「いいね」しかない理由

 「Facebook」には、何故「いいね」ボタンしかないのか。
 よく議論の的になります。

 例えば、「熱が出て昨日から寝込んでいます」とか、「骨折して病院ナウ」といった書き込みに対しても、相当数「いいね」が押されます。
 内容の是非を問わず、条件反射的に押している側面もありましょう。
 また、もはや「いいね」は「good」という意味に止まらず、「読みました」という足跡を残すためであったり、「残念」とか「共感」とか「同情」といったものも包含する、広い意味での意思表示の言葉と成っているようです。

 齟齬を無くすために「ドンマイ」ボタンをつくってはどうか、という意見もあります。
 しかし、多分、恐らく、私の予想するところ、マーク・ザッカーバーグ氏は、意図的に作らないのです。

 世の中には、ブログやツイッター等々、様々な自己表現の場が存在します。
 代表的なところでは、「2ちゃんねる」「ミクシィ」。

 「Facebook」が他のSNSと大きく違っているのは、原則、実名公開であることです。
 匿名であるからこそ、歯止めが利かずヒートアップする、無責任な不平・不満・愚痴・批判・誹謗・中傷・・・。
 真偽はともかくとして、こうしたネガティヴ情報のオンパレードを見る側は、当事者ならずとも心穏やかではいられません。

 「Facebook」は、リアルな人脈と直結しているが故、仮に誹謗・中傷を受けたとすれば、よりインパクトが増します。
 また知らず知らず、発言内容からその人の人間性を測られているのも事実です。

 良好かつ健全なSNSとして永続させるために、ポジティヴな内容を書きこんで貰うための誘導手段、それが「いいね」ボタンではないかと思います。

 犬井ヒロシならずとも、その解釈は自由です。
 私はこれからも、そのつもりで、「いいね」に相応しい内容を書き込んでいきたいと思います。 
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出来心の代償:後篇

 さて、こうした問題に対する姿勢は、それこそ企業の価値観そのものです。

A 認めない
B 奨励する
C 認めてはいないが黙認している
D 現場で横行している実態に気付いていない 
 
 流石にBの様に奨励するケースは稀ですが、Cの黙認やDのパターンは散見されます。
 現に先述した会社の役員も、「我が社にはそういうことは一切無い」と公言して憚(はばか)りません。
 
 その後で申し上げ難い台詞ながら、我が社では、ただの一件も無いと確信しています。
 但し、今後一切、未来永劫、この問題とは無縁であるとは言い切れないのも本音です。

 人間は易きに流される、弱い生き物であり、魔がさすこともあります。
 理念を理解し、悪いことだと判っていたとしても、出費が嵩(かさ)み家計がピンチの時には、悪魔の囁(ささや)きを天使の囁きに聞き間違う可能性は大です。

 「今回だけ・・・」良心の呵責を覚えながらも、一度手を染めてしまうと、一度が二度になり、二度が三度に・・・。
 やがて、「皆がやっていることだから」とか、「直接的に会社に損害を与えた訳ではないから」といった逃げ道で自分の悪行を正当化させ、徐々に感覚が麻痺してしまいます。
 ドーピングに溺れ、いけないことと判りながら抜け出せなくなるアスリートと同じでしょう。
 
 さて、この問題を根絶するためには、予防と再発防止が肝要です。
 予防は、この拙文の様な周知活動。
 再発防止は、実際に起こった時の対処です。

 例えば、問題が発覚した際の当事者が、際立って数字の見込める社員で有った場合。
 会社として、失いたくない社員だったとしても・・・否だからこそ、毅然たる態度で臨み、ワンストライクアウトの厳しい処分を下すべきなのです。
 仮に、寛大な処分で決着したとすれば、それまでの会社の姿勢や理念は瞬時に形骸化します。

 「ツールド・フランス」7連覇を始めとして、数々の偉大な記録を打ち立てた、自転車競技界の至宝「ランス・アームストロング」選手は、ドーピングが発覚し、その記録は総て抹消され永久追放の憂き目を見ました。
 
 シドニー五輪で3個の金メダルを獲得した、女子陸上の「マリオン・ジョーンズ」選手は、記録の抹消だけに止まらず、ドーピングに係る偽証罪に問われ刑務所への服役を余儀なくされています。

 出来心の代償は余りにも大きいことを、歴史に学ぶべきでしょう。    完

出来心の代償:前篇

 同じ会社で働く社員は、同じ名刺を持ち、同じ制服を着ていたとしても、決して同じ考えではありません。
 生まれも、育ちも、性別も、年齢も、趣味も、嗜好も、経歴も違う、バラバラ人材の集まり・・・それが会社です。
 
 では、バラバラのままでも良いのかというと、そうではありません。
 会社として掲げる理念や方針は、お客様に対して保証する、最低限の品質です。

【 経営理念 】
 『誇り高い地図に残る仕事を通じ、お客様満足・社員満足を追求すると共に、不動産業界の地位向上を目指します。』
 そして経営方針の二番目。
 『売買・賃貸、何れも双方のお客様から感謝される、中立・公正なサービスを提供します。』

 現在の賃貸住宅市場は、供給過剰が顕著です。
 何とかしたいと願うサブリース会社やオーナー様から出される、仲介会社に対する謝礼も増加しています。
 
 近年は更にエスカレートして、謝礼が営業マン個人に出されることも少なくありません。
 オーナー様も巧妙に、「会社には黙っておいたら良いから」と、営業マンの耳元で囁くのです。
 現金がまずいとなれば、商品券やクオカードに形を変えます。

 我が社では、現金は勿論、商品券もクオカードも総て会社で召し上げます。
 受領が発覚した場合には、「懲戒」とすることも周知済みです。
 その理由は、幾つかあります。

① この行為自体が、「贈収賄」に該当する、立派な犯罪だから
② 本来なら、管理物件に斡旋すべきであるにも関わらず、優先順位を違(たが)えるから
③ 入居希望者に対し、ニーズとはかけ離れた物件紹介をしてしまう可能性が高いから
④ お客様の顔が「お金」に見えてくるから
⑤ あぶく銭の謝礼によって、営業マンの生活と人間性が荒れるから
⑥ 組織の一員でありながら、個人主義が助長されてしまうから 
⑦ こうした環境下では、将来を担う立派な幹部が育ちえないから

 名前の通ったメジャーな会社でも、この謝礼がまかり通っているところもあります。
 中には、年収が倍になる兵(つわもの)も居るというから驚きです。

 謝礼が人参としてぶら下がるのは、極めて決め難い物件であり、そこに強引に押し込んで数字を上げられるのは、ある意味卓越した営業力と言えるでしょう。
 優れた才能を有しながら、使途を間違ってしまったことは否めません。      つづく

ジャカルタを目指すハワイ便

 キャリア社員採用のため、連日面接ラッシュです。
 会社の門を叩く方にとって、時間厳守も、身だしなみも、笑顔もさることながら、もっと重要なことがあります。

◆過去(実績) : 自分は、何をやってきたか
◆現在(能力) : 自分が、得意とするのは何か
◆未来(目標) : 自分は、何を目指したいか

 これまで、菓子店のパート販売員から大卒の新規採用まで、裕に千人を超える面接をこなしてきましたが、この三つを明確にアピールできる人は、そう多くありません。
 特に、未来の展望に対する想いの希薄さに驚かされます。

 厳しい言い方をすれば、スタートラインたる就職を、ゴールと勘違いしているからこその愚行です。
 就職は本来、幸せな人生を歩むための一手段であるにも関わらず、その手段が目的化しています。

 いつも申し上げている通り、面接は企業と従業者とのお見合いです。
 世相や市況を反映し、今は企業側が従業者を選別するイメージが強いようですが、本来は相思相愛で結ばれるのが理想でしょう。

