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公正に導くための一石

 前回取り上げた、芸能界での生活保護受給問題は、思いのほか反響がありました。
 他のFacebook仲間の方も、それぞれのお考えをupしたり、コメントしたりする中で、「いいね」を押す一方で賛否両論が飛び交っており、自分自身も言葉足らずを補足したいと思います。
 
「次長課長」の河本さんに続いて、「キングコング」の梶原さんもやり玉に上がりました。

 母親は、祖母を介護しながら弁当屋で働いていたが、足を骨折した上、店が倒産したことで職を失い、家計が苦しくなり生活保護に頼った・・・この受給経緯は、至極真っ当な理由です。
 
 問題は、河本さん同様、「高収入の子供に頼ることはできなかったのか」という点に尽きます。
 まして母親は、梶原さんから買い与えられたマンションに住んでおり、梶原さんは毎月40万円を返済していたそうです。
 「だから援助できなかった」という釈明ですが、この部分が疑問を増幅させたのは間違いありません。

 河本さん、梶原さんのお二人は、この問題の発覚を受け、「不正受給では無かったけれど、これを機に打ち切る(或いは受給分を返還する)」と述べています。
 批判する側にとって、決定的なポイントはここです。 

 「国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とする制度」
 そもそも、矛盾を指摘されて返せる経済状態そのものが、生活保護の趣旨に反する訳です。

 従って、糾弾されるタレントの方々を、全面的に擁護しようとは思いません。
 一方、鬼の首でも取ったかの様に、サディスティックに批判する方に問いたい。
 自分が同じ立場でも、その意志をクリーンに貫けますか?

 我々の様な仕事をしておりますと、見た目明らかに若く​お元気でありながら、外車に乗り、ブランドの服を着こな​し、「住み心地が悪いから」という理由で転居先を探す、奇異な生活保護受給者もいらっしゃいます。
 特定のヒトへの個人攻撃ではなく、まずは制度の在り方にメスを入れるべきでしょう。

 今回の問題は、有名人が故の見せしめ的要素も強かった訳ですが、不公平な社会保障制度を公正に導くための一石と捉えれば、大いに意味はあったと思います。
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自らを省みぬ罪

 お笑い芸人「次長・課長」の河本準一さんの母親の、生活保護手当受給が波紋を呼んでいます。
 報道によれば、「5000万円以上の年収を得ているのだから、実母の面倒くらいみろ」という論調です。
  
 事情を聞けば、次の通りです。
 芸人として食えない駆け出しの頃、母親が病に臥せり、生活保護を受けることとなった。
 その後、仕事も増え、ある程度の収入も得ることができるようになった。
 しかし、芸人の人気は、いつまで続くか判らない。
 加えて、自身も身体を壊し、一時的に入院を余儀なくされた。
 市の担当者から、「もう少し援助を」と打診を受けながら、甘え続けたのは事実。

 不正受給では無いものの、その道義的責任について、本人も至らなさを認めています。

 これまで何度かお話ししてきた通り、私も中学1年の夏、父親が病に倒れ生活保護を受けることになりました。
 入退院を繰り返し、亡くなるまでの12年間、その制度によって生き永らえさせて頂いた訳です。

 自分は、中学を抜けてから大工に弟子入りしました。
 当時の日給は2,000円です。

 その三年後、親戚の石材店に転職し、石工を目指します。
 住み込みで、小遣いを月額30,000円貰っていました。
 
 市役所の担当者から、職場に電話がかかってきたのはその頃です。
 「御存じの通り、お父様は生活保護を受けられております。
 つきましては、就労されている御子息様からも、幾許かなりとも援助頂けたらと思いまして。」
 
 その時、私は20代前半で、甚だ浅はかな料簡でした。
 「援助できるだけの余裕がありません。」
 そう答えて、その場をやり過ごしたのです。
 市役所から、二度と電話がかかってくることはありませんでした。

 政治家やマスコミから激烈なバッシングを受け、涙ながらに謝罪する河本さんの映像に自分を重ね合わせます。
 年収36万円と5000万円とは、同じ土俵で比べられない等と、陳腐な言い訳をするつもりはありません。

 月収3万円の中から、1万円でも5千円でも、いや例え千円でも、本当に出せなかったのか・・・。
 自分の身に置き換えずして省みず、他人を批判するのは、とても罪なことです。

