偽りのWIN-WIN

 先日、経営の羅針盤となる事象がありました。
 自省と自戒の念を込めてお話ししましょう。

 管理させて貰っている、とある物件は一年以上空いています。
 我社にとって、どうしても必要という訳ではありませんが、社内協議し「半額程度であれば」の条件付で借り受けることにしました。
 「ずっと空いているよりは、安価でも埋めた方が、オーナー様も収入が増えて喜ぶだろう」という判断です。
 
 ところが、話しを外で聞いていたのではないかと思われる絶妙のタイミングで、某業者が訪ねてきます。
 その物件を借りたい会社がある、というのです。
 ずっと空いていたのに・・・たまたま重なって・・・、しかも我社の借受予定金額の4倍で・・・。

 さて、正直に申し上げますと、至って愚かな、極めて不誠実な発想が過ぎりました。

 「一年以上空いていたのだから、我社が借りるといえば、安価でもオーナー様は貸してくれるだろう。
  オーナー様は遠隔地の方で、我社との信頼関係も厚く、物件の采配は総て委ねられている。
  我社が借りた上で、サブリースすることも認めてくれるに違いない。
  オーナー様も収入が増え、借主も希望が叶えられ、我社もサブリースで利ザヤが入る。
  これは誰も損をしない、WIN-WIN-WINのジャッジだ。」

 この流れだけ読むと「単に正当化するためのこじつけじゃないの?」と思われるかもしれません。 
 少々ややこしい物件ですので、ここまで単純な話しではありませんが、大意は合っています。
 さて、自分のプロフィールにある「尊敬する人物」三人の中で最もマイナー(失礼)な方に、行きがかり上この件を相談しますと、次の答えが返ってきました。

 「ビジネスは誠実でなくてはならん。正直にオーナー様に事情を説明した上で、お願いすべき点はお願いした方が良い。」

 その意を汲んでオーナー様に連絡を取り、正直に事情をお話しし、重ねてお願いをします。

 「判りました。総てお任せします。もし仮に、その話しが頓挫したとしても、安価で良いので松岡さんのところで使って貰えれば幸いです。」

 いつも思うことですが、崇高な経営理念を掲げ、正邪善悪は理解できていたとしても、目の前に利益がぶら下がりますと、欲するが故についつい視界が曇り、捻じ曲げてでも正当化しようとするのが、私も含めた凡人の心理です。

 しかし、仮にこの時、偽りのWIN-WINのジャッジを下していたとしたらどうでしょう。
 オーナー様の柔和な笑顔を見る度、後ろめたい思いが消えることはない筈です。
 また、どこかで情報が知れて、不誠実の烙印を押されれば、全幅の信頼関係も一瞬にして消し飛びます。

 利益は、そこからの努力によって幾らでも挽回できますが、失った信用は二度と取り戻せません。
 目先の利益を捨ててでも貫くのが理念であり、結果的にその理念を追求することが、企業を永続させる秘訣なのです。

 付け足しですが、「尊敬する人物」三人の中で最もマイナー(当然)な方は、決して聖人君子ではありません。
 
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効率追求のしっぺ返し

 最近、不動産業が、つくづく未成熟な産業であることを痛感させられます。
 大金を動かす口利きビジネスであることも、一つの要因でしょう。
 大きな取引になりますと、資格を持たない非正規業者が、利権に群がってきます。
 歴史的に振り返れば、反社会勢力との結び付きも色濃くありました。

 業界が成熟しきれないもう一つの理由は、皮肉にも手離れの良さにあります。
 売却の意思と購入の意思とを、調整してマッチングさせるのが仲介業の仕事です。
 土地取引ならば、売買が成立した段階で仕事は終わります。

 一方、住宅メーカーやビルダーの場合、そこからがスタートです。
 ご主人の仕事が終わった後、夜ご自宅に訪問し、施主のニーズを聞き取り、その土地に適したプランを提案します。
 様々な駄目だしが入り、何枚も図面を書き換えるのが常です。
 やっとプランが確定しても、予算オーバーで融資が難航するケースもあるでしょう。
 着工後の変更も、決して珍しくありません。
 モデルハウス来場から竣工引き渡しまで、短くて数カ月、長ければ1年超を要します。
 引渡後、徐々にフェードアウトするものの、クレームや定期点検やアフターメンテナンスといった形で、建物が存在する限り関わりは途絶えません。

 だからこそ、お客様と共に作り上げていく達成感や充実感がありますし、CS(お客様満足)意識も自然と備わってきます。
 時間的・精神的にハードであっても、住宅産業にやり甲斐や生き甲斐を見出し、魅せられている人種は少なくありません。

 販管費を差し引いた営業利益ベースで比較すると、2000万円の土地仲介と住宅建築の手残りは然程変わりませんが、手間暇は段違いです。
 賃貸仲介でも、契約書作製はおろか案内すら引き受けてくれるメーカー物件は手離れ良く、高額の手数料を取得できます。
 しかし、ストック収入の源泉である、管理取得に結び付く可能性は皆無です。

 誤解を恐れずに業界を断罪するならば、「売ったら終わり」の効率の良さを理想として追求してきたが故に、ビジネスの背骨とも言える、お客様満足から遠ざかってしまったとも言えます。
 「景気が悪い」「市況が悪い」「政治が悪い」と、他人事の様に評論する前に、お客様をお客様とも思わない意識や、アフターフォローなど毛頭する気のない淡白な姿勢を改めるべきです。
 過去、お客様満足最優先に取り組んできた会社(担当者)は、この不況下でも紹介・リピートで大忙しであるという現実を、しっかりと直視すべきでしょう。      

時を告げるのではなく時計を作る

 この秋、3店目となる新店OPENを予定しています。
 目下、店長就任を予定している太○さんによって、着々と準備中です。

 大洲駅前店と松山南店は、人員の関係で、殆どの前準備を自分が執り行っていました。
 今回は、概略のイメージを伝えただけで引き継ぎ、以降太田店長一人で手配して貰っています。
 許認可の関係で、看板こそ上がっていませんが、店舗内のレイアウトは殆ど完了済みです。
 御世辞ではなく、コストもクオリティも、自分が思う以上の仕上がりでした。

 「人材を育てる最大の方法は任せることである」

 任せるに相応しい人材を信頼して任せる、重要性を痛感します。
 組織内において、自らの存在感や自己重要感を際立たせる効果的な方法は、教えない・渡さない・任せないことです。 
 汗をかきながら率先垂範するその人の姿は一見、実直にも映り、頼もしくも思えます。 
 「求められている」「自分がいなければならない」という、居心地の良いポジションに安住したくなる、保身の心理も判らなくはありません。

 しかし、それを良しとすれば会社は永遠に、属人性に依存する状態が続くでしょう。
 代替の効かない社員の退職や、万が一の事故に伴い、空いた穴が埋められなくなる状況は、紛れも無くリスクです。
 個人商店ならともかく、それなりの組織であるならば、マニュアル・システム・教育・訓練によって人材のスキルアップを図り、高いレベルでの均一化を目指す必要があります。
 
 「時を告げるのではなく時計を作る」 ビジョナリー・カンパニーより

 この言葉は、急成長企業であった前職での、一貫したスローガンです。
 太古の昔、時を告げることのできる特殊な能力を持った長老が存在していた。
 人々は、その長老が「6:00だ起きろ!」と言えば起床し、「12:00だメシにしよう」と言えば昼食を摂り、「21:00寝る時間だ」と言えば就寝します。
 重宝する一方で、長老が亡くなってしまうと誰も時を知ることができず、秩序が乱れてしまうでしょう。
 時計さえ作れれば、特殊な能力や、特定の人物に依存することはありません。

 誤解を恐れずに言うならば、現場最前線の方は、時を告げるべきです。
 人間国宝の指定を受ける職人や、「あなたが居るからこそ契約した」という賞賛をお客様から頂く営業マンなどはその典型でしょう。
 
 前線で仕事をする上では自らの存在感を目一杯高めていき、職責が上がるにつれ、自分が居なくても運営が可能となるように、マニュアル化やエンパワーメント(権限委譲)に注力して、自らの存在感を薄めていくことが役職者の義務と言えます。
 そこをかけ違うと、組織の成長・発展は望めません。 
 

  

業界での人脈の構築

 ○伯店長と共に、宅建協会松山支部主催の親睦会(ビアガーデン)に参加して参りました。

 同じテーブルは、日頃よりお世話になっている「ハウジング夢○」チーム。
 濱○さんの話によれば、8月はてんてこ舞いの大忙しだったそうです。
 「個人的に何件決めたの?」と振ったら、ああだのこうだのブツブツつぶやきながら、指折り数え始めます。
 自ら振っておいて言うのもなんですが、4本目の指が折れた頃から、どうでも良くなっていました。