 就職したいから、会社の意向に合わせたフリをする。
 人材を欲しているから、都合の悪いことをスルーする。
 相互に本音を包み隠し、ネコを被ったまま同居しても、所詮上手くいきません。

 会社はハワイへ行こうとしている。
 社員が目指す方向はジャカルタだ。
 
 こうした掛け違いのまま、同じ船に乗っているとすれば、それは互いに不幸です。
 一日も早く、一刻も早く船を降りるべきでしょう。
 面接の段階であれば、船に乗るべきではない、乗せるべきではないのです。

社員心得12ヶ条

 面接時のツールとして、求めるべき人材像をまとめてみました。

【 社員心得12ヶ条 】
① 感謝
 当たり前の対義語は有難い。 社外から頂く前に社内を「ありがとう」で埋め尽くそう。

② 誠実
 判断に迷う時は誠実さに問え。 短期的に損しても、長期的な視点でみれば誠実さこそ王道。 

③ 率直
 率直に話せば前向きな提案。 率直さを失えば、ただの不平・不満・愚痴に過ぎない。

④ 信頼
 言行一致と立派な人間性が信頼関係の礎。 人間性向上のための努力を怠らない。

⑤ 愛情
 小善は大悪にも似たり、大善は非情にも似たり。 同志には愛情を持った厳しさで接しよう。

⑥ 執着
 数字に執着を持て。 数字とは、お客様から必要とされているか否かのバロメーターである。

⑦ 改善
 社内に評論家は要らない。 問題の指摘だけに留まらず、その改善案を提案しよう。

⑧ 健康
 健全な肉体には健全な思考が宿る。 健康管理はビジネスマンの義務である。

⑨ 挑戦
 冷めた人間は要らない。 失敗を恐れず熱意を持って果敢にチャレンジし続けよう。

⑩ 謙虚
 自信が過ぎれば過信となり不遜になる。 実るほど頭を垂れる謙虚さを失わない。

⑪ 目標
 目標の無い仕事・人生は、行き先の無い旅行と同じ。 短期・長期の目標を持とう。

⑫ 自覚
 不動産を生業として給料を貰う限り、プロとしての自覚と弛まぬ研鑽は必須である。 

平成維新の産声

 先日開催された松山不動産業協会の懇親会は、経営者と専任取引主任者のみが対象でしたが、130名もの会員が集結しました。
 料理に舌鼓を打ち、ビールに酔いしれ、四方山(よもやま)話に花が咲きます。

 私も最初は、四方山発脱線行きの輪の中に埋没していたのですが、某社長よりお声がかかり、有志のテーブルへと誘(いざな)われました。
 ここでは一転して、「不動産業界のこれから」が熱く論じられます。

 香川や福岡といった先進地を視察した方々の話によると、今の松山は20年立ち遅れているそうです。
 具体的に言えば、会員の持つ物件情報を、ネット上で総括的に管理・開示する仕組みが機能していない。
 理由は、以下の通りです。

 ネットを使いこなせない、ネットを必要としない、旧態依然とした、アナログな、お客様の声を聴き入れない、長老の理事達が組織を支配しているから。
 お客様の利便よりも、業界の未来よりも、自分達の利権や利得が優先されるが故です。

 ここ数年間、総会には欠かさず参加してきました。
 徐々に改善の傾向にあるとはいえ、議論のレベルは驚くほど低俗です。
 
 また我が社は、大洲が本社であるために、松山の三店舗は支店扱いに成ります。
 支店には、選挙権も被選挙権も発言権もなく、単なるオブザーバーです。
 この仕組みにも些か不条理を感じています。

 欧米で不動産業と言えば、医者や弁護士と並び評される程のステイタス。
 天動説から地動説へ、今まさに、維新の産声が上がろうとしています。

オリンピック発祥の理由

 韓国のサッカー選手が、日本との三位決定戦に勝利した後、観客から一枚のプラカードを受け取り、振りかざしたことが大きな波紋を呼んでいます。
 国際オリンピック委員会(IOC)は、五輪施設や会場などでの政治的な宣伝活動を禁じており、今回の行為が五輪憲章違反に問われている訳です。
 
 四年に一度の平和の祭典とはいえ、過剰なナショナリズムや、政治的な背景から生まれるトラブルは少なくありません。
 代表的なのは、1980年に行われたモスクワ五輪でしょう。
 開催前年に起きた旧ソ連のアフガニスタン侵攻への抗議から、日本を含む西側50ヶ国がボイコットに至りました。

 この五輪をターゲットに、日夜トレーニングに励んできた選手は、4年間を棒に振る結果となった訳です。
 或いは年齢的に、ここがラストチャンスという選手も居たに違いありません。

 哲学者「梅原猛」先生は、自著「日常の思想」の中で、次の様に語っています。

【 現実の世界の戦争は、食うか食われるか、生か死かである。
 現実の戦争の持つ危険性を除き、しかも現実の戦争の持つスリルを得ようとする工夫からスポーツは生まれた。
 ニーチェが洞察したように、古代ギリシア人ほど、戦争好きな国民はない。
 - 中略 -
 四年毎に、好戦的な心情を平和的に発散するオリンピアの祭りなしには、ギリシア人は退屈な平和に耐えかねたであろう。 】

 そもそも人間は、ギリシア人成らずとも、攻撃的・好戦的な一面を心に秘めています。
 虐めも戦争も、スケール感の違いこそあれ、そうした矛先がターゲットに向いたものです。
 或いは、そうした対象に成りたくないとする自己防衛本能が先手を打たせる側面もあります。

 ビジネスも、スポーツと同じ平和的な戦争と言えるでしょう。
 個人間、店舗間、会社間、国家レベル・・・数字へのこだわりや競争意識もあって当然です。
 
 しかし、見失ってはいけないのは、敵は外にあるということ。
 社内に居るのは皆味方です。
 ナショナリズムならぬ、行き過ぎたセクショナリズムは、徹底的に排除しなければなりません。

 それは勿論、馴れ合いや仲良しごっことは違います。

明日死ぬかのように生きる

 お盆期間中に動けなかったため、先日の水曜日、次男と共に大三島へ行ってきました。

 小2の時両親は離婚し、自分は父親に育てられますが、その父が結核に倒れ、中学に通う三年間は生活保護を受けることになります。
 高校に進学するか働くかという選択も、ギリギリまで悩みましたが、最終的に新田高校に進学。

 経済的に困窮していることを、風の便りに伝え聞いた母と姉が、自分を大三島に呼び寄せます。
 半年間に及ぶニート生活の末、義兄の経営する小さな工務店で大工修行することに成りました。
 16歳を目前にして踏み出した、社会人としての第一歩です。

 25年前、結核と喘息を悪化させて、父は59歳で他界しました。
  7年前、長く患った胃癌によって、姉も49歳で逝きます。 
 幼少の頃、短かくも団欒の時を過ごした4人の家族は、今や母と私だけです。

 大工修行の際に住み込みでお世話になった、親方のお父さんも昨年亡くなりました。
 母が経営する飲食店の常連さんも、櫛の歯が欠ける様に、ひとりずつ召されていきます。
 母も今年76歳です。
 盆と正月、年二回として、後何回会えるでしょう。

 母は昨夜、夢を見たと言います。
 「もう最後かもしれないから、大洲と内子に行って、二人の姉に会って来ようと思う。」
 出不精で親戚付き合いの悪い母から、積極的に縁をつなぐ言葉を聞くのは初めてかもしれません。