幼稚園の球入れ

 判り易く説明しようとする余り、デビュー当時のダルビッシュのシンカーの如く、比喩を多用します。
 ピッタリはまりますと心にストンと落ちてくれますが、投げそこないの藤川のフォークボールの如く、失敗することも少なくありません。
 現に過去、某女性社員から、「松岡の比喩は野球ネタが多くて判り難い」という批判を受けています。
 
 十数年前に読んだ村上春樹の小説の中に、好意を告げられた女性が、その言葉だけでは納得せず、「どのくらい好きなの?」と相手の男性に詰め寄るシーンがありました。
 男性はためらいもせず答えます。
 「山が崩れ落ちて、海が干上がる程、君のことが好きだ」
 「次はそう答えよう」、虎視眈々と準備しておりますが、残念ながら未だそうした機会に恵まれてません。

 閑話休題。
 先日、ある社員と話している時の比喩事例です。

 「幼稚園の球入れでは、いかんよ。」

 幼稚園の運動会を思い出してみて下さい。
 積極的に拾っては投げ、投げては拾う園児がいる一方で、自分の目の前に転げてきた球を徐に拾い、申し訳程度に投げ入れる園児もいます。
 
 カゴ目がけ、コントロール良く、的確に投げ入れる、クレバーな園児は少数派です。
 多くは、がむしゃらに、闇雲に、手当たり次第、大騒ぎしながら放り続けます。
 
 良く見ると、カゴは明後日の方向です。
 「下手な鉄砲数打ちゃ当たる」とは言いますが、なかなかカゴには入りません。

 子供ならば、それも無邪気で可愛くて良いでしょう。
 「手段を目的化するな!」と怒るのも流石に大人げない。
 幼稚園児は、幼稚で当然です。

 しかし、我々大人のビジネスマンは違います。
 カゴに向けて、数多くの球を放り、チームとして勝利しなければならないのです。
 しっかりと狙いを定めましょう。

オープンハウス必勝法:後篇

 オープンハウスには、大きく分けて三つを集める目的があります。

 ① 広告した物件の購入客を集める
 ② 将来的な購入の見込み客を集める
 ③ オーナーからの売却依頼物件を集める

 その物件を直接的に「買いたい」方は勿論、「別の物件を探して欲しい」或いは「私の物件を売って欲しい」という見込みをストックする上で意味があります。
 こうした取り組みを継続的に実施することで、必然的に売り・買いのマッチング機会が増えていくのです。
 
 実は、オープンハウスで空振りしない、絶対に成功させる秘策があります。      

 かねてより、口酸っぱくして、「来場をあてにするな」と言ってきました。
 計画した段階で、マイホームを探されている見込み客や、高額家賃を払われている賃貸入居者に一報を入れ、「見るだけでも結構ですので、是非遊びに来て下さい。」と一時間置きにアポを取るのです。

 そうしておけば、「来るかな?来ないかな?」と空模様や心模様を憂う必要はありません。
 そこで電話するお客様が居ないとしたら、日頃営業していないのも一緒です。
 仮に、ひょっとして、万が一、チラシの反響来場があったとすれば、「嬉しい誤算」と捉えます。

 イベントの成否は段取り八分。
 会社として、費用と時間と労力をかけて取り組む以上、必ず成功させるための悲観的な計画が必須です。

◇ 楽観的に想起
 確かに高い目標だけれど、あの店にできて自店にできない筈がない!
 キャリアも知識も未熟だけれど、やる気だけは負けないぜ!

◇ 悲観的に計画
 この数字を達成するためには、成約率から逆算した来店数と反響が必要。
 実際に、手足口が動くレベルの具体的な実行計画を、詳細に定めよう。
 これで本当に充分だろうか? もっと別のやり方は無いか?

◇ 楽観的に実行
 よし、計画は完璧だ! これだけやれば必ず成功する!
 目標達成をイメージしたら、ワクワクして来たぞ!

