルは、郷土出身のプロ野球「岩村明憲」選手のキャッチコピーです。
 所属する楽天イーグルスは、岩村選手との来期の契約を結ばないことを発表しました。
 
 米大リーグから日本球界に、鳴り物入りで復帰したものの、一軍と二軍を行き来し、打率が二割前後とあれば致し方ないでしょう。

 愛媛県人ということだけでなく、同じエイブルの看板を掲げる宇和島の豊田社長が後援会長を務められていたり、実兄の岩村社長とも懇意にして頂いていることから、他人事とは思えません。

 ヤクルトスワローズ在籍時代には、一流打者の証明と言われる、3割+30本塁打を三年連続で達成する等、素晴らしい実績を上げています。
 2007年からは、大リーグ:レイズに所属し、レギュラーとしてワールドシリーズに進出しました。
 優勝したWBCでも活躍し、文字通り世界のイワムラへと上り詰めた訳です。

 順風満帆な野球人生と思われた、2009年5月24日。
 二塁の守備についた際、ランナーの激しいスライディングを受け、左膝前十字靱帯断裂。
 手術、リハビリを経て、三ヶ月後に復帰を果たしたものの、これ以降、運命の歯車が大きく変わり始めます。

 翌年からの打率は1割台と低迷。
 トレードやマイナー落ちを繰り返し、昨年、日本球界へ復帰することに成りました。
 しかし、その楽天でも思う様な数字が残せていません。
 岩村選手は、現在の忸怩たる想いを、御自身のブログで次の様に語っています。

「仙台での二年間、自分自身で思い描いていたような活躍はできず、楽天ファンの方々には申し訳ない気持ちでいっぱいですが、貴重な経験をさせてもらい、いろんなことを勉強させてもらった二年でした。
 志半ばで仙台を離れることになりますが、これまでのあたたかいご声援、ありがとうございました。
 まだまだ、このままでは終われないという気持ちが強く、来年どうなるかは分かりませんが、また元気な姿を皆さんにお見せできるよう、『このまま終わってたまるか!』その一心で取り組んでいきます。」

 古巣のヤクルトが獲得に動くニュースも伝わってきます。
 まだまだ33歳、野球選手としては最も脂の乗った年齢です。
 
 多くの苦難や怪我を乗り越えて来られた岩村選手が、新天地で再起されることを心より祈念申し上げます。
 何苦楚魂!

保守的な生きもの

 人間は、基本的に保守的な生き物です。
 変化を恐れ、新しいことを始めようとすると、抵抗を示します。
 
 『強いものが生き残るのではない。
 賢いものが生き残るのでもない。
 唯一、変化に対応するものだけが生き残る。』
 
 ダーウィンの進化論を引き合いに出すまでも無く、環境変化に対応できない種は絶滅してしまうにも関わらずです。
 
 「昨日までのやり方を改め、今日から新たな取り組みにチャレンジしよう!」
 組織の泉に、変化の一石を投じると、大きな波紋を生むものです。

 ・ 時間がない
 ・ 人がいない
 ・ ノウハウがない・・・

 できない理由や、変化した場合に想定される弊害が、次々と挙げられます。
 そうした意見も、部分的に見れば決して間違っていません。
 勢い声も大きくなりがちです。

 2004年 アップルコンピュータ日本法人代表であった原田永幸氏は、業績不振に陥っていた日本マクドナルド社からヘッドハンティングを受けます。
 当時、「マック(マッキントッシュ)からマック(マクドナルド)へ」というフレーズで話題になりました。

 異業種から参入した原田社長は、利便性追求のための「24時間営業店の拡大」や、美味しさにこだわった「作り置き無し」、より早くを実現する「オーダーから一分以内で提供」等々の斬新な戦略を、次々と打ち出します。
 その当時、異業種交流会で、マクドナルドの店舗開発担当者とお話しする機会がありました。
 
松岡:「藤田前社長の時代と比較して、原田社長の体制は如何ですか?」
担当:「・・・まあ数字が出てますからね、良い社長なんでしょう。」

 かなり皮肉に満ち、半ば自虐的に、本心を吐露されたものです。
 実際、当時マスコミでは、「現場の判らないTOP」と従業者との深い溝が、何度も取り挙げられています。
 名ばかり管理職としての店長に対するサービス残業訴訟や、労働組合との軋轢もありました。
 しかし、あれから数年が経過した今、原田社長の采配や戦略にケチをつける人はいません。

