Win-Win-Win:中

 「賃貸物件は、古くなれば入居率も悪化する。
  サブリースによって建築を取り、利益を得、新しい物件を注入して入居率を改善させる。
  即ちサブリースは、増やし続けていかないと成立しないビジネスモデルだ。」

 自転車操業を是認するかの様な発言に、現場人として大いに抵抗を覚えたものの、実は一理あります。
 賃貸マンションメーカーの歩む道は、二つに一つです。

 ① サブリースを武器として、建築受注を取り続ける
 ② 将来のリスクを避け、サブリースは絶対やらない

 一旦サブリースに手を染めた会社は、雨中の高速道路同様にブレーキが踏めません。
 自らがブレーキを踏まなかったとしても、失速すればアウトです。

 業界大手の某社は、サブリースで業績を伸ばし続けました。
 往時の建築受注は年間数千億円、サブリース戸数累計数十万戸、入居率90%超。
 建築の粗利が50%近く見込める上に、ストック収入が安定して入ってきます。
 著明なタレントを使った派手なTVCMも大量に流し、盤石な経営かと思われましたが、リーマンショック以降、様相が一変しました。 
 
 今や、建築受注はピーク時の数十分の一、入居率は損益分岐点と言われる80%前後に低迷しています。
 建築受注による収入が見込めず、既存物件が日一日と陳腐化していく中で、この先十年、二十年、三十年というサブリースを維持できるのかという疑問を抱いているのは私だけではないでしょう。

 そもそも、新築賃貸住宅の適正供給戸数は、年間20万戸と言われています。
 ところがここ十数年の供給戸数は、毎年50万戸前後です。
 その差が年々積み上がり、莫大な住宅ストックの余剰につながっています。
 
 賃貸住宅の空室が増えたのは、人口減少のせいではありません。
 核家族化の進行によって、寧ろ世帯数は増えています。
 単にそれ以上に創り過ぎたから、住宅が余っているのです。

 豊作であれば価格が下がり、不作であれば価格が上がる・・・市況価格は、需給バランスで決まります。 
 例えば、30年前のキーウィは、希少であったが故に高値がついていました。
 「儲かる」と思い、各農家が挙って作り始めたことで、需要を超えた供給が成され、今では値が付きません。
 やがて、「儲からない」農家は、次々離脱していくことでしょう。
 それが市場の原理です。

 ところが、賃貸住宅だけは摩訶不思議なことに、空室が増大し供給過剰が明らかにも関わらず、雨上がりの筍の如く建ち続けました。
 その肥やしは、アクセルを踏み続けるサブリースメーカーの強い営業です。
 
 通常であれば、近隣のアパートの入居率が悪ければ、地主も躊躇します。
 ところが、「入ろうが入るまいが一括借上げですから」という営業トークに、ついほだされてしまうのです。 
 サブリースメーカーの売っている商品の実態は、アパートやマンションではありません。
 極めて高いリスクがヴェールに覆われた、金融商品なのです。         つづく
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Win-Win-Win:上

 今期は、サブリース(一括借上)を積極的に推進しています。
 当然に、サブリースは諸刃です。
 上手くいけば大きな利益を生みますが、見込みが甘ければ長期的に多額の損失を背負いこむことになります。
 いわゆる、ハイリスク・ハイリターンの事業です。

 混同する方も多いのですが、サブリースと家賃保証は違います。
 サブリースは大家様から一定額で借り上げて、第三者に転貸する契約です。
 従って、定額を下回れば損失、上回れば儲けが出ます。
 
 一方家賃保証は、賃料が一定額を下回った場合にのみ、大家様に損失を補填することを約束するものです。
 最近では少なくなりましたが、ひと頃は建築受注の見返りとして提示する会社が結構ありました。
 物件が古くなればなるほど、数が増えれば増える程、損失リスクが高まるのは自明の理でしょう。

 前職では、家賃保証こそ無かったものの、1,000戸超のサブリースを抱えていました。
 殆どが、満室賃料の9割での借り上げです。
 つまり、賃料が一割以上下落するか、空室率が一割以上になった段階で逆ザヤとなります。

 将来のリスクを鑑みながら、「D社やL社同様にサブリースしてくれるのならば・・・」というオーナー様の要求を無碍にもできません。
 消極的な姿勢を見透かされますと、「お宅が引き受けられないものを、うちに押し付けようというのか?」という論理矛盾にもなります。

 入居者とオーナー様の間に立ちニュートラルな姿勢でお役立ちする、今のスタンスで振り返りますと、建築受注欲しさに長期のサブリースを引き受けるのは、やはり無謀でしょう。  
 10年前に、今の空室率や家賃の下落状況を言い当てた人は居ません。
 ましてや、サブリースを引き受ける企業の生存率すら危うい、20年30年の長期保証となれば、実質空手形であることを互いに覚悟しておく必要があります。

 数年前、経営幹部の集う会議中、サブリースについてネガティブな見解を述べた自分に対して、財務担当の役員が、冷水を浴びせる一言を発しました。         つづく

盲亀浮木の比喩

 普段、何気無く使っている「ありがとう」という感謝の言葉は、元々禅語です。
 滅多に無いこと・・・即ち「有難い」から来ています。
 タイトルは、仏教の経典「雑阿言経」の中の一節です。

【ある時、釈尊が弟子に尋ねた。
「例えば、大海の中に一匹の目の見えない亀がいて、百年に一度だけ浮かび上がる。
 大海には、真中に小さな穴の開いた、一本の流木が漂っているとしよう。
 百年に一度の時を迎え、盲目の亀が浮かび上がる時、その流木に行き当たり、真中の穴から首を出す。
 果たして、そんなことが有り得るだろうか?」
 十大弟子の一人、阿難は「有難い(ありえませんよ)」と答えた。
 すかさず釈尊は返す。
「その有り得ないことが起こるのだ。
 それが今、皆がこの世に生まれ、生きているということなのだよ。」】

 人間の命は、その存在自体が奇跡です。
 どんな人間も両親は2人、その両親である祖父母が4人、更にその両親は・・・という風に辿っていきますと、28代遡及した段階で、遺伝子に関わった人は1億人を超えます。
 その1億人もの祖先の営みが、少しでもかけ違っていたら、今の貴方は存在し得ません。
 
 また、父親の体内から数億もの命の源が放たれた瞬間、壮絶な生存競争を勝ち抜いて着床を果たした貴方は、いわばエリート中のエリートです。
 更に四季のうつろう中、リスクを伴いながら母胎で育まれ、出産に際して大きな試練を乗り越え、この世に誕生した命は正に奇跡と言えるでしょう。

 その奇跡の糸が、縦横無尽に幾重にも折り重なって、人の縁を紡ぎます。
 同じ国の同じ県の同じ家に生まれ育った、家族の縁。 
 300万社分の一の確率で共に働く、社員の縁。
 数ある同業他社ではなく我が社とお付き合い頂ける、お客様の縁
 こうして、拙文に目を通して頂ける、貴方との縁。

 これらは全て当たり前ではありません。
 盲亀浮木(もうきふぼく)の如く、本当に有難いことです。

うまい・はやい・やすい

 皆さん「吉野家」という会社をご存知ですか?
 冒頭から、ナイツの塙ばりのボケとお思いかもしれませんが、果たして貴方は本当に「吉野家」を知っているのでしょうか?

