公正に導くための一石

 前回取り上げた、芸能界での生活保護受給問題は、思いのほか反響がありました。
 他のFacebook仲間の方も、それぞれのお考えをupしたり、コメントしたりする中で、「いいね」を押す一方で賛否両論が飛び交っており、自分自身も言葉足らずを補足したいと思います。
 
「次長課長」の河本さんに続いて、「キングコング」の梶原さんもやり玉に上がりました。

 母親は、祖母を介護しながら弁当屋で働いていたが、足を骨折した上、店が倒産したことで職を失い、家計が苦しくなり生活保護に頼った・・・この受給経緯は、至極真っ当な理由です。
 
 問題は、河本さん同様、「高収入の子供に頼ることはできなかったのか」という点に尽きます。
 まして母親は、梶原さんから買い与えられたマンションに住んでおり、梶原さんは毎月40万円を返済していたそうです。
 「だから援助できなかった」という釈明ですが、この部分が疑問を増幅させたのは間違いありません。

 河本さん、梶原さんのお二人は、この問題の発覚を受け、「不正受給では無かったけれど、これを機に打ち切る(或いは受給分を返還する)」と述べています。
 批判する側にとって、決定的なポイントはここです。 

 「国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とする制度」
 そもそも、矛盾を指摘されて返せる経済状態そのものが、生活保護の趣旨に反する訳です。

 従って、糾弾されるタレントの方々を、全面的に擁護しようとは思いません。
 一方、鬼の首でも取ったかの様に、サディスティックに批判する方に問いたい。
 自分が同じ立場でも、その意志をクリーンに貫けますか?

 我々の様な仕事をしておりますと、見た目明らかに若く​お元気でありながら、外車に乗り、ブランドの服を着こな​し、「住み心地が悪いから」という理由で転居先を探す、奇異な生活保護受給者もいらっしゃいます。
 特定のヒトへの個人攻撃ではなく、まずは制度の在り方にメスを入れるべきでしょう。

 今回の問題は、有名人が故の見せしめ的要素も強かった訳ですが、不公平な社会保障制度を公正に導くための一石と捉えれば、大いに意味はあったと思います。
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自らを省みぬ罪

 お笑い芸人「次長・課長」の河本準一さんの母親の、生活保護手当受給が波紋を呼んでいます。
 報道によれば、「5000万円以上の年収を得ているのだから、実母の面倒くらいみろ」という論調です。
  
 事情を聞けば、次の通りです。
 芸人として食えない駆け出しの頃、母親が病に臥せり、生活保護を受けることとなった。
 その後、仕事も増え、ある程度の収入も得ることができるようになった。
 しかし、芸人の人気は、いつまで続くか判らない。
 加えて、自身も身体を壊し、一時的に入院を余儀なくされた。
 市の担当者から、「もう少し援助を」と打診を受けながら、甘え続けたのは事実。

 不正受給では無いものの、その道義的責任について、本人も至らなさを認めています。

 これまで何度かお話ししてきた通り、私も中学1年の夏、父親が病に倒れ生活保護を受けることになりました。
 入退院を繰り返し、亡くなるまでの12年間、その制度によって生き永らえさせて頂いた訳です。

 自分は、中学を抜けてから大工に弟子入りしました。
 当時の日給は2,000円です。

 その三年後、親戚の石材店に転職し、石工を目指します。
 住み込みで、小遣いを月額30,000円貰っていました。
 
 市役所の担当者から、職場に電話がかかってきたのはその頃です。
 「御存じの通り、お父様は生活保護を受けられております。
 つきましては、就労されている御子息様からも、幾許かなりとも援助頂けたらと思いまして。」
 
 その時、私は20代前半で、甚だ浅はかな料簡でした。
 「援助できるだけの余裕がありません。」
 そう答えて、その場をやり過ごしたのです。
 市役所から、二度と電話がかかってくることはありませんでした。

 政治家やマスコミから激烈なバッシングを受け、涙ながらに謝罪する河本さんの映像に自分を重ね合わせます。
 年収36万円と5000万円とは、同じ土俵で比べられない等と、陳腐な言い訳をするつもりはありません。

 月収3万円の中から、1万円でも5千円でも、いや例え千円でも、本当に出せなかったのか・・・。
 自分の身に置き換えずして省みず、他人を批判するのは、とても罪なことです。

幼稚園の球入れ

 判り易く説明しようとする余り、デビュー当時のダルビッシュのシンカーの如く、比喩を多用します。
 ピッタリはまりますと心にストンと落ちてくれますが、投げそこないの藤川のフォークボールの如く、失敗することも少なくありません。
 現に過去、某女性社員から、「松岡の比喩は野球ネタが多くて判り難い」という批判を受けています。
 
 十数年前に読んだ村上春樹の小説の中に、好意を告げられた女性が、その言葉だけでは納得せず、「どのくらい好きなの?」と相手の男性に詰め寄るシーンがありました。
 男性はためらいもせず答えます。
 「山が崩れ落ちて、海が干上がる程、君のことが好きだ」
 「次はそう答えよう」、虎視眈々と準備しておりますが、残念ながら未だそうした機会に恵まれてません。

 閑話休題。
 先日、ある社員と話している時の比喩事例です。

 「幼稚園の球入れでは、いかんよ。」

 幼稚園の運動会を思い出してみて下さい。
 積極的に拾っては投げ、投げては拾う園児がいる一方で、自分の目の前に転げてきた球を徐に拾い、申し訳程度に投げ入れる園児もいます。
 
 カゴ目がけ、コントロール良く、的確に投げ入れる、クレバーな園児は少数派です。
 多くは、がむしゃらに、闇雲に、手当たり次第、大騒ぎしながら放り続けます。
 
 良く見ると、カゴは明後日の方向です。
 「下手な鉄砲数打ちゃ当たる」とは言いますが、なかなかカゴには入りません。

 子供ならば、それも無邪気で可愛くて良いでしょう。
 「手段を目的化するな!」と怒るのも流石に大人げない。
 幼稚園児は、幼稚で当然です。

 しかし、我々大人のビジネスマンは違います。
 カゴに向けて、数多くの球を放り、チームとして勝利しなければならないのです。
 しっかりと狙いを定めましょう。

オープンハウス必勝法:後篇

 オープンハウスには、大きく分けて三つを集める目的があります。

 ① 広告した物件の購入客を集める
 ② 将来的な購入の見込み客を集める
 ③ オーナーからの売却依頼物件を集める

 その物件を直接的に「買いたい」方は勿論、「別の物件を探して欲しい」或いは「私の物件を売って欲しい」という見込みをストックする上で意味があります。
 こうした取り組みを継続的に実施することで、必然的に売り・買いのマッチング機会が増えていくのです。
 
 実は、オープンハウスで空振りしない、絶対に成功させる秘策があります。      

 かねてより、口酸っぱくして、「来場をあてにするな」と言ってきました。
 計画した段階で、マイホームを探されている見込み客や、高額家賃を払われている賃貸入居者に一報を入れ、「見るだけでも結構ですので、是非遊びに来て下さい。」と一時間置きにアポを取るのです。

 そうしておけば、「来るかな?来ないかな?」と空模様や心模様を憂う必要はありません。
 そこで電話するお客様が居ないとしたら、日頃営業していないのも一緒です。
 仮に、ひょっとして、万が一、チラシの反響来場があったとすれば、「嬉しい誤算」と捉えます。

 イベントの成否は段取り八分。
 会社として、費用と時間と労力をかけて取り組む以上、必ず成功させるための悲観的な計画が必須です。

◇ 楽観的に想起
 確かに高い目標だけれど、あの店にできて自店にできない筈がない!
 キャリアも知識も未熟だけれど、やる気だけは負けないぜ!