 従業員の都合や生産体制に主眼を置く、天動説のプロダクトアウトか、
 お客様のニーズやウオンツに着目した、地動説のマーケットインか、
 その違いが、マクドナルド復活の大きなポイントでしょう。

 『事業経営とは、変転する市場と顧客の要求を見極め、これに合わせてわが社を作りかえることである』 一倉定   
  
 今月の全社会議で話し合う、大きな大きなテーマです。

期待値分の対応~曖昧な約束~

 過去、数多く経験してきたクレーム要因に、「曖昧(あいまい)な約束」があります。

 例えば、見積を提出する場合の「曖昧な約束」。
 「では、取り急ぎ来週にでも見積を提出させて頂きます。」
 この場合、営業担当者は金~土の週末まで猶予があると認識しています。
 ところが、お客様の受け止め方は月曜日か火曜日には貰えると思うものです。

 担当者は、週末を前提に、少しでも早くと思い、木曜日には提出しようと段取りを進めている矢先、水曜日に電話がかかってきて、「見積が遅い」とお叱りを受けてしまいます。
 
 また、その見積の金額についても同様のことが言えるでしょう。
 「概算で幾らか?」という質問を受け、「まあ2~3万円といったところです。」と答え、「それ位なら進めてくれ。」と承諾を貰ったとします。
 工事終了後、3万円の請求書を送ったとすれば、お客様は当然に「高い」と感じる筈です。

 締め切りにしても、見積にしても、下限と上限を示した上で幅のある提案をした場合、営業マンもお客様も、各々都合の良い捉え方をします。
 お互いが間違っている訳では無いのですが、心理的な期待値がクレームの火種です。  

 そもそも、何故こうした「曖昧な約束」に成るのか。
 まずもって、業者に依頼するとか、上司に確認するとか、積算しないといけないといった要素があるため、確定的な約束はしたくないという逃げがあります。
 さりとて、前のめりで話を聞いて頂いている、目の前のお客様を逃したくも無い・・・そこで、約束に幅を持たせるのです。

 では、こうした掛け違いを無くすためにはどうすべきでしょう。
 「遅くとも、来週の土曜日までには提出させて頂きます。」
 「大目に見積もったとして、4万円までだと思います。」
 それぞれ余裕シロの上限の数字で約束していたとすれば、木曜日の提案なら「早い」と感じますし、3万円の見積りなら「安い」と受け止めてくれます。

 勿論、その数字を外した場合のクレームは避けられませんが・・・。
 
 お客様満足度は、「期待値分の対応」(対応/期待値)です。
 期待値の分母を上手く下げ、対応の分子を努力で上げることが、満足を引き出すコツと言えるでしょう。 

学習する組織への第一歩

 またまた、前職時代の同僚から、管理物件のオーナー様をご紹介頂きました。
 
 従前の管理会社に不満を持ち、管理解約して、自主管理というパターン。
 「入居も決めてくれないし、決めるための提案もしてくれないし、ろくろく管理もしてくれない」
 くれないづくしの末、次を決めずに自主管理に踏み切ると、意外に苦労することも少なくありません。
 遠隔地に住んでいらっしゃるオーナー様であれば、尚更です。

 このオーナー様とは初対面だったのですが、紹介者からの推薦ということで、円滑に話を進めることができました。
 来週のご提案で、前向きな方向に進みそうな手応えを感じています。

 話は変わって、別の物件です。
 オーナー様との電話の中で、次の話が出ました。
 
 「この物件の管理は、御社のAさんが以前務めていた会社に任せています。
 Aさんがいらっしゃる頃には、決めてくれたし、月に一度は連絡も貰っていた。
 ところが、Aさんが居なくなってからというもの、連絡すら頂けない状況にある。」 

 担当者にしてみれば、これほど有り難い言葉はないでしょう。
 絶好の営業チャンスでもあります。
 しかし、ここで戒めたいのは以下の二点です。

 ① 我が社の物件でも、同じように不満を感じているお客様はいないか?
 ② 担当者任せの属人的なやり方で、組織的な対応が疎かになっていないか?

