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命の使途(つかいみち)

 先日9月29日は、亡父の命日。
 生前は施工管理者として、市役所や三越の仕事をゼネコンから請け負っていました。
 
 自分が小六の頃、46歳の働き盛りで結核を発症。
 医者からは「入院すれば一年で完治する」と言われたものの、父一人子一人で親戚との付き合いも希薄であったことから、自分を施設に預けるのは忍びないとして、通院治療を選択します。
 後にして思えば、この時の判断が致命的なエラーだった訳です。

 仕事をリタイアして、生活保護を受給することに成りました。
 当時贅沢品とされた、電話回線やオーディオコンポを売却。
 新築4DK一戸建て借家から、築数十年の2K共同トイレ木造アパートに引っ越します。

 この中学時代は、自分の人生で最も貧しい三年間でした。
 生活保護で最低限の生活は保障されているにも関わらず、生来の博打好きが昂じて、支給されるや注ぎ込んでしまいます。
 高利貸しから金を借り、生活保護受給と共に返済する自転車操業。
 今日の食事すら、ままならない日々が続いたものです。

 自分が独立して仕事を始めた後、父は入退院を繰り返すことに成ります。
 晩年は、見奈良の国立療養所愛媛病院で寝たきりでした。
 週末毎、見舞いに行く度に、同じ病室の患者さんが一人欠け、二人欠けします。
 父の食欲も衰え、目に見えて痩せ細っていく様を見て、徐々に覚悟が定まるのも道理です。

 危篤の報を受けて駆け付けましたが、その日の内に息を引き取ります。
 生前、あれだけ父のことを嫌っていた姉が泣き崩れる一方で、自分は驚くほど冷静でした。

 享年59歳。
 父は後一年しか生きられなかった・・・その事実を今、感慨深く受け止めています。
 父の歳に追い付くカウントダウンのタイミングで、建築会社の経営に携わるのも何かの縁でしょう。
 運命に導かれた命の使途を、精一杯全うしたいと思います。
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半沢ロスの理由

 半沢ロスというか、日曜の楽しみの喪失感に苛まれている一人です。
 何故、あんなに支持されたのでしょう。

① 勧善懲悪
 俗に水戸黄門的と申しますか、危機的な状況を乗り越え、最後には悪党を懲らしめる。
 漫画的で単純ながら、そこに溜飲を下げる痛快さがありました。

② 全十話に凝縮
 下手なドラマなら、分割して希釈するボリュームを、全10話に凝縮した中身の濃さや、展開のスピード感こそが真骨頂です。

③ 一話完結的
 クライマックスがCMまたぎとか、続きは次週といった感じで引っ張ることの多い、まどろっこしいい世の中にあって、毎週エピソード毎に簡潔する爽快感が堪りません。
 
④ プロレス的リアリティー
 フィクションであることは承知しながらも、リアリティーを感じさせる組織の描き方が絶妙でした。
 帝国航空の再建は、明らかにJALがモデル。
 箕部幹事長、白井大臣、スパイラルや電脳雑技団の社長も、誰かに似ている気がします。

 歌舞伎界からの配役や話題のフレーズの連呼は、狙い通りでしょう。
 そして何よりも、コロナ禍で疲弊し、苦しんでいる一般大衆にとって、悪事を働いて利権を独占する輩を成敗してくれる半沢に託す思い入れは、単なるドラマの域を超えていたようです。
 
 地位よりも、名誉よりも、お金よりも大切なもの。
 それは、いかに生きたいか、いかに生きるべきかを問う、生き様です。 

愚者は経験に学ぶ

 昨年10月4日の専務理事電撃解任劇から一年。
 この拙文でも度々取り上げてきた、愛媛県宅建協会の混乱が、昨日の臨時総会でようやく終息しました。

 二年に一度の改選期に当たる今年は、本来であれば5月の時点で新たな体制に引き継がれるべきところです。
 総会に諮る議案について、理事会の採決を省略するという前政権の暴挙により定期総会が空転。
 
 その後、新政権が引継ぎ、やり直し理事会を行ったものの、総会前に前政権派とされる理事が総退陣。
 定数割れと成ったために、補欠選挙を余儀なくされます。
 時間と手間とお金をかけて開催された昨日の総会は、文字通り三度目の正直と成りました。
 これは紛れもなく歴史に残る汚点です。
 
 「もう終わったことは水に流すべき。」
 そうした声もあります。
 しかし、某代議員の方は、今回の混乱の元凶をこう分析しました。

 「十二年前にも被選挙権剥奪を巡る、似たような会員と協会との争訟があった。
 最終的に協会は敗訴し、会員の納めた多額の会費を無駄にした。
 であるにもにも関わらず、原因究明を怠り、説明責任を果たさず、再発防止が図られなかった。
 だから歴史は繰り返される。」

 『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ』 オットー・ファン・ビスマルク

 今回の混乱の原因が何であったのか。
 その責任の所在は誰にあるのか。
 これは今後、問責調査委員会を通じて明らかにされる筈です。

 小職も、これまで3期6年務めた理事を退任し、新体制では監事を拝命します。
 誤った過去を省み、明るい未来を切り拓くために、微力ながら尽力する覚悟です。 

先生への招待状

 その先生が5年生の担任と成った時一人服装が不潔でだらしなく、どうしても好きになれない少年が居た。
 中間記録に先生は、少年のわるいところばかりを記入するようになっていた。
 ある日、少年の1年生からの記録が目に止まった。
 「朗らかで、友達が好きで、人にも親切。勉強も良くでき、将来が楽しみ。」とある。
 間違いだ。他の子の記録に違いない。先生はそう思った。