 気付くか否かに関わらず、人生は有限です。
 しかし殆どの人は、そのことを意識することなく、日々を漫然と過ごしています。

「明日死ぬかの様に生きなさい
 永遠に生きるかの様に学びなさい」

 ガンジーの言葉がこだまする、50歳を目前に控えた晩夏の再会です。

きれいごとの経営:後篇

 かつて退職した社員は、働く意義や目的について投げかけた「今日の言葉」に次の様に返してきました。

 「私はお金だけのため、食べるためだけに仕事をしています。」

 正直な本音であり、昨今こうした主張も珍しくはないものです。
 ひょっとして、今在籍する社員の中でも、こうした声が支配的かもしれません。
 
 確かに、幾ら理念が崇高でも、霞(かすみ)を食べては生きていけない訳で、お金は必要です。
 但し、お金さえあれば良いというものでも無いでしょう。
 必要条件ではあるが、充分条件ではない・・・それがお金です。 

 巨万の富を得た成功者が口を揃えて語るのも、お金=幸せでは無いということ。
 どうやら世の中には、金銭欲の先に、人生本来の目的があるようです。

 何かの縁により、同じ会社で働くこととなった同志には、そういう世界があるということだけは知っておいて貰いたいと願っています。
 例え今は気付かないとしても、いつか、どこかで、何かのきっかけで気づくこともあるからです。

 前篇で引用したAVX社の社員と同様に、最初は否定的であったとしても、やがて理解し心酔し、共通の企業文化へと昇華させることが理想だと考えます。
 再び、「PASSION」からの引用です。

【 この勉強会の結果何が起こったのか。
 私たちは、共通の経営哲学を持つ同志として信頼し合い、尊敬し合えるように成った。
 そして、AVX社の実績も買収前とは比較にならないほど良くなり、売り上げはこの6年間で約3倍に、利益は約6倍に増え、昨年夏にはニューヨーク証券取引所に再上場するまでになった。 】

 「理想論」
 「きれいごと」
 「夢物語」
 
 そういう声もあるでしょう。
 その通り、私がこの会社のTOPである限り、きれいごとの経営を貫く覚悟です。

きれいごとの経営:前篇

 今日まで二年以上800日近く、毎日公開し続けてきた「今日の言葉」の真の意味を、前後篇の二話に渡って初めて明かします。 

 京セラの創業者である稲盛和夫氏は、使命感から引き受けたJALの再建を巡って曲解され、一部マスコミから非難されることもありますが、個人的に崇拝する経営者の一人です。

 企業文化構築のバイブルとも言える「PASSION ~成功への情熱~」の冒頭に、アメリカの企業AVX社を傘下に収めた際のエピソードが書かれています。

【 米国は個人主義の徹底した会社であり、個人的な利益の追求が優先される社会である。
 そのような米国社会において確固たる地位を築いた同社の幹部に、私の「自分の才能は私物化してはならない」「働く意義や目的がもっとも重要だ」「思いやりをもつことこそ大切である」というような経営哲学を受け入れて貰うことは容易ではない。
 逆に反感を買うだけだ、というのが当社の米国法人幹部の意見であった。

 そうであっても、経営哲学を理解してもらい、受け入れてもらわなくては信頼関係は構築できない。
 そう思い、私が講師となって、京セラの経営哲学についての同社幹部社員との勉強会を始めることにした。
 
 まず最初に、本著原版を英訳したものを彼らに配り、感想を求めた。
 彼らの最初の反応は、予想通り全く否定的なものだった。

 「そのような考え方で日本では成功できても米国ではできない」
 「それでは我々はついていけない」というのだ。

 しかし、私は人間の本質は洋の東西を問わず同じであり、京セラの経営哲学も普遍的な筈である。 
 だから、こちらが純粋な気持ちで、誠意を持って話をすれば必ず受け入れてもらえる。
 そう信じ、私はこの勉強会に臨んだ。

 そこで私は率直に自分の考えを伝え、彼らの疑問に対して一つひとつ丁寧に答える様にした。
 私はそのような真剣な質疑応答が数日間続く勉強会を再三にわたって開催したのである。

 そして彼らは「あなたの経営に対する考え方はよくわかった。その方が確かに素晴らしいので、これからはあなたの経営哲学をベースとしてAVX社を経営していきたい。」と言うようになった。 】 つづく
 

ありがとうで埋め尽くす

 今更ながら、とても良いことを思いつきました。
 良いと思うことは、即実践しようと思います。
 
 きっかけは、松山北店の石川店長のメールです。
 今週、北店のシフトが回りかねるため、応援要請が入りました。
 各店に呼びかけたところ、気持ちよく協力の申し出があり、事なきを得ます。
 その後、迷惑をかけることへ謝罪と、協力への感謝を表すメールが、全社員向けに発信されました。

 正に、これです。
 昨今、業績こそ上向いているものの、社内の人間関係は必ずしも万全とは言えません。
 理由は様々ですが、相互に感謝の念の足りないことが、元凶ではないでしょうか。
 
 ・ 告知POPを手伝ってくれて「ありがとう」
 ・ 接客時にお茶を出してくれて「ありがとう」
 ・ 一緒になって物件を探してくれて「ありがとう」
 ・ 郵便をポストに投函してくれて「ありがとう」・・・

 些細なことであっても、いや些細なことだからこそ、全社員に向けて「ありがとう」メールを贈るのです。
 「小学生みたい」・・・おっしゃる通り、小学生の様な純粋な心で、感謝の心を言葉で表します。
 「ありがとう」と言って、言われて、目にして、誰も嫌な気持ちに成る人は居ません。
 「ありがたい」を漢字にすると「有難い」、対義語は「当たり前」です。

< 荒廃のコミュニケーション > 
 Aは恩着せがましく「手伝ってやった」と思う。
 Bは「手伝って貰って当たり前」と思う。
 Aは「恩知らずめ二度と手伝ってやるか」と思う。

< 笑顔のコミュニケーション >
 Dの困っている姿を見て、Cは無償の行為として手伝う。
 Dは素直に受け止め「ありがとう」と言葉に示す。
 Cは感謝の言葉を受け「次も手伝おう」と思う。

 尊敬する渡邉美樹社長の会社、「ワタミ」の経営理念は以下の通りです。

【 ワタミがその事業に参入してくれてよかったと言っていただけるように、「人」と「人」がふれあう、あらゆる場面で、“ありがとう”を集めます。 】

 社内コミュニケーションにおいて感謝を知らない人間が、社外のお客様やパートナーから感謝を集められる筈ありません。
 社外に溢れだす程に、まずは社内を「ありがとう」で埋め尽くしましょう。

割鏡不照(かっきょうふしょう)

 タイトルは禅の教えで、意味は以下の通りです。

 「割れた鏡は、再び照らすことはない。
 起こってしまったことを、くよくよ思い返すのは愚かなことだ。
 自分を責めるのを止め、同じ失敗を繰り返さないための、前向きな思考に切り替えるべきだ。」

 大雑把に訳しますと、「引きずりなさんな」ということでしょう。
 脳神経学的には、過剰に自己批判を繰り返すと、確実に鬱(うつ)を患うと言います。 

 これまで、様々な上司や部下を見てきました。
 ちょっとしたミスを上司から指摘されただけで極端に落ち込む、感受性の強い繊細なタイプが居るかと思えば、かなり致命的な失敗をやらかしているにも関わらず、本人には一切その自覚の無い鈍感力に優れたタイプまで、受け止め方は千差万別です。
 従って、対応・指導は相手を見て使い分ける、オーダーメイドで無ければなりません。

 ダルビッシュがマウンドで投げている時、打者は速球に詰まらされ、センターに凡フライを打ち上げました。 
 「打ち取った」と確信し、ベンチに向いて歩きだした次の瞬間、外野手がまさかの落球。
 当然にダルビッシュは落胆します。
 しかし、かける言葉は「Don't mind(ドンマイ:心配するな)」。
 落球した野手は、次の打席でヒットを打って、借りを返そうと奮起するでしょう。

