幸不幸を分ける考え方

 デールカーネギーの格言です。
 
 「幸不幸は、財産・地位・或いは職業によって決まるものではない。
  何を幸福と考え、何を不幸と考えるか、その考え方が幸不幸の分かれ目なのである。
  例えば、同じ職場で仕事をしている人が二人がいるとする。
  この二人は、ほぼ同じ地位と財産を持っているにも関わらず、一人は幸福に感謝し、一人は不幸を嘆く。
  それは何故か?・・・気の持ち方が違うだけだ。」

 確かに、同じ職場で働く社員の気持ちも様々です。
 手に入らないものに目を向けて嘆くか、今有るものに目を向けて感謝するか・・・ものの見方で大きく変わります。

 「与えられない」「貰えない」という受け身か、「自ら変える」「自ら掴む」という前向きな考えか・・・こうした主体性の有無でも取り組み方は違ってくるでしょう。

 「給料が安い」「賞与が少ない」・・・こうした待遇面での不平不満は珍しくありません。
 会社の利益は、お客様へのサービス提供の対価として、お役立ちに比例して頂くものです。
 お役立ちが増え、利益が積み上がれば、会社としては算盤が許す限り、社員に還元したいと考えています。
 平等では無く、貢献した社員には相応に、貢献しない社員にはそれなりに配分するのが公正でしょう。

 今は創業間もない中小零細ですが、やがて社会的にも認められる立派な企業に成長させます。
 そうなれば必然的に、役員や部長や課長といったポストが誕生するでしょう。
 そのポストを埋めるに相応しい社員は誰でしょう?
 仕組みも体制も未整備な中で愚直に会社を支え、苦楽を共にして会社の礎を築いたあなたです。
 
 理想の職場や天職は、白馬に乗った王子様の様に、ドラマチックに巡り合う訳ではありません。
 日々一所懸命取り組むことで今の仕事が天職となり、自らの提案でより良い方向に導こうとする姿勢が理想の職場を作るのです。
 前向きな改善提案に対しては、常にドアを開けています。

 前職時代からの同志は、既にお気付きでしょう。
 完成された大きな会社の歯車の一つとして働くよりも、小さな会社の創業メンバーとして、会社を大きくしていく方が遥かに楽しく、やりがいに満ちています。
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二人三脚の運命共同体

 採用に向けて面接を進めています。
 昨今は、企業側が採用の枠を狭めており、求職活動はままならないというのが一般的な見方です。
 しかし、実際に面接させて頂く中で、求職する方々にも問題があることを痛感します。
 新卒採用された会社を、約一年で退職した方のエントリーシートには、次の様に退職理由が記されていました。

 「急な配置転換や労働条件の悪化のため、同社で働き続けることに不安を感じ、退職を決意した」

 配置転換とは、製造4課から製造2課への異動です。
 労働条件の悪化とは、残業4時間が1~2ヶ月続いたことを指します。
 ちなみに、その間の残業手当は、しっかりと支給されているそうです。

 今後彼が、何社の面接を受けるか判りませんが、この理由を聞いて同情する人事担当者は皆無でしょう。
 どんな会社でも、配置転換はあります。
 我が社のスタッフも、大半が未経験部署からの配置転換組です。
 私自身も前職の会社で、菓子販売店店長→賃貸仲介・管理→分譲マンション販売と、常に新規事業をゼロから立ち上げ開拓してきました。
 そうした環境変化を、前向きに受け止められる逞しい人材でなければ、これからの時代生き残れません。

 別の面接者は、SE(システムエンジニア)として勤めた会社に朝8時に出勤し、帰宅はほぼ毎日午前様。
 時として、徹夜が二日も三日も続いたので体力がついていかなかった・・・と語っています。
 ここまできますと、流石に限度を超えているとも思いますが、先述の様な一過性の4時間残業をもって、「労働条件の悪化」と捉える感覚は、甘さ以外のなにものでもないでしょう。

 社会人としての経験が浅いと、当たり前の基準が曖昧(あいまい)なまま、雰囲気に流されてしまいがちです。
 未熟なメンバーだけで話し合い、結果的に「会社が悪い」という、短絡的な結論を導く可能性もあります。
 彼にとっては、会社の中で冷静に諭してくれる、良い先輩に恵まれなかったのが、最大の不幸かもしれません。

 会社の成長を社員は生き甲斐に感じ、社員の成長によって会社の業績が向上し、会社の業績があがることで社員の待遇に還元される・・・労使の関係は決して加害者と被害者ではなく、二人三脚の運命共同体なのですから。
 
 
 
 

 

ドラフト外の大投手

 昨日、江川を取り上げたとなれば今日、この人に触れない訳にはいきません。
 我が愛媛が生んだ、孤高の大投手「西本聖」です。
 球史に残る超法規措置で、華々しく巨人入りした江川とは違い、松山商業からドラフト外での入団でした。
 天高く足を突き上げる、星飛雄馬ばりの独特の投球フォームは、見ているだけで心躍ったものです。
 通算165勝は目立ちませんが、ドラフト外入団の最多勝記録でもあります。

 かつて、野村克也氏が現役当時、「長嶋が向日葵(ひまわり)ならば、俺は月見草」と自虐的に語りました。
 江川が華麗に咲き誇るハイビスカスならば、西本は踏まれても踏まれても健気に花を咲かせるタンポポでしょう。
 その西本が、現役時代に語った言葉です。

 「プロで頼りになるのは、自分ひとりの力である。
  それには、練習する以外にない。
  他人の二倍三倍、練習するのは当然。
  それだけでは、他人の上にはいけない。
  他人が遊んでいる時まで練習して、初めて一人前に成れる。」

 決して天才肌ではなく、努力と忍耐によって一流の称号を勝ち取った方だけに、非常に説得力があります。
 勿論この教えは、野球だけに限りません。
 不動産業を始めとした、ビジネスにおいても共通です。 

 西本の引退試合は、雑草人生に相応しく、多摩川グランドで行われました。
 主催したのは、同期入団のドラフト一位、定岡正二氏です。
 そのひっそりとした舞台における、最後の打席、定岡監督が平光主審に告げます。
 「代打、長嶋茂雄!」
 3,000人の大歓声に包まれながら、西本の花道は飾られました。
  
 
 

結果以上に大切な何か

 天下の読売巨人軍が、空白の一日を突いて電撃入団発表を行い、異例のコミッショナー裁定によって、故小林繁投手との三角トレードで決着した、前代未聞の事件の主役は、御存じ「江川卓」投手です。
 全盛期は、150㎞を超える伸びのあるストレートと落差の大きいカーブで、バッターの付け入る隙を与えませんでした。
 オールスター戦で先発し、8者連続三振に切って取った快刀乱麻の圧巻劇は、今でも語り草です。

 さて、掟破りゴリ押しの入団によって、ダーティーなイメージの付きまとう江川氏ですが、彼の人間性を感じさせるエピソードが残されています。
 作新学院のエースとして、高校時代から怪物くんと評され、スカウト陣やマスコミから注目されていた彼は、華やかなスポットとは裏腹に、心の孤独を感じていました。

 当時の作新学院は打てないチームで、エースで4番である江川のワンマンチームと言っても過言ではありません。
 江川一人が注目されるために、必然的にチームメイトとの溝が生まれます。
 昼食を取る際も、迷惑がかからないようにと、常に一人ぼっちでした。
 彼は、周囲からのプレッシャーに苛(さいな)まれつつ、孤独と闘いながら剛球を投げ続けたのです。

 1973年8月16日 甲子園大会2回戦 銚子商戦。
 常に優勝候補の一角と目されながら、これが彼にとって高校生活最後の試合となりました。
 球史に残る、0対0の延長12回裏1死満塁ツ­ースリーの場面。
 雨中のマウンド上に、次々とチームメイトが駆け寄ります。

 一人が、江川に対してこう言いました。
 「ここまで来られたのは、おまえのお陰だ。
  フォアボールでも良い。
  最後の一球、おまえの好きな球を投げろ。」
 その言葉を受けて投じた渾身のストレートは、高めに浮いてフォアボール、押し出しのサヨナラ負けでした。