 1899年創業、今年で112年目を迎える「吉野家」は、外食チェーン店としては老舗中の老舗です。
 チェーン展開を本格化させたのは今から40年前。
 当時の社長の方針によって、拡大路線へと一気に舵を切りました。
 当時のキャッチコピーは、「はやい・うまい・やすい」。
 注文から配膳まで僅か15秒というスピードが、高度経済成長下のビジネスマンの支持を受けます。

 配膳だけでなく、出店速度も急速です。
 日本中に「吉野家」の看板が上がり、遂にはアメリカへも出店。
 日本の牛丼が、全世界を席巻する勢いでした。

 ところが、1980年120億円の負債を抱え、会社更生法申請。
 この時、アルバイトから昇格して店長を務めていた「安部修仁」氏は、破綻の原因を次の様に分析しています。

「店舗が急増する中、優先順位をお客様ではなく、社内の効率に置いてしまった。
 漬物は生から冷凍に、つゆは液体から粉末に、肉は生からフリーズドライへ・・・効率を追求していくと当然に味が落ちて、お客様が離れてしまう。
 加えて、原価上昇に対応するため、価格を上げてしまった。
 不味くなった上に高くなるのだから、更にお客様離れは加速する。
 いわば吉野家は、つぶれるべくしてつぶれたのです。」

 その後、外食チェーンとして異例の会社更生を成し遂げた「安部修仁」氏は社長に就任します。
 そして、同じ轍を踏まぬとの思いから、キャッチコピーの順番を入れ替えたのです。

 ×「はやい・うまい・やすい」 → ◎「うまい・はやい・やすい」
 
 「味は競争力の生命線。だからこそ、おいしさをトッププライオリティーにおく。」
 近年、「すき家」や「松屋」等、同業他社の仕掛ける値下げ戦争によって劣勢を強いられつつも、安易に低価格路線へと転換しない理由もここにあります。

 経営に浮き沈みや逆風はつきものでしょう。
 経営理念や経営方針は、いかなる事態に陥っても譲れない、企業としてのアイデンティティーなのです。
 

沢山の手間で沢山の笑顔を

 この業界に足を踏み入れた20年前、ある方から教えて頂きました。
 「不動産業の商品は土地・建物ではなく情報だ」
 確かに、売買の情報を一早くお客様に伝えた業者が、手数料配分の優先権を得ます。
 そういう意味において、「情報=商品」という教えは不変の真理でしょう。
 当時と今の最大の違いは、インターネット上で情報が氾濫していることです。
 プロの我々以上に、アマのお客様が情報に精通していることも少なくありません。

 周知の通り、仲介手数料は成功報酬ですから、どれだけ手間がかかろうとも、成約の陽の目を見ない限りただ働きを余儀なくされます。
 私も含め、業者としては「できるだけ少ない手間で、できるだけ多くの報酬を貰いたい」というのが本音でしょう。
 しかし最近、この考えは誤りではないかと思う様に成りました。
 
 ・ニーズの聞き取りが不充分だと、無駄な動きが増えます
 ・媒介契約を事前に交わしてないと、手数料支払時、確実に揉めます
 ・物調・役調をいい加減にしていると、多大な損害賠償リスクを背負います
 ・買側だからと、売側業者の重説を鵜呑みにしていると連帯責任は免れません・・・
 消費者保護のスタンスが鮮明で、指導が厳格化している今日、手抜きは自殺行為です。

 また、別の角度からも、手間を惜しんではならない理由が見えてきます。
 過去を振り返ると、すんなり契約に至ったお客様との縁は、意外に切れ易いものです。
 難しい取引をまとめようと何度も何度も足を運んだり、互いにエキサイトして口論に発展したり、失敗を詫びて頭を下げたり・・・難産の末に成就したお客様との信頼関係は、長い年月が経過しても全く色褪せません。
 「貴方から買ったのだから売る時にも貴方にお願いしたい」
 この言葉は、業界人として至福の喜びです。

 人口減少&不動産価格下落の時代に、旧態依然の成功体験は通用しないでしょう。
 「できるだけ沢山の手間をかけ、できるだけ沢山の笑顔を集める」ことが、これからの不動産業界の繁栄と、社会的地位の向上につながるものと確信しています。

身内や知人に遠慮する偽善

 人脈をつなぐために、定例の会食を月二回開催しています。
 一つは毎月1日に実施している、四半世紀続く40~50代の知人の会。
 もう一つは、毎月第2火曜日に実施している、小学校時代の同級生の会。
 この人脈は、紆余曲折を経ながらも半世紀近く続いています。

 一年毎に歳を重ね容姿や環境が変わり行くとしても、自分にとって生涯大切にしたいコミュニティです。
 また、ここから頂いたご紹介も少なくありません。

・引っ越し後のマイホームの入居募集と管理を任せて頂いた同級生
・娘さんの就職に際して、今治で賃貸契約頂いた知人
・娘さんの専門学校入学に際して、松山で賃貸契約頂いた同級生
・知人の賃貸需要の度に一声かけて、紹介頂ける会食店の店主
・自宅裏の土地を売却するに当たって、相談頂ける同級生
・自分の店の上にあるマンションの、入居斡旋を依頼頂ける同級生

 会社の中で、こうした紹介が最も多いのが社長であるのは当然です。
 しかし、決して社長だから紹介が多いのではありません。
 
 商品とサービスと自社に誇りを持つ人が、信頼に足る付き合いを、裾野広く繋いでこそ、紹介は生まれます。
 「友人や知人にモノを売ってしまうと、対等なスタンスが崩れてしまう」
 「良い時には問題ないが、クレームになったら友人関係にもひびが入る」
 こうした、もっともらしい言い訳も良く耳にします。 
 実際、自分も若い頃には、公私を切り分けたい邪(よこしま)な想いが強くありました。

 その当時、上司から次の様に叱責されて目が覚めます。
 「それはええ格好しぃだ。
 頭を下げてお願いするのではなく、お役立ちによって感謝される様に努力しなければならない。
 トラブルになることが怖くて、身内や友人に勧められないほど自信が無いなら即刻看板を下ろせ!
 身内や友人だからこそ、自分達の力で何とか貢献しようとするのが商売人の姿勢だ。」
 
 ぐうの音も出ない程の正論です。
 それ以来、身内や知人に遠慮する偽善は辞めました。

 かといって、あからさまに商売っ気を出した、売らんかなの姿勢では、逆に信頼を損ないます。
 相手が困った時には手を差し伸べ、慶びの時には心から祝い、悲しみの時には共に泣く・・・そうした思いやりに満ちた、誠実かつ真摯なお付き合いが、結果として紹介の輪を拡げていくことになるのです。

オウムの恩返し

 言うまでも無く、社長や店長といった管理職の仕事は、足らざるを補うこと。
 組織目標を100として、部下の成果が60なら、残り40の数字を作るのが役割です。

 先月、今月と、個人的に七桁の売上をコーディネートしました。
 個人、或いは一店の数字としては、それなりに貢献しています。
 しかし、全社の目標に照らせばそれも、乾いた大地に染み込む夕立ちの様なものでしょう。
 タイトルは、「雑法蔵経」の中にある仏教説話の一節です。

【 一羽のオウムが餌を探し求める内、奥山へと迷い込んだ。
 日が暮れて、あたりが暗くなり、途方にくれていた時、その地の鳥や獣達が出てきて諭します。
 「貴方は道を間違えたのだ。夜も遅く今からでは帰れない。明朝送って差上げるので今夜は泊まりなさい。」
 オウムは、親切に甘えることにしました。
 更に彼らは、美味しい湧水や木の実を振る舞ってもてなしてくれます。
 夜はオウムが寂しくないようにと、周りを囲むようにして、一緒に眠ってくれました。
 翌朝オウムは、皆の見送りを受け、朝日に照らされながら、無事帰りつくことができたのです。

 それから数日後、親切な鳥獣の住む山にふと目を向けると、白煙が立ち上り火の手が上がっています。
 すぐさまオウムは谷川に飛び込み、身体を水に濡らして山に向かって飛び立ちました。
 ところが、途中で水は殆ど落ちてしまい、山火事の上空で身体を振るった時には、僅か2~3滴の水しか落ちません。
 それでもオウムは諦めず、何度も何度も谷川と山を往復します。
 
 この様子を見ていた周囲の鳥達は、オウムの愚行をあざ笑いました。
 「2~3滴の水で、あの山火事を消し止めようというのか? 骨折り損のくたびれ儲けとはこのことよ。」
 オウムは、その言葉にも屈しませんでした。
 「おっしゃる通り、私の持っていく2~3滴の水で、火を消すことは不可能かのしれません。しかし、私が困った時に助けてくれた方達が苦しんでいるのだと思うと、いてもたっても居られないのです。」
 