◇ 悲観的に計画
 この数字を達成するためには、成約率から逆算した来店数と反響が必要。
 実際に、手足口が動くレベルの具体的な実行計画を、詳細に定めよう。
 これで本当に充分だろうか? もっと別のやり方は無いか?

◇ 楽観的に実行
 よし、計画は完璧だ! これだけやれば必ず成功する!
 目標達成をイメージしたら、ワクワクして来たぞ!

 目標立案→計画→実行のプロセスを、もう一度見直してみて下さい。       以上

オープンハウス必勝法:前篇

 過去、幾度も取り上げてきましたが、これこそが目標達成の肝であると再認識致しました。
 大事なのは「何度言ったか」ではなくて、「できるまで言い続ける」ことでしょう。
 
 【 楽観的に想起し、悲観的に計画し、楽観的に実行する 】

 稲盛哲学における、目標達成へのプロセスです。
 言葉に出すか出さないかはともかく、基本的に人は、この思考とまるっきり逆パターンだったりします。

◆ 悲観的に想起
 昨年実績からみても、ここ数カ月のトレンドをみても、こんな数字できっこないぜ。
 けど、社長から言われるからしょうがないよなぁ・・・。

◆ 楽観的に計画
 何にもやらない訳にはいかないから、とりあえず計画だけは出しておこう。
 まあ、これでも何とかなるんじゃないかしらん♪

◆ 悲観的に実行 
 やっぱりね、最初から難しいと思ってたのさ。
 こりゃとても無理だろう・・・。

 ある店舗の見込みが頼りなく、目標達成が危ぶまれていました。
 そこで、他社の預かり物件を借りて、オープンハウスを仕掛けようと計画します。
 事態を打開するための施策であり、ここまでは素晴らしい想起です。

 次に告知の方法を聞くと、「ポスティング300枚」。
 数字の裏付けも特にありません。
 「広告の配布枚数を他社に聞いたか?」と質問を重ねますが、答えはNOです。
 その場で、オープンハウスを頻繁に実施している担当者に電話しました。

・ 人員の都合でできないことも多いが、ポスティングは1,000~1,500枚
・ フリーペーパーの折込広告が、10,000部
・ その結果、集客3~4組で一件成約できれば成功
・ 来場ゼロの空振りも少なくない・・・

 この内容を見る限り、ポスティング300枚で成果に辿り着く可能性は極めて低いと言えるでしょう。
 即ち、超・楽観的な計画です。                            つづく

夏休みみたいな人生

 大洲法人会の総会に参加して参りました。
 総会終了後は、恒例のトーク&ライブ。
 今年は、佐久間レイさんです。

 我々世代の記憶を辿りますと、日曜18:00NHK「レッツゴー・ヤング」に出演していたアイドル、サンデーズの一員ですが、今は声優に転身されていて、「それゆけアンパンマン」のバタコさんや、「魔女の宅急便」の黒猫ジジの声を演じていらっしゃいます。

 歌もお上手で、「蘇州夜曲」や「時の流れに身を任せ」を、透き通った声で聞かせて頂きました。
 また、自作の短編「一人語り」は秀逸です。
 40代女性と老婆の掛け合いを演じられたのですが、二人で演じているとしか思えない見事な切り替えで、プロの力を見せつけられました。

 トークの中で、最も印象に残った言葉があります。
 とあるホスピスを訪れた際、静かに安らかに死を受け入れる患者さんが語った人生とは。

 「人生は、夏休みみたいなもんだね・・・。」

 宿題が山ほどあって、遊びたいことや、やりたいことも沢山あって。
 友達や家族や親戚の人達と、大いに触れ合って。
 始まる時には「長いな」って思っていたけれど、振り返ってみるとあっという間で。
 終わりが近付くと、寂しくて、切なくて。
 でも、楽しい思い出が一杯詰まっていて。

 夏休みは、終わりが決まっています。
 人生は、いつ終わりが来るか判りません。
 それでも確実なのは、有限であること。
 必ず終わりは来ます。
 
 宿題は済ませましたか。
 やり残したことはありませんか。
 
 一度きりの人生です。
 今日一日を、悔いの無い様に生き抜きましょう。

キレても投げない

 50歳を目前に控え、歳と共に温厚になったと自負しておりましたが、久々にキレました。
 拠点巡回は、僅か三分で打ち切りです。

 第四期の第4Q(クォーター)と、今期予算の進捗は大詰めを迎えています。
 全体業績は、ギリギリのラインで目標を睨む、のるかそるかの攻防です。
 当然、拠点毎には凸凹があり、目標をクリアして上方修正も可能な拠点がある一方で、見通しの厳しい拠点もあります。
 休日前の正午、後者の店長にメールを送りました。

 「売上進捗と申込残からみて、唯一達成が危ぶまれます。
 見込みは如何ですか?
 このまま終わると問題です。 具体策を教えて下さい。」

 休日明けの朝一で、再びメールを送りました。
 
 「 今日、時間を見て伺います。
 目標達成へ向けた具体策をまとめておいて下さい。」

 昼前、満を持して拠点を訪れた際、店長の言葉にキレました。

 「・・・ちょっと、まだ対策を話し合えてないんです・・・。」

 昨年7月、各拠点で話し合い、今期の目標を立案しました。
 3月、各拠点で話し合い、目標の修正を行いました。
 4月、全社会議の席で、目標の意味を説き、必達への決意表明を行いました。
 5月、月間目標を提出し、必達を誓いました。
 GW明け、見込みの厳しさを指摘し、具体的な対策を求めました。

 目標は、昨日・今日決まった訳ではありません。  
 具体策は、社長に怒られるから立案するのではありません。
 幾ら休もうが、釣りに行こうが、それは大いに結構です。
 自分達が策定し、自分達が約束した数字に対し、責任だけは持って下さい。
 出来なかったで済むのなら、目標の意味はありません。

 私は短気です。
 時にキレます。
 しかし、期待していなければ、腹も立ちません。
 そして、例えキレても投げません。
 リベンジを期待しています。

真の救世主

 某オーナー様とのお話の続編。

 原発再開へ向けた、最大の大義名分は、地元議会が全員一致で表明した賛成意見です。
 オーナー様曰く、「地元議会が反対できる筈がない」。

 確かに「町の財政や雇用を守るため止むを得ない」というコメントの通り、苦渋の決断だったのでしょう。
 そもそも原発受入時、財政や雇用と引き換えにリスクを引き受けている訳で、廃炉は町の破綻を意味します。
 従って、地元議会の「原発ありき」の姿勢は致し方ありません。

 類似したケースとして、米軍基地移設問題に揺れる沖縄があります。
 軍用機の騒音、米軍兵による犯罪、背中合わせの危険・・・。
 日本の安全保障は、沖縄県民の多大な我慢と労苦の上に成り立ってきました。

 米軍基地県外移設の希望を持たす発言から、一転して県内へ逆戻りし、今また再び県外移設を唱え始めた元首相でなくとも、心情的には負担軽減を願いたいものです。

 ところが、そうしたリスクと労苦に対し、国家や米軍が経済的な利益をもたらしている現実があります。
 実際に、米軍が沖縄から撤退したならば、安保は別として、沖縄経済は一時的に大きく落ち込むでしょう。

 これを企業経営に例えれば、大口のお得意様に支えられている様なものです。
 値切られたり、理不尽な要求を突き付けられたとしても、歯を食いしばって耐え忍ばざるを得ません。
 