 後日、この場面を振り返って、江川はこう語っています。
 「実に清々しい敗戦だった。あの試合のあの一球によって、チームが一体になったと感じることができたから。」 
 勝利にこだわることも、結果も大切ですが、時として結果以上に大切な何かがあることを、怪物江川の言葉は教えてくれます。

有難い休日の電話

 昨日は水曜定休日でしたが、共同で進めている案件のパートナーからの電話で起こされました。
 「取引のスキームが変わったので、買主の方の了解をとって貰いたい。」
 すぐさま買主の会社に連絡を入れ、「今から書類を作って伺うので、押印頂きたい。」と告げます。
 大洲の事務所に行き、書類を作成し、その足でお客様の所へと向かいました。
 これまでも八割方固まっていた取引ですが、今日の流れで鉄板です。

 午前中、体調回復の兆しか、声はガラガラでした。
 昼からも、お客様からの電話が続きます。

 まずは先日、娘さんの単身マンションをお世話した同級生からです。
 「娘と同じ専門学校に入学する友達が、同じマンションに住みたいと言っている。」
 本日、空室状況を確認した上で、連絡することにしました。

 次も、同級生です。
 二年前、故郷の内子町に飲食店を開店しました。
 毎月一回、同級生の食事会を開催しています。
 これまでは松山からの通いでしたが、お子さんの小学校卒業を機に、内子定住を決めたようです。 
 そこで、松山の自宅を賃貸で貸す相談でした。
 本日、15:00にお店に出向いて話を詰めます。

 次は、大洲で管理させて頂いているマンションオーナー様です。
 管理物件では無い松山のマンションの、配管工事の見積依頼を頂きました。
 
 若い頃は、休日に仕事の電話がかかると憂鬱な気持ちになったものですが、今は心から有難いと思います。
 
 自らの給料を捻出するには、利益を稼がないといけない。
 利益を稼ぐためには、売上を上げなければならない。
 売上を上げるためには、契約を締結しなければならない。
 契約を締結するためには、商談をしなければならない。
 商談をするためには、集客しなければならない・・・。

 会社経営で最も難しいのは、お客様の創造です。
 待っていて来ないのであれば、こちらから訪ねてでも営業する必要があります。
 個人的には、そこそこ忙しく仕事をこなしていますが、その殆どがリピートや紹介や来店や電話によって、お客様の方からアプローチして下さる仕事ばかりです。
 営業の王道である、軍隊式の飛び込み訪問や夜討ち朝駆けを否定するつもりはありませんが、紹介やリピートにつながる人的財産がストックされていれば、そうした根性論など無用になります。
 
  

正の扇動と負の扇動

 スイスの心理学者「ユング」は、孤独についてこう語っています。

 「孤独とは、自分の周りに人がいないために生じるものではなく、自分にとって重要だと思っていることを他者に伝えられないことや、自分自身が他人に許容することのできない、何らかの観点をもつことにより生まれるものだ。」

 つまり、「自分の考えを理解して貰えない」「周囲の人達の考えが理解できない」そんなパラダイムに陥った時に孤独を感じます。
 即ち孤独は、自からの心の内面から生まれるものといえるでしょう。

 人は孤独を嫌い、同調者と群れることを好む生き物です。
 仲の良い友達同士で食事を共にする小学校の遠足、大学のサークル、政界の派閥に至るまで、世の中には多種多様な集まりが存在します。
 会社や店舗も一つの集まりですが、根源的には経済的な関係を持って結びついているために、必ずしも同調者だけとは限りません。
 
 こうした集まりを束ねるのが、学級委員・党首・店長・社長といったリーダーです。
 リーダーシップには、「正の扇動」と「負の扇動」があります。
 何かしら敵対する対象を見つけ出し、その批判をテコにして誤った方向に導くのが「負の扇動」です。

 仕事を終え、居酒屋に気の合う仲間で集まったとします。
 誰かが口火を切り、「今日の部長の態度ったら無いよな?」「そうだ、そうだ。」と上司の悪口を肴にして酒を飲んでいる姿がそれです。
 人の悪口ほど、酒を美味くする妙薬は無いと言われます。
 賛同者だけで不平不満や愚痴を言い合えば、楽しくもあり、気持ちはスッとするでしょう。
 ある意味、「負の扇動」ほど、まとめ易い組織運営の手法はありません。
 
 しかし、それを本来のリーダーシップと思ったら大間違いです。
 国会での答弁を見ても明らかな様に、単なる批判家について行く人はいません。
  
 一方、正しいヴィジョンを指し示し、組織をより良い方向に導こうとするのが「正の扇動」です。
 そのためには、自分の考え方を相手に伝え、相手の考え方を理解しようと努力する必要があります。
 上司から、一見理不尽な指示が出されたとしても、その真意を汲み取り、自分の中で咀嚼した上で、判り易く末端まで行き渡らせることがリーダーのあるべき姿です。
 それを億劫がったり面倒臭がったりする様では、リーダーは務まりません。
 社長や店長だけに限らず、自分自身をモチベートする上で、「負の扇動」に惑わされないことは重要なファクターの一つと言えるでしょう。
 

大穴の前の小穴

 体調管理が、ビジネスマンの基本であることは、今更言うまでもないでしょう。
 特に、少数精鋭で運営する賃貸仲介店舗では、一人の穴を埋めるのも至難の業です。
 体調が悪いことに同情しながらも、100%優しい気持ちではいられなくなります。
 また、役職が上になればなるほど、責任が重くなり、おちおち風邪も引いていられないのも事実です。

 某コンサルタント会社の社長は、社内に「風邪引き禁止令」を布告。
 「風邪を引くなら休日前。」という条件を付け、休み中に養生し、休み明けには元気に出社するのがビジネスマンのあるべき姿と説きます。

 古くからお付き合いのある某社長は、こう言って笑わせていました。
 「昨夜から咳が止まらず、寒気がして、頭がズキズキして、熱を計ったら38℃超。熱い風呂に入って汗を流して、一晩寝たら何ともなかったんですが、いやあ、もうちょっとで風邪引くとこでした。」

 かくいう私も、自己管理の至らなさで、ここ数日間、体調が優れません。
 一昨日などは、運転して帰るのがやっと。
 昨日は、午前中にどうしても外せない商談がありましたので、午後から早帰りさせて頂きました。
 業務が立て込んでいますので、有難いことに電話は次々と入ります。
 それでも、10時間近く睡眠をととりましたので、明朝は復調している筈です。
 実は今の時刻は19:00で、元気な自分をイメージしつつ、回復宣言の予告投稿しています。
 風邪を直すのに有効なのは、投薬よりも点滴よりも睡眠と気力だそうですから。

 ONとOFFのメリハリは、人生を楽しむために不可欠でしょう。
 しかし、朝まで騒いで睡眠不足とか、深酒して二日酔いということに成りますと、少なからず仕事にも影響を及ぼします。
 社会人として、節度ある行動を心がけて頂きたいものです。

 いずれにしても、体調が悪いにも関わらず無理をすれば、長引いて、より迷惑がかかります。
 大穴を空ける前に予兆に気付き、小穴を空けて自己管理することが肝要です。
 
 
  

明日のメシの種

 繁忙期の前哨戦に差しかかったこの時期、紹介情報が多く、心から感謝しています。
 紹介者は、既存のお客様、社員の友人・知人、経営者仲間、グループ企業の社員と、多種多様です。

 ・ 知人から住宅建築の相談を受け、お薦めした建築会社で決めて頂いた
 ・ かつてマンションを買って頂いたお客様から、売却の依頼があった
 ・ 友人の御子様が、専門学校に就学するに当たり、お部屋探しのご用命を受けた
 ・ 知人の勤務先で、県外から異動する社員の転居先を依頼して貰った
 ・ グループ企業に入社する社員に、総務担当者からお声掛け頂いた
 ・ エリア外のエイブルネットワーク店から、ご紹介を受けた
 ・ 以前、売買でお取引のあったお客様が、孫のお部屋探しのために来店頂いた
 ・ 前職の同僚からオーナー様をご紹介頂き、管理契約を後押し頂いた
 ・ 取引先の金融機関の支店長から、収益物件購入のお客様を紹介頂いた
 ・ テナントを契約したお客様から、知人のお部屋探しに薦めて頂いた
 ・ 某社の会長から、お膳立ての整っている取引に入らせて頂いた・・・