 そうこうしている内に、朝生田の最終兵器、コヴァンゲリオン来襲!
 既に、出来上がっています。

 松岡「○林社長のところの社員は、何名いらっしゃるんですか?」
 ○林「ぁあ? 知らんのよ。そんな細かいことには、こだわってないけんッ!」
 松岡「・・・。」
 
 松岡「○林社長のところは、自社物件を何棟持たれてらっしゃるんですか?」
 ○林「ぁあ? 知らんのよ。そんな細かいことには、こだわってないけんッ!」
 松岡「・・・。」

 ○林「それよりも、こんな松山みたいな小さい市場で、せせり合っておってもいかんじゃろ!」
 松岡「はあ。」
 ○林「これからは、世界に目を向けなあかん!」
 松岡「世界というと、どちらの国ですか?」
 ○林「どこでもええんよ!要は世界よ!」
   
 今月の取引件数が多過ぎて、瞬時には判断できず、指折り数え直す営業マン。
 社員数も自社物件の数も枝葉末節と言い切った上で、どこの国かはともかくとして世界を目指される社長。
 「管理を○○戸増やすぞ!」とか「今月の目標達成まで○万円!」とか、小事に捉われている自分が小さく見えます。

 ワン○リアルネットの姉○社長、一○興産の高○店長、ア○ト不動産の吉田社長(「ご結婚おめでとうございます。」)、ス○イル宅建の石○社長、杉○宅の細○支店長・・・

 様々な方と親睦を深めていき、気が付くと前職の同志ばかりが集まっていました。
 散り散りに成った同志が、海千山千のうごめくこの業界で、流石と言わしめることを祈念しながら、ほろ酔いの夜は更けていったのです。

8年分の賞讃と9年目の謝辞

 前職時代の部下と、一年半ぶりに再会し、会食しました。
 人材開発の担当役員を務めていた時期に、片腕として活躍頂いた女性です。

 当時は、春先に行われる新入社員研修や、二カ月に一度定期開催されるキャリア(中途入社)社員研修の全般をこの女性が担当し、自分はマインドアップセミナーの講師として2日間を受け持っていました。
 社内外の幹部を対象としたリーダー養成スクールも、二人三脚でプログラムを組み立てたものです。
 私塾として開講していた、インストラクター養成講座の受講生でもありました。

 講師「松岡秀夫」の講義を、最も多く聞いたのは、間違いなく彼女でしょう。
 過去に何十回と聞いたカリキュラムであるにも関わらず、話に聞き入ってしまい、BGMや効果音を流すタイミングを逸してしまう、超天然なアシスタントでもありました。
 
 私に似て、上司にへつらわず言い難いこともハッキリと口にできる点や、融通の効かない性格が故に、周囲と軋轢を生むことも少なくありません。
 しかし、確固たる自己イメージと、歯応えのある芯の強さを併せ持つ人材は、意外に少ないものです。
 任せるに相応しい能力と、可能性の余力を残した意欲に、私自身、大いに助けられました。
 
 そうやって内心評価しながらも、改めて振り返ってみると、在職中に彼女を褒めた記憶がありません。
 失念しているだけかもしれませんが、何れにしても心ない上司です。
 それでもこうして、一年超のブランクを経て会食できるのですから、自分は本当に恵まれた人間なのだと実感します。
 
 未だ危機が去ったとは言えない状況でしょうけれど、ポリシーを守りつつ、復興に貢献して下さい。
 8年分の賞讃と、9年目の謝辞です。 
 楽しい時間をありがとう。
  
 

収穫へのストーリー

 日経新聞一面に、「ニッポンの農力」という特集記事が掲載されています。
 近未来、世界的な食糧危機到来の観測が強まる中、食料自給率40%の我が国は今、農業の復興を真剣に考えなければなりません。
 
 内子町は葡萄狩りや梨狩りといった観光農園が数多く点在しており、今が収穫の時期です。
 「山に成っている葡萄を収穫して、箱詰めすれば1㎏1,000円で売れる」と、そこだけ見れば良い商売に見えるでしょう。
 
 葡萄の実を守るための「袋かけ」、房を調整するための「花摘み」といった作業は、朝から晩まで上を向いて作業を行うため、腕はだるく、首は痛くなります。
 開園後の駐車場整理は、炎天下で車の移動を行うため、汗の引く間も、休む間もありません。
 山一帯の雑草の駆除も、気の遠くなる様な作業です。
 春先、遅霜が予想される時には、徹夜でタイヤを焼いて、人工的に煙の屋根を作ります。
 梅雨から夏にかけて降雨量が少なければ、広大な敷地に、朝な夕な散水しなければなりません。
 そこまで入念に下準備をしても、収穫期の直前で台風に見舞われて、一年の努力が水泡と化すこともあります。

 農業の長閑(のどか)な部分と、収穫時の笑顔だけにフォーカスし、「組織や規律に縛られることなく、自然の中で大らかに過ごしたい」といった安直な理由で、農業に飛び込もうとする若者がいますが、殆どは現実の厳しさを知りません。
 
 さて、第三期の初月もラスト一週間となりました。
 今期から三つの店舗と一つの本部に分け、それぞれの長に予算を組んで貰っていますが、4拠点中3拠点は、ほぼ達成見込みです。
 残る一拠点も、最後の一日まで、決して諦めることなく収穫に務めて下さい。  

 例え今、収穫が無くても、来月以降に挽回の種が蒔かれていれば良いでしょう。
 また、今収穫に恵まれていても、将来のための種蒔きを怠れば、ツケを払う時がきます。

 棚作り、種蒔き、雑草取り、花摘み、袋かけ、肥料散布、水撒き・・・こうした一連の作業は、収穫という明確なゴールに照準を当てた上で、逆算に基づき進められるものです。
 何よりも、そうした地道な作業を経ずして、収穫の達成感は味わえません。

 「営業は相手がいることなので、計算通りにはいかない」という言い訳もあるでしょう。 
 しかし農業こそ、計算できない大自然が相手です。
 長雨、空梅雨、台風、遅霜といった、イレギュラーな障害に対する準備や対策を入念に行った上で、収穫を確実なものにしています。
 収穫へ向けたストーリーがしっかりと組み立てられる人は、下準備やリスク管理すら楽しむことができます。
 
 
 
 
 

晩夏の感傷的な情景

 今年もまた「さーくらーふーぶーきのー、サーラーイーのそーらへー♪」という音楽が耳につき、黄色いTシャツが目につく季節が巡ってきました。
 条件反射的に、「暑かった夏も終わりだなぁー」と、感傷的な気持ちになるのは、私だけではないでしょう。

 今日は、8月最後の休日ということで、リクエストにお応えして、長男と二人で松山へ。
 昔は無邪気に、「トイザラスへ連れて行って」と甘えていた奴が、今や「アプライド(パソコン中古販売店)へ連れて行け」です。
 仕事中、マンションに立ち寄った際、「おとーさーん!」と手を振りながら、笑顔で駆け寄ってきていた奴が、先日参加したYOSAKOI祭りの移動中では、すれ違いざま「ご苦労さん」と声をかけても、ろくろく返事すらしません。

 10:00過ぎに到着したものの、アプライドの開店時間は10:30。
 待ち時間、目の前にある会社で、暇をつぶします。
 キッズコーナーにある、おもちゃや怪傑ゾロリの本は、殆どが彼の幼少期のものです。 

 高校三年の彼は、地元松〇大学の経営学部を目指すと言っています。
 「その学部には、前職で共に役員を務めていた教授がいる」というネタをきっかけとして、久々に仕事観や人生観について話し込みました。
 
 やはり久々となる二人の昼食は、ロープウェイ街の洒落た蕎麦屋です。
 彼はいつも、「天せいろ」の蕎麦をきれいに平らげてから、徐にメインの海老天を食べます。
 次男が言っていました。「兄ちゃんの好物はすぐに判る。」
 
 こうして、二人で出かける機会も、きっとそう多くは残されていません。
 少しだけやわらかく感じられる晩夏の日差しを受けながら、「暑かった夏も終わりだなぁー」と、感傷的な気持ちなるのは、私だけではないでしょう。


 

綺麗事としての理念

 先日、宇和島まで足を延ばし、同じエイブルの看板を上げる豊○社長を訪ねました。
 店舗の前にある県内最大級の道の駅「きさいや広場」の、潮風吹き抜ける屋外オープンスペースで経営談議です。
 酒も飲まず、アイスコーヒー一杯で、三時間半に渡って仕事の話ばかりできる方は、そうはいらっしゃらないでしょう。
 その情熱・熱意に圧倒されました。