 微力ながらオウムが水運びを続けていると、一天にわかにかき曇り、大粒の雨がザーザー降り出しました。
 その大雨の前に、さしもの山火事も、たちまちの内に鎮火したのです。
 山の鳥獣達は、オウムの思いが天に通じたのだと、口伝えしていきました。】

 「努力する者を天は見放さない」という教えなのでしょうが、このエンディングは少し物足りません。
 自分がシナリオライターなら、こう書き換えます。

【 最初は嘲笑していた鳥達も、懸命に頑張るオウムの姿を眺める内、次第に表情が変わっていきます。
 一羽の鳥が、オウムに倣って谷川に飛び込みました。
 その行動に背中を押される様に一羽また一羽、次々に谷川へと飛び込んでいきます。
 共鳴する何百、何千もの鳥達が降らす水滴は大雨となり、やがて山火事を鎮めました。】

 一人の百歩よりも、百人の一歩。
 大河の流れも、ひと雫(しずく)の集まりです。

事後の百手よりも事前の一手

 昨日に引き続き、分譲マンションのエピソードです。
 このテーマで綴っていきますと、書けないものも含めてネタは山ほどあります。

 やはり十年以上前、分譲マンション事業部長を拝命して間もない頃の話です。
 この頃の私は、今以上に未熟で、事業部長と言っても事業を統括するだけの力量はなく、主として販売部長の位置づけでした。
 
 分譲マンション事業の肝である土地仕入れは、当時の社長がトップダウンで決済します。
 「千の風になって」をヒットさせた方の出身地である、愛媛県東部の地方都市の中心部に、頃合いの競売物件が出ました。
 社長は即決し、すぐさまグループ会社の社長に委ね、見事落札できた訳です。

 「土地は仕入れたから後は頼む」とバトンを渡されたのですが、ここからが大変でした。
 この土地、排水経路が無いのです。
 汚水も生活雑排水も流せなければ、分譲マンションには成りません。

 一級リスクを抱えたまま、引き渡しの期日に向けて、建築確認申請も施工準備も販売準備も粛々と進んでいきます。
 結論としては、隣地の美容室にお願いし、駐車場の地下に排水管を埋設させて頂くことができました。
 
 この美容室の女性経営者は、なかなか手強くて、若手の現場監督では歯が立ちません。
 事業部長である私自身が日参し、幾度も頭を下げ、見返りの条件を提示し、やっとのことで認めて頂いたものです。

 その当時は自分も若かったので、「足元見やがって」とか「付け込んできやがったな」と、心で舌打ちすることも度々でした。 
 但し、今となってみれば感謝の一言です。
 自分の土地上に他人様の、しかも37世帯分もの排水管を通すということは、その土地にとって大きな瑕疵であり、資産価値を毀損します。

 「いくら頼まれてもダメ」と断られたとすれば、その土地に投じた1億円超の土地代と、準備に掛かった費用は捨て銭です。
 バーターで1000万円要求されたとしても、呑むしかなかったでしょう。 
 
 問題が起きた後、逃げることなく敢然と立ち向かい、何が何でも解決するのだという、使命感・責任感は重要です。
 しかし、問題が起きないように、購入前・仲介前の入口の部分で調査・精査することは、もっと重要です。
 ちょっとした見落としや、判断ミスが、会社をつぶす程の大きなリスクにつながる仕事であることだけは、絶対に忘れてはなりません。

既存不適格建築物

 今から12年程前に前職で事業化した、松山市郊外の分譲マンションにまつわる、少し専門的な話です。
 
 この物件は、市街化調整区域に在って、本来であれば建物は建てられません。
 しかし、都市計画法が施行される前から建物が建っていた敷地については、既存宅地として例外的に建築が認められます。

 ここの底地は駐車場部分と建築部分に分かれていて、建物の建っている敷地が、その既存宅地でした。
 既存宅地は、許可も不要かつ容積率も400%(延べ床面積が敷地の4倍)まで認められていたため、高層建築できるのが特権です。
 ところが2001年の法改正によって、そのエリアに応じた建物しか建てられなくなりました。
 その後の既存宅地の指定容積率は、概ね200%が上限です。

 先述の物件は、その法改正間際の駆け込み物件でした。
 駐車場部分は既存宅地ではなく、建物の建たない純粋な調整区域に当たるため当然、容積率に算入できません。
 現状8階建ての建物が建っていますが、建築面積をそのままに建て替えしようとした場合、4階しか建たない計算の、いわゆる既存不適格建築物です。
 勿論、その内容は包み隠さず、重要事項に織り込んで説明しました。

 更に、境界に関しても問題を孕(はら)んでいます。
 土地取引する際、隣地の方に立ち会って貰い、「このブロック塀の中心が境界ですよね」と、当事者間で合意するのが一般的な境界立会です。
 
 しかし、その場では合意したとしても、錯誤や心裡留保によって「言った言わない」という紛争に発展しかねません。
 また、基準となっていたブロック塀が壊れたり、立ち会った当事者が亡くなった場合に、揉め事の火種となる可能性もあります。
 そうした将来のリスクに対応すべく、境界確認に基づき、土地家屋調査士が正確に測量して作成するのが、確定測量図です。
 
 先述の物件、実は一部境界確定未了の部分があります。
 では、デベロッパーとして不誠実であるか? お客様に対して背信であるか? という論点からすると、決してそうではありません。
 この物件は、旧:住宅金融公庫の優良分譲住宅の摘要を受けていました。 
 当時の基準は、その状態でも優良分譲のお墨付きを与えています。
 境界確定と確認測量図の提出が義務付けられたのは、これから2~3年経過後のことです。

 昨日、土地の売買契約を締結しました。
 時代の流れと共に、より厳格なリスク開示が求められています。
 欧米並みに、医者や弁護士と並ぶ社会的ステイタスを望むならば、相応の知識と覚悟が必要と言えるでしょう。

青い看板と緑の看板

 先日、和田さんと同行して、オーナー様を訪問して来ました。
 そのオーナー様のお宅までは、我が社の松山南店から歩いて行けなくもない、程近い距離です。

 本論に踏み込む前に、名刺をお渡しして自己紹介。
 ところがこのオーナー様、エイブルというブランドが判りません。
 
「エイブルというのは賃貸仲介のトップブランドで、全国的に見ればアパマンと双璧に成ります。
 コンビニに例えれば、ローソンとセブンイレブンの様なものと理解して頂ければ結構です。
 地元では青い看板のローソンが先行していますが、全国的には緑の看板のセブンイレブンがコンビニの代名詞に成っていますよね。」

 いつものトークでご説明差上げました。
 更にショッキングなことにこのオーナー様、目と鼻の先にある我が社の店舗をご存じない。
    
 松山で最も交通量の多い、天山交差点近くの南環状線沿いの目立つ立地に、間口15mの店舗を構え、前面には内照式看板を、屋上には塔屋看板を掲げ、朝は6:00前から出社し、照明を煌々と灯し続けて丸二年。
 
 しかもその方は、この業態に縁も所縁(ゆかり)も無い訳ではなく、入居率の余り芳(かんば)しくない賃貸マンションを抱えていて、我々仲介会社の力を最も必要とされている、ご近所のオーナー様であるにも関わらず、「知らない」のです。
 
 プロダクトアウト(生産者都合に傾き過ぎて市場のニーズから遠ざかってしまうこと)という言葉が過ります。
 認知度・周知度・ブランド浸透度という視点において、我々の思い込みと市場の声は、大きく乖離していたのかもしれません。 
 物調(仕入れ)活動・オーナー様訪問の至らなさと、広告宣伝の力不足を痛感させられました。
 
 開店した当時の原点に立ち返り、基本の活動に今一度取り組む必要性があるでしょう。
 こうして慢心に気付き悔い改めるのが凡人。
 常に初心を忘れない人が天才です。

百不知百不会

 ひゃくふちひゃくふえ、と読みます。
 臨済僧「無文道璨」著、「無文印語録」に見える言葉です。

「人はすべてのことを知らない
 なのに知識を誇る
 人はあらゆることを理解していない
 なのにわかった顔をする
 そこに留まるな
 知らないことをわかるのが知識だ
 わからないことをわかっているのが知恵なのだ」