 まさに枚挙に暇が無く、売上に占める割合も、無視できないほどのボリュームに成りました。
 本当に、ありがたい限りです。
 
 さて営業マンの、賞与・昇給・昇格といった評価をする際、幾つかの指標があります。
 契約件数・契約金額・粗利額・成約率・・・これらは単純比較が容易な「数字」です。 
 一方で、「お客様満足度」という定性的な指標は、定量的な置き換えが難しく、前職でも苦労しました。
 すべてのお客様を対象にアンケートを実施して、満足度のパーセンテージを指標としたこともあります。

 契約等の「数字」は「今日のメシ」、「お客様満足度」は「明日のメシの種」です。
 当然に、契約や売上が上がらなければ給料も出せず「今日のメシ」にありつけません。
 しかし、強引な売り方をお客様が不快に感じたとしたら、次のリピートも紹介も無いでしょう。
 その人だけに留まらず、「あの店はダメだ」という悪い評判を、友人・知人に口コミで拡げられる可能性もあります。
 そうした営業マンは「今日のメシ」を稼ぐ半面、「明日のメシの種」を潰しているとも言えるのです。
 一方で、「お客様満足度」が高ければ、対応したお客様自身が営業マンとして、貴方に成り替わって紹介の輪を拡げてくれます。
 
 「数字」と「お客様満足度」は、決して逆行するものではありません。
 過去の誠実な対応は、貯金の如くストックされ、将来必ず利息を付してリターンするのです。
  


 
 

 

消極的な不遜

 日本マクドナルドのCEO「原田永幸」氏は、著書「とことんやれば、必ずできる」の中で、次の様に語っています。

【 とかく人は、自分が素晴らしい成果をあげたり、成功を収めたりすると、「すべては自分の実力の成せる業だ」と思い込む傾向があります。
 がんばった自分を誉めてあげるのは悪いことではありませんが、そこに至るまでには多くの人がさまざまな形で協力・支援してくれた筈です。
 そこを忘れてはいけません。
 とりわけ若い時代は、自分のことで精一杯。
 周囲を見渡す余裕がないために、人に対する感謝の気持ちを忘れてしまいがちなのです。
 私も実に多くの人から、いろいろな教えを受け、どれだけの温かい心遣いと支援をいただいてきたことか。
 社会人になって三十年余りを経た今、振り返ると感謝の気持ちでいっぱいになります。 】

 「マックからマックへ」
 アップルコンピュータから、まったくの異業種である外食産業へトップハンティングによって転身し、当時低迷していたマクドナルドを短期間の内に立て直し、トップ企業へと押し上げた剛腕であるにも関わらず、その言葉には、不遜さの欠片もありません。

 古今東西、成功者と言われる人は沢山いらっしゃいます。
 その栄華は、必ずしも永続する訳ではなく、時として一過性で終わる場合もあるでしょう。
 そこを分ける重要なファクターは、謙虚さや感謝の念を持ち続けられるか否かです。

 謙虚の対義語としての不遜さとは、胸を張ったり、自慢したりする、積極的な態度だけに限りません。
 ・自らの過ちを認め素直に「ごめんなさい」が言えない
 ・フォローや協力に心からの「ありがとう」が言えない
 そうした、消極的な不遜さがあることを、自覚する必要があります。
 
 

邪心を洗い流す再来

 我が社の初契約はというと、実は賃貸借契約ではありません。
 土地の売買契約、しかも売り買い両直の取引でした。
 その仲介手数料総額は、なんと5万円・・・です。

 グループ企業の方から紹介されたお客様は、高齢の未亡人でした。
 進入口の橋を、隣家と共有している都合上、その一部を年間千数百円という、低廉な価格で賃貸しています。
 契約書はいにしえに、当事者間で交わした曖昧な内容です。
 ご主人が他界した後、「軒がはみ出している」とか、「車が置きっ放し」といったトラブルが絶えません。
 そこで「何とかして下さい」という、NHKお昼の番組で上沼恵美子に寄せられる様な内容の相談でした。

 双方の家を訪ね、経緯をヒアリングしますと、案の定言い分は食い違います。
 ある程度、根回しをした後に両家顔合わせしても、感情が昂ぶり、一触即発の状態です。
 何度も足を運び、何とか取りなし、賃貸している土地を売買することでまとまりました。
 土地面積は僅か数坪、取引金額は50万円、従って役所調査も重要事項説明も契約書面もすべてこなした上での報酬は、双方から2.5万円ずつしか頂けません。

 更に契約後、新たな問題が噴出します。
 この土地は宅地ではなく農地、建物は未登記、周囲の家との境界は未確定、名義も故人のままです。
 従って、農地転用、登記、相続、境界確定、合筆、分筆、所有権移転を、すべて行う必要がありました。
 結果的に決済は、契約の三ヶ月後です。

 あれだけ仲の悪かった隣り同士の両家は、決済当日、一緒の車に同乗し、笑顔で事務所に来られました。
◇ お客様「おかげさまで境界も明示されて、すっきりしました。ありがとうございます。」
◆ 松岡「多少費用はかかったかもしれませんが、毎日顔を合わせる隣人との関係が、些細な境界のことでもめることが回避できて何よりです。これから先、孫子の代に継承する上でも、ここでけじめがついて良かったと思います。」

 言葉では綺麗にまとめたものの正直心中は、「これだけ手間がかかって5万円か・・・」と、少し邪(よこしま)な想いも過ったものです。
 それから1年以上経った先日、この取引のお客様が、ご家族を連れて来店頂きました。
 お孫さんが、大学に進学するためのお部屋探しです。
 「あの時は、本当に良くして貰いました。」
 お客様の真っ直ぐな言葉を受け、一年前の自らの邪心を恥じると共に、袖振り合う縁の大切さと感謝の念を再認識した次第です。 
  
 
 

許しいれる寛容な心

 今日は、松下幸之助著「素直な心になるために」からのご紹介です。

【 素直な心の内容の中には、万物万人いっさいをゆるしいれる広い寛容の心というものも含まれている。
 お互い人間は、どこかの離れ小島でたった一人で生きているというのでなく、ふつうみなが相寄って、集団生活、共同生活というものを営んでいます。
 その共同生活を営んでいく上で大切なことはいろいろありましょうが、中でも最も大切なことの一つは、お互いがともどもによりよく生きてゆく、ということではないでしょうか。
 そしてそのために大切なことの一つに“寛容”ということがあるのではないかと思います。

 共同生活にはいろいろな人がいます。
 背の高い人もおれば低い人もいます。
 声の大きい人もおれば小さい人もいるでしょう。
 いろいろな性格、考え方の持ち主が一緒にいるわけです。
 したがって、もし背の高い人が低い人に対して、「背が低いのはけしからん。消えてなくなれ」というようなことをいったとするならば、背の低い人たちはみな怒るでしょう。
 しかしいたたまれなくなってどこかへ行こうと思っても、結局、共同生活から出ていけば生きていくことはできません。
 だから、背の高い人が低い人の存在を認めないようなことがあれば、両者の間に争いもおこり、お互いの不幸な姿も生まれかねないでしょう。
 もちろん実際にはこういったことはありえないことかもしれませんが、しかしたとえば思想や宗教、あるいは人種的な差別という面では、往々にしておこりかねないことだといえましょう。

 寛容とは、広い心をもって、よく人をゆるしいれるということです。
 また人のあやまちに対して、きびしくとがめだてしないということです。
 したがって、たとえよくないことをした人に対して善意をもってそのあやまちを正すということはしたとしても、よくないことをしたからといってその人を憎み、その存在をゆるさない、というようなことはしないということです。
 それでは寛容ということにはならないだろうと思われます。

 それでは、寛容の心はいったいどこから生まれてくるのかといいますと、それはやはり素直な心から生まれてくるものだと思います。
 つまり、素直な心というものになれば、おのずとそういう寛容の心があらわれてくるのではないかと思うのです。】