 「煎じつめると経営は理念。我が社はシンプルに誠実を掲げている。迷いが生じた時の道標として、いかなる局面でも誠実さを貫いていきたい。」
 豊○社長は、熱く語られていました。 自分も大いに共感します。
 但し、企業人としての誠実さは、澄み切った澱(よど)みない心だけでは貫けません。
 いざという時に泥を嘗める覚悟や、誘惑に動じないだけの強さが求められます。

 クロネコヤマト創業者である小倉昌男氏は1979年、大口クライアントであった三越の、理不尽な値下げ交渉や映画チケットの押しつけ販売に耐えかね、取引停止を通告しました。

 イエローハット創業者の鍵山秀三郎氏も創業期、売上の大半を占める卸先から突きつけられる無理難題による、社員の心の荒みを憂い、取引の打ち切りを決断しています。
 
 前述した二社の強みは、リスクを恐れない、不退転の覚悟と勇気でしょう。
 前職の会社も、誠実さを第一義に掲げた会社です。
 急成長の勢いも歪みも、その中枢で目の当たりにしてきました。
 経営上の判断において、白黒ハッキリ色分けされるものは寧ろ少数派です。
 黒に近いグレー、白に近いグレーを理念に照らし、白か黒か、何れかに判断しなければなりません。
 光の当て方や角度によって白に見えたり、黒に見えたりするものもあります。
 
 また、理念に問えば明らかに黒なのだけれど、黒を黒と認めてしまうと、余りにも経済的な損失が大きく、企業の存亡に関わる・・・そんな難しい問題が浮上するのも現実です。
 「決して白ではないが、これを黒とすれば組織は崩壊する。狭義としての誠実さには片目を瞑ってでも、ここだけ凌いで持ち堪えれば、広義としての誠実さを全うできる」という、理論の正当化とすり替えが繰り返されていく内に、やがて理念が腐っていきます。

 綺麗事でなければならないのが理念であり、綺麗事だけでは貫けないのもまた理念なのです。
  

信頼残高~七つの習慣より~

 企業は人なり・・・会社を預かり経営する中で、つくづく痛感させられます。
 看板や、社屋や、資本金といった、目に見えるものは、会社のごく一部を示しているに過ぎません。
 言うまでも無く、オーナー様に接するのも、入居者様に接するのも、一人ひとりの社員です。

 例え社員百人の会社であっても、一人と接触しただけで、その一人の印象から「あの会社は駄目だ」「あの会社は素晴らしい」という、「木を見て森を見ず」の判断を余儀なくされるのが常でしょう。
 
 初回接客した直後、パーソナルな内容で御礼状が届けば、「社員教育の行き届いた良い会社」と見ます。
 ぞんざいな態度や物言いであれば、「この会社には二度と行かない」と負のレッテルを貼られてしまうのです。
 その一人のお客様から波及する、口コミや紹介やリピートといった影響まで含めますと、プラスとマイナスの差は乗算的に拡大します。
 
・前職時代のお客様から、身内の不動産売却の相談が寄せられる(佐伯店長)
・かつての部下から、お部屋探しの連絡を受けお申込みを頂く(太田店長)
・営業せずして、オーナー様の方から管理変更を持ちかけられる(滝井店長)

 これらは、会社の信用力やブランド力に依存しない、パーソナリティー(個人力)が引き寄せた成果です。
 スティーブン・R・コヴィーは、著書「七つの習慣」の中で、「信頼残高」と形容しています。
 お金は、貯金通帳に残高が明記されますが、信頼残高は目に見えません。
 個人としての資産に恵まれなくても、信頼残高さえ蓄えていれば、人脈が支えてくれます。
 反面、幾ら資産を有していたとしても、信頼残高がゼロならば、その資産は目減りしていく一方でしょう。
 
 信頼残高は、一人ひとりが、自らの努力で積み上げていくべきものです。
 そして、宝くじやギャンブルの如く、一朝一夕に手にすることはできません。
 出会いに感謝し、お役立ちの精神によって縁をつないでいこうとする努力が、信頼残高を増やすための唯一の方法です。
 あなた自身の信頼残高は、プラスですか?マイナスですか?

栄光に近道なし

 阪急ブレーブス(現:オリックス・ブルーウェーブ)不動のエースとして通算284勝、WBC「侍ジャパン」の投手コーチも務められたサブマリン「山田久志」氏が、常に色紙に書く言葉です。

 「栄光に近道なし」

 ゴールとして定めた山の頂へ登ろうとする時、一直線に最短距離を進むことはできません。
 曲がりくねった険しい山道が永く続きますと、「何処かに近道はないか?」と邪な考えが過ったりします。
 三叉路に行き当たった際、「こっちの方が近いし、楽に登れるよ。」という無言の誘惑に乗っかって、順路に背いてしまうこともあるでしょう。
 ところが、近道に見えたその獣道は、歩を進める程、次第に細く暗く険しくなっていくのです。
 傷だらけになりながら、掻き分け掻き分け進んでいき、やっとの思いで陽の差し込む場所まで辿り着いてみれば、そこは元の三叉路よりも手前だったりします。

 「棚から牡丹餅」とは言いますが、せめて棚の下までいかなければ、牡丹餅も食べられません。
 楽して儲かる方法もなければ、練習せずして一流のアスリートに成る術も無いでしょう。
 「他人の褌(ふんどし)で相撲をとる」のは良しとして、「自分の褌を貸して相撲を取って貰う」ことで、自力が上がる道理は無いのです。

 「栄光に近道なし」・・・自戒すべき至言として、胸に刻みます。
 
 

逆境からの逃亡

 自分自身の半生を振り返り、実感する格言です。

 「人間は暇と金という二つの条件が揃えば堕落する」

 暇と金とを持て余しながら尚、堕落しないとすれば、人生を達観している人か、大いなる目標を探し求めている人か、ステレオタイプな日常からはみ出すことができない臆病な人か、その何れかでしょう。
 
 逆説的に言うならば、怠惰な人間が手にする金は、地獄の一丁目。
 好調期はそれでも良いのでしょうけれど、人生は山あり谷ありです。
 谷に落ちた時、「生活のレベルは落とせない」さりとて「一兵卒からの出直しで汗をかきたくはない」
 ないないづくしの悪循環の末路は、やがて人としての道を踏み外してしまいます。
 麻薬やギャンブルやアルコール同様に、いわゆる病気ですから、坂道を転がり落ちるが如く、止まる処を知りません。
   
 一度転落の憂き目に遭ったとしても、勤勉で謙虚さを忘れない人間であれば、初心に帰り一念発起できる筈です。
 地を這い、泥を嘗めるプロセスも、必要とされて与えられた逆境と考えます。
 
 「逆境は、自分自身を成長させるために起こってくれている。
  逆境から逃げたとしても、いつかまた新たな逆境が立ちはだかり、その弱点を突いてくる。
  生きている限り、逆境からは逃げられない。
  だからこそ、逆境や困難を拒むのではなく、真正面から受け止めて対峙しなければならない。」
 
 感性論哲学者「芳村思風」先生の薫陶を受け、数年前に貴方が社員に語った言葉です。 
 再び起きてことを成すだけの勇気と実直さがあるならば、周囲もエールを惜しまないでしょう。
 本人の耳に届くことは無いかもしれません。
 自分の人生を拓いてくれた恩義に対する、せめてものメッセージです。 
 
 

  
 
 

やり甲斐のある仕事

 朝一番、八幡浜の金融機関で売買の契約同時決済を終えました。
 6月から追いかけていた案件で、着地までに3カ月を要しています。
 また、突発的なトラブルも多く、難産の取引でした。

 この取引に関わった方々とは、やはり何かしらの縁でつながっています。
 売主は前職の会社、情報元の金融機関は弊社のメインバンク、買い側の仲介業者は元部下・・・そうした人脈の糸が、どこかで切れていたら、決してまとまることはなかったでしょう。

 売主は債務が圧縮されて身軽になり、買主は新たなる事業を展開できる、WIN-WINの取引でした。
 双方のお客様にお役立ちした上で、正当な対価の得られる不動産業は、本当にやり甲斐のある仕事です。
 一旦、松山に帰社した後、知人との会食。
 その後、佐伯店長と共に、来春入社予定の新卒面接でした。

 「できるだけ給料が高くて、休みが多くて、福利厚生が充実していて、楽しく仕事できる・・・理想と思うかもしれないが、それがパラダイスとは限らない。
 定期的に休めるのは、責任の軽さの裏返しであり、あなたの代わりは幾らでもいるという証明でもある。
 営業は、お客様があなたという人を頼りにして指名して下さる仕事。
 繁忙期は、週休二日どころか、週一日の休みも取れないかもしれない。
 はっきりいって、楽ではない。
 しかし、その大変さや責任に比例して、自らの存在感がクローズアップされ、やり甲斐が生まれる。
 安定した大会社の歯車の一つになるよりも、ベンチャー企業の創業メンバーとして、自らの力で会社を大きくしていくことに生き甲斐を見出す方が、遥かに面白くはないだろうか。
 この横にいる女性も、一旦異業種に身を置いたけれど、やり甲斐を求め、安定を捨てて業界にリターンした。
 責任は重く、気苦労も多く、休みも少ないけれど、必要とされている実感は比ではない。」