 私は毎日、様々な書籍や新聞からネタを引き、知ったかぶりで理屈をこねておりますが、当然に関連する総てのことを知っている訳ではありません。
 また、自分が書いた文章でありながら、憶えているかどうかも甚(はなは)だ怪しい。
 と言うより、だからこそ毎日僅かでも真理に近付こうとして、言葉を捻り出しているだけなのです。
 
 A4の紙の左半分に十円玉程の小さな円を書く・・・これが知の領域
 その円の外側を四角で囲む・・・これが未知の領域

 次に紙の右側に数倍大きい円を書く、これが学習によって拡がった知の領域
 最後に、その大きな円の外側を四角で囲む・・・これが未知の領域 

 この様に、知識は学習する程に増えていきます。
 方や未知は、知識が増えるにつれて無くなる訳ではありません。
 寧ろ、知の領域に比例して、円周の外側に拡がる未知の領域も大きくなっていきます。

 「ものを知れば知るほど知らないことが増える」 T・S・エリオット

 不動産取引の分野でも、過去の経験則が全てであるかの如く大言する方がいらっしゃいます。
 先述の真実に照らせば、猫の額程の狭い知識をひけらかす行為がいかに愚行か気付くことでしょう。
 井の中にあって、大海の存在にすら気付かない、無知な蛙ではいけないと思うのです。 

言葉は言霊(ことだま)

リコーの四代目社長「浜田広」氏は、何十年にも渡って禁句にした言葉があったそうです。

 ① 寒い
 ② 暑い
【冬寒く夏暑いのは当然で、それが自然の状態である。
 これをあなたは拒否するのだろうか?
 「暑いなあ」と言って涼しくなるのなら、私は毎日でも言うけれど、寧ろ更に暑くなるだけ。
 「涼しい」「暖かい」・・・これは自然に対する歓迎の言葉である。
 これらは大いに使って良いけれど、一人間ふぜいが、自然を拒否してどうなるというのか。】

 ③ 疲れた
【人は疲れたから「疲れた」というのでは無い。
 「疲れた」というから疲れるのだ。
 実際私は、「疲れた」を口に出さなくなってからというもの、三十年以上疲れた記憶がない。】

  ④ 忙しい
【「このところ忙しくて」という言葉は、「だから気安く電話をかけてくるな」という拒否の姿勢につながる。】  

 浜田社長だけに限らず、成功者たる先人は、意識的に言葉を選んでいます。
 より良い人生を歩むためには、出来る限り消極的な言葉を避け、積極的な言葉に変換すべきなのでしょう。
 
 自らの言葉は、知らず知らずの内に、潜在意識に影響を与えます。
 否定的な言葉を発すれば可能性の芽が摘まれ、消極的な言葉を発すれば行動が封じられてしまうのです。
 
 加えて、否定的・消極的な言葉は、人を介して伝染していきます。
 運を掴みたければ、積極的かつ肯定的な言葉を使う人と付き合うべきです。
 
 Facebookの素晴らしさは、勇気や元気を得られる、積極的かつ肯定的な言葉に満ちたコミュニティであること。
 某数字のちゃんねるとは大違いです。
 おや、これも否定的な言葉でしょうか?

拡大破滅型産業の末路

 今更言うまでもなく、私は前職で分譲マンションの担当役員を務めていました。
 平成7年から10年超、事実上の事業TOPとして采配を振るった訳です。
 全盛期は年間1,000戸近く供給し、文字通り成長の原動力でした。
 と同時に、分譲マンションの急減速が会社に止(とど)めを指したと言っても過言ではないでしょう。

 急成長が急衰退へと変化した理由は何か?
 良く聞かれますが、これは前職の会社だけの問題ではありません。
 穴吹工務店、ジョイント・コーポレーション、章栄不動産、アーバン・コーポレーション・・・。
 リーマンショック以降、幾多のデベロッパーが次々と破綻しました。
 
 またこうした現象は、リーマン前リーマン後に限ったことでもないのです。
 歴史的に振り返れば、オイルショック、バブルの崩壊といった経済の節目毎に、一斉を風靡した企業が続々と潰れています。
 ある意味、デベロッパーというビジネスモデルの構造的な問題とも言えるでしょう。
 拡大破滅型産業と揶揄される所以(ゆえん)です。

 リーマンショック後、多くのデベロッパーが不良在庫に苦しみました。
 しかし、驚くなかれその直前期の業績は、何れも史上最高益を記録しているのです。
 不動産という商品は、実需を超えた投機的な需要によって市場が膨らみ、その後急速に萎(しぼ)みます。
 史上最高益のピーク時には、当然の如く史上最高の在庫を抱え、宴(うたげ)の後は史上最高の含み損を抱えてしまうのです。

 この構造的なリスクに対応するため、一つには、市況に逆行した戦略が求められます。
 即ち、マンションが売れている時や銀行が融資に積極的な時には仕入れを抑制し、売れ行きが細り銀行が消極的な時に敢えて攻めに転じる訳です。
 首都圏で展開しているゴールドクレストは、リーマンショックの際、奇跡的に在庫が無かったと言います。
 TOPの天才的な嗅覚なのでしょう。
 
 もう一つの戦略は、分譲マンション以外の事業の柱を確立し、リスクヘッジすることです。
 前職の会社もその方向性でしたが、創れば儲かる事業を伸ばす誘惑を断ち切って、身の丈の成長に押し留めることは、言葉で言うほど簡単ではありません。 
 ハイリスク&ハイリターンのデベロッパー事業は、麻薬の如き常習性がつきまといます。
 
 大きな躓(つまづ)きを経た今、賃貸管理・仲介業を選択している理由は、確実な実需を市場としたビジネスだからです。

できない理由を排除する

 毎朝唱和している我が社の経営方針の5番目は、プラス思考がテーマです。

 「できない理由を排除し、どうすればできるかの可能性を追求する、ポジティブ集団を目指します」

 どんな人でも、順境の時にはポジティブで居られるものでしょう。
 問題は、逆境にあってポジティブな思考を維持できるか否かです。

 この考え方は、賃貸仲介の業務にも直結しています。
 斡旋できない理由を百万言並べても何にも得られません。
 物件の短所ではなく長所に目を向けて、そこをアピールできなければ、決まるものも決められないでしょう。
 難しい物件においては、「どうすれば斡旋できるか?」という改善意識が重要です。 

 「バス・トイレがユニットだから」 → 分離できないか? 
 「駐車場が無いから」 → 別借りは無いか?
 「収納がないから」 → ロフトベットを設置してはどうか?
 
 他に、女性専用、ペット可、家具・家電付き、フルリノベーション・・・、提案のヴァリエーションは無限にあります。
 極論すれば、5万円の家賃を大幅に値下げして2万円にすれば、或いは古く成った物件をフルリノベーションすれば、早期満室は確実です。
 
 しかし、家賃を下げ過ぎれば返済ができなくなり、マンション経営そのものが成り立たないでしょう。
 改装費をかけ過ぎれば、更に収支が悪化します。
 そもそも、本体債務が残っている段階で、追加借入できるかどうかも疑問です。

 我々の仕事は、入居率を上げることではありません。
 オーナー様のマンションの、経営状況の改善こそが使命です。
 端的に言えば、収入を最大化し、経費を最小化し、利益を最大化させるためのお手伝いと言えます。

 日々勤しんでいる物調(仕入れ)活動にしても、先述したオーナー様と同じ目線で取り組まない限り意味が無いのです。
 できない理由を並べてメシが食えるのは、評論家と学者だけ。
 我々実務家は、お客様にお役立ちするために、どうすればできるかを追求していきましょう。

非正規社員の入れ替え戦

 11月13日付日経新聞に、「正社員主義が蝕(むしば)む雇用」と題したコラムが掲載されています。
 言わずもがな、日本の雇用制度には矛盾が山積しています。

 一つは、高齢者雇用の問題。
 年金制度の崩壊によって、受給時期が60→65歳となり、今後更に先送りされる可能性が高まっています。 
 退職から受給までの空白期間を埋めるため、国は企業に定年延長を求めざるを得ないでしょう。
 しかし、年功序列によって給料が高止まりし、生産性の見合わなくなった高齢者を、継続雇用するだけの体力は今の企業にはありません。