 全文を引用したのは、手抜きのためではありません。
 経営の神様が生前に語った言葉です。

メラキアの法則

 ワタミの渡邉美樹社長は、著書「強く、生きる」の中で、成功について次のように語っています。

「成功とは、いったい何でしょうか。
 それは決して、失敗しないことではありません。
 成功者とは、成功を積み重ねた人ではなく、山ほどの失敗をしてもくじけなかった人のことなのです。
 一方、成功に遠い人というのは、失敗を恐れて何もしない人です。
 もし、成功を語って失敗に言及しない成功者がいるとすれば、その人の言葉には偽装か隠蔽があると考えて間違いないでしょう。
 あきらめないかぎり、失敗は失敗のままで終わらず、次の成功へのステップになる。
 だから、失敗と成功は対極のものではなく、メビウスの輪のように地続きのものだ。」

 渡邉氏は、こうした思考習慣を総称して、「メラキアの法則」と呼びます。
 メラキアは、アキラメをひっくり返しただけの造語です。

 「成功したい」と願いつつ、「成功できないだろう」というネガティブな考えに惑わされながら、取りあえず一歩踏み出してはみたものの、躓(つまず)いて傷ついて、悩み迷うのが、ある意味人間らしさかもしれません。
 それきり投げ出すか、もう一度立ちあがってチャレンジするか、そこが人生の分かれ目です。

 カーネル・サンダース氏は、30代後半で独立し、ガソリンスタンドを経営しました。
 その一角を改造して作った、レストランの名物料理がフライドチキンです。
 長く経営を続けてきたある日、近くに高速道路が開通したことで客の入りが悪く成り、経営は行き詰まり、遂に店を手放さざるを得なくなります。
 手元に残ったのは、フライドチキンの製造法を記した一枚のレシピだけ・・・。
 カーネル・サンダース、65歳の時でした。
 彼は、そこから立ちあがります。
 その一枚のレシピを手に、全米のレストランを訪ね歩くのです。
 毎日毎日、断られても断られても、カーネルは諦めることなくレストランのドアを叩きました。
 そして、実に1,009軒断られ続けた末の1,010軒目、遂に提携の承諾を得ます。
 それが今日、世界105国15,580店に展開する、ケンタッキー・フライド・チキンの第一号店です。

 諦めない限り失敗は無い・・・この言葉が虚しく聞こえてしまう時、メラキアの法則と共にカーネルの行動を思い返して下さい。
 
 

人生に恩恵をもたらす楽観

 今日も、EQからのご紹介です。

 1988年 ソウルオリンピックに出場したマッド・ビオンディ(米国)は、かつて7つの金メダルを独占したマーク・スピッツに匹敵する活躍を期待されていました。
 ところが、最初のレース200メートル自由形で失速し、3位に終わります。
 次の100メートルバタフライでも、ゴール前1メートルの競り合いに敗れて金メダルを逃すのです。
 しかし、ここからビオンディは立ち直り、残りの五つのレースで見事に金メダルに輝きます。
 
 出鼻を挫かれた後の大活躍を、当然の復活と受け止める人がいました。
 ペンシルバニア大学の心理学者、「マーティン・セリグマン」です。
 
 デモンストレーションの泳ぎで、実際よりも悪いタイムを告げられたスイマーは、コンディションを悲観的に受け止め、次の泳ぎでは更にタイムを落とす傾向にあります。
 ところがビオンディはその後、調子の良かった前日よりも良いタイムを叩き出すのです。
 それは彼の、楽観的な性格に起因しています。

 「楽観も希望と同じで、後退や挫折があっても、最後はうまくいくだろうという強い期待を維持できる能力だ。
 EQの観点からいうと、楽観とは困難に直面した時に、無気力や絶望や抑うつに陥らないよう、自分を守る態勢を意味する。
 そして希望と同じように、楽観は人生に恩恵をもたらしてくれる。
 (もちろん、これは現実に裏付けられた楽観であることが前提だ。根拠の無い楽観は破滅につながる。)」
 
 経営も、店舗運営も、社員教育も、上手くいかなくて当然です。
 換言すれば、上手くいかないものを上手くいくように導くのがリーダーの役割と言えるでしょう。
 引用を繰り返します。

 楽観とは困難に直面した時に、無気力や絶望や抑うつに陥らないよう、自分を守る態勢・・・但し、根拠の無い楽観は破滅につながる。
 自らの今に照らして、考えてみましょう。

 

大河の一滴

 五木寛之氏の「大河の一滴」は、人の命の存在意義や人生観を客観的に描く良著です。
 一節を引用します。

 「人間はちっぽけな存在である。
 だが、それがどれほど小さくとも、草の葉の上の一滴の露にも天地の生命(いのち)は宿る。
 生命(いのち)という言い方が大げさなら、宇宙の呼吸と言いかえてもいい。
 空から降った雨水は樹々の葉に注ぎ、一滴の露は森の湿った地面に落ちて吸い込まれる。
 そして地下の水脈は地上に出て小さな流れをつくる。
 やがて渓流は川となり、平野を抜けて大河に合流する。
 その流れに身をあずけて海へと注ぐ、大河の一滴が私達の命だ。
 人は大河の一滴。
 それは小さな大河の一滴の水の粒にすぎないが、大きな水の流れをかたちづくる一滴であり、永遠の時間に向かって動いていくリズムの一部なのだ。」

 狭い視野で見ますと、この世の中は、人間がコントロールしているかの如く錯覚してしまいます。
 しかし、人の命は長くても一世紀ほどです。
 その一世紀余の人生で、世の中に与えられる影響は、極めて限定的でしょう。
 まさに、小さな小さな一滴の水の粒です。
 さりとて、その一滴が無ければ、水流は生まれず、大河も成り立ちません。
  
 社員も同様に、個々を見れば未熟であったり、稚拙であったりしながらも、不揃いな一粒一粒が集まって店舗の流れをつくります。
 その店舗が一つに合流して、会社という大河を形成しているのです。
 一人一人の力は小さく限定的ですが、皆の力が集まれば、激流となって巨大な岩をも押し流せます。
 そして水は、高いところから低いところへと流れるからこそ、力が分散することなく、勢いが持続するのでしょう。
 
 一人一人の存在は例えちっぽけでも、皆がベクトルを合わせ、一つの方向に突き進んでいくならば、歴史に名を刻む様な、大きな仕事ができる筈です。
 会社は今、大河の一滴である、あなたの力を必要としています。

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ピンチをチャンスに

 私は、特定の宗教を信心するわけではありませんが、かといって否定するつもりもありません。 
 そもそも、宗教という二文字に先入観を持って毛嫌いする民族は、世界中でも日本人だけです。

 確かに、一部のカルト教団が暴走して人を傷つけたり、詐欺まがいの事件が後を絶たないのも現実です。
 一方で、大多数は真面目に、厳(おごそ)かに信仰されているのですから、そこは真摯に受け止めるべきでしょう。

 日曜朝6時台、通勤途中のカーラジオから、「生長の家」の教えが流れてきます。
 全体の教義を理解している訳ではありませんが、先日の話はとても共感できました。

 ある時、転んで頭を打ち、入院を余儀なくされた。
 普通であれば、転んだことも、怪我をしたことも、入院したことも、まことにアンラッキーな事象です。
 ところが、「生長の家」ではこれを、危機(ピンチ)ではなく機会(チャンス)と捉えるのだと言います。
 
 ・ 調子に乗り、驕(おご)るでない、という警告を与えて頂いた
 ・ 入院によって、身体の他の部分もケアすることができる
 ・ 命に関わる様な怪我ではなく、とても恵まれていた
 ・ ベッドで過ごす長い時間を、読書や勉強に充てることができる
 ・ 良い方向へと向かうための、大きなきっかけを与えて下さった

 人はとかく、巻き戻せない、取り戻せないものに固執し、悔やみ、引き摺ってしまうものです。
 時として、訪れてもない未来をも、自らの思考(不安・心配)によって暗黒に塗り潰す人もいます。
 動かしようの無い過去はバッサリと切り捨て、明るい未来へ向けて邁進すべきです。 