 かつてヤマト運輸は、三越の商品配送をメインとしていましたが、後に三越事件で失脚する独裁社長の横暴さに耐えかね、創業者の小倉昌男氏は取引打ち切りを申し出るのです。
 売上割合の大きな取引先との絶縁だけに、それからの苦労は想像を絶します。
 しかし、この決断があったからこそ、エンドユーザーを対象とした、宅急便のビジネスモデルが生まれたと言っても過言ではないでしょう。

 依存は、大きければ大きいほど、長ければ長いほど、知恵も意欲も萎えます。
 真の救世主は他力ではなく、経済的自立を目指す、一人ひとりの勇気と覚悟です。

国家百年の大計

 某オーナー様にご来店頂き、世相を論じる中で、なるほどと思う気付きがありました。
 
 目下、全休止中の原子力発電所ですが、政府方針は明らかに「再開ありき」で進んでおり、そのための安全宣言であったのは間違いありません。
 マスコミを利用し、「再開できなかった場合には計画停電もあり得る」と、脅し透かしも巧妙です。
 「原発抜きなら電気料値上げ」、電力会社は追い打ちをかけます。

 確かに、これまでの通説は、原子力こそが最もコストの安いエネルギーだった筈です。
 建設費+人件費+燃料費のみで考えれば、原子力のコスト優位性は揺らぎません。
 しかし、使用済核燃料の一時保管貯蔵コストや再処理コストまで計算すると、必ずしも安くないようです。

 更に今回、フクシマでクローズアップされたのが、事故リスク。
 一説には20兆円と言われる事故処理費用は、当然に電気料に反映されるべきでしょう。

 1970年代初頭、日本のエネルギー自給率は、石炭&水力によって23%を保っていました。
 同時期のデンマークは、僅か2%しかありません。

 その後日本が、石油&原子力に大きく舵取りしたのは周知の事実です。
 結果、エネルギー自給率は、4%にまで落ち込みました。

 一方デンマークの電力会社は、第一次オイルショックを契機に、国内15ヶ所の原発建設を提起します。
 ところがそこから、全国的な環境NGOが立ち上がり、原発推進派の政府に下記の様な対案を示し、世論の支持を集め、脱原発を勝ち取るのです。

 ・風力発電へのシフト
 ・自国内での油田の開発
 ・補助金を利用した省エネ推進
 ・エネルギー税の導入・・・

 入るを量りて出るを制す、王道の政策によって2000年、自給率は137%になり、エネルギー輸出国に転じました。
 中でも風力発電比率は10%超と、クリーンエネルギー政策の成功事例として注目されています。

 まさに国家百年の大計・・・場当たり的な日本とは大違いです。
 ここで大切なのは、政治が間違ったジャッジをした場合に、世論が声を大にして断罪することでしょう。
 今こそ、そういう時期なのかもしれません。

三つの輪が交差するジョブ

 誤解を恐れずに言いますと、私は基本的に、実務を踏まえないコンサルタントの話は信用しません。
 とはいえ、コンサルタントの著書は、複雑な経営のエッセンスを体系的に上手くまとめているのも事実。
 監査法人トーマツ出身の経営コンサルタント:白潟敏朗氏の、「デキる上司」もそんな一冊です。

 最近、拙文でも頻繁に取り上げている自主性・自燃性・主体性というテーマを、白潟氏はもっとシンプルに判り易く、「やりたいことをやろう」と表現しています。
 やる気基準における、仕事の種類は三つ。

① やりたいこと
② やれること
③ やるべきこと

 この組み合わせが大事です。
  
 能力的に見て彼ならば、余裕で「やれる」仕事を、
 本人が希望し「やりたい」と言って来ても、
 組織的に「やるべきでない」仕事であれば、敢えて「やらせない」

 例えば店長から、「額に汗するのが好きなので、管理物件の草引きをメインの仕事としたい」と申し出てきたならば、役職にも給料にも見合わないし、組織的に見て「やるべきではない」ので「やらせない」訳です。

 過去、「やったことがない」「教えて貰ってない」という、できない言い訳を良く耳にしてきました。
 それは図らずも、自身の成長シロを否定するようなものです。
 白潟氏は、三つの輪の交差する部分こそが、グッドジョブだと言います。
 
 つまり、今の実力からすれば「やれない」けど、
 それが本来「やるべき」仕事であって、
 本人が「やりたい」のであればチャレンジさせる

 今までオーナー様とは、ろくろく口を聞いたこともない。
 そんな人材にとって、管理取得は「やれない」仕事です。
 しかし、その人材が店舗の経営を委ねた店長であって、ストック収入を増やすことが会社の方向性であるとしたならば、紛れも無くチャレンジする価値ある、「やるべき」仕事でしょう。
 最大の課題は、「やるべき」ではあっても「やれない」現実に対して腰の引ける人材に、どうやって「やりたい」と思わせるかです。 

 今一度、自分自身の日常の仕事を棚卸しし、三つのジョブに当て嵌めてみて下さい。

この指とまれ

 創業間もない我が社は、時に未熟で、時に稚拙で、まだまだ発展途上の会社です。
 それでも、社員の意識は確実に変わりつつあります。
 
 「他のエリアの同業他社の仕事振りを見てみたい」という要望が自燃的に上がってきたため、同じエイブルの看板を掲げ、高知で三店舗を運営されている、ファースト・コラボレーション様へのベンチマーク企業視察を企画しました。

 営業を止める訳にはいきませんので、実施日は6月第一週目の水曜日。
 定休日ですから、あくまでも「この指とまれ」式の自由参加です。

 代休が与えられる訳でもなく、ある意味、貴重な休みを一日つぶすことになります。 
 社員を信頼しているつもりですが、正直「参加者が少なかったら・・・」という不安はありました。
 
 ところが蓋を開けてみると、嬉しい誤算です。
 当初から予定の入っていた一名を除き、フロント営業の殆どが参加を申し出られました。

 状況を横目で見ていると、周囲が挙(こぞ)って名乗りを上げたものだから、つられて・・・という本音の方もいらっしゃるかもしれませんが、それでも学習する組織への第一歩です。

 視察や研修は、義務や強制では身に付きません。
 馬の首に縄をつけて、水飲み場まで連れていくことはできたとしても、実際に水を飲むのは自分自身です。

 今回のベンチマーク企業視察の目的は、学びだけではありません。
 破天荒な名物レストラン「ゆず庵」で食す塩タタキ、日本の九龍城「澤田マンション」見学、和田店長お薦めの高知銘菓「エチオピア饅頭」等々、HOTスポットを制覇して参ります。

 また、松山⇔高知の車中のコミュニケーションも、ベクトル合わせのための貴重な時間でしょう。
 実り多き一日と成ることを期待しています。

誹謗に応じない心

 かつて繰り返し教えられたのが、「他社の誹謗中傷をしない」ということです。
 
 出る杭は打たれるの諺の通りに、前職の会社が急成長する過程においては、幾多の誹謗中傷を受けました。
 「手抜きしているから、あれだけ安くできる」
 「設計士も現場監督も、皆素人だ」
 有ること無いことないまぜで吹き込まれる訳です。
 
 事実無根とはいえ、不安が膨らみ、キャンセルされる方もいらっしゃいました。
 極めて遺憾ながら、営業マンの信用がそこまでだったとも言えるでしょう。

 強固な信頼関係で結ばれている場合、お客様からそうした誹謗の情報を教えてくれたりします。
 時には相手方の営業マンに対し、「そうした悪口を言うものではありません」と諭して下さることもあります。
 