 次に、非正規社員の問題。
 フリーターやニートといった、就業したくてもできない層の雇用は、今や社会問題です。
 加えて、派遣切りの言葉に象徴される、非正規雇用社員の正社員登用も、国は強力に推進しています。
 
 我々の携わる賃貸仲介業であれば、2~4月の三ヶ月間は、猫の手も借りたくなる繁忙期です。
 その繁忙期に合わせて人を確保しますと、閑散期には膨れ上がった人件費が経営を圧迫します。
 
 企業側の立場でもの申せば、閑散期は必要最低限の人員でこなしつつ、繁忙期のみ派遣やバイトといった、非正規社員を投入してしのぐことが理想です。
 収益を最大化して、経費を最小化することで、利益を最大化することが、企業の責務なのですから。

【 日本郵政グループの郵便事業会社は昨年、6,500人の非正規社員を正社員に登用した。
 だが人件費負担が重くなり、非正規で働いている人達の契約を更新しない、雇い止めを進めざるを得なくなった。】
 
 これが、国の方針と指導を愚鈍に受け入れた結果です。
 そもそも正社員を増やした場合、業績が悪化したとしても、当人に問題があったとしても、解雇は容易ではありません。
 あるアナリストが、歯に衣着せずに、こう語っていました。

 「正社員の既得権益が守られ過ぎているが故に、非正規社員の正社員登用が阻まれている。
 正社員の解雇要件を緩和すれば、企業は積極的に優秀な非正規社員を正社員に登用する筈だ。」
 要は、首を切り難いから雇い難い、ということです。
 
 プロサッカーJリーグでは、J1下位の3チームと、J2上位の3チームが入れ替えと成ります。
 この仕組みによってJ1は危機感をもち、J2は希望を抱き、互いに結果を出そうと切磋琢磨する訳です。 
 健全でシビアで公正な競争原理が働くことで、サッカー界そのもののレベルが上がり、サポーターからも支持されてきました。
 
 先述のコラムは、「正社員の既得権を守ったままでは国全体の雇用は安定しない。時代遅れの正社員主義が日本を蝕む。」と締め括られています。

あたかもよしは恰好良い

 タイトルの「あたかもよし」は、唐代の禅僧が弟子に語った言葉です。

弟子:大難来せり。如何が回避せん。(大きなトラブルが襲ってきました。どうしたら避けられますか?)
禅僧:あたかもよし。(恰も好し)

 「それも良いではないか。
  困難から逃げようとしても、逃れることなど出来はしない。
  逃れようと悩むから、苦しみが始まる。
  回避したいなどと考えなければ、悩むこともなく、苦しみも始まらない。
  困難が来たならば、正面から受け止めなさい。」

 昨日、少しだけへヴィな困難が訪れました。
 心の中で言い訳を並べ、上手く避けようとする邪心も芽生えます。
 しかし、逃げても解決できないことは、経験則で承知済みです。
 一時的にその困難から逃れたとしても、問題は弱みを突いて、再び目の前に立ちはだかります。

 すぐにアクションを起こし、問題に正面から対峙したことで、切れかけた縁が何とか首の皮一枚でつながりました。
 今回の問題は、今まで疎遠であった方とお話しできるきっかけをつくり、挽回のための対策に踏み込めたという意味において、危機(ピンチ)ではなく、機会(チャンス)であったかもしれません。
 気付かぬ内に忍び寄って来て、気付いた時には手遅れ・・・それこそが本当の危機です。

 オリラジの藤森が牽引するチャラ男ブームに乗って、「カッコウィーネェ!」という言い回しが流行っています。
 「恰好良い」の語源は、ルックスや見た目を指すものではなく、「あたかもよし」と生きる人の姿勢を褒めたたえる言葉です。
 問題や困難は災いではなく、その人を成長させるために、巧妙に仕掛けられた障害と言えるでしょう。
 天はあなたに、越えられないハードルは与えません。

十年の時を超えて紡ぐ縁

 先日ご来店頂いた某法人のお客様は、遠隔地より車に乗り合わせでお越しになり、三名全員が即日申込みを頂きました。
 割り振った営業担当が、傾聴した間取りや賃料といった条件のニーズに叶う候補物件をFAXし、事前に擦り合わせを行い、前もって物件確認した上で、当日のご案内に備える、これ以上ない万全の体制です。

 最近では、ここまで詰めていたとしても、来店の前後で他社も訪問し、天秤にかけられるケースが珍しくありません。 
 今回は、そうした動きも一切無く、有り難い特命申込でした。
 更に今週には、その三名の方々が勤められるオフィスも、我が社で仲介させて頂く予定に成っています。
 
 そのきっかけは、Facebookです。
 10年前、前職の会社を訪問して頂いた会社の専務(当時)から、三か月ほど前にリクエストを頂戴し、旧交を温めました。
 この再会のアプローチが無かったとしたら、以降の拡がりはあり得ません。
 その方は現在、上場企業の副社長を務められていて、近々松山へ出店すると言います。

 先月、ご担当の役員をご紹介頂き、その方ともFacebookでつながり、テナント探しを御用命頂いた次第です。
 テナントの目星がついた段階で、今度は赴任される三名のスタッフの住居探しと成りました。
 偶然か必然か、支店長ともご縁があり、やはりFacebookを通じてやり取りしています。
 
 誤解なきようお断りしておきますが、Facebookを商売の道具と見ている訳ではありません。
 しかし、時代の流れは確実に、ビジネス上の重要なコミュニケーションツールとして位置付けています。
 
 初対面なのに、初対面の様な気がしない。
 ご無沙汰しているのに、ご無沙汰の様でない。
 事前の打ち合わせも、事後のフォローも御礼も、Face to Faceの感覚で行える。
 
 私見ながら、これからのビジネスマンにとって、必須のネットワークシステムと確信しています。
 食べず嫌いの貴方も、そろそろ重い腰を上げてみませんか?
 
 末筆にはなりましたが、関係者の皆様、本当にありがとうございます。
 今後とも宜しくお願い致します。

代表的日本人

 昨日、新渡戸稲造の「武士道」をご紹介しましたが、これと並んで日本人の思想・文化を欧米に知らしめた良著が、内村鑑三の「代表的日本人」です。
 さて、「代表的日本人を5人挙げろ」といわれたら、貴方は誰をチョイスするでしょう。  
 著者は、江戸末期から明治の人物ですから、急速に西洋化していく日本の世相を反映した人選となっています。
 
 ① 「西郷隆盛」 敬天愛人を信条として、新日本創設へと導いた立役者
 ② 「上杉鷹山」 封建の世にあって、民主体の経営改革を成し遂げた領主
 ③ 「二宮尊徳」 清貧と勤勉を旗印に、農村復興政策を指導した農民聖者
 ④ 「中江藤樹」 愛媛大洲で少年期を過ごした、江戸時代初期の陽明学者
 ⑤ 「日蓮上人」 災害や争乱相次ぐ鎌倉時代、釈迦の教えを広めた仏僧

 深く掘り下げれば、お一人お一人の生涯だけで、年内の「今日の言葉」は埋めつくされてしまうでしょう。
 ここでは、大意だけ取り上げます。

 前回の「武士道」でも見られるように、島国かつ大多数が単一民族の日本は、欧米人には理解し難い文化も少なくありません。
 そこで著者は、世界に通用するものさしとしてキリスト教の考え方を取り上げ、尊敬に足る人物を投射した訳です。

 イギリスの貴族には、「ノーブレスオブリージュ(高き身分の者に伴う義務)」なる指針があります。
 身分や位が高く成れば成るほど、自己犠牲を払い、公僕として社会に貢献すべきであるという教えです。
 先述の5名の代表的日本人には、そうした素養が漏れなく備わっています。
 加えて、この5名を代表的日本人とすることで、「それこそが日本人の本質」と主張しているのです。