 愚痴や弱音や不平不満といったネガティブ思考を理屈で抑え込み、やせ我慢したところで長続きしません。
 ストレスばかりが溜まり、周囲にも見透かされてしまうでしょう。
 真のポジティブ思考とは、ピンチをチャンスに、逆境を成長の種に捉えられる、思考習慣から芽生えるものなのです。

EQの高い社員の集う会社

 十数年前に、ダニエル・ゴールマン著「EQ(emotional quotient)」がベストセラーに成りました。
 耳馴染みのある「IQ」知能指数に対し、「EQ」情動指数は、いわば心の知能指数です。
  
 一般的にIQは、「IQ200の天才的頭脳を持つ」・・・と、スペックを数値化して示します。
 IQは、生まれながらに備わった遺伝的資質であり、経験やトレーニングによって変えることはできません。
 一方EQは、教育・開発することが可能です。

 社会において、IQの高い人が必ずしも成功しないことは実証されています。
 いかにIQが高くても、利己的であったり、攻撃的であったり、独善的であったりすると、当然に周囲の協力は得られません。
 自制・忍耐・熱意・意欲・感受性・・・等々を含むEQを高めることによって、持って生まれたIQをより豊かに発揮することができます。
 平たく言えば、「頭が良いだけでは、世の中渡っていくことはできませんよ」ということです。

 ・些細なことにも感謝できる感受性
 ・苦しさや辛さを辛抱する忍耐力
 ・相手を許すことのできる寛容さ
 ・活き活きと前向きに生きようとする姿勢
 ・周囲の方々にお役立ちする奉仕の精神
 
 この拙文を通して、一連のファクターを繰り返し訴え続けている理由も、IQよりEQの高い社員の集う会社にしたいからです。

 昨日、大洲で昔からお世話に成っている二人のオーナー様とお話をし、管理内諾を得ました。
 何れも、こちらから営業を仕掛けた訳ではなく、先方から訪ねてきて頂いた方々です。
 現管理会社に対する不満、エイブルのネット発信力に期待・・・動機は様々あるかもしれません。
 しかし、最大にして根源的な理由は、滝井店長のEQに裏打ちされた、高い人間力にあるものと確信します。
 全社員が意識して、EQの向上を目指しましょう。
 

結果オーライとリスク管理

 いよいよ、大学のセンター試験です。
 我々、賃貸仲介を生業(なりわい)とするものにとっては、春商戦キックオフのホイッスルとなります。
 大学に程近い、松山北店を中心として、準備に余念がありません。

 我が家の長男も、数多い受験生の内の一人です。
 今日と明日は、私が通勤時に送っていくことになりました。

 ところが、この二日間の天気予報は大荒れです。
 万が一に備えるべく「楽天トラベル」を見てみると、普段ならよりどりみどりの松山市内のホテルは、一軒も空きがありません。
 普段なら、床に入って間もなく眠りに落ちるほど、寝つきの良い自分ですが、流石に目が冴えました。

 今朝は、いつもよりも早く起きて、外の景色を確認します。
 パソコンを立ち上げて、高速道路や一般道路の状況を確認したところ、幸いにして規制は無いようです。
 明日も、降雪は予想されるものの、積もることは無いでしょう。

 こういう現象を「結果オーライ」と言います。
 人生の岐路に立つ局面にも関わらず、危機管理不足、準備不足の感は否めません。
 現に、高校によっては、昨夜から前泊で乗り込んでいるのです。
 
 日常でも、気象状況・交通状況等によって、商談や出勤に遅れてしまうことがあります。
 その時、「仕方ない」と同情して貰えるというのは、紛れも無く甘えです。
 あらゆるリスクを想定して先回りし、信頼を守るのが、優れたビジネスマンと言えるでしょう。
 私が日頃、始業2時間前出社を心がけている理由の一つには、このリスク管理の意味があります。
 

言葉は言霊

 人間には、顕在意識と潜在意識という、二つの意識が存在します。
 普段、「昼食は牛丼にしようか、それともラーメンにしようか」と考えるのが顕在意識。
 意識せずとも、知らず知らず無意識の内に思考しているのが潜在意識です。

 心理学者フロイトによりますと、顕在意識は僅かに3~7%。
 残りの93~97%が、潜在意識です。
 海面上に出ているのは僅かで、大半が海面下に沈んでいる氷山になぞらえ、フロイトが「氷山モデル」と命名しました。

 顕在意識で考え、言葉として発したものが、偉大なる潜在意識に影響を及ぼす話は有名です。
 「日本電産」の永守重信社長は、自宅裏の工場から立ち上げました。
 零細企業の単なる町工場ですから、「日本電産」という社名からして分不相応かもしれません。
 
 社風の根底にあるのは、ポジティブシンキングです。
 技術社員が浮かぬ顔をして社長室を訪ね、「社長、実はですね・・・」と切り出そうとすると、「ちょっとまってくれ、今からテープを流すから、このテープに入っている言葉だけは言ってくれるな」と釘を差します。
 「限界です」「できません」「不可能です」「無理です」・・・
 数十種類にも及ぶ否定的なネガティブ言葉を聞かせた後に、「で、要件は?」と聞くと、「・・・いえ、申し訳ございませんでした。出直して参ります。」と言って、出ていくそうです。
 
 難しいスペックに挑戦する時は社員を集め、「できる、できる、できる、できる・・・」と、百回でも千回でも、できると思えるまで(否定語が出なくなるまで)連呼させたと言います。
 
 永守氏が、京都の町工場から一代で築きあげた「日本電産」は、今や日本を超えて、世界に誇る精密モーターメーカーへと躍進しました。

 こうしたサクセスストーリーは枚挙に暇がありません。
 「SONY」も「HONDA」も、元々は町工場からのスタートです。
 「できない理由を排除し、どうすればできるかの可能性を追求する、ポジティブ集団を目指します」
 毎朝、経営方針を連呼する理由もそこにあります。
 「言葉は言霊(ことだま)」なのですから。
 

楽しむための欲望

 その昔、井上陽水のファーストアルバム「断絶」の中に、「限りない欲望」という歌がありました。
 靴屋にあった白い靴を欲しくなった子供が、親にねだって買って貰い、とても嬉しかったけれど、次に靴屋を訪ねた際、ショーウィンドウに飾られていた新しい青い靴が欲しく成る・・・といった内容です。
 
 このように、一つを手に入れることで一時的に満足しても、やがてそれが当たり前となって、更にもう一つを望む、人間の欲求は止め処ありません。
 湧きあがる欲望を追いかけ、時に自制しながら生きていくのが人間らしさでもあります。
 成功哲学の実践者、中村天風氏は、「欲望には二つの種類がある」と説きました。

 1.苦しむための欲望
 2.楽しむための欲望

 幾等望んでも、手に入る見通しの無いものが「苦しむための欲望」です。
 自助努力によって近付くことができないものも含みます。
  
 例えば、総理大臣の様な年収を得たいという欲望は、誰しも、抱いたことがあるでしょう。
 しかし一方で、総理大臣となるための努力も責任もプレッシャーも、受け入れたくない人が殆どです。
 気の合った人だけで集まって、批判して酒の肴にする方が楽ですが、そのスタンスでは到底手に入る見通しはありません。

 松山出身の投資会社社長が、高額の配当を約束して数百人から巨額の資金を集め、会社を倒産させて持ち逃げしたニュースが報じられていました。
 豊田商事、投資ジャーナル、円天・・・、こうした手口の事件は、忘れた頃に必ずやってきます。
 「なけなしの老後の資金を預けたのに・・・。絶対に許せない。謝ってほしい。」
 被害者のコメントが紹介されています。
 同情しながらも、「騙される方がどうかしてるぜ」と見る、冷やかな気持ちも拭えません。

 基本的に人間は、最小の努力を持って最大のリターンを得ようとする、怠惰で強欲な生き物です。
 その心理に上手く付け込んだのが、一連の儲け話と言えます。
 そもそも、高配当確約型のビジネスモデルが永続する道理がありません。
 よしんばあったとしても、そんな上手い話を人に教える筈も無いでしょう。