 こうした相互信頼によってゲームは成立します。
 但し、エラーの原因が怠慢や手抜きならば、厳しく叱責されて当然です。

 本人が一所懸命だったとしても、選手層が厚く、控えが充実していれば、交代を余儀なくされます。
 スーパースターのイチローが放出され、松井が自由契約になる、それがプロの世界です。
 控えが居ないとすれば、監督はレベルアップを信じて、その選手を使い続けるしかありません。

 プロとして、相互に牽制する厳格さと、赦し合う寛容さは、両立すべきファクターです。
 何故なら我々は、会社や店舗で一つのチームを形成し、敵対するチームと戦っています。
 在籍する限り、チームメイト(社員)は仲間であり、味方です。
 敵は外にあります。

成功と失敗はメビウスの輪

 ワタミの社長「渡邉美樹」さんの著書「強く、生きる。」からの御紹介です。
 
 渡邉美樹さんという人は、とてもストイックな方で、経営にも無類の厳しさを持った方です。
 その隙の無さが故に、「言っていることは正しいが、その生き方はとても真似できない」と、抵抗を感じる人も少なくありません。
 正に神の領域ですが、失敗に関しては極めて肝要です。
 
【 成功とは、いったい何でしょうか。
  それは決して、「失敗しない」ことではありません。
  成功者とは成功を積み上げてきた人ではなく、山ほどの失敗をしてもくじけなかった人のことなのです。
  - 中略 -
  あきらめないかぎり、失敗は失敗のままで終わらず、次の成功のステップになる。
  だから、成功と失敗は対極のものではなく、メビウスの輪の様に「地続き」のものだ。 】

 私自身も過去、数えきれない程の失敗を繰り返してきました。 
 時に傷つき、時に心折れそうにも、時に逃げ出したくもなります。
 それでも尚、恥ずかしげも無く、おめおめと生き続けています。
 何故なら、先述の言葉を信じ、勇気づけられているからです。

 世界に誇る一流打者のイチローでも、10打席中7回は失敗しています。
 「ユニクロ」を展開する、ファーストリテイリングの柳井正社長をして「一勝九敗」です。
 
 毎日毎朝、社員の方々に向け、成功者の言葉を引用しつつ、時機を見たメッセージを送り続けています。
 いつも申し上げる通り、決して自分自身ができていることではありません。
 寧ろ自身を省(かえり)み、戒(いまし)める意味も込めた、懺悔(ざんげ)にも等しい心の叫びです。

 しかし、毎日読んだとしても、「そうは言うけれど」或いは「奇麗事を言っても」と、心の器を伏せた状態では、すべてこぼれ落ちてしまいます。
 例え今、どれだけ棘(いばら)の道を歩もうとも、諦めない限り失敗ではありません。
 大切なのは、まず「想う」ことです。

ウェルカム逆境

 感性論哲学の大家、芳村思風先生の文章を引用します。

【 「問題を乗り越え続ける」  芳村思風

 人生は、どの道を選ぶかではなく、選んだ道からでてくる問題を乗り越え続けられるかで決まる。
 多くの人は、問題がでてくると、「選んだ道が間違っていた」と考えてしまいます。
 これは、理性で考えているから。
 問題がない道が正しい道ではありません。人間は、不完全です。問題や悩みのない人生はありません。

 不完全な人間が行うのだから、どの道を選んでも、問題は必ず起こってきます。
 大切なのは、必ず乗り越えられると信じて、でてきた問題から逃げないこと。
 問題がないことを願ってはいけません。
 決断からでてくる問題を乗り越える続ける努力をするかどうかできまります。

 「決断」とは、道をきめることだけではない。 選ばなかった道への未練を断ち切ること。
 「やっぱりあっちの道を選べばよかった」と考えているのでは、決めたけど、断ち切れていない。

 問題や壁がやってくるとどうしても「選択を失敗した」と考えてしまう。
 苦労して就職した会社でも、しばらくすると
 「こんなはずじゃなかった」 「思っていたのと違う」
 「自分のやりたい仕事ではない」 「こんな上司では仕事ができない」
 
 といろいろな問題や悩みが出てくる。 人生は、決断と選択の繰り返し。
 選んだ道に間違いはない。失敗もない。 経験として捉えられるかどうか。
 選んだ会社や仕事や人間関係は、いろいろな「縁」が重なって、自分のところにきたもの。
 一度決めたからには、必死になって取り組んでみる。 そこから新しい道も生まれてくる。
 
 問題がないのは、感じていないだけ。 苦しみ・悩みは、人生を楽しませるためにでてくるのです。 】

 「天はあなたに越えられない逆境は与えない」と言います。
 知識も経験も無い小学生には、「就職できるか否か」の焦りも、「年金が貰えない老後」に対する不安もありません。 
 宅建試験へのチャレンジは、不動産業に身を置き、一人前に成ろうと目覚めたからこその試練でしょう。
 リーダーシップの壁に当たっている上司も、使われる側から一段ステージが上がった証しです。
 
 この世を生き続ける限り、問題は常に起こります。
 これまで経験したことの無い逆境に見舞われたとしても、真正面から対峙し、乗り越えた後振り返ると、「大したことではない」と思える・・・それが成長です。
 
 その場限り逃げ出したとしても、逃げ果(おお)せることはできません。
 貴方自身を成長させるべく、逆境は再び目の前に立ちはだかります。

 「この問題を問題と感じられるのは、自分が成長したからだ。
 この問題を乗り越えることで、更に成長することができる。」
 問題や逆境は、毛嫌いするどころか、寧ろ歓迎すべき事象なのです。

負の扇動に踊る無能な民

 私はこれまで、政治・思想・宗教といったタブーを深堀することは極力避けてきましたが、昨今熱を帯びてきた、竹島・尖閣諸島をめぐる領有権問題については触れない訳にいかないようです。
 とはいえ、着地点はビジネスのリーダーシップ論へとブリッジします。
 
 まず個人的な意見として、尖閣諸島も竹島も北方領土も、何れも日本固有の領土であると確信しています。
 様々な侵犯事件に対して、日本政府は毅然たる態度で臨むべきでしょう。
 
 とはいえ、実効支配されている北方領土と竹島に対し、能動的なアクションを起こすことは開戦と同義語です。
 それができない弱腰な日本の足元を見て、ロシアも韓国も次第に浸食を強め、済し崩し的に占領しつつあります。

 長らく日本は世界第二位の経済大国であり、後ろ盾は世界第一位の経済と軍事を誇る米国と盤石の体制でした。
 中国や韓国にとって、経済支援や協力が不可欠な日本は、機嫌を損ねたくない相手だった訳です。
 
 ところが近年、先行していた日本のTOP企業は次々と韓国企業に追い越され、世界第二位の座も中国に明け渡す事態と成りました。
 加えて日本の政治は、首相の顔が毎年変わる混乱を極めています。
 そこに付け入られるのは道理、何故なら「外交は力」だからです。

 その原理原則を踏まえた上で、韓国TOPの言動には疑問を呈します。
 自国内でも、次期大統領選を見据えた人気取りのための政争の具と捉える向きもあるようです。
 確かに、反日という国民共通のテーマをもってポピュリズムに訴えるのは常套手段でしょう。
 
 自分の立場が危うい時に、共通の敵を作り、クローズアップさせ、そこに批判の矛先を向ける手法を「負の扇動」と呼びます。
 会社でも同様です。
 「部長が悪い」「社長が悪い」・・・会社側を加害者として批判し、被害者としての従業者が群れる事例は少なくありません。
 一見、結束強く見えるこの群れは、必ずしも一枚岩ではない筈です。
 