 列挙したのは疑問形ですが、大小はともかくとして、きっと綻(ほころ)びは有ります。
 『他人のフリ見て我がフリ直せ』
 それが未然防止のための予防措置であり、学習する組織への第一歩なのです。 

最後の一日でやるべきこと

 流通ジャーナリストとしてTVでお馴染みの、金子哲雄さんが亡くなられました。
 享年41歳。
 月並みな言葉ながら、早過ぎる死です。 

 死因は「肺カルチノイド」
 カルチ=癌、ノイド=のようなもの、ということで、肺癌よりも進行は遅いと言われています。
 それでも神は、昨年6月の発見から、僅か一年三ヶ月程の余命しか与えてくれませんでした。

 金子さんの素晴らしさは、一部のごく親しい人を除き、病気のことを明かさず仕事を続けてきたこと。
 死の前日まで、電話による取材を受けていたと言います。  

 常に気丈に振る舞い、笑顔で仕事を続けた金子さん。
 それでも、心を許した仲間には、「死ぬのが恐い」と本音を漏らすこともあったようです。
 死の2週間前、その方に送ったメールの内容は感動に値します。

 「そろそろ人生のカウントダウンをしているような気がします。
 とにかく今、抱えていることをちゃんと仕上げて、立派な千秋楽を迎えようと思います。」

 仕事はおろか、自らの葬儀の準備まで段取りしていたというから驚きです。
 見方を変えますと、近付いてくる死の足音が、はっきりと聞き取れるからこそ、立派な死に様を意識できたとも言えるでしょう。
 
 人の一生は有限で、いつか必ず命の糸は途切れるのですが、それがいつかは判らず、皆今日を漫然と生きています。
 ひょっとしたら自然災害で、或いは交通事故で、今日にでも天国に召されるかもしれません。
 当然、死の準備は何一つ整っていない訳です。

 自分はその時、死を受け入れることはともかく、叶うことなら一日だけでも命を永らえたい考えます。
 その一日があれば、最低限の仕事の引き継ぎ、無様な生き様の後始末、伝えきれなかった謝罪、そして家族への感謝が可能だからです。
 
 実は、そうした最後の一日でやるべきことは、後悔を残さない様に、今ある命で取り組むべきファーストプライオリティだったりします。
 今日もまた、そうした想いを胸に、伯父の葬儀に参列します。
 
 - 合掌 -

主役はあなた自身:後篇

 彼と同じ歳の専門学生が、続々と履歴書を送ってきます。
 連日の様に面接する中で、似たような質問をしてみるのです。

社長:「高校入学の際に、将来どんな仕事に就きたいというイメージはありましたか?」
学生:「いえ、ありませんでした。」
社長:「高校卒業後、専門学校に入学する際は?」
学生:「・・・いえ、特に定まっていません。」
社長:「では、今のお気持ちは?」
学生:「・・・実は、今もはっきりとしていません。」
社長:「それはあなた、道に迷って『私は何処へ行けば良いのでしょうか?』と尋ねるのも同じですよ。」
学生:「・・・。」

 気持ちは判ります。
 何をしたいかは判らなくとも、はっきりしているのは、働かなければならないということ。
 親の手前もあるし、世間体もあるし、フリーターという訳にはいかない。

 しかし、本当にそうでしょうか?
 
 例え正社員の座を射止めたとしても、方向性のまるで定まっていない人間よりも、ミュージシャンを夢見て、日中はアルバイトに励み、週末の夜はストリートライブに勤しむフリーターの方が、遥かに健全だと思います。
 
 企業の門を叩き、運命を分ける人生の岐路に立ちながら、何処に進むべきか判らない。
 日本の高等な教育は、こうした意志薄弱な、夢も主体性もない若者を、粗製乱造してきたのです。
 勿論、その教育者とは、文部科学省や教育委員会や学校の教師だけではありません。
 私も含む親が、A級先般の誹りを受けるべきです。

 就職を目指す皆さん。
 人生の主役はあなた自身です。
 既に幕は上がり、観客はあなたの台詞を、固唾を呑んで見守っています。  完

主役はあなた自身:前篇

 毎日ブログを書いている都合上、二度三度と同じネタが題材に使われることはご容赦下さい。
 この話も、以前ご紹介したと思います。
 現在19歳の長男が12歳の時、中学校入学式を明日に控え、一緒に風呂に入りました。

父:「明日から中学校だけど、何しに行くつもりだ。」
長男:「そりゃ、勉強をしに・・・。」
父:「いやいや、勉強なんてしなくても良い。」
長男:「じゃあ、何をするのか?」