 面接を終え、今度は中古住宅のお客様のご案内と商談のため、再び南予へとんぼ返り。
 いかに多忙でも、いや多忙であるからこそ、求められているという実感に支えられる毎日です。

長い階段の先にある頂

 ビジネスを大きく切り分けると、ストックビジネスとフロービジネスとに分れます。
 例え今年100億円を売り上げても、次年度はゼロからの積み上げとなるのがフロービジネスです。
 清水建設・大成建設といったゼネコンや、積水ハウス・タマホームといった住宅メーカーや、売買仲介を専業とする不動産業は、その典型でしょう。
 ジャスコやローソンや高島屋といった物販も、ガストや王将やスシローといった外食も含めて、商売の大半はフロービジネスに属します。
 
 一方、我々が目指す賃貸管理業や、携帯電話、生命保険、電力、ガス等、インフラ整備後は、継続的に売り上げの見込める業態が、ストックビジネスです。
 ストックビジネスの特徴を列記してみます。

 ① リピートを原則とし、解約され難い
 ② 次年度の売上見込が立て易い
 ③ 薄利多売が原則
 ④ 先行投資が必要
 ⑤ 収支均衡までに一定のボリュームが必要
 ⑥ 信用・信頼が、より求められる
 ⑦ 景気の浮沈に左右され難い
 ⑧ 拡大安定型産業
 
 この様に、メリットとデメリットが混在しています。
 前職において、ストックビジネスの対極にある、見込販売型のフロービジネスを追求していただけに、その違いは身に染みて自覚しています。
 一戸売って数百万円、1プロジェクトで数億円の粗利を叩き出す、分譲マンション以上に収益性の高い事業はありません。 
 ハイリターンの背中合わせとして、景気低迷・販売不振による売れ残りや、借入依存が故のキャッシュ詰まり等のハイリスクを当然に負います。
 
 大京・ダイアといった草分けに始まり、時代の寵児と持て囃されたアーバンコーポレーション、一貫体制の強みを活かして全国に展開した穴吹工務店・・・。
 業界の勢力地図は、十年スパンで俯瞰(ふかん)しますと、例外無く書き換えられます。
 拡大破滅型産業と言われる所以(ゆえん)です。

 薄利の積み上げは地味ですが、企業のファーストプライオリティ(最優先事項)である永続性から見れば、これほど適したビジネスモデルはありません。
 長い長い階段の先には、目指すべき頂(いただき)があることを信じて、今日も一段一段を着実に登っていきましょう。
 

三度目の暑い夏

 一足遅れの墓参のために、大三島に行ってきました。
 自分にとってここは、第二の故郷です。
 高校を僅か2週間で中退し、母と姉の住む島に渡り約二年半、大工の修行に励みました。

 6つ離れた姉は、この島に嫁ぎ、3年前、胃癌の再発によって50年の生涯を閉じました。
 姉が自分に話した最後の言葉は、「顔色が良くないが、身体は大丈夫か?」です。
 皮肉にも、弟の健康を気遣った僅か15分後に救急車で搬送され、僅か半日で帰らぬ人となりました。
 更に遡ること20年前、父親の死に水をとった病院での光景もオーバーラップします。

 ドラマや映画のワンシーンにおける「危篤状態」は、概して美しくデフォルメされています。
 静かに目を閉じ、横臥した病人の口元には酸素吸入のマスク。
 静かな病室の中で、心電図の規則的な電子音だけが鳴り響く。
 やがて波形が一本の線になり、電子音がリズムを刻まなくなった時点で医師が脈を取り、瞳孔を確認した後、家族に深々と頭を下げ、恭(うやうや)しく告げます。
 「ご臨終です」・・・。
 漠然と、死はそういうものだと捉えていました。 
 しかし、肉親二人の死に際し、そのイメージはことごとく裏切られます。

 ベッド上に座り込み、宙を泳ぎ定まらない目線。
 喉に絡んだ痰を吐き出せず、息苦しさに身悶えする様。
 生かすために投与し続ける点滴が漏れて、大きく膨らんだお腹。
 苦悶の表情で助けを求めて、訴え続ける目。

 現実としての死は、決して綺麗なものではありません。
 生きようとする肉体と、命を断ち切ろうとする病魔との壮絶な闘いです。

 付き添う自分は「頑張れ」「頑張れ」と力無く連呼しながら、心の中では「もう頑張らなくてもいいよ」と呟いていました。
 その願いが通じてか、父も姉も、二日と跨ぐことなく、天に召されていったのです。
 不謹慎ながら、その瞬間に過ぎる想いは、安堵に近かったかもしれません。
 母や義兄や姪と談笑する中で、姉のいない寂しさを感じつつ、三度目の暑い夏が過ぎ去ろうとしています。
 

目標の無い会社

 太○社員と共に、古くからお世話になっている業者様を訪問しました。
 前職時代の部下が一名勤務しており、社長令嬢もかつての部下であるため、いつもホームな雰囲気で歓待頂きます。
 この会社の女性社長は、他社で修業することもなく、異業種から転身し、一代で起業された変わり種です。
 さぞかし御苦労があったのだろうと推察して色々と質問しますが、ご本人はそうした自覚は無いと言い切ります。
 
 「ただただ、お客様にお役立ちしたいと思って、がむしゃらに走ってきただけ。
  目標もノルマもないし、今月の売り上げが幾らかとかも、さっぱり掴めていない。」

 正直、そのアバウトさに驚きました。
 「人間は、目標を持つと、そこに近付いていこうとする生き物である」という性善説も、「人間は、易きに流される生き物である」という性悪説も、それぞれ正しく人間の二面性を示しています。
 それが故に、明確な目標を定め進捗を管理する手法が、ポピュラーに浸透しているのです。
 
 「一所懸命やっている」とか「汗を沢山流している」といった主観では、客観的かつ公正な評価ができません。
 だからこそ、融通のつかない、誤魔化しようのない数字で管理します。

 数字を追いかけるのではなく、数字の先にあるお客様満足を追求した結果、数字がついてくるということなのでしょう。
 グローバルなフィールドで「奇跡の経営」を実践するセムラーの様に、目標の無い会社は、ある意味理想です。
 資金繰り上の余裕や、理念を共有した社員が育ってこそ実現できる究極の姿かもしれません。

 いずれは目指すべき理想と感じつつも、今はストイックに数字を追い求めます。
 数字の上がらない言い訳を先回りして、汗で代替せんとする、人の弱さを助長したく無いからです。
 NY戦士は、できない理由を排除しどうすればできるのかの可能性を追求するポジティブ集団を目指します。
  

タマゴが先かニワトリが先か

 草創期から成長期の企業にとって、投資時期の判断は悩ましい問題です。
 「今のアナログなやり方は、いつまでも通用する訳ではないので、いつかはシステムを導入しなければならない。」
 こうした問題に当然に行き当たり、タマゴが先かニワトリが先かという議論に及びます。
 
 まずもって、それが「外向きな投資」か、「内向きな投資」かを見極めなければなりません。
 お客様の目に直接触れる「店舗」や「広告宣伝」等、外向きな内容であれば先行投資の意味があります。
 反面、内向きな投資は、確実に後追いです。 家計に例えてみましょう。

 両親に子供二人の4人家族が、今乗っている車は4人乗りのセダン。
 将来は、あと2人子どもが欲しいと思っています。
 だからといって、先回りして6人乗りのワンボックスに買い替える人はいません。
 奥さんが病院に行った際、産婦人科医から「おめでとうございます。おめでたです。双子みたいですよ。」と告げられ、たまたま車の調子も悪く、その上で買い替えるだけの経済的な余裕が整っていれば、先行投資する可能性もあるでしょう。
 
 ビジネス上の判断も同様で、煩雑さを承知しながら、現状の人員と仕組みを120%活用して、なんとか凌ごうとします。
 どうしてもこなせない局面を迎え、手元資金に余裕があれば、そのタイミングで初めて投資に踏み切るのです。
 
 賃貸仲介業は、2~4月の繁忙期に、平常月の数倍のお客様が殺到します。
 そのピーク時に合わせて人員を抱えると、平常月が人余りとなるのは間違いありません。
 レギュラー人員は閑散期の最低限レベルで維持し、繁忙期に助っ人を投入するやり方が正解です。