 他社との競争の渦中にありますと、勝ちたい一心で、ついつい相手の足を引っ張る邪な心が過ぎるものです。
 しかし、この行為がいかに愚かなことか、恋愛に例えれば判ります。
 ライバルの悪口をどれだけ並べても、意中の異性を振り向かせることはできません。
 寧ろ、誹謗ばかりに終始する営業マン自身の、人間性を疑われるのが落ちです。

 我が社にも過去、他社の誹謗中傷を武器として仕掛ける営業マンが居ました。
 お客様も話には耳を傾け、土俵には乗りますが、詰めの段階までいくとことごとく没に成ります。
 実績も上がらず、短期間で退職されましたがそれが正解です。
 社員の言葉は、そのまま会社のメッセージに成ってしまいますから…。

 「誹謗されて直ちにこれに応じるのは、まことに心弱い姿です。
 我々に本当の意味の強さなり、自覚なりがありましたならば、どんなに集中攻撃されましても、笑ってこれを堪えるということができます。
 相手を傷つけず、相手を包容しつつ、我々は我々の分野を行くことができる筈です。
 競争において、他を誹謗するというのは、まことに世間の狭いことでありまして、そんな形でしか仕事ができないということほどつまらないことはありません。」   

 経営の神様「松下幸之助」氏の言葉です。

答えは相手にあり

 昨日の午前中、別のエリアで展開されている、同業者のマネージャーに来店頂きました。
 現在は一店のみで営業中ですが、二店目の出店を計画するに当たって、店長を始めとした人材のマネジメントについて指南して欲しいという要望であります。

 いえいえ、指南して欲しいのは寧ろ私の方です。
 社員が働き易い環境を整え、結果の出し易い戦略を打ち出し、モチベーションを上げて、能力以上の結果を引き出すのが社長の仕事とすれば、過去の自分は明らかに落第点でしょう。

 さて、社員のモチベーションupの肝は何か?
 様々なファクターがありますが、自分は自主性・主体性に火を点けることだと思います。
 
 人は皆、仕事の内容・結果を、他人から認めて貰いたいと切に願う生き物です。
 「褒められて嬉しい」のは、成果やプロセスを認めて貰ったからに他なりません。
 
 幼児期であれば、「トイレの前には言いなさい」「靴を揃えなさい」と口喧しく親から叱られ、やっとできた時に、「良くやったね」と褒められても嬉しいものです。
 しかし、小学生年長にもなると、自我が芽生えてきますから、そう単純にはいきません。
 親から言われるでもなく家族全員の靴を揃え、「流石ね!ありがとう!」という、お世辞で無い褒め言葉を聞けて初めて満足できます。
 結果以上に、自主性・主体性への評価が重要なのです。
   
 例え年下でも部下は大人なのですから、子供に接する様に口喧しく小言を言い続けたのでは、やる気は起こりません。
 さりとて、何も口を挟まずにいたのでは、ただの無関心です。

 最終的な目的→中長期ヴィジョン→会社の現状→貴方への期待・・・
 これらをしっかりと伝えた上で、具体的な目標や戦略や戦術はどうすれば良いかを擦り合わせます。
 やはり、上司と部下のコミュニケーションは生命線です。
 いかなる局面でも、やるべき答えは相手が持っています。

絶対評価のモノサシ

 最近、高校一年に成ったばかりの次男の話です。
 中学三年間を通じた成績は、中の下か下の上か、何れにしても褒められたものではありませんでした。
 ところが進学した高校で、彼はTOP3に入るそうです。
 つまり、それ位レベルが低いクラスということに成ります。

 本人に他意はなく、自分の進みたい方向を見据えた選択でした。
 但し、これまで勉強という分野においては常に兄の後塵を拝し、劣等感に苛まれ続けた彼の中で、確実に革命が起きています。
 かつて味わったことの無い優越感によって、自らの自尊心が高揚し、やる気に火が着いたとすれば、それは喜ばしいことです。

◆ 背伸びした入試にチャレンジして、クラスの下位からスタートする
◆ 実力的には余裕ある入試によって、クラスの上位からスタートする

 前者のパターンは良く聞く話です。
 我が家の愚息とは真逆のパターンで、クラス1.2を争う秀才が県内有数の進学校に進む。
 親や先生や友達から褒められ続け、優秀であることを自負していた子供が、その鼻っ柱を叩き折られ、上には上があることを思い知らされる。
 
 どちらが子供のためか、迷うところです。
 「朱に交われば朱くなる」
 諺の通り、優秀な中での競争が、更なる能力を引き出してくれることも多々あります。
 ここで大切なのは、自己イメージの持ち方でしょう。

 「誰かと比較して自分はどうか」という相対評価ではなく、「自分は何者で何を目指しているのか」という絶対評価のモノサシをしっかり持っていれば、いかなる環境でも動じることはありません。
 
 ビジネスも同様です。
 社内や店内の相対評価で、居心地の善し悪しを探るのではなく、会社や店の目指す方向性の中で、自分がどういうポジションでいたいのか・・・それが肝要でしょう。

安産後の難産の決済

 会社設立以来史上最高額に成る、大型の取引が完了しました。
 購入者は、20年来のお付き合いとなるロイヤルカスタマーの法人と、その娘さんです。
 昨年の12月初旬、最初の打診の段階では、分譲マンションにするか、或いは戸建の用地にするか、決めかねていらっしゃいましたが、校区へのこだわりや、駐車場台数といった条件を鑑み、戸建用地に絞り込まれました。

 ところが、総予算が膨らむことに会長(親御さん)が憂慮され、意見調和が取れず、暗礁に乗り上げてしまいました。
 親子だからこそ、本音では話し難い想いを、娘さんから打ち明けられ、一肌脱ぐことに成ります。

・ 娘さんが親の愛情を、いかに重く受け止めているか
・ それでも、一生一度のマイホームだけに、妥協はしたくない
・ 親心が判るからこそ、率直に言えず悩んでいらっしゃること・・・

 一介の不動産業者の分際で、差し出がましいことは承知しつつ、娘さんの心情を手紙に綴り、親御さんに宛てた訳です。
 手紙は間違いなく送達していた筈ですが、この件について全く触れられないまま時間だけが過ぎました。
 意を決して会社を訪ねた時、会長は短く一言「本人がそう云うなら、相談に乗ってやってくれ」。

 その後、幾つかの土地を土俵に上げますが、帯に短し襷に長しで、なかなか決まりません。
 2月末、偶然にもヒットした物件がストライクゾーンと思われたので、即座に情報提供しました。
 
 ところが、娘さん御本人は余りお気に召さない様子です。
 「この物件を逃して、これ以上の条件のモノは無い」とまで言い切って、何とか土俵に上げます。
 御本人も日が経つにつれ、この物件の良さが判って頂けたようです。

 しかし、この土地は住宅用地としては大き過ぎます。
 二つに分割できる間口があったため、残地を会社で所有して頂く提案をしました。
 会長も土地を気に入って頂き、これでやっと前向きに進むと確信したのですが・・・。

 契約を翌日に控え、その土地の北を取るか南を取るかで紛糾。
 あわやドタキャンか・・・という事態を迎えます。
 絶体絶命の局面で再び会長と面談し、最終的には「若いものに任す」という了解を、ギリギリで頂きました。

 娘さんは、一週間前に出産を終えられたばかりです。
 一方、難産だった決済も、最終的に笑顔で終えることができ、ほっとしました。
 関係者の皆様、ありがとうございます。