 今の円高は、総論として投機的な値動きですが、見方を変え「要因は3.11」と唱えるアナリストがいらっしゃいました。
 千年に一度という未曽有の大災害に見舞われながら、暴動や略奪もなく、冷静に行動したこと。
 東北だけでなく、日本中が一致団結して、支援の輪を広げ続けていること。
 原発停止に伴う電力不足にも関わらず、節電意識の徹底により停電が回避できていること。
 製造業を中心に、その復興のスピードが驚異的であること。
 こうした日本人の資質と底力に、諸外国は驚きを隠せません。

 今こそ、博愛と慈悲と秩序と感謝の心に満ち溢れた代表的日本人の一人として、胸を張って生きていきましょう。

武士道 ザ・INAZO

 地元AMラジオの平日正午、「クイズショウ ザ・INAZO」なる番組があります。
 三択問題に三問連続して正答できれば、5,000円貰えるという企画です。
 かなり難易度の高い問題で、すべて勘で回答しますと、5千円の獲得率は3.7%しかありません。

 それはともかく、この番組タイトルは、番組開始当時5千円札の肖像に使われていた、新渡戸稲造に引っ掛けたものです。
 途中で、「クイズショウ ザ・ICHIYOU」に変更することもできたでしょうに・・・。

 それはともかく、新渡戸稲造って何をした人か、ご存じですか?
 そう、倫理哲学者にして「武士道」の著者であります。
 「武士道」は、老若男女を問わず一度は目を通すべき、日本人のバイブルです。

 それはともかく、この本の中に、諸外国から見た「ここが変だよ日本人」が紹介されています。

① 真夏の太陽が照りつける中、一人の婦人が何の日除けも持たずに歩いていた。
  そこへ出くわした顔見知りの青年が立ち止まり、帽子を取って挨拶をする。
  滑稽なことに、その婦人と立ち話する間中、彼は帽子はおろか、手にした日傘も下したままであった。
  日傘を下ろそうと、帽子を脱ごうと、相手が涼しく成る訳でもないのに・・・。

② 他人に贈り物をする際、アメリカ人はその品物を褒め称える。
 「この品物は素晴らしいものだ。素晴らしくなければ貴方にあげたりしない。
  素晴らしくないものをあげるとすれば、貴方を侮辱したことになるからだ。」
  ところが日本人は、実におかしなことに、「つまらないものですが」と悪く言う。
  つまらないものであれば、あげなければ良いのに・・・。

 ①に関しては、自分だけが涼を取るのは忍びないという、礼節と謙譲の意味を持って、苦役を共にする姿勢です。
 ②は、相手が立派な方であるが故どんな贈り物もかすんでしまうという意味の、相手を敬う心遣いを示しています。

 「礼儀は、仁と謙譲の動機から生れ出るように、他者の感情の優しさによって動くものであるから、常に優美な同情となって表れる。
 すなわちそれは、泣いている人とともに泣き、喜ぶ人とともに喜ぶということである。」
 
 古臭いと思うかもしれませんが、20~30代の若者に、是非読んで頂きたい良著です。
 

自由がもたらす欠点

 ゲーテが、世界的に最も著名な詩人であることを否定する人はいません。
 実際に数々の教えを、短い文章で端的に指示してくれます。

 「すべての人間が、自由を得るや、その欠点を発揮する。
  強い者は度を超え、弱い者は怠ける。」  親和力 第二部 第二章

 世の中には、管理の強い会社と、自由度の高い会社があります。
 前職は、極めて管理の強い会社でした。
 
・ 一般社員は月に一冊、課長職以上は月二冊の読書と感想文の提出
・ 部長級以上は、部下に向けてのリーダーメッセージの毎週発信
・ 毎月開催されるビデオセミナーの参加とセミナーレポートの提出
・ 毎朝の日経新聞購読
・ 朝礼でランダムに指名される、日経新聞を読んでの三分間スピーチ・・・

 これらはほんの一例です。
 それ以外にも、研修やシステムが山程ありました。
 一連の決めごとに背いた場合は、即顛末書の提出です。
 この顛末書も、経営計画書の数頁を、手書きで模写することが求められるため、軽く2~3時間はかかります。
 
 現在の我が社の社員がこうした話を聞くと、「ガチガチに締めつけられて、息が詰まり、のびのびと仕事ができない」と感じる筈です。
 それらの一部でも強制したならば、退職すら考えるかもしれません。

 一方、かつてこの会社で勤め、縁あって今も志を共にする数名の方々は、当時を懐かしく思い返していることでしょう。
 当時は、こうした決め事以外の会議や研修も多く、「実務の時間が取れない」と嘆く声も聞こえていました。

 今の我が社は、極めて自由度の高い会社です。
 強制されることは殆どありません。
 では、あの頃に比べて実務的な営業時間は増えていますか?
 自己啓発は、できていますか?

 恐らく自分も含めて、答えは圧倒的にNOです。
 立派な人間を創造するために、良いと思う事は強制してでも実践させる・・・。
 当時のTOPの強い信念と、徹底させた実行力は尊敬に値します。
 
 自由な環境の中で、自発的・自燃的・自立的な成長が促進されるなら、それに越したことはありません。
 しかし、ゲーテの言葉の通り、すべての人間が、自由を得るや、その欠点を発揮します。
 強い会社を作るために、緊張感のある社風を築くために、TOP自らが真剣になるべき時期なのでしょう。

今日やるべき大切なこと

 本日、代休を頂きました。
 実母と義父が、続けざまに入院したからです。
 義父は、ヘルニアの症状改善のための、前向きな手術に臨みます。
 実母は、突然のギックリ腰で病院に担ぎ込まれました。

 従って、何れも命に関わる様な話ではありません。
 病床の実母も、「心配はいらないから来なくても良い」と言います。
 とはいえ、母の年齢は既に75歳を超えました。
 盆と正月の年二回として、後何回会えるでしょうか?

 前職時代、業界の大先輩である年上の部下が、突然死したことがあります。
 参列した自分は、会社を代表して弔辞を捧げました。 
 葬儀の最後に、遺族を代表して、御子息が会葬者への謝辞を述べます。
 「・・・せめて、後一年長生きしてくれたならば、もっと親孝行できたのに・・・。」
 
 涙ながらに訴える姿に、胸締め付けられる思いでしたが、この言葉は間違っています。
 仮に一年間生き永らえた後に亡くなったとしても、更に一年長生きしてくれと願うものでしょう。
 正確には、余命一年と宣告されて、期限を切られたとしたならば、その残された時間を有意義なものとすべく、後悔を残さない様に親孝行できるのです。

 寿命は、いつ尽きるか誰も判りません。
 若くて健康であるならば尚のこと、いつまでもこの命が続くかの如く錯覚して、貴重な今日を無為に過ごしてしまいがちです。
 残された時間が後一日だとしたら、今日何をすべきか?
 後悔の無い人生のためには、今その大切なことを実行すべきなのです。

私益から公益へのすり代え

 バブル崩壊から20年以上経過した今日まで、負の遺産を先送りし、引き摺り続けていたようです。
 オリンパス問題の仔細は、マスコミで大量に報道されていますので、ここではポイントだけまとめてみます。

① 90年代から有価証券投資によって多額の損失を計上した
② 損失を決算書に反映せず、含み損を抱えたまま先送りした
③ 実質価値以上の買収費用を支払い、損失の穴埋めに当てた
④ 外国人社長が問題に気付き告発しようとしたが解任された
⑤ 事件の全貌を認めて現副社長を解任、前会長も刑事告発へ

 まず①において、本業以外の投資に走ったことが間違いの始まりです。
 バブル経済に日本中が浮かれた当時、幾多の企業が本分を見失っています。

 次に②において、その損失を隠蔽しようとしたことが問題です。
 お客様も株主も取引業者も社員も、すべてのステークホルダーを欺いてしまいました。

 ③については、何をかいわんや。
 ④に至っては、正義を貫こうとした外国人社長の声を、逆に封じ込めるのです。

 朝のワイドショーで、大物司会者が憤りをぶつけていました。
 こうした事件が起こる度に、マスコミは経営陣を叩きます。
 
 「取締役会が機能していない!」
 「常勤監査役は何をやっていたんだ!」
 「監査法人の監査はザルだったのか!」
 
 勿論、テクニカルな面でのコーポレートガバナンスの不備は、指摘されても仕方ありません。
 しかし、誤解を恐れずに言うならば、問題の本質は体制ではなく文化です。

 「企業を守るために仕方無いんだ!」
 
 私益を公益にすり代え正当化された論理が、強いロイヤリティ(帰属意識)に訴えられて隠蔽の結束を強めます。
 一つの嘘を正当化させるために、次から次へと嘘を塗り被せざるを得なくなったに違いありません。