 目標立案→計画→実行のプロセスを、もう一度見直してみて下さい。       以上

オープンハウス必勝法:前篇

 過去、幾度も取り上げてきましたが、これこそが目標達成の肝であると再認識致しました。
 大事なのは「何度言ったか」ではなくて、「できるまで言い続ける」ことでしょう。
 
 【 楽観的に想起し、悲観的に計画し、楽観的に実行する 】

 稲盛哲学における、目標達成へのプロセスです。
 言葉に出すか出さないかはともかく、基本的に人は、この思考とまるっきり逆パターンだったりします。

◆ 悲観的に想起
 昨年実績からみても、ここ数カ月のトレンドをみても、こんな数字できっこないぜ。
 けど、社長から言われるからしょうがないよなぁ・・・。

◆ 楽観的に計画
 何にもやらない訳にはいかないから、とりあえず計画だけは出しておこう。
 まあ、これでも何とかなるんじゃないかしらん♪

◆ 悲観的に実行 
 やっぱりね、最初から難しいと思ってたのさ。
 こりゃとても無理だろう・・・。

 ある店舗の見込みが頼りなく、目標達成が危ぶまれていました。
 そこで、他社の預かり物件を借りて、オープンハウスを仕掛けようと計画します。
 事態を打開するための施策であり、ここまでは素晴らしい想起です。

 次に告知の方法を聞くと、「ポスティング300枚」。
 数字の裏付けも特にありません。
 「広告の配布枚数を他社に聞いたか?」と質問を重ねますが、答えはNOです。
 その場で、オープンハウスを頻繁に実施している担当者に電話しました。

・ 人員の都合でできないことも多いが、ポスティングは1,000~1,500枚
・ フリーペーパーの折込広告が、10,000部
・ その結果、集客3~4組で一件成約できれば成功
・ 来場ゼロの空振りも少なくない・・・

 この内容を見る限り、ポスティング300枚で成果に辿り着く可能性は極めて低いと言えるでしょう。
 即ち、超・楽観的な計画です。                            つづく

夏休みみたいな人生

 大洲法人会の総会に参加して参りました。
 総会終了後は、恒例のトーク&ライブ。
 今年は、佐久間レイさんです。

 我々世代の記憶を辿りますと、日曜18:00NHK「レッツゴー・ヤング」に出演していたアイドル、サンデーズの一員ですが、今は声優に転身されていて、「それゆけアンパンマン」のバタコさんや、「魔女の宅急便」の黒猫ジジの声を演じていらっしゃいます。

 歌もお上手で、「蘇州夜曲」や「時の流れに身を任せ」を、透き通った声で聞かせて頂きました。
 また、自作の短編「一人語り」は秀逸です。
 40代女性と老婆の掛け合いを演じられたのですが、二人で演じているとしか思えない見事な切り替えで、プロの力を見せつけられました。

 トークの中で、最も印象に残った言葉があります。
 とあるホスピスを訪れた際、静かに安らかに死を受け入れる患者さんが語った人生とは。

 「人生は、夏休みみたいなもんだね・・・。」

 宿題が山ほどあって、遊びたいことや、やりたいことも沢山あって。
 友達や家族や親戚の人達と、大いに触れ合って。
 始まる時には「長いな」って思っていたけれど、振り返ってみるとあっという間で。
 終わりが近付くと、寂しくて、切なくて。
 でも、楽しい思い出が一杯詰まっていて。

 夏休みは、終わりが決まっています。
 人生は、いつ終わりが来るか判りません。
 それでも確実なのは、有限であること。
 必ず終わりは来ます。
 
 宿題は済ませましたか。
 やり残したことはありませんか。
 
 一度きりの人生です。
 今日一日を、悔いの無い様に生き抜きましょう。

キレても投げない

 50歳を目前に控え、歳と共に温厚になったと自負しておりましたが、久々にキレました。
 拠点巡回は、僅か三分で打ち切りです。

 第四期の第4Q(クォーター)と、今期予算の進捗は大詰めを迎えています。
 全体業績は、ギリギリのラインで目標を睨む、のるかそるかの攻防です。
 当然、拠点毎には凸凹があり、目標をクリアして上方修正も可能な拠点がある一方で、見通しの厳しい拠点もあります。
 休日前の正午、後者の店長にメールを送りました。