 前職の会社には、経営企画室・内部監査室・財務課・CM課といった、専門性を持った部署が沢山ありました。
 TV会議・ERP・CRMといった、先進の設備が整っていましたし、その効果も理解しています。
 但し、そうした組織とシステムは、最初から整っていた訳ではありません。

 入社当時は、今の弊社同様に、社長自ら営業し、現場を踏み、集金まで見届けていました。
 システムどころか、パソコンすら無いのが当時の実情です。
 業務が拡大するにつれ、必要性に応じて組織を作り、人材を採用し、システムに投資していきます。
 尚且つ前提は、投資に耐え得るだけの利益が要るということです。

 改めて言うまでもなく、今のNYホームは中小・零細・ベンチャー企業です。
 人材を含めた、今ある資産を最大限に活用し、投資に必要な条件を整えていきましょう。
 
 
 
 
 
 

真のお客様第一主義

 日々利用している松山自動車道は、無料化と休日千円が重なったこともあり、14㎞の渋滞であったそうです。
 伊予→内子間の総延長距離は28㎞弱ですから、その半分を車が埋め尽くしていた計算になります。
 松山から大洲への移動は、渋滞を見越して56号線へ迂回しましたが、誰も思いは同じだった様です。
 松山市内には車が溢れ、内子町では今や風物詩となった道の駅「からり」渋滞が発生しています。

 こうして日本中の人達が仕事を休み、里帰りやレジャーに興じている中、我が社の定休は水曜日だけです。
 誰しも、まとまった休みが欲しいに決まっています。
 社員の方々の頑張りの上に、店の運営が成り立っていることをつくづく痛感した次第です。

 このお盆期間中、同業他社も長期休暇が目立ちます。
 「お盆に部屋探し?」と懐疑的な見方もしていましたが、お客様からの問い合わせは意外に多く寄せられました。
 他社が休んでいるために集中した面もあるでしょう。
 お客様からは、「お盆期間中でも大丈夫ですか?」と確認が入ります。

 前職の草創期においては、似たような状況がありました。
 年末は31日まで、正月は2日から、お盆は帰省客をターゲットに掻き入れ時。
 そもそもサービス業とは、土日祝日も含めて、人が休んでる時に忙しくなる業種です。

 日本マクドナルドCEO「原田永幸」氏の前職は、アップルコンピューター日本法人社長でした。
 「マックからマックへ」と、畑違いの転身が話題を呼んだものです。
 CEO就任後、最初に打ち出した方針は、「品質向上のために作り置きをしない」
 出来立てを提供することが、お客様のために最善であることは間違いありません。
 しかし、ランチタイムに集中するお客様を、限られた人員で捌くのは至難の業でしょう。
 
 次に打ち出した大方針は、24時間営業店の拡大です。
 これによって現場は大混乱に陥ります。
 当然の如く、組合の反発を招き、「名ばかり管理職」問題に波及したのは記憶に新しいところです。
 日経新聞や経済誌にも、「TOPと現場との歪み」が見出しとして取り上げられたものです。
 当時、マクドナルドの社員と会食する機会があり、「原田社長は如何ですか?」と訊ねました。
 その社員は表情を曇らせながら、「まあ数字が出ていますからね。そういう意味では良い経営者なのでしょう。」と歪曲的な言い回しで胸中を吐露されていました。

 それから2年、低迷する外食産業にあって、マクドナルドは独り勝ちの様相を呈しています。
 社内外含めて、誰も原田社長を批判する人はいません。  
 TOPが現場を知ることは、経営する上で大切なファクターのひとつでしょう。
 しかし、現場の社員と同じレベルでTOPが迎合したのでは、経営が成り立たなくなります。
 
 まずもって、お客様からの支持がなければ、売上も利益も上がらず、昇給も賞与も実現できず、雇用すら維持できないという大前提を忘れてはなりません。
 原田社長は異業種からの転身でしたが、断行した「出来立ての美味しさの提供」や、「いつでもどこでも開いてて良かった」という方針は、すべからく「お客様第一主義」に基づくものであり、業種を選ばない、経営の原理原則であった訳です。
 
 さて、かくの如く正しい理屈はこねられても、一番大切なのは結果で示すことでしょう。
 例え理念に共感しても、どれだけTOPとの絆が深かろうとも、社員は霞を食べて生きることはできません。
 正しい方向に導くと共に、そのモチベーションが維持できている間に結果を出し、待遇で報いることのできる体制を築く必要があるのです。
 批判を浴びようとも、孤独感に苛まれようとも、それがTOPの役割なのだと確信しています。 

 
 
 
 

成長と恩返しの両立

 日頃からお世話になっている某社会長から、滝井店長と共に会食に招待されました。
 今から十数年前、前職で賃貸管理業を立ち上げた時、第一棟目の管理物件を任せて頂いたオーナー様です。
 その後、会長所有のマンションに入居したこともあります。
 「いつでも机を用意して待っている」とスカウトされたこともありました。

 お客様が少ない段階における、末端社員の立場であれば、「今だけ・ここだけ・あなただけ」の三拍子揃ったパーソナルなサービスが、思うように展開できます。
 しかし、お客様の数が増え、規模が拡大するにつれ、心ならずもフォローが薄まってしまいました。 
 加えて会長の会社は、お客様であると同時に取引業者でもあったことから、職位が上がるほどにお付き合いが難しくなっていったのも事実です。

 方や草創期を支えて頂いたロイヤルカスタマーに対する恩返し、方や自社収益追求のための協力要請と、身体と心が二つに引き裂かれる様な、利害相反の狭間で、後者に偏り過ぎた傾向は否めません。
 「自社が発展成長しなければ、協力業者の成長もあり得ない」という大義を拠り所にして、結果的に恩を仇で返す様な言動もありました。
 それから一時的に、目も見てくれない、口もきいてくれない状態に陥ります。
 
 前職の会社が破綻し、起業を間近に控えたタイミングで、自分の気持ちにけじめをつけようと考えました。
 会長に長文の手紙を送り、意を決して会社を訪問します。
 当然、すぐに会って頂ける訳もありません。
 何度目かの訪問の時、偶然にも会長と出くわしました。
 「この前はありがとう」
 通り過ぎていかれたものの、何年振りかに目を見て、存在を認められた言葉です。
 事務員の方に伝言し、車の中で待つこと一時間。やっと面談の機会を得ました。

 「嫌われていると判っていたら、普通は敷居が高くて近寄れたものではない。
  断られても断られても会いにくる根性は大したものだ。
  俺はお前のことを見込んでいた。 
  どうでも良い人間であれば腹も立たない。
  評価して、目をかけていたからこそ、どうして?という思いが募った。
  水に流すつもりで会う訳だから、二度と期待を裏切らないで欲しい。」

 有難いお言葉に、目頭が熱くなりました。
 起業した後も、定期的に御馳走になったり、教えを頂いたりしています。
 
 「この男の目配り気配りは素晴らしい。
  うちの社員とは比べ物にならない。
  この男が居るからこそ、安心して仕事を任せることができる。」

 同席した滝井店長に対する信頼は絶大で、この夜も絶賛です。
 自分のことを褒められるよりも、格段に嬉しいお言葉によって、楽しい宴と成りました。
 当然に目指すべき、社の成長と発展の過程で、決して恩を忘れないことを心に誓った次第です。 
 

リターンラッシュの一日

 沢山の方々に助けられた一日でした。

 朝一番、ある契約が、期間満了にも関わらず更新されず、失効していることが発覚します。
 大慌てで旧契約先に連絡し、「何とかなりませんか?」と懇願しました。
 「難しい問題ですが、何とかやってみます。」担当者の一言に望みを託します。
 この会社とは、訳あって他社への契約切り替えが進行しており、冷たくあしらわれても仕方ない関係です。
 それでも担当者には、止むを得ない事情を真摯に説明し、個人的に親しくさせて貰っていました。
 二時間後に電話がかかります。
 「何とかなりました。今から署名・押印を頂きに上がります。」
 
 某公共機関の申告に、総務担当が出向きます。
 一部、重箱の隅を楊枝で突かれれば、社内処理の不備を指摘される懸念を抱えていたものの、担当された方は偶然にも、先日の個人情報漏洩に関する責任者でした。
 上司の所長まで窓口に出てきて、「先日は申し訳ございませんでした。」と丁寧な挨拶を頂いたそうです。
 手心が加えられたか否かはともかくとして、その後の手続きがスムーズに進んだことは言うまでもありません。