 悪しき文化は、小さな誤魔化しの積み重ねによって構築されます。
 決して、対岸の火事では無いことを、わが身に振り代えて考える必要があるでしょう。

くうねるあそぶ+α

 昨日、偶然にも続けざまに、佐俣さんと佐川さんがFacebookでシェアされていた文書を読み返しながら、やたらと目頭が熱くなりました。
 フィクションなのかノンフィクションなのかはともかく、原稿用紙数枚程度のボリュームで、ここまで感動させられる言葉の力は偉大です。

 登場人物は、学校の先生と、一般的に言う出来の悪い生徒。
 序盤は稚拙な生徒が、小馬鹿にされたり、笑い者になったりします。
 やがて時が流れ、成長した生徒が、先生の親身な教育・指導に感謝し、感動を呼ぶくだりは共通です。
 少しだけ脚本や演出に携わった立場で見れば、先に紹介した文章は、ある意味コテコテの泣かせパターンでしょう。
 摩訶不思議なことに、知り尽くした上で何度読んでも、感動・感激・感涙は波状的に訪れます。
 
 「くうねるあそぶ」
 バブル全盛期に日産から発表されたセダン、「セフィーロ」のキャッチコピーです。
 コピーライター糸井重里が考案したこの言葉は、人間の本能的な欲求を、たった7文字で見事に表現しました。

 遊び人だろうが堅物だろうが、健全な人間は誰しも、「くうねるあそぶ」を欲しています。
 それは、生きるための必要条件だからです。

 しかし人は、毎日御馳走を腹一杯食べて、好きなだけ睡眠を取って、酒池肉林の生活に溺れたとしても、それだけで幸福感を得ることはできません。
 
 「誰かの役に立ちたい」
 「世の中に貢献したい」
 「人から認めて貰いたい」

 これこそが第二欲求です。
 
 かつて経営コンサルタントの中川理巳先生から教えられました。
 「感性に対して理性という言葉がある。
 しかし、感動はあっても理動という言葉は無い。
 人の心は、理屈では動かせないからだ。」
 
 良いものに触れ、人の頑張りを認め、自らも直(ひた)向きに努力し続け、素直に感動できる、豊かな感受性を育みましょう。

精神的アドバンテージ

 私は、自他共に認める朝型人間です。
 6時台に出社する習慣は、少なくとも十数年続いています。
 
 今は、自宅を5時過ぎに出発して、6:00前後に出社するのがレギュラーです。
 出社するとまず、店内の照明を点け、ロールスクリーンを上げて、店をOPENします。
 勿論、お客様が来るからではありません。
 松山(愛媛)で一番交通量の多い南環状線を往来する車のドライバーが、「早くから開いている不動産屋だな」と横目で見てくれるだけでプラスでしょう。

 松山南店の警備保障システムは、21:00~6:00にセットしています。
 時間を過ぎて人が侵入すると、解除スティックを差し込んだとしても不審者と認識され、整備会社から電話がかかってくるのです。
 ここ最近、朝が早過ぎて、頻繁に警備会社の手を煩わせています。
 たまりかねた警備会社から、「社長さんの出社が早いようなので、宜しければ設定時間を変更しましょうか?」と提案がありました。
 ということで今は、5:30に設定変更されています。

 このことを某社の社長に話しますと、「うちも24:00設定だったけど、なかなか社員が帰らないものだから、2:00に変更して貰ったのよ。」・・・。
 5:30出社も普通じゃありませんが、2:00帰りがレギュラーというのもどうでしょう?

 月に一度の読書感想文が義務付けられていた前職の会社では、次の様なエピソードがありました。
 月末の段階で提出できてない社員が、会社に残って本を読み、徹夜で感想文を書き綴っている場に、たまたま早出した私と出くわします。
 その時刻は早朝4:00・・・まさに不夜城です。

< 朝の時間の効用 >
① 頭も身体もリセット済みであるため、脳の働きがクリア&アクティブ
② 電話もかからず、不意の訪問も話しかけられることもないため、仕事が捗る
③ 始業前に段取りすることで、前向きに仕事を追いかけることができる
 
 最近、Face bookを始める様になって、もう一つ朝の楽しみができました。
 外は真っ暗でも、沢山の方が既に活動されていて、拙文へのコメントと共に、元気と勇気を頂けることです。
 一日のスタートを一時間だけ早めて、精神的アドバンテージを享受してみませんか?

角は取れても丸くない生き方

 自分は性格的に、決して柔軟ではありません。
 どちらかというと・・・いや、かなりの堅物で、融通が利かない部類の人間です。

 相手の不誠実な態度やいい加減な対応に立腹して切れることも、自分の正当性を主張し相手の非を責め、言い負かしてしまうことも多々あります。
 しかし、人間関係は勝ち負けではありません。
 その場は勝ったと思っても、負かした相手との付き合いは絶たれ、世間を狭く生きる結果に成ります。

 そんな自分の性格を知る、かつての上司が諭してくれました。
 「どんな人間でも、上手く付き合っていれば、一生の内、一度や二度は役に立つ。」
 言葉は乱暴ですが、処世術として影響を受けた教えの一つです。
 短気を起こしそうになった時には、その教えを思い出し、ぐっと堪えて言葉を呑み込みます。
 
 マウンド上の投手が、たまたまエラーした野手にキレ、試合を中断してまで責め続けることはありません。
 怒りや失望が頭を過ったとしても、「ドンマイ」と笑顔で声をかけます。
 エラーした野手は、その投手の気使いに奮起し、次の打席での挽回を誓うのです。

 「忠臣を主とし、己に如かざる者を友とするなかれ」
 訳:(友人とは誠心誠意つきあうのが大切だが、自分に及ばない者は友人にすべきではない。)

 ワタミの渡邉美樹社長は、一見非情に見える論語の下りの部分を更に噛み砕いて、次の様に訳しました。
 「人格的に信頼できず、尊敬できない様な人とは友人関係を結ぶな。」

 自分は、この考え方に共鳴します。
 八方美人に節操無く人脈を拡げる気はありません。
 利につながるから、得になるからといって、尊敬できない人と群れた段階で一蓮托生です。
 角は取れても丸くない生き方を貫きたいと思います。

キングカズの教え

 日経新聞のスポーツ欄に、サッカー界の重鎮「三浦知良」選手のコラム「サッカー人として」が連載されています。
 日本のサッカーを、世界レベルにまで引き上げた先駆者だけあって、口語体で綴られる一言一言の説得力は一級品です。

「アウェーとヤジ」
【 11試合勝利のない横浜FCの選手が、サポーターにけなされ、食ってかかる一幕があった。
 僕は、サッカーに関することなら何を言われても腹は立たない。
 試合中になじられてとしても、仮に最後の最後、1-0でもいいから勝てば、誰もそんなこと言わなくなるわけでしょう?
 見ている人はそういうもの。
 
 「こっちも懸命なんだ」と言い返す選手もいる。
 でも、一生懸命やったかどうかも、僕らが決めることじゃないんだ。
 外から見た人が決めることなんだから。
 
 ブラジルで最初(プレーした時)は、「ジャポネーゼ」とバカにされた僕が、やがて「カズ、ばか野郎」とやじられた時は感慨深かった。
 日本人という括りを超え、個人として認められたんだなあと。
 「国境を越えるブーイング」はいいもんだね。 】