【 中学は、自分が進むべき方向を見つけるためにある。
 三年間で見つけられなければ、高校にでも行かざるを得ない。
 「普通科」など最たるもので、方向が定まってないからこそ「普通」なのだ。
 
 自分の進みたい方向が明確ならば、農業や商業や工業といった専門分野を選択するだろう。
 或いは料理人や大工に弟子入りするかもしれない。
 
 高校の三年間を費やしても、自分の方向が見いだせない人間は、やむなく大学へ進む。
 大半の専門学校も今や、就職できない人間のための、就職準備機関に成り下がっている。

 幼少期には、「パイロット」「花屋」「プロ野球選手」・・・等々、無邪気に具体的な夢を描いているにも関わらず、大人になるに従って現実に押し流され、夢を口にすることが憚(はばか)られるようになる。
 
 そもそも、日本の教育そのものが掛け違い。
 しっかり勉強をして、良い成績を納めれば、良い高校に進み、良い大学に進み、良い会社に就職できる・・・可能性が高まる。
 その考え方を万人に押し付け、個々人の個性や「どういう仕事に就きたいのか」という想いは二の次。
 そうしたパラダイムが、今日の日本の、閉塞感を招いているにも関わらず。 】
 
 父親の面倒くさい話を、風呂の中で頷いて聴いていた彼は、父の予言に引き寄せられるかの様に、地元高校の普通科を経て、一昨年、広島の某大学に入学しました。   つづく 

徳の高い人

 台風17号は紀伊半島に上陸し、東日本を縦断する形で、各地に大きな被害をもたらしました。

 私達が住む四国・松山は直撃を免れ、事なきを得ています。
 安堵に胸を撫で下ろしたのは、私だけではないでしょう。

 しかし、例えば名古屋に親族が住んでいたならば、他人事では無くなります。
 それが、生き物の中で人間だけが持つ社会性です。

 仮に、天涯孤独に生まれ落ちた身の上であったとすれば、自分が生きることで精一杯。
 他人のことを心配する余裕も、必要もありません。

 成長に従って、親しい友達ができると、その友達のことも気にかかります。
 生涯の伴侶と巡り合い、結婚して家庭を持てば、配偶者を大切に思うのは当然です。
 やがて、子宝に恵まれると、自分の命を賭してでも、この子を守りたいと思う様になります。

 就職すれば、会社の仲間ができます。
 後輩が入れば、世話をやかないといけません。
 部下ができれば、自分を犠牲にしてでも面倒をみる必要があるでしょう。

 経営者の仲間入りをすれば、社員は勿論のこと、取引して頂けるビジネスパートナーやその社員の生活にまで影響が及ぶものです。
 業界団体の役でも引き受ければ、範と成る業績も然ることながら、ボランティア的な活動も求められます。

 会社が拡大して、複数の都市や複数の県に進出すれば、日本全体の天候も心配です。
 「台風が逸れた」と思っても、自社の支店に危険が及ぶ可能性もあります。

 更に成長発展し、上海やソウルやニューヨークに拠点を持つ会社であれば、尖閣の問題も、竹島の問題も、一方的に相手国を批判するだけでは済みません。
 原発や環境を考える人は、つまらないナショナリズムで一喜一憂しないでしょう。 
 
 私が → 我が家が → 我が社が → わが町が → わが県が → 我が国が → 我が星が

 少しでも広く大きな視野で物事を捉え、他人の痛みが分かち合える、徳の高い人を目指したいものです。
プロフィール

Hideo Matsuoka

Author:Hideo Matsuoka
・生年月日 昭和37年10月30日

・好きな言葉 
今日は残された人生の最初の一日

・信条「先憂後楽」

・尊敬する人 
稲盛和夫 西川広一 松下幸之助

・資格 ①宅地建物取引士
    ②建築2級施工管理技士
    ③マンション管理業務主任者
    ④防火管理者
    ⑤少額短期保険募集人
    ⑥損害保険募集人
    ⑦損害保険商品専門総合
    ⑧不動産キャリアパーソン
・趣味
 劇団AUGAHANCE初代代表
 主に脚本・演出を担当

・経歴 
 中卒後、大工・石工と職人道を歩む
 平成2年 
 ㈱中岡組 (ジョーコーポレーション)入社
 マンション担当役員→常務執行役→管理会社代表を歴任
 平成21年 ㈱NYホーム起業

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