 今の環境が満足しないものであっても、景気のせい、政治のせい、会社のせい、他人のせいと、他責で片付けてしまうと、苦しむための欲望を自ら背負い込むことになります。
 自らの人生を、自らの努力によって切り拓くべく、自らの成長を確認しながら、自らの足で一歩一歩着実に、階段を上るプロセスこそが、欲望追求を楽しむコツでしょう。

逆境を歓迎する心

 感性論哲学者「芳村思風」先生のセミナーを幾度と無く受け、著書に触れてはいましたが、今ほどその本質に気付かされることはありません。

 困難・逆境・試練・・・一般的にこうした事象を、自ら望む人はいないでしょう。
 しかし、困難はその人を成長させるために与えられる、天の恵みです
 時として逆境に苛まれ、悩み、もがき、苦しみ、どん底まで落ち込む・・・。
 そこから自らを奮い立たせ、這い上がっていくことで、一回りも二回りも成長できるのです。
 
 だからこそ師は、「逆境を避けるのではなく、寧ろ歓迎しなさい」と説きます。
 困難や逆境に見舞われるのは、ソフトボールで活躍するためのストレッチと同様に辛く難儀ですが、成長の種でもあるでしょう。
 躓(つまず)きのない人生などありません。
 
 そもそも人間は、生まれながらに未熟な生き物です。
 人前で恥もかき、失敗も沢山します。
 反省を繰り返しながら、不完全なまま天寿をまっとうするのも、また人間です。

 立派な人間とは、立派に完成された人間ではなく、立派な人にになろうと日々精進する人を指します。
 昨日よりは今日、今日よりは明日と、僅かずつでも成長する気持ちを失わない生き方こそが立派なのです。
 人の弱さや不完全さを受け入れ、許容することで、心は軽く、他人には優しくなれます。


お客様からの不信任案

 賃貸マンションの管理業務をオーナー様から委託される上で、管理業者はオーナー様の代理と成ります。
 管理業者は、契約に基づいて大切な資産をお預かりする以上、オーナー様の利益を最優先に考えるべきです。
 とはいえ、入居者様に喜ばれない限り、空室は埋まりません。
 家賃と初期費用をできるだけ安くしたい入居者様と、できるだけ高くしたいオーナー様という、利益相反の間に立ち、世の流れを踏まえ、ニュートラル(中立公正)なスタンスで臨む必要があります。

 次に、同じ市場で争う競合他社との関係はどうでしょう。
 本来は、ライバルですから、敵対的なスタンスが普通です。
 しかし、オーナー様の立場からすれば、他社も入居付けして貰うためのパートナーと言えます。
 だからこそ、「空室が多くて困っています。どうぞ助けて下さい。」と、空室一覧を各社に開示するのです。
 
 勿論、空室一覧によって、敵に手の内を明かすことにもなります。
 オーナー様の元へ出向き、「空室が多いようですが、うちに管理を変更頂ければ、きっとお役立ちできますよ。」とリプレイス営業を促進するリスクを秘めた、正に諸刃の刃です。
 
 中には、「空室一覧を持ってリプレイスするのは信義にもとる」と抗議したり、「当社の管理物件を広告することは、まかりならん」と、情報を制限する業者もいます。
 管理業者として、この姿勢は如何なものでしょう。
 管理物件を自社物件と考えれば明確です。
 
 自社物件であれば、一室の空室によって一ヶ月数万円、一年間で数十万円の損失と成ります。
 オーナー様は、管理業者だけにこだわらず、精一杯門戸を拡げて、一件でも多くの入居者を受け入れたい筈です。
 自社で仲介料を独占したいが故に、或いはリプレイス攻勢を遠ざけるために、情報を制限することは、オーナー様無視、そして業者都合に他なりません。

 短期的には利益を独占できるやに錯覚しますが、実は自分で自分の首を絞める様なものです。
 オーナー様が、その姑息な考えに気付けば、確実に管理解約の時期が早まります。
 同業者間の争いに終始し、自社だけの利益に執着する業者は、最終的にお客様(入居者様・オーナー様)から不信任案を突き付けられることになるでしょう。   
 

建設的な時間

 アメリカの自動車メーカー「クライスラー・コーポレーション」の元社長「K・T・ケラー」は、悩みを遠ざける方法を次の様に語っています。

 「苦境に立って万事休した時には、できることがあれば、それをやる。
 できることがなければ、あとは忘れるだけだ。」

 同様に諺(ことわざ)は、「人事を尽くして天命を待つ」或いは「下手な考え休むに似たり」と教えてくれます。
 即ち、「過去を悔やんで、立ち止まって悩むくらいなら、明るい未来に向かって、確実な一歩を踏み出しなさい」ということです。
 事態を改善するための方策は無限にあります。
 
 今より一秒でも昔はすべて、どれだけ足掻いても取り戻せない時間です。
 まだ見ぬ未来は、誰にも訪れていません。
 従って、「生きている」という実像は、今この瞬間しかないのです。
 その貴重な今を、感性的な悩みに費やしたり、不平不満や愚痴や恨みごとで過ごしてしまっては、勿体無い限りでしょう。
 コロンビア大学の元教授「ジェームス・L・マーセル」氏はこう説きます。

 「悩みは活動している時ではなく、一日の仕事が終わった時に取りつき害をなす。
 そんな時は、やたらに妄想がほとばしり、あらゆる種類の馬鹿げた可能性を拾い上げ、取るに足らない失策を一つひとつ拡大して見せる。
 貴方の心は、荷重無しに動いているモーターそっくりだ。
 空転したまま軸を焼き尽くすか、粉々になってしまう恐れがある。
 悩みに対する治療法は、何か建設的な仕事に没頭することだ。」

 今、店舗によっては、週休二日が取り難い状況にあるかもしれません。
 明日の店長会にかけ、抜本的に体制を見直すことにしました。
 前述の言葉に「建設的な仕事」とありますが、余暇時間も考え方次第で、建設的かつ前向きな時間とすることは可能です。
 メリハリの効いたライフサイクルによって、活き活きと働く職場環境を目指しましょう。 
 

道は開ける

 昨夜は、懇意にして頂いているオーナー様との会食でした。
 オーナー様のご家族だけでなく、今もJOWで頑張っている方や、転職した方、独立起業して奮闘している方、一見して「何の集まりか?」と思う10名です。
 それでも、オーナー様の人徳とコーディネート力によって、立場や時を超え、楽しい時間を過ごすことができました。
 ありがとうございます。
 時間を忘れて楽しむことのできる最大の理由は、そこに集う人がすべて前向きに生きる人達だからでしょう。 

 さて、昨日も引用した、デール・カーネギー著「道は開ける」は、珠玉の言葉がぎっしりと詰め込まれた古典的な名著です。
 未読の方は、是非ご一読下さい。
 山あり谷ありの人生を歩む上で、気持ちが軽くなり、文字通り前向きな道が開けることをお約束します。

 本著には様々な至言が紹介されていますが、その登場人物の名前が判る方はごく一部です。
 今日ご紹介する言葉を口にした、ロバート・ルイス・スティーヴンソンという方も、私は知りません。
 しかし、メッセージはすこぶる明快です。

 「自分の荷物がどんなに重くても、日暮れまでなら誰にでも運ぶことができる。
 自分の仕事がどんなにつらくても、一日なら、誰にでもできる。
 太陽が没するまでなら、誰でも快活に、辛抱強く、親切に、貞淑に生きられる。
 そして、これこそが人生の秘訣そのものだ。」

 マラソンランナーは、42.195㎞を嬉々として走り抜ける訳ではありません。
 辛さの余り、何度も「走るのを止めよう」と思うそうです。
 それでも、沿道の声援を受け、「次の電柱まで頑張ろう」と、長期の目標を短期の目標に置き換え、自らを鼓舞し、その小刻みな決意を積み上げてゴールに至ります。
 難題山積であっても、今日一日を生き抜きましょう。
 それが、人生です。
 

最悪の事態を受け入れる

 誰しも人生は、順風満帆では進めません。
 仕事に臨む際、気が重くなることもあるでしょう。
 
 ・余りにも理不尽な要求を突きつけられる、お客様との商談
 ・自分に非があり、逆鱗に触れてしまった際のクレーム応対
 ・契約や数字が上がらない時の、上司に対する業績報告・・・