 心無いヤジ・ブーイングに対しても感情的に成らず、自分なりの美学をもって消化できるキングカズは流石です。
 
① 勝てば官軍 結果を出せば非難されることは無い
② 一生懸命やっかたどうかは、他人が判断すること
③ 名指しのヤジは、個人を認めてくれている証左

 会社経営や店舗運営も、まったく変わりません。
 一流の心構えを見習いたいものです。

経済と引き換えに失ったもの

 親交の深い、尊敬する社長のウォールに対し感想を綴る内、無性に切なさが込み上げてきました。
 それは経済よりも、遥かに大切なことです。

 先日発表のあった秋の叙勲、史上最年少で13歳の少年が紫綬褒章を受けました。
 受章理由は、川で溺れた小学生を救った人命救助です。
 「泳ぎは余り得意ではないが、気付いたら飛び込んでいた。とにかく助けなくっちゃと思った。」
 実に立派な心掛けと言えるでしょう。
 
 一説によれば、人間には皆、人助けの本能が備わっているそうです。
 非道の限りを尽くした悪人が逃亡の途中、川で溺れかけている人を見つけ、無意識に川に飛び込み、命は救ったものの、本人は捕まってしまったという逸話もあります。
 ところが先月、中国で驚愕の事件が起きました。

 防犯ビデオの生々しい凄惨な映像は、You tubeで世界中に向けて発信されています。
 2歳の女児が車に轢き逃げされ、路上に倒れていたにも関わらず、その場に出くわした人々は、救急車を呼ぶでもなく、介抱するでもなく、見て見ぬふりで次々と通り過ぎるのです。
 しかも、その間に女児は、後続のトラックにもう一度轢かれてしまいました。
 19人目の通行人が彼女を抱きあげ、病院に搬送したものの、幾夜も生死の境を彷徨い、一週間後遂に力尽きます。 
 
 彼女の命を奪ったのは、轢き逃げした二人の運転手だけでは無いでしょう。
 無慈悲にやり過ごした18人も同罪です。
 
 近年、中国は著しい成長発展を遂げ、日本を追い抜いて世界第二位の経済大国に伸し上がりました。
 しかし、もっともっと大切なものを引き換えにしてしまったのかもしれません。
 少女の冥福を心よりお祈り申し上げます。 ― 合掌 ―

己生えで成立する農業

 輪作という言葉を知っていますか?
 今年大豆を収穫したら来年はホウレンソウ、といった具合で、同じ土地に別の性質の幾つかの種類の農作物を、何年か毎のサイクルで作っていく方法です。

 今年も大豆、来年も大豆という連作をしていきますと、その固定の食物が必要とする土壌の栄養分が偏って吸い上げられ、病原体や害虫が蔓延(はびこ)ってしまい、年々収量が落ちてしまいます。
 栽培する作物を周期的に変えることで、栄養バランスが保たれ、収穫量・品質、共に向上するのです。

 農耕が起きた古代の昔から、人間はこのことに気付いていました。
 土地の全部を使うのではなく、その畑を四つに区切り、一年毎に一区画ずつ植えつけるのです。
 農作物が養分を吸い上げ、痩せてしまった土地も、一周した四年後には再び肥えた土壌に戻っています。
 まさに、自然のサイクルに順応した営みです。

 近代農業は、商業的な意図もあって、一つの土地から得られる収量を最大化すべく、一品大量作付と連作をベースとしてきました。
 痩せた土壌を肥やす為に肥料を、害虫を駆除するために大量の消毒剤を撒き、自然の摂理を人工的に抑え込もうとしています。

 知る人ぞ知る、愛媛県伊予市の故福岡正信さんは、近代農業に敢然と立ち向かった方です。
 この土地に何かを植える、という計画的なものではなく、泥をこねた粘土団子の中に、茄子やトマトや胡瓜などの種を練り込み、あてもなくばら撒きます。
 やがて、その土壌に最も適した、生命力のある種が逞しく根付き、芽を出し、実を付け、驚くほどの収量が得られるのです。

 消毒も草取りも肥料も不要。
 事実上の己生え(おのればえ)でも、農業が成立することを証明されました。
 日本のみならず、世界各国には、福岡氏をリスペクトする弟子が多数存在しています。
 その功績が認められ、アジアのノーベル賞と言われるマグサイサイ賞も受賞しました。

 農作物がそうであるように、人間個々にも性格があり、必要な養分がある筈です。
 自然に抗うことなく、その能力を最大限に活かすための土壌を形成していきたいと思います。

書きたくても書けない話

 ブログは、理論上、全世界に発信しています。
 従って、丸秘や厳秘に類する話は、書きたくても書けません。

 ここ2~3日、書けないけれど、すごく嬉しい話や、すごく驚いた話や、すごく辛抱した話が立て続けに起きました。
 書きたくて、書きたくて、うずうずしていますが、信用のためにここは堪え所でしょう。

 すごく嬉しい話は、営業のクロージングで、久々に目頭が熱くなったこと。
 何故書けないかというと、どう描いても自慢話に取られてしまうからです。

 すごく驚いた話は、かつての部下の良くない噂。
 力に成れない自分に、歯がゆさを覚えます。

 すごく辛抱した話は、怒りを抑えたエピソード。
 自分は、日頃の人当たりからすると意外に思われる程、短気で好戦的な人間です。
 B型特有か、切れたら歯止めが効きません。

 他人に腹が立つということは、それだけ期待が大きいからです。
 期待が無ければ、腹も立たないでしょう。
 
 関係者以外には、さっぱり判らない内容で申し訳ありません。
 たまには、こんなグダグダなブログも許して下さい。 

天命を知るまでの一年

 先の10月30日は、49回目の誕生日でした。
 大台にリーチです。

 文化祭の合唱コンクールでW優勝を果たしたとかで、我が家には息子の同級生16名が夕方から詰めかけ、打ち上げのカラオケ大会です。
 とはいっても、我が家にカラオケ機器が整っている訳ではありません。
 最近はネット環境さえあれば、「You Tube」によってカラオケも自由自在です。
 父は空気を読み、終わる時刻を見計らって帰宅しました。
 
 中学生の中に入り混じって、「よっしゃ!お父さんもナウいヤングに合わせて、谷村新司の昴を一曲!」・・・想像しただけでも鳥肌が立ちます。
 帰宅後、息子と一緒に風呂に入りながら聞きますと、私の帰宅に合わせ、全員で「happy birthday to you」を合唱する段取りになっていたそうです。
 
 その話を聞いて、よくぞ帰宅を遅らせたものだと安堵しました。
 それこそ、最も避けたいシチュエーションです。
 素直でない私はリアクションに困ります。
 鳥肌ならぬ鮫肌ものです。

 閑話休題。
 「Face book」に登録してから迎える初めての誕生日。
 ウォールやメッセージを通じて、多くの方からお祝いのお言葉やカードを頂戴しました。
 これほど沢山の「おめでとう」を頂いたのも、「ありがとう」を返したのも、20年前の披露宴以来です。
 
 世界のネット人口20億人の内、8億人が登録していると言われる「Face book」は、日本国内でも急速な伸びを示しています。
 その最大の理由は、原則実名公開によるリアルなコミュニティが、持ちつ持たれつで支え合う人間社会の縮図として可視化されているからでしょう。

 【 而立 】 三十にして立つ
 【 不惑 】 四十にして惑わず
 【 知命 】 五十にして天命を知る

 天命を知るべき歳まであと一年。
 悔いの無い人生を歩みたいと思います。
プロフィール

Hideo Matsuoka

Author:Hideo Matsuoka
・生年月日 昭和37年10月30日

・好きな言葉 
今日は残された人生の最初の一日

・信条「先憂後楽」

・尊敬する人 
稲盛和夫 西川広一 松下幸之助

・資格 ①宅地建物取引士
    ②建築2級施工管理技士
    ③マンション管理業務主任者
    ④防火管理者
    ⑤少額短期保険募集人
    ⑥損害保険募集人
    ⑦損害保険商品専門総合
    ⑧不動産キャリアパーソン
・趣味
 劇団AUGAHANCE初代代表
 主に脚本・演出を担当

・経歴 
 中卒後、大工・石工と職人道を歩む
 平成2年 
 ㈱中岡組 (ジョーコーポレーション)入社
 マンション担当役員→常務執行役→管理会社代表を歴任
 平成21年 ㈱NYホーム起業

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