 9月に予定している新店OPENに向けて、準備の真っ最中です。
 所属協会への出店申請には、理事二名の推薦が必要となります。
 日頃からお世話になっている社長に電話を入れますと、お二人とも二つ返事で快諾頂きました。
 一方の社長との関係は、必ずしも良好とは言い難かっただけに、違和感を持つ方もいらっしゃるでしょう。
 この春の再会を機に食事にお誘いし、「立場と環境が故に距離を置かざるを得なかっただけ」という共通認識の元、三年振りの和解を果たしました。
 それからは、公私問わず情報交換できるパートナーと成っています。

 もしも、取引先の担当者に、高圧的な態度で接していたら・・・。
 もしも、公共機関のミスに乗じ、嵩に懸って責任を追及していたら・・・。
 もしも、意地を張って、社長との関係修復を図っていなかったら・・・。

 親切、感謝、謙虚、思いやり、そして許すということ。
 この拙文を通じて一貫して訴えているファクターのリターンが、一日で集約して訪れた気がします。 
 
 人生は、いつどこで誰の力を必要とするか判りません。
 困った時に力を貸して貰えるブレーンが何人居るかは、大きな仕事をしていく上での重要な鍵でしょう。
 そしてそれは、困った時に手を差し伸べられる、貴方自身の度量の大きさに比例しています。 

  
  
 

足るを知る器

 5年ほど前の誕生日に、ある方から「足るを知る器」を頂きました。
 湯呑内側の中央部分に突起があり、ちょっと変わった形状ですが、水を注いでいきますと普通に溜まる器です。

 八分目まで溜まったところで、「もう少し」「もうちょっと」と欲張って注いでいくと、突如として水が底から抜けていきます。 
 しかも、溢れた分だけではなく、器の水がそっくり抜けてしまうのです。
 
 長生きしたいならば「腹八分目」と言われます。
 暴飲暴食を繰り返すと健康を損ない、折角の御馳走を食べることもできなくなるのです。

 食欲・性欲・事業欲・金銭欲・独占欲・・・人間の欲求は、一つを得たらもう一つ、少しを得たら更に多く、多くを得たら全てをと、エスカレートして留まるところを知りません。
 「足るを知る器」は、人間の中に巣くう、卑しい性への戒めと言えるでしょう。

 清掃用具レンタルやミスタードーナツで有名なダスキンでは、社員を「働きさん」、給料を「お下がり」と呼んでいるそうです。
 その言葉からは、雇用契約上の権利と義務を超越した、感謝や思いやりが感じられます。

 「我損の道を行く」(三叉路に行き当たれば、さしあたって損に見える道を選ぶのが長期的には正解)
 「棒ほど望めば針ほど叶う」(大きく望まず、小さな見返りで当然と考えれば、どんなことにも感謝できる)

 こうした考え方を文化として広めた創業者、故「鈴木清一」氏の精神こそが「足るを知る」教えそのものと言えるでしょう。
 枕元に置かれた「足るを知る器」を見る毎に、自分の卑しい心を自省する毎日です。

 
 

未熟な48歳

 地元の同級生による飲み会を、月一回開催しています。
 会場となる料理屋も、同級生が一年前にOPENした店です。

 電器店、生活雑貨店、観光ぶどう園、スポーツ用品店、自動車整備工場・・・。
 親から地盤を引き継いだ、二代目経営者達が頑張っています。
 
 20代の頃は、地元の青年団やソフトボールといった活動を共にしたものです。
 当時、自営業の面々の仕事振りも、親のお手伝いといった感覚でした。
 我々サラリーマンも、勿論、使われる立場です。

 所帯持ちは少数派で、自由奔放に独身生活を満喫していました。
 責任感も希薄で、本当に時間や仕事を忘れて、飲んだり遊んだりしていた様に思います。

 それから20年以上の時を経て、それぞれ結婚し、子供が生まれ、一家の長となりました。
 父親が現役を退く、起業する、理由は様々ですが、今や第一線で陣頭指揮をとらざるを得ません。
 好むと好まざるとに関わらず、大きな責任が圧し掛かっています。
 
 集まると必ず、「白髪が増えた」という話題です。
 俗に言う「ちゃらい」話しではなく、子供の進学や就職や、政治の話題を真剣に議論したりもします。
 誰かがしみじみと語ります。

 「20代の頃に、48歳の自分は想像できなかった。48歳は、もっと完成された大人と認識していたが、いざ歳が追いついてみると、未熟な自分に唖然とする。」

 自分も含めて、全員が頷きました。
 同級生の人生も様々です。

 20代で突然死した奴、役所から投身自殺した奴、結婚そして離婚し親子程歳の離れた相手との再婚を考えている奴、つい一年前まで独身だったのに電撃的に国際結婚した奴、借金を作って地元では居られなくなり県外に出ていった奴、後ろから車に追突されてむち打ち症で苦労している奴、小さな会社に入り急成長の波に乗ったものの破綻し心機一転起業して再スタートを切った奴・・・。

 波乱万丈・悲喜交々の人生であっても、何の気兼ねもなく飲み笑い共感できる同級生との付き合いを、これからも大切にしていきたいと思うのです。
  
 

天は越えられない逆境を与えない

 過去、セミナーの講師を務めることもありました。
 講義の冒頭で、受講生に向けてこう語りかけます。

 「自分の人生を振り返ってみて、大なり小なり、逆境に遭遇したと思われる方は挙手して下さい。」
 会場の殆どの方の手が挙がります。
 「では、今が幸福であると思われる方は、挙手して下さい。」
 挙手する人はごく一部です。

 それから、病弱・無学歴・貧困の三重苦を乗り越えてパナソニックを創業した松下幸之助翁や、人生の絶頂期に交通事故で下半身不随と成りながら車椅子バスケットの日本代表として不死鳥の如く甦った元Jリーガー京谷和幸氏や、生まれつき身体的ハンディを抱えながら逞しく生きる人々の逸話を紹介していきます。
 
 セミナーの後半で、もう一度同じ質問をします。
 「自分の人生を振り返ってみて、大なり小なり、逆境に遭遇したと思われる方は挙手して下さい。」
 誰も手を挙げる人はいません。
 「では、今が幸福であると思われる方は、挙手して下さい。」
 今度は全員の手が挙がります。

 逆境か順境か、不幸か幸福かという仕分けは、客観的な状況に基づくものではなく、心で感じるものなのです。
 そして逆境は、その人の力量に合わせて訪れます。

 皆さんも思い返してみて下さい。
 幼少の頃あるいは社会人に成りたての頃、大きな逆境に直面し苦悩していたものの、いざ乗り越えてみると「大したことではない」「何であんなつまらないことで悩んでいたのだろう」と苦笑した経験はありませんか。
 それは、逆境から逃げることなく向き合い、乗り越えたからこそ与えられる、成長という名の勲章です。
 
 子供には子供に、新入社員には新入社員に、社長には社長に、首相には首相に見合ったハードルが立ちはだかります。
 同じ逆境に遭遇しても、立場やレベルが違えば逆境と感じないこともありますし、気付かないことすらあるでしょう。
 かくの如く天は絶妙な采配で、あなたを成長させるために、あなたのレベルに相応しい逆境を与えてくれているのです。
 そして何より、天は越えられない逆境を与えません。
 
 

人生を見直すターニングポイント

 たまたま、前職時代の元部下と会う機会が重なりました。
 
 かつて新人営業で史上最高の実績を挙げた○本さんは今、某メーカーにお勤めですが、晴れて、遂に、念願かなって寿退社されるそうです。
 おめでとうございます。

 プロジェクトリーダーやスーパーバイザーを務めた石○さんは、一旦異業種である自動車販売業へ進みましたが、資格や経験を活かせる不動産業界へと舞い戻ってきました。

 自分が部長の時代に、営業第一期生として受け入れた○田さんは、異業種の事務職という、まったく違う畑で仕事をされています。

 前職でご一緒した方々は、会社が急成長するプロセスを共に過ごした同志です。
 人間性を重んじる文化や、誠実さを追求する社風も含めて、例え仕事がハードでも、充分なやり甲斐を感じていました。
 散り散りとなった後も、それぞれが今の環境と比較して、心が満たされない空虚な感覚を味わっているようです。

 人は、食欲や睡眠や性欲といった、生きんがために必要な本能以外に、「存在を認めて貰いたい」「世の中から必要とされたい」第二本能が備わっています。
 給料が安定し、将来が約束され、充分な休暇が与えられたとしても、それだけで満足できる訳ではないでしょう。
 経済的な豊かさや余暇は、幸福の必要条件であっても、充分条件では無いのです。
  
 「自分が居なくなったら、誰が困るだろうか?」
 
 そのシンプルな問いかけに答えが出せないとしたら、これほど虚しいことはありません。
 そしてその気付きこそが、人生を見直すターニングポイントです。
 
 

 