 理念や方針やヴィジョンの正しさ、私心を排する公僕たるリーダーの資質、一貫性を持った実行力・・・こうしたファクターを駆使し、民を正しい方向に導くのが真のリーダーシップでしょう。
 国民も社員も、そこを見抜けない程、無能であってはなりません。

鱈タラ<鯛タイ<鱒マス

 先日の定休日は、経営計画発表会でした。
 世間的には御盆休暇のど真ん中に当たる、水曜定休を切り崩してまで行う意味のある重要な会議です。

 本来であれば、新しい期の始まる8月1日に実施すべきですが、それでは前期決算が固まっていません。
 さりとて、遅く成り過ぎたのでは予算発表の機を逸します。
 従って、第三週の水曜日が最善という訳です。

 昨年もこの時期に、目標となる予算を立て、一年をスタートしています。
 ほぼ計画通りに予算をトレースした店舗も、予算を大幅に超えて着地した店舗も、残念ながら予算には届かず課題を残した店舗もありました。 
 
 名著「経営心得」の中で故一倉定氏は、目標乖離(かいり)についてこう記述しています。

【 目標と実績の差は、客観情勢のわが社に及ぼす影響を量的に知らせてくれる。
 別の表現を取れば、客観情勢をどれだけ見損なっていたかの度合いを表しているものなのだ。

 見込み違いが分かってこそ、正しい舵取りができる。
 だから目標は、その通りいかないから役に立たないのではなく、その通りいかないからこそ役に立っているのだ。 】

 昨年の目標乖離は、社会情勢や自分達の力量や景気の浮沈や経営戦略について、その何れか或いは幾つかを間違った結果です。
 
 釣りに例えれば、天候や潮の干満を踏み誤ったか、竿や餌や仕掛けの選択を間違ったか、魚群のポイントを外したか、腕が悪かったか、粘りが足らなかったか、単に怠けたか・・・と成ります。

 不漁に終わった際にその分析を怠れば、次の出航時にも同じ轍を踏んでしまうでしょう。 
 一年後には、どの船も大漁旗を立てて帰港し、美酒に酔えタラ良いな・・・
 いえ、美酒に酔いタイもので・・・
 いえいえ、必ず美酒に良いマス。

組織をダメにする不感症人罪

 チームで仕事をする時に、「うちはすごく仲が良いんです。 喧嘩とか一切なくて。」という声があったとしたら、概ねそれはダメなチームだと判断します。

 一つに、爪先立ちの背伸びで届くか否かの適正目標が設定されていないため、「何とかしないといけない」という焦りが無い。

 二つに、波風立たない現状に甘んじており、「もっと良くしよう」とする改善意識が希薄。

 三つに、人間関係を壊したくないが故に、当たり障りのない会話に終始し、摩擦無く過ごそうとする。

 これでは、和気藹々(わきあいあい)ではなく、単なる馴れ合いでしょう。
 各人が高い目標に向かい、お客様満足をとことん追求し、真剣に取り組んでいるならば、問題が起こって当然、あけすけな意見がエキサイティングに交わされて当然、喧嘩も大いに結構だと考えます。

 勿論、互いに罵詈雑言を浴びせ合う様な、稚拙な争いは避けるべきです。
 冷静かつ率直に、納得いくまで話し合う、大人の対応を心がけて下さい。
 
 最後に、「大人の対応」と「不感症」を混同してはいけません。
 上司の言動に納得していないにも関わらず、「いつものことだ」とか「この場だけで聞き流せばよい」といった考えで胸に納め、背中を向けて舌を出しているとすれば、それは大人ではなく不感症です。

 「良い店を作りたい」「立派な会社にしたい」「オーナー様にお役立ちしたい」「入居者様に満足を与えたい」・・・
 それらに真に一所懸命ならば、不感症で居られる筈がありません。
 「ことなかれ主義」の不感症人罪こそが、組織を腐らせます。

モチベーションキラー

 上司が部下のモチベーションを鼓舞する上で、絶対的なタブーが二つあります。

1. 俺(上司)のために頑張ってくれ
 (フィクション)一打逆転の場面で原監督が、打席に向かおうとする阿部を引き留め、こう囁きました。
 「阿部ちゃん頼むよ。ここで一発打ってくれないと、来期、俺の首がつながらないからさ。」

2. 失敗はお前のせい
 (フィクション)敗戦の弁を記者から求められた原監督は、自らの采配には言及せず、「長野がチャンスで凡退したから・・・」「先発の沢村がフォアボールを出し過ぎる・・・」と、自軍選手の批判に終始した。

 こうした身勝手かつ自己保身に満ちた発言を聞いて、選手はどう思うでしょう。
 直前まで高まっていた気合は、一気にクールダウンしてしまいます。

 「お前のために野球やってんじゃない!」
 「選手ばかり責めやがって、てめえはどうなんだ!」
 と憤りすら覚えるでしょう。
 当然にチーム内の結束は乱れ、心はバラバラに離れてしまいます。 

 「チームにとってこの試合は天王山。
 優勝を待望する全国の巨人ファンのために頑張って欲しい。
 ここでゲームを作れるのは阿部、お前しかない。
 責任は俺が取る。
 思いきって三球振って来い!」

 場面の重要性を説き、期待感を伝え、自己犠牲を厭(いと)わず、シンプルな指示で送りだす。
 あらゆる場面でここまでできれば、上司として免許皆伝でしょう。
 一方、冒頭の言葉を投げかける上司のことを、モチベーションキラーと言います。
 

組織論の原則:後篇

 前職の会社は急成長したため、部下は生え抜きの若い社員、上司は促成栽培の管理職といったケースが多く、上司と部下のトラブルも日常茶飯事でした。

 理念や方針に共感して入社した若手社員は、崇高な上司像をイメージし、求めがちです。
 ところが、当の上司はというと、プレイヤーとして突出した成果を上げたから、という理由で抜擢されている訳で、概ね若く、経験も浅く、万能ではありません。
 
 事業部長や常務を務めていた頃は、上司の上司ということで、相談に乗る機会も多々ありました。
 差別するつもりはありませんが、モチベーションのアップダウンを決定付ける男女の傾向は、明らかに違います。
 
 男性 = 損か or 得か
 女性 = 好きか or 嫌いか

 部下の不平不満に共感し、そのままフィードバックしたのでは、上司の立場は無くなります。
 言い分を聞いた上で、本人を鼓舞し、上司を立て、相互にやる気を取り戻すのが着地点です。

 「理想像は別にして、上司の彼はまだ若く発展途上の人間。
 世の中の上司すべてが、松下幸之助や稲盛和夫やジャック・ウエルチではない。
 経営の神様と評された松下幸之助さんにしても、決して聖人君子ではなかった。
 貴方の言う通り、現時点の彼は至らない点も多い。
 一方で、良いところも多々ある。
 何より、もがき苦しみながら、昨日よりも今日、今日よりも明日と、僅かずつでも立派な人間に成ろうと努力する人であることは間違いない。
 世の中には、もっと横暴で、もっと邪悪で、もっと不誠実で、もっといい加減な上司がごまんといる。」

 実は、上司部下の軋轢(あつれき)の最大の原因は、立場の違いです。
 上司への不平不満ばかり口にしていた部下が上司になり、部下からの批判に晒される因果応報もあります。
 
 「立場が変わって初めて、あの頃の上司の言葉や判断の意味が判った。」
 こうした言葉が会社のあちこちで聞かれる様になれば、組織が成長した証左です。   以上

組織論の原則:前篇

 組織論を語ってみようと思います。

 上司は部下を信頼し、部下は上司を尊敬している姿が、ひとつの理想でしょう。
 とはいえ現場では、上司の言動に不信感を抱き不満をぶつけたり、部下の稚拙な行動に対し叱責したり、真剣であればあるほど火花が散るものです。
 