ロンドン五輪への道程

 ロンドンへの道程は実に険しく、悲喜交々のドラマを生んでいます。
 女子柔道48㌔級は、特に壮絶です。

 今回、悲願の五輪切符を手に入れた福見友子選手には、心からエールを贈りたいと思います。
 谷亮子選手の全盛期は、国民的スターの輝きの影でした。
 
 2002年4月、高校2年で出場した全日本選抜柔道体重別選手権大会で、対日本人12年間無敗&65連勝中の田村亮子を大内刈りに破る大金星により一躍脚光を浴びます。

 5年後の同大会決勝で、再び谷と対戦し、出足払いで有効を奪って勝利。
 にも関わらず、過去の実績を重視する全日本柔道連盟の意向により、世界選手権代表には選ばれませんでした。
 勝利しても二番手の不条理と屈辱が、再び福見の人生に影を落とすのです。
 
 谷引退後は、浅見八瑠奈(愛媛県出身)という新生が行く手を阻みます。
 先の谷亮子曰く「頭二つ抜けた存在」として、浅見は本命視されていました。
 ところが、その実力№1の浅見は皮肉にも、かつての谷を後追いするかの如く、高校生の岡本に一回戦で完敗するのです。
 
 ほぼ手中に収めかけていた切符を逃した浅見は、こう嘆きます。
 「世界選手権2連覇も私には何の意味も無くなった・・・」
 
 しかし、今日の福見選手の栄冠は、10年に及ぶ暗黒の時も、希望を失うことなく自分を信じて努力し続けてきたことへの御褒美でしょう。
 福見選手のロンドン五輪での活躍と、浅見選手の4年後の復活を祈念致します。

確信犯的クレーム

 基本的に、「叱る=口頭」「称賛=文章」が、社員教育の原則です。
 叱責を文章に残すと、嫌な感情がずっと尾を引いてしまいます。
 一方、称賛の文章は繰り返し読んでくれるため、何度も褒めたのと同じ効果があり、モチベーションupにつながるからです。
 但し、「同じ失敗を二度と繰り返して欲しくない」という期待から、敢えて文章に残すこともあります。

 お客様に対して毎月発送すべき郵送書類が、お約束の期日までに届きませんでした。
 ただそれだけです。

 「うっかり忘れていた」或いは「資料が間違っていた」という理由であれば、ここまで掘り下げません。
 しかし、今回は質が違います。

1. その資料の元データを、AさんがBさんに送信しました
2. 郵送担当のCさんはBさんに督促したものの「Aさんのメールの添付ファイルが抜けている」と答えました
3. 期日を過ぎたある日、お客様からお叱りの電話がありました

 Aさんは、「Bさんに送った」ものとして、完了を見届けませんでした
 Bさんは、「Aさんから届いていない」として、作業を中断しました
 Cさんは、「督促したけれど提出がない」として、郵送しませんでした 

 Aさんは自分です。 
 従って今回の失敗は、自分の添付ファイル忘れから始まっています。
 Bさんへの申し送りも不十分でした。
 反省しています。
 BさんもCさんも、Aさんが社長であるから云い難かったのかもしれません。
 実はそれが大問題です。

 この仕事の目的は何でしょう?
 そう、お客様の元へ、期日までに資料をお届けすることです。
 「督促はしたけれど・・・」「添付ファイルが届かないから・・・」そんな言い訳がお客様に通用しますか?
 
 これはケアレスミスではありません。 
 起こり得ることを充分予測しながら、敢えて回避しようとしなかった、確信犯的クレームであります。
 誰かがミスしたとしても、誰かが怠けたとしても、誰かが使命感を持って、目的達成を見届けるのが組織力です。
 各店舗で事例を共有し、再発防止策、未然防止策を話し合ってみて下さい。

アドバンテージ不要

 我々不動産業従事者の免許証である、宅地建物取引主任者試験まで5ヶ月に迫りました。
 本試験は10月21日、申込は7月。
 「まだまだ余裕じゃない」と思うかもしれませんが、既に締め切られているものがあります。
 そう「登録講習」です。

 宅建資格は、就職に有利であることと、50問4肢択一マークシート方式という取り組み易さが相俟って、一般の方にも人気があります。
 15%前後を合格者とする、いわゆる足切り型であるため、現役学生や主婦といった学習時間がたっぷり取れる方達が上位を占める傾向にありました。

 資格を本当に必要とする、宅建業に従事する方のための救済措置として制定されたのが、「登録講習」です。
 この講習の修了者は、本試験46~50問を説く必要がなく、自動的に5点が与えられます。
 16,000円程度の費用はかかりますが、受験者には必須の武器でしょう。

 我が社の数名の無資格者の状況はというと、申込されてない様に伺いました。
 「講習なんて受けなくても実力で勝ち取る!」・・・そうした自信の表れならば大いに結構です。

・ 本試験合格ボーダーラインは、35点前後
・ ボーダーの±5点は、最大のボリュームゾーン

 即ち、「あと1点だった」「2点及ばなかった」と臍(ほぞ)を噛む人は、毎年何万人も居る訳です。
 平成19年の合格率は、修了者が一般より10ポイント超も上回っています。
 平成23年で見ると、その差は3.2ポイントまで縮まっていますが、決して5点免除の効能が薄まった訳ではありません。

 昨年は、全受験者の内、実に14.3%もが登録修了者でした。
 つまり、本気で合格を目指す宅建業の従業者の殆どが、その武器を持って戦ったことで、全体合格率に占める修了者の割合が増えたのです。
 
 ちなみに、昨年の某専門学校においては、一般受験者の平均得点31点に対し、修了者の平均得点は28点+5点=33点でした。

 ここまで明らかなアドバンテージを知りつつ敢えて実力勝負を挑むのは、金属バットを使って良いにも関わらず木製バットにこだわって打席に立つ明訓高校の山田太郎みたいなものでしょう。

 1点2点に泣きたく無ければ、満点を取る位の圧倒的な勉強量で地力をつけて下さい。
 期待しています。

盛衰を握る人的資源

 松山北店の石川店長から、読書感想文(染谷和巳著「上司としてこれができなければ辞表を掛け!」)を頂きました。
 本の内容を充分に読み砕いた上で、「今の会社にとって必要なこと」「自分自身が身につけていくべきこと」を具体的に分析しているのは流石です。
 中でも、店長職のポジションについて、重要なポイントが列記されています。

1. 縄張り根性を捨て、他部門と協調すること
 店を任されると、競争意識が高じて、ついついセクショナリズムが首をもたげます。。
 無意識に他店の粗探しに傾注したり、足を引っ張りあったり、非生産的な思考に陥りがちです。
 言わずもがな、本来、戦うべき敵は会社の外に居ます。 
   
2. 下ばかり見て、部下の仲間にならないこと
 役職者が道を踏み外す第一歩です。
 店長は部下に対し、時として非情なる命令を下すべき場面があります。
 嫌われたくない一心から、「自分は命じたくないが会社の方針なので・・・」これは絶対に禁句です。
 部下に共感することと、阿(おもね)ることは違います。

3. 上ばかり見て、下をおろそかにしないこと
 部下には高圧的で居丈高に振る舞い、上司には揉み手で擦り寄るイエスマンが信頼される筈ありません。

4. 社長の考えを、理解すること
 会社の方針を咀嚼し、それを自分の言葉で伝えられてこそ、管理職の役割が果たせます。
 目的も行き先も知らない上司から、尻を叩かれ続ける部下は実に不幸です。


5. 常に会社全体の視点で、物事を見ること
 部門最適が全社最適で無い事象は多々あります。
 例えば、新規出店のスタッフとして、自店のエースを抜かれたくないのは人情です。
 しかし、一段高所から全社を見渡してみると、その判断の是非が良く判ります。