 このように、通常ポジティブに成りきれない状況下でも、気持ちを切り替えるスイッチはあるものです。
 デール・カーネギー著「道は開ける」の中に、不安の解消法が記されています。
 
 1.状況を大胆率直に分析し、その失敗の結果生じ得る、最悪の事態を予測する
 2.やむを得ない場合には、その結果(最悪の事態)に従う覚悟を決める 
 3.最悪の事態を少しでも好転させるように、冷静に自分の時間とエネルギーを集中させる

 例えば、お客様との商談が決裂した場合に予測される、最悪の事態とは何?
 売上を失う、上司から叱責される、目標が遠くなる・・・せいぜいこの程度でしかありません。
 最悪の事態に陥ったとしても、充分挽回できる問題でしょう。
 最悪であっても、決して致命的ではないと悟ることが第一段階になります。

 次に、その最悪の事態を受け入れる勇気を持つことです。
 欲張って、すべてを得ようとすれば、すべてを失うこともあります。
 人生も仕事も、失敗無しに進むことはできません。
 失敗は成長の種ですし、人間らしさの証明でもあります。

 とはいえ、最悪の事態を想定し、受け入れただけでは、単なる挫折に過ぎません。
 そこから、お客様に手紙を書く、足を運んでコミュニケーションを図る、上司の力を借りる・・・。
 少しでも事態を好転させるために、時間とエネルギーを集中させます。

 不安を恐れ、悩み、もがいている時には、ネガティブなオーラに支配されていた筈です。
 最悪の事態を受け入れた上で、好転させるために尽力するならば、その最悪から刻々と改善されていくポジティブなプロセスを楽しむことができます。

 私自身、前職の会社の破綻時、心穏やかではいられない時間を過ごしたこともありました。
 しかし、いかなる逆境に際しても、命まで盗られる訳ではありません。
 山より大きな猪は出ないものです。
 余裕が無い時は、一度立ち止まって、読書することをお薦めします。
 読書は、心の栄養分です。

エレファントテクニック

 賃貸仲介・賃貸管理の仕事は、煩雑かつ細かい作業の積み重ねです。
 更に、一つひとつが法律や契約で縛られていてミスが許されません。
 従って、どこから手をつけたら良いのか判らない状況に陥ることもあります。
 この業だけに関わらず、本来仕事は、やろうと思えばきりがなく、ある程度割り切りも必要でしょう。
 割り切りというと、何かしら無責任な響きもありますが、どこかで線を引くべきなのです。
 
 まずは、真っ白い紙を一枚用意し、自分が日常でこなしている月単位、週単位、一日単位の仕事を列記します。
 仕事の棚卸です。
 棚卸が完了したら、以前ご紹介した「時間管理のマトリクス」(出典:七つの習慣)に基づいて、四つの優先順位に割り振ります。

1.緊急かつ重要な仕事
2.緊急ではないが重要な仕事
3.緊急だが重要ではない仕事
4.緊急でも重要でもない仕事

 我々は、緊急な仕事に翻弄されるのが常ですが、その総てが重要とは限りません。
 一方、重要であるにも関わらず、緊急性が無いが故に、先送りしてしまっている仕事もあります。
 資格試験の勉強などは、その最たるものです。
 もう一つ、古典的な業務改善の考え方に、「エレファントテクニック」があります。
 
 Q:巨大な象を食べるにはどうする?
 A:一口サイズに切り分ければ良い

 そう、巨大な象も、大きな仕事も、多くの仕事も、一度に片付けることはできません。
 一口サイズに切り分け、優先順位に基づいて、一つずつこなしていく以外にないのです。
 そうした後に、自分だけで手に負えない仕事は上司に協力を求め、自分でなくてもできる仕事は他のスタッフに割り振るべきでしょう。
 
 「できることしかできないので、できることからやる」
 自分のキャパを悟り、シンプルに考えれば、少し気持ちは楽になると思うのです。 

財布に優しい買い物の厳しさ

 眼鏡が合わなくなったため、新調するために「エミフルMASAKI」へ行きました。
 このショッピングモールには、二軒のメガネ店が出店されています。
 松山の老舗と、伸長著しい新興企業「JINS」です。
 
 数年前まで、地元のお付き合いを考えて、内子町のお店で購入していたのですが、価格は4~5万円。
 二年ほど前、価格をそのまま店名に冠した某店で購入した際は、2万円ジャスト。
 それでも、「地元店の半額」という価格設定に納得したものです。
 
 噂には聞いていたものの、初めて「JINS」を訪ね、その価格競争力に驚きました。
 フレームに表示された価格は、3,990円~9,990円。
 レンズも加工も含む、追加料金一切無しの価格です。
 実際に、自分が選んだ5,990円のフレームは、バーゲン特価で3,990円でした。

 十分の一というプライスレベルは、価格競争力というよりも、価格破壊です。
 地元店では、とても太刀打ちできません。
 順番待ちの間に読んだ、この会社のTOPインタビュー記事には、「メガネ界のユニクロを目指す」と書かれています。
 
 隣国の韓国では、メガネは一般的に3,000円程度で供給されているそうです。
 「韓国でできることが、何故日本でできないのか?」という、素朴な疑問が出発点でした。
 「一本3万円のメガネは滅多に買い替えることはできない。3千円であれば、服を着替える様にファッションとして楽しむことができる。」
 
 確かに以前のメガネ店は、度が合わなくなったら出かけていく、病院のイメージに近かったかもしれません。
 「JINS」の店舗には人が溢れ、ブティック感覚で、次々にメガネを購入していきます。
 実際に自分も、思わず二本買いしようかと思った位です。
 衝撃の価格が、実用性を超えた、新しいマーケットを創造したと言えるでしょう。

 勿論、こうしたプライスリーダーの台頭が、地元経済にとって良い影響を与えないことは必至です。
 一個100円のハンバーガーと一杯120円のレギュラーコーヒーで朝食、一杯280円の牛丼で昼食、一本2,980円のメガネをかけ、一泊2,980円の朝食付きホテルに泊まり、一本980円のジーンズを身にまとう・・・。

 生活防衛の色濃いデフレ経済の行く末は、決してバラ色ではないでしょう。
 過去の成功体験も、一切通用しない筈です。
 我々は、そうした環境下で会社を経営し、未来を切り拓いていかなければなりません。
 財布に優しい買い物によって、世間の厳しさを痛感した一日でした。
 
 
 
 
 
 

立つんだジョー!

 昨日は、水曜定休の都合上、休み明け・休み前の凝縮した一日となりました。
 懸案も多く、食事も摂らずに臨みましたが、まだまだ解決には至りません。
 寧ろ、混迷の糸は一層絡まってしまった感があります。
 しかし、絡まって見える糸も、元を正せば一本です。
 もつれた糸を、一つひとつ解きほぐしていきたいと思います。

 そんな中、明るいニュースが飛び込んできました。
 大洲駅前店の中伊さんによって、年末から進めていた住宅建築紹介が決まりそうです。
 お客様は知人ですが、競合会社と天秤にかかっていました。
 カタログ上で、スペック(性能)&プライス(価格)だけを比較しますと、圧倒的に劣勢です。
 1ラウンド目の商談でも、お客様ニーズとのギャップが際立ち、一層ロープ際に追い込まれます。
 客観的に見れば、明らかにノックアウト寸前です。
 負けを覚悟し、タオルを投げ入れる準備をしていました。
 ところが、勝負の行方は最後まで判りません。
 
 競合会社から出された見積内容は、疑問点が多く、納得性の薄いものでした。
 また、並行して行っていた融資申し込みが不調に終わったことで、一気に潮目が変わります。
 「見積の内容をしっかりと説明した上で、融資のお役立ちができれば、信頼関係が構築できる」
 最後は、セコンドについた「NYの丹下段平」中伊さんの読み通り、見事にカウンターが決まりました。
 圧倒的に劣勢であったジョーは、地獄の淵から這い上がったのです。
 
 最後の最後まで、絶対に、絶対に、絶対に諦めないこと。
 いかなる時にでも、誠実に真摯にお客様と向き合うこと。
 中伊さんの営業姿勢に、教えられることの多い商談でした。
 