 何だかんだ言っても、信頼関係が崩れた際の、最終的な責任は上司にあります。
 スポーツでも監督が変わった途端、弱小チームが優勝争いを演じる事例は少なくありません。

 「一頭の獅子が率いる百頭の羊の群れは、一頭の羊が率いる百頭の獅子の群れに勝る」
 それほどまでに、リーダーの役割と責任は重いものです。
 さて、店長に求められるリーダーシップ論は一旦横に置き、組織人としての原理原則をお話します。
 
 例えその人がいかなる人格であったとしても、部下は上司に従う義務があります。
 「この人では無く、あの人の元で働いてみたい」と、心の中で思ったとしても、口に出せば単なる我儘(わがまま)です。 
 部下は上司を選べず、上司は部下を選べません。
 勿論、その上司が横領してるとか、セクハラしてるとか、法律・規定を違(たが)えているならば話は別です。

 近年の傾向として多いのが、「尊敬できない」「相性が悪い」といった部下の声。
 そうした感情は大切ですが、過敏に拾い過ぎたら組織が成り立ちません。

 戦時下の軍隊であれば、いかなる場合も、上官への服従は絶対です。
 その絶対服従の規律が故に、劣悪な環境下でも組織は維持します。 

 軍隊は飛躍し過ぎだとしても、組織論の根っこは共通です。
 違いは、本人に辞める権利が備わっているか否か。 
 誤解の無いように念押ししておきますが、「いやならやめろ」とか「上司に文句を言うな」といった話ではありません。

 心のスイッチ次第で、いかなる上司であろうとも、自分のためになります。
 上司が尊敬できないならば、「自分が上司になったあかつきには、こうした行動は戒めよう」と反面教師にすれば良いでしょう。
 また、仮に至らない上司であるならば、自分自身が頑張って会社の評価を得れば、立場逆転も可能です。

 明日は、この話をもう少し掘り下げます。                   つづく

リアルなベンチマーク

 ゲームの「任天堂」、半導体の「京セラ」、健康医療機器の「オムロン」、セラミックコンデンサーの「村田製作所」、集積回路の「ローム」、小型モーターの「日本電産」、光学機器の「島津製作所」、排ガス分析計の「堀場製作所」・・・。

 これらは何れも、日本が世界に誇る企業ですが、その共通点は何でしょう?
 答えは、京都発です。

 では、何故京都という狭小な街から、世界的な企業が数多く生まれたのでしょう?
 答えは、競争原理です。

 例えば、私の住む内子という田舎町で会社を起こしたとします。
 高い目標を持ち、崇高なヴィジョンを掲げたとしても、そこから見る一流企業は遠くにある高嶺の花です。
 とても、リアルな目標には成り得ません。

 がしかし、先述した企業も、ほんの数十年前は小さな町工場であったりします。
 一社が抜け出すと、「あいつにできて俺にできない筈がない」という闘志がメラメラと燃え上がります。
 身近な企業同志が、互いに切磋琢磨し、良きライバルとなり、リアルなベンチマークとなっていったのです。

 昨今我が社でも、スケールこそ違え、似た様なストーリーを体感しています。
 
 創業間も無くは、地域に根差し、管理物件に恵まれた大洲駅前店が全社の牽引役です。
 松山の店舗は、大洲との市場の違いが無言の言い訳になり、なかなか軌道に乗りません。
 管理取得のため一時的に採用したベテラン社員は、経験も長く、知識もあり、オーナー様も数多く知っていらっしゃいましたが、成果はさっぱりでした。

 昨期、松山南店が業績を急伸させ、文字通り旗艦店にのし上がります。
 繁忙期以後、松山久米店も追随し、数字の読める店舗に成長してくれました。
 管理取得もこれまで、社長人脈に偏っていましたが、夏場以降、店長主導の吉報が続々と寄せられています。
 
 かつて、「出来る筈がない」と思い込み、出来ない理由ばかり探していた現場が、大きく変貌しました。
 これこそが、「あいつにできて俺にできない筈がない」という、リアルなベンチマークなのでしょう。
 いつの世も、可能性に蓋をするのは、自らの心です。

前髪しかない神様

 先日、「時は金なり」の示唆に富んだ映画「TIME」を紹介しました。
 営業現場においても、時は千金の価値があります。

 繁忙期に定休日を撤廃したり、週休2日を週休1日に切り替えるのは、判り易い一例です。
 お客様が沢山来て頂ける時期には、極力門戸を開け、拾えるだけ情報を拾います。
 閑散期になってから、やる気を奮い立たせ、気合を入れたとしても、お客様が来なければ空回りです。

 「鉄は熱い内に打て」
 お部屋探しのお客様が、「広くて安いお部屋はありませんか」と来店された時。
 オーナー訪問をした際、「空室が多いので何とかして下さい」と相談を受けた時。
 
 今週のアポが立て込んでいたりすると、ついつい淡白になり、先送りしがちです。
 週明けにお伺いすると、既に気持ちが冷めていたり、先んじて他社からの提案を受けていたりして、別人になっていることも珍しくありません。

 特に、お盆前、正月前は要注意。
 休暇中、家族や親戚と話し込む内に、「止めておいた方が良い」「もっとじっくり考えろ」と水を差さされてしまうからです。

 昔ながらの地場企業は、13日もしくは14日から、数日の盆休暇に入ります。
 今年の場合、11日12日が土日であることを考えれば、今日までがリミットです。
 従って、敢えて、クロージングすべき重要商談を木金にセッティングしました。
 
 いつも申し上げている通り、「休みだから」「忙しいから」はお客様の都合では無いでしょう。
 そこに拘(こだわ)れば愚の骨頂、時代錯誤の天動説です。 

 「チャンスの神様は前髪しかない」

 しっかりと目を見開き、訪れた瞬間にすかさず前髪を掴む必要があります。
 やり過ごした後、追いかけて掴もうとしても、チャンスの神様に後ろ髪はありません。 

TIME ~一日一生~

 先日、田植実習から帰宅した高一の次男が、「DVDを借りてきたので一緒に見よう」と誘ってきました。
 「アニメかなんかじゃないの」と訝(いぶか)しげに覗きこむと、今春公開された「TIME/タイム」。
 小さい時に見ていた「アンパンマン」や「ドラえもん」のイメージから抜け出せないのは親だけで、子供はしっかり成長している様です。
 このアメリカ映画、久々に痛快な作品でした。

<あらすじ>
【 近未来、人類は遺伝子操作によって、25歳で成長(老化)がストップする。
 50歳の母も、75歳の祖父も、容姿は25歳のまま。
 不老不死の桃源郷を連想させるが、地球の人口が増え続けたのでは早晩滅亡してしまう。

 25歳と同時に成長は止まり、その引き換えに一年の寿命が与えられる。
 この世界において、金銭は意味を持たない。
 経済活動は通貨に変え、公衆電話は1分、バス代は10分、といった様に余命(時間)をやり取りするのだ。
 
 金持ちならぬ「時間持ち」は、富裕層のゾーンに暮らし、100回目の25歳を迎えることも可能。
 一方、その日暮らしの貧民層の住むスラム街は、数週間の余命を持っているだけでギャングに狙われてしまう。
 その日暮らしの時間がゼロになり、路上に転がる屍(しかばね)も珍しくない。
 それこそが、富裕層の不老不死を維持するための調整弁なのだ。 

 スラムに生まれ育った主人公は、貧しさが故に時間切れとなった母親の死に憤りを感じていた。
 ある日、主人公は、ギャングに襲われた富豪の男を助ける。
 生きる価値を見失った富豪は、100年の余命を主人公に譲り自ら命を絶つ。
 一言、「時間(命)を無駄にするな」と言い残して・・・。
 一夜にして100年長者となった主人公は、託された時間を使い、壮大なミッションを完遂させようと企てるのだった。 】