 会社のヴィジョンや理念や方針を充分に理解した上で、経営層には現場の声を持ち上げ、部下には仕事の意義や遣り甲斐を伝え、専門性・人間性の両面において努力と行動を率先垂範し、与えられた経営資源をやり繰りしながら確実に経営目標を達成する。
 
 文字通り、中間管理職である各店長のレベルアップが、これからの社の盛衰を決定付けるといっても過言ではないでしょう。

七つの社会的罪

 折に触れ振り返る教えの一つに、「マハトマ・ガンジー」の説く「七つの社会的罪」があります。
 インド独立の父として多大な功績を残していますが、彼がノーベル平和賞を受賞していないのは七不思議の一つです。

1.理念なき政治
 政策そっちのけで政局に翻弄される今日の政治に、果たして理念はあるのでしょうか

2.労働なき富
 持たざる者の戯言とはいえ、正しい労働の対価を積む富であってこそ値打ちがあります

3.良心なき快楽
 困った人を助ける理由を煎じ詰めると、人のためではなく、自らが気持ち良いからです 

4.人格なき知識
 驚くほど優秀で豊富な知識を有しながら、使途を誤り、犯罪に身をやつす人もいます

5.道徳なき商業
 商いの基本である、お役立ちの精神を見失った、詐欺や粉飾が後を絶ちません

6.人間性なき科学
 原子力とは人類の救世主か、経済の肥やしか、最終兵器か、判断の時期を迎えています

7.献身なき宗教
 教義を悪用して罪を犯す或いは、組織内の利権争いに奔走する宗教家も少なくありません

 どうやら私達は、ガンジーの教えにことごとく背いてしまったようです。

金で買われるメダル

 お笑い芸人の「猫ひろし」のオリンピック出場が認められませんでした。
 カンボジアとしては正式に代表に決定しており、猫サイドも記者会見を開いて五輪への意気込みを語っていただけに、その余波は拡がっています。
 
 今年3月、国際陸上競技連盟(IAAF)は国籍変更選手の参加資格を改定し、国籍変更後1年未満の選手については、「連続した1年の居住実績」「国際陸連理事会による特例承認」のいずれかが必要になっていたにも関わらず、カンボジア政府がこの改定を知らなかったというお粗末さです。
 ロンドン五輪の開催国イギリスを筆頭に、事実上他国籍のメダルハンターが散見されることから、こうした予防線が張られています。
 
 また、この顛末以前の問題として、猫ひろし氏がカンボジア代表となることに批判的な意見は少なくありません。
 現に、カンボジア人のエース「ブンティン」氏は、猫氏のベスト記録を7分近くも上回っています。
 ある程度の宣伝効果や経済効果を認めたとしても、その決定には疑問符がついて当然です。

 但し、こうした議論を掘り下げていきますと、スポーツ界における人材の流入・流出論に行きつきます。
 例えば、日本の国技「大相撲」は、幕内力士の三分の一以上は既に外国人です。
 大関6人中4人までもが外国人であり、一人横綱は当然に外国人です。
 近未来、角界から日本人は居なくなってしまうのではないかという危惧さえ感じます。

 ここで重要な一線は、プロかアマかの違いです。
 野球にしても、サッカーにしても、極限レベルを目指すプロスポーツは国籍を選びません。
 世界最高のステージを目指し、イチローはメジャーリーグに、長友はセリエAに活躍の場を求めているのです。

 近年、五輪競技にプロ選手が大挙して出場する現象に違和感を感じるのは私だけではないしょう。
 確かに、近代スポーツでトップアスリートとしてトレーニングを積むには、膨大なお金がかかります。 
 それでも、倫理や道徳の象徴である五輪のメダルや出場権に、経済が絡むのは憂うべきことです。

楽なことと楽しいこと

 友人・知人とのつながりが大切であることは、今更言うまでもありません。
 先日、某店長と話している時に、管理職としての人脈の持ち方を手ほどきしました。
 といっても、大上段に振りかぶる話しではありません。
 
 「少しだけ緊張して気を使う人と積極的に接する」

 例えば会社や業界のつながりで、宴席に参加したとします。
 意識の高い人にとって、こうした場は人脈構築の最大のチャンスです。
 名刺を束の様に持って宴席に臨み、社外の方に顔と名前を売ろうとするでしょう。
 それが社内の飲み会であったとしても、日頃余り接することができない役員や経営者に、質問や意見をぶつけようと目を輝かせます。

 消極的な人にとって、こうした宴席はできれば避けたいのが本音です。
 同僚や後輩や、気を使わないで済む社外の若手社員とだけ談笑します。
 気心知れた仲間との時間は楽でしょうけれど、当然に人脈は拡がりませんし、成長も促されません。
 自分は、上司に恵まれてきたこともあって、若い内に宴席の作法や心得を叩きこまれました。

1. 宴席の中で最も役職の重い方の横に行って酌をすること
2. 自己成長につながる様に質問をぶつけること
3. 身内だけで盛り上がらず主賓の話しを中心に聞くこと
4. 相手が促したとしても無礼講は無いということ

 勿論、宴席だけではありません。
 営業にしても、遊びにしても、自分より目上の方や、尊敬できる人との交流を重視すべきです。
 そういう心掛けの日常を積み重ねていけば必然的に、営業情報も紹介も増えてくるでしょう。

 「汝の今の行動が未来の予言者」

 一つ場所で営業しながら、ある程度の年齢に成って、情報が向こうから飛び込んで来ないとすれば、過去の行動が未来を予言していた筈です。
 ストレスを感じる少し背伸びした会話も、自己成長する程に楽しいものにも変わっていきます。
 楽なことと楽しいことは別物ですから。

チェリーピッカー

 プロ野球の横浜DeNAベイスターズが売りだした、「アツいぜチケット」の返金の多さが話題をよんでいます。
 チケット代金4,000円に対して、敗戦なら全額、勝利でも半額を上限に、自己申告制で返金に応じるシステムです。

月.日 スコア  相手  人数   返金額    結果
5.1  0―7 ヤクルト  50  19万3000円 敗戦
5.3  3―1 ヤクルト  49   8万3000円 勝利
5.4  3―3  中日   48   8万6500円 引き分け
5.5 12―1  中日   28   4万6000円 勝利
5.6  4―2  中日   38   6万1500円 勝利
           (合計213人 47万0000円)

 上記の通り、大敗を喫した試合での全額返金は致し方ないとして、引き分けを挟んでの三連勝でも、かなりの人間が返金を申し出たことが読み取れます。
 
 かつて学んだCS(お客様満足)の原則によれば、CSは平等ではなく公正が原則です。
 「上位2割の上得意様が8割の利益を支える」という原則からすれば、本来のサービスは上得意様に厚くあるべきでしょう。

 あるスーパーがチラシに、赤字覚悟の特売品を掲載しました。
 その特売品目当てに来たお客様が、他の商品も合わせ買いしてくれることを期待した戦略です。
 ところが、他店のチラシと見比べて、一円でも安い店に狙いを定め、その特売品しか買わない人種もいます。
 それが「チェリーピッカー」(美味しそうなサクランボだけを摘み取る人)です。

 今回のベイスターズの場合、その「チェリーピッカー」にことごとく甘い実を摘まれてしまいました。
 少し考えれば、この戦略がいかに浅はかか判ります。

 心底ベイスターズを応援する気持ちを持ったロイヤルカスタマーは、基本的に勝利を願っているものです。
 ところが、このチケットを買ったお客様は、真反対に負けを祈っています。
 熱狂的なファンは正規の料金を支払い、アンチが割引を受ける・・・平等=公正ではありません。
 