 「売上進捗と申込残からみて、唯一達成が危ぶまれます。
 見込みは如何ですか?
 このまま終わると問題です。 具体策を教えて下さい。」

 休日明けの朝一で、再びメールを送りました。
 
 「 今日、時間を見て伺います。
 目標達成へ向けた具体策をまとめておいて下さい。」

 昼前、満を持して拠点を訪れた際、店長の言葉にキレました。

 「・・・ちょっと、まだ対策を話し合えてないんです・・・。」

 昨年7月、各拠点で話し合い、今期の目標を立案しました。
 3月、各拠点で話し合い、目標の修正を行いました。
 4月、全社会議の席で、目標の意味を説き、必達への決意表明を行いました。
 5月、月間目標を提出し、必達を誓いました。
 GW明け、見込みの厳しさを指摘し、具体的な対策を求めました。

 目標は、昨日・今日決まった訳ではありません。  
 具体策は、社長に怒られるから立案するのではありません。
 幾ら休もうが、釣りに行こうが、それは大いに結構です。
 自分達が策定し、自分達が約束した数字に対し、責任だけは持って下さい。
 出来なかったで済むのなら、目標の意味はありません。

 私は短気です。
 時にキレます。
 しかし、期待していなければ、腹も立ちません。
 そして、例えキレても投げません。
 リベンジを期待しています。

真の救世主

 某オーナー様とのお話の続編。

 原発再開へ向けた、最大の大義名分は、地元議会が全員一致で表明した賛成意見です。
 オーナー様曰く、「地元議会が反対できる筈がない」。

 確かに「町の財政や雇用を守るため止むを得ない」というコメントの通り、苦渋の決断だったのでしょう。
 そもそも原発受入時、財政や雇用と引き換えにリスクを引き受けている訳で、廃炉は町の破綻を意味します。
 従って、地元議会の「原発ありき」の姿勢は致し方ありません。

 類似したケースとして、米軍基地移設問題に揺れる沖縄があります。
 軍用機の騒音、米軍兵による犯罪、背中合わせの危険・・・。
 日本の安全保障は、沖縄県民の多大な我慢と労苦の上に成り立ってきました。

 米軍基地県外移設の希望を持たす発言から、一転して県内へ逆戻りし、今また再び県外移設を唱え始めた元首相でなくとも、心情的には負担軽減を願いたいものです。

 ところが、そうしたリスクと労苦に対し、国家や米軍が経済的な利益をもたらしている現実があります。
 実際に、米軍が沖縄から撤退したならば、安保は別として、沖縄経済は一時的に大きく落ち込むでしょう。

 これを企業経営に例えれば、大口のお得意様に支えられている様なものです。
 値切られたり、理不尽な要求を突き付けられたとしても、歯を食いしばって耐え忍ばざるを得ません。
 
 かつてヤマト運輸は、三越の商品配送をメインとしていましたが、後に三越事件で失脚する独裁社長の横暴さに耐えかね、創業者の小倉昌男氏は取引打ち切りを申し出るのです。
 売上割合の大きな取引先との絶縁だけに、それからの苦労は想像を絶します。
 しかし、この決断があったからこそ、エンドユーザーを対象とした、宅急便のビジネスモデルが生まれたと言っても過言ではないでしょう。

 依存は、大きければ大きいほど、長ければ長いほど、知恵も意欲も萎えます。
 真の救世主は他力ではなく、経済的自立を目指す、一人ひとりの勇気と覚悟です。

国家百年の大計

 某オーナー様にご来店頂き、世相を論じる中で、なるほどと思う気付きがありました。
 
 目下、全休止中の原子力発電所ですが、政府方針は明らかに「再開ありき」で進んでおり、そのための安全宣言であったのは間違いありません。
 マスコミを利用し、「再開できなかった場合には計画停電もあり得る」と、脅し透かしも巧妙です。
 「原発抜きなら電気料値上げ」、電力会社は追い打ちをかけます。

 確かに、これまでの通説は、原子力こそが最もコストの安いエネルギーだった筈です。
 建設費+人件費+燃料費のみで考えれば、原子力のコスト優位性は揺らぎません。
 しかし、使用済核燃料の一時保管貯蔵コストや再処理コストまで計算すると、必ずしも安くないようです。