 少々ネタばれですが、主人公の見せ場はこの後の展開なのでご容赦を。
 格差を描く上で、貨幣を時間に置き換え命に直結させた点が実にリアル。

 アメリカSF特有の、コミカルな程に出来過ぎた展開が散見されるものの、テーマ性の深さは秀逸です。
 「人生の価値は、寿命の長短では無い」
 「貴方がこの世に生まれた意味は何か」
 「人は常に、死と隣り合わせ」
 「自らの使命に気付かなければ、それは死んでいるのも同然」
 「眠りに堕ちる時に死んで、朝起きた時に新たな命が吹き込まれる」

 騙されたと思って、是非一度ご覧下さい。 

慈しみと感謝の甦る墓参

 お盆前に墓参した家内から、「苔だらけに成っている」との苦情を受け、先日掃除をしてきました。
 灯台もと暗しと言いますが、至近な距離だけに、「いつでも行ける」という甘えが足を遠ざけていたようです。

 夏休み中の次男と共に行くつもりが、「農高の田植実習が入った」とのこと。
 私一人ですが、何と言っても、私の前々職は石材店の石工ですからお手のものです。

 特にこの時期、お墓掃除は朝に限ります。
 勿論、日中は暑過ぎるからですが、早過ぎてもいけません。
 日射しの薄い間は藪蚊の活動期で、相当量の献血を覚悟しなければならないでしょう。 

 従って、ある程度日射しの差し込み始める、6:30~がベストです。
 墓掃除に必要な道具は、タオル一本だけ。
 お寺に備えてあるバケツ2個に水を湛え、柄杓を持ってお墓へと向かいます。

 まずは、石塔の頭から柄杓で水をかけ、良く湿潤させましょう。
 次に、硬く絞ったタオルで、磨く様に力を込めて拭いていくのです。
 これだけで、見違えるように奇麗になります。

 最後に、花柴(樒しきみ)を手向け、線香を焚き、手を合わせました。
 近くに在る、前々職の親方の墓前に立ち寄るのは言うまでもありません。

 父が亡くなって25年。 親方が亡くなって20年。 姉が亡くなって7年。
 在りし日の思い出が、走馬灯の様に過ぎります。

 墓参は、何とも心落ち着くものです。
 現世での柵(しがらみ)や拘(こだわ)りや怒りが影を潜め、先祖や故人から受けた慈(いつく)しみや、今生(こんじょう)への感謝が穏やかに拡がります。
 帰宅後、遠い島に住む人に電話しました。
 母は今年76歳に成ります。

判断力養成ギプス

 報・連・相は、ビジネスにおいて非常に重要なファクターです。
 ところが、その意味をまともに理解できていないビジネスマンも、意外に多く存在します。
 
・ 連絡 = 事実をありのまま伝えること(だからこそスピードが大事)
・ 報告 = 事実に自分なりの見解を加えて相手に伝えること
・ 相談 = 自分で解決できない時、相手に判断(ヒント)を求めること

 まずもって、吉報を嫌がる上司はいません。
 「大型契約が決まった」「宅建試験に合格した」「管理受託の内諾を受けた」「目標を達成した」・・・
 いつでも、どこでも、どんどん、報告頂ければ幸いです。

 次に、招かれざる事態であっても、リスク情報は早急に伝えて貰う必要があります。
 「管理物件で漏水があり下階のリビングに水漏れが発生した。ホテル退避が必要かも・・・。」
※「目標達成見込みを報告していたけれど、大型物件で解約を申し出られてきて危うくなった。」
 「A社員が交通事故を起こし、相手方が病院に運ばれた。」

 また、社内外問わず、紹介を受けた案件の進捗は、リアルさが肝です。
 「ご紹介のB様、お申込み頂きました。」
 「ご紹介頂いたC様ですが、契約段階で、こちらサイドのミスがあり対応中です。」
 「メインバンクから転勤する行員の紹介を受けましたので、会われたら御礼をお願いします。」
 
 こうして連絡を受けていれば、その方とお会いした際、御礼や謝罪が可能です。
 逆に聞いていなければ、「失礼な奴」という誹(そし)りを受けることになります。

 最後に相談は、丸投げではいけません。
 例えば先述した※の場合、「どうしましょう?」では稚拙過ぎます。

 「解約の理由は、退去時の敷金返還条件です。
  イレギュラーではあるのですが、オーナー様に交渉して宜しいですか?」
 こうして、自分なりに解決策を探り、YES or NOで判断を求める相談が理想です。

 業務の中では、報告しなければならないのに報告してなかったり、相談が必要なのに勝手に判断してしまったり、といった掛け違いも散見されます。
 日常起こりえる、一つひとつの問題は、まさしく判断力養成ギプス。
 自分なりの解釈と上司の見解とを対比し、判断力に磨きをかけていきましょう。 

農場の法則

 今日も、スティーブンRコヴィー著「7つの習慣~最優先事項~」からの御紹介です。

 【 長い目で見れば、「農場の法則」が人生のすべてを支配するのである。 】 

 例えば、美味しいトマトを食べたいと思えばどうすれば良いでしょう。
 畑を耕し、苗を植え、日々水やりと草取りに勤しみ、時に肥料や消毒や摘果を行う筈です。

 収穫までは少なくとも2~3ヶ月かかります。
 これが果樹になりますと、「桃栗三年柿八年」と言われる様に、更に多くの年月が必要です。
 この農場の原理原則を、人生やビジネスに当てはめれば得心できます。

◆ 宅建試験に合格したい → 参考書も問題集も買わず、勉強もせず、一夜漬けで臨む 
◆ 売上を上げたい → 看板も付けず、物件更新もせず、ただ漫然と店舗で待ち受ける
◆ 管理を増やしたい → 物調も、オーナー訪問もせず、ターゲット物件も定めていない
◆ できる営業マンになりたい → 人脈を拡げようとせず、新聞も本も読まず、自堕落な毎日

 これらは一例ですが、何れも「農場の法則」に背くが故に、収穫を見届けられる道理がありません。
 それでいて、長く降らない雨のせいにしてみたり、自分よりもっと荒れた畑を見て安心してみたり、収穫直前で害鳥に実を食べられる位なら植えない方が良かったと自分で自分を慰めたりして、妙に納得しています。

【 農場で一夜漬けができるだろうか?
 春に田植をせず、夏の間は放っておいて、秋にすべてのこと(土を掘り起こし、種を蒔き、水をやり、除草をすることなど)を一夜ですませることができるだろうか。 】

 貴方や店や会社の現状は、過去どれだけ忠実に、「農場の法則」を実践してこられたか否かの鏡です。
 従って、仮に今、「農場の法則」の重要性に目覚めたとしても、すぐに収穫の日は訪れません。
 気の長い話と思うでしょうけれど、そこに気付かなければ一生このままです。

不誠実な正直者

 ビジネスのみならず、人生のバイブルとも言える「スティーブンRコヴィー」著「7つの習慣」シリーズ「第8の習慣」の中に、次の言葉が紹介されています。

【 「正直」は、真実を話すという原則である。
 「誠実」は、自分と他人にした約束を守るということである。 】 

 ということは、正直と誠実は、必ずしもイコールでは無いのです。

① 「正直」で「誠実」な人
② 「正直」だけれど「不誠実」な人
③ 「正直」ではないけれど「誠実」な人
④ 「正直」でも「誠実」でも無い人

 少なくともビジネスの世界では、例え「正直」でも「不誠実」な人とは付き合えません。

 例えば、自分の気持ちに正直に、欲望の赴くまま部下にセクハラした、どこかの警察官。
 自分の気持ちに正直に、子会社から金を引き出してカジノで散財した、どこかの御曹司。