見返りを求めない心

 先日の拙文で、「誰かがきっと」の無責任と、「何で私が」の不平不満が招く、不協和音の話に触れました。

 ボランティアを例にとってお話します。
 道路に煙草の吸殻やゴミを捨てていく人は概ね利己的で、街が汚れることを気にしない、無責任な人々です。
 「自分の周りさえ綺麗になればそれで良い」と考えています。

 動機はともかくとして、そのゴミを拾う人の行動の正しさは否定できません。
 思いつきは偽善であっても、世の中に貢献することで心が磨かれ、気持ちは清々しくなります。
 折角の善行も、「何で私が」という被害妄想に陥りますと、話は厄介です。

 「毎日同じところを掃除しているが、一向にゴミが減らない。
  それは捨てる人がいるからだ。
  一所懸命にゴミを拾っても、いたちごっこなら虚しい・・・」

 まさに、「誰かがきっと」の無責任と、「何で私が」の不平不満が招く不協和音そのものです。
 イエローハットの創業者「鍵山秀三郎」氏は、こう答えます。

 「プールに溜まった大量の水も、元を正せば一滴から成り立っている。
  同様に、あなたの拾った分だけは、確実に地球は綺麗になっているのです。」  

 「おごってやったのに」「ご馳走してやったのに」「掃除してやったのに」「手伝ってやったのに」・・・
 見返りを求める言葉に、人は呼応しません。
 与える側は見返りを求めず、与えられた側は感謝を忘れない・・・
 それが良好なコミュニケーションの源泉です。

 「お客様の喜びを自らの喜びとする社員が、活き活きと働く職場環境を創造します。」 
 全社員がマイプレジャー「はい喜んで」の精神で仕事のできる環境を目指しましょう。
 それこそが、三番目に掲げた経営方針の真意です。

愛情の対義語は無関心

 昨今、100歳以上のお年寄りの行方不明が問題になっています。
 役所仕事の杜撰さを指摘するジャーナリストもいますが、果たしてそうでしょうか?

 「愛情の対義語は無関心」 マザー・テレサ

 家族にとっては我が親であったり、祖父母であったりするわけで、その所在が判らないこと自体が異常です。
 居なくなったからといって捜索願を出すでもなく、普通に生活を続けている神経が判りません。
 中には、年金詐欺的なものまで含まれています。

 餓死してしまうことを認識しながら、我が子を部屋に放置した母親の映像、後を絶たない保険金殺人や虐待といったニュースを毎日の様に目にしますと、感覚が麻痺してしまいそうです。
 
 人は皆、自分が一番可愛いものでしょう。
 自分を取り巻く最も身近な集まりである「家族」は、互いに支え合うべき存在です。
 家族を守るために自己犠牲を払うことも、理屈抜きに共感できます。
 ところが先述の事件は、家族を犠牲にしてでも、自己の悦楽を得ようとする真逆の考え方です。
 
 核家族化の進行と共に、家族の絆が希薄化し、個人主義が蔓延ってきたことは間違いありません。
 そうした流れは、友人関係や会社にも確実に忍び寄ってきています。
 
 どんなに優秀な人でも、一人でできる仕事は限られたものです。
 チームで役割を分担し、助け合い、補完することで、1+1が2ではなく、3にも5にもなります。
 
 相手を思いやる心、助け合う心、奉仕の心、感謝の心・・・
 そうした優しさに溢れる会社にしていきたいと思っています。
 
  
 

袖振り合うも他生の縁

 創立1周年にして、初めての送別会でした。
 前職では、何十人、何百人もの背中を見送ってきました。
 どんなに良い会社でも、退職ゼロはあり得ません。
 会社の目的や文化や価値観を明確にすればするほど、相容れない社員が増えるのは致し方ないとする見識者すらいます。
 先日、エイブルネットワーク店の研修会があり、各店長は他の加盟店との情報交換をしてきました。
 やはり殆どの会社が、社員の退職を、深刻な問題として捉えています。

 松山南店の店長○伯さんは、前職の事業で新卒として受け入れた社員です。
 中四国各地のプロジェクトに配属されますが、数年後グループ会社の社長と部下の関係となり、僅か数ヵ月で直接辞意を伝えられました。 
 その時の状況から、引き留めることは許されません。
 彼女は、異業種である他社に就職を果たします。
 自分もグループを離れる際、盛大な送別会を開催頂きました。
 思い入れの深い部下が、沢山駆けつけた中、唯一手紙をくれたのが彼女です。
 「松岡社長が退職すると聞いて、少し判断が早かったかと後悔しました。」
 この会社を起業する際に、スカウトした最大の理由です。

 今秋開店の新店の店長就任を予定している○田さんは、やはり前職の担当事業で、新卒第一期生として受け入れた社員です。
 今にして思えば、高卒でまだまだ未熟な部下でしたが、成長著しく資格も取得し、史上最年少のプロジェクトリーダーに就任します。
 順風満帆に見えたこのタイミングで、辞表を受け取りました。
 理由は、「他にやりたい仕事がある」です。
 その後、数年間を他社で過ごしましたが、客観的に見ても前職の会社の水の方が合っています。
 来る者拒まずの社風もあり、本人の希望通りに、無事復職を果たしました。
 ところが、時を同じくして会社の状況が厳しくなり、時流に押し流される様に再度他社へ。
 ○伯さんと同じパターンで、起業をきっかけとして呼び掛け、結果的に自分の部下として、再々復帰と成った訳です。

 人の縁はかくも不思議なものですが、ある意味、つなごうと努力する限り、つながるのが縁でもあります。
 この度退職した社員も、まだ20歳という大いなる可能性に満ちた青年です。 
 将来、「彼は、我が社の草創期に貢献した社員だ」と自慢できる人物に成長して頂きたいと切望します。
 我々もまた、「あそこは、自分が社会人としての第一歩を踏み出した会社だ」と胸を張って貰える、そんな会社にすることが、残された社員共通の務めだと思うのです。
 
 

是々非々の人々

 昨日は休日でした。 朝の起きぬけからクレームへの対応。
 その後、次男と一緒に松山に出かけ、献血ルームで22回目の献血。
 帰宅後、長男を塾に連れて行き、その帰りにオーナー様を訪ねDMを手渡し。
 ソファでくつろいでいると、休日無用の西○社長から業務連絡。
 銀行や不動産業者に電話連絡の後、西○社長に報告して一段落。
 入浴して家族と夕食をとって、平穏無事に休日を終えました。 しかし、本番はこれからです。
 
 前から気に成っていた方のブログを拝見し、頭を殴られた様な衝撃をうけました。
 市議会と対立し、専決処分を繰り返す、鹿児島県阿久根市の「お騒がせ市長」竹原信一氏です。
 
 ビジネスにとって、政治と思想と宗教はタブーとされるため、深くは語りません。 
 しかし、我々が日常的に見聞きする新聞やTVやラジオやインターネットといったマスメディアの情報が、いかにいい加減なものであるかは肝に銘じる必要があるでしょう。

 南アフリカ共和国第9代大統領「ネルソン・マンデラ」氏は、かつて反逆罪で終身刑となり、人生の三分の一以上を牢獄で過ごしています。
 ミャンマー民主化運動の象徴「アウンサンスーチー」氏は、未だ自宅軟禁が解けません。
 二人は共に、ノーベル平和賞受賞者です。

 阿久根市の副市長に就任した「仙波敏郎」氏は、警察学校を首席で卒業し、同期最速で巡査部長に昇任したものの、裏金作りの領収書への記名を拒んだため、日本警察史上最長の35年間に渡ってその地位に留まりました。

 「良心の問題に関しては、多数決の法則は適用されない
 たとえあなたが少数派であろうとも、真実は真実なのです
 明日死ぬと思って生きなさい
 永遠に生きると思って学びなさい」 マハトマ・ガンジー

 仮に「明日死ぬ」と宣告されたならば、残された今日一日を、人として恥じることのない態度で、立派に終えようとするでしょう。
 永遠に命が続くとするならば、「もうこの歳だから・・・」と尻込みして、勉強や資格へのチャレンジを諦めることもありません。
 今日が「一生の中の一日」なのではなく、「一日一生」の繰り返しが人生なのです。

 真実を見抜く心眼を養い、馴れ合いに溺れず、へつらいを捨て、難局に敢然と立ち向かう是々非々の人を目指して、今日一日を生き抜いて参ります。

  

上司失格のススメ

 まずは、謝りたいと思います。 昨日のブログの件です。
 文章の拙(つたな)さ故に、真意が伝わっていません。 
 皆さんから頂いた忌憚(きたん)の無い意見に対して、率直にお答えしたいと思います。 
 
 まずは、「社内の人間関係が良好でないと受け取られてしまう内容を、ブログで一般公開することは如何なものか?」という意見に対して。
 社長に対する苦言は、かなり勇気の要ることです。 ありがとう。