 更に今回、フクシマでクローズアップされたのが、事故リスク。
 一説には20兆円と言われる事故処理費用は、当然に電気料に反映されるべきでしょう。

 1970年代初頭、日本のエネルギー自給率は、石炭&水力によって23%を保っていました。
 同時期のデンマークは、僅か2%しかありません。

 その後日本が、石油&原子力に大きく舵取りしたのは周知の事実です。
 結果、エネルギー自給率は、4%にまで落ち込みました。

 一方デンマークの電力会社は、第一次オイルショックを契機に、国内15ヶ所の原発建設を提起します。
 ところがそこから、全国的な環境NGOが立ち上がり、原発推進派の政府に下記の様な対案を示し、世論の支持を集め、脱原発を勝ち取るのです。

 ・風力発電へのシフト
 ・自国内での油田の開発
 ・補助金を利用した省エネ推進
 ・エネルギー税の導入・・・

 入るを量りて出るを制す、王道の政策によって2000年、自給率は137%になり、エネルギー輸出国に転じました。
 中でも風力発電比率は10%超と、クリーンエネルギー政策の成功事例として注目されています。

 まさに国家百年の大計・・・場当たり的な日本とは大違いです。
 ここで大切なのは、政治が間違ったジャッジをした場合に、世論が声を大にして断罪することでしょう。
 今こそ、そういう時期なのかもしれません。

三つの輪が交差するジョブ

 誤解を恐れずに言いますと、私は基本的に、実務を踏まえないコンサルタントの話は信用しません。
 とはいえ、コンサルタントの著書は、複雑な経営のエッセンスを体系的に上手くまとめているのも事実。
 監査法人トーマツ出身の経営コンサルタント:白潟敏朗氏の、「デキる上司」もそんな一冊です。

 最近、拙文でも頻繁に取り上げている自主性・自燃性・主体性というテーマを、白潟氏はもっとシンプルに判り易く、「やりたいことをやろう」と表現しています。
 やる気基準における、仕事の種類は三つ。

① やりたいこと
② やれること
③ やるべきこと

 この組み合わせが大事です。
  
 能力的に見て彼ならば、余裕で「やれる」仕事を、
 本人が希望し「やりたい」と言って来ても、
 組織的に「やるべきでない」仕事であれば、敢えて「やらせない」

 例えば店長から、「額に汗するのが好きなので、管理物件の草引きをメインの仕事としたい」と申し出てきたならば、役職にも給料にも見合わないし、組織的に見て「やるべきではない」ので「やらせない」訳です。

 過去、「やったことがない」「教えて貰ってない」という、できない言い訳を良く耳にしてきました。
 それは図らずも、自身の成長シロを否定するようなものです。
 白潟氏は、三つの輪の交差する部分こそが、グッドジョブだと言います。
 
 つまり、今の実力からすれば「やれない」けど、
 それが本来「やるべき」仕事であって、
 本人が「やりたい」のであればチャレンジさせる

 今までオーナー様とは、ろくろく口を聞いたこともない。
 そんな人材にとって、管理取得は「やれない」仕事です。
 しかし、その人材が店舗の経営を委ねた店長であって、ストック収入を増やすことが会社の方向性であるとしたならば、紛れも無くチャレンジする価値ある、「やるべき」仕事でしょう。
 最大の課題は、「やるべき」ではあっても「やれない」現実に対して腰の引ける人材に、どうやって「やりたい」と思わせるかです。 

 今一度、自分自身の日常の仕事を棚卸しし、三つのジョブに当て嵌めてみて下さい。
プロフィール

Hideo Matsuoka

Author:Hideo Matsuoka
・生年月日 昭和37年10月30日

・好きな言葉 
今日は残された人生の最初の一日

・信条「先憂後楽」

・資格 ①宅地建物取引士
    ②建築2級施工管理技士
    ③マンション管理業務主任者
    ④防火管理者
    ⑤少額短期保険募集人
    ⑥損害保険募集人
    ⑦損害保険商品専門総合
    ⑧不動産キャリアパーソン

・経歴 
 雄新中卒業 → 新田高校中退
 大工・石工と約十年職人道を歩む
 平成2年 
 ㈱中岡組 (ジョーコーポレーション)入社
 マンション担当役員→常務執行役→管理会社代表を歴任
 平成21年 ㈱NYホーム起業
 令和2年 ㈱南洋建設 代表兼任
 令和4年 ㈱たんぽぽ不動産起業

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