 これは勘弁して貰いたいものです。
 一方、「正直」ではないけれど「誠実」な人はどうでしょう。

 親友、家族、恋人が対象ならば、やはり正直であって欲しいものです。
 しかし、ビジネスでは、時と場合と相手によって、話せない真実が沢山あります。
 それが本音や真実であっても、口は災いの元であることを自覚しなければいけません。
 また、時に信用を守るために、理性で歯止めをかけ、自らを自制することも必要です。

 目下、凄まじい滞納者と対峙しています。
 「△△日に入金があるから、▽▽日にお支払いに行きます。」
 一ヵ月でこうした連絡を幾度となく受け、その度毎に尽(ことごと)く裏切られてきました。
 但し、一般的な滞納者と違うのは、居留守を使うこともなく、遅れる際には必ず連絡を頂けること。

 「ある方から融通して貰える筈が急に・・・」
 「主人が寝たきりで動けないもので・・・」
 「来週には間違いなく入金があるので・・・」

 ひょっとしたらこの方は、真実を総て曝(さら)け出す、正直者なのかもしれません。
 例えそうであっても、度々約束を破る不誠実な人である限り、我々管理会社に同情は禁物です。

入るを量りて出ずるを制す

 ロンドン五輪における日本選手活躍のニュースに紛れるかのようなタイミングで、高年齢者雇用安定法改正案が、衆院委員会で可決しています。

 かつて、会社員の定年は一律60歳でした。
 法整備後は、65歳への定年延長か、もしくは継続雇用者を選別するか、企業側に選択肢が与えられています。
 大半の企業は、後者で運用しているといって良いでしょう。
 改正案は、希望者全員を一律65歳まで働ける様にするものです。

① 少子高齢化が着実に進行する中、不足する生産者人口を補うため
② 昔に比べ若くて元気な60代の、働き甲斐や生き甲斐を創造するため
③ 熟練した知識やスキルを、財産として会社に残すため

 こうした前向きな理由が包含されていることは、ある程度理解しています。
 但し本音は、事実上破綻している年金財政を維持すべく、受給開始を65歳に引き上げるのに伴い、定年から受給までの数年間、無収入になる事態を回避するために違いありません。

 実際に、総ての企業が定年を引き上げた場合、新陳代謝が著しく滞ります。
 総人件費枠を増やせない以上、出ていかない限り、新しい血を入れられません。
 即ち、新入社員を含む若手社員の新規採用が細ります。
 
 デフレスパイラルの真っただにあって、コスト削減に活路を見出す製造業は、海外工場移転が活発です。
 人件費の国際競争のうねりに呑み込まれ、高コストの日本人は、急速に職場を失いつつあります。
 この二つの流れが更に加速すれば、近未来、これまで経験したことの無い就職氷河期が到来するでしょう。
   
 「昨日よりも今日、今日よりも明日が良くなると思える」
 野田首相の目指すキャッチフレーズとは、随分ギャップがあります。
 あちらを立てればこちらが立たず・・・総ての元凶は財源不足です。

 企業も同じで、利益を上げて、資本を積み増さない限り、良い手は何も打てません。
 景気(業績)回復そして無駄遣いの抑制。
 「入るを量(はか)りて、出ずるを制す」は、国家も企業も共通不変のテーマです。

危機と機会の背中合わせ

 松山北店の石川店長を窓口に、大型物件の管理取得商談が進行中です。
 オーナー様からは既に「管理をお任せしたい」という有難いお申し出を頂いています。
 お客様の言葉をお借りすれば、「過去のエイブルの応対が良かった」ことが決め手だった様です。

 この物件の管理は、直近まで別の会社が担当されていました。
 その管理を解約した理由は以下の通りです。

① 書類・鍵の管理が杜撰
② 入居者からの苦情が直接上がってくる
③ 入居斡旋が進まない

 故に、「何のために管理料を払っているか判らない」という結論です。 
 前管理会社に対する不満を、頷きながら聞いておりましたが、それこそ対岸の火事では無いでしょう。
 一連の事情を受け止めた上でお任せ頂く訳ですから、絶対に同じ轍は踏めません。 
    
 さて、松山市内の賃貸マンション・アパートは星の数程あります。
 数千戸以上の管理物件を有する大手も数業者在り、そこそこ成熟した市場です。
 
 しかし、先述のオーナー様の様に、現行の管理会社への不満を抱く方も少なくありません。
 また、市場の半分は、管理会社の手に委ねていない自主管理のオーナー様です。

 従って、管理剥落の危機と管理取得の機会は、常に背中合わせで存在しています。
 後発だからこそ、小規模だからこそ可能な、フレキシブルかつオーダーメイドな対応を心掛けていけば、数年後には大手の一角に食い込むことも可能でしょう。
 
 大事なのは、規模が大きくなった後も、初心を忘れないことです。
 管理は、面倒で厄介で効率の悪いもの・・・だからこそオーナー様はプロに任せようと考えます。
 効率を追いかけるが余り、お役立ちの精神を見失ってはいけません。
 大きな会社の中の一店舗ではなく、店長をTOPとした、小さな自営業店舗の集合体が会社なのですから。

ターニングポイントの一年

 7月決算の我が社にとって、一年が終わりました。
 上場企業でも無いし、胸を張る程の数字も作れておりませんので、決算は非公開です。
 賃貸管理・仲介業は、構造的にローリスクローリターンなので、大儲けはできません。

 おそらく、同業者から見られるほど悪くないけれど、さりとて異業者から見られるほど良くもない・・・という感じではないかと思います。
 手応えとしては、中の下といったところでしょうか。
 実はまだ数字が固まっていないので、社長の私も把握しきれておりません。

 ただ、一つだけ言えることがあります。
 今から十年後、我が社がどういう会社になっているにしても、振り返った際、確実にターニングポイントと成る一年だったでしょう。 

 業績にはバラつきがありますが、各店舗自立の年でした。
 スタッフが固定化され、知識もスキルも徐々に積み上がりつつあります。
 
 目標に対する意識も、格段に高く成りました。
 できない理由ではなく、どうすればできるかの可能性を追求する風土が根付きつつあります。 

 オーナー訪問→看板取り付けが、日常のレギュラーな業務と位置付けられました。
 社長ではなく、各店長を窓口とした管理取得の吉報が、続々と寄せられています。

 ベンチマーク視察を呼び掛けると、休日にも関わらず殆どが参加してくれました。
 店舗横断的な活動の一環として、集客委員会を立ち上げ、自由闊達な論議が交わされています。

 業績向上のための販促案や、入居率向上のための施策等、現場からの提案が上がってくる様に成りました。
 何よりも、こうした取り組みや、目標を達成するプロセスを楽しみながら実行できていることが強みです。 

 定休日明けの本日、8月2日は新しい期のスタート。
 文字通り飛躍の年としたいと思います。
プロフィール

Hideo Matsuoka

Author:Hideo Matsuoka
・生年月日 昭和37年10月30日

・好きな言葉 
今日は残された人生の最初の一日

・信条「先憂後楽」

・尊敬する人 
稲盛和夫 西川広一 松下幸之助

・資格 ①宅地建物取引士
    ②建築2級施工管理技士
    ③マンション管理業務主任者
    ④防火管理者
    ⑤少額短期保険募集人
    ⑥損害保険募集人
    ⑦損害保険商品専門総合
    ⑧不動産キャリアパーソン
・趣味
 劇団AUGAHANCE初代代表
 主に脚本・演出を担当

・経歴 
 中卒後、大工・石工と職人道を歩む
 平成2年 
 ㈱中岡組 (ジョーコーポレーション)入社
 マンション担当役員→常務執行役→管理会社代表を歴任
 平成21年 ㈱NYホーム起業

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