 私が毎日ブログを書く目的は単(ひとえ)に、「ベクトル合わせ」それだけです。
 お客様は、飾られたよそ行きの顔ではなく、実際に来店された際の社員の挨拶や応対を見て評価を下されます。
 「うちの会社は良い会社です」と、どれだけ美辞麗句で綴ってみても、実態が伴わなければ何にもなりません。
 メッキはいつか剥がれます。

 「こんな会社にしたい」「こういう社員に育って貰いたい」という、経営理念に掲げた理想を訴え、その理想とのギャップがあれば、良いエピソードも悪いエピソードも是正の材料としてガラス張りにし、逐一取り上げていくつもりです。
 そしてやがては、全社員が同じ価値観を、阿吽(あうん)の呼吸で共有できる、社風・文化に昇華させたいと念願しています。
 いうまでも無くそれは、「個性の否定」という意味ではありません。

 次に、「小さいことに対し、いちいち腹を立てない様に心がける。」と決意する社員。
 ありがとうございます。
 確かに、世の中は、自分の思う通りにならないことばかりです。
 感情と感情とで、まともにぶつかり合ったら、チームワークもリーダーシップもたちどころに崩壊します。
 大人である以上、ある程度の我慢や辛抱は必要なことでしょう。
 但し、くれぐれも不感症に成ってはいけません。 身近な事例で説明します。

 お客様が帰った後、グラスを給湯室に運んで洗うのは応対した本人の仕事です。
 口幅ったい言い方ながら、社長である自分もそう心がけています。
 一方で、「それは事務員の仕事」と決めつけている方がいらっしゃるのも事実です。
 些細なことと笑われるかもしれませんが、「誰かがきっと」の無責任と、「何で私が」の不平不満が交錯することで、人間関係は脆(もろ)くも崩れていきます。

 この時、感情的な言動はNGです。 かといって辛抱して、呑み込まないで下さい。 
 その方の元へ歩み寄り、笑顔で「片付けお願いね♪」これだけでOKです。
 時として、次が立て込んでいるかもしれません。
 ならば、「すみません。案内に出るので片付けお願いします。」
 帰った後に、「片付けありがとうございます。」
 それを受けて「いいえどう致しまして。」・・・
 社内中が感謝と思いやりに満ちた愛語に溢れれば、マイプレジャー「はい喜んで」の社風が吹き渡ってくることでしょう。
 
 最後に、「各々の受け取り方は様々だから、放っておくのが一番」という意見。
 ありがとう・・・でも全く違う! ぜんぜん違う! まるっきり違う!
 放っておいて、良く成る訳が無い! おっと、感情的になってはいけませんね♪
 血のつながりこそありませんが、上司にとって部下は子供も同然でしょう。
 だからこそ、気になって気になってしょうがないのです。

 最近は、自分の子供の機嫌をとり迎合し、友達みたいな関係でじゃれあっている親がいるようですが、それでは親としての資格がありません。
 社内でこんな行動を取るのなら、上司にこんな口の聞き方をするのなら、それは世間では通用しないと判断した際に、本人のためを慮(おもんぱか)って注意を促し、苦言を呈する訳です。
 放置したまま教えてやらなければ、この先ずっと未熟な訳で、その方がずっと残酷です。
 勿論、評価に値する言動や成果があった際は、大いに賞賛したいと熱望しています。
 先述の話と被りますが、上司が部下の言動に対して不感症になってしまったら、その時点で上司失格です。

 感情的でもなく不感症でもなく、上司にも権力にもへつらうことがなく、優秀な部下に恵まれ、ドライに見えて意外に泣き虫で、人からは不器用と言われ、周囲の人から助けられるばかりの、そんな上司に私は成りたい・・・。
 まだまだです。

 ※ 朝型人間の私としては久々に24:00越えでした。

積極的な選択

 就職は、お見合いと同じで、相思相愛でなければ互いに不幸です。
 
 「価値観が相容れない」「方向性に違いを感じる」「性格の不一致」
 
 様々な理由でミスマッチに気付き、離婚や退職という末路を辿ります。
 結婚も離婚も、就職も退職も、人生の選択の一つであり、肯定も否定もしません。
 寧ろ、人生の時間の大半は仕事に費やすことになるのですから、我慢しながら、自分を殺しながら、嫌々続けるくらいならば、早めに別の船を探した方が賢明です。
 ジャマイカに行きたいなら、別府行きの船にのるべきではありません。
 ※ このフレーズは度々使っていますが、くれぐれも退職勧奨とは違います。

 退職理由の殆どは、「上司が気に入らない」「同僚と上手くやっていけない」といった対人関係のこじれです。
 この対人関係は、放置しておいて良くなるものではないでしょう。
 解決法を煎じつめますと、二つだけです。
 
① 自分に問題があると反省して行動を改める 
② 相手に問題があると考えて改善を申し入れる

 「自分も禁煙するから貴方も・・・」というように、①と②を融合させるやり方もあります。
 本人不在の場で、気のあった仲間内だけで批判する陰口は、何の解決も生みません。
 自分はかねてより、例え相手が部下でも、上司でも、社長でも、大統領でも、方向性の違いを感じた事案はトコトン議論して、納得できる道筋を見出すことをポリシーとしています。
 言いたいことがあるのなら、陰でコソコソするのではなく、本人に正々堂々とぶつけるべきでしょう。
 
 素直に受け入れて自らの行動を変える、積極果敢に議論して納得のいく環境を作る、議論を重ねたが改善されなかったので船を乗り換える・・・これらはすべて積極的かつ前向きな選択です。
 表面上だけ従順を装い、面従腹背で蔭口に終始する、そんな姑息な人間にだけは成って欲しくないと思います。
 改善のための提案であれば、時間は惜しみません。 いつでも受けて立ちます。   
 

許すということ

 先週、とある公的機関が、弊社の個人情報を誤って他社に発送してしまったようです。
 偶然にも、誤配された先の会社社長は、自分の知人でした。
 
 ミスを犯した担当者と上司は平謝りに、「社長のいらっしゃる時にお詫びに伺わせて下さい」と訴えたそうです。
 総務の佐○さんから連絡を受けましたが、「必要はない」とだけ答えました。
 人により対応は千差万別ですが、自分としては当然の結論です。
 
 ① 謝罪を受けたとしても、その時間は生産的で無い
 ② 責任を重々感じている以上、問い質す意味が無い
 ③ この先、どんな縁があるか判らない
 
 格好をつける訳ではなく、平たく言えば謝罪を受けても得にならないからです。
 相手が責任逃れをする、或いは開き直っているならば話は別ですが、ミスを認め反省している相手を、これ以上追い込んでも何の意味もありません。
 
 過去、逆の立場でクレームを受ける機会も度々ありました。
 こうした場面で虎視眈々(こしたんたん)と、腕まくりする方もいらっしゃいます。
 日頃の鬱憤(うっぷん)を晴らすかの如く、相手をやり込めることに自己実現を求める・・・何と悲しい生き方でしょう。

 ボクシングに例えれば、KO寸前でタオルが投げ込まれ、ゴング鳴り響く中、無抵抗の対戦者を容赦なく殴り続ける様なものです。
 言い負かすことでスッキリして、サディスティックな心は、大いに満たされます。
 しかし、世間は広いようで狭いものです。
 今回の誤配先の様に、いつか、どこかで、担当者と縁がつながらないとも限りません。
 近未来、その担当者が攻守交替し、お客様として貴方の前に現れたとしたら・・・。

 「ははーん、こいつは○○年前に、KO寸前の俺を滅多打ちにしちゃった奴だな・・・」
 「おいおい、こいつは○○年前に、半殺しの目にあわせちゃった奴じゃないの・・・」
 
 一年前、一人の部下に、同名のタイトルの本を進呈しました。
 世間を広く生きるために、人格を磨くために、許すということは重要なファクターです。
 
プロフィール

Hideo Matsuoka

Author:Hideo Matsuoka
・生年月日 昭和37年10月30日

・好きな言葉 
今日は残された人生の最初の一日

・信条「先憂後楽」

・尊敬する人 
稲盛和夫 西川広一 松下幸之助

・資格 ①宅地建物取引士
    ②建築2級施工管理技士
    ③マンション管理業務主任者
    ④防火管理者
    ⑤少額短期保険募集人
    ⑥損害保険募集人
    ⑦損害保険商品専門総合
    ⑧不動産キャリアパーソン
・趣味
 劇団AUGAHANCE初代代表
 主に脚本・演出を担当

・経歴 
 中卒後、大工・石工と職人道を歩む
 平成2年 
 ㈱中岡組 (ジョーコーポレーション)入社
 マンション担当役員→常務執行役→管理会社代表を歴任
 平成21年 ㈱NYホーム起業

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