 2年生になると「母親が病気で世話をしなければならず、時々遅刻する。」
 3年生では、「母親の病気が悪くなり、疲れていて、教室で居眠りする。」
 3年生の後半では、「母親が死亡。希望を失い、悲しんでいる。」
 4年生になると、「父は生きる意欲を失い、アルコール依存症となり、子供に暴力を振るう。」・・・
 先生の胸に激しい痛みが走った。
 駄目と決めつけていた子供が突然、深い悲しみを生き抜いている生身の人間として、自分の前に立ち現れてきたのだ。
 先生にとって、目を見開かれた瞬間であった。

 放課後、先生は少年に声をかけた。
 「先生は夕方まで教室で仕事をするから貴方も勉強をしていかない?
 判らないところは教えてあげるから。」
 少年は初めて笑顔を見せた。それから毎日、少年は教室の自分の机で予習・復習を熱心に続けた。
 授業で少年が初めて手を挙げた時、先生に大きな喜びがわき起こった。少年は自信を持ち始めていた。

 クリスマスの午後だった。
 少年が小さな包みを先生の胸に押し付けてきた。後で開けてみると、香水の瓶だった。
 亡くなったお母さんの使っていたものに違いない。
 先生はその一滴をつけ、夕暮れに少年の家を訪ねた。
 「ああ、お母さんの匂い! 今日は素敵なクリスマスだ!」

 6年生では、先生は少年の担任ではなくなった。
 卒業の時、少年から一枚のカードが届いた。
 「先生は僕のお母さんのようです。 そして、今まで出会った中で一番素晴らしい先生でした。」

 それから6年。
 「明日は高校の卒業式です。僕は5年生で先生に担任して貰って、とても幸せでした。
 おかげで奨学金を貰って、医学部へ進学することができます。」

 10年を経て、またカードが届いた。
 そこには、先生と出会えたことへの感謝と、父親から叩かれたことがあるから患者の痛みが分かる医者になれると記され、こう締めくくられていた。
 「僕はよく5年生の時の先生のことを思い出します。
 あのまま駄目になってしまう僕を救って下さった先生を神様の様に感じます。
 大人になり、医者になった僕にとって最高の先生は、5年生の時に担任して下さった先生です。」

 そして1年後。届いたカードは、結婚式の招待状。
 「母の席に座ってください。」と一行書き添えられていた。・・・  

 鈴木秀子先生談 「月間 致知」より  

11年前の今日の言葉

 家の中を整理していたら、11年前、前職の会社で子会社の社長を務めていた当時、社内インフラでupした「今日の言葉」が、紙ベースで出てきました。
 2009年1月17日。
 リーマンショック後の混乱の時期であり、民事再生法申請の4日前です。

【 「起きた事は凡て良い事」
 今、世界は、激動・激変の真っ只中にいます。
 そんな中、不安や焦燥に囚われたりもしますが、諸行無常の教えの通り、世の中は基本的に常ならぬものですし、思い通りにもならないものです。
 ワタミの渡邉美樹社長は、そうした人生の原則を踏まえた上での心構えを自著「強く、生きる」の中で、次の様に語っています。

 「成功とは決して、失敗しないことではない。
 諦めない限り、失敗は失敗のままで終わらず、次なる成功へのステップになる。
 失敗と成功とは対極ではなく、メビウスの輪の様に地続きのものだ。
 成功が失敗の要因と成り、失敗から成功が生まれる。
 楽は容易に苦に転じ、苦あれば必ず楽がある。
 悪いことが起きたからといって、いつまでも落ち込む必要は無いし、
 良いことがおきたからといって、いつまでも浮かれてはいけない。
 起きたことの本当の良し悪しは、時間の経過を待たないと判断できない。」

 目先の事象に一喜一憂するのではなく、人生を長期的なスパンで捉え、起きた事を凡て良い事とする思考こそが、真の幸福を引き寄せるのでしょう。
 また、著名なインドの劇作家カーリダーサは、次の詩を残しています。

 「 昨日は夢に過ぎず
   明日は予感でしかない
   精一杯生きた今日は、
   すべての昨日を幸せな思い出に変え
   すべての明日を希望の見取り図とする 」

 いかなる時も、今が最良と考え、今に最善を尽くす。
 生きることは、意外にシンプルなものかもしれません。 】

 11年前も変わらぬ説教臭さに我ながら辟易とするものの、今に合致する内容ではあります。
プロフィール

Hideo Matsuoka

Author:Hideo Matsuoka
・生年月日 昭和37年10月30日

・好きな言葉 
今日は残された人生の最初の一日

・信条「先憂後楽」

・尊敬する人 
稲盛和夫 西川広一 松下幸之助

・資格 ①宅地建物取引士
    ②建築2級施工管理技士
    ③マンション管理業務主任者
    ④防火管理者
    ⑤少額短期保険募集人
    ⑥損害保険募集人
    ⑦損害保険商品専門総合
    ⑧不動産キャリアパーソン
・趣味
 劇団AUGAHANCE初代代表
 主に脚本・演出を担当

・経歴 
 中卒後、大工・石工と職人道を歩む
 平成2年 
 ㈱中岡組 (ジョーコーポレーション)入社
 マンション担当役員→常務執行役→管理会社代表を歴任
 平成21年 ㈱NYホーム起業

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