 百貨店ノードストロームが売っていないタイヤの返品に応じるのも、ディズニーランドがゲート前でチケットを無くして困っているお客様を入場させるのも、何れも「大多数が善人」であることを前提にしたサービスです。

 指揮官である中畑監督は、「この企画は二度とやらないで!」とぼやいています。
 もっとも、ニュースに取り上げられることで、返金した47万円以上の宣伝効果が上がったとして、フロントは恵比寿顔かもしれません。

思い出づくりの舞台

 連休中の好天に恵まれた二日間、アントニオ号(自転車)を駆って物調(物件調達)物確(物件確認)へと出かけました。
 前回も申し上げた通り、車で通り過ぎたのでは判らない周辺環境や人通りも含め、微細に掴むことができます。
 この道中、中学時代に住んでいた貸家を探す衝動にかられて寄り道しました。

 小6の年末、父親の仕事の都合で、慣れ親しんだ内子町から松山市の小栗7丁目へ引越します。
 線路沿いの新築一戸建て、4DKで家賃は50,000円。
 今にしてみれば、かなりの高級賃貸物件だったかもしれません。
 列車が通る際の轟音にこそ辟易としましたが、周辺には田畑がひろがり、日当たりも良く快適です。
 南面の空き地は、良い遊び場でした。

 久々に訪ねた周辺の景観は、田畑や空地に建物が立ち並び、37年前とはすっかり様変わりです。
 記憶を頼りに進んで行くと、その家は在りました。
  
 亡父が結核に倒れ、職を失い、生活保護を受けることになり、引越しを余儀なくされます。
 当時は、電話も4chステレオも、贅沢品と見なされてすべて処分しました。
 新築一戸建て4DKから、風呂無し汲み取り式共同トイレ、家賃18,000円の2Kアパートへ。
 食べるにも困窮するほど貧乏でしたが、ここで育んだのは、楽しい思い出ばかりです。

 和泉大橋に程近いこのアパートは、取り壊されて駐車場に成っていました。
 父と通った近くの銭湯も更地です。
 母校雄新中学校への通学路は田んぼだらけでしたが、やはり店舗や住宅が林立しています。
 
 当時、朝生田と空港を結ぶ環状線は、和泉で途切れていました。
 中学生の狭い行動半径の中で、高架の向こうは未知の領域です。
 何の因果か、30年以上経過した今、その高架の先で仕事をしています。

 かつての住まいの近くを訪れれば、親や友人や知人をキャストにしたエピソードが、走馬灯の様に甦ります。
 そして我々の業は、思い出づくりの舞台を構える、実に素晴らしい仕事なのです

的へ向けた狙いの絞り方

 先日、某店長との会話の中での気付きです。
 店としては、「売買で売上を上げたい」という思いがあり、その思いを実現するために、分譲マンションの販売先と提携し、チラシをポスティングするという具体的な一歩を踏み出していました。
 素晴らしいことです。
 言葉に真実はありません。
 この行動こそが真実なのです。

 「売買で売上を上げたい」「管理戸数を増やしたい」「反響来店率を高めたい」・・・誰しも願望はあります。
 しかし、その店舗が店長が、思うだけで行動を起こしていないとすれば、それは本気でない証左です。
 「棚から牡丹餅」とは言いますが、少なくとも棚の下まで行って口を開けない限り、牡丹餅を食べることはできません。

 さて、以前に比較して、明らかなレベルアップを認めるからこそ、更に成長して頂くためのアドバイスです。
 A:ポスティングにより、「チラシを見たんですけど」というリターン期待値は、何枚に一件あるでしょう?
 B:更に成約に結び付けるため、リターンは何件必要でしょう?
 このA×B=の答えが、手数料を得るために必要なポスティング枚数です。

 何度か御紹介していますが、前職では1ヵ月7,000件のドアコールを新人の登竜門としていました。
 同じ分譲マンションを売るために、朝から晩までドアのチャイムをピンポン鳴らし続ける訳です。
 ポスティングに比較すれば、3~5倍もの時間を要します。
 数の効率は悪いものの、一旦面談できれば、商品の良さをアピールしたり、身振り手振りで情に訴えられるため、モデルルーム誘因率は飛躍的に高まる筈です。

 個人差はあるものの、ひと月7,000件ドアコールでのモデルルーム誘因は、せいぜい1~2件でした。
 来場成約率も含めて乗算すれば、10人の新人が1ケ月間かかりっきりで70,000件ものドアコールを実施して、1件の成約が出るか否か・・・これが現実です。

 勿論、たまたま少ない枚数でヒットする可能性はありますし、10万件こなそうが20万件こなそうが、芽の出ないこともあります。
 目的と手段・・・手段が目的化しない様、数打ちゃ当たると並行して、的へ向けた狙いの絞り方を更に研究してみましょう。

CS=ES:後篇

 FC社は、360度評価を採用しているそうです。
 上司が部下を評価するのが一般的ですが、360度評価は部下が上司を、同僚が同僚を、後輩が先輩を相互に評価するため、全社員20名であれば自分以外の19通りの評価が集まります。
 FC社の具体的な評価基準は存じ上げませんが、当然にその項目は、理念に合致した求めるべき人材像でしょう。
 
・ 笑顔で元気に挨拶できたか
・ クレーム応対に率先して取り組んだか
・ 面倒見良く後輩の指導に当たれたか
・ 積極的に業務改善の提案はできたか・・・

 こうした項目を通じて、数字に表れ難い部分にスポットを当てるのです。
 最終的には、社長も含めた社員全員の序列が開示されます。
 上位にランクする方は良しとして、問題は下位の方です。
 
 成績が振るわない場合は、未熟さや運に責任を転嫁できるため、心の傷は然程大きくありません。
 しかし、仕事仲間から客観的・直接的に突きつけられたNOは、立ち直れない程のダメージになります。 
 評価を謙虚に受け入れ、発奮し、巻き返しできる人は希少です。
 
 多くのボトムは淘汰され、結果的にベクトルの合った、理念を体現できる選りすぐりのエリートだけが残ります。 
 例えば、1割のボトムが淘汰されたとして、勝ち残った9割の上位者の中からも、やはり1割のボトムが生まれる筈です。
 こうしたスパイラルアップの継続によって、カルトの様な理念や文化を持った、強い企業が作られます。

 前篇文末の問い「会社にそぐわない社員を排除するのは誰なのか?」
 当然に上司ではありません。
 またそれは社員でもありません。
 答えは、もうお判りでしょう。                      完

CS=ES:前篇

 宇和島エリアでエイブルのネットワーク店を経営されている豊田社長と、これまた同じく高知で三店経営されている株式会社ファースト・コラボレーション(以下FC社)の武樋社長をお訪ねしました。
 内子→肱川→城川→梼原→須崎、竜馬脱藩の道をかすめながら二時間半程で高知に到着。
 
 創業10年、四国でいち早くエイブルの看板を掲げた先駆けと成る大先輩:武樋社長は、厳しさを内に秘めた気さくな人柄と、理念を重んじる経営姿勢で、身近なベンチマークでもあります。
 昨年FC社は、経済産業省の肝入りで制定された、「四国でいちばん大切にしたい企業」三社の内の一社に輝きました。
 
 何と言ってもこの会社の最大の強みは、エイブル随一のCS(お客様満足)でしょう。
 エイブル独自に顧客感動満足を図る「ビッグスマイルキャンペーン」において昨年度、全国数千名の中から選出された優秀社員15名の内、三分の一の5名がFC社社員でした。
 また、800店舗超の中から、FC社の三店舗が最優秀賞に輝いています。 