 

 
 

現状は過去の選択の集積

 就寝前、5:00に目覚まし時計をセットする選択。
 5:00、目覚まし時計の音に反応して起きるという選択。
 パソコンを立ち上げて、道路交通情報を確認する選択。
 高速道路通行止め、一般道規制無しという情報を受け、国道56号線での通勤を選択。
 万が一に備え、5:30に出発するという選択。
 10分程走った段階で、降雪が激しく成り、路面が見る見る真っ白に成るのを見て、引き返す選択。
 長浜経由で海岸線を抜け、伊予市から高速道路に乗る選択。
 
 上記は、私自身の今朝の主要な選択・判断の履歴です。
 それ以外にも、コンビニに寄る・寄らない、コーヒーを買う・買わない、といった些細な選択もありました。

 7:00に到着して、パソコンで確認してみると、国道56号線のチェーン規制は無し。
 結果論として言えば、引き返す必要は無かったかもしれません。
 しかし、大袈裟に言えば、如何なる時も命に関わるリスクは取るべきではないと思っています。

 人間は、一日に5万回もの選択・判断を行っているそうです。
 正しい選択が続けば良い人生が拓け、間違った選択ばかりだと人生を誤ります。
 
 正月に、視聴者参加型のTVドラマ「ザ・ミュージックショウ」を見ました。
 以前、嵐の櫻井さんが司会者役を務めた「ザ・クイズショウ」同様に、視聴者からの投票によって結末が変わるマルチエンディングドラマです。
 予(あらかじ)め数通りのシナリオを用意しておき、選択によって展開を変える手法は、TVゲームでもお馴染みでしょう。

 いかに手の込んだ作品であっても、ゲームやドラマのプログラムは有限ですが、人生の選択は無限に拡がります。
 選択のボタンを押すのも、その選択の影響をリアルに受けるのも自分自身。
 総ては、自己責任です。
 他責の余地はありません。
 現状にどれだけ不満を感じたとしても、それは過去の自らの選択の集積。
 そして、あなた自身の未来は、これからの選択に委ねられているのです。

 

選択肢を拡げる学習

 母親の住む、今治市大三島に行って参りました。
 幼少時に生き別れた母親を訪ね、初めて島に来たのは今から32年前(渡辺真知子「かもめが飛んだ日」 アリス「冬の稲妻」がヒット)、高一の春のことです。
 行きがかり上、直後に高校を中退し、半年間定職にも就かないままパラサイトしました。
 
 自分の意思としてではなく、「世間体が悪い」という周囲の配慮で、姉の嫁ぎ先の工務店に弟子入りします。
 親方は、職人気質の非常に短気な人でした。
 自分の要領の悪さも手伝って、しばしば逆鱗(げきりん)に触れ、怒号と共に、木っ端や道具をよく投げつけられたものです。
 
 与えられる仕事といえば、道具の手入れや掃除ばかり。
 正直、仕事が嫌で嫌でたまりませんでした。
 外仕事の日は心の中で雨乞(ご)い、親方がいない時には安堵(あんど)。 
 長期に渡って休みが無かったり、夜間残業を強いられる際は、本当に逃げ出したくなったものです。

 二年半修行したものの、嫌々取り組んだ結果として、まったくものに成らず、遂に親方から引導を渡されます。
 「今のままでは、うだつが上がらない。職を変えた方が良い。」・・・
 余談ですが、「うだつ」とは、隣家との防火用に、建物の外側に張り出して備えられた袖壁のことです。
 漆喰や日本瓦を用いて、装飾的にも豪華なつくりであったことから、甲斐性の有無を比喩して言い表します。
 
 高校を二週間で中退というだけでも、一般的には人生の落伍者の烙印を押された様なものです。
 働こうにも、まともに採用してくれる会社など有りません。
 「手に職をつければ、何とか食いつなぐことはできる」・・・一縷(いちる)の望みを託した糸さえ切れました。
 まさに救いようの無い、落ちこぼれの中の落ちこぼれです。 

 学歴も、社会人としての序章も、この様に悲惨なものでした。
 その後に訪れた幸運な出会いや巡り合わせによって、奇跡的に今があります。
 波乱万丈なる自叙伝は別の機会に語ることとして、ここで申し上げたいテーマは「選択肢」です。

 こんな私ですから、口が曲がっても我が子に、「一流大学を目指せ!」等とは申しません。
 但し、自分のやりたい仕事や進路がみつかった時に備え、その道を目指せるだけの「選択肢」は拡げておくべきです。
 高校でそこそこ勉強しておけば、職人を目指すこともできますし、大学の研究に進むこともできます。
 一方、英語と数学で100点満点中40点以上を一度も取ったことのない自分の様な人間には、「選択肢」自体がありません。
 社員の方々に対する、「資格を取れ」とか、「刃を研げ」という指導も、実は同意語なのです。
 
 初詣でごった返す大山祇神社に参拝し、二週間後に迫った長男の受験の合格を祈願して御守りを買いました。
 御利益(ごりやく)に恵まれるならば、両家にとって史上初の学士様が誕生することに成ります。 

楽は楽しさに非ず

 人生を楽しむ上で、大切な心がけの一つが、全ての事象を「自己責任」で捉えるということです。
 こう書きますと、何かしら逆説的に聞えるかもしれません。
 一般的な価値観としては、責任=苦役と考える向きが多いと思われます。
 「責任」の対義語となる単独の言葉は存在しませんが、ニュアンスとしては「気楽」なものと捉えられがちです。
 
 お正月恒例の、大学箱根駅伝を例にとってみてみましょう。
 駅伝の一区間は、フルマラソンに比べて短距離ですが、6人でタスキをつないでいく責任の重さは尋常ではありません。
 一人の自己責任で走る方が余程、気楽です。
 自分がリタイヤすれば、他の5人の一年間の努力は水泡と化します。
 だからこそ、「何が何でもタスキをつなぐのだ」という熱い想いが毎年ドラマを生み、人々を魅了するのです。
 
 私は趣味で、アマチュア演劇をかじっています。
 上演作品の多くで脚本を書き、演出を担当してきました。
 役者の動き、照明の照らし方、音響のタイミング、台詞の間、チケットの売れ行き・・・総てのファクターは、演出家の責任として取り組んでいます。
 自分のメッセージが台詞を通して観客に伝えられ、一つの舞台として完成していくプロセスは堪えられません。
 
 仕事の都合によって、過去に幾つか主体的に関われなかった作品もあります。
 練習や打ち合わせに参加する機会も必要最小限です。
 自分の劇団でありながら、止むを得ない事情で、客席から観劇したこともありました。
 そういう場合は総じて、責任も軽く、時間的な制約も少ないため、気楽なスタンスで臨むことができます。
 ただ、「楽」かもしれませんが、「楽しく」はありません。

 社長は、会社の全ての事象について、責任を負って当然です。
 同様に店長は、店舗のおける売上も集客も人事もクレームも、すべて自己責任で受け止めます。
 「責任」という名の重たい荷物を下ろすことができれば、どれだけ「楽」でしょう。
 しかし、それは同時に、遣り甲斐や生き甲斐に続く「楽しさ」をも放棄することになります。
 その諸刃を丸抱えした上で、問題解決を楽しめる人こそが、リーダーとしての適任者なのです。
プロフィール

Hideo Matsuoka

Author:Hideo Matsuoka
・生年月日 昭和37年10月30日

・好きな言葉 
今日は残された人生の最初の一日

・信条「先憂後楽」

・尊敬する人 
稲盛和夫 西川広一 松下幸之助

・資格 ①宅地建物取引士
    ②建築2級施工管理技士
    ③マンション管理業務主任者
    ④防火管理者
    ⑤少額短期保険募集人
    ⑥損害保険募集人
    ⑦損害保険商品専門総合
    ⑧不動産キャリアパーソン
・趣味
 劇団AUGAHANCE初代代表
 主に脚本・演出を担当

・経歴 
 中卒後、大工・石工と職人道を歩む
 平成2年 
 ㈱中岡組 (ジョーコーポレーション)入社
 マンション担当役員→常務執行役→管理会社代表を歴任
 平成21年 ㈱NYホーム起業

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