 かつて学んだCSの極意は、CS(お客様満足)=ES(社員満足)。
 社員が満足してない限り、お客様満足は有り得ないのです。
 但し、ここで勘違いしてはならないことがあります。
 
 社員満足は、福利厚生を充実し、休みを増やし、賞与や給与を高くすることだけでは得られません。
 社員を厚遇し、わがままを通していけば、早晩その会社はつぶれてしまいます。
 本当の意味での社員満足とは、実は徹底した純化政策です。
 
 会社の理念やヴィジョンや、求める人材像を明確化した上で、そぐわない社員を排除し、真にベクトルの合った、ロイヤリティ(帰属意識)の高い社員だけに絞り込む・・・それを純化と言います。
 では、会社にそぐわない社員を排除するのは誰なのか?
 その答えが、CS=ES経営の笑顔の裏に潜む、冷淡なまでのシビアさを浮き彫りとします。    つづく

町の不動産よろず相談所

 一年弱、兼務してきた松山南店の店長を、5月から和田さんに引き継ぎました。
 4店ある内、1店の収益向上に特化して社長が尽力すること自体イレギュラーですから、やっと自然な形に成ります。
 松山南店の結果だけをみると、「お荷物的な存在」から「全社の稼ぎ頭」へと、収益性は飛躍的に改善しました。

 但し、店舗の地力という意味では、決して盤石ではありません。
 売買仲介やサブリースの免責賃料など、一時的な利益がかなりのシェアを占めています。
 勿論、この数字を残したのが自分でなかったら、「例え一時的な利益であったとしても、それを積み重ねられるのは地力である」と評価するのでしょうけれど・・・。

 我が社が生業(なりわい)とする不動産業という大きな傘の下には、多くの分類があります。
 賃貸仲介・売買仲介・賃貸管理・宅地分譲・建売住宅・分譲マンション・店舗開発・自社収益物件・サブリース・・・。

 エイブルの看板を掲げる以上、賃貸仲介・管理をメインとするのが合理的ですが、ハイリスクな開発以外、特に制限を設けていません。
 各店長には、事業に拘ること無く、自店を独立した会社のつもりで運営する様にお願いしてきました。

 私自身、業に携わって20年・・・、オールマイティに「何でもできる」と過大評価されがちです。
 しかし、その期間の約三分の二は禁じ手の開発事業であり、それ以外は広く浅くかじったに過ぎません。
 実務者としては、かなり中途半端な経歴と言えるでしょう。
 それでも得意な領域に引き込み、自分の土俵で相撲を取れば数字を残すことは可能ですし、それが店長・社長の責任です。

 例えば医師免許は共通一律の資格ながら、不動産業と同様に、精神科・胃腸科・脳神経外科・耳鼻科・整形外科・・・と、専門の領域に分かれて看板を掲げています。 
 
 我々は、お客様のニーズに合わせ、貸家を斡旋したり、入居募集をお手伝いしたり、土地を御紹介したりする、言わば町医者です。
 専門的で自分の手に負えない案件が持ち上がれば、大病院に紹介状を書く様に、そこを得意領域とする会社と連携します。
 そしてその紹介が、フィーを生む貴重な情報の種と成るのです。 

 「種を蒔かずして培養無し」「培養無くして収穫無し」
 今期最終クォーターを迎え勝負の三ヶ月間。 
 身近な町の不動産よろず相談所として、沢山の種を蒔いていきましょう。

蒲公英と風信子:下

 「新学力観」それは知識や技能だけでなく、思考力や問題解決能力を重視しようという取り組みです。
 言い換えれば、結果以上に、プロセスや姿勢を評価します。
 それにより、100点を取ったAさんの通知表が4で、80点のBさんが5という逆転現象も生じるのです。
 
 近年、「関心・意欲・態度の客観的評価は困難で、授業の挙手回数やイベント参加の積極性などで測ることになってしまう」と、批判の声も小さくありません。
 ある学校では、生徒会役員に90名以上が立候補する異常事態となったそうです。
 
 とにもかくにも現代っ子は、「人からどう見られるか」「人と比べてどうか」という他者中心の生き方をしてきたが故に、自己肯定感(自分が大切な存在であるという実感)が、充分に確立されていません。
 
 精神的に幼い → 人から責められると逆切れ → 思い込みから全体が見えなくなる
 これが新型うつ患者の、典型的な思考パターンです。

 オウム事件で名を馳せたジャーナリストの江川詔子さんは、次の様に語っています。
 「家庭や学校が余りにも過保護に、子供達の周りから理不尽なことを排除してきたことが裏目に出てしまった。
実際に社会に出れば、世の中は理不尽なことだらけなのに・・・。」

 会社や上司からすれば、「怠惰だ」「軟弱だ」と、安直に決めつけてしまいます。
 温室で育った風信子に蒲公英の気持ちが判らないのと同様、風雪に耐えてきた蒲公英は風信子の気持ちが判らないのです。
 
 この温室の中と外との温度差は、上司と部下のコミュニケーションによって埋める以外にありません。
 そして最も大切なのは、生きるための仕事を通じ、世の中の役に立つことに喜びを覚え、人生における主人公が自分自身であると気付くことでしょう。
 人間は、不完全な生き物なのです。         完

蒲公英と風信子:中

 かつての日本は、大家族が主流でした。
 貧しさの中で、親は懸命に働き、子供一人ひとりに気遣う余裕もありません。
 沢山の兄弟に揉まれながら、風雨に晒されても、どれだけ踏まれても立ち上がり、可憐な花を咲かす蒲公英(タンポポ)の様な、強く逞しい子供達です。

 ところが、高度成長を経て豊かになり、少子化が進行すると、一人ひとりの子供に対する親の関与と期待が高まってきます。
 やがて、戦後最大のミステイクと揶揄される「ゆとり教育」によって、風信子(ヒヤシンス)に対する温室栽培が加速度的に促進されるのです。

 手のかからないことが理想とされ、子供は親や先生の顔色を伺いながら、常に装い気を使い、「良い子」を演じ続けます。
 これを「良い子症候群」と呼ぶそうです。

 大事に温室で育てられた風信子は、やがて学校を卒業し、寒風吹き荒ぶ社会の荒波に放り出されます。
 そして、今までに経験したことのない、失敗や叱責や罵倒や突き放しの憂き目に遭うのです。
 自分は良い子である筈なのに・・・。                
 
 生まれ育って来た経験則によれば、すべからく自分は悪くありません。
 従って、自分以外の上司や会社に責任を転嫁しようとします。
 そうでもしなければ、自己の存在自体の否定につながるからです。

 尾木ママの愛称で親しまれる教育評論家「尾木直樹」氏によると、‘90年代から導入された、「新学力観」なる制度が、更に歪みを生んでいると云います。      つづく
プロフィール

Hideo Matsuoka

Author:Hideo Matsuoka
・生年月日 昭和37年10月30日

・好きな言葉 
今日は残された人生の最初の一日

・信条「先憂後楽」

・尊敬する人 
稲盛和夫 西川広一 松下幸之助

・資格 ①宅地建物取引士
    ②建築2級施工管理技士
    ③マンション管理業務主任者
    ④防火管理者
    ⑤少額短期保険募集人
    ⑥損害保険募集人
    ⑦損害保険商品専門総合
    ⑧不動産キャリアパーソン
・趣味
 劇団AUGAHANCE初代代表
 主に脚本・演出を担当

・経歴 
 中卒後、大工・石工と職人道を歩む
 平成2年 
 ㈱中岡組 (ジョーコーポレーション)入社
 マンション担当役員→常務執行役→管理会社代表を歴任
 平成21年 ㈱NYホーム起業

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